第1 最高裁判所事務総長の法的位置づけ
1 事務総局と事務総長の設置根拠
最高裁判所の司法行政事務を処理する庶務機関が事務総局であり,その事務を統括するのが事務総長である。
裁判所法13条は「最高裁判所の庶務を掌らせるため、最高裁判所に事務総局を置く。」と定め,同法53条1項は「最高裁判所に最高裁判所事務総長一人を置く。」,同条2項は「最高裁判所事務総長は、最高裁判所長官の監督を受けて、最高裁判所の事務総局の事務を掌理し、事務総局の職員を指揮監督する。」と定めている。
2 司法行政権の所在――裁判官会議と事務総局
事務総局を理解する前提として,司法行政権が誰に帰属するかを条文で確認しておく必要がある。
裁判所法12条は「最高裁判所が司法行政事務を行うのは、裁判官会議の議によるものとし、最高裁判所長官が、これを総括する。」と定める。
高等裁判所(同法20条),地方裁判所(同法29条)及び家庭裁判所(同法31条の5による準用)についても,司法行政事務は各裁判所の裁判官会議の議によるものとされている。
すなわち,実定法上,司法行政権は各裁判所の裁判官会議に属し,事務総局・事務総長はその庶務を掌る補佐機構である。
もっとも,実際の司法行政の運営が裁判官会議ではなく事務総局によって主導されているのではないかという論点があり,これは古くから国会でも取り上げられてきた(第4の1参照)。
条文上の建付けと運用上の実態との距離を意識しておくことが,事務総局を対象とする調査・請求の前提となる。
3 事務総長の身分の特殊性
(1) 在任中は裁判官の身分を離れること
事務総長には,職業裁判官(判事)の経歴を有する者が就任するのが通例である。
しかし,平成30年度(最情)答申第83号では,最高裁判所事務総長の説明として,判事であった者を事務総長に任命する場合でも判事の官職を保有させたままにはしておらず,事務総長が判事をもって充てられているわけではないとされている。
これに対し,「司法行政上の職務に関する規則」1項により,司法行政に関する事項の審議立案その他司法行政上の事務を掌る職のうち,最高裁判所が指定するものは,判事又は判事補をもって充てるものとされている。
平成30年度(最情)答申第82号によれば,その指定は個別の裁判官の転補等に関する裁判官会議の議決に含まれており,該当する職を一覧的に記載した文書は別途作成されていない。したがって,事務総長自身の身分と,判事又は判事補の身分を保ったまま司法行政上の職務を担う裁判官とは区別する必要がある。
(2) 認証官ではないこと
最高裁判所判事及び高等裁判所長官はいわゆる認証官であるが,事務総長は認証官ではない。
第2 事務総局の組織
1 事務総長・事務次長と各局・課
最高裁判所は,裁判部門(大法廷及び3つの小法廷)と司法行政部門(裁判官会議)に大別され,事務総局は司法行政部門に置かれる。
令和6年8月時点で最高裁判所が公表している組織の概要によれば,事務総局には,秘書課及び広報課のほか,総務局,人事局,経理局,民事局,刑事局,行政局及び家庭局の7局と,デジタル審議官が置かれている。
事務総長を補佐する職として事務次長が置かれている。
古い国会答弁でも,事務総局が「事務総長の下に事務次長と七つの局」で構成される旨が説明されており,7局体制は長期にわたり基本的な骨格として維持されてきた。
近年設けられたデジタル審議官は,民事訴訟手続のIT化をはじめとする裁判手続のデジタル化に対応する司法行政の重点の変化を反映している。
2 附属機関と局付判事
司法行政部門には,事務総局のほか,司法研修所,裁判所職員総合研修所及び最高裁判所図書館が置かれている。
司法研修所は,裁判官の研究・修養及び司法修習生の修習の指導をつかさどる機関であり(裁判所法55条参照),事務総局とは別系統の附属機関である。
事務総局の各局・課には,裁判所事務官のほか,「司法行政上の職務に関する規則」1項に基づき,判事又は判事補をもって充てる職がある。
昭和47年3月28日の参議院法務委員会では,事務総局に従事する裁判官である職員が当時37名に上る旨が説明されている。
もっとも,平成30年度(最情)答申第82号によれば,判事又は判事補をもって充てる職を一覧的に記載した文書は作成されていないため,昭和47年当時の人数を現在の規模として扱うことはできない。
事務総局が裁判官によって担われている構造は,後述する司法官僚制をめぐる議論の背景をなしている。
第3 事務総長・事務総局が実務に現れる場面
1 事務総長依命通達
事務総長は,最高裁判所長官の監督を受けて事務総局の事務を掌理し,最高裁判所の司法行政事務に関する取扱いは「事務総長依命通達」等の形式で全国の裁判所に示されることがある。
例えば,民事調停委員及び家事調停委員の任免の取扱いに関する事務総長依命通達の内容は,国会審議でも取り上げられている。
個別の実務の運用が法令や最高裁判所規則ではなく通達によって定まっている場面があることは,弁護士が裁判所の取扱いの根拠を調べる際に意識しておくとよい。
2 国会答弁――「最高裁判所長官代理者」
事務総長及び各局長は,国会の委員会等で裁判所に関する事項を説明する際,「最高裁判所長官代理者」の肩書で答弁することがある。
これは,国会において裁判所側の説明を担う役割であり,事務総局が立法過程で裁判所の見解を示す主要な経路となっている。
この構造は実務上の資料収集に直結する。
裁判所の運用や制度についての最高裁判所側の説明は,国会会議録において「最高裁判所長官代理者」名義の答弁として記録されているため,国立国会図書館の国会会議録検索システムを用いれば,立法過程における最高裁判所の説明を一次資料として確認することができる。
条文や判例の代替にはならないが,制度趣旨や運用の背景を裏づける資料として有用である。
3 司法行政文書の情報公開
(1) 情報公開法が裁判所に適用されないこと
事務総局が保有する文書の開示を求める場面では,まず,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(情報公開法)が裁判所には適用されないことを押さえる必要がある。
同法2条1項は「行政機関」を限定列挙しており,内閣に置かれる機関,内閣府,国家行政組織法3条2項に規定する機関及び会計検査院等を掲げるにとどまり,裁判所はこれに含まれていない。
したがって,事務総局が保有する裁判官会議議事録や事務総局会議の議事録等の司法行政文書について,同法に基づく開示請求権を行使することはできない。
(2) 開示申出の手続と不服申立て
裁判所は,情報公開法の趣旨を踏まえ,法律ではなく内部準則に基づいて司法行政文書の開示を運用している。
その根拠は「裁判所の保有する司法行政文書の開示に関する事務の取扱要綱」及び「同要綱の実施の細目について(通達)」である。
ここでいう司法行政文書とは,裁判所の職員が司法行政事務に関して組織的に用いるものとして保有する文書等をいい,事件記録など裁判事務に関する文書は対象外である。
開示申出の宛先は,最高裁判所が保有する文書については最高裁判所の秘書課文書開示第二係,高等裁判所・地方裁判所・家庭裁判所が保有する文書については各裁判所の総務課とされている。
処理期間は原則として申出から30日以内(延長あり),写しの交付には所定の手数料を要するとされている。
不開示等に不服がある場合は,最高裁判所に対して苦情申出をすることができ,最高裁判所は「情報公開・個人情報保護審査委員会」に諮問し,その答申を踏まえて判断する仕組みが設けられている。
答申は最高裁判所のウェブサイトで公表されており,例えば令和7年3月28日付けの最情答申第29号は,最高裁判所事務総局の局長及び課長の出身大学を公表することにしているかどうかが分かる文書の不開示(不存在)判断に関するものである。
同種の答申は,どのような文書が事務総局に存在し又は存在しないと扱われているかを知る手がかりとなる。
第4 事務総長をめぐる制度論と経歴
1 「裁判官会議の形骸化」という論点
前記のとおり,司法行政権は条文上は裁判官会議に属する(裁判所法12条等)。
これに対し,実際には事務総局が司法行政を主導し,裁判官会議が追認機関にとどまっているのではないかという批判が古くからある。
昭和50年2月21日の衆議院法務委員会では,事務総局が人事等の実際の事務を担う中で「裁判官会議が形骸化していくのではないか」という趣旨の質疑がされており,この論点が国会でも意識されてきたことが分かる。
新藤宗幸『司法官僚――裁判所の権力者たち』(岩波新書,平成21年)は,事務総局の主要な機能を,最高裁判所規則・規程案の作成,法務省との法制度上の調整,裁判官及び裁判所職員の人事,予算,裁判官会同・協議会並びに調査分析に整理している。
同書は,審査室会議及び事務総局会議を経て裁判官会議へ案件が提出される原案形成過程に着目し,事務総局が法令上の最終決定権ではなく,議題設定,原案作成,情報集約及び人事運用を通じて司法行政に大きな影響を及ぼすと分析している(資料上46頁から54頁,PDF51頁から59頁、資料上77頁から88頁,PDF82頁から93頁及び資料上115頁から185頁,PDF120頁から190頁)。
他方,最高裁判所は,平成30年度(最情)答申第57号において,審査室会議を局課間の情報交換及び認識の共通化を図る機会と説明し,司法行政上の意思決定を予定した会議ではないとしている。
もっとも,令和8年3月24日付けの行政局標準文書保存期間基準には,事務総局会議の配布資料及び裁判官会議への付議資料が掲げられている。したがって,会議及び原案形成過程の存在と,その結果として裁判官会議が形骸化しているかどうかという評価とは区別する必要がある。
2 事務総長という経歴の意味
歴代の事務総長には,退任後に高等裁判所長官を経て最高裁判所判事又は最高裁判所長官に就任した者が多い。ただし,これは歴代人事に見られる経歴上の傾向であり,法令上定められた昇進経路ではない。
例えば,現在の最高裁判所長官である今崎幸彦は,最高裁判所が公表する経歴によれば,秘書課長兼広報課長,刑事局長兼図書館長等を経て平成28年に事務総長となり,令和元年に東京高裁長官に就任している。
過去には,事務総局の多くの局を経験して事務総長を務めた矢口洪一や,事務総長として国会で説明を行った竹崎博允のように,事務総長を経て最高裁判所長官に就いた例がある。
現職の事務総長は氏本厚司であり,甲府地方裁判所・家庭裁判所所長を経て,令和6年9月11日付けで就任している。
なお,最高裁判所長官を務めた寺田逸郎は事務総長を経験しておらず,事務総長を経て長官に就いたのはその父である寺田治郎である。
出典・参考資料
1 法令(e-Gov法令検索)
- 裁判所法(昭和22年法律第59号)――12条(司法行政事務と裁判官会議),13条(事務総局),53条(事務総長),55条・56条(司法研修所),59条(下級裁判所の事務局長)。事務総長の法的地位・権限,事務総局及び司法行政権の所在に関する本文の記述の根拠。
- 行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成11年法律第42号)――2条1項(行政機関の定義)。裁判所が同法の「行政機関」に含まれず,情報公開法が裁判所に適用されないことの根拠。
2 公的機関の資料(裁判所・国会)
- 最高裁判所「最高裁判所の組織の概要」(令和6年8月)――事務総局の局・課の構成(秘書課・広報課・7局・デジタル審議官)及び附属機関の記述の根拠。
- 平成30年度(最情)答申第83号(平成31年3月15日)――判事であった者を事務総長に任命する場合でも,判事の官職を保有させたままにはしていないことの根拠。
- 平成30年度(最情)答申第82号(平成31年3月15日)――判事又は判事補をもって充てる司法行政上の職の指定方法及び一覧的な文書が作成されていないことの根拠。
- 平成30年度(最情)答申第57号(平成31年1月18日)――審査室会議の構成,開催頻度及び最高裁判所による位置づけの根拠。
- 最高裁判所事務総局行政局「標準文書保存期間基準(第一課)」(令和8年3月24日)――事務総局会議の配布資料及び裁判官会議への付議資料が作成されていることの根拠。
- 裁判所「司法行政文書開示手続」――取扱要綱及び実施細目通達,司法行政文書の定義,開示申出の宛先,処理期間・手数料の記述の根拠。
- 最高裁判所「情報公開に関する答申(令和6年度)」――情報公開・個人情報保護審査委員会及び最情答申第29号(令和7年3月28日)の記述の根拠。
- 最高裁判所「今崎幸彦」長官経歴――事務総長を含む経歴(秘書課長兼広報課長・事務総長・東京高裁長官等)の記述の根拠。
- 国立国会図書館「国会会議録検索システム」――昭和41年2月24日衆議院予算委員会第一分科会(宮中席次),昭和47年3月28日参議院法務委員会(事務次長と7局・裁判官である職員37名),昭和50年2月21日衆議院法務委員会(裁判官会議の形骸化),並びに「最高裁判所長官代理者」名義の答弁及び事務総長依命通達に関する質疑の確認に使用。
3 文献(見解として参照)
- 新藤宗幸『司法官僚――裁判所の権力者たち』(岩波新書,平成21年)――事務総局の機能及び意思決定過程は資料上46頁から54頁(PDF51頁から59頁),事務総長の位置づけ及び経歴は資料上77頁から88頁(PDF82頁から93頁),裁判官人事を通じた影響に関する分析は資料上115頁から185頁(PDF120頁から190頁)を参照。