第1 提出することと権利を放棄することを分ける
警察や検察から物や帳簿の提出を求められたときは,何を提出するかと,後で返してもらう権利をどう扱うかを分けて確認する必要がある。
「捜査に協力する」という意思と,「この物はいらない」という意思を,一つの署名で曖昧にしないことが重要である。
本記事は令和8年10月14日に確認した刑事訴訟法,証拠品事務規程及び国税庁の公表資料を基に,署名前の確認事項を説明する。
刑事訴訟法221条は,所有者,所持者又は保管者が任意に提出した物等を,捜査機関が領置できると定める。
任意提出という取得方法だけから,提出者が所有権まで放棄したと扱うことはできない。
同法222条1項による123条等の準用を確認し,留置の必要性と還付・仮還付の要件を別に検討する。
第2 書面が何を意味するか確認する
1 任意提出,所有権放棄,還付請求権放棄
書面の表題だけで判断せず,処分意見欄,定型文,手書きの追記,対象物の目録まで読む。
「返してください」「被害者に返してください」「いりません」という文言は,誰のどの権利をどう扱う意思なのかを確認する必要がある。
| 書面・意思表示 | 確認する対象 | 署名前に確かめること |
|---|---|---|
| 任意提出 | 捜査機関へ物を提出すること | 提出する物,提出者の立場,押収品目録,返還希望の記録 |
| 所有権放棄 | 物に対する所有権 | 真の所有者,会社財産か,署名者の権限,放棄する品目・数量 |
| 還付請求権放棄 | 提出者等が還付を求める権利 | 所有権放棄との違い,第三者所有物の取扱い,書面の具体的文言 |
法務総合研究所の平成25年教材は,差出人が所有者でない場合の還付請求権放棄と,所有者の所有権放棄を区別して説明している。
これは,提出者が他人の所有権まで処分できることを意味しない。
第三者から預かった物やリース物件は,所有者との関係を明らかにしてから判断する。
現行の証拠品事務規程44条は,所有権放棄の申立てがあるときの放棄書の徴収を定め,供述調書への録取で代える場合も認める。
独立した放棄書に署名していないことだけで,放棄の意思が記録されていないと決め付けない。
供述調書等を確認する機会には,対象物と処分に関する発言が正しく記載されているかも確認する。
2 媒体の所有権とデータに関する権利
記録媒体の所有権と,電磁的記録の複写等を受ける権利は同じではない。
現行規程44条の2は,刑事訴訟法123条3項・123条の2等に基づく媒体交付又は複写の許可を受ける権利について,別の放棄書を定めている。
パソコンやUSBメモリを返してもらう希望と,会計データを確保する希望を分けて伝えることが必要である。
第3 会社の担当者は所有者と権限を確認する
会社の担当者が対応するときは,自分の私物,会社所有物,顧客からの預り物を区別する。
取得資料,固定資産台帳,契約書,管理番号等で,物と所有者の対応を確認する。
法人名,代表者,署名する担当者,社内の決裁権限及び委任の範囲を整理し,捜査機関にも実際の立場を伝える。
現場の提出対応を任されていることと,会社の財産を放棄する判断まで任されていることは,分けて点検すべき事項である。
権限や対象が曖昧なら,その点を説明し,代表者・法務担当者・弁護士への確認を求める。
この確認手順は実務上の提案であり,特定の肩書を持つ人なら常に放棄できるという基準ではない。
第4 帳簿や証拠を保存する必要を先に伝える
帳簿,契約書,診療録その他の記録については,財産として不要かという問題と,法令・契約・係争事件のため保存が必要かという問題を分ける。
国税庁は,法人の帳簿書類について原則7年間,所定の欠損金等が生じた年度については10年間の保存を説明している。
具体的な期間,起算点,保存方法は,税目・年度・記録の種類に応じて税理士と確認する。
原本を捜査機関が保管している場合は,提出日,提出先,目録,対象年度及び会社に残る控えを記録する。
申告,税務調査,民事訴訟又は再審で必要な範囲を具体的に伝え,還付や複写等を求める方法を検討する。
権利放棄をしたことから,税務等の保存上の問題も解決したと考えてはならない。
第5 署名前と署名後の対応
1 その場で残す確認記録
①書面の種類と記載内容,②対象物の品名・数量・符号,③所有者と提出者,④署名する人の権限,⑤返還・複写の希望,⑥保存が必要な理由,⑦担当機関・担当者と説明日時を整理する。
写しを受け取れるかを確認し,交付された押収品目録や関連書類と一緒に保存する。
文字の訂正や追記をした場合は,最終的に署名した内容を確認する。
2 既に署名した場合
既に署名した場合は,対象書面の控え,署名時の説明,会社の権限資料及び現在の物の所在を確認する。
売却・廃棄・第三者への引渡し等が進んでいるかを確かめ,問題があると考える理由と求める対応を早期に書面で伝えることが考えられる。
放棄の撤回,意思表示の効力又は不服申立ての可否は,文言,権限,経緯,処分状況及び適用法により判断し,「いつでも取り消せる」と説明することはできない。
第6 関連記事と根拠資料
還付・仮還付の進め方は,押収された盗難品を早く取り戻すにはを参照されたい。
拒否処分を争う手続は,押収物の還付・仮還付を拒まれたときで説明している。
刑事訴訟法221条,222条1項,123条及び123条の2:https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000131
法務省「証拠品事務規程」44条・44条の2(令和8年3月23日改正,同年5月21日施行):https://www.moj.go.jp/content/000110750.pdf
国税庁「帳簿書類等の保存期間」(令和8年4月1日現在法令等):https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5930.htm
歴史的な実務説明は,法務総合研究所『八訂 証拠品事務解説』(平成25年3月22日発行)PDF53~55頁を参照した。
同教材の書式・条番号と現行規程を区別し,本記事の署名確認手順を全国共通の法定書式として扱わない。