第1 「新年のことば」の位置付け1 裁判所職員向け広報誌の転載であること2 「想定外の事象」を述べた部分の読み方第2 令和8年前後に重なった制度移行1 民事訴訟手続のフェーズ32 刑事手続及び少年審判手続3 家族法改正第3 民事訴訟のデジタル化が実務に及ぼす影響1 オンライン申立てと新旧事件の併存2 システム送達と障害時の対応3 予算資料から分かることと分からないこと第4 家族法改正と家庭裁判所の負担1 共同親権と単独親権の選択2 家庭裁判所調査官の関与3 人的・物的基盤をめぐる問題第5 家事調停委員の高齢化と人材確保1 確認できる統計2 「ボランティア」ではないこと第6 従前の記事から訂正した点1 公表資料で裏付けられる問題意識2 公表資料で確認できない事実3 職名及び制度説明の訂正第7 裁判所におけるAI利用と本記事の限界1 最高裁判所長官の令和8年5月会見2 AIによる架空発言を記事に用いる場合の限界出典・参考資料1 法令2 裁判所・法務省等の公表資料3 弁護士会資料4 文献
第1 「新年のことば」の位置付け
1 裁判所職員向け広報誌の転載であること
令和8年1月に公表された「新年のことば」は,裁判所内の広報誌に掲載された裁判所職員向けの文章を,裁判所ウェブサイトに転載したものである。発信者は今崎幸彦最高裁判所長官であり,令和8年に集中する制度移行を前に,準備,組織運営及び職場環境について裁判所職員に呼び掛けた文章と位置付けるのが相当である。
したがって,この文章は,裁判官,裁判所書記官,家庭裁判所調査官又は調停委員の個別の発言を収録したものではなく,内部告発や実態調査でもない。従前の記事に掲載していた一人称の発言は,実在する関係者の発言又は内心ではなく,AIが作成した架空のモノローグであったため,本リライトでは公表資料によって確認できる事実と評価を明確に区別する。
2 「想定外の事象」を述べた部分の読み方
新年のことばは,大規模なシステム開発と情報通信基盤の刷新を同時並行で進める中で,想定外の事象の発生を完全になくすことは困難であると率直に認めている。ただし,その直後には,情報をできる限り早期かつ幅広く共有し,職員が一体となって取り組める環境を整える必要があるとも記載されている。
この記載は,制度移行にリスクがあることを認識した組織運営上のメッセージと読むことができる。他方で,これだけから,最高裁判所事務総局が現場支援を拒否した,障害対応を個々の職員に丸投げした,又は失敗の責任を現場だけに負わせたと認定することはできない。
第2 令和8年前後に重なった制度移行
1 民事訴訟手続のフェーズ3
令和8年5月21日,改正民事訴訟法及び改正民事訴訟規則が全面施行され,オンライン申立て,訴訟記録の電子化,インターネットによる送達等を含む民事訴訟手続のフェーズ3が始まった。新年のことばが公表された時点では施行準備中であったが,本記事のリライト時点である令和8年8月9日には既に運用段階に入っている。
もっとも,令和8年5月21日の対象は民事訴訟を中心とする手続であり,民事執行,倒産,労働審判,非訟,人事訴訟及び家事事件のオンライン申立て等は対象外である。これらの手続は令和10年6月までのデジタル化が予定されているため,「全ての裁判手続が同日に同じシステムへ移行した」と理解してはならない。
2 刑事手続及び少年審判手続
新年のことばは,刑事訴訟手続及び令状のデジタル化に関する規定が令和9年3月までに施行されることにも触れている。少年審判手続については,刑事手続のデジタル化の検討状況と少年審判手続の特質を踏まえ,デジタル化後の在り方を検討する必要があるとされた。
したがって,新年のことばが扱うのは民事訴訟だけではなく,数年にわたり順次進む裁判手続全体の移行である。この時間軸を押さえると,令和8年に必要とされたのが単発のシステム導入ではなく,新旧の手続を併存させながら業務を再設計する作業であったことが分かる。
3 家族法改正
令和8年4月1日には,父母の離婚後等の子の養育に関する令和6年法律第33号が施行された。離婚後の父母双方を親権者と定めることを可能にする制度のほか,養育費,親子交流,養子縁組及び財産分与等について広範な見直しが行われた。
新年のことばは,家庭裁判所が担う役割の重さに加え,調停に新たな協議事項や手続が加わること,期日間隔の短縮を含む調停運営の改善が必要であることを指摘している。民事訴訟のデジタル化と家族法改正は同一の制度ではないが,全国の裁判所が短期間に複数の大きな制度変更へ対応したという点で共通する。
第3 民事訴訟のデジタル化が実務に及ぼす影響
1 オンライン申立てと新旧事件の併存
改正民事訴訟法132条の10により,裁判所のシステムを利用したオンライン申立てが可能となり,同法132条の11により,委任を受けた訴訟代理人等は原則としてオンラインで申立て等をしなければならない。令和8年5月20日以前に提起された事件には旧手続が残るため,裁判所と法律事務所の双方で新旧事件の運用を区別する必要がある。
また,オンライン化は紙の文書を単にPDFへ置き換える作業ではない。利用者登録,提出権限,ファイル形式,手数料納付,送達,記録の閲覧及びダウンロード,補助者の権限管理までを含む業務設計の問題である。具体的な提出実務については,mintsの実務解説及びmints後の証拠説明書も参照されたい。
2 システム送達と障害時の対応
裁判所の説明によれば,システム送達の効力は,対象文書の閲覧時,ダウンロード時,又は閲覧等が可能になった旨の通知発出から1週間を経過した時のうち,最も早い時に生じる。東京弁護士会の実務資料は,補助者を含むアカウント利用者の閲覧と期限管理が結び付くことを踏まえ,メールの振り分け,担当者の指定及び不在時の代替確認を事務所内で整える必要性を指摘している。
裁判所側の電子計算機の故障その他の責めに帰することができない事由がある場合には,民事訴訟法132条の11第3項及び民事訴訟規則52条の14に基づく書面提出の例外が問題となる。障害が発生した場合は,裁判所が公表する稼働状況,提出先裁判所への連絡,期限及び代替提出の要件を個別に確認すべきであり,システム停止が直ちに判決の無効,上訴又は再審をもたらすわけではない。
3 予算資料から分かることと分からないこと
最高裁判所の令和8年度概算要求説明資料には,電子申立て,電子事件管理,電子記録管理,AI-OCR,ウェブ会議支援及び電子署名関係ソフト等の経費が計上されている。これは,デジタル化にシステムの運用維持と利用支援が必要であることを示すが,予算計上それ自体から,システムが破綻する,又は最高裁判所事務総局が技術的に制御できないと結論付けることはできない。
裁判所が開発してきたシステムの経緯については,mints,RoootS及びTreeeSに関する記事を参照されたい。また,年度別資料の所在は,最高裁判所の概算要求書にまとめている。予算資料を読む際は,要求の目的,対象年度,システムの役割及び運用開始後に公表された情報を分け,支出額に評価を代替させないことが重要である。
第4 家族法改正と家庭裁判所の負担
1 共同親権と単独親権の選択
(続きを読む...)令和8年最高裁判所長官「新年のことば」を読む―民事裁判のデジタル化,家族法改正とAI(AIリライト)