第1 結論と検討順序
採用後に学歴,職歴,資格,賞罰その他の申告が事実と異なると判明しても,虚偽があるという一点だけで懲戒解雇が当然に有効になるわけではない。確認すべきなのは,①会社が何を質問したか,②回答が虚偽又は重要な不告知か,③採否・配置・賃金・資格要件にどのような影響があったか,④就業規則の根拠と周知,⑤本人の認識・動機,⑥判明までの期間と勤務実績,⑦調査・弁明手続,⑧処分の均衡である。
さらに,解雇後に初めて経歴詐称が判明した場合は,元の解雇理由への後付け,新たな普通解雇,新たな懲戒解雇,労働契約の取消しを同じものとして扱わない。本記事は令和8年9月24日現在の法令と公表裁判例を基準とする。
第2 経歴詐称だけで直ちに解雇できるわけではない
1 「重要な経歴」か
経歴の重要性は,抽象的な信頼だけでなく,募集職種,採用条件,賃金体系,配置,法令上の資格,顧客への表示,安全性及び企業秩序との関係から判断する。応募書類に質問がなく,面接でも確認しておらず,真実を知っても採用・配置が変わらなかった事項は,重要性が弱い。
これに対し,必須資格を有すると偽った場合,真実の職歴では担当できない業務へ配置された場合,又は会社が合理的な範囲で明確に質問した重要事項へ積極的な虚偽回答をした場合は,処分を基礎づける方向に働く。
2 最高裁平成3年9月19日判決
炭研精工事件の最高裁第一小法廷平成3年9月19日判決は,二回の懲役刑と学歴の虚偽が就業規則上の懲戒解雇事由に該当し,他の言動も情状として考慮した原審判断を是認した。ただし,この判決は,全ての経歴不一致について懲戒解雇を認めたものではない。申告を求めた範囲,虚偽の内容,職務及び情状を確認する必要がある。
裁判所ウェブサイト掲載の別の裁判例には,前科・前歴の秘匿や小さな学歴・職歴の不一致を総合しても解雇に足りる合理性・相当性がないとして解雇を無効としたものがある。結論だけでなく事実差を比較する。
第3 懲戒解雇と普通解雇を区別する
1 懲戒解雇
懲戒は企業秩序違反に対する制裁である。就業規則に懲戒事由と懲戒の種類が定められ,労働者へ周知されていること,行為が規定に該当すること,処分が客観的に合理的で社会通念上相当であることを確認する。労働契約法15条は,懲戒がこれらを欠く場合を権利濫用として無効とする。
過去の同種事例,処分基準,虚偽の程度,故意,勤務実績,会社の調査姿勢及び弁明内容を記録する。最も重い懲戒解雇を選ぶなら,軽い処分では足りない理由を説明できなければならない。
2 普通解雇
普通解雇は,制裁としての懲戒解雇とは根拠と効果が異なる。労働契約法16条により,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当と認められない解雇は無効である。就業規則の普通解雇事由,職務遂行への現実の影響,配置転換・指導その他の手段及び雇用継続の困難性を検討する。
懲戒解雇が無効なら常に普通解雇として有効になるわけではない。意思表示の文言,就業規則及び会社が選んだ制度を前提に,別個に判断する。
第4 採用後に判明した場合
採用直後又は試用期間中の判明では,留保解約権の趣旨が問題となる。三菱樹脂事件の最高裁大法廷昭和48年12月12日判決は,試用期間を解約権留保付労働契約と捉え,採用決定当初に知ることができず,又は知ることを期待できない事実を知った場合でも,その事実に照らして雇用継続が相当でないとの判断が解約権留保の趣旨・目的に照らし客観的に合理的で社会通念上相当な場合に行使できるとした。
長期間勤務した後に判明した場合は,判明までの勤務実績,昇進,会社の評価,会社が同種事項をどの程度重視してきたかが相当性判断に影響する。虚偽が治癒されたと機械的に扱うことも,勤務実績を全く無視することも避ける。
第5 解雇後に判明した場合
1 元の解雇理由への後付け
解雇の有効性は,原則として解雇の意思表示時に存在した事実を基礎に判断される。しかし,後に発見した事実を訴訟で主張できるか,処分時に示した理由だけに拘束されるかは,普通解雇か懲戒解雇か,就業規則・労働協約の手続,解雇理由証明書の記載及び裁判例によって慎重に区別する必要がある。
特に懲戒解雇は,会社が特定の企業秩序違反を処分する意思表示である。裁判所ウェブサイト掲載の裁判例には,会社が解雇当時に知らず,解雇通知書にも記載しなかった経歴詐称を,後に元の懲戒解雇事由として追加できないとしたものがある。普通解雇一般へそのまま広げない。
2 新たな解雇
元の解雇が無効で労働契約がなお存在することを前提に,判明した事実を理由として新たな解雇の意思表示をする場面がある。その場合は,新たな解雇時点で,就業規則上の根拠,弁明,解雇予告又は予告手当,相当性を改めて満たす必要がある。元の解雇日へ当然に遡るわけではない。
3 契約の取消し
詐欺を理由とする取消しを主張するとしても,継続的な労働契約の終了について労働法上の解雇規制を潜脱できると直ちに考えるべきではない。取消しの要件,労務提供済み期間の賃金,社会保険,第三者関係及び労働契約法16条との関係を個別に検討する。
第6 調査と弁明
- 応募書類,募集要項,面接票,採用基準及び当時の担当者記録を保全する。
- 学校,資格機関又は前職への照会は,本人同意,個人情報保護及び照会先の正当性を確認する。
- 疑義を特定して本人へ示し,回答期限と資料提出の機会を設ける。
- 回答が変遷したときは,発言日時,質問文,回答及び客観資料を時系列化する。
- 採用していたか,賃金・配置を変えたかを,当時の採用基準と比較事例で検証する。
- 処分案ごとに,就業規則の条項,先例,軽減・加重事情及び代替手段を整理する。
本人の同意がない私的アカウントへの侵入,差別につながる身元調査,又は職務と無関係な情報収集を正当化するものではない。調査範囲は,疑義と職務上の必要性に比例させる。
第7 解雇予告・証明書・退職金
普通解雇でも懲戒解雇でも,労働基準法20条の解雇予告又は予告手当が原則として必要である。労働基準監督署長の除外認定は,解雇そのものの有効性を確定する制度ではなく,予告義務の除外に関する制度である。
労働者が解雇理由の証明書を請求した場合,使用者は労働基準法22条に基づき遅滞なく交付する。厚生労働省は,就業規則の条項だけでなく,該当する具体的事実関係を記載するよう示している。退職金を全部又は一部不支給とするには,就業規則の根拠に加え,勤続の功労を抹消するほどの事情があるかを別に検討する。
第8 証拠保存
会社側は,履歴書の原本,求人票,面接時の質問と回答,資格証明書,採用基準,職務記述書,賃金・配置決定資料,発覚の端緒,照会記録,本人の説明,調査報告,懲戒委員会資料,過去の処分例及び解雇通知を保存する。
「真実を知っていれば採用しなかった」という後日の供述だけでは足りないことがある。募集時の条件,過去の採否記録,同じ職種の基準及び配置上の具体的支障によって裏付ける。電子メールやチャットは,日時,送信者,添付ファイル及び取得経路が分かる形で保全する。
第9 確認済み事項と未確認事項
確認済みは,労働契約法15条・16条,労働基準法20条・22条,最高裁平成3年9月19日判決,最高裁昭和48年12月12日判決及び裁判所ウェブサイト掲載の関係裁判例である。
推論は,複数の法的手段を混同せず,判明時点,処分時点及び意思表示ごとに要件を再点検すべきという実務整理である。
未確認は,個別会社の非公開資料,地域的な裁判実務及び判例秘書を用いた「解雇後に初めて経歴詐称が判明した事案」の網羅的検索である。個別処分は,本記事だけで決定しない。
第10 出典・関連記事
①e-Gov法令検索「労働契約法」15条,16条
②e-Gov法令検索「労働基準法」20条,22条
③全国労働基準関係団体連合会・炭研精工事件(最高裁平成3年9月19日判決)
④裁判所ウェブサイト掲載判決(経歴詐称等と解雇権濫用)
⑤裁判所ウェブサイト掲載判決(解雇後に主張された経歴詐称を含む事案)
⑥厚生労働省「解雇理由の証明書」
⑦問題社員対応の基本手順(AI作成)