第1 結論
金属加工業の職場復帰は,「軽作業なら可能」「切断作業だけなら可能」といった作業名だけで判断せず,材料の取出しから加工,検査,片付けまでを工程に分け,工程ごとの危険源と必要な身体機能を確認して決める必要がある。
職場復帰支援プランには,少なくとも,①実施する工程,②実施しない工程,③勤務時間及び休憩,④工学的な安全対策,⑤監督者,⑥症状が出た場合の中止基準,⑦連絡先,⑧再評価日を記載する。
主治医は症状,治療及び医学的な機能制限を示し,産業医等はその制限と具体的な職務を照合し,事業主は実際に割り当てる業務と就業上の措置を決定する。
危険な機械を用いる実作業を,安全性を確かめるための試験として行わせてはならない。
第2 金属加工の職務を工程単位で分ける
1 作業名だけで判断しない
「旋盤」「溶接」「切断」などの名称が同じでも,材料の重量・長さ・形状,治具,送り方法,刃具,作業姿勢,連続時間及び補助者の有無により負担と危険は異なる。
定常加工よりも,材料の取出し,機械への取付け,位置決め,刃具交換,切粉除去,異常時の対応,清掃及び保全に大きな危険がある場合もある。
したがって,通常作業だけでなく,開始前,段取り,加工中,測定,終了後及び異常時を一連の工程として確認する。
2 金属加工一般の工程と危険源
金属加工業では,次の工程を自社の実作業に合わせて洗い出す。
- 材料の受入れ,棚からの取出し,運搬及び保管
- クレーン・玉掛け・フォークリフト等による荷役
- 材料の切断,旋盤・フライス盤・ボール盤等による機械加工
- 研削,研磨,バリ取り及び仕上げ
- プレス,シャー,曲げ及び成形
- 溶接,溶断,ろう付けその他の熱作業
- 熱処理,洗浄,塗布その他の付随工程
- 寸法測定,外観検査,記録及び梱包
- 切粉・端材・スクラップの回収及び廃棄
- 刃具・砥石・金型の交換,清掃,点検,修理及び異常処置
各工程について,はさまれ・巻き込まれ,切創,飛来物,落下物,転倒,腰部負担,熱,火花,ヒューム,騒音,振動,薬品及び車両との接触等の危険源を特定する。
長尺材又は丸材は,重量だけでなく,重心の移動,回転,転がり及び周囲との接触を考慮し,専用ラック,転がり止め,表示及び取出し順序を定める。
積み上げた材料へ登って取り出す方法を前提とせず,保管高さ,棚,機械式補助具又は取出し方法そのものを見直す。
第3 医学的な機能制限を作業条件へ変換する
1 確認する身体機能
病名だけでは,特定の工程を安全に行えるかを判断できない。
上肢については,左右別の握力,つまみ動作,感覚,巧緻性,到達範囲,反復動作及び振動工具への耐性を確認する。
下肢及び体幹については,立位,歩行,方向転換,片足支持,足踏み又はペダル操作,階段,前屈,中腰,ひねり,持上げ,運搬及び姿勢保持を確認する。
併せて,痛み又はしびれの増悪,疲労,注意力,視聴覚,暑熱への耐性及び緊急停止・退避が可能かを確認する。
2 服薬と危険機械
眠気,注意力低下,めまい,ふらつき,低血圧等を生じ得る薬剤については,実際の製品の最新の電子添文を確認し,運転・危険機械操作を避ける注意と,慎重な対応を求める注意を区別する。
服薬の事実だけで就業全体を禁止するのではなく,制限すべき工程と実施可能な代替業務を分けて評価する。
電子添文に危険を伴う機械操作に従事させないよう注意する旨の記載がある薬については,本人の「眠気がない」という申告だけで操作を認めない。
例えば,タリージェの電子添文8.1の注意を前提に,フォークリフト運転や危険な切断機操作等を担当から除外し,処方医・産業医等に制限と代替業務を確認する。
服用時刻,副作用の有無及び主治医又は薬剤師の説明を確認する場合も,監督者の配置だけで電子添文の注意を外す運用にしない。
通勤時の運転も別に確認し,詳しい判断手順は,服薬中の社員を運転・危険機械作業に配置できるか――電子添文の注意,主治医照会及び代替業務(AI作成)を参照する。
会社が就業のために自己判断で服薬を中断又は変更するよう求めてはならない。
3 抽象的な診断書表現を具体化する
「漸次復帰可」「軽作業可」「強い負荷を伴わない業務」といった表現は,職場でそのまま用いる作業指示ではない。
勤務時間,連続作業時間,休憩,材料の重量・寸法,取扱回数,姿勢,立位・歩行時間,手足の使用,危険機械,車両,クレーン,高所,単独作業及び残業の可否へ置き換える。
不明な点は,本人の同意を得て,実際の工程表又は動画・写真等の必要最小限の資料を主治医へ示し,医学的な機能制限と再評価時期を確認する。
第4 職場復帰支援プランの作成手順
1 通常業務と軽減可能業務を分ける
最初に,本人が休業前に通常担当していた全工程と,職場で現実に除外・軽減・代替できる工程を分ける。
実在しない事務作業又は一時的にしか存在しない軽作業を前提にせず,誰が,いつまで,どの工程を代替するかも確認する。
安全対策を講じても許容できない危険が残る工程は,復帰直後の担当から除外する。
2 工程別作業表を作る
工程別作業表には,次の欄を設ける。
- 工程名及び作業の順序
- 機械,工具,材料,重量,寸法及び取扱回数
- 姿勢,手足の動き,連続時間及び休憩
- 危険源と既存の安全対策
- 安全な実施に必要な身体機能
- 主治医が示した医学的制限
- 服薬に伴う禁止・制限工程,電子添文等の根拠,確認した処方の時点及び制限を見直す条件
- 追加する工学的対策及び管理的対策
- 「許可」「条件付き許可」「禁止」の区分
- 作業指示者,監督者及び異常時の連絡先
- 中止基準,措置の期限及び再評価日
この表は診断書の代わりではなく,医学的情報と現場の作業を結び付けるための社内資料である。
3 主治医・産業医等・事業主の役割
主治医には,症状,治療予定,服薬の影響,就業可能な時間,避けるべき動作,機能制限及び再評価時期を確認する。
産業医等には,工程別作業表,職場巡視その他の方法により現場の危険源と実施可能な配慮を把握してもらい,就業上の措置について意見を求める。
事業主は,主治医及び産業医等の意見,本人の意向,職場の設備,配置可能性及び安全衛生上の措置を踏まえ,実際の担当業務を決定する。
主治医の復職可能との意見だけで,事業主の具体的な配慮内容又は危険作業への配置まで当然に決まるわけではない。
4 許可・条件付き・禁止を明記する
例えば,「測定・記録は許可」「固定治具と材料供給装置を使用する加工は条件付き許可」「クレーンの玉掛け,フォークリフト運転,刃具交換及び機内清掃は当面禁止」のように工程単位で記載する。
条件付き許可には,補助者,監督,材料上限,連続時間,休憩,使用設備及び緊急停止方法を併記する。
禁止工程についても,禁止の理由,期間及び再評価日を記録し,恒久的な制限と決め付けない。
第5 工学的安全対策と残留リスク
1 対策の優先順位
危険への対策は,危険な工程の廃止・変更,機械化又は代替,ガード・インターロック・局所排気・搬送補助等の工学的対策,作業手順・監督・教育等の管理的対策,個人用保護具の順に検討する。
「注意して作業する」「無理をしない」という本人の注意だけに依存してはならない。
対策後にも残る危険を記録し,症状又は機能制限との組合せで許容できない場合は,その工程へ配置しない。
2 材料搬送・クレーン・フォークリフト
材料搬送では,重量・寸法・重心,通路幅,床面,置き場所,歩行者との分離及び荷の下への立入りを確認する。
クレーン・玉掛けでは,荷の質量・形状,つり具,運搬経路,作業位置,合図及び役割分担を定め,つり荷の下又は不安定な荷の近くへ立ち入らせない。
フォークリフト等の車両系荷役運搬機械では,作業場所,走行経路,作業方法及び作業指揮者を明確にし,歩行者との接触を防止する。
資格又は特別教育等が必要な作業は,復職支援上の可否とは別に,法令上の要件も満たす必要がある。
3 機械加工・段取り・清掃
加工中だけでなく,材料固定,測定,切粉除去,刃具交換,詰まり除去,調整及び清掃を別工程として評価する。
回転部,刃部又は可動部へ接近する必要がある作業は,停止,動力源の遮断,再起動防止及び停止状態の確認方法を定める。
切粉又は端材を素手で扱わず,専用工具,受け箱,スクラップ容器及び清掃方法を整える。
ガード又は安全装置を外したままの運転,手で材料を保持した危険加工,異常時の即興対応を復帰後の作業として認めない。
第6 復帰開始後の運用
1 勤務時間・休憩・監督
復帰初期は,勤務日数,始終業時刻,残業,連続作業時間及び休憩を具体的に定める。
本人が症状を申告しやすい連絡方法を設け,監督者は診断名の詳細ではなく,担当工程,制限,停止基準及び緊急時対応を把握する。
工程,設備,材料又は人員配置を変更した場合は,変更前の評価をそのまま用いず,再確認する。
2 中止基準
中止基準は,「無理なら止める」ではなく,症状の出現・増悪,ふらつき,握力又は感覚の低下,歩行の不安定,指定時間を超える疲労,薬剤変更,安全装置の不具合その他の具体的な事象で定める。
数値又は症状の基準は傷病と工程によって異なるため,主治医又は産業医等の意見を踏まえて個別に設定する。
基準に該当した場合は,作業停止,安全な場所への移動,監督者への連絡,必要な受診及び再評価までの代替業務をあらかじめ定める。
3 再評価
再評価日は,症状又は治療の変化,勤務時間を増やす時点,禁止工程を再開する時点及び診断書の期限を踏まえて決める。
再評価では,出勤できたかだけでなく,担当した工程,症状の推移,ヒヤリハット,休憩,生産量,安全対策の実施状況及び現場の負担を確認する。
問題がなかったことだけを理由に直ちに全工程へ戻さず,変更する条件と次の評価日を記録する。
服薬に伴う制限を見直すときは,処方又は用量の変更,残る症状,新しい薬の注意及び実際の身体機能を確認する。
薬の変更又は中止だけで禁止工程を自動的に再開せず,処方医・産業医等の意見と工程評価を踏まえて,再開する作業,条件及び次の再評価日を記録する。
第7 健康情報の共有範囲
診断名,検査結果及び治療内容は要配慮個人情報を含むため,取得目的,取扱者,保管方法及び共有範囲を定める。
現場の監督者に共有するのは,原則として,許可・禁止する工程,配慮内容,措置期間,中止基準,連絡方法及び緊急時対応など,その役割に必要な情報に限る。
主治医への照会は本人の同意を得て,就業判断に必要な質問へ限定する。
第8 実務チェックリスト
- 職種名ではなく,材料受入れから清掃・保全まで工程を分けたか
- 材料の重量だけでなく,寸法,形状,重心,回数及び保管方法を確認したか
- 定常加工と,段取り,刃具交換,切粉除去,異常時対応を分けたか
- 必要な身体機能を左右別・動作別に記載したか
- 抽象的な診断書表現を時間,重量,姿勢及び工程へ具体化したか
- 実在する通常業務と軽減可能業務を分けたか
- 工学的対策を本人の注意又は保護具より先に検討したか
- 許可・条件付き許可・禁止を工程単位で明記したか
- 危険な実機作業を安全性確認の試験にしていないか
- 監督者,中止基準,連絡先,措置期限及び再評価日を定めたか
- 健康情報の共有を各担当者に必要な範囲へ限定したか
- 工程又は設備の変更時に再評価する仕組みがあるか
第9 関連記事
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診断書の作成日,療養期間,専門科検査及び復職可能日を区別する方法は,休業診断書をどう読むか――作成日,療養期間,専門科検査,復職可能日及び産業医意見の区別(AI作成)で説明している。
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第10 出典・参考資料
1 法令・指針
①e-Gov法令検索「労働契約法」5条。
②e-Gov法令検索「労働安全衛生法」28条の2,104条。
③e-Gov法令検索「労働安全衛生規則」101条以下,151条の3,151条の4,151条の7その他関係条項。
④厚生労働省「治療と就業の両立支援指針」(令和8年2月10日厚生労働省告示第28号,同年4月1日適用)。
⑤厚生労働省「機械の包括的な安全基準に関する指針」。
⑥厚生労働省「玉掛け作業の安全に係るガイドライン」。
2 公的な実務資料
⑦厚生労働省「金属加工作業におけるリスクアセスメントのすすめ方」1頁,5頁,7頁,10頁,12頁及び14頁~16頁。
⑧厚生労働省「荷役作業に係る作業指揮者」。
⑨厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」。
⑩厚生労働省「勤務情報を主治医に提供する際の様式例」及び「職場復帰の可否等について主治医の意見を求める際の様式例」。
⑪厚生労働省「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針」。
⑫医薬品医療機器総合機構「Q2 服用(使用)中は車の運転をしてはいけないくすりがあるそうです。何故ですか?」及び「Q3 くすりの使用中に車の運転をしていいかどうかはどうしたらわかりますか?」。
⑬医薬品医療機器総合機構タリージェ錠・OD錠の電子添文(令和7年1月改訂,第9版)2頁,8.1及び8.4。