第1 結論
オンライン診療で作成されたこと又は診察当日に発行されたことだけを理由に,精神科・心療内科の診断書を無効又は無価値と扱うのは適切でない。
他方,医師名義の診断書が提出されたからといって,職場での出来事,疾病との因果関係,休業の要否,就業上の制限又は必要な配置まで当然に確定するわけでもない。会社は,①文書の作成名義,②診断・治療に関する医学的意見,③原因となった出来事と因果関係,④具体的な仕事についての就業意見を分けて確認する必要がある。
「通院加療を要する」との記載は,治療継続の必要性を示すが,それだけで休業又は配置転換を命ずべきことまで示すものではない。就業上の措置を検討するための情報が不足するときは,勤務情報を具体的に示し,本人の同意を得て主治医へ照会し,必要に応じて産業医等の意見を得た上で,事業主が本人の意向と職場の状況も踏まえて判断する。
追加診断書又は主治医照会を求めなかったことだけで,会社が診断書の全記載を認めたことになるとは通常いえない。ただし,判断に必要な情報の不足を把握しながら確認しないまま不利益な措置又は安全上重要な判断をした場合,判断過程の合理性を説明しにくくなる。受領した事実,確認した事項,未確認事項及び判断理由を記録することが重要である。
第2 オンライン診療・即日発行だけで信用性を決めない
1 オンライン診療は正式な診療方法である
オンライン診療は,情報通信機器を通して診察,診断及び処方等をリアルタイムに行う診療であり,厚生労働省の指針に基づいて実施される。オンラインであるという形式だけから,医師の診察がなかった又は診断書が偽造されたと推測することはできない。
診断書の評価では,オンラインか対面かという二者択一だけでなく,診察日,継続診療の有無,医師が得た情報,必要な検査,記載の具体性及び他の資料との整合性を確認する。
2 情報が不足するときは対面診療へ切り替える
厚生労働省のオンライン診療指針は,医師が診療前相談又はオンライン診療で十分な情報を得られないと判断した場合,対面診療へ切り替えることを求めている。また,触診その他の対面でなければ得られない情報が診断に必要な場合もある。
したがって,オンライン診療では情報の取得方法に限界があり得ることは,個々の記載の根拠を確認する際の一事情となる。しかし,その一般的な限界を,個別の診断書が誤っていることの証明へ置き換えることはできない。
3 即日発行と情報量は同じではない
診察当日に診断書を発行すること自体は,直ちに不適切とはいえない。診断に必要な情報がその時点で揃っていることもあれば,初診時の申告と限られた所見を中心に暫定的な判断が記載されていることもある。
会社が確認すべきなのは発行までの日数だけではなく,①初診か継続診療か,②診察の方法と時点,③本人の申告以外に確認した事項,④診断書の目的,⑤予定される検査又は再診,⑥就業意見の前提となった仕事内容である。
第3 診断書の四つの層を分ける
1 作成名義と成立の真正
まず,医療機関名,医師名,作成日,患者情報及び原本又は真正な写しであるかを確認する。疑問がある場合は,医療機関の公開連絡先,書式又は本人を通じた確認など,必要かつ相当な方法を選ぶ。
医師名義で真正に作成されたことは重要であるが,それは記載された出来事,因果関係又は就業意見が全て真実であることと同じではない。
2 診断と治療に関する医学的意見
病名,症状,治療の必要性,通院又は服薬に関する記載は,医師の専門領域に属する重要な資料である。会社が独自に疾病を診断したり,病名だけを理由に診断書を排斥したりすることは避けるべきである。
もっとも,記載が本人の申告を前提とする部分,医師が観察又は検査で確認した部分及び医師の医学的評価を分けて読むことはできる。診断名が同じでも,症状の程度と仕事への影響は人によって異なる。
3 原因となった出来事と因果関係
「上司に叱責された後から不眠が続くと本人が述べた」という記載と,「違法な叱責があり,それが疾病の原因である」という判断は別である。医師が本人の説明を診療情報として記録していても,職場での出来事の有無,具体的態様又は法的評価まで直接確認したとは限らない。
会社は,医学的意見を尊重しつつ,職場での出来事については面談記録,メール,勤務記録,関係者の説明その他の資料を別に確認する。医師に因果関係を尋ねる場合も,医師が把握した事実と医学的判断の範囲を分ける。
4 具体的な仕事についての就業意見
「休業を要する」「就業可能」「配置転換が望ましい」といった意見は,医師がどのような仕事を想定したかによって意味が変わる。職種名だけでは,作業時間,対人負荷,通勤,夜勤,残業,危険機械,車両運転又は一人作業の有無が分からないことがある。
会社は,実際の職務と実施可能な配慮を勤務情報提供書等で示し,就業の可否,避けるべき作業,勤務時間又は作業量の制限,措置を要する期間及び再評価時期を尋ねる。
第4 「通院加療」と休業・就業制限を区別する
「通院加療を要する」とは,通常,外来での診察,服薬,心理的支援その他の治療を継続する必要があるとの医学的意見である。通院しながら通常勤務できる場合も,勤務上の配慮が必要な場合も,休業が必要な場合もあり得る。
したがって,その記載だけから,休業,残業禁止,配置転換又は従前業務の継続のいずれかを自動的に決めることはできない。会社が必要とするのは,病名の詳細を広く収集することではなく,具体的な職務を安全かつ継続的に行えるか,どのような制限がどの期間必要かという就業関連情報である。
第5 診断書提出後も通常勤務している場合
診断書提出後も欠勤せず,外見上は通常どおり勤務していることは,実際の就業状況を示す一資料である。しかし,それだけで症状が存在しない,診断が誤っている又は今後も配慮が不要であると判断することはできない。
精神症状は外見だけでは把握しにくく,勤務を継続できていても負荷によって悪化する場合がある。他方,病名が付いたことだけで本人の能力を過小評価し,具体的な就業制限の根拠なく仕事から外すことも避ける必要がある。
会社は,出勤状況,仕事の質と量,遅刻・早退,ミス又は安全上の出来事,周囲の観察,本人の申告及び医師の意見を時系列に記録する。注意指導又は配置の検討を行うときは,健康情報への対応と業務上の指導を区別し,指導の対象事実,必要性,方法及び言動も記録する。
第6 会社が追加確認する方法
1 受領と是認を分ける
会社は,診断書を受け取った時点で,受領日,提出方法及び原本確認の有無を記録する。「受領した」ことと,「全記載を真実と認めた」ことは区別する。
その場で診断書を批判したり,反対に内容を全面的に認めたりする必要はない。まず,就業上の措置を検討するために足りる情報があるかを確認し,不足事項があれば本人に目的と手順を説明する。
2 追加診断書と主治医照会
追加確認は,診断書の結論を否定するためではなく,会社が具体的な就業措置を判断するために不足する情報を補う目的で行う。本人に追加診断書又は主治医意見書の提出を求める方法と,本人の同意を得て会社,産業医等又は医療職から主治医へ照会する方法がある。
照会では,①具体的な仕事内容,②勤務時間・通勤・危険作業等の負荷,③会社が実施できる配慮,④就業の可否,⑤避けるべき作業,⑥制限の程度と期間,⑦再評価時期を示す。診療録全体を一律に求めず,利用目的,照会先,質問事項,対象期間,回答の取扱者及び利用範囲を明らかにする。
追加照会をしない場合も,診断書の全記載を是認したという意味ではない。現有資料で判断できる事項,判断していない事項及び照会を要しないと考えた理由を記録しておくことが望ましい。
3 主治医,産業医等及び事業主の役割
主治医は,疾病,症状,治療及び医学的な制限を主に把握する一方,実際の職務や配置可能性を十分に知らないことがある。産業医その他の産業保健スタッフは,医学的情報と職務との適合を検討する。事業主は,実在する職務,配置,勤務制度及び職場の受入状況を把握し,最終的な就業上の措置を決定する。
厚生労働省の治療と就業の両立支援指針は,勤務情報を主治医へ提供して意見を得た上で,産業医等の意見,本人の意向及び職場の状況を踏まえて事業主が判断する流れを示している。産業医等がいない場合も,会社が医学的診断を代行するのではなく,主治医の意見を参考にしながら実施可能な措置を検討する。
第7 本人への回答例
診断書を受領した際は,例えば次のように回答する方法がある。
「診断書を受領しました。記載内容は,就業上の措置を検討するための資料として確認します。具体的な仕事内容を前提とした就業の可否,必要な制限,措置期間又は再評価時期について情報が不足する場合は,目的と質問事項を説明した上で,追加の意見書又は本人の同意を得た主治医照会をお願いすることがあります。現時点の就業上の取扱いは,診断書,実際の勤務状況,医師等の意見及び職場の状況を確認した上で改めて連絡します。」
この例は,個別事案の就業規則,緊急性,安全上の必要性及び既に得られている医学的意見に応じて調整する。本人に健康情報の利用目的と取扱範囲を説明し,診断書提出を理由とする決め付け又は威圧的な表現を避ける。
第8 実務チェックリスト
①オンライン又は即日発行という形式だけで信用性を決めていないか。
②医療機関,医師名,作成日,診察日及び原本確認の有無を記録したか。
③本人の申告,医師が確認した所見,医学的評価及び就業意見を分けたか。
④原因となった出来事の有無と,医学的因果関係を混同していないか。
⑤「通院加療」と休業・就業制限を同一視していないか。
⑥診断書提出後の勤務実績を,症状不存在の証明又は将来の安全の保証へ置き換えていないか。
⑦具体的な仕事内容と実施可能な配慮を主治医へ伝えたか。
⑧就業の可否,避けるべき作業,制限の程度・期間及び再評価時期を確認したか。
⑨照会の目的,本人同意,質問事項,取扱者及び利用範囲を明らかにしたか。
⑩受領した事項,判断できた事項,未確認事項及び最終判断の理由を記録したか。
第9 関連記事
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第10 出典・参考資料
①厚生労働省「オンライン診療について」及び「オンライン診療の適切な実施に関する指針」(令和8年4月)。オンライン診療の定義,情報が十分でない場合の対面診療への切替え及び診療計画等を参照した。
②厚生労働省「治療と就業の両立支援指針」(令和8年2月10日厚生労働省告示第28号,同年4月1日適用)。特に勤務情報の提供,主治医意見,産業医等の意見及び事業主による就業上の措置の流れを参照した。
③厚生労働省「治療と仕事の両立について」及び「治療と就業の両立支援指針(解説版)・様式例集」。勤務情報提供書,主治医意見書及び職場復帰可否についての主治医意見書の様式例を参照した。
④厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」。主治医の診断書だけでは職場で必要な業務遂行能力の情報が十分でない場合があること,本人の同意を得て必要な情報を収集すること及び段階的な職場復帰支援を参照した。
⑤厚生労働省「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針」関係資料。健康情報の利用目的,取扱者及び必要な範囲への限定を参照した。