第1 同じ税務資料でも確認事項は異なる
1 資料の性質と処理の目的を組み合わせる
税理士事務所で生成AIを利用する場合,①顧客から受領した申告書・帳簿・証憑,②法令及び国税庁の公表資料,③有料の税務解説・会員制データベースを分けて考える必要がある。
①では守秘義務や個人情報の取扱い,②では資料の適用時点と利用条件,③では取得・複製・外部送信・成果物利用の権限が,それぞれ主要な確認事項となる。
複数の種類の資料を一つの質問に添付する場合には,それぞれの条件を満たす必要がある。
公表された税務通達に顧客の元帳を添えれば,その入力全体を公開情報として扱うことはできない。
本記事は令和8年10月7日時点で確認した法令・行政資料に基づく一般的な運用の検討であり,特定のAIサービス又はプランを安全と認定するものではない。
2 下書き,検証及び申告を分ける
論点の洗い出し,資料の分類,計算の補助及び説明文の下書きは,AIを利用し得る工程である。
他方,課税要件の当てはめ,適用年度,経過措置,金額及び提出内容は,原資料と実際の事実に照らして担当税理士が確認する必要がある。
AIが示した条文・通達・裁決例は,識別情報が整っていても実在と内容を確認する。
国税庁の公表事例が似ていることと,当該顧客にも同じ税務処理が妥当であることは区別する。
第2 顧客資料と税理士の守秘義務
1 法人の帳簿にも秘密は含まれる
税理士法38条は,税理士業務に関して知り得た秘密について,正当な理由のない漏えい又は窃用を禁じている。
国税庁の税理士制度に関するQ&A・問6-24は,秘密の範囲及び本人の許諾等の正当な理由について,税理士法基本通達38-1~38-3を踏まえて説明している。
個人情報に該当しない法人の売上,資金繰り,取引条件又は調査対応方針にも,守秘義務の対象となる情報は含まれ得る。
氏名を削れば問題がなくなるという評価では,この点を見落とす。
2 顧客への説明と対象情報の特定
顧客資料を外部AIで処理する場合は,利用目的,資料の範囲,処理を行う事業者,保存・閲覧・再委託の条件及び成果物の扱いを確認する。
本人の許諾を根拠とするならば,何をどの目的で処理することへの許諾なのかを説明・記録する必要がある。
顧客が会社である場合も,給与資料等に含まれる従業員その他の個人の情報について,会社の許諾だけで個人情報保護法上のすべての問題が解消するわけではない。
顧客の許諾と,資料に含まれる別の主体の権利・秘密の取扱いを分けて検討する。
3 顧客資料の内部処理と事例公開を分ける
顧客資料を申告,税務相談又は説明文の作成のために事務所内部で処理することと,その内容を事例としてウェブサイトへ公開することは別の利用である。
内部処理について許諾を得ていても,事例広告又は広報への利用まで当然に含まれるとは限らない。
事例公開では,顧客の許諾だけでなく,従業員,取引先,相続人その他の第三者情報,複数情報の組合せによる再識別,所属税理士会の広告規則及び公開後の訂正・削除を確認する。
公開用文章を生成AIで作る場合も,原資料の入力管理と,公開文面の匿名化・広告表示の確認を別工程にする。
具体的な確認手順は,弁護士・税理士が事例をウェブ公開するときの確認事項を参照されたい。
第3 個人データ,学習オフ及び入力範囲
1 学習に使われないこと以外の処理を確認する
個人情報保護委員会の生成AIサービスに関する注意喚起は,個人情報の入力と利用目的との関係,個人データが回答出力以外の目的で取り扱われる場合等への注意を示している。
学習への不使用は重要な確認事項であるが,回答生成に伴う送信,保持,ログ,人的閲覧又は外部ツールとの連携がすべて停止することを意味しない。
個人データの処理を委託と評価できる場合も,委託先の監督を含む安全管理が必要である。
利用目的,第三者提供に関する規律,国外の事業者による取扱い及び事故時の対応は,実際の契約と処理方法に即して確認する。
個人情報保護法上の評価だけで,税理士法上の守秘義務についての判断を代替することはできない。
常時稼働型のAIエージェントに,顧客とのメール,クラウド会計の通知又は共有フォルダを接続する場合は,さらに注意を要する。
OpenAIの「dots」は,接続したアプリを依頼がなくても先回りで読み,その記憶は個別に削除できず,dotを削除するまで保持される(同社のFAQ,令和8年10月19日確認)。
税理士法38条の守秘義務との関係では,接続するアカウントを業務に必要な範囲に限り,送信の承認と定期的な削除を運用で確保する必要がある。
詳しくは,弁護士・税理士がOpenAIのdotsを使う前にで整理している。
2 必要な情報を残し,不要な識別情報を外す
入力範囲を定める際は,何の作業にどの情報が必要かを先に決める。
仕訳区分の候補を検討する作業であれば,取引の内容と時期は必要であっても,口座番号や代表者の住所まで必要とは限らない。
給与計算では,支給額,控除,扶養関係及び適用時点を正確に扱う必要があるため,単なる氏名の置換だけで入力の問題を処理しない。
仮名に置き換えた資料でも,対応表や他の情報から本人を識別できる場合がある。
氏名の置換をしただけで,法律上の匿名加工情報になったと説明してはならない。
また,マイナンバーを含む資料は,通常の個人データのルールだけで判断せず,番号法上の取扱いを別に確認する必要がある。
一般的な仕訳・論点整理のための入力には不要なマイナンバーを含めないという運用が適切である。
3 給与資料を処理する場合のデータの流れ
給与台帳を処理する場合は,①顧客から受領した原資料,②OCR又は読取サービス,③外部AI,④会計・給与ソフトへの反映,⑤事務所内の保存先を順に確認する。
氏名やマイナンバーを入力から外したつもりでも,添付ファイルの別シート,コメント又は画像に残っていないかを点検する。
取込対象,処理目的,送信先,閲覧できる担当者・再委託先,保存期間,削除方法及び照合担当者を工程ごとに記録する運用が考えられる。
学習オフの有無はこのうち一つの確認事項であり,外部送信,保存又は保守時のアクセスまでなくなることを意味しない。
元資料の金額・期間と出力を照合し,ソフトへの取込後にも予定した欄へ反映されたかを読み戻す。
この台帳は実務上の運用例であり,一律の法定様式ではない。
点検対象には,ファイル名,画像の題名,PDFの文字層,OCR後の文字及び元のページのURLも含める。
画像の見た目を黒塗りにしても,既存の文字層や別に保存されたOCR結果まで消えたことにはならない。
元資料は必要な管理下に残し,入力用のコピーへ必要な処理を行った後,表示と文字の検索・コピー結果を確認する。
この点検のために未承認の外部OCRへ顧客資料を送ることは,別の外部送信になるため,承認した処理先・条件の範囲内で行う。
第4 国税庁の公表資料と有料税務解説
1 公表資料の出所と適用年度
法令・通達・質疑応答事例・様式は,原資料のURL,公表又は改訂日,対象となる課税期間を確認する。
公表ページが現在閲覧できることと,当該顧客の過去の課税期間に同じ内容が適用されることは同じではない。
引用した資料の出所を残し,AIが作った説明と行政機関の公式見解を混同しない。
公表資料であっても,掲載資料の利用条件,第三者の権利がある部分及びサービスごとの条件を確認する。
行政機関のウェブページから取得したという理由だけで,そこに含まれるすべての図表や解説の権利が同一であると推定しない。
2 有料解説はその契約を確認する
有料税務解説や会員制データベースは,購読又は閲覧の権限と,外部AIへの入力,顧客への交付及びブログ掲載の権限を分ける。
書籍本文,画面画像,OCRの結果又は知識庫に保存する文章について,対象サービスの規約と個別許諾を確認する。
弁護士ドットコムLIBRARYの制限を別の税務サービスへ一律に移すことも,外部AIという語がないから自由に送信できるとすることも適切ではない。
許諾の確認が済んでいない状態で利用する判断を採る場合にも,その判断と事業者の許諾確認とは区別し,確認できた禁止事項を守る必要がある。
詳細は,有料の法律・税務資料を生成AIで分析するときの利用権限を参照されたい。
第5 少人数の事務所で実装する運用案
1 資料と処理先の台帳
最初に,①資料の区分と所有・管理主体,②作業目的,③入力する範囲,④利用サービス・プラン・機能,⑤送信先と保存条件,⑥利用権限又は許諾の確認状況,⑦出力の確認担当者,⑧保存・再利用の範囲を短い台帳にまとめる。
これは本記事の運用提案であり,税理士法がこの様式の台帳を直接義務付けているという意味ではない。
サービス名だけを許可して終えると,外部コネクタ,別モデルへの自動切替え又は共有機能によって処理先が広がることがある。
新機能を使う前に,許可した入力資料と処理先の組合せが維持されるかを確認する。
個人情報保護法22条は,利用する必要がなくなった個人データの遅滞ない消去について努力義務を定めている。
個人情報保護委員会は,個人領域に残っていた本来消去すべき古いデータが漏えい被害を大きくした事例を示している。
税法上その他の法令上の保存期間を確認した上で,原資料,OCR中間データ,生成AIの入力・出力,作業用複製及びバックアップの保存根拠・期間・消去責任者を別々に定める。
9類型と保存・消去の関係は「個人情報保護委員会が示した不正アクセス9類型」を参照されたい。
削除の管理には,画像本体,OCR,検索用データ,入力・出力,ログ,再委託先及びバックアップという対象の区分,実施者・日付,確認結果,残存する範囲・理由・期間及び再確認日を対応させる。
Helpfeelの令和8年9月25日の公表が削除済みの画像に関するメタデータの流出を追加で説明したことは,画面から画像が消えたことと関連データの全削除が同じとは限らないことを考える具体例である。
現在のすべてのサービスに同じ残存があると推定してはならない。
保存が必要な申告書・帳簿・証憑と,一時処理のための画像・OCR等を分け,削除証明書も記載された対象・期間を確認する。
画像本体だけの確認を「OCRや再委託先を含めて全部削除済み」と表示せず,未確認部分は残存の有無を確認する対象として記録する。
この運用案は日税連ガイドラインの本文で照合した結論又は同ガイドラインへの適合の認定ではない。
画像共有サービスを使う場合の確認手順は,スクリーンショット・画像共有サービスで事件資料や税務資料を扱うときを参照されたい。
2 職員の利用と税理士の確認
税理士法41条の2は使用人等の監督義務を定めており,国税庁のQ&A・問6-26もその内容を説明している。
同法54条は,使用人その他の従業者自身にも,正当な理由のない秘密の漏えい又は盗用を禁止している。
職員にAIを利用させる際は,個人アカウントへ入力してよい資料,事務所が認めた処理先,出力確認及び事故報告を具体化する必要がある。
例えば,公表資料による一般論の整理と,顧客の申告書から事情を抽出する作業を分け,後者では顧客別の取扱条件を確認する運用が考えられる。
AIの出力に署名又は承認を付けるだけでなく,税理士が資料,適用年度,税務上の判断及び計算を確認した記録を残すことが重要である。
3 誤入力・誤出力が生じた場合
送信先,入力内容,処理時刻,利用設定及び出力を保全し,追加送信や自動処理を止める。
入力の削除ができた場合も,ログ,バックアップ,再委託先及びモデル学習への影響がどこまで解消されたかを別に確認する。
誤入力後の確認では,学習利用,提供者の役職員による閲覧,提供者以外の第三者による閲覧及び保存・削除を別の項目にする。
RIZAPグループの令和8年9月3日の公表は,外部生成AIへの誤アップロードについて,提供者以外の第三者による閲覧と学習利用の可能性はないと確認した一方,提供者の役職員等が閲覧可能な状態にあった可能性は,同公表時点でも確認中としている。
これは当該事案での照会回答を踏まえた説明であり,24時間以内の削除ならどのサービスでも安全という一般則ではない。
次の確認票を使い,確認済みの事実,提供者からの回答及び未確認事項を区別して記録する。
削除済み又は学習不使用という一つの結果だけで,事故の影響が解消したと結論付けない。
| 確認項目 | 残す記録 |
|---|---|
| 対象資料 | ファイル名,データ項目,対象者,件数と人数,版 |
| 送信の経過 | アカウント,プラン,機能,送信日時,発見日時 |
| 設定と目的 | 送信当時の学習設定,利用目的,適用規約 |
| 閲覧の範囲 | 提供者の役職員,再委託先,それ以外の第三者を区別 |
| 保持と削除 | 履歴,ファイル,ログ,バックアップの削除範囲と時刻 |
| 学習利用 | 実際の利用有無,照会回答の対象,裏付けと限界 |
| 停止措置 | 追加送信,自動処理,共有リンク,接続の停止結果 |
| 説明と更新 | 顧客・本人への連絡,報告要否,未確認事項の確認担当者 |
顧客への連絡,契約上の通知及び個人情報保護法等に基づく報告の要否は,事故の内容に即して判断する。
誤った税務説明を交付又は申告に反映した場合は,影響する成果物と申告内容を特定し,必要な訂正を検討する。
4 出力の検証記録を残す
検証記録には,原資料の頁又は帳簿の行,対象税目・年度,確認した条文・通達の箇所,計算の独立した照合結果,採用・修正・不採用の理由及び確認者を残す。
AIが示した出典名が実在するだけでなく,引用箇所が対象案件の結論を支えるかを確認する。
顧客資料の入力管理と,出力を申告に使う前の検証を別工程にする方法は,生成AIの税務回答を申告に使う前の検証手順で詳しく整理している。
第6 日税連ガイドラインの確認状況
日本税理士会連合会の公開ページでは,令和8年9月30日付けで「税理士事務所のためのAI・クラウド活用ガイドライン(Ver1.0)」が掲載されたことを確認できる。しかし,ガイドライン本文は会員向けページに置かれており,本記事の更新時点で,公開インターネットから本文を確認することはできなかった。
そのため,本記事は,同ガイドラインの具体的な規律を紹介するものでも,本記事の運用案が同ガイドラインへ適合すると断定するものでもない。税理士又は税理士事務所が実際に利用する際は,許された経路で最新版の本文を取得し,サービス・プラン,入力資料,契約・セキュリティ,職員の利用と監督,出力の検証記録,保存・削除及び事故対応について,本記事の運用案と項目ごとに照合する必要がある。
第7 出典・参考資料
①税理士法38条,41条の2及び54条
②国税庁「税理士制度に関するQ&A・6 税理士法違反行為」問6-24及び問6-26
③個人情報の保護に関する法律
④個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」(令和5年6月2日)
⑤個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」(令和8年6月一部改正)3-4及び3-6
⑥個人情報保護委員会「特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)」第4-1(個人番号の利用制限)
⑦個人情報保護委員会「大規模な漏えい等事案を踏まえた対応について(注意喚起)」(令和8年10月7日)
⑧同「WARNING~不正アクセスによる個人データ漏えい防止のための注意喚起~」(同日改訂)事例6
⑨日本税理士会連合会「会員向け情報」一覧(令和8年9月30日付け「税理士事務所のためのAI・クラウド活用ガイドライン(Ver1.0)」の掲載確認。本文は会員向けページのため,公開範囲から詳細を確認していない。)
⑩株式会社Helpfeel第一報(令和8年9月16日)及び第二報(同月25日)
【誤入力後の確認に関する資料】RIZAPグループ,「子会社における外部生成AIサービスへのお客様情報の誤ったアップロードに関するお詫びとお知らせ」(令和8年9月3日)。
税理士法上の義務と行政資料で確認できる説明を基礎に,具体的なAI利用への当てはめ及び運用案を記載したものである。
顧客の許諾,入力情報,事業者による取扱い及び資料の利用条件によって結論が異なるため,個別の処理についての一律の適法性を示すものではない。