第1 最初に確認するのは権利の取得方法と支払の根拠である
職務発明について会社から金銭を受け取る場合は、会社が特許を受ける権利を原始取得したのか、発明者から権利を承継したのか、それとも実施権の設定を受けたのかを最初に確認する。
同じ「報奨金」「相当の利益」という名称でも、請求権の内容、支払時期及び税務上の所得区分は同じとは限らない。
退職後の支払であることや和解で金額が決まったことだけで、退職所得、一時所得又は非課税になるわけでもない。
弁護士は権利の帰属、職務発明規程及び請求の内容を整理し、税理士はその資料を基に所得区分、収入の帰属年及び源泉徴収を確認する。
民事上の支払期限と、所得税の計算に収入を算入する年とは、別の問題として検討する必要がある。
第2 相当の利益の請求権と発明者性を分ける
現行特許法35条3項は、契約、勤務規則その他の定めにより、職務発明に係る特許を受ける権利を発生時から使用者等に帰属させる仕組みを認めている。
同条4項は、この原始取得のほか、権利の承継や専用実施権の設定についても、従業者等が「相当の金銭その他の経済上の利益」を受ける権利を定めている。
発明者であること、特許権を保有すること、利益を請求することを一つの問題として扱わない。
規程により利益を定めている場合は、同条5項の協議、基準の開示及び意見聴取等の事情を確認する。
定めがない場合や、その定めに従う利益の付与が不合理な場合には、同条7項による利益の内容の検討が必要になる。
規程の金額が最終的に十分かという問題と、その金額又は不足分をいつ請求できるかという問題も区別する。
第3 発明完成日・出願日・登録日・退職日から機械的に数えない
現行民法166条1項は、債権の消滅時効について、権利を行使できることを知った時から5年間、又は権利を行使できる時から10年間という二つの期間を定めている。
職務発明の案件でも、まず請求権を行使できる時点と、それを知った時点を特定する。
適用される規程の支払条項を読まずに、発明完成日、出願日、登録日又は退職日のいずれかを起算点と決めることはできない。
最高裁平成15年4月22日判決は、旧特許法の相当の対価について、権利の承継時に対価請求権を取得する一方、勤務規則等に支払時期の定めがあれば、その到来まで権利行使の法律上の障害があるとした。
これは旧法下の承継対価を扱った判決であり、現行法の原始取得や改正民法の時効期間にそのまま置き換えることはできない。
案件の発明・権利取得・請求権発生の時期と経過措置を確認した上で、規程による支払時期の意味を検討する。
出願時、登録時、実施実績の評価時等に段階的な支払を定めている場合は、各支払の条件と時期を分けて整理する。
不足額の請求についても、支払条項の解釈、利益決定の手続及び適用法を確認する必要がある。
交渉を続けていることだけで時効への対応が済んだと扱わず、完成猶予・更新の要否を別途検討する。
第4 所得区分と源泉徴収を分けて確認する
所得税法35条1項は、雑所得を他の所得区分の「いずれにも該当しない所得」と定める。
職務発明に関する具体的な取扱いは、国税庁の所得税基本通達23~35共-1及びタックスアンサーNo.2592で、権利取得と支払の内容に応じて整理されている。
ここでは、国内の居住者である役員・使用人への支払を前提とする。
以下の表は、その案内に基づく区分の入口であり、契約書や規程を読まずに支払名だけで適用するものではない。
| 支払の根拠 | 所得区分 | 源泉徴収等の確認 |
|---|---|---|
| 職務発明の特許を受ける権利を会社が原始取得することに伴う相当の利益 | 雑所得 | 国税庁は源泉徴収を要しないと説明している。 |
| 発明者の権利を会社へ承継させ、その承継に際して一時に支払われる対価 | 譲渡所得 | 承継時と支払の関係を確認する。源泉徴収の要否は、実際の支払内容に即して確認する。 |
| 権利を承継させた後に支払われる対価 | 雑所得 | 原始取得の利益と混同せず、承継契約と支払根拠を確認する。 |
| 特許権等の通常実施権又は専用実施権の設定に伴う対価 | 雑所得 | 特許権等の使用料は源泉徴収の対象となる。雑所得だから源泉徴収不要とは限らない。 |
| 特許等に至らない工夫・考案に対する報償 | 通常の職務の範囲内なら給与所得。それ以外は原則として一時所得、実施後の成績等に応じた継続支払は雑所得 | 職務の範囲と支払の継続性を確認し、所得区分に応じて源泉徴収を検討する。 |
特に、会社の原始取得に伴う相当の利益と、特許権等の使用料は、いずれも雑所得と説明されながら源泉徴収の取扱いが異なる。
受領者の申告上の所得区分と、支払者の源泉徴収義務をそれぞれ確認することが必要である。
第5 和解金の名称と現金の受領日だけで処理しない
職務発明利益の不足額、未払給与、利息その他の請求を一つの和解金にまとめると、支払の根拠を見失いやすい。
合意書では、どの請求を解決する金額かを実態に沿って整理し、所得区分や源泉徴収を検討するための資料を残す。
税務上有利な名称を付けただけでは、支払の実質は変わらない。
所得税法36条1項の基本は、その年において「収入すべき金額」を算入するというものである。
そのため、和解成立日、権利の確定状況、規程による評価・支払条件及び現実の支払日を確認する必要がある。
民事上の時効起算点と所得の帰属年が常に一致するとも、すべて現金を受け取った年の所得になるとも決めつけない。
第6 弁護士と税理士が共有しておく資料
①発明完成時から支払時までの職務発明規程の各版と適用対象を確認する。
②発明者、会社の原始取得又は承継、実施権設定を示す契約・発明届・出願資料をそろえる。
③協議、基準の開示、意見聴取及び評価結果の通知を保存する。
④支払条件、支払時期、実際の支払額、追加請求の内容及び本人が権利行使可能性を知った事情を時系列にする。
⑤和解案では、金額の内訳、支払日、源泉徴収の扱い及び申告に必要な資料を確認する。
規程の一部や支払明細だけでは、権利の取得方法と税務上の区分を確定できないことがある。
法的な請求の整理と税務上の判断に同じ資料を用い、双方の前提を一致させることが重要である。
第7 根拠資料と関連記事
①e-Gov法令検索・特許法35条、民法166条、所得税法35条・36条。
②最高裁平成15年4月22日判決・PDF5頁(旧法下の相当の対価請求権と支払時期)。
③国税庁・所得税基本通達23~35共-1。
④国税庁・No.2592「使用人等の発明に対して報償金などを支給したとき」。
資料の確認日は令和8年10月14日である。
No.2592は、令和8年4月1日現在法令等と表示された案内を確認した。
旧法の判決と現行条文の適用時期を区別して参照する。
①職務発明の発明者は誰か――上司の指示,実験担当者,共同発明者及び相当の利益(AI作成)
②示談金・解決金・和解金に税金はかかるか―名目ではなく補填対象・所得区分・権利確定時期で判断する(AI作成)
③令和5年度司法試験知的財産法第1問の模範解答と評価項目(AI作成)