第1 騒音を止める請求と,受けた損害を補う請求を分ける
騒音被害の相談では,発生源,施設の管理者,求める措置,既に生じた被害を先に整理する。
将来の騒音を止める差止めと,過去の被害についての金銭賠償では,訴訟形式と判断の仕方が異なる。
和解で金銭を受け取る場合も,何を補う金銭かに応じて税務を確認する必要がある。
本記事は,公的な道路,国営空港が問題となった判例及び自衛隊機の運航を手掛かりに,請求と資料を組み立てる方法を説明する。
現在の空港の管理・運営主体,米軍機の運航,民間事業者や隣人による騒音は,それぞれの権限と請求先を確認して検討する。
参照する法令・公表資料の確認日は令和8年10月14日である。
第2 訴訟形式は,求める措置を誰が実現できるかから考える
1 道路管理者の事実行為と交通規制を区別する
道路の騒音対策には,遮音壁や舗装などの構造対策と,交通規制などの対策がある。
道路管理者に求める騒音防止がその管理上の措置でも実現できるか,別の行政機関の権限行使を必要とするかを,請求内容に即して検討する。
行政機関が関係することだけから,一律に民事訴訟を選べないと判断することはできない。
請求の検討では,「騒音を下げる」という目標を,設備の設置,舗装の変更,車両の通行規制,運航の制限などの措置へ分ける。
措置ごとに実施主体と法的権限を確かめると,請求先と訴訟形式を対応させやすくなる。
以下の表は,この確認を行うための整理である。
| 場面 | 判例・制度から得られる手掛かり | 相談時に確かめる事項 |
|---|---|---|
| 国等が管理する道路 | 騒音防止の方法と道路管理上の措置を具体化する | 管理者,対策の種類,交通規制権限との関係 |
| 当時の国営の基幹的空港 | 大阪国際空港判決は空港管理権と航空行政権の不可分性を重視した | 現在の管理・運営主体,求める差止めの対象,権限行使との関係 |
| 自衛隊機の運航 | 厚木基地の判決は民事差止めの限界と行政訴訟による救済を示す | 対象となる運航,防衛大臣の権限,被害と訴訟要件 |
2 空港・自衛隊機の判決の対象を確認する
最高裁大法廷昭和56年12月16日判決は,当時の国営空港の管理権と航空行政権が不可分一体に行使されることを踏まえ,離発着の民事差止めを不適法とした。
現在の空港について検討するときは,この判決が扱った制度と,現在の管理・運営主体及び権限の配置を対応させる必要がある。
最高裁平成5年2月25日判決は,自衛隊機の運航を統括・規制する防衛庁長官の権限行使を公権力の行使と捉え,その取消変更等を求める民事差止めを不適法とした。
一方,最高裁平成28年12月8日判決では,防衛大臣の権限行使を対象とする法定抗告訴訟の差止めについて,訴訟要件と本案が判断されている。
対象が自衛隊機か米軍機かも区別する必要があり,米軍基地訴訟については米軍基地騒音訴訟の判例を参照されたい。
第3 差止めと損害賠償では,同じ事情の重みが異なる
1 受忍限度の判断を具体的な被害へ結び付ける
国道43号・阪神高速道路訴訟の最高裁平成7年7月7日判決(損害賠償)は,侵害の態様・程度,被侵害利益の性質・内容,公共性・公益上の必要性,被害の継続の経過,防止措置の有無・内容・効果等を総合して判断した。
国等が管理する公の営造物については,国家賠償法2条の設置・管理の瑕疵が問題となる。
被害の記載は,発生源に近いという事情に加え,睡眠,会話,生活や仕事への影響を,日時と資料に結び付けることが重要である。
2 公共性と対策の効果を別々に確かめる
上記の損害賠償判決は,道路の産業物資流通への寄与を認めつつ,周辺住民が受ける利益と被害との関係,対策が十分な効果を上げたかを検討している。
公共性を抽象的に掲げるだけでなく,誰がどの利益を受け,誰にどの被害が集中し,実施した対策が何を軽減したかを具体化する。
対策費を支出したことと,被害を十分に軽減したことも,資料を分けて確かめる。
同日の差止請求に関する最高裁判決は,差止めと賠償の考慮要素がほぼ共通するとしつつ,施設の供用の差止めと金銭賠償という請求内容に応じて,各要素の重要性が異なるとした。
したがって,賠償を受けられることから将来の供用差止めも当然に認められると考えず,それぞれの請求について理由と資料を組み立てる。
第4 自衛隊機の行政差止めでは,訴訟要件と本案を分ける
1 事前救済が必要な被害かを検討する
行政事件訴訟法37条の4は,重大な損害を生ずるおそれ,法律上の利益等を差止めの訴えの要件として定める。
重大な損害のおそれの判断では,損害の回復の困難,性質・程度と,対象となる処分の内容・性質を考慮する。
他に損害を避ける適当な方法があるかも確認する。
平成28年厚木基地判決は,反復継続する睡眠妨害等の被害の性質を踏まえ,取消訴訟等による事後救済では容易に救済できないとして,重大な損害のおそれを認めた(判決PDF6~7頁)。
訴訟形式の名称を示すだけでなく,対象となる運航と,事前に止める必要がある被害を特定する。
2 裁量逸脱・濫用の判断に進む
本案では同条5項に沿って,処分をすべきでないことが根拠法令から明らかな場合,又は裁量権の逸脱・濫用がある場合かを検討する。
平成28年判決は防衛大臣に広範な裁量を認め,継続してきた運航・被害の事実関係を踏まえ,運航目的に照らした公共性・公益性,被害の性質・程度,軽減措置の有無・内容等を総合考慮した(判決PDF7~10頁)。
同判決は,訴訟要件を認めた上で,運航差止請求は棄却すべきものと判断している。
裁量審査のための資料は,運航の目的・時刻・頻度,被害の経過,防音措置や自主規制の内容・効果に対応させる。
一般的な判断過程の整理は,行政裁量の司法審査を参照されたい。
第5 被害・公共性・軽減措置の資料を対応させる
請求を組み立てる際は,次の資料を,誰のどの被害を示すものかが分かる形で保存する。
数値の評価を行う場合は,測定の方法,場所,時間帯,対象となる発生源を確認する。
録音や日誌についても,取得日時と記録の対象を明記する。
| 判断対象 | 主な資料 | 確認する対応関係 |
|---|---|---|
| 被害の性質・程度 | 日誌,睡眠への影響,受診資料,騒音測定,居住位置 | 被害者,期間,発生時刻,原因となる騒音 |
| 公共性・運航目的等 | 施設の利用,運航の目的,時間帯別の実績 | 主張される公益と,当該態様の利用・運航との関係 |
| 軽減措置 | 遮音・防音設備,舗装,運航制限,実施記録 | 措置前後の被害,適用範囲,実際の効果 |
| 賠償額 | 請求項目,対象期間,計算表,費用明細 | 何の損害をどの根拠で補う金銭か |
相談時には,生活上の被害と,事業上の売上減少・支出増加を分ける。
その区分は,民事上の損害額と,和解後の税務処理をそれぞれ検討するためにも役立つ。
請求の期限等は,採用する請求の根拠と対象となる損害に即して確認する。
第6 騒音被害の和解金は,補填対象ごとに税務を確認する
1 個人が受け取る心身損害の賠償と事業上の補填
国税庁No.1700は,心身に加えられた損害の賠償と,必要経費を補う部分等を区別して説明する。
騒音による不眠や精神的苦痛について支払われる金銭は,その損害と支払の実質を確認して,所得税法9条1項18号・同法施行令30条の非課税の範囲を検討する。
「騒音補償金」「慰謝料」という名称や,民事上の賠償が認められたことだけで,振込全額の税務処理を決めない。
事業所得等の計算上必要経費となる金額を補填する部分は,非課税の範囲と区別して検討する。
身体の負傷によって働けないことによる収益補償は,店舗等の損害による事業上の収入・必要経費の補填と区別する。
資産の損害についても,対象資産,損害の原因,収入に代わる性質と,既に計上した損失・補填額との対応を確認する。
2 消費税と和解の内訳を整理する
国税庁No.6257は,心身又は資産の損害に伴う賠償金は通常,資産の譲渡等の対価に当たらないとしつつ,名称でなく実質による判定を求める。
所得税の非課税と,消費税の課税対象外という判断を分けて記録する。
消費税では,非課税と不課税の違いにも注意し,対価性のない損害賠償金を非課税売上げへ機械的に入れない。
弁護士は,請求項目,被害の内容,対象期間,計算資料と,最終の和解条項を対応させる。
税理士は,その内訳を受領者の属性,所得区分,対象年分,必要経費・損失処理,消費税及び実際の入金へ対応させる。
実際の請求と証拠に基づく内訳を用い,差止請求の取下げ,将来分の清算,費用や利息等も含め,合意が何を解決したかを残す。
法人が受け取る場合,源泉徴収や計上時期を含む一般的な整理は,示談金・解決金・和解金に税金はかかるかを参照されたい。
本項の国税庁タックスアンサーは令和8年4月1日現在法令等の公表資料であり,個別の和解金への適用は,当該年分の法令と請求・合意の内容に即して判断する。
第7 相談時に持参する資料と関連記事
①施設・道路・基地の名称,居住位置,管理者が分かる資料。
②騒音の発生日時,被害の経過,測定・録音・受診資料。
③行政機関や管理者への申出,回答,対策の実施記録。
④請求書,訴状等の案,損害項目の計算表,和解案・最終条項。
⑤事業用の支出・損失,保険金等の補填,入金と既存の会計処理が分かる資料。
関連する判例比較は,米軍基地騒音訴訟の判例を参照されたい。
請求形式と違法性を判例から整理する学習用の記事として,令和5年司法試験環境法第1問の模範解答・評価項目もある。
第8 出典と説明の範囲
1 法令・裁判例
①行政事件訴訟法:3条,37条の4等。
②自衛隊法:8条・107条。
③国家賠償法:2条。
④所得税法:9条1項18号。
⑤所得税法施行令:30条・94条。
①最高裁大法廷昭和56年12月16日判決:昭和51年(オ)第395号,民集35巻10号1369頁。空港管理権と航空行政権。
②最高裁平成5年2月25日判決:昭和62年(オ)第58号,民集47巻2号643頁。自衛隊機の民事差止め。
③最高裁平成7年7月7日判決(損害賠償):平成4年(オ)第1503号,民集49巻7号1870頁。
④最高裁平成7年7月7日判決(差止め):平成4年(オ)第1504号,民集49巻7号2599頁。
⑤最高裁平成28年12月8日判決:平成27年(行ヒ)第512号・第513号,民集70巻8号1833頁。
2 税務資料と実務上の応用
①国税庁No.1700「加害者から治療費、慰謝料及び損害賠償金などを受け取ったとき」。
②国税庁No.6257「損害賠償金」。
③国税庁No.6209「非課税と不課税の違い」。
判決の判断枠組み,法令の要件,国税庁が公表する税務上の分類と,資料整理の方法を区別している。
措置の実施主体,被害・公益・対策の対応表及び弁護士から税理士への資料共有は,これらを相談・請求の検討へ用いるための実務上の応用である。
各判決の結論は,それぞれの当時の制度と具体的事実に基づくものであり,個々の施設について同じ結論になるかは別に検討する。