弁護士法58条1項は,「何人も」弁護士について懲戒の事由があると思料するときは,その弁護士の所属弁護士会に懲戒を求めることができると定める。資格や利害関係を問わず,依頼者でも第三者でも懲戒請求ができるという意味で,弁護士に対する統制の仕組みとしては異例に間口が広い制度である。この広い間口がなぜ設けられているのかは,橋下徹弁護士が第1審被告となった最高裁判所平成23年7月15日判決の各補足意見が正面から論じている。本記事では,この最高裁判決の補足意見を軸に,懲戒請求に伴って懲戒請求者側に生じ得る法的責任,懲戒制度を濫用する意図があると評価された事例,そして2017年に社会問題化した大量懲戒請求問題とその司法的な決着までを整理する。
第1 弁護士法58条1項が「何人も」懲戒請求できると定める理由
1 条文と手続の全体像
弁護士法58条1項は,「何人も,弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは,その事由の説明を添えて,その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会にこれを懲戒することを求めることができる。」と定める。懲戒請求を受けた弁護士会は,同条2項によりこれを懲戒の手続に付し,綱紀委員会に事案の調査をさせなければならない。もっとも,請求すれば必ず懲戒委員会の審査に進むわけではなく,同条4項は,綱紀委員会が請求を不適法と認めるとき,懲戒の手続を開始できないと認めるとき,懲戒事由がないと認めるとき,又は事案の軽重その他情状を考慮して懲戒すべきでないことが明らかと認めるときは,懲戒委員会に事案の審査を求めないことを相当とする議決をすると定めている。この却下・棄却の仕組みは,2017年前後に社会問題化した大量懲戒請求(後記第4)への対策として新設されたものではなく,綱紀委員会・綱紀審査会を法定機関とする現行の懲戒手続の骨格が平成15年弁護士法改正(平成16年4月1日施行)に由来することによる。
懲戒請求者が弁護士会の判断に不服がある場合には,日本弁護士連合会(日弁連)へ異議を申し出ることができ(弁護士法64条),異議が却下又は棄却された場合には,弁護士以外の者で構成される綱紀審査会への審査を申し出ることができる(同法64条の3,71条)。綱紀委員会は,調査に関し必要があるときは,対象弁護士や懲戒請求者に陳述,説明又は資料の提出を求めることができる(同法70条の7)。他方,懲戒請求を受けた弁護士は,その手続が結了するまで登録換えや登録取消しの請求ができず(同法62条1項),別の地域での開業などの選択肢が制約される。さらに,懲戒の事由があったときから3年を経過すると懲戒の手続を開始することができないという除斥期間の定めもある(同法63条)。「何人にも」懲戒請求権を認める代わりに,手続の入口で不適法な請求をふるいにかけ,時間的な歯止めも設ける,という制度設計になっている。
2 最高裁判所の補足意見が示す立法趣旨
弁護士法58条1項が懲戒請求権を広く一般に認めている理由は,最高裁判所平成23年7月15日判決(平成21年(受)第1905号,最高裁判所第二小法廷,民集65巻5号2362頁)の各補足意見が詳しく述べている。この事件は,タレント活動をしていた橋下徹弁護士(第1審被告)がテレビ番組で刑事事件の弁護人らを批判し,視聴者に懲戒請求をするよう呼び掛けた行為(本件呼び掛け行為)について,弁護人であった第1審原告らが名誉毀損等を理由に損害賠償を求めた事案であり,最高裁判所は,本件呼び掛け行為が不法行為法上違法とはいえないと判断した(第1審原告らに対する懲戒請求は約600件にのぼったとされる)。判決には裁判官竹内行夫,須藤正彦及び千葉勝美の3名の補足意見が付されており,そのうち竹内裁判官の補足意見は「懲戒請求権が何人にも認められていることの意義」という見出しを立てて,制度趣旨を次のとおり詳述している。
(1) 裁判官竹内行夫の補足意見
竹内裁判官は,まず,弁護士法58条1項が「何人も」懲戒請求できると定める趣旨について,次のように述べる。
弁護士法58条1項は,「何人も」懲戒の事由があると思料するときはその事由を添えて懲戒請求ができるとして,広く一般の人に対して懲戒請求権を認めている。これは,弁護士に対する懲戒については,その権限を自治団体である弁護士会及び日本弁護士連合会に付与し国家機関の関与を排除していることとの関連で,そのような自治的な制度の下において,懲戒権の適正な発動と公正な運用を確保するために,懲戒権発動の端緒となる申立てとして公益上重要な機能を有する懲戒請求を,資格等を問わず広く一般の人に認めているものであると解される。これは自治的な公共的制度である弁護士懲戒制度の根幹に関わることであり,安易に制限されるようなことがあってはならないことはいうまでもない。
そのうえで,懲戒請求の方式について弁護士法が「その事由の説明を添えて」と定めるのみで格別の方式を要求していないことを踏まえ,「懲戒の事由があると思料するとき」の意義についても,次のとおり述べて,懲戒請求の「間口」を制約することに慎重であるべきだとする。
懲戒請求者においては,懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠なく懲戒請求をすることは許されないとしても,一般の懲戒請求者に対して上記の相当な根拠につき高度の調査,検討を求めるようなことは,懲戒請求を萎縮させるものであり,懲戒請求が広く一般の人に認められていることを基盤とする弁護士懲戒制度の目的に合致しないものと考える。制度の趣旨からみて,このように懲戒請求の「間口」を制約することには特に慎重でなければならず,特段の制約が認められるべきではない。
もっとも,竹内裁判官は,懲戒請求権を広く認めれば根拠のない懲戒請求や嫌がらせの懲戒請求も予想され,そうした請求の中には民法709条の不法行為責任を問われるものもあり得ることを指摘したうえで,弁護士法が懲戒委員会の審査に先立つ綱紀委員会の調査前置制度を設けているのは,まさにこうした懲戒請求権の濫用による不利益や弊害を防ぐためであると位置付けている。実際に,橋下弁護士の事件でも,広島弁護士会の綱紀委員会は一括調査の結果,懲戒委員会に審査を求めないことを相当とする議決を行っている。
(2) 裁判官須藤正彦の補足意見
須藤裁判官の補足意見は,懲戒請求権が広く認められる根拠を,弁護士自治の存立基盤である国民の信認に求める点に特徴がある。
弁護士自治ないしは自律的懲戒制度の存立基盤をなすのは,主権者たる国民の信認であるから,この面からも懲戒請求が認められる者の範囲は広くかつ柔軟に解されるべきであって,厳格な調査,検討を求めて,一般国民による懲戒請求の門戸を狭めるようなことがあってはならない。
同時に,須藤裁判官は,「何人も」とされていることが恣意的な懲戒請求や広範な免責を意味するものではないことも明確にし,懲戒請求者には懲戒事由の存否について調査検討義務があるとする。その理由として,懲戒請求がなされると弁護士会は必ず綱紀委員会の調査に付すため(弁護士法58条2項),対象弁護士は陳述や資料提出を求められ(同法70条の7),懲戒の手続に付されたことにより登録換えや登録取消しができなくなり(同法58条2項,62条1項),懲戒請求がなされたこと自体が知られるだけで社会的名誉や業務上の信用が低下し得るという実際上の負担を挙げている(最高裁判所平成19年4月24日判決参照)。
そのうえで,須藤裁判官は,懲戒請求が広く認められる目的は,弁護士に懲戒事由がある場合に懲戒権限が「疎にして漏らす」ことなく行使されるようにすることにあり,弁護士活動を批判するための制度でも苦情申立制度でもないと整理する。弁護士会の懲戒制度の運用や結論に不満があるからといって,衆を恃んで懲戒請求を行い,数の圧力によって弁護士会の姿勢を改めさせようとするのであれば,それは制度の利用として正しくないと述べており,この指摘は,第4で扱う大量懲戒請求問題を先取りする内容になっている。
3 日弁連が国の検討会で説明した立法趣旨
弁護士法58条1項の立法趣旨は,日弁連自身も政府の検討会で説明している。井元義久日弁連副会長(当時)は,法曹制度検討会(第4回,平成14年5月14日実施分)において,次のとおり述べた。
どうして我が国が,弁護士に対する懲戒請求を何人も行うことができるとしたのかということでございますが,これは現行弁護士法が弁護士の懲戒権を弁護士会の自治権の一部として位置づけておりまして,その結果,弁護士会に弁護士懲戒権行使を委ねておりますから,その適切な行使を可能ならしめるために広く一般の人に懲戒を請求することを認めたものであるという具合に弁護士会としては考えております。
同副会長は,あわせて,ドイツやフランスでは一般人からの弁護士懲戒請求が認められていないことを紹介し,何人にも懲戒請求を認める日本の制度が国際的に見て「開かれたもの」であると位置付けている。
第2 懲戒請求をする側に生じ得る法的責任
弁護士法58条1項が懲戒請求権を広く認めていることは,懲戒請求をする側が何をしても免責されることを意味しない。理由のない懲戒請求をした場合,請求者には次のような法的責任が生じ得る。
1 虚偽告訴罪(刑法172条)
弁護士に対する懲戒請求の内容が虚偽の申告であった場合,虚偽告訴罪(刑法172条)が成立することがある。刑法172条は「人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的で,虚偽の告訴,告発その他の申告をした者は,三月以上十年以下の拘禁刑に処する。」と定めており,懲戒処分を受けさせる目的の虚偽申告も同条の対象に含まれる。ここでいう「虚偽の申告」の意義について,最高裁判所昭和33年7月31日決定(昭和31年(あ)第1112号,最高裁判所第二小法廷,刑集12巻12号2805頁)は,「申告の内容をなすところの刑事懲戒の処分の原因となる事実が,客観的真実に反することをいう」と判示している。
2 懲戒請求をしたこと自体が懲戒事由となる場合
懲戒請求をした者自身が弁護士である場合,その懲戒請求書の記載内容によっては,請求者自身が懲戒を受けることがある。日弁連の平成24年10月16日発効の取消裁決は,「弁護士が懲戒請求書を作成した場合に,その記載内容がいかなる場合であっても,弁護士としての品位を失うべき非行にあたらないとは解されないのであって,弁護士職務基本規程第70条において,他の弁護士等との関係において,相互に名誉と信義を重んじることとされていることに鑑みれば,対象弁護士を侮辱する表現やその人格に対する誹謗中傷等については,弁護士としての品位を失うべき非行にあたる場合があるものと解すべきである」と判断した(自由と正義2012年12月号111頁)。
平成31年3月25日発効の第一東京弁護士会の懲戒事例では,弁護士である懲戒請求者本人が業務停止2月,代理人弁護士が戒告となった(自由と正義2019年7月号123頁ないし125頁)。2020年弁護士懲戒事件議決例集(第23集)19頁が引用する懲戒委員会議決書には,次の記載がある。
弁護士が自ら又は代理人として関与する場合には,懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について調査,検討することは通常人に比べ容易であり,また不当な懲戒請求により被請求者が被る不利益や弁護士自治への悪影響についても容易に認識することができるのであるから,違法な懲戒請求をした場合の非難可能性はむしろ通常人に比してより重大というべきである。
弁護士が請求人として自ら懲戒請求をする場合でも,この理は変わらない(解説弁護士職務基本規程第3版201頁は,むしろ注意義務が加重されるとする)。自らが当事者である私的紛争の一環でなされた懲戒請求であることは,情状として考慮される要素にとどまる。
3 不当な懲戒請求による損害賠償責任
弁護士法58条1項に基づく懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において,請求者が,そのことを知りながら,又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに,あえて懲戒を請求するなど,懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときは,違法な懲戒請求として不法行為を構成する(最高裁判所平成19年4月24日判決,平成17年(受)第2126号,最高裁判所第三小法廷,民集61巻3号1102頁)。同判決における裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおり述べて,懲戒請求の濫用が弁護士自治の基盤そのものを傷つけかねないことを強調している。
殊に弁護士が自ら懲戒請求者となり,あるいは請求者の代理人等として関与する場合にあっては,根拠のない懲戒請求は,被請求者たる弁護士に多大な負担を課することになることにつき十分な思いを馳せるとともに,弁護士会に認められた懲戒制度は,弁護士自治の根幹を形成するものであって,懲戒請求の濫用は,現在の司法制度の重要な基盤をなす弁護士自治という,個々の弁護士自らの拠って立つ基盤そのものを傷つけることとなりかねないものであることにつき自覚すべきであって,慎重な対応が求められるものというべきである。
なお,弁護士法58条所定の懲戒請求権及び同法64条所定の異議申出権(判決当時の条文番号では同法61条所定の異議申立権,現行64条に相当)は,懲戒制度の目的の適正な達成という公益的見地から特に認められたものであり,懲戒請求者個人の利益保護のためのものではない(最高裁判所昭和49年11月8日判決,昭和49年(行ツ)第52号,最高裁判所第二小法廷,集民113号151頁)。したがって,懲戒請求が認められなかったこと自体を理由に懲戒請求者が弁護士会や日弁連を相手に損害賠償を求めることはできない。
第3 懲戒制度を濫用する意図があると評価された事例
懲戒制度を濫用する意図をもって懲戒請求が行われたと評価された事例として,平成31年3月25日発効の第一東京弁護士会の懲戒事例がある。離婚訴訟の代理人弁護士(A)と,離婚調停の期日における相手方代理人(C)との間の紛争が発端となった事案である。
1 懲戒請求者本人の事例
対象弁護士Cは,離婚訴訟に先立つ離婚調停の期日において,相手方本人(B)の代理人であったところ,A弁護士がBを一方的に攻撃し自分は悪くないという自己弁護を記載したメールを長女に送付したなどとする発言が虚偽でありAに対する名誉毀損に当たるなどとして,その発言の基本的な部分が事実に基づくものであることを知りながら,A弁護士を代理人として,懲戒制度を濫用する意図をもって,訴訟係属中にA弁護士自身を対象とする懲戒請求を行った。第一東京弁護士会は,この行為が弁護士職務基本規程70条及び71条に違反し,弁護士としての品位を失うべき非行に当たるとして,業務停止2月とした(自由と正義2019年7月号123頁及び124頁)。2020年弁護士懲戒事件議決例集(第23集)21頁が引用する懲戒委員会議決書は,「対象弁護士Cは,離婚の解決を急いでいたが思うように話が進んでいなかったことより,懲戒請求者に対して懲戒請求する旨を伝えて懲戒請求者に圧力をかけるように指示するメールを対象弁護士Aに送信していたことから,対象弁護士Cについては,懲戒請求制度を濫用する意図が明瞭であると断ぜざるを得ない」と述べている。
2 懲戒請求者の代理人弁護士の事例
上記事案でCの代理人として懲戒請求を行ったA弁護士についても,弁護士職務基本規程70条に違反し品位を失うべき非行に当たるとして戒告とされた(自由と正義2019年7月号124頁及び125頁)。A弁護士は,Cの発言が虚偽で名誉毀損に当たることを知っていたにもかかわらず,Cの弁解を軽信してしかるべき調査を尽くさずに懲戒請求を行ったと認定された。もっとも,2020年弁護士懲戒事件議決例集(第23集)21頁及び22頁によれば,A弁護士は懲戒委員会における陳述態度に反省の情が顕著であり,懲戒請求者が希望する高額な示談金を支払って示談を成立させ,懲戒請求者から懲戒請求を取り下げる旨の供述を得たことなどの事情が考慮され,「今回に限り」戒告処分とするのが相当とされている。この事例は,懲戒請求を行う代理人弁護士には,通常人以上に高度な調査検討義務が課され,他の弁護士等との関係における名誉と信義を重んじる規定(弁護士職務基本規程70条)の適用も厳格になり得ることを示している。
第4 2017年の大量懲戒請求問題-「何人も」の濫用と司法的是正
第1で見た竹内・須藤両裁判官の補足意見は,懲戒請求権が広く認められる代わりに,「衆を恃んで」数の圧力によって弁護士会の姿勢を改めさせようとする請求のあり方には慎重であるべきだと述べていた。この懸念は,橋下弁護士の事件の判決から数年後,現実の大規模な事件として顕在化した。
1 事案の概要
日弁連が編纂した『日弁連七十年』第5章は,2017年に発生した大量懲戒請求問題について,次のとおり記録している。
2017年,かつてない規模の大量懲戒請求事案が発生し,それは,全国の21弁護士会に対して800人を超える者からの請求となった。その請求事由は,弁護士会が基本的人権擁護の観点から政府の政策に対して意見を述べたこと(具体的には,日弁連の2016年7月29日付け「朝鮮学校に対する補助金停止に反対する会長声明」や各地の弁護士会における同様の意見表明。)を非難するものであり,……特定の団体又は個人が,インターネットで賛同者を募ることにより……多数の懲戒請求をなしたもので,個々の弁護士の非行を問題とするものではなかった。
同一書式による懲戒請求が特定の弁護士に対して数百件から千件近い規模で一斉に提起される例が相次ぎ,実際に,後記のとおり判例秘書プラスで内容を確認できた東京高等裁判所令和元年5月14日判決も,同一書式による懲戒請求が「約960件提起されていた」事実を認定している。懲戒事由として挙げられたのは,対象弁護士が所属弁護士会の会長声明に賛同・容認しその活動を推進したこと,あるいは在日コリアン弁護士で構成される団体と連携したことであり,弁護士の懲戒事由(弁護士法56条1項の「品位を失うべき非行」)とは本来無関係な,弁護士会の意見表明そのものへの反対や,対象弁護士の民族的出自を理由とする非難であった。
2 日弁連の対応
日弁連は,「全国各地における弁護士会員多数に対する懲戒請求についての会長談話」(平成29年12月25日)を発表し,全会員又はそれに準ずる規模の会員に対する懲戒請求は,懲戒請求の形をとりながらもその内容が弁護士会活動への反対意見の表明であって個々の弁護士の非行を問題とするものでない限り,懲戒請求として取り上げることは相当でないとの見解を示した。あわせて,日弁連は平成30年3月14日に「懲戒手続の諸問題に関する検討ワーキンググループ」を設置し,大量懲戒請求事案を含む手続上・運用上の課題への対応を検討している(『日弁連七十年』第5章)。この対応は,第1で述べた既存の弁護士法58条4項(不適法な請求等について懲戒委員会の審査を求めない旨の議決をする仕組み)の枠内で行われたものであり,大量懲戒請求問題を受けて弁護士法自体が改正されたわけではない。
3 損害賠償請求訴訟の帰趨
大量懲戒請求を受けた弁護士の中には,請求者に対して不法行為に基づく損害賠償を求める訴訟を提起した者もあり,その一部について,判例秘書プラスで判決内容を確認できた。
東京高等裁判所令和元年5月14日判決(平成30年(ネ)第5402号,判例秘書の判例番号 L07420152)は,一審原告(対象弁護士)が,一審被告による懲戒請求は不法行為を構成するとして民法709条,710条に基づき慰謝料等の支払を求めた事案の控訴審である。原審(東京地方裁判所)は,一審被告が適式の呼出しを受けながら口頭弁論期日に出頭せず答弁書等も提出しなかったことから請求原因事実を自白したものとみなし,慰謝料30万円及び弁護士費用3万円の合計33万円の限度で請求を認容していたところ,控訴審は,慰謝料及び弁護士費用を合計11万円に減額した。判決文は,東京弁護士会が対象弁護士について,懲戒事由とされた会長声明への賛同等の行為は品位を失うべき非行と評価できないこと,及び在日朝鮮人で構成される弁護士団体と連携した事実を認定すべき証拠がないことを理由に,綱紀委員会が懲戒委員会に審査を求めないことを相当とする議決をしたことも認定している。
名古屋地方裁判所令和3年12月16日判決(令和2年(ワ)第4038号,判例秘書の判例番号 L07651075)は,選定当事者訴訟の形式で,原告(対象弁護士)が,朝鮮学園に通う児童・生徒への学費補助を求める県弁護士会会長声明に賛同・容認しその活動を推進したこと,及び在日コリアン弁護士協会と連携したことを懲戒事由とする各懲戒請求について,これらの事由が事実上又は法律上の根拠を欠くことは明らかであり,弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠き不法行為を構成するとして,選定者及び被告らそれぞれに対し損害賠償を命じた(各自3万3000円,請求額は各自11万円)。
この名古屋地方裁判所判決に対する控訴審である名古屋高等裁判所令和4年7月6日判決(令和4年(ネ)第27号,同第387号,判例秘書の判例番号 L07720260)は,各懲戒請求が「原告をその出身に係る属性のみで差別し,一連の強烈な表現を用いて非難するもので原告の名誉感情を侵害する」ものであったと評価し,懲戒請求に先立ってブログを通じた懲戒請求の呼び掛けが行われていたことを損害額の算定で被告側に有利に斟酌することは相当でないとし,さらに,原告が他の懲戒請求者らから和解金等の支払を受けていたとしても,それによって原告の損害が填補されるものではないとして,双方の控訴をいずれも棄却し,原審の認容額を維持した。この事案は,最高裁判所平成19年4月24日判決が確立した「事実上又は法律上の根拠を欠く懲戒請求で相当性を欠くもの」という不法行為の判断枠組みを,組織的・大量の懲戒請求という現代的な場面へ適用し,かつ請求の動機に含まれる差別的な性質を損害の評価に反映させた点で意義がある。
第5 弁護士の告発・警告文がもたらす別の紛争
懲戒請求だけでなく,弁護士が第三者を刑事告発したり,相手方に警告文を送付したりする場面でも,懲戒請求と同様の考慮が問題となる。
1 弁護士の告発が懲戒事由となる限界事例
弁護士が告発をする場合,弁護士は事実の調査及び検討について一般人より高度な能力を有し,弁護士法1条及び2条の趣旨は被告発者の人権にも一般人以上に配慮することを求めているから,告発の根拠の調査及び検討について一般人より高度な注意義務が課せられる。日弁連の平成19年10月14日発効の裁決は,審査請求人が弁護士法違反の疑いで第三者を告発した行為について,告発する約2週間前に警察署に相談し告発を受理し捜査するという言明を得たうえで告発しており,慎重な行動をとっていたことなどから,告発の根拠の調査及び検討について注意義務を尽くしたと評価し,山梨県弁護士会が品位を失うべき非行に該当するとした原処分(平成19年4月4日発効,戒告)を取り消した(自由と正義2007年12月号198頁,同2007年7月号150頁)。
2 告発予告・刑事責任の予告が懲戒事由となった事例
告発の予告や刑事責任の予告を,別の民事上の要求を実現する手段として用いることは,懲戒事由となり得る。令和3年2月9日発効の大阪弁護士会の懲戒では,婚姻費用分担請求事件の代理人であった対象弁護士が,審判確定後の支払方法を巡る交渉の中で,婚姻費用の支払とは無関係な詐欺罪での告発を持ち出し,強制執行をするのであれば刑事告発をすると記載した書面を送付した行為について,戒告とされた(自由と正義2021年6月号94頁)。同じく令和3年2月9日発効の大阪弁護士会の別の懲戒では,退職を求める相手方に対し,聴き取り調査や弁明の機会を与えないまま「刑事事件に発展する可能性がある」等と記載して犯罪成立や立件の可能性を殊更に示し,退職届の提出を迫った通知が,退職勧奨の通知として著しく適切さを欠くものと評価され,戒告とされている(自由と正義2021年8月号54頁)。
3 告訴が不法行為を構成する場合
広島高等裁判所平成31年3月14日判決(平成30年(ネ)第132号,同第146号,判例秘書の判例番号 L07420797,判例時報2474号106頁。裁判所ウェブサイトには掲載されていない)は,司法書士である一審被告が,遺言執行者の辞任を求められたことに対抗する意図で,代理人弁護士(一審原告)に対して弁護士法58条1項に基づく懲戒請求をし,さらに刑事告訴(強要未遂罪)をした事案である。同判決は,懲戒請求について,一審被告が事実上,法律上の根拠を欠くことを知り得たのにあえて懲戒請求に及んだものであり,弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認めて違法な懲戒請求による不法行為の成立を認めたうえで,告訴についても次のとおり判示し,告訴人に課される注意義務は懲戒請求者に課される注意義務よりも高度になるとした。
告訴は,被告訴人を犯罪者であると名指しするものであり,対象者である弁護士等に品位を失うべき非行があったこと等を理由とする懲戒の請求に比べ,被告訴人に対する非難の程度が異なり,その名誉等が毀損される程度はより大きい。そうすると,過失による不法行為における告訴人の注意義務は,懲戒請求者のそれ(平成19年判決参照)に比べ高度なものというべきであり,告訴人が,被告訴人に犯罪の嫌疑をかけることを相当とする客観的根拠を確認すべき注意義務を怠った場合には,違法な告訴として不法行為を構成するものと解すべきである。
同判決は,一審被告による懲戒請求と告訴の両方によって一審原告(弁護士)が被った精神的損害を慰謝する金額を合計100万円,弁護士費用相当額を10万円と認め,合計110万円の損害賠償を命じた。
4 相手方に対する警告文で留意すべき事項
相手方(代理人がいる場合はその代理人)に対する警告文で,「民事責任又は刑事責任が生じる可能性もありますので,重々ご留意ください」という表現を用いる例が見られるが,こうした表現を用いる際には注意を要する。クロスレファレンス民事実務講義(第3版)6頁は,弁護士としての「手紙」の出し方として,相手方代理人から「いかなる民事責任又は刑事責任が生じることになるのか,明示して説明されたい」という返答が想定されることを指摘し,特に刑事責任の予告については脅迫と紙一重であるから,現実に告訴手続を取る覚悟が依頼者にあるのかを十分に検討すべきだとする。同書は,民事の紛争において刑事責任の予告を行うことのプラスの効果と,いたずらに相手方を刺激し感情的対立を激化させるマイナスとを比較すると,それが依頼者の利益になるケースはほとんどないと指摘し,代理人に対する場合は「紛争をいたずらに深刻化させることになりますので,ご留意いただきますようお願いいたします」,代理人がいない相手方に対しては「法的な責任が生じる可能性もありますので,ご留意くださいますようお願いします」といった表現を代替案として挙げている。
第6 関連記事
弁護士の懲戒制度に関しては,以下の記事もあわせて参照されたい。
- 弁護士会の懲戒手続
- 弁護士の懲戒事由
- 弁護士法56条1項の「品位を失うべき非行」の具体例
- 弁護士の懲戒処分と取消訴訟
- 弁護士の職務の行動指針又は努力目標を定めた弁護士職務基本規程の条文
- 弁護士に対する懲戒請求事案集計報告(平成5年以降の分)
出典
法令
- 弁護士法56条,58条,61条,62条,63条,64条,64条の3,70条の7,71条(e-Gov法令検索)
- 弁護士職務基本規程70条,71条(日本弁護士連合会「弁護士法・会則・会規等」ページ掲載の現行規程)
- 刑法172条,民法709条,710条(e-Gov法令検索)
裁判例
- 最高裁判所平成23年7月15日判決(平成21年(受)第1905号,最高裁判所第二小法廷,民集65巻5号2362頁) https://www.courts.go.jp/hanrei/81507/detail2/index.html
- 最高裁判所昭和33年7月31日決定(昭和31年(あ)第1112号,最高裁判所第二小法廷,刑集12巻12号2805頁) https://www.courts.go.jp/hanrei/50474/detail2/index.html
- 最高裁判所平成19年4月24日判決(平成17年(受)第2126号,最高裁判所第三小法廷,民集61巻3号1102頁) https://www.courts.go.jp/hanrei/34555/detail2/index.html
- 最高裁判所昭和49年11月8日判決(昭和49年(行ツ)第52号,最高裁判所第二小法廷,集民113号151頁) https://www.courts.go.jp/hanrei/70412/detail2/index.html
- 東京高等裁判所令和元年5月14日判決(平成30年(ネ)第5402号,判例秘書の判例番号 L07420152)
- 名古屋地方裁判所令和3年12月16日判決(令和2年(ワ)第4038号,判例秘書の判例番号 L07651075)
- 名古屋高等裁判所令和4年7月6日判決(令和4年(ネ)第27号,同第387号,判例秘書の判例番号 L07720260)
- 広島高等裁判所平成31年3月14日判決(平成30年(ネ)第132号,同第146号,判例秘書の判例番号 L07420797,判例時報2474号106頁。裁判所ウェブサイト未掲載)
公文書・団体資料
- 日本弁護士連合会「全国各地における弁護士会員多数に対する懲戒請求についての会長談話」(平成29年12月25日) https://www.nichibenren.or.jp/document/statement/year/2017/171225.html
- 『日弁連七十年』第5章「大量懲戒請求問題」(日本弁護士連合会) https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/jfba_info/publication/70kinenshi_5-3.pdf
- 法曹制度検討会(第4回,平成14年5月14日実施分)議事概要(首相官邸。原URLは削除済みのためInternet Archive Wayback Machineによる2021年10月28日収集分) https://web.archive.org/web/20211028090551/https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sihou/kentoukai/seido/dai4/4gijiroku.html
文献
- 自由と正義2007年7月号150頁,同2007年12月号198頁,同2012年12月号111頁,同2019年7月号123頁ないし125頁,同2021年6月号94頁,同2021年8月号54頁(日本弁護士連合会)
- 2020年弁護士懲戒事件議決例集(第23集)18頁,19頁,21頁,22頁(日本弁護士連合会)
- 解説弁護士職務基本規程(第3版)201頁
- 京野哲也編著『クロスレファレンス民事実務講義』(第3版,ぎょうせい)6頁