裁判官の退職金(正式には「退職手当」)は、すべての裁判官について一律の金額ではない。
下級裁判所の裁判官については、原則として、退職時の報酬月額、退職理由、勤続期間及び在職中の職責を基礎に計算する。
最高裁判所裁判官については、別の特例法により計算する。
したがって、公開資料だけから個々の裁判官の正確な支給額又は税引後の手取額を算出することはできないが、法定の計算式と公表されている報酬月額を使えば、一定の前提を置いた推定計算はできる。
第1 裁判官の退職金はいくらか
1 結論
令和8年4月1日現在の報酬月額を使った試算では、下級裁判所の裁判官について、勤続35年で国家公務員退職手当法5条の支給率47.709を使う場合の基本額は、判事1号で約5840万円、判事4号で約4065万円となる。
もっとも、これは調整額を加える前の基本額だけを計算したモデルであり、実際の退職手当額ではない。
最高裁判所裁判官については、最高裁判所長官として6年間在職した場合は3016万8000円、最高裁判所判事として6年間在職した場合は2200万3200円となる。
これらも、令和8年4月1日現在の報酬月額を使い、最高裁判所裁判官としての在職期間を6年と仮定した税引前のモデル計算である。
2 個人ごとの正確な金額を出せない理由
個人ごとの退職手当額を確定するには、少なくとも次の情報が必要である。
① 退職時の報酬月額
② 退職理由
③ 退職手当の計算に算入される勤続期間
④ 在職期間中の職責に応じた調整額
⑤ 定年前早期退職特例その他の特例の適用の有無
⑥ 同じ年に支給された他の退職手当等の有無及び税務上の勤続年数
これらは個々の裁判官について一括して公表されているものではない。
そのため、本記事の金額は、個人の実支給額ではなく、明示した前提に基づく推定額である。
第2 下級裁判所の裁判官の退職手当の計算方法
1 基本額と調整額
内閣人事局「国家公務員の退職手当制度の概要」によれば、国家公務員の退職手当は、司法・立法・行政の常勤職員等を対象とし、次の構造で計算する。
退職手当=基本額+調整額
基本額=退職日の報酬月額×退職理由別・勤続期間別支給率×調整率
調整額は、在職期間中の職責に応じて定められる調整月額のうち、原則として額の多いものから60月分を合計した金額である。
ただし、勤続期間又は退職理由によっては、調整額が支給されず、又は半額となる場合がある。
国家公務員退職手当法には、自己都合、定年、任期終了、応募認定退職、公務上の傷病又は死亡等に応じた計算方法が定められている。
2 支給率
内閣人事局「国家公務員退職手当支給率早見表」は、平成30年1月1日以降の退職について、調整率を反映した支給率を掲載している。
同早見表によれば、国家公務員退職手当法5条による支給率は、勤続35年以上の場合、47.709である。
一方、自己都合退職については、同じ勤続年数でも支給率が異なる。
また、定年前早期退職特例が適用される場合は、退職時の報酬月額に割増しが行われることがある。
したがって、「報酬月額×勤続年数」という単純な掛け算だけでは計算できない。
第3 下級裁判所の裁判官の推定額
1 判事1号で勤続35年の場合
裁判所データブック2026「裁判官の報酬等」によれば、令和8年4月1日現在の判事1号の報酬月額は122万4000円である。
国家公務員退職手当法5条の支給率47.709を使うモデルでは、基本額は次のとおりとなる。
122万4000円×47.709=5839万5816円
したがって、このモデルの退職手当は、5839万5816円に調整額を加えた金額となる。
2 判事4号で勤続35年の場合
令和8年4月1日現在の判事4号の報酬月額は85万2000円である。
同じ支給率を使うモデルでは、基本額は次のとおりとなる。
85万2000円×47.709=4064万8068円
したがって、このモデルの退職手当は、4064万8068円に調整額を加えた金額となる。
3 試算を見る際の注意点
判事1号又は判事4号であった期間があるだけで、退職時の報酬月額がその号の金額になるとは限らない。
また、調整額は直近の号だけではなく、在職中の職責に応じた職員区分と対象月数に左右される。
そのため、上記二つの試算は、退職時の号と勤続期間を固定した比較例であり、裁判官の平均退職手当額を示すものではない。
第4 最高裁判所裁判官の退職手当
1 特例法の計算式
最高裁判所裁判官退職手当特例法2条1項によれば、最高裁判所裁判官の退職手当は、原則として次の式で計算する。
退職日の報酬月額×最高裁判所裁判官としての勤続期間1年につき240%
ただし、同条2項により、退職日の報酬月額の60月分が上限となる。
また、同法3条によれば、算定の基礎となる勤続期間は、原則として最高裁判所裁判官として引き続いた在職期間である。
2 最高裁判所長官として6年間在職した場合
令和8年4月1日現在の最高裁判所長官の報酬月額は209万5000円である。
最高裁判所長官として6年間在職したと仮定した場合は、次のとおりとなる。
209万5000円×2.4×6年=3016万8000円
3 最高裁判所判事として6年間在職した場合
令和8年4月1日現在の最高裁判所判事の報酬月額は152万8000円である。
最高裁判所判事として6年間在職したと仮定した場合は、次のとおりとなる。
152万8000円×2.4×6年=2200万3200円
なお、最高裁判所裁判官への就任前又は退任後に一般職員等であった期間がある場合は、同特例法5条及び6条を含む関係規定の確認が必要である。
第5 早期退職、任期終了及び支給制限
1 早期退職
内閣人事局「早期退職募集制度について」によれば、認定を受けた早期退職では、勤続年数及び退職理由に応じた支給率に加え、定年前早期退職特例による報酬月額の割増しが問題となる。
裁判官については、退職の時期だけから同特例の適用を断定することはできない。
裁判官の早期退職に関する公開資料は、裁判官の早期退職に掲載している。
2 任期終了前後の退官
裁判官は任期制であるため、任期終了直前の依願退官と任期終了による退官とで、適用される退職理由別支給率が問題となる。
具体的な支給月数の比較は、任期終了直前の依願退官及び任期終了退官における退職手当の支給月数(推定)に掲載している。
3 支給制限等
退職後に在職中の非違行為が判明した場合などには、国家公務員退職手当法に基づく支給制限、返納又は納付の制度が問題となる。
退職したという事実だけで、常に満額の退職手当を確定的に取得するわけではない。
第6 裁判官の退職金にかかる税金
1 退職所得控除
国税庁「退職金と税」によれば、令和8年分の退職所得控除額は、勤続年数20年以下の場合は「40万円×勤続年数」、20年を超える場合は「800万円+70万円×(勤続年数-20年)」である。
例えば、税務上の勤続年数が35年であれば、退職所得控除額は次のとおりとなる。
800万円+70万円×15年=1850万円
一般退職手当等については、原則として、退職手当額から退職所得控除額を差し引いた残額の2分の1が課税退職所得金額となり、他の所得と分離して所得税等及び住民税が計算される。
2 勤続5年以下の場合の注意
税法上の「役員等」には国家公務員も含まれる。
そのため、役員等勤続年数が5年以下の者が、その期間に対応する特定役員退職手当等を受け取る場合は、原則的な2分の1計算が適用されない。
最高裁判所裁判官としての在職期間が短い場合を含め、具体的な税額は、退職所得の源泉徴収票に記載される区分、税務上の勤続期間及び他の退職手当等との重複関係を確認して計算する必要がある。
詳しい計算方法は、国税庁「役員等の勤続年数が5年以下の者に対する退職手当等」に掲載されている。
3 源泉徴収と確定申告
退職金の支払を受けるまでに「退職所得の受給に関する申告書」を提出した場合は、原則として源泉徴収で課税関係が終了するため、退職所得だけを理由とする確定申告は不要である。
同申告書を提出しない場合は、退職金の収入金額から一律20.42%の所得税等が源泉徴収され、確定申告で精算することになる。
第7 よくある質問
1 裁判官の退職金は平均いくらか
裁判官だけを対象とし、号別、勤続年数別及び退職理由別に整理した最新の平均支給額は、公表資料からは確認できない。
内閣人事局は国家公務員全体の退職手当の支給状況を公表しているが、その平均額を裁判官の平均額として扱うことはできない。
2 裁判官の退職金は報酬月額の何か月分か
下級裁判所の裁判官については、退職理由及び勤続期間に応じた支給率により基本額を計算し、さらに調整額を加えるため、一律に何か月分とはいえない。
最高裁判所裁判官については、最高裁判所裁判官としての勤続1年につき退職時報酬月額の2.4月分であり、上限は60月分である。
3 退職時の号が分かれば正確に計算できるか
退職時の号は基本額を計算する重要な情報であるが、それだけでは足りない。
退職理由、算入される勤続期間、調整額及び特例の適用を確認する必要がある。
裁判官の号別人数は、裁判官の号別在職状況に掲載している。
4 裁判官の年収と退職金の関係は何か
退職手当の基本額は退職時の報酬月額を基礎とするが、期末手当及び勤勉手当を含む年収そのものに支給率を乗じる制度ではない。
裁判官の年収及び報酬月額は、裁判官の年収はいくらか―報酬月額・手当・推定計算及び判検事トップの月収、国会議員の歳費等の推移に掲載している。
第8 関連記事
③ 裁判官の昇給
④ 裁判官の早期退職
⑤ 任期終了直前の依願退官及び任期終了退官における退職手当の支給月数(推定)
⑥ 裁判官の「報酬」、検察官の「俸給」及び国家公務員の「給与」の違い
第9 出典
② 最高裁判所裁判官退職手当特例法(昭和41年法律第52号)