第1 結論
主治医が患者の希望や利益に配慮して診断書を書くことはある。
特に,精神科・心療内科の職場復帰判断については,主治医の判断が患者寄りになる傾向を示す国内の原著研究がある。
しかし,「よほどのことがない限り,患者が希望した医学的結論をそのまま書く」とまで一般化することはできない。
診断書を交付する義務と,患者の希望する病名,休業期間,復職日又は受傷原因を記載する義務は別である。
また,患者が依頼したことだけで診断書を信用できないと決めることも,医師が署名したことだけで記載の全てが裏付けられたと扱うことも適切ではない。
患者の申告,医師が確認した所見及び医師の医学的判断を分けて読むことが必要である。
本記事は,2026年10月14日時点の法令と公開資料に基づき,一般診断書及びメンタルヘルス不調による休復職を中心に説明する。
全診療科の現在の実態や,個別の患者・医師の判断を一律に評価するものではない。
第2 「患者の意向に沿う」の意味を分ける
1 交付,用途,申告及び医学的結論は別である
「患者の意向に沿った診断書」という言い方には,異なる依頼が含まれている。
何を希望しているのかによって,医師に求める対応も,診断書の読み方も変わる。
| 患者の希望 | 区別すべきこと |
|---|---|
| ①診断書を交付してほしい | 正当事由のない交付拒否と,希望内容の不採用を区別する。 |
| ②勤務先などの用途に必要な事項を書いてほしい | 必要な項目と,医師が確認できる範囲を照合する。 |
| ③本人の訴えを記載してほしい | 本人の申告としての記載と,医師自身の認定を区別する。 |
| ④病名の表現に配慮してほしい | 医学的な意味と,提出先に必要な情報が保たれるかを確認する。 |
| ⑤休業期間や復職日を書いてほしい | 症状,診療経過,仕事内容及び配慮条件を前提にした評価かを確認する。 |
| ⑥事故や職場が原因であると書いてほしい | 原因に関する本人の説明と,医師の専門的判断を区別する。 |
希望どおりの結論が書かれていても,医師が診察や検査に基づき独立に同じ結論へ到達した可能性がある。
反対に,本人の説明を正確に記録した診断書でも,説明に含まれる出来事を医師が直接確認したとは限らない。
この区別を保つことが,医学的判断と事実認定を混同しないための出発点となる。
2 本人の申告を記載することと虚偽の認定は同じではない
例えば,「本人は職場で叱責された後から不眠が続くと述べている」という記載と,「職場で違法な叱責が行われ,それが疾病の原因となった」という断定は,証明しようとする事項が異なる。
前者は申告の内容を示すものであり,叱責の具体的態様や違法性まで当然に証明するものではない。
後者については,医師が把握した資料,診療経過及び判断の根拠を別に確認する必要がある。
他覚的な異常が確認できないことも,直ちに症状が存在しないことを意味しない。
診断書では,訴えの内容,診察・検査結果及びそこから導かれる判断を区別して確認するのが適切である。
この考え方は,次に述べる裁判例でも示されている。
第3 交付義務は希望内容に従う義務か
1 医師法19条2項と20条
医師法19条2項は,診察等をした医師について,正当事由のない診断書等の交付拒否を禁止している。
同法20条は,自ら診察しないで診断書を交付することを禁止している。
これらは,医師の判断を患者の希望する医学的結論に合わせることを定めた条文ではない。
交付を求める際には,提出先,用途,求められている項目及び所定書式を伝えることが有用である。
ただし,医師が判断できない事項について断定を求めることと,必要事項について判断可能な範囲の説明を求めることとは区別する必要がある。
2 診断書の交付と修正を区別した裁判例
東京簡裁平成16年2月16日判決(平成15年(ハ)第12983号・慰謝料等請求事件)は,診断書の交付及び修正を求めた患者が,勤務医2人に損害賠償を求めた事案である。
同判決は,他覚異常が確認できない場合でも,主訴,診察・検査結果及び医師の判断を区別して記載するという考え方を示し,本件の初診時の交付拒否に正当事由を認めなかった。
他方,一般診断書について患者が提示した記載事項は希望にとどまり,法令等で記載事項が定められている場合を別として,希望への対応義務があるとはしなかった(判決PDF2頁~4頁)。
主文は,患者の請求全部棄却である。
勤務医個人は医療契約の当事者ではなく,不法行為についても,初診時の交付拒否が慰謝料を要するほどの違法性を有するとは認められず,修正拒否にも違法性を認めなかった。
交付拒否に対する判断だけを取り出して,患者勝訴の判決として紹介することはできない。
同判決は簡易裁判所の個別事案の判断であり,上訴・確定の有無は確認できていない。
あらゆる診断書の修正義務を否定する一般的な法則として扱うのではなく,交付と,希望する事項への書換えを区別する際の参考とするのが適切である。
3 希望への配慮を直ちに犯罪と結び付けない
刑法160条は,「公務所に提出すべき」診断書等の虚偽記載を対象とし,現行条文は一定の電磁的記録への虚偽記録も規定している。
提出先に関するこの限定を外して,診断書の内容に異論がある場合や民間会社宛ての書面が問題となる場合を,全て同条の犯罪に結び付けることはできない。
患者の希望への配慮,医学的見解の違い,事実に反する記載は,それぞれ区別して検討する必要がある。
第4 患者寄りになる傾向を示す研究をどう読むか
1 85.8%は何を測った数字か
柏木雄次郎ほかの2006年の原著研究は,精神科・心療内科の専門医側と事業場側への質問紙調査を報告している。
専門医側には3,024名へ調査票を送付し,846名から回答を得ており,回収率は28.0%である(114頁)。
図3では,「主治医判断は患者に甘くなる」という問いに「はい」と回答した割合が85.8%であった(115頁)。
これは,回答した専門医側の認識・回答を示す数字である。
診断書を1件ずつ調べて,「全診断書の85.8%が患者の希望どおりだった」と測ったものではない。
全体の回答者数846名を,そのまま当該設問の有効回答数と扱うこともできない。
同研究は,患者寄りになる傾向を考える重要な資料であるが,2006年公表の研究であり,回収率や回答者の選択による限界がある。
全診療科の現在の割合や,「よほどのことがない限り希望どおり」という例外の少なさを,この数字だけから推定することはできない。
2 病名の表現への配慮と虚偽を区別する
同研究の図6は,患者の職場での利益を考慮し,虚偽でない範囲で診断病名の表現を緩和するという問いに,「はい」が92.1%であったと報告している(115頁)。
この問いは,虚偽でない範囲の表現への配慮を尋ねたものであり,虚偽診断書の割合を示すものではない。
一方,同論文は,表現への配慮によって事業場に必要な情報が伝わりにくくなる問題も論じている(115頁~116頁)。
表現を和らげる場合でも,就業上の制限や配慮を判断するために必要な情報が失われていないかが問題となる。
病名の詳細を広く共有することと,必要な勤務条件を適切な担当者に伝えることは,分けて考える必要がある。
3 職場復帰の手引きが指摘する限界
厚生労働省の職場復帰支援の手引きは,主治医の診断書に本人や家族の希望が含まれる場合があること,病状の回復と職場で求められる業務遂行能力の回復が一致するとは限らないことを指摘している(冊子13頁~15頁,PDF15頁~17頁)。
これは主治医の意見を無視してよいという意味ではなく,仕事内容を伝え,必要な情報を補い,産業医等の意見と職場の条件を照合する必要性を示している。
同手引きは実務上の注意を示す行政資料であり,診断書の内容を調べた全国的な頻度調査ではない。
第5 弁護士・会社が診断書を評価する方法
1 患者の依頼で作られたことだけで排斥しない
患者が提出のために依頼したことや,患者に有利な結論であることだけでは,診断書が虚偽であるとはいえない。
作成目的は評価要素の一つであるが,診察時期,継続的な診療の有無,検査結果,記載の具体性及び他の資料との整合性も検討する必要がある。
民事訴訟法228条4項の署名・押印による推定は,私文書の成立の真正に関するものであり,記載内容の真実性まで推定するものではない。
同法247条の自由心証主義の下では,争点と個々の記載の関係を検討することになる。
書面の名義と,その記載によって何が証明できるかを分ける考え方は,私文書と陳述書の違い―民事訴訟で証明力を判断する基準(AIリライト)でも説明している。
2 記載ごとに前提と根拠を確認する
診断書を読む際には,①本人の申告,②医師が観察・検査で確認した事項,③医学的な評価,④将来の見込みや勤務条件に関する意見を分けて確認するのが有用である。
同じ書面でも,症状の経過を示す部分と,事故原因や復職可能性を示す部分とでは,必要な裏付けが異なる。
これは記載を評価するための実務上の確認方法であり,診断書に必ず4区分の見出しを設けなければならないという法定様式ではない。
例えば,「復職可」という記載については,医師が想定した仕事内容,勤務時間,通勤,危険作業,可能な配慮及び再評価時期を確認する。
主治医と産業医等の意見が違う場合も,肩書だけで優劣を決めず,双方が把握した情報と判断時点を照合する。
具体的な日付や療養期間の読み方は,休業診断書をどう読むか――作成日,療養期間,専門科検査,復職可能日及び産業医意見の区別(AI作成)を参照されたい。
第6 照会・修正依頼では結論を先に指定しない
1 求めるのは不足する情報と判断の説明である
照会では,「就業不能と書いてほしい」「事故が原因と断定してほしい」と結論を先に指定するより,判断に必要な事実を示し,判断可能な範囲と根拠を尋ねる方が有用である。
例えば,「添付の勤務情報を前提に,就業の可否,必要な制限,措置期間及び再評価時期をご教示いただきたい。現時点で判断できない項目は,その理由と追加で必要な情報をご教示いただきたい」と質問する方法が考えられる。
誤った日付や患者情報などの訂正を求める場合は,誤りとする箇所と裏付けを示す。
医学的見解の変更を求める場合は,新しい検査結果や勤務情報など,再検討のための資料を明らかにする。
誤記の訂正,不足事項の補足及び医学的結論の変更を一括して扱わないことが必要である。
2 勤務情報と照会の目的を簡潔に伝える
大河原眞ほかの2018年の研究は,精神科主治医への産業医の依頼文書について,職場の情報,依頼の理由,産業医の立場及び健康情報の利用目的等を示す意義を検討している(1頁~8頁)。
ただし,質問紙調査の解析対象は26名であり,仮想事例の文書に対する評価を調べたものである。
実際の診断書の正確さや復職結果が改善したこと,又は弁護士の依頼文にも同じ効果があることを直接証明した研究ではない。
勤務内容は職種名だけで済ませず,業務負荷と実施可能な配慮を具体化する。
本人の同意を前提に必要な情報を収集し,照会の目的,質問項目,情報の利用範囲を明確にする一方,文書が長すぎて要点が伝わらなくならないようにする。
詳しい作成方法は,主治医に何を伝え何を尋ねるか――勤務情報提供書,就業の可否,制限の程度と再評価の時期(AI作成)で整理している。
第7 実務上の確認事項
①交付を求めているのか,特定の結論への変更を求めているのかを分けたか。
②本人の申告と,医師が確認した事項を区別したか。
③希望に合う結論だけを理由として,虚偽又は無価値と決めていないか。
④診察・検査・作成の時点と,判断の前提となる資料を確認したか。
⑤休復職の意見について,具体的な仕事と配慮条件を確認したか。
⑥病名の表現への配慮によって,必要な就業情報が失われていないか。
⑦不足事項の照会と,医学的結論の変更要求を区別したか。
⑧研究の回答割合を,個々の診断書が希望に従った割合へ読み替えていないか。
第8 出典
①e-Gov法令検索「医師法」19条2項・20条。「民事訴訟法」228条4項・247条。「刑法」160条。
②東京簡裁平成16年2月16日判決・平成15年(ハ)第12983号・慰謝料等請求事件。全4頁,特に2頁~4頁。
③柏木雄次郎・田口文人・桃生寛和・江花昭一・芦原睦「メンタルヘルス不全者の職場復帰支援に関する調査研究―事業場内・外関係者双方への質問紙調査結果―」日本職業・災害医学会会誌54巻3号,2006年,113頁~118頁。方法は114頁,図3・図6は115頁,考察は115頁~117頁。
④厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」。平成21年3月改訂,令和6年7月印刷の公開版,冊子13頁~15頁(PDF15頁~17頁)。現行の案内ページ。
⑤大河原眞ほか「精神科主治医からの情報提供を充実させるために産業医が依頼文書に記載すべき要素の検討」産業衛生学雑誌60巻1号,2018年,1頁~14頁。方法・結果・限界について1頁~8頁,特に2頁~5頁・7頁~8頁。