第1 EDRで何を確認したいかを先に決める
1 ドラレコ映像,EDR及び修理資料の役割
交通事故の速度,衝突の順序又はエアバッグの作動が争われたときは,映像,車両の記録及び修理資料を対応させて検討する必要がある。
EDRの出力があること,エアバッグが展開していること及び修理見積書に交換が計上されていることは,それぞれ確認する対象が異なる。
本記事は,弁護士が解析担当者へ依頼する前に整理する資料と,取得後の確認方法を説明するものである。
国土交通省の令和3年9月30日付発表は,EDRを,事故時の車速,加速度,シートベルト着用の有無等を記録する事故情報計測・記録装置として説明している。
同発表は制度導入時の資料であり,本記事では現在の全車両に一律に装備・取得が可能であるという根拠には用いない。
2 本記事の資料と確認範囲
資料の確認日は令和8年10月14日である。
メーカーの取扱説明書は掲げられた車種・生産時期の説明として,解析機器の取扱説明書は当該機器・版の説明として参照する。
個別車両の作動条件,記録項目又は交換基準を,別の車種・年式の資料から確定しない。
ドラレコ映像の保全・速度推定はドライブレコーダー映像を民事訴訟で使う方法を,修理範囲・工賃は車両修理見積書の読み方を参照されたい。
本記事の資料一覧と照会事項は,公開資料を踏まえた実務上の提案であり,裁判所の公式書式ではない。
第2 装備,記録及び読取り可能性を分ける
1 車種と生産時期を特定する
車台番号,型式,生産時期,販売市場,装備及び事故後の部品交換を確認し,対応する取扱説明書・技術資料を探す。
車名が同じことだけで,別年式又は別仕様の記録条件を当てはめない。
資料の名称,版,該当箇所及び対象車両との対応を記録しておくと,解析結果への反論にも対応しやすい。
トヨタのAQUA・2026年3月以降の取扱説明書「イベントデータレコーダー」は,一定の衝突等で車両システムの作動状況,ペダル操作状況及び車速等を短時間記録すると説明する一方,衝突の程度と形態によっては記録されない場合があるとしている。
この説明は当該取扱説明書の対象車両についてのものである。
2 「取得できない」と「記録がない」を区別する
EDRが装備されているか,当該事象が記録されたか,記録が残っているか,利用する機器で読取りができるかを別々に確認する。
読取りを試みていない場合や,対応機器・接続条件が確認できない場合は,記録がないと結論しない。
データが得られなかったときも,未試行,非対応,通信失敗,出力上の記録なし等の具体的な結果を残す。
取得不能を事故不存在やエアバッグ不作動の証明として用いる場合は,その推論を支える記録条件と取得条件の説明が必要になる。
結果だけでなく,対象装置,実施方法及び失敗理由を解析担当者へ確認することが重要である。
第3 取得を依頼する前に保全するもの
1 現車,装置及び事故後の作業履歴
現車の保管者・保管場所,事故時の状態,交換又は取り外した装置の所在,修理・売却・搬送の経過を整理する。
修理工場,所有者又は保険会社へ相談するときは,対象車両と保存したい装置・データを特定し,処分予定と実施可能な確認方法を尋ねる。
通常の修理を妨げることや,第三者の車両へ無断で接続することを前提とした保全方法にはしない。
エアバッグ等の安全装置の取り外しや通電を,依頼者が独自に試すことは避けるべきである。
トヨタのAQUA取扱説明書「SRSエアバッグ」にも,構成部品への不適切な取扱いや改造・廃棄について警告と販売店への相談事項が示されている。
必要な保全と作業の安全性を,対象車両に対応する事業者へ確認する。
2 読み出し方法と対応機器
BoschのCDR 900日本語取扱説明書は,車両のDLC/OBDコネクターを介する取得と,電子制御ユニットへ直接接続する取得を説明している(印字7頁~8頁)。
直接接続には対象車両に対応するケーブル等の確認が必要であり,同説明書は2019年10月28日版であるため,現在使用するソフトウェアの対応車両情報・ヘルプと併せて確認する。
解析担当者には,対象車両・装置への対応,機器・ソフトウェアの版,接続方法,必要な同意や立会い,作業で生じ得る変更,取得物及び費用を確認する。
本記事は配線・通電の作業手順を案内するものではなく,取得の可否と方法を判断できる担当者へ依頼するための確認事項を示すものである。
3 原データと報告書の対応
取得した元ファイル,出力報告書,解析時に使用した説明資料及び作業記録を一組で保存する。
取得者,取得日時,車両・装置の識別情報,機器・ソフトウェアの版,取得方法及びエラーの有無を記録し,報告書だけが残って元データとの対応が失われることを防ぐ。
ファイルのハッシュ値は同一性確認の補助として利用できるが,記録内容の正確性や事故との対応を単独で証明するものではない。
第4 エアバッグ作動と部品交換を別々に検討する
1 展開状態と作動時点
エアバッグが展開した状態を事故後の写真で確認できても,それだけでどの衝突の瞬間に展開したかが分かるとは限らない。
装置の種類,写真の撮影時点,動画で展開が視認できる範囲及び取得記録の説明を対応させる。
運転席,助手席,サイド,カーテン等の装置を一括して「エアバッグ」と扱わず,確認できた装置と確認できない装置を分ける。
前掲AQUAの「SRSエアバッグ」は,装置ごとの作動条件と,衝撃方向等によって通常作動しない場合や例外を説明している。
個別事故では対象車両の資料へ戻り,展開・非展開だけから一つの速度又は衝突方向を逆算する説明に,前提と限界が示されているかを点検する。
2 見積書の名称と技術的機能
修理見積書にセンサー又は制御装置の交換が計上されていても,その行だけでは,実際の損傷,交換理由及び衝撃の到達部位までは確認できない。
部品番号,正式名称,取付位置,装置の機能,メーカーの交換基準,診断結果及び実施した作業を照合する。
名称の訂正と,交換の必要性・事故との因果関係の評価は別の作業である。
見積書,診断結果,作業記録,交換部品の写真及び請求書が示す内容を分け,複数資料がそろうことによって補える点を明らかにする。
部品交換から事故態様を推認する場合は,別の交換理由でも同じ計上が生じる可能性を検討し,説明が必要な箇所を技術担当者へ照会する。
第5 連続衝突は時系列と費用帰属を分けて整理する
1 各資料の時計と事象の対応
複数回の接触・衝突があるときは,動画の時刻・フレームと車載記録の基準時点を別欄に置く。
同じ数値が表示されていても,同じ時計又は同じ事象を指すと決め付けず,解析担当者に時刻の意味,記録範囲及び複数事象の扱いを確認する。
どの衝突を記録したかを特定できない資料を,特定の衝突だけの結果として引用しない。
| 確認対象 | 根拠資料と位置 | 残す留保 |
|---|---|---|
| 最初の接触 | 原動画のフレーム,車両写真,供述 | 映像の死角と時刻補正 |
| 次の衝突 | 原動画のフレーム,車載記録,損傷資料 | 記録と対象衝突の対応 |
| 装置の作動 | 装置別の写真,動画,取得報告書 | 展開状態と展開時点の違い |
| 交換・修理費 | 部品別見積り,診断・作業記録 | 必要性と各衝突への帰属 |
この表は内部整理用の例である。
ドラレコ映像からの計算値,画面表示速度及びEDR等の出力値には由来を付し,同じ「速度」の欄で測定値と推定値を混在させない。
映像分析の計算式,距離,フレーム間隔及び誤差については,前掲ドラレコ記事を参照されたい。
2 作動の確認だけで負担割合を決めない
作動時点の主張,交換の必要性,各衝突による損傷及び費用の分担割合は,それぞれ根拠を必要とする判断対象である。
一つの作動時点を説明できたことだけで,修理費全体の帰属又は割合まで確定したことにしない。
相手方が今回の書面で特定の点に触れていない場合も,従前の主張・認否と対照し,当事者間で一致した事実と未応答の事項を区別する。
第6 処分後の確認と提出資料の作り方
1 登録履歴と現物の所在
東北運輸局の登録事項等証明書の案内は,現在証明と,名義変更等の履歴も分かる詳細証明を区別している。
登録記録は車両と登録上の経過を確認する資料になるが,実際の引渡し,修理,解体又は装置・データの現在の所在を確認するには,それぞれに対応する資料が必要である。
移転や抹消等の記載だけを理由に,EDRが残っていないと断定しない。
処分後は,登録記録を手掛かりに,実際の売買・引渡し・搬送の資料,関係者の説明,装置の交換・処分記録及び既に作成された解析報告書の有無を確認する。
所在が分からないこと,第三者から協力を得られないこと,装置が失われたこと及び記録が得られないことを別々に記録する。
2 取得物から主張への道筋
提出資料には,元データと出力報告書の関係,取得経緯,対象車両・装置,該当頁又は記録位置及び立証したい事実を示す。
図表や抜粋を作る場合は,原データへの対応と加工内容を残し,取得報告書の注記や限界を省かない。
成立の真正,記載内容の信用性,事故との対応及び主張を十分に裏付けるかは,分けて検討する。
証拠の提出方法・記載欄は,対象事件に適用される制度と受訴裁判所の案内を確認する。
裁判所の証拠説明書の記載要領は,標目,作成者,立証趣旨等の記載を説明している。
準備書面,提出する資料及び証拠説明書の対応は,AIで証拠説明書を作成・監査する方法も参照されたい。
3 解析担当者へ尋ねる事項
①当該車両・装置が対応対象か,判断に使用した資料と版は何か。
②取得したファイルと報告書は何か,取得失敗や欠落の説明はあるか。
③各値の単位,基準時点,記録間隔及び誤差は何か。
④記録はどの接触・衝突に対応し,別事象の可能性はあるか。
⑤エアバッグごとの作動,交換理由及び修理資料との対応をどこまで説明できるか。
⑥結論を支える前提と,資料だけでは判断できない事項は何か。
解析結果を採用する際は,数値だけを転載せず,どの資料をどの前提で読み,何を認定してほしいのかを示す。
技術的な解析と,損害・因果関係・過失割合についての法的評価を対応させることが,裁判所へ伝わる説明につながる。
第7 出典と関連記事
①国土交通省「事故時の車両情報を記録するための国際基準を導入します」(令和3年9月30日)。制度導入時の説明として参照。
https://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha10_hh_000256.html
②トヨタ「AQUA 2026年3月以降 取扱説明書」イベントデータレコーダー,SRSエアバッグ。該当車種・生産時期の説明として参照。
EDRの説明
SRSエアバッグの説明
③Bosch「CDR 900日本語取扱説明書」(2019年10月28日版)印字7頁~8頁,及び公式マニュアル一覧。当該機器の取得方法の説明であり,現在の対応車両は使用するソフトウェアの情報で確認する。
https://cdr.boschdiagnostics.com/cdr/sites/default/files/cdr_900_user_guide_jp.pdf
④東北運輸局「登録事項等証明書」。現在証明と詳細証明の区別を参照。
https://wwwtb.mlit.go.jp/tohoku/am/am-sub02-009.html
⑤裁判所「証拠説明書の記載要領」。対象事件に適用される制度・書式と併せて参照。
https://www.courts.go.jp/assets/shouko_setsumeisho_kisaiyouryou.pdf