この記事は,弁護士のSNS・インターネット上の表現をめぐる懲戒として,いわゆる「タヒね」懲戒とその取消し,表現の自由との関係,対象弁護士の日弁連総会における発言を取り上げるものです(2026年7月時点の法令・裁判例に基づきます。)。
目次
- 第1 「タヒね」懲戒とその取消し
- 第2 侮辱・名誉毀損の法的責任(概要)
- 第3 表現の自由と萎縮効果
- 第4 対象弁護士の日弁連総会における発言
- 第5 ウェブ上の表現で懲戒された例との対比
- 第6 関連論点・関連記事
- 出典
第1 「タヒね」懲戒とその取消し
令和3年3月1日発効の大阪弁護士会の戒告では,次の行為について,弁護士法56条1項に定める品位を失うべき非行に該当すると判断されました(月刊大阪弁護士会2021年3月号60頁,自由と正義2021年7月号126頁)。
対象会員は,懲戒請求者から国家賠償請求訴訟について委任を受け訴訟代理人として活動していたが,その後辞任を求められ,これを受託して辞任届を提出した。その後,着手金の返還を巡るやりとりのころ,弁護士の肩書きとともに登録氏名及び法律事務所名を表示したツイッターにおいて,「金払わん奴はタヒね」「金払うつもりないなら法律事務所来るな」「弁護士費用を踏み倒すやつはタヒね」等とツイートを行った。
もっとも,この戒告は,被懲戒者の審査請求に基づき,令和4年5月17日付の日弁連の裁決で取り消され,被懲戒者は懲戒しないこととされました(自由と正義2022年7月号163頁~164頁の裁決の公告)。単位弁護士会の懲戒処分が日弁連で取り消されることがある一例です。
裁決の理由の要旨によれば,日弁連は,ツイートが「弁護士報酬の支払いを不履行にする者」を対象とするもので懲戒請求者を具体的に名指ししていないこと,ツイートには自己の愚痴や不満の感情を発散させるための手段という面も認められること,「タヒね」等は軽薄で下品な表現であるものの,いまだ懲戒処分を行うことが相当とまでは言えないこと,弁護士といえども私的な発言は表現の自由の対象として広く許されるべきであり,過去の処分例との公平性を考慮することも重要であることなどを挙げています。
ただし,原弁護士会の判断は相当であるとの少数意見があったことも付記されています。
第2 侮辱・名誉毀損の法的責任(概要)
SNS上の暴言は,懲戒とは別に,民事・刑事の責任を生じさせることがあります。要点だけを挙げると,次のとおりです。
- 事実を摘示しないで公然と人を侮辱した場合,侮辱罪が成立します(刑法231条)。侮辱罪の法定刑は,令和4年の刑法改正で引き上げられ,現在は「1年以下の拘禁刑若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」です。
- インターネットの個人利用者による表現行為であっても,摘示した事実を真実と誤信したことについて,確実な資料・根拠に照らして相当の理由があると認められるときに限り,名誉毀損罪は成立しません(最高裁平成22年3月15日決定)。
- 自己の正当な利益を擁護するためやむをえず他人の名誉を損なう言動をした場合は,その他人が行った言動に対比して,方法・内容において適当と認められる限度を超えない限り,違法性を欠くとされています(最高裁昭和38年4月16日判決参照。学界誌の記事をめぐる民事の名誉毀損の事案です。)。
民事の侮辱(名誉感情の侵害)が違法となる基準や,侮辱罪の法定刑引上げの経緯など,より詳しい整理は,別記事「陳述書の作成が違法となる場合に関する裁判例」の該当箇所を参照してください。
第3 表現の自由と萎縮効果
令和元年9月9日付の東京弁護士会の意見書(「裁判官の市民的自由を萎縮させない対応を求める意見書」)には,次の記載があります。
いかなる表現行為が「許容される限度を逸脱」するのかが示されないでされる制約は,許容される表現行為の予測可能性を奪い,裁判官の表現行為に萎縮的効果を与えるものである。そのことは,一般市民との合理的な差異の不明確性とも相まって,一般市民の表現活動にも予測可能性を奪うおそれがあり,一般市民の表現活動についても萎縮効果を与えることにつながりかねない懸念がある。
表現の自由については,市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)19条が,すべての者が意見を持つ権利と表現の自由についての権利を有するとしつつ,その行使には特別の義務・責任が伴い,法律により,他の者の権利・信用の尊重や公の秩序等の目的のために必要とされる一定の制限を課すことができるとしています。
第4 対象弁護士の日弁連総会における発言
「タヒね」懲戒の対象弁護士は,令和2年9月4日の日弁連定期総会において,新型コロナウイルス感染症に関する宣言・決議の件(第6号議案)に関して,日弁連執行部を強く批判する発言をしました。いわゆる「谷間世代」(貸与金世代)の弁護士の経営の苦しさを踏まえ,弁護士の経営基盤への配慮を欠いたまま「弁護士の使命」を説くだけでは市民への法的サービスは実現できない,という趣旨の発言です。弁護士の懲戒や会務をめぐる会内の意見対立を示す一例として参考になります。
第5 ウェブ上の表現で懲戒された例との対比
これに対し,法律事務所のホームページのコラムで,社会的な論争に関する批判の対象者の氏名を異なる読み方で殊更に呼称して侮辱する記述をした弁護士について,埼玉弁護士会は懲戒しないと決定しましたが,日弁連は懲戒請求者の異議の申出を受けてその決定を取り消し,戒告としました(2022年4月18日効力発生,自由と正義2022年6月号90頁~91頁)。
日弁連は,その記述が批判の対象者の主張とは無関係に,人格の象徴である氏名を対象に侮辱したもので反論も困難であること,インターネット上で無制限に拡散して完全には抹消できていないこと,法律事務所のホームページに代表弁護士の肩書を付して掲載したこと,反省の程度が薄いことなどを挙げています。
この戒告の取消しを求める訴えは棄却され,上告も棄却・不受理とされて確定したことが公告されています(自由と正義2024年4月号70頁)。
第1の例と比べると,特定の対象者に向けた人格攻撃と認定できるか,批判の対象となった言動と表現に関連があるか,弁護士の肩書や事務所の媒体を使ったか,拡散や削除の状況,反省の程度が,判断を分けていると考えられます。
このほか,懲戒処分の公告には,インターネット上やグループ内での投稿を理由とする次のような処分例があります。
- 依頼を受けたストーカー被害の事件について,依頼者の承諾なく,当事者をイニシャルで示して事件の内容,処理内容及び依頼者を非難する評価をブログに記載した(東京弁護士会,業務停止1月,自由と正義2009年3月号161頁)。
- 手続代理人を務めた家事事件の審判書や抗告審決定書の一部の画像をツイッターに投稿し,相手方と子を特定できる状態にした(神奈川県弁護士会,戒告,自由と正義2023年8月号64頁)。
- 損害賠償請求の相手方に対し,個人情報を「晒す」と告げ,自己のツイッターのアカウントに相手方の写真,氏名,生年月日,居住地等を掲載した(大阪弁護士会,戒告,自由と正義2024年6月号97頁以下)。
- 約200人のメンバーがいるLINEグループで,動画の制作を委託していた会社の代表者の社会的評価を低下させる投稿や,名誉感情を著しく害する投稿をした(東京弁護士会,戒告,自由と正義2025年11月号63頁)。
- 秘密保持契約に基づいて開示された相手方の売上げの情報を,複数の弁護士が閲覧できるフェイスブックのグループチャットに投稿した(大阪弁護士会,戒告,自由と正義2021年1月号83頁)。
- 日弁連の委員会のメーリングリストに,懲戒請求者を一方的に非難する感情的な記事を投稿した(京都弁護士会,戒告,自由と正義2009年1月号151頁)。
公開範囲が限られたグループやメーリングリストでの投稿であっても,懲戒の対象になり得ることが分かります。
第6 関連論点・関連記事
- 侮辱・名誉毀損・名誉感情侵害の民刑事責任の詳細は,「陳述書の作成が違法となる場合に関する裁判例」を参照してください。
- 準備書面・SNS・手紙等での相手方・他の弁護士に対する名誉毀損・侮辱の懲戒事例は,「訴訟活動における名誉毀損・侮辱と弁護士会の懲戒」で扱っています。
- 「品位を失うべき非行」の判断枠組みと具体例は,「弁護士法56条1項の「品位を失うべき非行」-判断枠組みと50の懲戒例(AI作成)」を参照してください。
- 懲戒制度の総論は,「弁護士の懲戒事由」を参照してください。
出典
法令
- 弁護士法56条,刑法231条(いずれもe-Gov法令検索により現行条文を確認)
- 市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)19条
裁判例
懲戒公告・ウェブ資料
- 月刊大阪弁護士会2021年3月号(令和3年3月1日発効の大阪弁護士会の戒告)
- 自由と正義2021年7月号126頁(大阪弁護士会の戒告の公告)
- 自由と正義2022年7月号163頁~164頁(上記戒告を取り消した日弁連の裁決の公告)
- 自由と正義2022年6月号90頁~91頁(日弁連が埼玉弁護士会の決定を取り消してした戒告の公告)
- 自由と正義2024年4月号70頁(上記戒告の取消訴訟の判決確定の公告)
- 自由と正義2009年1月号151頁,2009年3月号161頁,2021年1月号83頁,2023年8月号64頁,2024年6月号97頁,2025年11月号63頁(第5の処分例の公告)
- 東京弁護士会「裁判官の市民的自由を萎縮させない対応を求める意見書」(令和元年9月9日付)