裁判官の定年が70歳又は65歳とされた根拠

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目次
1 最高裁判所裁判官の定年が70歳とされた理由
2 簡易裁判所判事の定年が70歳とされた理由
3 その他の裁判官の定年が65歳とされた理由
4 裁判官について定年制を導入した理由
5 平均寿命及び平均余命の変化
6 75歳から89歳までを高齢者とすべきとする,日本老年学会及び日本老年医学会の提言
7 関連記事

1 最高裁判所裁判官の定年が70歳とされた理由
(1) 裁判所法逐条解説中巻155頁によれば,最高裁判所裁判官の定年が70歳とされた理由は以下のとおりです。
① 経験の豊富な識見の高い一流の人物をなるべく年齢に制限されずに広く求めうる余地を存することが望ましいこと。
② 最高裁判所は,法律審で,事実審ではないから,肉体的負担が下級裁判所の裁判官に比べて比較的少ないこと。

③ 定員が少ないので,高齢に達するまで心身ともに健康な人物を採用しうること。
(2) 司法省民事局が昭和22年3月頃に作成した,(第十一次)裁判所法案質疑応答(「終戦後の司法制度改革の経過」に掲載されている資料です。)にも同趣旨のことが書いてあります。 

2 簡易裁判所判事の定年が70歳とされた理由
(1) 裁判所法逐条解説中巻156頁によれば,簡易裁判所判事の定年が70歳とされた理由は以下のとおりです。
① 簡易裁判所判事は,国民ともっとも密接に接触する裁判官であり,特に老練熟達な法曹が任命されることが望ましいこと。
② 一般の裁判官の定年は65歳,一般の検察官の定年は63歳であるから,これにより定年に達して退官した裁判官又は検察官をもさらに簡易裁判所判事として任命しうることとなること。
③ 簡易裁判所で取り扱う事件は,事案が比較的軽微なものが多いから,一般の裁判官の激務に比べれば,老齢者にとりそれほどの負担とならないこと。
(2) 伊藤義男司法大臣は,昭和22年11月29日の参議院司法委員会において以下の趣旨説明をしています(①及び②の理由と同趣旨のことを述べています。)。
 裁判所法は、御承知のごとく、本年五月三日から施行されておりますが、その後半歳の間に情勢も変化し、その上裁判所法施行の実績に徴しまして、同法を若干改正する必要が生ずるに至りました。そこで政府はこの法律案を提出いたした次第でありまして、改正の要点は、次の四点であります。
(中略)
 第四点は、簡易裁判所判事の定年を、年齢六十五年から七十年に引上げた点でありまして、第五十條の改正がそれであります。御承知の通り、簡易裁判所判事は、國民と最も密接に接触する裁判官であり、特に老熟練達な法曹が任命されることが望ましいのでありますが、定年が六十五歳であるために、多くの老練な退職判檢事弁護士が簡易裁判所判事に任命されることを躊躇しておられる事実が、裁判所法施行後次第に判明して参りました。そこで、定年を年齢七十年に引上げることにいたしましたが、この改正によつて、政府は老練な退職判檢事弁護士が続々簡易裁判所判事に任命されることを期待している次第であります。
 以上がこの法律案提案の理由であります。どうぞ愼重御審議の上速やかに可決されんことをお願い申上げます。
(3) 昭和23年1月1日法律第1号に基づき,昭和23年1月1日以降,簡易裁判所判事の定年が70歳となりました。

3 その他の裁判官の定年が65歳とされた理由
(1) 奥野健一司法省民事局長は,昭和22年3月15日の衆議院裁判所法案委員会において以下の答弁をしています。
   最高裁判所の裁判官は、一流の人物を廣くとり得る範圍を擴める必要がありまする關係上、なるべく年齡の制限を置かない方が適當であろうと考えまして、年齡七十以下の人の、廣く人材を求め得る途を特に加えたわけであります。なおそのほかにも、下級裁判所におきましては最高裁判所の機能と違いまして、事實審理をやることをいたしますので、やはり何と言いましても單に法律自身のみをやる最高裁判所よりも、肉體的等におきまして勞力が劇職と考えられますのでやはり年齡も最高裁判所の裁判官よりは若いところの、肉體的に働き得る年齡ということで、現行よりは——現行法におきましては、普通の裁判官は六十三歳、大審院長のみが六十五歳でありますのを、大審院長並みに六十五歳に引上げたわけであります。
(2) 昭和23年12月21日法律第260号に基づき昭和24年1月1日に設置された家庭裁判所の裁判官の定年についても,高等裁判所及び地方裁判所の裁判官の定年と合わせて65歳とされました。

4 裁判官について定年制を導入した理由
(1) 憲法79条5項は最高裁判所裁判官の定年を法律事項としていて,憲法80条1項ただし書は下級裁判所裁判官の定年を法律事項としています。
(2) 金森徳次郎 憲法担当国務大臣は,昭和21年6月28日の衆議院本会議において以下の答弁をしています(ナンバリング及び改行を追加しました。)。
① 第三の判事の定年制の問題であります、御承知の通り裁判官は其の職務の性質上、其の身分を保障せらるることは言を俟たないのであります、隨て濫りに之を罷免するが如きことのないやうにしなければならぬと存じます、
   併しながら之を終身官とするに於きましては、又老朽無能の人が此處に集まる虞があるのであります、是は愼まなければならぬと思ひます、
   隨ひまして一定の年限を保障して、其の年限に達すれば退官すると云ふことが最も適當であらうかと存ずるのであります、
② 若朽無能の者に付きましては、七十四條(山中注:日本国憲法78条に相当するもの)に於て之を罷免する規定を設けて居りますから、是で十分運用が出來ると存じます
(3)ア 金森徳次郎 憲法担当国務大臣は,昭和21年7月22日の衆議院帝国憲法改正案委員会において以下の答弁をしています(ナンバリング及び改行を追加しました。)。
① 七十五條の第一項(山中注:日本国憲法79条5項に相当するもの)に於きまして、所謂裁判官の停年制の原理を認めて居る譯であります、
   停年制と申しますものは固より御推察になつて居りまする通り、一定の年齡に到達致した裁判官に付きまして、唯年齡が其の段階に至つたと云ふことだけで其の退官を求めると云ふことになります、
   謂はば玉石共にやると云ふことになりまして、甚だ面白くないと云ふ感じは私共も平素から持つて居るのであります、
併し實際問題に當嵌めて行きまして、中々必要な審査を個別的に加へまして其の人に退官を求めると云ふことは因難な事情がありまして、今日一般の方面に於て其の弊害を認め詰り玉石共にやると云ふ制度を設けないと云ふことに對して弊害を感ぜられて居る部面があるのであります、
② 日本人が情誼に厚くして冷靜にものをやれないと云ふ癖があるのかも知れませぬけれども、中々此の退職の圓滿なる道行きが旨く行きませぬ、
或る場合には、必要なる所まで行かないで、まだ十分活動出來ると云ふ時に其の身分が消滅すると云ふ事例がありまして、是は最近の事例は知りませぬけれども、一般行政官に於きましては、殆ど五十歳を超えては相當の地位の人が其の職務を保ち得ないと云ふ事情であります
   如何に日本人が早熟でありましても、隨て早く衰へるに致しましても、五十歳では無理だと思ひますけれども、大體に於て打切られて居る學校の先生なども國民學校等に於きましては其の傾向が可なり強かつたのであります、
   さう云ふ點はやはり停年と云ふものを理念的な標準に依つて決めまして、それより下で馘られることも原則としてはないのだ、それより上では職務が執れないと云ふことに致しますと、一面に於て畫一から來る弊害も考へられますが、必ずしも大局から見て、それが惡い結果を齎さないと云ふことを考へた譯であります、
③ 實情を申しますと、此の七十五條の第一項の規定は、初めは畫一の年齡を此の憲法の上に明文を以て定めようとして居りましたが、是は少しく無理であります、
   大體觀察から言つて何歳を以て停年にして宜いかと云ふことは中々決め兼ねるのであります、
   殊に特別なる重要なる地位になりますると、それはかなり廣い範圍から選ばれたる人が其の地位にありまするので、其の人の個性を或る程度まで考へ得るのでありますから、機械的な一般的な年齡だけでは不十分でもある譯であります、
   さう云ふことを考へまして、七十五條では年齡を憲法で規定を致しませぬで、法律を以て、各裁判所のやつて居る一般の状況を考へまして實行上成べく旨く行けるやうな、而も世間から非難を受けないやうな停年を決めたいと考へて居ります

④ 「アメリカ」の最高裁判所がやはり停年制がない爲に不便を感じて居るかどうかと云ふことは、我々の方から斷言は出來ませぬけれども「ニューデイール」問題等の時に相當の波瀾を起しまして、九十歳近くの人が果して其の地位を占めて居つて宜いかどうかと云ふ疑惑の爲に、大統領が特別なる企てをしたと云ふことも聞いて居ります、さう云ふことを考へますと、さう不自然なものではないと考へます
イ 憲法で読むアメリカ現代史HP「第19回 ロペズ事件と、変わらぬ憲法解釈、変わる憲法解釈」には以下の記載があります。
   これら一連の違憲判決(山中注:1933年6月の全国産業復興法(NIRA)等を違憲とする連邦最高裁の判決)にいらだつローズベルト大統領は、再選を果たして間もない1937年2月、70歳に達した最高裁判事が辞任しない場合大統領は新しい判事を6人まで任命できるとする法律の制定を、議会に要請する。当時9人の最高裁判事中6人が70歳を超えており、そのうちの5人が特に政府の権限を制限する伝統的な憲法解釈に特にこだわっていた。彼らが最高裁に残っても、通商条項やデュープロセス条項の解釈変更を是とする判事の数を増やせば違憲判決を防げる。大統領の提案は、70歳を超えた判事は耄碌して正しい判断ができないといわんばかりであった。最高裁はこの動きに強く反発し反論を試みる。大統領と最高裁が真っ向から対立し、憲政上の危機が生じた。
   ただし議会は民主党が圧倒的多数を占めるにもかかわらず、結局、同法案を可決しなかった。最高裁の定員増によって大統領が最高裁判決の行方を左右できるようになれば、司法の独立が失われ三権分立というアメリカ憲法のもっとも重要な仕組みが大きく損なわれる。大統領への過度の権限集中は独裁につながりかねない。議会はそう判断して同年7月この法律制定を拒否したのである。憲政の危機はこうして乗り越えられた。

5 平均寿命及び平均余命の変化
(1) 大正10年当時の日本人男性の平均寿命は42.06歳であり,65歳男性の平均余命は9.31年でした(厚生労働省HPの「表2 完全生命表における平均余命の年次推移」参照)。

(2) 昭和22年当時の日本人男性の平均寿命は50.06歳であり,昭和35年当時の日本人男性の平均寿命は65.32歳であり,平成28年当時の65歳男性の平均余命は19.55年でした(厚生労働省HPの「主な年齢の平均余命」参照)。
(3) 「世界の平均寿命ランキング・男女国別順位、WHO 2018年版」によれば,イエメン(142位)の平均寿命が65.3歳であり,アフガニスタン(157位)の平均寿命が62.7歳であり,ソマリア(177位)の平均寿命が55.4歳であり,レソト(183位。統計がある中では最下位)の平均寿命が52.9歳です。
(4) 高輪1期の矢口洪一 元最高裁判所長官は,平成11年11月27日に東京九段の専修大学で開催された,第17回全国裁判官懇話会全体会において以下の発言をしています(判例時報1698号12頁)。
 これだけ平均余命がのびれば、二十二歳で裁判官にならなくても、三〇歳ぐらいでいいし、定年も六五歳でなくて七〇歳でいいかもしれません。

6 75歳から89歳までを高齢者とすべきとする,日本老年学会及び日本老年医学会の提言
(1) 高齢者の定義と区分に関する、日本老年学会・日本老年医学会 高齢者に関する定義検討ワーキンググループからの提言(概要) (2017年1月5日付)には以下の記載があります。
 日本老年学会、日本老年医学会では、2013 年に高齢者の定義を再検討する合同ワーキンググループを立ち上げ、高齢者の定義についていろいろな角度から議論を重ねてまいりました。近年の高齢者の心身の健康に関する種々のデータを検討した結果、現在の高齢者においては 10~20 年前と比較して加齢に伴う身体的機能変化の出現が 5~10 年遅延しており、「若返り」現象がみられています。従来、高齢者とされてきた 65 歳以上の人でも、特に 65~74 歳の前期高齢者においては、心身の健康が保たれており、活発な社会活動が可能な人が大多数を占めています。また、各種の意識調査の結果によりますと、社会一般においても 65 歳以上を高齢者とすることに否定的な意見が強くなっており、内閣府の調査でも、70 歳以上あるいは 75 歳以上を高齢者と考える意見が多い結果となっています 。

 これらを踏まえ、本ワーキンググループとしては、65 歳以上の人を以下のように区分することを提言したいと思います。
65~74 歳 准高齢者 准高齢期 (pre-old)
75~89 歳 高齢者 高齢期 (old)
90 歳~ 超高齢者 超高齢期 (oldest-old, super-old)
(2) 2017年1月5日付の提言は,一般社団法人日本老年学会HP「提言・見解」に載っています。

7 関連記事
① 戦前の判事及び検事の定年
② 裁判官及び検察官の定年が定められた経緯(日本国憲法の制定経緯を含む。)
③ 幹部裁判官の定年予定日

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