第1 結論
1 一律禁止ではないが,内容と方法が問題となる
検察官と裁判官が法廷外で接触することを一律に禁止する明文規定は見当たらない。
期日の候補日,証人の出頭可能日その他の手続的な事項については,公判の準備のために法廷外の調整が必要となることがある。
他方,当事者の一方だけが裁判官に事件の実体,証拠の評価,求刑,量刑見通しその他の判断に影響し得る事項を伝えることは,裁判の公正に対する疑念を招き,被告人及び弁護人の反論・防御の機会を失わせるおそれがある。
したがって,問題の有無は,「法廷外で会った」という一点だけで決まるものではなく,①面談の目的,②話題,③一方当事者だけの接触であったか,④相手方に内容が開示され,意見を述べる機会があったか,⑤裁判官の判断形成に影響し得る内容であったか,⑥外観上も裁判の公正に疑念を生じさせるものであったかを踏まえて判断する必要がある。
2 公表資料から確認できる範囲
公表資料からは,裁判所と当事者との間で行われるすべての法廷外連絡について,全国共通の詳細な運用基準や実施件数が明らかにされているとは確認できない。
本記事は,国会答弁,現行法令,裁判例,裁判所の職務説明及び弁護士倫理に関する文献から確認できる判断枠組みを整理するものである。
第2 平成28年11月24日の国会答弁
1 質問の内容
参議院法務委員会において,山口和之参議院議員は,検察官が裁判官と法廷外で面談している実態の有無,裁判所が検察官との面談にどのように対応しているか,及び法廷外面談に関するガイドラインの必要性を質問した。
この質疑は,第192回国会参議院法務委員会第10号(平成28年11月24日)の発言番号086~091に収録されている。
2 法務省刑事局長の答弁
林眞琴法務省刑事局長は,おおむね次の趣旨を答弁した。
① 検察官は,必要に応じて,法廷以外の場所で裁判官と面談することがあると承知している。
② 裁判所における具体的な対応について法務当局の立場から答えることは困難であるが,一般に,検察官が裁判官と面談する場合,裁判の公正について疑念を生じさせることのないよう配慮しているものと承知している。
③ 法廷以外の場所での面談を一律に禁止する規定はなく,様々な事情の下で必要に応じて行われるため,ガイドラインの策定が必要であるとは考えていない。
答弁資料の注記では,期日の打合せ等のために法廷外で裁判官と協議する場合があり,通常は裁判の公正について疑念を生じさせないよう,裁判官,検察官及び弁護人が場所等について調整する旨も説明されている。
3 答弁の射程
この答弁は,法務省刑事局長が検察当局の認識を述べたものであり,裁判所による全国的な実態調査の結果でも,個別の面談の適法性を判断した裁判例でもない。
また,「一律禁止規定がない」ことは,事件の実体に関する一方的な接触まで許容されることを意味しない。
法廷外の事務的な調整と,裁判官の心証形成に影響し得る実体的な協議とを区別して読む必要がある。
第3 刑事訴訟法上の判断枠組み
1 裁判官の独立と公平な裁判所
日本国憲法76条3項は,すべて裁判官はその良心に従い独立してその職権を行い,憲法及び法律にのみ拘束されると定めている。
また,同法37条1項は,すべて刑事事件において,被告人が公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を保障している。
同法82条1項は,裁判の対審及び判決を公開法廷で行うことを原則としている。
もっとも,同項によって,期日調整その他の事務連絡まで常に公開法廷で行うことが求められるわけではない。
したがって,法廷外面談を検討する際には,裁判官が実際に偏ったかどうかだけでなく,被告人その他の関係者から見て裁判の公正に合理的な疑念を生じさせるかという外観も重要となる。
2 除斥及び忌避
刑事訴訟法20条~22条は,裁判官の除斥及び忌避を定めている。
同法21条1項は,裁判官が職務の執行から除斥されるべき場合のほか,不公平な裁判をするおそれがあるときに,検察官又は被告人が裁判官を忌避できると定めている。
最高裁昭和48年10月8日第一小法廷決定(刑集27巻9号1415頁)は,裁判官の忌避制度について,裁判官が当事者と特別な関係にあること,手続外で既に事件について一定の判断を形成していることその他の手続外の要因により,その裁判官について公正で客観性のある審判を期待できない場合に,裁判官を事件の審判から排除して裁判の公正及びこれに対する信頼を確保する制度である旨を述べている。
もっとも,忌避制度は,訴訟手続上の措置に対する単なる不服を別の形で争うための制度ではない。
最高裁昭和47年11月16日第二小法廷決定(昭和47年(し)第51号,刑集26巻9号515頁)は,手続内における審理の方法又は審理態度は,原則としてそれだけでは直ちに忌避事由にならず,異議,上訴等の不服申立方法によって救済を求めるべきであるとした。
ただし,同決定は,審理の方式が著しく違法不当であるため,手続外の要因の存在を示すものと認めるべき特段の事情がある場合まで否定したものではない。
3 訴訟指揮と立証の促し
刑事訴訟法294条は公判期日における訴訟指揮を裁判長の権限とし,同法297条は証拠調べの範囲,順序及び方法を定め,又は変更する場合に検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴くことを定めている。
刑事訴訟規則208条は,裁判長が釈明を求め,又は立証を促すことができると定めている。
このため,裁判長が検察官又は弁護人に立証を促すこと自体が直ちに不当となるわけではない。
問題は,促しの内容及び方法が訴訟指揮の範囲にあるか,一方当事者に秘密裏に有利な立証を補充させるものとなっていないか,相手方が内容を知り,異議や反論を述べる機会を確保されているかという点にある。
4 証拠調べにおける双方の手続保障
刑事訴訟法298条は当事者による証拠調べの請求及び裁判所による職権証拠調べを定め,同法299条は,相手方が証人等を知り,又は証拠書類・証拠物を閲覧する機会を与えることなどを定めている。
また,刑事訴訟規則190条2項は,証拠調べの請求について相手方又はその弁護人の意見を聴き,職権で証拠調べをする場合には検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴くことを定めている。
これらの規定は,事件の実体に関する働き掛けを,原則として双方が内容を知り,意見を述べられる手続の中で行うべきことを考える上で重要である。
第4 東京高裁令和7年1月31日判決
1 事案と本記事との関係
東京高裁令和7年1月31日判決(令和6年(ネ)第599号)は,いわゆる砂川事件再審請求を担当していた裁判官と米国大使等との法廷外の接触が問題とされた国家賠償請求事件の控訴審判決である。
検察官との面談を直接扱った裁判例ではないが,裁判官が事件の関係者又はこれに準ずる立場の者と訴訟手続外で接触した場合の判断枠組みを示すものとして参考になる。
2 判決が示した考え方
同判決10頁~12頁は,裁判官が事件の被害者その他これに類する立場の者と密接な関係を形成すれば,裁判官としての職務の公正について疑念を生じさせるおそれがあるため,訴訟手続外で面会することは避けるべきであるとした。
他方,同判決は,訴訟手続外で面会したことだけから,直ちに忌避事由が認められるとはしなかった。
接触の目的,経緯,発言内容及び裁判官の具体的な判断形成に関する情報が伝えられたかなどを検討している。
3 「不適切」と「忌避事由」の区別
同判決17頁及び22頁~25頁は,審理の進行状況,判断時期等に関する一部の発言について,裁判の公正を疑わせかねず不適切であったと評価した。
しかし,合議の具体的な内容,裁判官の心証又は判決の見通しを伝えたことは認められないとして,忌避事由に当たるとも,公正な裁判を受ける権利を侵害したとも認めなかった。
この判決からは,外観上避けるべき又は不適切な接触と,法的に忌避事由又は権利侵害に当たる接触とは,区別して検討されることが分かる。
なお,再審請求段階の忌避申立てについては,東京高裁平成29年11月15日決定(平成28年(く)第149号)がある。
同決定は法定の申立事由に関する判断を含むものであり,問題となった面談の内容を全面的に適切であると認定した決定として引用するのは正確でない。
第5 裁判所の事前調整と法曹三者の交流
1 現在の裁判所の職務説明
裁判所の地方裁判所の裁判官・裁判所書記官・裁判所事務官の仕事を紹介するページは,刑事事件について,裁判官は予断や偏見を持たずに審理を行い,検察官や弁護人など訴訟関係人との事前の調整は主に裁判所書記官が担い,裁判所事務官が補助すると説明している。
これは採用広報上の一般的な職務説明であり,すべての連絡経路を定める法規範ではない。
もっとも,日程その他の事務的調整と,裁判官による実体判断とを分け,前者を主として書記官が担うという現在の裁判所の説明として参考になる。
2 令和4年の質問主意書と政府答弁
裁判官・検察官・弁護士の交流に関する質問主意書は,特定地域で裁判官,検察官及び弁護士が参加するとされた定期的な懇親行事等の適否を質問した。
これに対する令和4年10月14日付け答弁書は,裁判官又は弁護士の交流の適否について政府として答える立場にないとし,検察官の個別具体的な行為の適否は事案ごとに判断されるべきであるとした。
この質問主意書は社交・交流を対象とするものであり,係属事件の実体について裁判官と検察官が一方的に協議することの適否を直接扱ったものではない。
3 弁護士倫理及び検察の基本姿勢
弁護士職務基本規程77条は,弁護士が受任事件について,裁判官,検察官その他裁判手続に関与する公務員との縁故その他の私的関係があることを不当に利用してはならないと定めている。
この規定は私的関係の存在自体を一律に禁止するものではなく,その不当な利用を禁止するものである。
日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著『解説弁護士職務基本規程〔第3版〕』(日本弁護士連合会,平成29年)212頁は,同条の趣旨及び適用範囲を解説している。
また,法務省の検察の理念は,検察官が厳正公平,不偏不党を旨として職務を行うことを掲げている。
裁判所法49条は,裁判官が職務上の義務に違反し,若しくは職務を怠り,又は品位を辱める行状があった場合を懲戒事由としている。
ただし,同条も個々の法廷外面談の可否を直接定める規定ではない。
これらは,法廷外面談の一律の可否を定める規定ではないが,私的関係又は一方的接触によって公正への信頼を損なわないことが法曹共通の重要な要請であることを示している。
第6 公開投稿にみる問題提起
1 2件の公開投稿
平成24年12月29日の公開投稿には,刑事事件の判決後に検察官が裁判官室を訪れ,挨拶や意見交換を行ったとの体験談が記載されている。
また,令和2年7月14日の公開投稿には,裁判官が法廷外で検察官に追加立証を促したとされる場面についての問題提起が記載されている。
2 評価上の注意
これらは公開投稿者の体験又は見解であり,裁判記録その他の一次資料によって具体的な経緯と発言内容を確認できたものではない。
したがって,一般的な実務慣行又は個別事件における違法・不当な面談の存在を証明する資料として扱うことはできない。
もっとも,判決後の意見交換であっても秘密情報や係属中の関連事件に触れれば別の問題が生じ得ること,及び立証の促しが認められる場合でも一方当事者だけに秘密裏に行えば公正への疑念や防御機会の問題が生じ得ることを考える素材にはなる。
第7 実務上の確認事項
1 面談の適否を検討するための項目
法廷外面談が問題となった場合,少なくとも次の事項を具体的に確認する必要がある。
① 面談の日時,場所,参加者及び所要時間
② 面談を申し入れた者及び目的
③ 期日調整等の事務的事項か,証拠評価,主張,求刑,量刑その他の実体的事項か
④ 相手方当事者又は弁護人に事前又は事後の通知があったか
⑤ 面談内容が記録化され,相手方に開示されたか
⑥ 相手方に異議,反論又は追加立証の機会が与えられたか
⑦ 面談が裁判官の具体的な心証,合議内容又は判断見通しに及んだか
⑧ 合理的な第三者から見て,裁判の公正に疑念を生じさせる外観があるか
2 法的評価を急がないこと
「法廷外で会った」という事実だけで直ちに違法又は忌避事由と断定することも,「一律禁止規定がない」という理由だけで問題がないと断定することも適切でない。
事実関係を特定した上で,刑事訴訟法上の忌避,訴訟指揮,証拠調べにおける手続保障,職務上の倫理及び裁判の公正に対する外観を区別して検討すべきである。
第8 関連記事
1 関連する記事
第9 出典・参考資料
1 法令・規則
2 国会・政府・裁判所の公表資料
第192回国会参議院法務委員会第10号(平成28年11月24日)
3 裁判例
最高裁昭和47年11月16日第二小法廷決定(昭和47年(し)第51号,刑集26巻9号515頁)
最高裁昭和48年10月8日第一小法廷決定(刑集27巻9号1415頁)
東京高裁平成29年11月15日決定(平成28年(く)第149号)
4 文献
中山善房・古田佑紀・原田國男・河村博・川上拓一・田野尻猛編『大コンメンタール刑事訴訟法〔第三版〕第1巻』(青林書院,令和4年)260頁
日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著『解説弁護士職務基本規程〔第3版〕』(日本弁護士連合会,平成29年)212頁