目次第1 税務調査で見つかった不正を,税務だけで処理しない第2 「いつ何を知ったか」を記録する1 外部からの指摘と会社の確認結果を分ける2 帳簿が合う理由を調べる第3 相談・法定届出・被害届・告訴を区別する1 毒物・劇物の盗難・紛失は直ちに警察署へ2 税務署等からの「静観」の要請があった場合第4 会社・税理士・弁護士の役割を明確にする1 共通して行うことと,担当分野の違い2 税理士の助言義務と受任範囲第5 証拠保全と税務上の訂正を並行して進める1 訂正前のデータを残す2 税務調査と刑事捜査の権限を混同しない第6 関連記事と出典1 具体的な調査・是正の進め方2 一次資料
第1 税務調査で見つかった不正を,税務だけで処理しない
税務調査で従業員による原材料の持出しや無断売却を指摘された場合,会社には,安全確保,証拠保全,警察への対応,税務上の訂正及び損害回復という異なる課題が同時に生じる。
全容が判明するまで一切動かないのではなく,法定届出の要否と消失しやすい証拠を先に確認し,調査と是正を並行して進める必要がある。
本記事は,令和8年10月7日現在の法令及び公表資料に基づき,会社・税理士・弁護士が連携する際の実務上の整理を示すものである。
以下の表は一般的な対応例であり,一律の法定手順,専門家の責任を認定する基準又は特定事件の評価ではない。
課題最初に確認すること次につなぐ資料安全・届出物質の危険性,所在不明の状況,適用法令,会社が知った内容品目・数量の判明範囲,連絡記録,応急措置の記録証拠保全映像・ログの保存期限,原帳票の所在,変更権限原本,取得条件,保管者,複製・訂正の履歴税務対象年度,帳簿価額,盗難損失と請求権,既提出申告年度別資料,仕訳案,争点と修正根拠損害回復持出し数量,取得者,残存品,請求先と財産購入・工程・売却資料,財産調査,回収記録
盗難損失・損害賠償請求権の年度帰属及び加算税は,従業員の窃盗・横領で被害を受けた会社の税務で扱っている。
本記事では,その前提となる情報の受取り方と担当者間の引継ぎを中心に説明する。
第2 「いつ何を知ったか」を記録する
1 外部からの指摘と会社の確認結果を分ける
税務署や取引先から「従業員が売却していた」と告げられたことと,会社が特定の在庫の盗難を確認したことは,同一の事実ではない。
他方,帳簿上の不足が見つからないことだけで,具体的な売却情報を抽象的な疑いとして放置することも適切ではない。
情報源,対象物,時期,会社の所有物と結び付く資料及び追加確認の結果を,別々に残す。
記録欄記載例・確認事項情報を受けた時点日時,受領者,相手の所属・氏名,電話・面談等の方法指摘された事実物品名,売却先,期間,数量,資料を実見したか,伝聞か会社の確認所有物との対応,ロット・伝票・在庫の照合,確認できなかった理由法的検討と行動相談・届出の判断,担当者,実施日時,伝えた内容,追加報告の予定
「外部担当者がそう述べた」という記録と,外部資料そのものは区別する。
取得できていない資料は未取得と記載し,後から作成する経緯書では,当時の記録に基づく部分と記憶に基づく部分を分ける。
2 帳簿が合う理由を調べる
持ち出した原材料を「使用済み」と入力できる仕組みでは,払出帳簿と使用帳簿が一致していても,実際に工程へ投入されたことは証明されない。
出力漏れのない会計データを確保する作業と,記載された取引・使用の実在を確かめる作業は分けて行う。
資料確認できること追加確認が必要なこと仕訳・払出台帳会社が記録した処理・移動実際の移動,相手,工程投入投入記録記入者が申告した使用実投入,複数本・部分使用,訂正実棚・残量計測時点の現物過去の流れ,計量方法,未確認場所売却・入金資料外部取引の記録会社の物品との同一性,数量,代金の帰属
原材料数量の立証は,工場の原材料が長期間盗まれていたときの被害立証を参照されたい。
第3 相談・法定届出・被害届・告訴を区別する
1 毒物・劇物の盗難・紛失は直ちに警察署へ
毒物及び劇物取締法17条2項は,取扱いに係る毒物又は劇物が盗難にあい,又は紛失したときに,直ちに警察署へ届け出る義務を定める。
この規定は,同法22条4項・5項により業務上取扱者にも準用される。
盗難・紛失を把握した場合に,被害数量の最終確定,従業員の自認,逮捕又は税務調査の終了を待つという条文上の猶予はない。
現在判明している内容と未確定部分を分けて伝え,追加確認後に補充する対応が考えられる。
抽象的な疑いだけで届出義務が当然に発生すると断定することもできないため,疑いの具体性とその時点の認識を速やかに確認する。
行為主な目的確認すべき違い警察への相談疑いの段階で対応・捜査への影響を相談相談したというだけで法定届出を履行したとは限らない毒劇法17条2項の届出毒物・劇物の盗難・紛失を直ちに知らせる品目・判明数量・状況を伝えた記録を残す被害届犯罪被害の事実を申告する後日の提出日だけで,それ以前の届出の有無・適時性は決まらない告訴犯罪事実を申告し処罰を求める法定の事故届出とは目的・手続が異なる