第1 この記事の対象と結論
本記事は,令和7年司法試験の論文式試験のうち,選択科目(倒産法)第1問を対象として,法務省が公表した「出題の趣旨」及び「採点実感」から答案の評価項目を抽出し,5段階で重み付けをした上で,それらの評価項目を満たす模範解答を示すものである。
本問は,個人の破産事件を素材に,破産手続開始の決定の時に係属していた二つの訴訟(不法行為に基づく損害賠償請求訴訟と名誉毀損による慰謝料請求訴訟)の取扱いと,破産管財人による否認権の行使(和解契約後の一部の債権者への弁済と,遺産分割合意)を問うものである。
公式資料から抽出できた評価項目は38項目であり,重み5(答案の骨格又は採点実感が評価の分かれ目とした事項)に当たるのは,損害賠償請求訴訟が破産財団に関する訴訟として中断すること,破産管財人がこれを受け継ぐことができること,慰謝料請求訴訟が中断しないこと,受任通知が申立て前1年以内のものでないため支払不能が推定されないこと(破産法162条3項),申立ての日から1年以上前の弁済は支払停止を理由として否認できないこと(同法166条)及びその結果として支払不能と悪意を直接検討するという構造の整理の6項目である。
模範解答の結論は,①損害賠償請求訴訟は中断し,破産管財人が受け継ぐことができる,②慰謝料請求訴訟は中断しない,③令和5年4月以降のCへの支払は否認できるが,同年3月以前の支払は否認できない,④Dに価額償還として請求できる額は,Dが預金を生活費に充てた場合は160万円,浪費した場合は150万円である,というものである。
設問2⑴については,出題の趣旨がいずれの結論もあり得るとしており,第5の解説で別の考え方も示した。
第5の模範解答は,論文式答案で広く使われてきた型(問題提起,規範の定立,当てはめ及び結論の順に書く型)で2,500字以下に収め,その後に出題の趣旨・採点実感を踏まえた解説を付けている。
評価項目と重みは本記事が公式資料から独自に抽出したものであり,法務省の公式の採点基準や配点ではない。
第2 評価項目の示し方と重み付けの基準
1 評価項目の示し方
評価項目は,本問の出題の趣旨(倒産法第1問の部分)又は採点実感(倒産法の第1問の部分と,第1問・第2問に共通する部分)の記述から抜き出したものに限り,一つの項目に一つの判定対象だけを入れ,答案に何が書かれていれば満たすのかが分かる形に言い換えた。
各項目には,出題の趣旨と採点実感のどこに根拠があるかを,PDFの頁と見出し(出題の趣旨は「〔設問1〕」「〔設問2〕」,採点実感は「2 採点方針」と「3 採点実感等」の「⑴第1問」の「ア」「イ(ア)」「イ(イ)」)で示した。
一方の資料の該当範囲を読んで記載がない場合は「記載なし」,一般的な記述から導いたものは「間接」と表示した。
採点実感が典型的な誤りとして指摘した事項は,「〜しない」という形の評価項目として表に含めた。
公式資料の文章は,評価の強さを示す短い語句を除いて引用せず,根拠となる記述の趣旨を要約して示している。
2 5段階の重み付けの基準
重みは,公式資料の書きぶりの強さから本記事が付けたものであり,法務省の配点ではない。
①重み5:採点実感が「採点の主眼」とし,又は「高評価につながった」と明言した事項,又は答案の骨格そのもの
②重み4:出題の趣旨が検討を求め,採点実感も同じ事項を取り上げた事項(高く評価したと明言した場合に限らず,説明すべき事項として指摘した場合を含む。)
③重み3:どちらか一方が明示する中核の理由付け
④重み2:一方が軽い表現で触れる補強の事項,又は典型的な誤りとして指摘された事項
⑤重み1:一方が控えめに触れるだけの事項
本問では,重み1に当たる項目はなかった。
第3 本問の概要
会社員Aは,令和4年4月,Bの架空の投資話を信じて消費者金融2社(各200万円)と知人C(300万円)から合計700万円を借り入れてBの指定口座に振り込み,同年5月13日,兄の遺産である土地と預金20万円の全てを弟Dに取得させる遺産分割合意をした。
Aは,同年6月に同僚EからSNS上で誹謗中傷を受けて転職し,返済を怠ったため,同年9月5日に弁護士Fが任意整理の受任通知を送付し,同年11月に各債権者との間で月2万円ずつの分割弁済の和解契約(期限の利益喪失条項付き)を締結した。
Aは,令和5年1月から3月までは受診を控えるなどして約定どおり支払ったが,休職で月額収入が3分の2に減り,同年4月以降は消費者金融2社に支払わず,Cにだけ同年9月まで隔月で支払った。
弁護士Fも体調を崩して申立てが遅れ,Aは令和6年11月12日に破産手続開始の申立てをし,同月20日に破産手続開始の決定がされて,破産管財人Xが選任された。
設問1は,開始決定時に係属していたAのBに対する損害賠償請求訴訟とAのEに対する慰謝料請求訴訟(いずれも口頭弁論は終結していない。)がどのように取り扱われるかを問う。
設問2⑴は,Cからの反論を踏まえて,和解契約成立後のAのCに対する支払を否認できるかを問い,設問2⑵は,遺産分割合意を対象とする否認権が認められることを前提に,Dに対して価額償還として請求できる額を問う。
設問2⑵では,否認権行使時(令和6年12月)にDが預金20万円を全額費消していたこと,本件土地の時価が合意時の100万円から300万円に上がったことが示され,附帯請求は考慮しなくてよいとされている。
問題文は,令和7年1月1日現在で施行されている法令に基づいて答えるよう指示している。
第4 評価項目と重み
1 設問1⑴(損害賠償請求訴訟)
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 不法行為に基づく損害賠償請求権が,破産手続開始の時において有する債権として破産財団に属すること(34条1項)を示す | 4 | 25頁・〔設問1〕小問⑴(破産財団に帰属する債権であることの指摘) | 1頁・3⑴ア(34条1項の指摘) |
| 2 | 同請求権を訴訟物とする本件訴訟が「破産財団に関する訴訟手続」に当たり,開始決定により中断する(44条1項) | 5 | 25頁・〔設問1〕小問⑴(中断の説明) | 1頁・2(採点の主眼),3⑴ア |
| 3 | 損害賠償請求権は破産債権ではないから「破産債権に関しないもの」に当たり,破産管財人が受継できる(44条2項前段) | 5 | 25頁・〔設問1〕小問⑴(破産債権でないこと・受継の説明) | 1頁・2(採点の主眼),3⑴ア |
| 4 | 損害賠償請求権を34条2項の「将来の請求権」と誤解しない | 2 | 記載なし | 1〜2頁・3⑴ア(相当数あった誤解) |
2 設問1⑵(名誉毀損による慰謝料請求訴訟)
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 5 | 名誉毀損による慰謝料請求権が行使上の一身専属性を有することに着目する | 4 | 25頁・〔設問1〕小問⑵ | 2頁・3⑴ア |
| 6 | 慰謝料の具体的な金額が当事者間において客観的に確定しない間は,原則として破産財団に帰属しない(最判昭和58年10月6日) | 4 | 25頁・〔設問1〕小問⑵(最判昭和58年10月6日参照) | 2頁・3⑴ア(同判例参照) |
| 7 | 本件では慰謝料額が当事者間で客観的に確定していないことを事実に即して指摘する | 4 | 25頁・〔設問1〕小問⑵ | 2頁・3⑴ア |
| 8 | 本件訴訟は「破産財団に関する訴訟手続」に当たらず,中断しない | 5 | 25頁・〔設問1〕小問⑵ | 1頁・2(採点の主眼),2頁・3⑴ア |
| 9 | 一身専属性を指摘しながら,破産法のどの条文のどの要件の問題かを明らかにしないまま検討しない | 2 | 記載なし | 2頁・3⑴ア(散見された答案) |
| 10 | 行使の意思を明らかにすれば一身専属性が失われるとしない | 2 | 記載なし | 2頁・3⑴ア(散見された答案) |
3 設問2⑴(Cに対する支払の否認)
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 11 | Cへの支払を偏頗行為否認(162条1項1号)の問題と特定する | 4 | 26頁・〔設問2〕小問⑴ | 2頁・3⑴イ(ア) |
| 12 | 同号イの要件(支払不能後の行為・債権者の悪意)を示し,支払停止及び支払不能の定義を示して検討する | 3 | 間接(26頁・〔設問2〕小問⑴の要件充足の検討) | 2頁・3⑴イ(ア) |
| 13 | 弁護士Fの受任通知(令和4年9月5日)が支払停止に該当する(最判平成24年10月19日) | 4 | 26頁・〔設問2〕小問⑴(最判平成24年10月19日参照) | 2頁・3⑴イ(ア)(同判例参照) |
| 14 | 受任通知は申立て前1年以内のものではないから,支払不能は推定されない(162条3項括弧書き) | 5 | 26頁・〔設問2〕小問⑴(162条3項) | 2頁・3⑴イ(ア)(高評価),3頁(見落としは低い評価) |
| 15 | Cへの弁済は申立ての日から1年以上前の行為であるから,支払停止を理由として否認できない(166条) | 5 | 26頁・〔設問2〕小問⑴(166条) | 2頁・3⑴イ(ア)(高評価) |
| 16 | 以上から,支払停止によらず支払不能そのもの及び支払不能についての悪意を検討する必要があるという構造を整理する | 5 | 26頁・〔設問2〕小問⑴ | 2頁・3⑴イ(ア)(高評価) |
| 17 | 受任通知の時点(記載内容)でAが支払不能であったことを検討する | 4 | 26頁・〔設問2〕小問⑴ | 2頁・3⑴イ(ア) |
| 18 | 本件各和解契約と約定弁済により支払不能を脱したか否かを検討する(脱していない=無理算段による支払との評価/脱したとの評価) | 4 | 26頁・〔設問2〕小問⑴ | 2頁・3⑴イ(ア)(二つの考え方) |
| 19 | (脱したとする場合)令和5年4月以降,消費者金融2社に支払わず期限の利益を喪失し,Cにも約定どおり支払えず期限の利益を喪失したこと等から支払不能を認定する | 3 | 記載なし | 2頁・3⑴イ(ア)(多くの答案の認定) |
| 20 | 令和5年3月以前の支払については,支払不能についての悪意の認定は困難であることを示す | 3 | 記載なし | 2頁・3⑴イ(ア) |
| 21 | 令和5年4月以降の支払については,Cが受任通知の時点で他の債務を含むAの支払不能を認識して和解し,その後自己への支払も滞り期限の利益を喪失したことを認識していた等から悪意を認定する | 4 | 26頁・〔設問2〕小問⑴ | 2頁・3⑴イ(ア)(多くの答案の認定) |
| 22 | Cの反論として,和解契約の締結により支払不能を脱したとの主張を挙げる | 3 | 記載なし | 2頁・3⑴イ(ア)(Cからの反論) |
| 23 | Cの反論として,支払不能を脱したと認識しており悪意ではなかったとの主張を挙げる | 3 | 記載なし | 2〜3頁・3⑴イ(ア)(Cからの反論) |
| 24 | いずれの結論もあり得ることを前提に,自らの考えを事例に即して説明する | 4 | 26頁・〔設問2〕小問⑴ | 3頁・3⑴イ(ア)(高評価) |
| 25 | 支払停止と支払不能の概念を混同しない | 2 | 記載なし | 3頁・3⑴イ(ア)(低い評価) |
| 26 | 162条3項の推定規定の適用除外を見落として支払停止の該当性のみを検討しない | 2 | 記載なし | 3頁・3⑴イ(ア)(低い評価) |
| 27 | Cへの支払を破産者の義務に属しないものとしない | 2 | 記載なし | 3頁・3⑴イ(ア)(低い評価) |
| 28 | 条文の要件を検討せずに有害性・不当性のみで結論を出さない | 2 | 記載なし | 3頁・3⑴イ(ア) |
4 設問2⑵(遺産分割合意の否認と価額償還)
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 29 | 本件遺産分割合意の否認を無償行為否認(160条3項)と特定する | 4 | 26頁・〔設問2〕小問⑵ | 3頁・3⑴イ(イ) |
| 30 | 行為の時期(支払の停止等があった後又はその前6月以内)等の要件に当てはめる | 3 | 記載なし | 3頁・3⑴イ(イ)(当てはめのない答案が相当数) |
| 31 | 預金と不動産を分けて検討する(預金は現存利益,不動産は価額算定基準時) | 4 | 26頁・〔設問2〕小問⑵ | 3頁・3⑴イ(イ)(分けない答案が散見) |
| 32 | 預金について,167条2項の現存利益の有無を検討する | 4 | 26頁・〔設問2〕小問⑵(167条2項) | 3頁・3⑴イ(イ) |
| 33 | 預金を必要な生活費等に費消したのであれば,現にその利益を受けているという観点から検討する | 2 | 記載なし | 3頁・3⑴イ(イ)(丁寧) |
| 34 | 単に費消したから現存利益がないとの記述にとどめない | 2 | 記載なし | 3頁・3⑴イ(イ)(多かった答案) |
| 35 | 不動産について,価額算定基準時(否認権行使時か否認対象行為時か)を自らの考えで説明する | 4 | 26頁・〔設問2〕小問⑵ | 3頁・3⑴イ(イ) |
| 36 | 判例が否認権行使時の時価で算定するとしていること(最判昭和61年4月3日等)を押さえる | 4 | 26頁・〔設問2〕小問⑵(最判昭和61年4月3日等参照) | 3頁・3⑴イ(イ)(押さえておきたい) |
| 37 | 無償行為として否認の対象となるのは法定相続分を超える部分のみであり,相続分を超えて全額を請求できるとしない | 3 | 記載なし | 3頁・3⑴イ(イ)(全額とする答案が多かった) |
5 答案全体
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 38 | 明文の規定の条文番号・項号を正確に引用する(条文を挙げない,番号の誤り,項と号の混同をしない) | 2 | 記載なし | 1頁・3(第1問,第2問を通じて) |
6 重みの分布
重み5が6項目,重み4が15項目,重み3が7項目,重み2が10項目,重み1が0項目で,総項目数は38項目,重みの合計は131である。
重み5の6項目は,番号2・3(損害賠償請求訴訟の中断と破産管財人の受継),番号8(慰謝料請求訴訟が中断しないこと),番号14・15(162条3項の推定の適用除外と166条による否認の制限)及び番号16(そこから支払不能と悪意を直接検討する構造の整理)である。
採点実感は,設問1については44条1項の中断と同条2項前段の受継の制度を具体的な事例に適用できているかを「採点の主眼」とし,設問2⑴については,162条3項と166条から受任通知の時点の支払不能と悪意を検討する必要があるという構造を整理した答案が「高評価につながった」としている。
第5 模範解答
1 答案の前提と表記
以下の答案は,第4の評価項目を満たすように作成したものであり,問題文の指示どおり,令和7年1月1日現在で施行されている破産法・民法と,それまでに言い渡された判例を前提にしている。
答案は,見出しを「1」「(1)」の順に下げ,論点ごとに,問題提起(「〜に当たるか。」等),規範の定立(「思うに,〜。よって,〜と解する。」),当てはめ(「本問では,〜」)及び結論(「よって」「したがって」「以上より」)の順に書き,反対の立場は「確かに,〜とも思える。しかし,〜。」の形で取り上げ,最後に「以上」と書く型によっている。
設問2⑴の支払不能については,受任通知の時点で支払不能であったが,本件各和解契約と3か月間の約定弁済によって支払不能を脱し,令和5年4月に再び支払不能になったとする考え方を採り,受任通知の時点から支払不能が続いていたとする考え方(無理算段による弁済にすぎないとする考え方)は,Xの主張として示した。
答案の括弧書きで示した判例は,裁判所ウェブサイトの判決全文で判示を確認したものに限った。
「判例同旨」は判例と同じ規範によるものを示す。
答案の字数は,見出しを含めて2,444字(改行を除く。)である。
2 答案
1 設問1⑴について
(1) 破産手続開始の決定があると,破産者を当事者とする破産財団に関する訴訟手続は中断する(破産法44条1項。以下,条文は同法)。本件訴訟はこれに当たるか。
(2) 本件の損害賠償請求権は,Aが破産手続開始の時において有する債権であるから,破産財団に属する(34条1項)。
したがって,これを訴訟物とする本件訴訟は破産財団に関する訴訟手続に当たり,中断する。
(3) また,同請求権は破産者に対する請求権(破産債権。2条5項)ではないから,本件訴訟は「破産債権に関しないもの」に当たる。
よって,破産管財人Xは本件訴訟を受け継ぐことができる(44条2項前段)。
2 設問1⑵について
(1) 本件慰謝料請求権は破産財団に属するか。
思うに,名誉侵害による慰謝料請求権を行使するか否かは,被害者の自律的判断に委ねるべきである。
よって,具体的な金額が当事者間で客観的に確定するまでは行使上の一身専属性を有して差押えの対象とならず,行使の意思を表示しただけではこれを失わないと解する(判例同旨・最判昭和58年10月6日)。
そして,差し押さえることができない財産は破産財団に属しない(34条3項2号)。
(2) 本問では,Aは訴えを提起しているが,口頭弁論は終結しておらず,Eが一定額の支払を約した事情もないから,慰謝料額は確定していない。
したがって,本件慰謝料請求権は破産財団に属さず,本件訴訟は破産財団に関する訴訟手続に当たらないから,中断しない。
3 設問2⑴について
(1) Cへの支払は既存債務の消滅に関する義務ある行為であるから,偏頗行為否認(162条1項1号イ)を検討する。
要件は,①支払不能になった後の行為であること,②Cが行為当時,支払不能又は支払の停止を知っていたことである。
支払不能とは,支払能力を欠くために,弁済期にある債務につき一般的かつ継続的に弁済することができない状態をいい(2条11項),支払の停止とはその旨を外部に表示する行為をいう。
(2) 本件受任通知は,給与所得者Aが債務整理を弁護士に委任したことを示すから,支払の停止に当たる(最判平成24年10月19日)。
しかし,本件申立て(令和6年11月12日)前1年以内のものではないから,支払不能は推定されない(162条3項括弧書)。また,Cへの各支払は申立ての日の1年以上前の行為であるから,支払の停止を理由として否認することはできない(166条)。
そこで,支払不能とCの悪意を直接検討する。
(3) 受任通知の時点で,Aは借入金の返済を怠って訴訟提起の予告を受けており,支払不能であった。問題は,本件各和解契約と約定弁済で支払不能を脱したかである。
本問で,Xは,Aが受診を控えてまで支払った無理算段の弁済にすぎず,支払不能を脱していないと主張し得る。
これに対し,Cは,和解で弁済期にある債務は月2万円の分割金となり,Aはこれを約定どおり弁済したから支払不能を脱したと反論し得る。
思うに,支払不能は弁済期にある債務について判断されるから,合意で弁済期が再設定され,約定弁済が現に継続していれば,支払不能を脱したと解する。本問では,Aは令和5年1月から3月まで約定どおり弁済したから,支払不能を脱した。
しかし,同年4月以降,Aは消費者金融2社に支払わず,Cにも約定どおり支払えず,期限の利益喪失条項により各債務の残額全部の弁済期が到来した。収入が3分の2に減ったAに,これを弁済する見込みはない。
よって,Aは同年4月に再び支払不能となった(①)。
(4) Cは内部者ではないから,悪意は推定されない(162条2項1号)。
本問では,令和5年3月以前の支払は,支払不能を脱した後の行為であり,仮に脱していないとしても,約定弁済が続いていた以上,Cの悪意の認定は困難である。
同年4月以降の支払について,Cは,和解で支払不能を脱したと認識していたから悪意ではないと反論し得る。
しかし,Cは,受任通知で他の債務を含むAの支払不能を認識して和解し,その後,自己への支払すら滞り期限の利益を喪失したことも認識していた。よって,Cは支払不能を知っていたといえる(②)。
(5) 以上より,Xは令和5年4月以降のCへの支払を否認できるが,同年3月以前の支払は否認できない。Cが給付を返還すれば,Cの債権は原状に復する(169条)。
4 設問2⑵について
(1) 本件遺産分割合意は,Aが対価なく相続分をDに取得させる無償行為であり,支払の停止(令和4年9月5日)前6月以内の同年5月13日にされたから,無償行為否認(160条3項)の対象となる。
(2) もっとも,否認の対象は,Dの取得分のうち法定相続分を超える部分,つまりAの法定相続分2分の1(民法900条4号)に相当する部分に限られる。
(3) 預金のうちAの相続分に当たる額は10万円である。
本問では,行為当時,支払の停止等はまだ生じておらず,Dが破産債権者を害することを知っていた事情もないから,Dは現存利益を償還すれば足りる(167条2項)。
確かに,費消した以上,利益は現存しないとも思える。しかし,Dが必要な生活費に充てたのであれば,自己の財産からの出費を免れており,利益は現存する。他方,浪費したのであれば現存しない。
(4) 本件土地について,Xは,持分の返還に代えて価額の償還を請求できる(168条4項)。Aの持分2分の1の価額は,合意時なら50万円,否認権行使時なら150万円である。
確かに,債権者が害されたのは行為時であるとも思える。しかし,否認は破産財団を原状に復させるものであり(167条1項),現物の返還なら財団は現在の価値を得るから,これに代わる償還も否認権行使時の時価によるべきである(判例同旨・最判昭和61年4月3日)。よって,150万円となる。
(5) 以上より,Xが請求できる額は,Dが預金を生活費に充てた場合は160万円,浪費した場合は150万円である。
以上
3 出題の趣旨・採点実感を踏まえた解説
(1) 答案と評価項目の対応
答案の1(2)(3)が番号1〜3に,2が番号5〜8・10に,3(1)が番号11・12に,3(2)が番号13〜16に,3(3)が番号17〜19・22に,3(4)が番号20・21・23に,3(5)が番号24に,4(1)が番号29・30に,4(2)が番号37に,4(3)が番号31〜34に,4(4)が番号35・36に対応する。
重み5の番号2・3・8は答案の1・2の結論部分,番号14〜16は答案の3(2)に置いた。
誤りの回避の項目(番号4・9・25〜28・34・38)は,答案全体で該当する記載をしていない。
(2) 設問1
小問⑴では,損害賠償請求権は破産者が破産手続開始の時において有する債権であるから,34条1項によって破産財団に属する。
採点実感は,これを34条2項の「将来の請求権」と誤解した答案が相当数あったと指摘している(番号4)。
受継については,破産管財人が受け継ぐことができるのは「破産債権に関しないもの」に限られるから(44条2項前段),損害賠償請求権が破産者に対する請求権(破産債権)ではないことを示す必要がある(番号3)。
小問⑵では,最高裁昭和58年10月6日判決(民集37巻8号1041頁)が,名誉侵害を理由とする慰謝料請求権は,具体的な金額が当事者間において客観的に確定するまでは行使上の一身専属性を有し,差押えや債権者代位の対象とならないとしている。
同判決は,一定額の慰謝料を支払う旨の合意又は債務名義が成立した場合や被害者が死亡した場合に一身専属性が失われるとし,訴えの提起によって請求の意思を示しただけでは失われないともしている。
採点実感は,行使の意思を明らかにすれば一身専属性が失われるとする答案や,破産法のどの条文のどの要件の問題かを示さない答案を指摘しており(番号9・10),答案では34条3項2号(差し押さえることができない財産)を経由して44条1項の「破産財団に関する訴訟手続」の要件に結び付けた。
(3) 設問2⑴
受任通知が支払停止に当たることは,給与所得者の代理人弁護士が債権者一般に送付した債務整理開始通知を支払停止に当たるとした最高裁平成24年10月19日判決(集民241号199頁)によって説明できる。
しかし,その受任通知は申立ての2年以上前であり,162条3項の推定は申立て前1年以内の支払停止に限られ,166条は申立ての日から1年以上前の行為について支払停止を理由とする否認を禁じている。
そのため,支払停止に頼らずに,支払不能(2条11項)そのものと,それについてのCの悪意を検討することになる(番号14〜16)。
支払不能について,採点実感は,受任通知の時点で支払不能であり,和解契約と弁済は無理算段による支払にすぎないとする考え方と,和解契約と弁済によって支払不能を脱したとする考え方を示している(番号17・18)。
前者を採れば,令和5年1月から3月までの支払も支払不能後の行為となるが,その時期の悪意の認定は困難であるとされ(番号20),結論はいずれの考え方でも大きくは変わらない。
令和5年4月以降の支払については,消費者金融2社への不払と期限の利益の喪失,Cへの約定どおりの支払ができなくなったことから支払不能を認定し,Cが受任通知の時点でC以外の債務を含むAの支払不能を認識していたこと,その後自己への支払も滞ったことを認識していたことから悪意を認定するのが,採点実感が紹介する多くの答案の認定である(番号19・21)。
「Cからの反論を踏まえて」という指示については,和解契約により支払不能を脱したとの主張と,支払不能を脱したと認識していたから悪意ではないとの主張が挙げられている(番号22・23)。
採点実感は,支払停止と支払不能を混同した答案,162条3項の推定規定の適用除外を見落とした答案,Cへの支払を破産者の義務に属しないものとした答案を低い評価にとどまったとしている(番号25〜27)。
Cへの支払は和解契約に基づく義務ある弁済であるから,162条1項2号や同条2項2号の問題にはならない。
(4) 設問2⑵
遺産分割合意は,Aが対価なくその相続分をDに取得させるものであるから無償行為に当たり,令和4年5月13日の合意は,受任通知による支払停止(同年9月5日)の前6か月以内にされている(160条3項)。
採点実感は,この時期の要件に当てはめないまま現存利益だけを検討した答案が相当数あったとしている(番号30)。
なお,166条は160条3項の行為を除外しているから,支払停止が申立ての1年以上前であっても無償行為否認は妨げられない。
否認の対象は,Dが取得した遺産のうち法定相続分を超える部分(Aの法定相続分2分の1に相当する部分)に限られ,採点実感は,相続分を超えて全額を否認できるとした答案が多かったと指摘している(番号37)。
そのため,預金は20万円の2分の1の10万円,本件土地は持分2分の1が対象となる。
預金については,167条2項により,行為当時に支払停止等があったこと及び破産債権者を害することを知らなかった相手方は現存利益の償還で足りる。
採点実感は,単に費消したから現存利益がないとする答案が多かったとし,必要な生活費等に費消したのであれば,現にその利益を受けているという観点から検討できると丁寧であったとしている(番号33・34)。
本件の合意は支払停止より前であり,問題文にDの悪意をうかがわせる事実はないから,答案はDを善意とした。
本件土地については,価額算定の基準時が問題となり,最高裁昭和61年4月3日判決(集民147号489頁)は,現物の返還が不可能なためこれに代えて価額を償還すべき場合には,否認権行使時の時価をもって算定すべきであるとしている(同判決が引用する最高裁昭和41年11月17日判決(集民85号127頁)も同旨)。
本件土地はDの下にあって現物の返還が可能であるが,破産管財人は,財産の返還に代えて価額の償還を請求することができ(168条4項),答案はこの場合も否認権行使時の時価によるとした。
否認権行使時の時価300万円の2分の1である150万円に預金の10万円を加えると160万円となり,預金を浪費した場合は150万円となる。
(5) 答案の弱点と扱わなかった事項
答案は2,500字以下に収めるため,破産管財人が受け継いだ場合の相手方の訴訟費用請求権が財団債権になること(44条3項),破産管財人が回収の見込みがないと判断して裁判所の許可を得て権利を放棄する場合(78条2項12号)の扱い及び受継前に破産手続が終了した場合の扱い(44条6項)を省いた。
慰謝料請求権の金額が破産手続中に確定した場合については,34条3項2号ただし書(破産手続開始後に差し押さえることができるようになったもの)により破産財団に属するとの考え方があり得るが,公式資料はこの点に触れておらず,最高裁昭和58年10月6日判決も,破産終結の決定の後に一身専属性を失った場合について判断したものである。
最高裁昭和61年4月3日判決の判示事項は釈明権の不行使であり,価額の算定基準時は先例を引いた前提の説示である。
168条4項による償還の基準時を直接判断した最高裁判例は,裁判所ウェブサイトでは確認できなかった。
Dの善意は,問題文に記載がないことからの推認であり,Dが悪意であれば167条2項は適用されず,預金を浪費した場合でも160万円となる。
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㉒令和7年度司法試験国際関係法(私法系)第2問の模範解答と評価項目―出題の趣旨・採点実感から抽出した29項目と5段階の重み付け(AI作成)
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⑥当事者が破産したときの民事訴訟―破産手続開始による中断・受継,破産債権に関する訴訟及び慰謝料請求訴訟(AI作成)
第7 出典及び確認状態
1 公式資料
①法務省「令和7年司法試験の実施について」
②法務省「令和7年司法試験問題」
③令和7年司法試験論文式試験問題(選択科目)
④法務省「令和7年司法試験の結果について」
⑤令和7年司法試験論文式試験出題の趣旨
⑥法務省「令和7年司法試験の採点実感」
⑦令和7年司法試験の採点実感(選択科目)
2 法令
①e-Gov法令検索「破産法」(平成16年法律第75号)
②e-Gov法令検索「民法」(明治29年法律第89号)
3 裁判例
①最高裁昭和58年10月6日判決(昭和54年(オ)第719号,民集37巻8号1041頁)
②最高裁平成24年10月19日判決(平成23年(受)第462号,集民241号199頁)
③最高裁昭和61年4月3日判決(昭和58年(オ)第1447号,集民147号489頁)
④最高裁昭和41年11月17日判決(昭和37年(オ)第1323号,集民85号127頁)
4 確認状態
出題の趣旨は,令和7年司法試験論文式試験出題の趣旨のPDF(全42頁)のうち,25頁の「[倒産法]〔第1問〕」から26頁の〔第2問〕の直前までを読んだ。
採点実感は,選択科目のPDF(全45頁)のうち,倒産法の「1 出題の趣旨・狙い等」,「2 採点方針」の第1問の部分,「3 採点実感等」の第1問・第2問に共通する部分及び「⑴第1問」の全部(1〜3頁)を読んだ。
法令は,問題文の指示に従い,e-Gov法令検索の令和7年1月1日時点の版(破産法は令和6年11月18日施行の版)で確認した。
判例は,裁判所ウェブサイトの判決全文で判示を確認した(最高裁昭和41年11月17日判決は裁判要旨の確認にとどまる。)。
破産手続中に金額が確定した慰謝料請求権の帰属,遺産分割協議の否認及び支払不能の意義を正面から判示した最高裁判例は,裁判所ウェブサイトの検索では見つからなかったが,これは判例が存在しないことを意味しない。