第1 この記事が扱う対象
「非常勤裁判官」は,民事調停法及び家事事件手続法が定める民事調停官及び家事調停官の通称であり,本記事はこの2つの職の法的根拠,沿革,任命,権限,身分及び手当を,現行法(令和8年8月時点)に基づいて整理するものである。
生成AIを用いて条文及び立法当時の一次資料を確認し,条文番号及び日付を原典と照合した上で構成した。
個々の任命者の氏名,所属弁護士会及び発令年月日の一覧は本記事の対象外であり,非常勤裁判官(民事調停官及び家事調停官)の名簿に譲る。
参考までに,最高裁判所が公表した令和7年10月1日発令分の「調停官採用決定者名簿」によれば,同日付けで新たに採用された民事調停官は8人,家事調停官は31人である。
第2 非常勤裁判官と調停委員の違い
非常勤裁判官(調停官)と調停委員は,いずれも非常勤の立場で調停手続に関わる点で似ているが,法的な位置付けは異なる。
民事調停法23条の2第1項は,「民事調停官は,弁護士で五年以上その職にあったもののうちから,最高裁判所が任命する。」と定め,家事事件手続法250条1項も同様に,家事調停官の任命資格を弁護士で5年以上その職にあった者に限っている。
これに対し,民事調停法8条1項が定める民事調停委員は,調停委員会の一員として調停に関与するほか,裁判所の命を受けて他の調停事件について専門的な知識経験に基づく意見を述べる等の職務を行う者であって,弁護士に限られない。
民事調停委員及び家事調停委員規則1条によれば,調停委員は,弁護士資格を有する者のほか,紛争解決に有用な専門的知識経験を有する者又は社会生活上の豊富な知識経験を有する者で人格識見の高い者の中から,最高裁判所が任命する。
権限の面でも違いがある。
調停委員は,調停主任又は裁判官及び他の調停委員とともに調停委員会を構成する一員であり,単独で調停事件を処理する権限を持たない。
これに対し,調停官は,後記第5のとおり,調停委員会によるか単独かを問わず調停手続を主宰し,裁判官と同等の権限を行使することができる点で,調停委員とは異なる。
調停委員の役割及び実務の詳細は,調停委員の役割と実務――民事・家事調停の進め方,権限と限界を参照されたい。
第3 制度の沿革
1 平成15年改正による創設
民事調停官及び家事調停官の制度は,司法制度改革のための裁判所法等の一部を改正する法律(平成15年法律第128号)第4条(民事調停法の一部改正)及び第6条(家事審判法の一部改正)により,「第二章 民事調停官及び家事調停官の制度の創設」という章名の下に新設された。
同法附則1条は,同法の施行期日を原則として平成16年4月1日としつつ,民事調停官及び家事調停官の制度創設に関する部分(第二章)については平成16年1月1日から施行する旨を定めている。
制度創設の趣旨について,最高裁判所事務総長は,令和7年度(最情)答申第70号に対する説明として,「調停官の制度は,弁護士任官の促進のための環境整備を図り,裁判官の給源を多様化するとともに,弁護士の有する多様な知識,経験や専門性を活用して,調停手続の紛争解決機能を一層充実強化し,ますます複雑困難化している調停事件に的確に対応する趣旨で設けられたものである」と説明している。
2 家事調停官の根拠規定の移管
家事調停官の根拠規定は,制度創設時には家事審判法(昭和22年法律第152号)に,前記の改正により新設された26条の2として置かれていた。
その後,家事審判法を全部改正して制定された家事事件手続法(平成23年法律第52号)が平成25年1月1日に施行され,家事審判法は廃止された。
これに伴い,家事調停官の任命等に関する規定は家事事件手続法250条に,権限等に関する規定は同法251条に,それぞれ引き継がれている。
第4 任命資格,任命権者及び任期
民事調停官及び家事調停官の任命資格,任命権者及び任期は,次のとおりいずれも共通である。
①任命資格は,弁護士で5年以上その職にあったことである(民事調停法23条の2第1項,家事事件手続法250条1項)。
②任命権者は,最高裁判所である(同各項)。
③任期は2年であり,再任されることができる(民事調停法23条の2第3項,家事事件手続法250条3項)。
④勤務の形態は,いずれも非常勤である(民事調停法23条の2第4項,家事事件手続法250条4項)。
なお,任免に関し法律に定めのない事項は,いずれも最高裁判所規則で定めるものとされている(民事調停法23条の2第6項,家事事件手続法250条6項)。
第5 権限
1 民事調停官の権限
民事調停官は,裁判所の指定を受けて,調停事件を取り扱う(民事調停法23条の3第1項)。
民事調停官は,その取り扱う調停事件の処理について,調停委員会により又は単独で調停手続を主宰する権限のほか,同法17条所定の調停に代わる決定をする権限その他,同法の規定により裁判所又は裁判官が行うものとして定められた民事調停に関する権限を行うことができる(同条2項)。
これらの権限は,調停委員会の一員である民事調停委員の権限とは異なり,調停委員会によらず単独で行使することができる点に特徴がある。
2 家事調停官の権限
家事調停官は,家庭裁判所の指定を受けて,家事調停事件を取り扱う(家事事件手続法251条1項)。
家事調停官は,その取り扱う家事調停事件の処理について,家事事件手続法において家庭裁判所,裁判官又は裁判長が行うものとして定める権限を行うことができる(同条2項)。
家事事件手続法248条1項は,調停委員会を「裁判官一人及び家事調停委員二人以上」で組織する旨を定めているところ,同条自体は家事調停官を挙げていないが,前記の251条2項による権限付与を通じて,家事調停官が家庭裁判所又は裁判官の権限として定められた事務(調停委員会の主宰を含む。)を行うことができる。
3 独立してその職権を行う旨の規定
民事調停法23条の3第3項は「民事調停官は,独立してその職権を行う。」と定め,家事事件手続法251条3項も同一の文言で家事調停官について定めている。
この規定により,調停官は,裁判所の内部における指揮監督を受けることなく,自らの判断で調停事件を処理することができる。
民事調停官は,その権限を行うについて裁判所書記官に対し必要な命令をすることができ(民事調停法23条の3第4項),家事調停官は,裁判所書記官のほか,家庭裁判所調査官及び医師である裁判所技官に対しても必要な命令をすることができる(家事事件手続法251条4項)。
第6 身分保障並びに除斥及び忌避
民事調停官及び家事調停官は,法定の解任事由に該当する場合を除いては,在任中,その意に反して解任されることがない(民事調停法23条の2第5項,家事事件手続法250条5項)。
解任事由は,①弁護士法7条各号のいずれかに該当するに至ったこと,②心身の故障のため職務の執行ができないと認められたこと,③職務上の義務違反その他調停官たるに適しない非行があると認められたことの3つに限られている(同各項各号)。
除斥及び忌避についても定めがある。
民事調停官の除斥及び忌避については非訟事件手続法11条,12条並びに13条2項から4項まで,8項及び9項の規定が準用され,その裁判は,当該民事調停官の所属する裁判所(簡易裁判所に所属する場合は,その所在地を管轄する地方裁判所)が行う(民事調停法23条の4)。
家事調停官の除斥及び忌避については家事事件手続法10条,11条並びに12条2項から4項まで,8項及び9項の規定が準用され,その裁判は,当該家事調停官の所属する家庭裁判所が行う(同法15条)。
いずれの制度でも,忌避された調停官自身が,自らに対する除斥又は忌避の裁判をすることができる点は共通する。
第7 手当その他の給付
民事調停官には,別に法律で定めるところにより手当が支給されるほか,最高裁判所の定めるところにより旅費,日当及び宿泊料が支給される(民事調停法23条の5)。
家事調停官についても,同様の手当及び旅費等の支給が定められている(家事事件手続法251条5項)。
非常勤裁判官(民事調停官及び家事調停官)の名簿が掲載する「民事調停官及び家事調停官に支給すべき手当の額について」(平成15年12月3日付けの最高裁判所事務総長の通達。平成26年3月18日最終改正)によれば,定例執務日に執務したときの非常勤裁判官の日当は3万1300円である。
第8 弁護士任官との関係
第3の1のとおり,調停官の制度は,弁護士任官の促進のための環境整備という趣旨も併せ持つものとして創設された。
もっとも,調停官への就任と,判事又は判事補という常勤の裁判官への任官(狭義の弁護士任官)とは,任命の根拠規定及び選考手続を異にする別個の制度である。
調停官を務めた弁護士がその後に常勤の裁判官へ任官する例は存在するが,非常勤裁判官(民事調停官及び家事調停官)の名簿に掲載した資料によれば,そのような例は調停官全体の中で少数にとどまっており,調停官の制度が常勤裁判官への任官のための主要な経路になっているとまではいえない。
弁護士任官一般の状況については,弁護士任官者研究会の資料を参照されたい。
出典
1 法令
①民事調停法(昭和26年法律第222号)8条,17条,23条の2,23条の3,23条の4,23条の5(e-Gov法令検索)
②家事事件手続法(平成23年法律第52号)10条,11条,12条,15条,248条,250条,251条(e-Gov法令検索)
③弁護士法(昭和24年法律第205号)7条(e-Gov法令検索)
④民事調停委員及び家事調停委員規則1条(裁判所)
2 沿革資料
①司法制度改革のための裁判所法等の一部を改正する法律(平成15年法律第128号)第4条,第6条及び附則1条(衆議院制定法律)
3 公文書
①令和7年度(最情)答申第70号(令和8年3月9日答申。非常勤裁判官(民事調停官及び家事調停官)の名簿に掲載)
②「民事調停官及び家事調停官に支給すべき手当の額について」(平成15年12月3日付け最高裁判所事務総長通達,平成26年3月18日最終改正。同上に掲載)
③最高裁判所「調停官採用決定者名簿(令和7年10月1日発令分)」
4 関連記事
①「非常勤裁判官(民事調停官及び家事調停官)の名簿」。
②「調停委員の役割と実務――民事・家事調停の進め方,権限と限界」。
③「家庭裁判所の参与員――役割,選任,権限及び裁判官との関係」。
④「弁護士任官者研究会の資料」。