目次
第1 本記事の対象と結論1 対象2 結論第2 法令・会規と行政資料の位置付け1 弁護士法及び弁護士職務基本規程2 弁護士情報セキュリティ規程3 行政資料は実装例として用いる第3 対象者・責任者・対象サービス1 対象者2 責任者3 背景で動くAIも対象にする第4 許可サービス台帳1 台帳に記録する項目2 許可・条件付許可・禁止を分ける3 変更時に再確認する第5 入力情報の区分1 公開情報2 匿名化又は仮名化した内部情報3 依頼者・相手方・事件の秘密情報4 必要最小限にする第6 許可業務・禁止業務1 比較的利用しやすい業務2 一次資料の確認を要する業務3 弁護士の判断又は承認を要する業務4 禁止業務5 謝罪・感謝・重要説明等の対人関係的文書6 外部資料中の指示を命令へ昇格させない7 AIに業務用プログラムを作らせる場合第7 出力確認と一次資料1 法令2 裁判例3 事実・資料・計算4 著作権・個人の権利・偏り第8 送信・提出・公開・削除1 読む・検索する・下書きを作る権限を分ける2 承認は外部効果の直前に置く3 記録原本と読戻し第9 委託先・再委託先1 契約及び技術条件2 再委託先及び処理国3 委託先がAIを利用する場合第10 事故対応1 停止・保全・影響範囲の確認2 最初に記録する事項3 連絡及び報告4 再発防止5 停止後の再実行6 AIが使えない間も期限管理と受付を続ける第11 研修・点検・更新1 トレースと評価データセットを分ける2 同じ課題で検証能力と総所要時間を測る4 利用ガイドラインと許可サービス台帳を分ける第12 普通の法律事務所向けの優先順位1 第1順位-利用開始前に必ず決める4項目2 第2順位-利用開始直後に整える事項3 第3順位-秘密情報・外部連携等の高度利用前に確認する事項4 優先順位の意味5 起案者と最終確認者が同じ一人事務所の運用例第13 判例及び一次資料の確認状況第14 関連記事第15 出典・参考資料1 法令・会規2 行政機関・地方公共団体の資料3 学術文献4 生成AIの評価・観測に関する資料5 AIエージェントの安全運用に関する資料6 生成AI事業者のDPA及びデータ条件第1 本記事の対象と結論1 対象
本記事は,法律事務所が生成AIの利用ガイドラインを作る場合に,最低限どの事項を定めればよいかを整理するものである。
対象には,弁護士が会話画面から直接利用する生成AIだけでなく,事務職員が利用するサービス,OS・ブラウザ・電子メール・OCR・翻訳・議事録作成・クラウドストレージ・事件管理システム等に組み込まれたAI及び外部サービスを操作するAIエージェントを含める。
2 結論
ガイドラインは,製品名の一覧又は「個人情報を入力しない」という一文だけでは足りない。
少なくとも,①対象者及び責任者,②許可するサービスと利用環境,③入力情報の区分,④許可業務と禁止業務,⑤出力の確認方法,⑥送信・提出・公開等の承認,⑦委託先及び再委託先の確認,⑧ログ及び記録原本,⑨事故対応並びに⑩研修・点検・更新を定める必要がある。
本記事で参照する郡山市,デジタル庁及び総務省の資料は,行政機関又は地方公共団体の内部運用を対象とする資料であり,民間の法律事務所を直接拘束する法令又は会規ではない。
もっとも,利用可能なサービス,入力可能な情報,責任者,委託先,ログ,研修及び事故報告を具体的な様式へ落とし込む方法を学ぶための資料として有用である。
普通の法律事務所がこれらを一度に整備するのは容易でない。そこで,第12では,利用開始前に必ず決める事項,利用開始直後に整える事項及び秘密情報・外部連携等の高度利用前に確認する事項に分けて,実施の優先順位を示す。
導入時には,詳細な規程を一度に完成させるよりも,次の入口を決め,秘密情報や外部操作を追加する前に確認を進める方法が考えられる。
第12の優先順位と一人事務所の運用例に,開始前・開始直後・高度利用前の順序を示している。
入口小規模事務所の記入例許可サービスサービス・契約プラン・機能・モデルを台帳に記録し,未確認の機能は利用しない入力資料最初の試行は公開資料又は合成資料。事件の秘密情報は適用契約・権限等を確認してから別途判断出力の確認担当弁護士が原資料と照合し,確認者・確認日・修正箇所を記録外部への操作メール送信,裁判所提出,公開は下書き作成と別に承認。承認された版を記録事故時の連絡気付いた者が処理を止め,責任者へサービス・日時・情報・操作を報告して記録を保全
この表は法定の統一書式ではなく,公開資料を使って開始する場合の運用例である。
「許可」の記入だけで,将来の新機能,コネクタ,再委託先又は別モデルまで一括して認めたものとせず,変更時は第4・第9・第11の条件を再確認する。
AI法律相談の使い方,費用,弁護士の役割を先に確認したい場合は,AI弁護士とはを参照されたい。
第2 法令・会規と行政資料の位置付け1 弁護士法及び弁護士職務基本規程
弁護士法23条は,弁護士又は弁護士であった者の秘密保持義務を定める。
弁護士職務基本規程23条も秘密保持義務を定め,同規程19条は事務職員等に対する指導監督を求めている。
生成AIの利用ガイドラインは,これらの義務を各事務所の端末,アカウント,業務及び作業手順へ落とし込む文書である。
2 弁護士情報セキュリティ規程
日本弁護士連合会の弁護士情報セキュリティ規程は,令和6年6月1日に施行された。
同規程3条は,取扱情報の種類,性質等に応じた危険を踏まえ,法律事務所の規模及び業務の種類,態様等に応じた基本的な取扱方法を定めることを求めている。
生成AI利用ガイドラインは,この基本的な取扱方法の一部として定める方法と,これに付属する別紙として定める方法が考えられる。
3 行政資料は実装例として用いる
郡山市の「生成AI活用ガイドライン(第6版)」は,市が利用を許可したシステム,情報の機密性による入力制限,職員による出力確認及び委託先を含む運用を定めている。
デジタル庁の「行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン(第2.0版)」は,国の行政機関における調達及び利活用の考え方を示している。
総務省の「自治体におけるAI活用・導入ガイドブック<導入手順編>(第4版)」は,責任者,情報区分,ライフサイクル,委託先,研修及び事故対応を具体化する資料を提供している。
これらを引用するときは,「行政機関の運用例であること」と「法律事務所に当てはめた実務上の提案であること」を明記する。
行政資料を参照したというだけで,弁護士法,弁護士職務基本規程,個人情報保護法又は依頼者との契約上の義務を満たしたことにはならない。
第3 対象者・責任者・対象サービス1 対象者
対象者には,所属弁護士,事務職員,司法修習生,派遣労働者,業務委託先その他事務所の取扱情報へ接する者を含める。
共同事務所では,弁護士ごとに許可範囲が異なると事務職員に判断を委ねることになるため,共通部分と弁護士別の例外を分けて記録する。
2 責任者
小規模事務所であっても,AI利用の責任者を明示する。
責任者は,全ての出力を確認する者である必要はないが,許可サービス台帳の更新,事故時の連絡先,定期点検及び例外承認の所在を引き受ける者である。
3 背景で動くAIも対象にする
利用者が「生成AIを開いた」と認識しない機能も対象に含める。
例えば,音声入力,常時待機型又は会議・通話の文字起こし,画面参照型AI,画面内容の要約,電子メールの返信候補,OCR後の分類,クラウド内検索,画像生成,ブラウザの支援機能及び事件管理システムの自動抽出である。
OS又は標準アプリの更新によってAI機能が追加又は有効化されることもあるため,製品名ではなく,読取り,推論,保存,外部送信及び実行という機能単位で点検する。
第4 許可サービス台帳1 台帳に記録する項目
許可サービスは,名称だけでなく実際の利用環境を一行ずつ記録する。
最低限の項目は,①サービス名,②モデル又は機能,③プラン,④利用アカウント,⑤利用者,⑥接続先,⑦保存先,⑧入力データの学習又はサービス改善への利用,⑨提供者による人的アクセス,⑩保存期間及び削除方法,⑪操作ログ,⑫再委託先,⑬処理国又は保存国,⑭事故通知,⑮入力可能な情報区分,⑯許可業務,⑰承認者並びに⑱最終確認日である。
DPAが適用される場合は,台帳に,⑲DPAの名称・版・確認日,⑳利用契約への組込み方法,㉑管理者・処理者等の役割,㉒監査資料,㉓再委託先変更の通知・異議手続,㉔契約終了時の返還・削除及び㉕国外処理の根拠も記録する。さらに,学習利用,通常ログ,安全監視ログ,アプリケーション状態,ゼロデータリテンション,データ所在地,実際の推論処理場所及び外部コネクタは,同じ契約資料にすべて記載されているとは限らないため,項目を分けて出典URL又は設定画面を紐付ける。DPAが存在するという一項目だけを「秘密情報入力可」の根拠にしない。
⑧とは別に,処理の記録(ログ),分類結果,利用統計,フィードバック等の派生データを提供者が自社の目的に使えるかも台帳で確認する。
入力データを学習に使わないとする規約でも,派生データは制限なく処理できるとするものがあるからである。
派生データ条項の読み方は,「学習に使わない」と書いてあっても―AIサービス規約の派生データ条項(ログ・分類結果・利用統計・フィードバック)の読み方と弁護士の守秘義務(AI作成)で整理している。
国内のリーガルテックと国産AIのサービスの規約の比較は,国内のリーガルテック・国産AIの規約は入力データをどう扱うか―学習条項と派生データ条項の比較(AI作成)で整理している。
「有料版である」,「学習オフである」又は「大手企業のサービスである」という一項目だけでは,秘密情報を入力できることの根拠にならない。
同じ名称のサービスでも,個人向けと組織向け,無料と有料,通常機能と外部コネクタ付き機能では,情報の流れ及び契約条件が異なることがある。
例えば,組織向けのプランでも,初期設定のままでは会話やプロジェクトが無期限に保存されるものや,利用者の端末に保存される会話履歴を管理者が一元的に管理又は削除できない機能があるので,⑦保存先と⑩保存期間及び削除方法は,機能ごとに確認する。
法律事務所ではない一般の会社が社内向けの法務AIアシスタントを作る場合の確認事項は,会社が社内向けの法務AIアシスタントを作るときの法的チェックリスト―弁護士法72条のガイドライン,個人情報保護法,営業秘密,データの保存期間及び誤判定への備え(AI作成)で整理している。
一つの窓口から複数のAI事業者へ処理を振り分ける中継サービス(例えば,OpenRouterや,令和8年9月にLinux Foundation傘下のAgentic AI Foundationへ移管されたオープンソースの「Agent Router」)を使う場合は,窓口のサービスだけでなく,実際に処理する事業者ごとに一行を設ける。
障害時等に別の事業者へ自動で切り替える設定があるときは,自動切替えを認めるか,認める場合の切替先をどの事業者に限るかも台帳に書く。
中継サービスを事業者に預ける形(ホスティング)で使うときは,その事業者自体も入力を取り扱い得る委託先として一行を設ける。
自動切替えと秘密保持の関係は,学習オフの生成AIに秘密情報を入力することは第三者開示に当たるか(AI作成)で整理している。
有料又は会員限定の資料を入力する場合は,AIサービス台帳とは別に,資料名・版,取得元,適用規約の版・確認日,取得方法,処理対象の範囲,外部送信先・目的・保存条件,許諾の確認状況及び成果物の公開・再利用範囲を紐付ける。
利用者が処理を認めたことと,資料提供者が処理を許諾したことを同じ欄で扱わない。
許諾未確認は確認状況を示すものであり,許諾済み又は一律禁止を意味しない。
実際に確認できた制限に沿って処理範囲を定める。
2 許可・条件付許可・禁止を分ける
台帳では,単純な許可又は禁止だけでなく,条件付許可を用いる。
例えば,「公開情報のみ許可」,「匿名化した内部情報まで許可」,「秘密情報は指定された組織アカウント及び指定機能に限り責任弁護士の承認を要する」,「外部送信機能は利用禁止」といった形である。
3 変更時に再確認する
モデル,プラン,利用規約,データ処理条件,コネクタ,再委託先,保存国又はOSの権限が変わった場合は,同じ製品名であっても再確認する。
定期確認の時期だけでなく,変更通知を受けた者が誰へ伝えるかも定める。
料金の改定,課金方式の変更,サービスの提供終了及びモデルの廃止も,変更として台帳で扱う。
主要な事業者が料金改定やモデル廃止をどれだけ前に予告するとしているか,契約終了時にデータを取り出し又は削除できるか,及び代わりのサービスへ移るときに何を確認し直すかは,生成AIサービスの値上げ・提供終了・モデル廃止に備える契約と運用-規約の変更条項,終了時のデータ,移行計画及び中継サービス(AI作成)で整理している。
第5 入力情報の区分1 公開情報
法令,裁判所が公開する裁判例,官公庁の公表資料,自ら公開済みの記事その他一般に公開されている情報である。
公開情報であっても,著作権,利用規約,取得方法及び情報の新しさは別に確認する。
2 匿名化又は仮名化した内部情報
氏名を削除しただけでは,事件類型,地域,日時,金額,勤務先及び家族関係の組合せから当事者を特定できることがある。
匿名化又は仮名化の可否は,入力する断片だけでなく,AIサービスが既に参照できる電子メール,クラウド資料,会話履歴及び外部コネクタとの組合せで判断する。
自動匿名化機能を利用する場合は,機能名だけで安全と判断せず,①検出対象となる氏名・会社名・住所・日付・金額・口座・案件番号等,②匿名化漏れ及び過剰匿名化,③原文と匿名化後データの対応表の保存場所,④AIへ送信する段階,⑤応答を元の名称へ戻す段階,⑥原文・匿名化後本文・対応表・プロンプト・応答・ログ・キャッシュ・バックアップの各保存先及び削除方法並びに⑦文脈からの再識別可能性を,公開情報又は合成データで試験する。
自動匿名化は入力情報を減らす一手段であり,サービスの契約条件,送信先,保持,人的アクセス及び再委託先の確認を置き換えるものではない。具体的な実機テストは,AI契約書レビューを法律事務所で導入する前の実機テスト(AI作成)で整理している。
3 依頼者・相手方・事件の秘密情報
依頼者,相手方,証人その他関係者の個人情報,未公表の紛争内容,契約書,証拠,交渉方針及び事件の帰趨に影響する情報は,最も厳しい区分で扱い,入力を認めるサービスを台帳で特定する。
入力を認める場合は,サービス名だけでなく,利用目的,契約条件,アカウント,機能,処理経路,保存,削除,人的アクセス,再委託先,国外取扱い,管理画面の実設定,依頼者との関係及び代替手段を確認し,事件又は情報区分ごとの承認を記録する。
入力を学習に使わない設定(いわゆる学習オフ)は重要な条件であるが,秘密情報を入力できることを単独で決める条件ではない。応答生成以外の利用,ログ・キャッシュ・バックアップ,障害調査時の人的アクセス,再委託先及び保存期間等を確認した上で,対象事件,情報区分及び機能を限定して許可する。
当ブログは,これらの確認を経た許可サービスでは,固有名詞を機械的に記号へ置き換えることが人物又は時系列の取り違えを招く場合があると考えている。他方,自動匿名化又は実名入力のどちらが適切かは,作業目的,サービスのデータフロー,文脈からの再識別可能性及び依頼者との関係を踏まえて個別に決める(学習オフ設定のClaudeコード及びGoogle AI Ultraの利用は弁護士の守秘義務等に違反しないという個人的意見(AIリライト))。
4 必要最小限にする
入力が許可された情報であっても,目的に必要な部分だけを入力する。
全文を入力しなくても作業できる場合は,争点,条項又は文書の一部に限定する。
もっとも,氏名や日付を削ると人物の同定や時系列の整理ができなくなる作業では,許可したサービスである限り,識別情報を削らずに入力する方が正確である。
作業に関係しない口座番号,マイナンバーその他の情報は入力しない。
再利用する知識も,①公開できる一般手順,②事務所内だけで使う雛形・判断基準,③事件ごとの秘密資料,④送信・公開等の操作権限を分ける。
共通の手順や雛形には原資料,版,更新日,承認者,閲覧権限,保存期限及び使用を避ける条件を記録し,事件資料を共通ナレッジへ転記しない。これは入力情報の区分を,保存と再利用の段階にも適用するための運用案である。
保存先の区分を定めた後は,権限の境界が検索と生成にも反映されるかを合成データで試す。例えば,別案件の共有フォルダー,共通ナレッジ,チャット履歴及び外部サービスとの連携について,その案件を担当しない利用者が固有の語句を検索したときに,本文,引用,検索候補又は回答の要約へ内容が現れないかを確認する。
担当変更・退職・案件終了によって権限を外した後も,同じ試験を行う。問題が見つかった場合は,該当する検索・連携機能の利用を止め,入力データと出力の範囲を調べる。試験記録には利用者の権限,対象サービス・機能,試験日時,合成データ及び結果を残す。
これはアクセス権限を実際の利用場面で点検するための運用提案である。情報を隔離できれば,利益相反に関する受任制限が当然に解消されるという意味ではない。受任の可否と,受任後の情報管理は別に判断する。LIBRA令和8年7・8月号17~18頁は,AIサービス内の情報共有を含む守秘義務・利益相反の問題を検討している。
公開・内部・秘密という情報区分とは別に,著作権及び資料提供者との契約に基づく利用権限を確認する。
例えば,秘密情報を含まない有料解説であっても,外部AIへの送信,詳細な要約の交付又は知識庫への保存に条件が設けられていることがある。
顧客資料の取扱いに関する同意が,その有料資料の権利まで処分できるとは限らない。
弁護士ドットコムLIBRARYを使う場合は,利用規約上の閲覧・取得方法,複製・アップロード等の制限及びサービス内AIの短文の外部利用制限をそれぞれ確認する。
規約確認の工程は,有料の法律・税務資料を生成AIで分析するときの利用権限で,税理士事務所における顧客資料・公表資料・有料解説の区分は,税理士事務所で生成AIを使うときの入力資料の分け方で整理している。
第6 許可業務・禁止業務1 比較的利用しやすい業務
公開資料の分類,見出し案,論点候補,文章の校正,質問事項の洗い出し及び定型文の下書きは,比較的利用しやすい。
ただし,出力をそのまま法的結論又は事実認定として採用せず,後記の確認を行う。
2 一次資料の確認を要する業務
法令,裁判例,期限,官公庁の手続,統計,引用,固有名詞及びURLを含む出力は,一次資料又はこれに準ずる資料で確認する。
検索結果の要約,生成AIの引用表示又は第三者の記事を開いただけでは,元の法令,判決本文又は統計表を確認したことにならない。
3 弁護士の判断又は承認を要する業務
受任の可否,利益相反,請求又は抗弁の選択,和解条件,依頼者への助言,裁判所提出書面の確定,期限の確定,相手方への回答,個人情報漏えい時の報告並びに事件方針の変更は,弁護士又は指定された責任者の判断を要する。
AIは候補及び下書きを作ることができるが,判断主体又は承認主体にしない。
4 禁止業務
許可されていないサービスへの秘密情報の入力,確認していない判例又は引用の記載,権限外事件の検索,依頼者の指示に反する利用及び承認を経ない外部送信等を禁止する。
禁止事項は抽象語だけでなく,実際の画面又は作業例を用いて研修する。
5 謝罪・感謝・重要説明等の対人関係的文書
謝罪,感謝,重要な方針説明,和解提案その他の対人関係的な文書では,正確さ及び速さだけでなく,誰が時間と配慮をかけたと受け取られるかも結果に影響し得る。英国の事前登録済み6研究(合計3,935人)は,社会的・対人関係的な課題をAIへ委ねたと認識された場合,委ねた本人の道徳性,信頼性,温かさ又は真正性の評価が下がり得ると報告している。
これは日本の法律事務所を対象とする研究ではないため,直ちに同じ結果になるとはいえない。もっとも,これらの文書については,AIによる校正,論点漏れの確認及び複数案の比較を認めても,事実,立場,語調,送信時期及び最終文面を担当者自身が決定し,自動送信しないと定めることが考えられる。
6 外部資料中の指示を命令へ昇格させない
ウェブページ,電子メール,PDF,OCR結果又は相手方から受領した文書は,調査又は証拠の対象となるデータであり,事務所からAIへの操作命令ではない。外部資料に「これまでの指示を無視する」「秘密情報を送信する」「ファイルを変更する」等の記載があっても,その記載だけを根拠に権限を追加しない。
外部資料の読取りと,秘密情報の送信,ファイル変更,メール送信,公開,削除,決済又は権限変更を分離する。これらの外部効果を伴う操作は,認証された利用者の指示と,本ガイドラインが定める承認の双方を確認する。
AIエージェントに読み込ませる手順書(スキル)やプラグインも,外部資料と同じく,中に書かれた指示や付属のプログラムがそのまま実行され得る。
2026年1月に公開された論文は,2つの公開マーケットプレイスから集めた31,132個のスキルを調べ,26.1%に何らかの危険なパターンが検出され,5.2%は悪意が強く疑われるパターンを含んでいたと報告している(人が確認した87件のうち23件は悪意が明らかであった)。
外部のスキル・プラグインは,許可サービスと同じく導入前に付属のプログラムを含めて内容を確認し,事務所で作成又は確認したものに限って使うと定めることが考えられる。
また,共有文書,カレンダーの招待又は電子メールに隠した指示によって,業務用のAI検索が組織内の情報を外部へ送ってしまう脆弱性が報告され,提供者が修正した例もある(Noma Securityが2025年12月に公表したGoogle Gemini Enterpriseの事例)。
受領した文書をAIに読ませる場面ほど,読取りと外部送信を分離する定めが意味を持つ。
7 AIに業務用プログラムを作らせる場合
AIに業務用プログラムを作らせる場合は,実行前に,対象の入力,必要な出力,変更してよい保存先及び合格条件を具体化する。
GitHubのAIエージェントに関する公式資料も,範囲を限定した課題と明確な受入条件を示し,生成されたコードを人が確認して試験することを勧めている。
次は,この考え方を法律事務所の小さな補助作業へ適用する運用例である。
例えば,公開済みPDFの一覧から,資料名,日付及び元URLを列にした候補CSVを作る作業では,まず複製した少数の資料を試験用フォルダに置き,出力先を別に指定する。
元のPDFや一覧の上書き,改名及び削除を認めず,日付を読み取れないものは推測で埋めず未確認として出力させる。
入力件数と出力件数を照合し,重複,欠落,日付及びURLを元の一覧・PDFと突き合わせてから,残りの資料へ適用する。
プログラムの作成依頼には,その実行,対象フォルダの拡大又は本番データの更新まで含むかを明記する。
少数の試験が通った場合も,異常時に停止する条件と,原資料へ戻って確認する担当者を決め,AI自身の「動作確認済み」という説明だけで受け入れない。
この補助作業を,法的評価又は期限の確定まで自動化してよいという許可へ広げない。
(続きを読む...)法律事務所の生成AI利用ガイドラインの作り方-許可サービス,入力情報,出力確認,委託先及び事故対応(AI作成)