第1 結論
職務発明の発明者は、部長、研究責任者、実験担当者又は特許出願書類の発明者欄に記載された者という形式だけでは決まらない。まず特許請求の範囲と明細書から発明の特徴的部分を特定し、その特徴的部分について、誰が技術的課題と解決手段を着想し、又はその着想を実施可能な程度まで具体化する創作活動に関与したかを確認する。
一般的な研究テーマを与えただけの管理者、決められた条件で機械的に実験しただけの補助者、資金・設備を提供しただけの後援者は、通常、それだけでは発明者にならない。他方、上司であっても具体的な解決手段を着想し、部下と一体的・連続的に具体化した場合は、共同発明者になり得る。実験担当者も、実験を通じて予想外の課題を発見し、条件・構成を創作的に選択して発明を完成させた場合には、発明者又は共同発明者になり得る。
第2 発明者、権利者及び職務上の役職は別である
特許法2条1項は、発明を「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」と定義する。発明者は、この技術的思想の創作を行った自然人である。
これに対し、特許を受ける権利又は特許権は、契約、勤務規則、譲渡その他の原因により会社等へ帰属し得る。したがって、次の三つを分ける必要がある。
| 区分 | 判断対象 | 主な資料 |
|---|---|---|
| 発明者 | 技術的思想の創作に現実に関与した自然人 | 研究ノート、実験計画、メール、会議資料、発明届 |
| 特許を受ける権利・特許権の帰属者 | 発明時の帰属条項、譲渡、共同研究契約等 | 職務発明規程、雇用契約、譲渡証書、共同研究契約 |
| 出願書類の発明者表示 | 願書に記載された氏名 | 願書、手続補正書、宣誓書、変更理由書 |
願書の発明者欄は重要な資料であるが、その記載だけで実体上の発明者性が創設されたり、創作に関与していない者が発明者になったりするわけではない。
第3 発明者を判断する基本枠組み
東京地方裁判所平成19年10月30日判決(平成17年(ワ)第1238号)は、特許請求の範囲を基準とし、明細書の発明の詳細な説明も参酌して技術的思想を把握した上で、その創作に具体的に貢献・加担したかを検討するとした。
知的財産高等裁判所平成27年3月25日判決(平成25年(ネ)第10100号)は、発明の特徴的部分を当業者が実施できる程度まで具体的・客観的なものとして構成する創作活動に関与した者を発明者と捉えている。
したがって、実務では次の順に検討する。
①特許請求の範囲を構成要件に分ける。
②従来技術と比較して特徴的な課題・解決手段を特定する。
③着想、条件設定、失敗原因の解明、実施可能化及び効果確認の各段階を時系列にする。
④各段階で誰が何を提案し、誰が採否を決め、誰が具体化したかを資料に対応させる。
⑤単なる労力・作業量ではなく、特徴的部分への創作的寄与を評価する。
第4 上司、実験担当者及び共同研究者をどう区別するか
| 関与 | 発明者性を否定する方向 | 発明者性を肯定する方向 |
|---|---|---|
| 上司・研究責任者 | 一般的なテーマ、期限又は抽象的助言だけを与えた | 特徴的な解決手段を具体的に着想し、試験条件や構成を継続的に指導した |
| 実験担当者 | 他人が定めた条件に従い、測定・記録・集計だけを行った | 失敗から新たな課題を発見し、条件・材料・構成を創作的に変更して完成へ導いた |
| 資金・設備提供者 | 予算、設備又は研究環境を提供しただけである | 提供に加えて、発明の特徴的部分の着想・具体化に直接関与した |
| 弁理士・知財担当者 | 既に完成した技術を文章化し、請求項を整えただけである | 発明完成前に新たな技術的解決手段を提案し、具体化に創作的に関与した |
「実験をしたから発明者」「指示をしたから発明者」という一律の処理はできない。実験又は指示の内容を、請求項の特徴的部分に一対一で対応させる必要がある。
第5 共同発明者の判断
前掲知財高裁平成27年3月25日判決は、共同発明者と認められるためには、発明の特徴的部分を具体化する創作活動の過程で、他の共同発明者と一体的・連続的な協力関係の下に重要な貢献をしたことを要するとした。
同じ研究会に所属していたこと、最終報告書に名前があること、共同研究契約の当事者であることだけでは足りない。他方、全員が同じ実験を行う必要もなく、課題の着想、具体的条件の設定、材料・構成の選択、効果の確認等を分担し、その寄与が一体として発明の完成につながった場合は共同発明となり得る。
共同発明者間の持分、所属法人間の権利帰属及び共同出願義務は、発明者性を認定した後に別途検討する。
第6 出願後に発明者表示を訂正する手続
特許庁の「発明者の補正について」によれば、発明者の追加・削除は、事件が特許庁に係属している間、手続補正書によって行う。発明者相互の宣誓書と、変更の理由を記載した書面が必要である。補正後の発明者全員を記載し、追加・削除の経緯と誤記の原因を具体的に説明する。
設定登録後又は拒絶査定確定後は、この方式による発明者補正はできない。また、特許庁の案内は当事者全員の協力を前提とする方式手続であり、発明者性に争いがある場合の実体的な解決まで行うものではない。争いがある場合は、発明者性、特許を受ける権利の帰属、出願・登録の段階及び求める救済を分けて検討する。
発明者名誉権に基づく救済について、大阪地裁平成14年5月23日判決は、出願手続が特許庁に係属中の事案で、真の発明者が出願人に願書の発明者記載の補正を求める訴えを適法とした。
会社が特許を受ける権利を保有することと、願書に誰を発明者として記載するかは別問題である。
願書の記載の補正は特許法17条1項の手続として検討し、明細書等の補正に関する同法17条の2と混同しない。
同判決は、発明者として記載された者に対する発明者性の確認についても、発明者名誉権の紛争を解決するための確認の利益を認めた。
ただし、判決は係属中の出願を扱ったものであり、登録後の発明者記載が同じ手続で当然に変更できることを示すものではない。
求める救済ごとに、相手方、出願の段階及び発明者性を示す資料を整理する。
第7 職務発明規程、相当の利益及び第三者への譲渡
1 35条3項の原始帰属
現行特許法35条3項は、職務発明について、契約、勤務規則その他の定めであらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めたとき、その権利は発生時から使用者等に帰属すると定める。典型例は「職務発明について特許を受ける権利は、その発生した時から会社に帰属する」という定めである。従業者等は、使用者等に権利を取得させたとき、相当の金銭その他の経済上の利益を受ける権利を有する。
2 通知時承継は原始帰属ではない
これに対し、特許庁の「職務発明制度に関するQ&A」は、「会社が職務発明に係る権利を取得する旨を発明者に通知したときは、会社は当該通知の到達時に取得する」という規程を、35条3項の原始帰属に当たらない例として示す。この場合、発明完成時には従業者に権利が発生し、会社の取得決定・通知によって会社へ移転する。
したがって、職務発明規程は「会社に帰属する」との一語だけで判断せず、権利が発明完成時に直接会社へ発生するのか、発明届、取得決定又は通知を条件に従業者から承継するのかを確認する。
3 第三者への二重譲渡と出願
承継型の規程の下で、従業者が同じ特許を受ける権利を会社と第三者へ譲渡した場合、特許法34条1項により、出願前の承継は、承継人が特許出願をしなければ第三者に対抗できない。通知日又は譲渡契約日の先後だけでなく、誰が先に出願したか、後の譲受人が背信的悪意者に当たるか、既に冒認出願について登録がされたかを分ける。
冒認出願については特許法74条の移転請求が問題になり得るが、二重譲渡で34条1項により優先する者がいる場合と、権限のない者による冒認出願を混同してはならない。詳しくは、職務発明を従業員が第三者へ譲渡した場合――原始帰属,予約承継,二重譲渡及び特許権移転登録請求(AI作成)で整理する。
4 相当の利益、請求期限及び課税
発明者であることと、特許権を会社が保有することは両立する。また、発明者表示の訂正と相当の利益の請求も別問題である。職務発明規程については、権利帰属の意思表示、適用対象、発明届、評価基準、利益の内容、従業者との協議、基準の開示及び意見聴取の手続を確認する。
請求期限を検討するときは、適用される職務発明規程が定めた支払時期と、権利を行使できる時点を確認する。
現行民法166条1項は、権利を行使できることを知った時から5年、又は権利を行使できる時から10年という期間を定めている。
発明完成日、出願日、登録日又は退職日から機械的に数えず、請求権の発生時期と改正法の経過措置も確認する。
最高裁平成15年4月22日判決は、旧法下の相当の対価について、勤務規則等に支払時期の定めがあるときは、その時期まで権利行使の法律上の障害があるとした。
旧法の承継対価と現行法の相当の利益を区別し、旧法の期間を現在の案件にそのまま移さない。
段階的な支払条項、所得区分及び源泉徴収は、職務発明の相当の利益の請求期限と税務(AI作成)で整理している。
受け取った相当の利益や報償金の課税も、支払の根拠によって分かれる。所得税基本通達23~35共-1(1)は、業務上有益な発明をした役員・使用人が特許を受ける権利又は特許権を使用者に承継させたことにより支払を受けるもののうち、承継に際し一時に支払を受けるものを譲渡所得、承継させた後に支払を受けるものを雑所得としている。
国税庁のタックスアンサーNo.2592(令和8年4月1日現在法令等)は、職務発明について使用者が特許を受ける権利を原始取得したことに対して支給する相当の利益は雑所得となり、源泉徴収の必要はないとしている。
訴訟上の和解で支払われた金銭も、名目ではなく、その基礎にある請求権の性質で判断される。大阪地方裁判所平成23年10月14日判決(平成21年(行ウ)第155号)は、改正前特許法35条の相当の対価の支払を求めた訴訟の和解金を、譲渡所得にも一時所得にも当たらない雑所得とし、和解が成立した平成18年分の所得とした(控訴審の大阪高等裁判所平成24年4月26日判決は控訴を棄却)。示談金・解決金・和解金の課税の一般的な考え方は、示談金・解決金・和解金に税金はかかるか―名目ではなく補填対象・所得区分・権利確定時期で判断する(AI作成)で整理している。
第8 紛争時に保存・確認する資料
①特許請求の範囲、明細書、図面及びその改訂履歴。
②研究ノート、電子実験記録、測定データ及び失敗記録。
③研究テーマを決めた資料と、具体的な解決手段を提案した資料。
④メール、チャット、会議議事録、ホワイトボード及びスライドの作成履歴。
⑤誰が実験条件を決め、変更し、採用したかが分かる資料。
⑥発明届、発明者確認書、職務発明審査記録及び異議申立ての記録。
⑦共同研究契約、雇用契約及び職務発明規程の各時点の版。
⑧願書、補正書、宣誓書、譲渡書及び登録原簿。
発明者紛争が予想される場合は、後から作った説明書だけに依存せず、発明完成前後に作成された資料を時系列で保全する。電子記録については作成者、作成日時、更新履歴及び元データとの対応も保存する。
第9 出典
追加の根拠:①大阪地裁平成14年5月23日判決PDF11~12頁、②最高裁平成15年4月22日判決PDF5頁、③e-Gov・特許法17条・36条及び民法166条。
これらの確認日は令和8年10月14日であり、判決当時の法と現行法の適用時期を分けて参照する。
①e-Gov法令検索「特許法」2条、29条、35条、36条、38条、74条及び123条。
②東京地方裁判所平成19年10月30日判決(平成17年(ワ)第1238号)。
③知的財産高等裁判所平成27年3月25日判決(平成25年(ネ)第10100号)。
④特許庁「発明者(実用新案は考案者・意匠は創作者)の補正について」。
⑤特許庁「職務発明制度の概要」。
⑥特許庁「中小企業等の皆様へ―職務発明規程の導入」。
⑦国税庁「所得税基本通達23~35共-1(使用人等の発明等に係る報償金等)」。
⑧国税庁タックスアンサーNo.2592「使用人等の発明に対して報償金などを支給したとき」。
⑨大阪地方裁判所平成23年10月14日判決(平成21年(行ウ)第155号)。
⑩大阪高等裁判所平成24年4月26日判決(平成23年(行コ)第152号)。
⑪特許庁「職務発明制度に関するQ&A」第9問。
⑫特許庁「特許を受ける権利」。
⑬知財高裁平成22年2月24日判決(平成21年(ネ)第10017号)。
確認日:令和8年9月28日。判例秘書は本記事の作成に当たって検索していない。未検索は、関連裁判例が存在しないことを意味しない。