第1 適格合併と欠損金引継ぎの否認を分ける
合併が税務上の適格要件を満たし,欠損金引継ぎの個別制限にかからない場合でも,法人税法132条の2による行為計算否認が問題となり得る。
他方で,事業の移転・継続がないことや,税負担減少の効果が大きいことだけで,当然に否認されるわけでもない。
再編の手順,実際の事業目的,問題となる規定の趣旨及び個々の事実を検討する必要がある。
本記事は,TPR事件の東京高裁令和元年12月11日判決,PGM事件の東京高裁令和7年7月23日判決及び大阪地裁令和8年5月21日判決を比較する。
比較するのは,各下級審判決の事実認定と判示である。
各事件が扱った時点の法令を,現在の取引へそのまま当てはめることはできない。
第2 最高裁判決の判断枠組み
1 組織再編税制の規定の濫用
最高裁平成28年2月29日のヤフー事件及びIDCF事件の判決は,法人税法132条の2の不当性について,組織再編税制の各規定を租税回避の手段として濫用することによる税負担減少を問題とした。
行為又は計算が,通常は想定されない手順・方法に基づくものや,実態と乖離した形式を作り出すものとして不自然であるかを考慮する。
税負担減少以外に,その行為又は計算を行う合理的な理由となる事業目的等があるかも考慮する。
その上で,組織再編を利用して税負担を減らす意図があり,規定本来の趣旨・目的から逸脱した態様で適用を受け又は免れるものかを判断する。
税効果が生じたという結果だけを,濫用の判断に置き換えることはできない。
判断枠組みは,ヤフー事件最高裁判決10~14頁及びIDCF事件最高裁判決9~13頁を参照されたい。
2 個別制限と包括的否認
法人税法57条3項による欠損金引継ぎの制限と,132条の2による包括的否認は,検討する事項が異なる。
5年に関する支配関係の条件等を満たすことは重要であるが,それだけで再編の濫用審査を省略できるとは限らない。
5年の計算も,単に株式取得から合併まで5年を数えるのではなく,合併の日の属する事業年度開始の日を基準とする法定条件を確認する必要がある。
個別の適格要件,みなし共同事業要件,設立日基準及び引継制限の全体像は,組織再編税制の適格判定と欠損金の引継制限(AI作成)で整理している。
第3 TPR事件―事業が新会社へ移った合併
1 合併に伴う一連の処理
TPR事件では,親会社が完全子会社を適格合併して未処理欠損金額を引き継いだ。
合併に関連して,従業員は新会社へ移り,棚卸資産等が新会社へ譲渡され,製造設備等も新会社へ賃貸された。
旧子会社の事業は新会社にほぼ変化なく引き継がれ,親会社の欠損金引継ぎとの関係が問題となった。
2 東京高裁の判断
東京高裁令和元年12月11日判決は,納税者の控訴を棄却した。
5年超の条件を満たすことが包括的否認の適用を排除する趣旨であるとは解せず,一連の行為の不自然性,合理的な事業目的及び57条2項の趣旨との関係を検討した(国税庁公表PDF9~12頁)。
グループの事業改善という説明についても,その改善と問題の合併との具体的な結び付きが重要になる。
根拠は,国税庁が公表する税務訴訟資料・順号13354である。
この資料の冒頭には上告・上告受理申立ての記載があるため,東京高裁の判断と最高裁の実体的な判断を混同しない。
第4 PGM事件―事業目的と手順の具体的合理性
1 二段階の合併と欠損金
PGM事件では,事業を切り出した後の会社等を含むグループ内の複数法人を,同じ日に二段階に分けて合併し,欠損金を引き継いだ処理が争われた。
国は,合併時期・相手方の選択,事業の移転・継続,清算を選ばなかったこと,二段階の手順等を問題とした。
東京高裁令和7年7月23日判決は,課税処分を取り消した原判決を維持し,国の控訴を棄却した。
2 税目的と事業目的の大小だけでは決まらない
判決は,税負担減少目的とそれ以外の事業目的を区別する必要があるとしつつ,いずれがより重視されたかを単純に比較する主張を採用しなかった。
税効果の金額が大きいことによって,直ちに不当性が決まるものではないとした(PDF7~8頁)。
事業の移転・継続が一律の適用前提であるという判断枠組みも採らなかった。
合併時期の合理性,継続する管理コスト,簿外債務への対応,法人格消滅による社会的責任・企業価値のリスク,欠損金の発生原因と引継ぎ先の関係を具体的に検討している(PDF8~11頁)。
3 代替案と二段階の合併
清算が有力な選択肢になり得ることだけで,清算を選ばなかった合併が直ちに不合理になるわけではないとされた。
二段階の合併についても,段階を踏まない場合との比較,実態と形式の関係及び合理的な事業目的を検討した。
支出を伴わない代替案を選べたという指摘に対しても,交渉時間,権利の価値及び当事者関係等を考慮せず,支出の有無だけで不合理とすることはできないとした(PDF10~12頁)。
本記事は,情報公開取得資料として公開されたPGM事件控訴審判決スキャンを参照する。
裁決や報道に基づく古い解説の否認リスクと,この控訴審の判断を区別する必要がある。
第5 大阪地裁令和8年判決―目的と手段の結び付き
1 事業を切り出してから親会社へ合併
大阪事件では,旧子会社の事業を新子会社へ切り出した上で,同日に親会社が旧子会社を吸収合併し,未処理欠損金12億0888万7861円を引き継いだ処理が争われた。
判決は,5年の条件を満たすことだけでは132条の2の適用が排除されないとした上で,欠損金引継ぎの否認を認めた。
事業,人員,設備,取引関係等が新子会社に継続した一方,親会社が引き継いだ遊休土地やグループ会社株式等と,実際の事業目的との関係を検討した。
欠損金の使用期限,検討資料,社員への説明及び主張された目的を達成する別の方法も問題となった(PDF57~76頁)。
2 事業承継がなければ常に否認されるわけではない
判決は,事業の移転・継続を57条2項の適用要件に加えたわけではなく,事業の移転・継続がないことによって常に132条の2が適用されるわけでもないと明示している(PDF66・69頁)。
PGM事件との比較では,結論だけでなく,具体的な事業目的,合併により承継した機能・リスク及びそのために選んだ手順の違いを読むことが重要である。
3 フレッシュスタートという説明
大阪判決は,新会社によるフレッシュスタート等の説明を,実際の資料や関係者の認識に即して検討した。
税務上の欠損金は,返済義務を負う債務と同じものではなく,会計上の自己資本の問題とも区別される。
目的に名称を付けるだけでなく,その目的を実現するために,なぜ事業の切出しと旧会社の合併という各段階が必要だったかを説明する必要がある(PDF73~76頁)。
判決は,法人税法132条1項をめぐるユニバーサルミュージック事件の議論を,132条の2の判断へそのまま当てはめることも採らなかった(PDF77~78頁)。
適用する否認規定と,問題となる組織再編税制の個別規定を先に特定することが大切である。
第6 3事件から何を比較すべきか
| 判決 | 当該審級の結論 | 比較する主な事情 |
|---|---|---|
| TPR・東京高裁令和元年12月11日 | 納税者の控訴棄却,否認を維持 | 事業を新会社へ移す処理と,親会社による欠損金引継ぎの実態 |
| PGM・東京高裁令和7年7月23日 | 国の控訴棄却,取消しを維持 | 合併時期,管理コスト,簿外債務リスク,二段階の手順等の合理性 |
| 大阪地裁令和8年5月21日 | 欠損金引継ぎの否認を認める | 移転した事業・資産,欠損金の期限,検討資料,目的と各段階の関係 |
3件の勝敗だけを並べて,休眠会社の合併やグループ内再編の可否を一律に決めることはできない。
税目的を除いても説明できる事業目的があるか,その目的と具体的な段階が結び付いているか,選択した方法が実態から乖離していないかを検討する。
代替案があるという事情も,必要な交渉,時間,費用,責任及び実現可能性を含めて比較する。
第7 再編前に弁護士・税理士が残す資料
1 各段階を同じ図と時系列で確認する
資本関係図と再編の時系列を作り,分割,株式譲渡,合併等の各段階について,当事者,対価,移転する資産・負債・人員,残る事業及び予定する後続取引を対応させる。
税理士が適格要件と欠損金の年度・金額を検算する資料と,弁護士が契約・決議・債権者対応を確認する資料を,同じ計画にそろえる。
2 目的と代替案を当時の資料で説明する
各段階について,税効果,実際の事業目的,その目的を当該段階が実現する仕組み,代替案を選ばない理由を記録する。
取締役会資料,検討メモ,電子メール,銀行説明資料及び実行後の人員・設備・契約の状態を,相互に照合できる形で保存する。
税目的を隠したり,後から事実と異なる理由を作ったりせず,税目的と非税務目的の双方を忠実に残すことが重要である。
3 実行前後の変更を再点検する
契約交渉や債権者対応により,人員,移転資産,実行日又は後続の再編が変わった場合は,変更後の同じ計画で適格要件と否認リスクを再点検する。
一般的な効率化の説明があることだけで,問題となる各段階の必要性まで説明できたとは扱わない。
ここで示した資料整理は,判決の考慮事情から導く実務上の提案であり,法令所定の必須書式ではない。
第8 出典と適用時点
最高裁の判断枠組みは,ヤフー事件最高裁平成28年2月29日判決と,IDCF事件同日判決による。
いずれも事件当時の法人税法132条の2を解釈した判決である。
TPR事件は国税庁公表の東京高裁判決・順号13354,PGM事件は公開された控訴審判決スキャン,大阪事件は栗原宏幸弁護士・税理士の公開記事が提供する判決全体版PDFを用いた。
PGM及び大阪のPDFは,裁判所の公式サイトではなく,公開者から提供された判決スキャンである。
大阪判決の寄附金・消費税の論点は,寄附金と仕入税額控除で結論が分かれる理由(AI作成)で説明している。
法人税法57条・132条の2の現行条文は,令和8年10月14日に確認した。
現在の取引では,その取引・事業年度に適用される法令と経過措置を確認し,上記の過年度事件の条文をそのまま使わないことが必要である。