第1 この記事が扱う三つの制度
1 正式名称と記事の射程
「事件特定情報記録書面」という一体の名称は,民事訴訟法,民事執行法,最高裁判所規則及び裁判所の公表書式には見当たらない。 実務で区別すべきものは,①民事訴訟法91条の3の「訴訟に関する事項の証明」,②電磁的訴訟記録の内容との同一性を証明する記録事項証明,③民事執行法18条の2の「事件特定情報」と裁判所書式の「事件特定情報提供書面」である。 電子判決に基づいて強制執行を申し立てる際に,判決書等の記録事項証明書を提出しないための情報又は別紙を探している場合,直接問題となるのは③である。民事訴訟法91条の3そのものではない。
2 三つの制度の対応関係
| 制度 | 根拠 | 何を証明又は特定するか | 主な利用場面 |
|---|---|---|---|
| 訴訟に関する事項の証明 | 民事訴訟法91条の3 | 訴訟に関する特定の事項 | 確定証明その他の事項証明 |
| 記録事項証明 | 民事訴訟法91条の2第3項等 | 電磁的訴訟記録の全部又は一部と内容が同一であること | 電子判決書等の内容を裁判所外で利用する場合 |
| 事件特定情報 | 民事執行法18条の2,民事執行規則15条の2 | 裁判所のシステム上で対象となる裁判等を検索・識別する情報 | 記録事項証明書の提出又は提示に代える場合 |
なお,民事執行法18条の2は「記録事項証明書」という用語を用いる一方,裁判所の民事訴訟書式ページに掲載された申請書名は「記載事項証明の交付(提供)申請書」である。法令上の機能と公表書式名をそれぞれ確認する必要がある。
第2 民事訴訟法91条の3の訴訟に関する事項の証明
1 請求できる者と証明対象
民事訴訟法91条の3により,当事者及び利害関係を疎明した第三者は,裁判所書記官に対し,訴訟に関する事項の証明を請求できる。 この制度は,訴訟記録そのものの内容を複製して同一性を証明する制度ではなく,訴訟に関する特定の事項について裁判所書記官の証明を得る制度である。請求する際は,証明を求める事項を具体的に記載する。
2 紙の証明書と電子証明
民事訴訟規則33条の4によれば,書面で証明書を交付する場合,裁判所書記官が記名押印する。証明事項を記録した電磁的記録を提供する場合,裁判所書記官が電子署名をする。 請求は書面で行うが,民事訴訟法132条の10による電子申立ては書面による請求とみなされる。電子データの提供方法には,インターネットを通じた提供と,裁判所設置端末で用いる記録媒体への記録がある。
3 確定証明との関係
民事訴訟規則48条は,判決の確定について,民事訴訟法91条の3による証明を請求できることを定める。原則として第一審裁判所の裁判所書記官が証明するが,訴訟が上級審に係属している間に一部確定した場合は,上級審の裁判所書記官がその部分について証明する。 したがって,確定証明は91条の3の具体的な利用場面である。他方,電子判決書の内容と訴訟記録との同一性を証明するものは,次に述べる記録事項証明である。
第3 記録事項証明との違い
1 原記録との同一性を証明する制度
民事訴訟法91条の2第3項は,当事者及び利害関係を疎明した第三者が,電磁的訴訟記録の全部又は一部について,その内容を証明した書面の交付又は証明した電磁的記録の提供を請求できることを定める。 判決書,和解調書又は執行文が電子原本として訴訟記録に保存されている場合,紙に印刷しただけのものは裁判所書記官による同一性の証明を備えない。裁判所外で証明付きの内容を用いる場合は,記録事項証明の仕組みを利用する。
2 手数料の違い
民事訴訟費用等に関する法律7条及び別表第三による主な手数料は,次のとおりである。
| 請求の種類 | 手数料 |
|---|---|
| 電磁的訴訟記録の内容を証明した書面 | 用紙1枚につき150円 |
| 内容を証明した電磁的記録の提供 | 1件につき2100円 |
| 訴訟に関する事項の証明 | 1件につき150円 |
| 訴訟記録に記録されているものの正本,謄本又は抄本 | 原本10枚までごとに150円 |
「証明書1通」ではなく,用紙枚数又は事件単位で手数料が決まるものがあるため,申請対象と提供形式を先に確定する必要がある。
3 電子署名の確認
裁判所書記官が電子署名を付したPDFを一般的なPDF閲覧ソフトで開くと,署名の有効性に関する警告が表示されることがある。裁判所の民事訴訟手続に関する書式ページは,政府認証基盤の自己署名証明書を閲覧ソフトに登録する手順を案内している。 警告表示だけを理由に電子署名が無効であると判断せず,裁判所の案内に従って検証環境を整える必要がある。
第4 事件特定情報による民事執行
1 記録事項証明書の提出を省略する仕組み
民事執行法18条の2は,電子化された裁判等に基づく民事執行で,本来提出又は提示すべき記録事項証明書に代えて事件特定情報を提供できることを定める。適法に事件特定情報を提供すると,対象となる記録事項証明書を提出又は提示したものとみなされる。 対象には,①裁判,②裁判所書記官の処分,③裁判上の和解又は調停,④確定判決と同一の効力を有するその他の債務名義,⑤民事執行法22条2号から4号の2までの債務名義が効力を失ったことを記録した電磁的記録が含まれる。
この仕組みは,債権者が電子判決書のPDFを印刷して執行裁判所へ提出する制度ではない。執行裁判所が裁判所のシステム上の電子原本を検索・確認するための制度である。
2 事件特定情報の三要素
民事執行規則15条の2によれば,事件特定情報は,①事件が係属した裁判所,②事件番号,③対象となる裁判等を識別するために裁判所が付した符号から成る。 もっとも,裁判所の準備手引は,③について一つのコードだけを想定していない。判決等の名称,言渡日又は成立日,当事者名等を組み合わせ,対象ファイルを識別できるようにする運用である。
3 申立書のチェック欄と別紙
裁判所の債権執行申立書式ページには,電子化された債務名義に基づく申立書,1つの債務名義用の事件特定情報提供書面及び複数の債務名義用の書式が掲載されている。 一つの債務名義だけを用いる典型例では,申立書の事件特定情報欄にチェックを付け,裁判所,事件番号,判決等の名称,言渡日,当事者名等を記載する。複数の判決,複数の執行文又は更正決定等を特定する必要がある場合は,別紙の事件特定情報提供書面を用いる。
したがって,事件特定情報の提供に必ず独立の別紙が必要というわけではない。使用する執行書式と,対象となる電子ファイルの数に応じて判断する。
4 省略できる書類と省略できないもの
最高裁判所の準備手引及び裁判所の各申立案内は,新法事件について事件特定情報を提供する場合,対象となる判決等及び執行文に係る記録事項証明書に加え,送達証明書及び確定証明書の提出を省略できると案内している。 もっとも,事件特定情報を提供しても,送達又は確定という実体的な要件がなくなるわけではない。執行裁判所が訴訟記録上でそれらを確認するため,証明書という提出物が不要になるのである。
また,申立手数料,予納金,資格証明書,住民票,目的財産を特定する資料その他の申立書類まで一律に不要になるものではない。財産開示・情報取得手続の案内も,事件特定情報とは別に必要となる添付資料を掲げている。 事件特定情報を利用しない場合は,判決等の記録事項証明書,執行文に係る記録事項証明書及び送達証明書等を提出する従来型の経路を選択できる。電子化された債務名義を不動産登記,自動車登録又は特許権等登録に用いる場合の取扱いについては,電子化された債務名義と強制執行―事件特定情報・執行文・自動車登録・特許権等登録を参照されたい。
第5 令和8年5月21日施行と新旧事件の分岐
1 新法事件
令和4年法律第48号は令和4年5月25日に公布され,民事訴訟手続の全面デジタル化に関する部分は令和8年5月21日に施行された。基本的には,同日以後に提起された訴えに係る事件が新法事件となり,訴訟記録が電子化される。 令和5年法律第53号による民事執行法18条の2も,同日に施行された。このため,新法事件で電子化された裁判等を債務名義とする場合に,事件特定情報を利用する前提が整った。
2 旧法事件と対象外の債務名義
裁判所の民事訴訟手続デジタル化の概要は,令和8年5月20日以前に提起された訴えに係る事件について,旧法に基づく紙の債務名義の正本等を提出する必要があると案内している。施行日後に判決が言い渡されたというだけでは,新法事件とは限らない。 また,旧事件の紙の判決書をスキャンして電子データにしても,そのことだけで事件特定情報の対象となる電子原本に変わるものではない。債務名義が裁判所の電子事件記録に存在し,民事執行法18条の2の対象に該当するかを確認する必要がある。
3 民事執行手続自体は当面書面中心であること
民事訴訟記録が電子化されても,民事執行手続自体は直ちに全面オンライン化されたわけではない。裁判所は,民事執行手続等の全面デジタル化について,令和10年6月までの開始を予定していると案内している。 当面は,紙の執行申立書に事件特定情報を記載又は添付し,執行裁判所が電子化された訴訟記録を確認するという,新旧の手続が接続する運用となる。
第6 実務で間違えやすい点
1 必要な制度と書式名を先に確定すること
確定したかどうかを証明したい場合は,民事訴訟法91条の3及び民事訴訟規則48条の確定証明が問題となる。電子判決書等と訴訟記録との同一性を証明したものを取得したい場合は,記録事項証明が問題となる。 これに対し,電子判決等に基づく民事執行で記録事項証明書の提出を省略したい場合は,民事執行法18条の2の事件特定情報を提供する。まず目的を確定すれば,三つの制度を混同しにくい。
2 判決,執行文及び更正決定を別々に特定すること
事件番号だけでは,同一事件記録内に複数存在する電子ファイルを一意に特定できないことがある。判決,執行文,更正決定,和解調書等について,名称,日付及び当事者名等を用いて対象を個別に識別する。 特に,第一審判決と控訴審判決の双方が執行内容に関係する場合,数次の執行文が付与されている場合又は更正決定がある場合は,別紙を用いる必要性を確認すべきである。
3 従来の証明書取得経路も確認しておくこと
事件特定情報に不足又は誤りがあると,執行裁判所が対象ファイルを特定できない可能性がある。申立前に,訴訟事件の裁判所,事件番号,判決等の名称,日付,当事者名,執行文及び更正決定の有無を照合する必要がある。
対象事件又は債務名義が事件特定情報の経路に適合しない場合に備え,記録事項証明書,送達証明書及び確定証明書を取得して提出する経路も確認しておくのが安全である。 なお,民事訴訟の電子申立て,証拠提出,送達等の全体像については,mintsの実務解説 弁護士向けQ&A―電子申立て・証拠提出・送達・障害対応(AI作成)を参照されたい。
第7 裁判例と今後の実務上の争点
令和8年8月11日現在,裁判所ウェブサイトの裁判例検索及び確認できた公刊資料では,民事訴訟法91条の3又は民事執行法18条の2の事件特定情報を直接の争点とする公表裁判例を確認できなかった。ただし,これは裁判例が存在しないことを意味せず,裁判所ウェブサイトに掲載されていない裁判例又は未公刊の処理を排除するものではない。
制度施行後の実務では,①どの程度の記載で対象ファイルを特定できるか,②同一事件内の複数の裁判,執行文又は更正決定をどのように区別するか,③誤った事件特定情報を補正する手続,④裁判所のシステム間連携に障害が生じた場合の代替提出が問題となり得る。 これらについて公表裁判例又は統一的な公表運用が形成されたときは,本記事の記載を更新する必要がある。
第8 出典・参考資料
1 法令・最高裁判所規則
①e-Gov法令検索「民事訴訟法」(91条の2,91条の3,132条の10)
②e-Gov法令検索「民事執行法」(18条の2,22条,25条,29条)
③e-Gov法令検索「民事訴訟費用等に関する法律」(7条,別表第三)
④最高裁判所「民事訴訟規則」(33条,33条の4,48条)
⑤最高裁判所「民事執行規則」(15条の2)
2 法改正資料
①法務省「民事訴訟法等の一部を改正する法律について」(令和4年法律第48号)
②法務省「民事訴訟法等の一部を改正する法律の全面施行について」
③法務省「民事関係手続等における情報通信技術の活用等の推進を図るための関係法律の整備に関する法律について」(令和5年法律第53号)
④法務省「民事関係手続等における情報通信技術の活用等の推進を図るための関係法律の整備に関する法律の施行について」
3 裁判所の公的資料・書式
①最高裁判所「民事訴訟手続のデジタル化」
②最高裁判所「民事訴訟手続に関する書式」
③最高裁判所「民事訴訟手続の全面デジタル化に向けた準備の手引」37頁~38頁
④最高裁判所「債権執行の申立てに関する書式」
⑤最高裁判所「事件特定情報提供書面(1つの債務名義により執行を申し立てる場合)」1頁~3頁
⑥最高裁判所「財産開示手続・情報取得手続」
4 文献
①脇村真治編著『一問一答 新しい民事訴訟制度(デジタル化等)―令和4年民事訴訟法等改正の解説』商事法務,2024年3月20日初版第1刷,97頁~98頁
②最高裁判所事務総局民事局監修『条解民事訴訟規則(デジタル化関係等)』司法協会,2025年4月第1刷,101頁~103頁,592頁~594頁
③脇村真治編著『一問一答 新しい民事執行・民事保全・倒産及び家事事件等に関する手続(デジタル化等)』商事法務,2025年8月20日初版第1刷,81頁~84頁