第1 令和8年5月21日以後の民事訴訟
1 民事訴訟手続は全面的にデジタル化された
令和4年法律第48号による改正民事訴訟法は,令和8年5月21日に全面施行された。
裁判所は,この施行により,民事訴訟について電子申立て,電子納付,システム送達,訴訟記録の電子化,ウェブ期日及び電子判決書を組み合わせた手続が利用できるようになったと説明している。
ここでいう「全面的なデジタル化」は,民事訴訟のすべてが無条件にインターネットだけで完結するという意味ではない。
本人訴訟の当事者は紙で申立てをすることもでき,紙の契約書等も引き続き証拠となり,ウェブ参加の可否は個々の期日について裁判所が判断する。
2 新法事件と旧法事件の区別
令和8年5月21日以後に訴えが提起された民事訴訟事件には,全面施行後の制度が適用される。
同月20日以前に提起された事件は,原則として従前の制度によって進行し,一定の要件を満たす場合に経過措置による旧制度のmintsを利用することができる。
控訴事件及び抗告事件が新法事件か旧法事件かを分ける基準は,控訴又は抗告の申立日ではなく,原審事件の申立日である。
したがって,令和8年5月20日以前に提起された第一審事件の控訴審が同月21日以後に始まっても,当然に新法事件へ切り替わるわけではない。
| 区分 | 基準 | 主な取扱い |
|---|---|---|
| 新法事件 | 令和8年5月21日以後に訴えを提起 | 全面施行後の電子申立て・システム送達・電子記録等 |
| 旧法事件 | 令和8年5月20日以前に訴えを提起 | 原則として従前の手続,経過措置の要件を満たす場合は旧制度のmintsを利用可能 |
| 控訴・抗告 | 原審事件の申立日で判定 | 上訴日だけで新旧を判定しない |
3 「3つのe」の現在地
民事裁判手続のIT化は,従来から「e提出」,「e事件管理」及び「e法廷」という三つの柱で説明されてきた。
令和8年5月21日の全面施行により,民事訴訟では,提出,送達,記録管理及び期日参加を法制度と裁判所システムの両面でつなぐ段階に入った。
もっとも,障害発生時の取扱い,ファイル形式,アカウント管理及び紙原本の管理は別途確認を要する。
実際の提出では,裁判所の民事裁判手続のデジタル化ページに掲載される最新の手引,書式及び稼働状況を確認する必要がある。
第2 mintsによる電子提出と費用納付
1 mintsとは
mintsは,裁判所に対してインターネットで書類を提出し,裁判所から書類を受け取るための民事裁判書類電子提出システムである。
利用にはアカウント登録が必要であり,裁判所は一般利用者向けの案内,操作動画,利用規約及びセキュリティ資料を「mintsについて」で公開している。
令和8年5月20日までのmintsは,現行法の全面施行前に一定の係属事件で書面を電子提出する運用であった。
同月21日以後の新法事件では,民事訴訟法に基づく電子申立て,送達及び電子記録を扱う基盤として位置付けられるため,新旧事件を混同してはならない。
2 電子提出をできる者としなければならない者
民事訴訟法132条の10第1項により,誰でも裁判所の電子情報処理組織を利用して訴えの提起その他の申立て等をすることができる。
弁護士である訴訟代理人等には,同法132条の11により,原則として電子提出が義務付けられる。
本人訴訟の当事者は,電子提出を選択できるが,紙による提出もできる。
電子提出義務を負わない者から紙書面が提出された場合は,裁判所書記官がその内容をファイルに記録する仕組みが同法132条の12に置かれている。
電子提出は,送信操作だけでなく,裁判所のファイルに記録された時に裁判所へ到達したものと扱われる。
期限のある提出では,受付結果を確認し,通信障害又はシステム障害を見越して余裕をもって操作する必要がある。
3 手数料と郵便費用
全面施行後の民事訴訟の申立手数料は,原則としてPay-easyを利用して納付する。
従来は別に予納していた送達用の郵便費用は申立手数料に一本化され,民事訴訟の新規申立てで郵便切手等を別途予納する仕組みは改められた。
具体的な金額及び納付方法は事件類型によって確認を要する。
新規申立ての入力項目,添付書類及び費用納付の実務は,mintsで訴訟を提起する方法で整理している。
第3 システム送達・電子記録・証拠
1 システム送達と1週間の経過
裁判所のシステムを利用して送達を受ける旨を届け出た者には,民事訴訟法109条の2に基づくシステム送達をすることができる。
裁判書類が閲覧又はダウンロードできる状態になったことは,登録した電子メールアドレス等への通知で知らされる。
送達の効力は,同法109条の3により,①書類を閲覧した時,②書類を端末へ記録した時,③閲覧又は記録が可能になった旨の通知が発せられた日から1週間を経過した時のうち,最も早い時に生ずる。
ただし,自己の責めに帰することができない事由により閲覧又は記録ができなかった場合の例外がある。
通知メールを読んだ日だけで期限を管理すると,法定期間の起算を誤るおそれがある。
閲覧・ダウンロード時刻及び通知日を記録する実務は,mintsのシステム送達と期限管理で詳しく扱っている。
2 紙の書証と電磁的記録の証拠調べ
全面施行後も,紙の契約書,領収書その他の文書を証拠として提出できる。
紙の文書を書証として申し出る場合は,その写しに代わる画像情報を原則としてPDF形式であらかじめ提出するが,紙原本の存在及び提出・提示の要否は別問題である。
改正法は,紙文書の画像とは別に,電磁的記録に記録された情報の内容を証拠調べの対象とする制度を民事訴訟法231条の2及び231条の3に置いた。
電磁的記録の複製は,原則としてPDF,MP4,MP3,JPEG又はPNG形式で提出し,変換できない場合は記録媒体を用いる。
紙原本,紙の写しを画像化したPDF及び電磁的記録そのものは,証拠法上の位置付けが同じではない。
証拠説明書と原本・写し・記録外データの区別は,mintsの証拠説明書の作り方・提出方法で整理している。
3 訴訟記録・判決書・強制執行
新法事件の訴訟記録は,原則として電子データで保管され,当事者は一定の範囲で裁判所のシステムを通じて閲覧又はダウンロードできる。
裁判所は判決書も電子的に作成し,システム送達の対象とすることができる。
民事執行手続そのものは令和8年5月21日に全面デジタル化されたわけではない。
そこで,電子判決書等に基づいて強制執行を申し立てる場合は,記録事項証明書又は事件を特定するための情報を利用して,電子化された債務名義と執行手続を接続する経過的な仕組みが設けられている。
事件特定情報提供書面と記録事項証明書の違いは,事件特定情報提供書面と民事訴訟法91条の3で扱っている。
電子化後の記録保存は,mints後の裁判記録の保存期間を参照されたい。
第4 ウェブ会議等による期日
1 弁論準備手続・和解・口頭弁論
令和5年3月1日から,当事者双方が裁判所へ現実に出頭しない場合でも,ウェブ会議又は電話会議によって弁論準備手続及び和解の期日に参加できるようになった。
令和6年3月1日からは,民事訴訟の口頭弁論についても,裁判所が相当と認めるときは,ウェブ会議により参加できる。
ウェブ会議による口頭弁論への参加は,民事訴訟法87条の2により出頭として扱われる。
もっとも,当事者が希望すれば常にウェブ参加できるという権利ではなく,裁判所が意見を聴いた上で相当性を判断する。
2 参加場所は無条件に自由ではない
ウェブ会議又は電話会議で期日に参加する場合,参加場所はどこでもよく,裁判所に何も説明しなくてよいとはいえない。
民事訴訟規則88条2項は,裁判所が通話者及び通話先の場所が手続を実施するのに適切であることを確認すると定めている。
したがって,第三者に会話を聞かれる場所,通信が不安定な場所又は本人確認が困難な環境は避けるべきである。
具体的な参加場所,機器,接続方法及び補助者の同席は,事前に裁判所と調整する必要がある。
3 証人尋問等
民事訴訟法204条は,証人が遠隔地に居住する場合,心身の状態等から受訴裁判所への出頭が困難な場合又は当事者に異議がない場合等に,映像と音声を相互に送受信する方法で証人尋問をすることを認めている。
証人は裁判所以外の場所から参加できる場合があるが,裁判所の判断,通信環境,本人確認及び不当な影響を受けない環境の確保が前提となる。
4 和解に関する二つの規定
民事訴訟法264条は,当事者双方が裁判所へ出頭することが困難な場合等に,裁判所又は受命裁判官・受託裁判官が提示した和解条項案を当事者双方が書面で受諾し,一定の要件を満たしたときに和解成立とみなす制度を定める。
同条の改正により,従来のように一方当事者の出頭を常に要する仕組みではなくなった。
これとは別に,同法265条の裁定和解は現行法に残っている。
当事者が共同の申立てにより,請求の趣旨及び原因並びに争いの状況を示して,裁判所の定める和解条項に服する旨を申し立てる制度であり,デジタル化によって廃止されたわけではない。
第5 民事訴訟以外の手続のデジタル化
1 令和8年5月21日に全面化されなかった手続
民事執行,民事保全,破産その他の倒産,労働審判等の非訟事件,人事訴訟及び家事事件は,令和8年5月21日に一部のウェブ期日等が利用可能になったものの,オンライン申立て,システム送達及び事件記録の全面電子化まで同日に一斉に実施されたわけではない。
民事訴訟の全面施行日と,これらの手続の全面デジタル化日を区別する必要がある。
例えば,破産手続の現在と将来の仕組みは,破産手続のIT化で整理している。
個別事件については,その事件類型がmintsの対象かを利用できる裁判所と対象事件で確認する必要がある。
2 令和5年法律第53号の施行時期
令和5年法律第53号は,民事執行,民事保全,倒産,非訟,民事調停,労働審判,人事訴訟及び家事事件等について,オンライン申立て,ウェブ期日,電子記録及びシステム送達等を整備する法律である。
同法のうち,ウェブ会議等による期日参加及び電子化された債務名義と執行手続をつなぐ規定等は,令和8年5月21日に施行された。
同法の全面施行日は,公布の日である令和5年6月14日から5年以内の政令で定める日であり,令和8年9月9日現在,具体的な日は決まっていない。
裁判所はオンライン申立て等の対象化を令和10年6月までに予定すると案内しているが,これは「令和10年6月に施行」と確定したことを意味しない。
第6 民事裁判情報のデータベース化
1 令和7年法律第49号
民事裁判情報の活用の促進に関する法律は,令和7年5月23日に成立し,同月30日に令和7年法律第49号として公布された。
同法は,法務大臣が全国で一つの非営利法人を民事裁判情報管理提供機関として指定し,最高裁判所から取得した民事裁判情報を仮名処理等した上で管理・提供する制度を予定している。
対象となる情報は,電子化された民事判決書等を基礎とする。
判決情報の公開範囲,プライバシー保護,仮名処理の精度,提供条件及び費用は,制度の実効性を左右する重要な論点である。
2 全面運用済みではない
同法は令和8年1月15日に一部施行され,法務大臣は同年4月10日,公益財団法人日弁連法務研究財団を民事裁判情報管理提供機関に指定した。
しかし,最高裁判所から情報提供を受け,仮名処理したデータを利用者へ提供する中核部分には別の施行日が予定されている。
したがって,令和8年9月9日現在,民事裁判情報データベースが法律に基づいて全面運用され,すべての民事判決へ既にアクセスできると説明するのは正確でない。
施行状況は,法務省の法律案ページ及びe-Gov法令検索で確認する必要がある。
第7 デジタル化の導入経過
1 フェーズ1からフェーズ3まで
民事裁判手続のデジタル化は,一度に切り替えられたのではなく,運用と法改正を段階的に組み合わせて進められた。
令和2年2月3日には,知的財産高等裁判所と8地方裁判所本庁で,現行法下のウェブ会議等を用いた争点整理の運用が始まり,その後,全国の地方裁判所本庁・支部及び高等裁判所へ拡大した。
令和4年には,全面施行前の係属事件で書面を電子提出するmintsの運用が段階的に始まった。
その後,法改正によるウェブ期日の拡大を経て,令和8年5月21日にオンライン提出及び電子事件管理を含むフェーズ3へ移行した。
この経過から,旧法下のウェブ会議,旧制度のmints及び全面施行後の法定電子手続を同じものとして扱うべきではない。
裁判所の基幹システム全体については,最高裁判所が開発しているmints,RoootS及びTreeeSで扱っている。
2 主要な施行日
| 日付 | 内容 |
|---|---|
| 令和5年2月20日 | 住所・氏名等の秘匿制度 |
| 令和5年3月1日 | 当事者双方がウェブ会議・電話会議で弁論準備手続及び和解期日に参加できる制度 |
| 令和6年3月1日 | ウェブ会議による民事訴訟の口頭弁論 |
| 令和7年3月1日 | 人事訴訟のウェブ口頭弁論並びに人事訴訟・家事調停でのウェブ離婚・離縁等 |
| 令和8年5月21日 | 電子申立て,システム送達,電子記録,電子判決書等を含む民事訴訟法改正の全面施行 |
各段階の施行日は,法務省「民事訴訟法等の一部を改正する法律について」にまとめられている。
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