第1 結論―名称ではなく何を補填する金銭かを見る
個人の受領者は,「所得税の課税対象か」「源泉徴収を受ける支払か」「どの年分に帰属するか」を別々に確認する。
課税所得になる金銭であっても必ず源泉徴収されるとは限らず,差引振込額だけで申告することもできない。
次の表は,本記事第3・第5・第6へ進むための確認順序である。
| 支払の実質 | 個人の所得税の入口 | 続けて確認する点 |
|---|---|---|
| 心身の損害に対する慰謝料・治療費・負傷による休業損害 | 原則として非課税の範囲を確認する | 治療費補填額と医療費控除との対応。給与の支払と混同しない |
| 商品損害や事業上の必要経費を補う部分 | 収入金額となる部分を確認する | 所得区分,対応する経費及び帰属年分を確認する |
| 未払給与を精算する部分 | 給与所得としての処理を検討する | 源泉徴収,給与の対象期間,権利確定・支払資料を確認する |
| 退職に伴う支払や資産・権利の対価 | 実質に応じて所得区分を判定する | 合意成立日だけで計上年分を決めず,各所得の計上基準と条件を確認する |
非課税等の例示は国税庁No.1700,源泉徴収の対象はNo.2502等による。
合意書,項目別計算表,支払明細を対応させ,課税・非課税,源泉徴収及び帰属年分をそれぞれ記録する方法は,これらの制度を具体的な資料確認へ用いるための実務上の整理である。
所得税全体の計算は,所得税とは―税率・計算方法・所得控除・住民税との違い,申告・訂正手続は,所得税の確定申告に関するメモ書きを参照されたい。
示談金,解決金又は和解金という名目だけで,所得税が課税されるか,非課税となるかは決まらない。受領者が誰か,どの権利・損害・費用を補う金銭か,役務や権利移転の対価を含むか,いつ権利が確定したかを項目ごとに判断する。
同じ一つの振込に,慰謝料,治療費,逸失利益,営業損失,未払賃金,退職金,弁護士費用,遅延損害金等が含まれることがある。税務上は,振込額全体を一括して扱うのではなく,各項目の実質に沿って所得区分,非課税,必要経費,源泉徴収及び消費税を検討する。
本記事は,令和8年9月25日現在の法令及び国税庁公表資料に基づく。
第2 最初に分ける五つの項目
| 確認項目 | 主な資料 | 税務上の意味 |
|---|---|---|
| 受領者 | 当事者表示,振込先,代理受領の有無 | 個人と法人では非課税規定・益金算入が異なる。 |
| 発生原因 | 事故,契約違反,退職,明渡し,知財侵害等 | 心身又は資産の損害か,所得・費用・対価の補填かを決める。 |
| 内訳 | 請求書,訴状,準備書面,計算表,和解条項 | 課税・非課税及び所得区分を項目別に判断する。 |
| 権利確定時期 | 示談成立日,判決確定日,条件,分割払条項 | どの年分・事業年度に計上するかを判断する。 |
| 支払方法 | 支払日,源泉徴収,消費税,遅延条項 | 控除額,納付義務及び受取額を確定する。 |
第3 個人が受け取る場合
1 心身に加えられた損害
所得税法9条1項18号及び所得税法施行令30条は,心身に加えられた損害について支払を受ける慰謝料その他の損害賠償金等を非課税とする。国税庁タックスアンサーNo.1700は,事故による治療費,慰謝料及び負傷して働けないことによる収益の補償等を例示する。ただし,治療費の補填額は医療費控除の計算で支払医療費から控除する。
2 資産に加えられた損害
不法行為その他突発的な事故により,家財,自家用車,着衣その他の私用資産に加えられた損害を補う損害賠償金等は,所得税法施行令30条2号の範囲で原則として非課税となる。交通事故の携行品について,修理費又は事故直前の時価を基礎に賠償額を算定することは民事上の損害額の問題であり,所得税の減価償却費又は税務上の帳簿価額とは目的が異なる。民事上の事故時価を税務上の簿価だけで決めず,反対に,非課税であることから新品再調達額の全額が民事上の損害になるとも考えない。
事業用資産では,受領金の対象をさらに分ける。国税庁タックスアンサーNo.1700は,①棚卸資産の損害に対する賠償金は収入金額に代わる性質があるため事業所得の収入金額となること,②仮店舗の賃借料等の必要経費を補填する金額も事業所得の収入金額となること,③事業用車両を廃車にする場合の車両自体の損害賠償金は非課税である一方,資産損失の計算では補填額を損失額から控除することを示している。したがって,「事業用資産だから全額課税」又は「資産損害だから損失の全額控除と非課税収入を重ねられる」と一律に処理しない。
交通事故によるヘルメット,高機能ウェア,靴及び救助時切断衣類の民事上の査定は,交通事故のヘルメット・高機能ウェア・靴の損害を,事業用車両の修理費,保険金,全損・除却,休車損害及び消費税は,事業用車両の交通事故の会計・税務を参照されたい。
3 失われた所得,契約上の対価その他の経済的利益
本来所得となるべき金額,役務の対価,事業上の必要経費,借家権の消滅又は資産・権利の譲渡等を補う部分は,単に「解決金」と記載しても当然には非課税とならない。事業所得,給与所得,退職所得,譲渡所得,一時所得又は雑所得のいずれに該当するかを,紛争前の法律関係と補填対象から判定する。
立退きの合意で支払う金銭は,明渡しを得るための給付,借家権の消滅の対価,営業上の収入・費用の補填及び独立した損害賠償のどれに当たるかを分けて確認する。
当初の請求書に営業損失や移転費用が書かれていても,最終合意がその項目の補償を定めたとは限らない。
交渉前から廃業が予定されていた事実,明渡条件,最終合意の内訳と支払の実態を対応させ,事実にない内訳を後から作らない。
非課税の検討では,先に損害賠償金等の対象に該当するかを確認し,その上で収入・必要経費を補う部分の取扱いを確認する。
売買の解除を和解で精算するときは,代金の原状回復と,売主が別に取得する違約金を分ける。返還義務と違約金債権を相殺して差額を振り込んでも,差引額だけで所得区分や対象年分を決めることはできない。違約金も,業務との関係,継続性,対価性及び補填対象を確認して,一時所得等の区分又は非課税の要件を判断する。解除と原状回復による過年度の譲渡所得の検討は,違約金の所得計算と別の問題である。詳しくは売買契約を解除した後の所得税―原状回復,未収代金の貸倒れ,違約金と更正の請求を参照されたい。
遅延損害金は元本と別に検討する。元本が非課税でも,遅延損害金が当然に同じ取扱いになるとは限らない。
4 投資・貸付被害の返金と自主補償
投資詐欺や不正な金銭勧誘について返金・賠償・会社の自主補償を受けるときは,返還元本,資産損害の補填,約定利息,遅延損害金及び費用補填を区分する。
「自主補償」という名称や,入金額が元本以下であることだけで,全額非課税と判断しない。
支払者と受領者,対象資産,所得・必要経費の補填,権利移転等の対価及び過年度の損失処理との対応を確認する。
認定通知,実際の補償合意書,金額計算書,既返金の明細及び通帳を対応させる。
例えば,同じ振込に元本の回復と利息相当額が含まれる場合は,その内訳と根拠を確認し,課税関係を別々に検討する。
会社の補償方針や調査報告書は,税務当局による当該補償金の個別の課税判断とは区別する。
ここでの確認手順は,所得税法施行令30条及び国税庁No.1700の実質による区分を,資料収集へ応用したものである。
損失の控除,返金・自主補償及び過年度処理の対応は,投資詐欺・金銭不祥事の被害と税務で具体的に説明している。
5 財産紛争の慰謝料と購入代金の調整
財産をめぐる民事紛争で慰謝料が認められた場合も,所得税上の非課税を名目だけで決めない。
所得税法施行令30条1号は,心身に加えられた損害につき支払を受ける慰謝料等を規定しており,同条各号の補填対象と必要経費等を補う部分を,請求資料,判決及び合意書から確認する必要がある。
購入代金を減額・返還する合意と,代金を変えずに独立した損害を賠償する合意も区別する。
消費税では,国税庁No.6257の損害賠償金の対価性と,No.6359の課税取引に係る対価の返還等を,支払の実質に対応させて検討する。
住宅供給公社のマンション値下げ紛争を手掛かりにした証拠・合意内容の確認は,マンション購入後の値下げ販売で損害賠償を請求できるか―価格差額・慰謝料と証拠の集め方を参照されたい。
同裁判例の民事上の慰謝料認容は,その受領金についての個別の所得税判断を示すものではない。
6 騒音被害の賠償と事業上の補填
騒音による不眠や精神的苦痛に対する賠償と,事業所の売上減少や必要経費の補填を,一括して扱わない。
個人が心身に加えられた損害について受け取る賠償金は,所得税法9条1項18号・同法施行令30条の範囲を検討するが,民事上の受忍限度を超える被害が認められたことだけでは,振込全額の非課税は確定しない。
国税庁No.1700が示す補填対象の区別に沿い,心身損害,資産損害,収益又は必要経費を補う部分を,実際の請求・合意と計算資料から分ける。
和解案では,対象となる騒音・期間,被害の内容,請求項目と算定根拠,差止請求の取下げや将来分の清算の範囲を記録する。
弁護士は被害・請求と最終条項の対応を,税理士は受領者の属性,所得区分,対象年分,経費・損失処理及び消費税との対応を確認する。
消費税の対価性も,国税庁No.6257に即して所得税と別に検討する。
請求形式と被害・対策の資料整理は,道路・空港・自衛隊基地の騒音被害―差止め・損害賠償と和解金の税務(AI作成)を参照されたい。
第4 法人が受け取る場合
個人についての所得税法9条の非課税所得を,法人へそのまま当てはめることはできない。法人税法22条2項により,資本等取引以外の取引に係る収益は原則として益金の額に算入される。損害賠償金又は和解金を受け取った法人は,損害に係る損失,修繕費その他の損金と,受取賠償金の益金をそれぞれ検討する。
法人税基本通達2-1-43は,他の者から受ける損害賠償金を,支払を受けるべきことが確定した日の属する事業年度の益金としつつ,実際に支払を受けた事業年度に益金算入している場合の取扱いも定める。役員・使用人による横領等,権利の存在・内容が早期に把握できる事案は別の検討を要する。
従業員が会社の資産を盗んだ場合は,盗難損失と損害賠償請求権の計上年度を分けて確認する。
国税不服審判所令和元年5月16日裁決は,損失と請求権を原則として同じ年度に計上する一方,通常人を基準に権利の存在・内容を把握できず権利行使を期待できない客観的状況がある場合を区別している。
実際に発覚した日,示談成立日又は入金日だけで,当然に益金の帰属年度が決まるものではない。
同裁決は,法人内部の従業員を通達2-1-43の「他の者」に含めず,同通達による受領年度への繰延べを認めなかった。
賠償請求権が存在することと,全額を回収できることは別であり,回収不能は貸倒れの要件に沿って検討する。
年度別の仕訳と修正申告の整理は,従業員の窃盗・横領で被害を受けた会社の税務を参照されたい。
第5 所得が帰属する時期
所得税の収入金額は,原則として実際の入金日だけでなく,収入すべき権利が確定した時期を基準に判断する。示談・訴訟上の和解では,合意成立日,効力発生条件,金額の確定,分割払の約定,取消条件及び判決確定の有無を確認する。
「支払を受けた年に一律計上する」「損害が発生した年に一律計上する」のいずれも危険である。所得の種類,合意内容及び権利確定の程度に応じて判断し,複数年にわたる損失・支払があるときは税理士と年分又は事業年度を確認する。
未払給与を和解で支払う場合は,給与所得に固有の収入時期も確認する。
所得税基本通達36-9(1)は,契約又は慣習等により支給日が定められた通常の給与についてはその支給日,支給日が定められていない給与については実際に支給を受けた日を収入時期とする。
役員賞与及び給与規程の改訂による遡及差額等は,同通達の別の区分を確認する。
国税庁の質疑応答「過去に遡及して残業手当を支払った場合」は,実労働時間に即した過去3年分の残業手当の不足額を一括支払する事例について,本来の各支給日の属する年分の給与所得と回答している。
一方,給与規程の改訂が過去に遡って実施されたために生じる差額は,支給日が定められていればその支給日,定められていなければ改訂の効力発生日と区別している。
国税庁No.2668によると,その年に支払うことが確定した給与は,未払でもその年の年末調整の対象となる。
前年に未払となった給与を翌年に支払っても,翌年の年末調整対象に重ねて含めない。
したがって,既往の未払給与を後の和解で分割払にした場合にも,和解成立年又は入金年へ当然にまとめ直すのではなく,元の支給日,給与規程,変更合意の内容及び通達の適用区分を確認する。
所得が帰属する年分と,源泉徴収を行う時期は分けて整理する。
国税庁No.2526は,通常の未払給与の源泉徴収を原則として実際の支払時に行うとし,一部支払の場合は支払額に対応する税額を源泉徴収すると説明している。
役員賞与には,支払確定日から1年を経過した日に支払があったとみなす例外がある。
弁護士は,月別の給与額,具体的な債権発生時点,元の支給日,和解による処分内容及び実際の支払日を整理する。
税理士は,その資料と給与台帳・源泉徴収票・過年度の申告内容を照合し,給与の帰属年分,年末調整及び支払時の源泉徴収を確認する。
和解条項で「解決金」と一括表示しても,未払給与の実質や帰属年分が当然に変わるわけではない。
第6 解決金・和解金の源泉徴収は必要か
1 支払金の実質に即して判断する
源泉徴収は,支払金の名称ではなく,給与,退職手当,弁護士報酬等の法定の対象に実質的に該当するかで決まる。未払賃金を「解決金」として支払う場合,その賃金部分について源泉徴収を検討する。一般の損害賠償金であるという理由だけで源泉徴収するものでも,和解金であるという理由だけで源泉徴収しないものでもない。
職務発明に関する支払でも,所得区分と源泉徴収の要否を分けて確認する。
国税庁のNo.2592は,特許を受ける権利を会社が原始取得することに伴う相当の利益を雑所得とし,源泉徴収を要しないと説明する。
他方,特許権等の実施権設定に伴う使用料は雑所得であっても源泉徴収の対象となるため,「雑所得だから源泉徴収不要」とは判断できない。
職務発明利益の不足額を「和解金」「解決金」として支払う場合も,原始取得,権利の承継又は実施権設定のどれに対応する支払かを整理する。
名称や退職後の支払という事情だけで,給与所得,一時所得,退職所得又は非課税に区分しない。
請求期限,支払条件及び税務の整理は,職務発明の相当の利益の請求期限と税務(AI作成)を参照されたい。
合意書には,総額,課税対象と考える各項目,源泉徴収額,控除後支払額及び法定調書の取扱いを記載する。支払者と受領者の見解が異なる場合は,手取額だけを合意せず,誰がどの法的根拠で納付・還付・求償を行うかを確認する。
| 支払の実質 | 源泉徴収の確認 | 合意前の資料 |
|---|---|---|
| 未払賃金・残業代の本体 | 給与の税額表・対象月・既払額を確認。報酬の10.21%を一律に掛けない。 | 給与台帳,勤務・残業記録,月別計算表 |
| 退職手当等に当たる金額 | 退職所得の受給に関する申告書の有無等を確認。未提出の場合は原則20.42%。 | 退職の事実,勤続期間,支給規程,申告書 |
| 心身の損害に対する非課税の慰謝料等 | 非課税要件に当たるかを確認。「慰謝料」の名前だけで決めない。 | 損害の内容,請求根拠,医療資料,内訳 |
| 一般の事業上の損失補填等 | 課税所得になることと法定の源泉徴収対象になることを別に確認。 | 元の契約,収入・費用との対応,和解内訳 |
所得税が課税されることと,支払者に源泉徴収義務があることは,同じ意味ではない。
退職手当等は国税庁No.2732に沿って,申告書の有無及び計算の前提を確認する。
実際に控除した税額と法定の税額が異なるときの請求・還付は,源泉所得税の徴収・納付に過誤がある場合の取扱いを参照されたい。
賞与格差の和解では,契約上の未払賞与を支払う部分と,不合理な待遇差による損害賠償を支払う部分を,実際の請求根拠と合意内容から区別する。
国税庁No.2508が説明する給与・賞与の性質と,No.1700の心身・資産損害等の補填対象を確認し,「損害賠償金」という名称又は正社員との差額による算定だけで,給与所得又は非課税に一律分類しない。
これらの国税庁の一般資料だけで,待遇差に関する賠償金の個別の所得区分・源泉徴収が確定するわけではない。
弁護士は請求対象季,契約上の支給根拠,違法とする相違,損害計算及び最終条項を整理し,税理士は補填対象,所得区分,帰属年分及び源泉徴収を確認する。
金銭請求の組立てと資料の対応は,賞与格差を争うときの証拠と請求―説明義務,賃金請求,損害賠償及び和解の税務(AI作成)を参照されたい。
2 総額・控除額・振込額を別々に確認する
労働事件で未払賃金等を含む和解をするときは,合意書案の段階で,次の三つの金額を分けて確認する。
これは税区分を当事者の都合で作るための表ではなく,請求内容と証拠に対応する支払内訳を確認するための表である。
| 金額 | 合意前に確認する内容 |
|---|---|
| 支払総額 | 未払賃金,退職金,損害賠償等の実質に沿った内訳,対象期間,計算資料を明示する。 |
| 源泉徴収額 | 対象となる項目,支払者による計算方法,適用する税額表等と計算の前提を確認する。 |
| 実際の振込額 | 総額から源泉徴収額等の控除額を差し引いた額。控除が他にもある場合は項目ごとに示す。 |
給与の源泉徴収額を,和解金全体に一律の割合を掛けて求めることはできない。
国税庁タックスアンサーNo.2526「給与が一部未払の場合の源泉徴収」は,通常の月例給与が未払である場合,原則として実際に支払う際に源泉徴収すると説明している。
同じ月の給与を一部だけ支払う場合は,その月に支払うべき給与額から税額表で求めた税額に,実際に支払う給与額の割合を掛ける方法を示している。
複数月の未払賃金をまとめて支払う場合も,対象月,給与計算及び既に支払った額を整理して,適用する取扱いを確認する。
所得がどの年分に帰属するかという第5の問題と,いつ源泉徴収するかという問題を混同しない。
3 和解条項と支払資料を対応させる
例えば,源泉徴収以外の控除がない一括払の案では,「甲は乙に対し,別紙内訳の支払総額を支払う。甲は,このうち給与に該当する部分から法令に従い計算した源泉徴収税額W円を控除し,支払総額からW円を差し引いた金額を指定口座へ振り込む」という骨格で整理できる。
Wは検討段階の記号であり,実際の条項では,合意時点で金額を確定できるか,少なくとも控除額の計算方法と通知方法を特定できるかを確認する。
この例は,内訳のうち給与以外の部分をすべて非課税とするものではなく,退職所得等の別の源泉徴収対象がある場合には,その対象と控除額も別に定める。
当事者間では,計算担当者,計算資料を共有する期限,振込予定額の確認方法及び誤りが判明した場合の協議方法を決めておくことが有用である。
分割払の場合は,各回の支払内訳と控除額を対応させ,支払総額と実際の受取額の関係が追跡できるようにする。
支払後は,内訳表,源泉徴収の計算書,振込記録及び交付対象となる源泉徴収票等を照合する。
「手取りでいくら受け取るか」を保証する合意をする場合は,控除後の金額だけでなく,追加負担の有無とその計算方法を税理士等と確認する。
本項の源泉徴収に関する加筆は,令和8年10月4日に国税庁の上記資料を確認したものである。
4 退職パッケージの内訳を判定する
退職勧奨に伴う提示が「基本給の6か月分」「解決金」等と表示されていても,計算方法や呼び方だけで所得区分を決めることはできない。
在籍期間中の給与,未払給与・賞与,法定の解雇予告手当,退職金・加算金及び早期署名への加算金を,発生原因と算定資料から分ける必要がある。
次の表は,一括提示を個別の支払項目に分解するための確認例である。
| 支払項目 | 所得区分を検討する入口 | 確認資料 |
|---|---|---|
| 雇用継続中の通常給与 | 通常の給与としての性質と対象期間を確認する | 退職日,待機指示,給与台帳 |
| 退職後に支給する未払給与・賞与 | 在職者に支払うものと同性質なら給与等として検討する | 対象月,賞与規程,月別明細 |
| 法定の解雇予告手当 | 国税庁No.2736は退職手当等に該当すると説明する | 解雇通知,予告日数,平均賃金 |
| 退職金・特別加算金 | 退職に基因して一時に支払われるものかを確認する | 支給規程,退職条件,計算表 |
| 早期署名への加算金 | 名称だけで決めず,退職等との関係と支給原因を個別に判定する | 提示書,期限条件,合意書,支払理由 |
国税庁No.2725は,退職に基因して一時に支払われる退職手当等と,在職者に支払われる賞与等と同性質の給与を区別している。
No.2739も,退職後の支払が在職者への給与等と同性質であれば,給与等として源泉徴収すると説明する。
これらと,No.2736が示す法定解雇予告手当の取扱いを分け,退職後の一括支払を全額給与又は全額退職所得としないことが重要である。
弁護士は,既存債権の精算か,退職への追加対価か,別の損害の賠償かを,請求資料と合意内容から整理する。
税理士は,その内訳と根拠をもとに,所得区分,帰属年分,源泉徴収,受給者の属性及び必要書類を確認する。
税務上有利な名称を付けるために実際の権利関係と異なる内訳を作ることはできない。
退職条件の経済的な比較では,支払総額だけでなく,源泉徴収その他の控除と実際の振込額を対応させる。
署名期限や清算条項と併せて読む手順は,退職パッケージを提示されたら―退職合意書の署名期限・清算条項・税引後金額の確認で整理している。
第7 和解金・損害賠償金に消費税はかかるか
心身又は資産への損害の発生に伴う損害賠償金は,通常,資産の譲渡等の対価に当たらないため,消費税の課税対象とならない。しかし,国税庁タックスアンサーNo.6257は,名称ではなく実質で判定するとし,使用可能な棚卸資産等の引渡し,特許権・商標権等の侵害,事務所の明渡遅延等に係る金銭が対価に当たり得る例を示す。
特に,特許権等の侵害について権利者が受け取る賠償金を,通常の事故賠償と同じように消費税の対象外と処理しない。消費税法基本通達5-2-5は,実質が対価に当たる損害賠償金の例として「無体財産権の侵害を受けた場合に加害者から当該無体財産権の権利者が収受する損害賠償金」を挙げる。国内の特許実施許諾の対価も,同通達5-4-1の実施権等の設定として検討する。
特許紛争の和解案では,未払実施料,追加許諾の対価,過去の侵害に係る賠償及び独立した他の損害を,対象製品・期間・数量と実際の合意内容に対応させる。民事上の請求原因と消費税の対価性は別に判断し,「和解金」の一語で全額不課税とはしない。税込・税別,消費税相当額の負担及び請求書等の交付を合意前に確認する。具体的な資料と役割分担は,特許ライセンスの数量超過が判明したとき―許諾範囲,消尽,追加実施料及び和解金の消費税(AI作成)を参照されたい。本段落は令和8年10月10日に上記国税庁資料を確認したものであり,国外取引を含む場合には別途国内外判定等を行う。
画像・映像の無断利用を清算する和解でも,著作権侵害の成否と,受領する金銭の消費税上の対価性は別に確認する。
消費税法2条1項8号は資産の譲渡等を「事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供」と定義し,国内取引の課税の入口は同法4条1項である。
消費税法基本通達5-2-5は無体財産権の侵害に係る賠償を実質が対価に当たる金銭の例として挙げており,知財紛争の和解を通常の事故賠償と同じように一括して課税対象外とはしない。
過去の権利利用に対応する金額,今後の利用許諾の対価及びそれ以外の損害の補填を,対象著作物,期間,利用方法,算定根拠及び実際の合意内容と対応させる。
削除や著作者名の訂正といった非金銭の義務も,金銭の内訳と分けて特定する。
使用料相当額という算定名や和解金という名付けだけで処理を決めず,税込・税別の合意と請求書等の交付を確認する。
所得税・法人税で収益となるかという問題と,消費税で資産の譲渡等の対価に当たるかという問題は同じではない。両者を別々に検討する。
コンサルティング料又は採用支援料の返金を含む和解では,①未提供の役務に対する前払金の返還,②提供済みの役務の対価の値引き,③役務の対価に当たらない損害賠償及び④解約手続の事務手数料を分けて検討する。
国税庁の説明では,すでに行った課税仕入れの対価の返還等は,原則として返還等を受けた課税期間に調整する。当初から誤って仕入税額控除をした場合の申告是正とは区別する。
また,キャンセル料は,解約手続の役務の対価である事務手数料と,逸失利益の補填では扱いが異なる。両者を区分せず一括して収受する場合についても国税庁の取扱いを確認し,名称だけで課税又は不課税を決めない。
具体的な確認順序と返還インボイスについては,前払コンサルティング料・採用支援料の返金と税務で整理している。
| 金銭の実質 | 消費税の判断の入口 | 確認する資料 |
|---|---|---|
| 心身・資産の損害の補填 | 通常は資産の譲渡等の対価に当たらない | 事故・損害の内容,賠償額の算定資料 |
| 資産の引渡し,権利使用又は使用継続の対価 | 名称が賠償金でも課税対象となり得る | 引渡し,権利侵害,明渡遅延の事実と対価性 |
| 解約の事務手数料 | 役務提供の対価として課税対象となる | 手続の内容と手数料の算定 |
| 解約による逸失利益の補填 | 通常は対価性がなく課税対象とならない | 取消しによる損害,契約と精算内訳 |
| 購入代金の返還・値引き等 | 元の仕入れに係る税額調整を確認する | 元の取引,税率,返還を受けた時期 |
受領者が課税売上げとして計上するかという問題と,支払者が仕入税額控除を受けられるかという問題は,分けて確認する必要がある。
支払者については,事業上の課税仕入れに当たるか,用途・課税方式・帳簿及び請求書等の保存要件を確認し,和解金を払ったという事実だけで控除を判断しない。
消費税の全体像は,消費税とは―税率・免税事業者・簡易課税・インボイスの基本(AI作成)も参照されたい。
費用の見積書に消費税相当額が表示されていることと,その費用を参考に算定した解決金自体が消費税の課税対象となることは,同じではない。
国税庁No.6257が示す対価性の判定を行い,見積書と合意書の税額表示を機械的に同一視しない。
税務上の取扱いを説明したことだけで,民事上の支払義務や合意済みの総額が増減するわけでもない。
合意書で金額を確定するときは,「税抜」「税込」という表示だけに頼らず,支払総額,その算定内訳及び追加負担を約束するかどうかを明示する。
算定内訳に既に含まれる税額を重ねて加算していないかを照合し,税別表示だけを理由に解決金へ一律に税額を追加しない。
税務上の対価性と合意上の負担額は別の確認事項であり,税率を掛けるだけで双方が決まるものではない。
補修業者の工事代金が税抜100万円・消費税等10万円であり,その合計110万円を損害補填の解決金として支払う例では,対価性がない限り,解決金110万円の全額が消費税の課税対象外となる。
工事代金の税相当額を含む算定と,解決金自体への課税を区別する。
また,管理組合が工事を発注し,会社がその損害を補填するだけであれば,支払会社は,含まれる10万円を自社の仕入税額控除に使えない(消費税法2条1項12号・30条1項(https://laws.e-gov.go.jp/law/363AC0000000108),国税庁No.6451(https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shohi/6451.htm))。
補修業者への工事代金,管理組合への解決金及び複数社の内部精算の区別と条項例は,建物の補修費を解決金で負担するときの消費税―消費税相当額,仕入税額控除と合意書の書き方(AI作成)で説明している。
第8 示談書・和解条項の作り方
- 紛争の対象となる契約,事故又は行為を特定する。
- 支払総額だけでなく,慰謝料,治療費,財産損害,営業損失,未払賃金,退職金,弁護士費用,遅延損害金等の内訳と算定期間を示す。
- 各項目と請求資料,証拠及び損失計上の対応関係を残す。
- 源泉徴収の対象と考える金額,控除額及び実際の振込額を区別する。
- 分割払,期限の利益喪失,遅延損害金及び条件成就日を明記する。
- 税務当局の判断を当事者間だけで拘束できないことを前提に,追加負担・還付・資料提供の協力条項を検討する。
税負担を有利にする目的で実際の紛争内容と異なる内訳を置いてはならない。合意前の請求書,訴状,準備書面,交渉記録と整合する合理的な配分を用いる。
役務報酬の返金を含める場合は,元の契約,請求書,支払日,役務提供期間,既実施・未実施の業務及び元の会計処理と,和解金の内訳を対応させる。
未提供分の返還,値引き,損害賠償,手数料及び相殺額を確認し,税抜額,消費税相当額,振込額と書類交付の担当・期限を整える。弁護士は請求の根拠と実際の合意内容を,税理士は計上済みの勘定,年度と課税方式を確認し,税引後の効果を踏まえて合意する。
補修費の税相当額も含めて解決する合意であれば,「支払総額は110万円とし,算定の基礎とした補修工事費の消費税等相当額を含む。これに追加の税相当額を加算しない」といった形で最終額を確定する。
100万円を最終合意額とするのであれば,その総額と追加加算をしない旨を記載する。
いずれも実際に成立した合意を文章にするものであり,不課税という税務説明だけで合意済みの支払額を変更するものではない。
第9 確認資料と実務チェックリスト
- 当事者,受領名義人及び実際の帰属者
- 請求原因,請求項目,計算期間及び証拠
- 訴状・答弁書・準備書面・判決・調停調書・和解調書
- 示談書の内訳,清算条項,源泉徴収条項及び支払条件
- 損失・必要経費・資産簿価・保険金その他の補填額
- 入金日,権利確定日,分割払日及び遅延損害金
- 支払調書,源泉徴収票,領収書及び振込記録
弁護士から税理士へ資料を引き継ぐときは,請求内容,最終合意及び実際の支払を対応させるとよい。
以下は資料整理のための確認例であり,表の記入だけで課税・非課税や所得区分が決まるものではない。
| 引継ぎ欄 | 対応させる資料・確認事項 |
|---|---|
| 当事者・帰属 | 支払者,受領者,実際の帰属者,個人・法人,受領者側・支払者側のどちらの判断か |
| 請求項目・期間 | 慰謝料,財産損害,営業損失,未払賃金等の項目,補填対象,算定期間,訴状・準備書面の頁 |
| 配分の根拠 | 項目ごとの計算表・証拠,交渉で変更した理由。名目だけの配分になっていないか |
| 最終合意 | 条項番号,成立日,和解条項・調書・別紙・計算表の確定した版 |
| 条件と計上時期 | 支払期限,分割,条件成就,免除等の条項。権利確定時期を検討する資料と,実際の入金日を分ける |
| 源泉徴収と入金 | 合意総額,控除額,実際の振込額,支払調書・源泉徴収票等の対象資料 |
| 既存処理との対応 | 計上済みの収益・必要経費・損失・資産簿価,保険金等の補填,年度,関係する消費税資料 |
| 未確認事項 | 法的性質又は税務処理が未確定の項目,追加資料,確認担当,期限 |
弁護士は請求の根拠,証拠と合意内容の対応及び条項の変更経緯を整理し,税理士はそれらの資料を既存の会計処理や対象年分の税法と照合する。
成立前の案を共有した場合は,成立後に最終版へ差し替え,支払後には入金・源泉徴収資料を追加する。
税務確認を要する点が残るときは,その内容を双方の担当者が分かる形で残す。
国税庁No.1700「加害者から治療費、慰謝料及び損害賠償金などを受け取ったとき」の補填対象による区別と,No.2200「収入金額とその計算」の収入すべき時期の説明は,これらの資料をそろえる必要性の参考となる。
実際の課税判断は,本記事の各税目の説明と,対象となる取引・合意の内容に即して行う。
条項を作る段階の点検は,民事訴訟の和解案・和解条項案の作り方も参照されたい。
支払側では,民事上の賠償義務があることと,所得税・法人税で控除できることを分けて確認する。
国税庁No.1710は,個人事業主自身が加害者の場合,業務に関連する賠償でも故意又は重大な過失があれば必要経費にならないと説明する。
事故を起こした使用人と,賠償金を負担する事業主の扱いも区別する。
法人の支払では,法人税基本通達2-2-12・2-2-13に沿い,債務確定,年度末までの相手方への申出額,未払計上及び保険による明らかな補填部分を確認する。
合意日・入金日だけで一律に計上年度を決めず,行為者,支払主体,内訳,申出書面・送付記録と保険資料を,弁護士と税理士で対応させる。
支払側の詳しい検討は,損害賠償金・解決金を支払ったときの税務(AI作成)を参照されたい。
第10 調査範囲と限界
個別の和解条項に関する税務判断は,紛争原因,受領者,内訳,必要経費との対応及び権利確定時期により変わる。
例えば,従業員による資産の窃取と,外部の相手方との契約紛争による賠償金では,適用する取扱いを区別する。
合意書の名称や入金日だけで結論を出さず,対象年分の法令・通達と原資料を確認する。
第11 関連記事
個人の借主が立退料を受け取る場合の所得区分,支出の控除及び明渡合意書の資料確認は,借主が立退料を受け取るときの税金を参照されたい。
交通事故の慰謝料に税金はかかるか
損害賠償金の遅延損害金に税金はかかるか
源泉所得税に関するメモ書き
居住用建物の立退料の算定方法
ノーベル賞の賞金に税金はかかるか
第12 出典・参考資料
立退料の所得区分:国税庁No.3155「借家人が立退料をもらったとき」(令和8年4月1日現在法令等)。
職務発明に関する追加の根拠:国税庁No.2592「使用人等の発明に対して報償金などを支給したとき」及び所得税基本通達23~35共-1。
令和8年10月14日に確認し,No.2592は令和8年4月1日現在法令等という表示の案内を参照した。
①e-Gov法令検索「所得税法」
②e-Gov法令検索「所得税法施行令」
③e-Gov法令検索「法人税法」
④国税庁タックスアンサーNo.1700「加害者から治療費、慰謝料及び損害賠償金などを受け取ったとき」
⑤国税庁タックスアンサーNo.2200「収入金額とその計算」
⑥国税庁「法人税基本通達 第7款 その他の収益等」
⑦国税庁タックスアンサーNo.6257「損害賠償金」
⑧国税庁No.6363「仕入れに係る対価の返還等」(調整時期)
⑨国税庁No.6253「キャンセル料」(事務手数料と逸失利益の補填)
追加参照資料:国税庁No.2725「退職所得となるもの」,No.2736「解雇予告手当等」及びNo.2739「退職後に支給される給与等の源泉徴収」。
未払給与の追加参照資料:所得税基本通達36-9,国税庁No.2668「年末調整の対象となる給与」,質疑応答「過去に遡及して残業手当を支払った場合」及びNo.2526「給与が一部未払の場合の源泉徴収」。
令和8年10月14日に確認した。