目次第1 弁護士職務基本規程70条・71条・73条──名誉の尊重と不利益行為の禁止1 70条(名誉の尊重)の内容と趣旨2 71条(信義に反する不利益行為の禁止)3 73条(他の弁護士等との紛議は協議・紛議調停で)4 「品位を失うべき非行」との実質判断(弁護士法56条1項)第2 懲戒事例──場面別に見た問題の表現1 準備書面等で相手方本人を攻撃した例2 相手方代理人・他の弁護士を攻撃した例3 メーリングリスト・手紙・文書・メールでの誹謗中傷や威圧4 SNS・インターネット・記者会見での表現5 懲戒請求制度の濫用・懲戒請求書での名誉毀損第3 単位弁護士会と日弁連で判断が分かれた例1 懲戒請求書の記載を取り消した例2 準備書面の記載を取り消した例第4 関連論点・関連記事出典
第1 弁護士職務基本規程70条・71条・73条──名誉の尊重と不利益行為の禁止
この記事は,弁護士が訴訟活動やSNS等で相手方,相手方訴訟代理人又は他の弁護士の名誉を毀損し,若しくは侮辱したことを理由に弁護士会から受けた懲戒処分の実例を,弁護士職務基本規程70条・71条の内容とあわせて場面別に整理したものです。
対象は,日本弁護士連合会の機関誌『自由と正義』の懲戒処分公告で確認できる事例(『自由と正義』2026年10月号まで)で,各事例には掲載号・頁と処分の効力発生日を付し,公告に記載された問題の表現をできる限りそのまま示します。
訴訟活動の中でされた表現が,相手方等に対する不法行為(民法709条)や国家賠償として違法になるかどうかは,これとは別の判断枠組みの問題であり,本記事では扱いません。その点は,関連記事「陳述書の作成が違法となる場合に関する裁判例」で整理しています。本記事は,これとは別のレイヤーである弁護士会による懲戒処分に焦点を当てます。
弁護士が他の弁護士を攻撃した場合の懲戒の根拠として,弁護士職務基本規程70条及び71条がしばしば引かれます。
もっとも,これらの条文に形式的に触れる行為がすべて直ちに懲戒事由となるわけではなく,弁護士法56条1項の「品位を失うべき非行」と同等の評価を受けるかという実質的な観点から判断されます。
1 70条(名誉の尊重)の内容と趣旨
職務基本規程70条は,次のとおり定めます。
「弁護士は、他の弁護士、弁護士法人、外国法事務弁護士、外国法事務弁護士法人及び共同法人(以下「他の弁護士等」という。)との関係において、相互に名誉と信義を重んじる。」
令和8年10月4日確認の日弁連公表の現行規程によります。以下の過去の事例に適用された旧規定と,現在の70条の文言は区別して読んでください。
その趣旨は,弁護士等が「法の支配」の担い手として法律事務の独占(弁護士法72条)を認められているところ,法律事務は国民の信頼に支えられて初めて適正に取り扱うことができるのであって,依頼者や市民の信頼を得るためには弁護士等が名誉と信義を重んじる品格ある職業集団でなければならない,という点にあると説明されています(解説弁護士職務基本規程〔第3版〕200頁,〔第4版〕226頁)。
ただし,これは弁護士が依頼者や市民より一段上にあるという意味ではありません。法廷での発言や準備書面の記載のほか,ブログやSNS等で相手方代理人の言動を取り上げて非難する行為も,場合によってはその弁護士の名誉・信用を害するものとして違法性を帯びることがあります。
2 71条(信義に反する不利益行為の禁止)
職務基本規程71条は,次のとおり定めます。
「弁護士は,信義に反して他の弁護士等を不利益に陥れてはならない。」
ここでいう「信義」は,不利益を受けた弁護士が抱く主観的な信義ではなく,自由・独立・品位を重んじ誠実かつ公正に職務を行うべき弁護士職として要求される客観的な信義を指すとされています(解説弁護士職務基本規程〔第3版〕202頁,〔第4版〕228頁)。
懲戒委員会の議決例でも,71条は積極的に不利益を与える意思までを要するものではなく,客観的に不利益を与える行為を行うこと自体が禁止されると理解されています。相手方代理人の同意なく相手方本人に会って解任通知書を作成・交付した行為について,客観的に相手方代理人へ不利益を与える以上71条に反すると判断した例があります(大分県弁護士会懲戒委員会・令和2年3月16日効力発生の議決。自由と正義2020年8月号56頁,2020年弁護士懲戒事件議決例集〔第23集〕70頁・71頁)。
解説弁護士職務基本規程〔第4版〕228頁は,71条に違反する例として,相手方代理人が自らの依頼者本人と直接交渉することを承諾しておきながら,後に前言を翻し,承諾なく直接交渉したとして懲戒請求をほのめかす行為などを挙げています。相手方本人との直接交渉の規律(職務基本規程52条)は,相手方に代理人がいるとき弁護士は本人と直接交渉してよいか-弁護士職務基本規程52条の要件と懲戒例で整理しています。
3 73条(他の弁護士等との紛議は協議・紛議調停で)
あわせて,弁護士は,他の弁護士等との間の紛議については,協議又は弁護士会の紛議調停による円満な解決に努めるものとされています(職務基本規程73条)。
相手方代理人への攻撃や懲戒請求に先立ち,まず自主的な協議や弁護士会の紛議調停による解決を図るべきことを示す規定です。
4 「品位を失うべき非行」との実質判断(弁護士法56条1項)
70条・71条に形式的に触れても,直ちに懲戒されるわけではありません。