第1 この記事の要点
本記事は,民事訴訟の係属中に原告又は被告について破産手続開始の決定がされた場合に,その訴訟がどう扱われるかを,破産法の条文と最高裁判例から整理するものである。
訴訟の代理人,相手方の代理人及び破産管財人のそれぞれが,開始決定の直後に何を確認すべきかを示すことを目的とする。
結論は次のとおりである。
①破産者を当事者とする「破産財団に関する訴訟手続」は,破産手続開始の決定によって中断する(破産法44条1項)。
②破産者が原告となって財団に属する権利を請求している訴訟(損害賠償請求訴訟等)は,破産管財人が受け継ぐことができ,相手方も受継の申立てをすることができる(同条2項)。
③破産者が被告となって破産債権を請求されている訴訟は,破産管財人が受け継ぐのではなく,破産債権の届出・調査に移り,異議等があった場合に限り,その訴訟を受け継いで額等を確定する(同法127条・129条)。
④名誉毀損による慰謝料請求権は,具体的な金額が当事者間で客観的に確定するまでは行使上の一身専属性を有し,差押えの対象とならないから,原則として破産財団に属さず,その請求訴訟は中断しない(最高裁昭和58年10月6日判決)。
⑤債権者代位訴訟と詐害行為取消訴訟は,債権者が当事者であっても中断し,破産管財人が受け継ぐことができる(同法45条)。
⑥破産財団に属するかどうかと所得税の課税関係は別の問題であり,心身の損害についての慰謝料や,不法行為により資産に加えられた損害についての損害賠償金は,所得税法上,非課税とされるものがある(所得税法9条1項18号,同法施行令30条)。
本記事の基準日は令和8年10月10日であり,条文はe-Gov法令検索の現行のもの,判例は裁判所ウェブサイトの判決全文によった。
本記事は破産手続を扱い,民事再生手続及び会社更生手続の場合は扱わない。
第2 中断の基本
1 破産財団に関する訴訟手続は中断する
破産法44条1項は,「破産手続開始の決定があったときは、破産者を当事者とする破産財団に関する訴訟手続は、中断する。」と定める。
破産手続開始の決定があると,破産財団に属する財産の管理処分権は破産管財人に専属するから(同法78条1項),破産者がそのまま訴訟を続けることはできない。
中断の対象には,破産者が財団に属する権利を請求する訴訟だけでなく,破産者に対する破産債権を請求される訴訟も含まれる。
同条2項が「中断した訴訟手続のうち破産債権に関しないもの」を破産管財人が受け継ぐと定めていることから,1項で中断する訴訟の中に破産債権に関するものがあることが分かる。
2 訴訟代理人がいても中断する
当事者の死亡等による中断を定める民事訴訟法124条1項は,同条2項で「訴訟代理人がある間は、適用しない」としている。
これに対し,破産法44条1項にはこのような例外が置かれていないから,訴訟代理人が選任されていても,破産手続開始の決定によって訴訟は中断する。
また,委任者の破産手続開始の決定は委任の終了事由とされ(民法653条2号),民事訴訟法58条1項は,訴訟代理権が消滅しない事由として当事者の死亡等を掲げているが,破産手続開始の決定を掲げていない。
破産者の訴訟代理人は,中断後の訴訟について,破産管財人又は破産者のいずれから改めて委任を受けるのかを確認する必要がある。
3 中断しない訴訟
破産財団に属しない財産に関する訴訟は,「破産財団に関する訴訟手続」に当たらないから,中断しない。
差し押さえることができない財産は,原則として破産財団に属しないとされている(破産法34条3項2号)。
後記第5の名誉毀損による慰謝料請求訴訟がその典型例である。
第3 破産者が原告の訴訟(財団に属する権利の訴訟)
1 破産管財人の受継と相手方の受継申立て
破産者が原告となって,破産手続開始前に発生した損害賠償請求権,売買代金債権又は所有権等を請求していた訴訟は,請求の対象が破産財団に属するから,中断する(破産法34条1項・44条1項)。
これらの権利は,破産者が有する権利であって,破産者に対する請求権である破産債権(同法2条5項)ではないから,中断した訴訟は「破産債権に関しないもの」に当たり,破産管財人が受け継ぐことができる(同法44条2項前段)。
相手方も受継の申立てをすることができる(同項後段)。
2 受継した場合の訴訟費用
破産管財人が受け継いだ場合,相手方の破産者に対する訴訟費用請求権は財団債権となる(破産法44条3項)。
破産管財人が受継の要否を判断するときは,勝訴の見込みと回収の見込みに加え,敗訴した場合にこの訴訟費用を財団から支払うことになる点も考慮することになる。
訴訟費用の範囲と計算は,訴訟費用とは——費目,計算方法,敗訴者負担と回収手続で整理している。
3 破産管財人が受け継がない場合
相手方の資力が乏しい場合など,破産管財人が訴訟を続けても財団の増殖が見込めないときは,破産管財人は,裁判所の許可を得てその権利を放棄することがある(破産法78条2項12号。少額の場合等は同条3項により許可を要しない。)。
放棄された権利は破産財団から離れ,破産者の管理処分に戻るから,破産者が中断した訴訟を受け継いで追行することになると考えられる。
4 破産手続が終了した場合
破産管財人が受け継いだ後に破産手続が終了すると,訴訟は再び中断し,破産者が受け継がなければならない(破産法44条4項・5項)。
受継があるまでに破産手続が終了したときは,破産者が当然に訴訟手続を受け継ぐ(同条6項)。
第4 破産者が被告の訴訟(破産債権に関する訴訟)
1 中断した後は債権の届出・調査に移る
破産者が被告となって貸金や損害賠償を請求されていた訴訟も,破産手続開始の決定によって中断する。
破産債権は,破産法に特別の定めがある場合を除き,破産手続によらなければ行使することができないから(同法100条1項),原告である債権者は,中断した訴訟を続けるのではなく,破産債権として届け出ることになる。
届け出た破産債権について,破産管財人が認め,他の届出債権者も異議を述べなかったときは,その額等が確定する(同法124条1項)。
確定した事項についての破産債権者表の記載は,破産債権者の全員に対して確定判決と同一の効力を有する(同条3項)。
2 異議等がある場合の受継
破産管財人が認めず,又は届出債権者が異議を述べた破産債権について,破産手続開始の当時訴訟が係属していたときは,その破産債権者は,額等の確定を求めるため,破産管財人及び異議を述べた届出債権者(異議者等)の全員を相手方として,訴訟手続の受継の申立てをしなければならない(破産法127条1項)。
この申立ては,一般調査期間の末日又は一般調査期日等から1か月の不変期間内にしなければならない(同条2項・125条2項)。
新たに破産債権査定の申立てをするのではなく,既に係属している訴訟を使って確定する仕組みである(同法125条1項ただし書)。
受継した訴訟では,破産債権者は,異議等のある破産債権の額及び原因等について,破産債権者表に記載されている事項のみを主張することができる(同法128条)。
届出の段階で請求の原因を訴訟と同じ内容で書いておかないと,受継後の主張が制限されることになる。
3 判決等がある債権
異議等のある破産債権のうち,執行力ある債務名義又は終局判決のあるもの(例えば,第一審判決の後,控訴審の係属中に破産手続が開始された場合)については,異議者等は,破産者がすることのできる訴訟手続によってのみ異議を主張することができる(破産法129条1項)。
この場合に訴訟が係属していれば,受継をしなければならないのは異議者等の側である(同条2項)。
異議者等が1か月の期間内に受継しなかったときは,異議はなかったものとみなされ,又は破産管財人がその破産債権を認めたものとみなされる(同条3項・4項)。
破産債権者の側から見れば,判決を得ていた債権は,異議を述べた側が訴訟を受け継がない限り確定するという点で,有利な立場に立つ。
破産管財人の側から見れば,第一審判決等のある債権に異議を述べるときは,期間内に受継の手続を取る必要がある。
第5 名誉毀損による慰謝料請求訴訟
1 最高裁昭和58年10月6日判決
最高裁判所第一小法廷昭和58年10月6日判決(昭和54年(オ)第719号,民集37巻8号1041頁)は,名誉侵害を理由とする慰謝料請求権について,被害者が請求の意思を表示しただけで具体的な金額が当事者間で客観的に確定しない間は,被害者がなお請求の意思を貫くかどうかをその自律的判断に委ねるのが相当であるとして,行使上の一身専属性を有し,差押えや債権者代位の対象とならないとした。
他方,一定額の慰謝料を支払う旨の合意又は支払を命ずる債務名義が成立したときや,被害者が死亡したときは,一身専属性を失うとした。
同判決は,被害者が訴えの提起によって請求の意思を明示しただけでは一身専属性は失われないから,既に破産宣告を受けていても,その訴えについて当事者適格を失わないとした。
また,破産終結の決定の後に一身専属性を失った慰謝料請求権については,旧破産法283条1項後段の適用がなく,破産財団に帰属しないとした。
2 破産手続開始と慰謝料請求訴訟
この判例によれば,破産手続開始の決定の時点で金額が確定していない名誉毀損の慰謝料請求権は,差し押さえることができない財産として,原則として破産財団に属しない(破産法34条3項2号)。
そのため,その請求訴訟は「破産財団に関する訴訟手続」に当たらず,中断しないで,破産者がそのまま追行する。
法務省の令和7年司法試験の出題の趣旨(倒産法第1問)も,同判決を参照して,この結論の説明を求めている。
同じ事例で,不法行為(投資詐欺)に基づく損害賠償請求訴訟は中断し,破産管財人が受継できるとされており,同じ破産者の訴訟でも請求の性質によって扱いが分かれる。
その問題の検討は,令和7年度司法試験倒産法第1問の模範解答と評価項目―出題の趣旨・採点実感から抽出した38項目と5段階の重み付けで扱っている。
3 破産手続中に金額が確定した場合
破産手続中に,判決の確定や和解によって慰謝料の金額が確定した場合については,「破産手続開始後に差し押さえることができるようになったもの」は破産財団に属するとする破産法34条3項2号ただし書との関係が問題となる。
最高裁昭和58年判決は破産終結の決定の後に確定した場合を判断したものであり,破産手続中に確定した場合を正面から判断した最高裁判例は,裁判所ウェブサイトでは確認できなかった。
交通事故の慰謝料についての見解の対立と裁判所の運用は,交通事故の被害者が自己破産した場合の損害賠償請求権の帰属で整理している。
慰謝料請求訴訟を続ける破産者の代理人は,和解で金額を確定させる時期と,破産管財人への報告の要否を,破産管財人と事前に確認しておく必要がある。
第6 債権者代位訴訟・詐害行為取消訴訟
破産債権者又は財団債権者が,民法423条1項(債権者代位権),423条の7(登記又は登録の請求権を保全するための債権者代位権)又は424条1項(詐害行為取消請求)により提起した訴訟が破産手続開始の当時係属するときは,その訴訟手続は中断する(破産法45条1項)。
これらの訴訟は,債務者の責任財産を回復・保全するためのものであり,破産手続開始後は破産管財人が財団のためにその役割を担うからである。
破産管財人は中断した訴訟を受け継ぐことができ,相手方も受継の申立てをすることができる(同条2項)。
受け継いだ場合,相手方の破産債権者又は財団債権者に対する訴訟費用請求権は財団債権となる(同条3項)。
詐害行為取消訴訟を受け継いだ破産管財人は,否認権の行使に請求を変更することが考えられる。
遺産分割協議の取消しと否認の関係は,遺産分割と詐害行為取消権・無償行為否認―相続放棄との違いで扱っている。
第7 税務上の扱い
破産財団に属するかどうかは破産法の問題であり,受け取った損害賠償金に所得税が課されるかどうかは所得税法の問題である。
所得税法9条1項18号は,損害賠償金等で心身に加えられた損害又は突発的な事故により資産に加えられた損害に基因して取得するものその他の政令で定めるものを非課税とする。
これを受けた所得税法施行令30条は,心身に加えられた損害につき支払を受ける慰謝料その他の損害賠償金(1号)と,不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金(2号)を挙げている。
ただし,同条は,これらの額のうちに,損害を受けた者の各種所得の金額の計算上必要経費に算入される金額を補塡するための金額が含まれている場合には,その金額を除くとしている。
破産者が自由財産として受け取る慰謝料も,破産管財人が受継した訴訟で回収する損害賠償金も,名目ではなく,何の損害を補塡するものかによって課税関係を確認する。
慰謝料と税金の関係は交通事故の慰謝料に税金はかかるか-確定申告・医療費控除・死亡時の取扱いで,示談金や和解金の扱いは示談金・解決金・和解金に税金はかかるか―名目ではなく補填対象・所得区分・権利確定時期で判断するで整理している。
第8 実務上の確認事項
開始決定の直後に,次の順序で確認すると,見落としを減らせる。
①係属中の訴訟ごとに,破産者が原告か被告か,請求の対象が財団に属する権利か,破産債権か,自由財産かを分ける。
②財団に属する権利の訴訟は,破産管財人が受継するか,権利を放棄するかを決め,相手方の受継申立ての有無を確認する。
③破産債権の訴訟は,債権届出の内容(原因・額)を訴訟の請求と一致させ,債権調査の結果を待つ。
④異議等があれば,調査期間の末日等から1か月以内に,受継の申立て(破産法127条)又は異議者等の受継(同法129条)を行う。
⑤慰謝料等の自由財産の訴訟は,中断しないことを前提に期日を管理し,金額を確定させる時期を破産管財人と確認する。
⑥訴訟代理人の委任関係を,破産管財人又は破産者との間で整理し直す。
第9 関連記事
①令和7年度司法試験倒産法第1問の模範解答と評価項目―出題の趣旨・採点実感から抽出した38項目と5段階の重み付け
②交通事故の被害者が自己破産した場合の損害賠償請求権の帰属
③民事訴訟の当事者が死亡したとき―訴訟手続の中断・受継,訴訟代理人がいる場合,中断中の判決と控訴期間
④遺産分割と詐害行為取消権・無償行為否認―相続放棄との違い
⑤倒産事件の実務メモ―破産・個人再生・私的整理
第10 出典
1 法令
①破産法(e-Gov法令検索)2条5項,34条,44条,45条,78条,100条,124条,125条,127条~129条
②民法(e-Gov法令検索)423条,423条の7,424条,653条
③民事訴訟法(e-Gov法令検索)58条,124条
④所得税法(e-Gov法令検索)9条1項18号
⑤所得税法施行令(e-Gov法令検索)30条
2 判例
①最高裁判所第一小法廷昭和58年10月6日判決(昭和54年(オ)第719号,民集37巻8号1041頁)
3 公式資料
①法務省「令和7年司法試験の結果について」(論文式試験出題の趣旨のうち倒産法第1問)