第1 令和8年8月20日現在の結論
1 破産申立てのオンライン化はまだ始まっていない
破産手続のIT化は,令和8年5月21日に全面実施されたわけではない。同日から実施されたのは,主として一般調査期日,特別調査期日及び債権者集会へのウェブ参加である。破産申立て,債権届出,管財人報告,事件記録,送達及び配当関係書類を一体としてデジタル化する改正部分は,同年8月20日現在,未施行である。
裁判所の「民事裁判手続のデジタル化」も,現在のオンライン申立ての対象から倒産等の非訟手続を除外し,これらを令和10年6月までに対象とする予定であると案内している。したがって,民事訴訟でmintsの運用が始まったことを理由として,破産申立ても現在オンラインでできると理解してはならない。民事訴訟における現行のmintsは,mintsの実務解説で別に整理している。
2 現在と全面施行後の違い
令和5年法律第53号のうち破産法を改正する部分は,公布日である令和5年6月14日から5年を超えない範囲内において政令で定める日に施行される。具体的な全面施行日はまだ定められていないが,法定期限は令和10年6月14日であり,裁判所の案内は「令和10年6月まで」としている。
| 手続場面 | 令和8年8月20日現在 | 全面施行後 |
|---|---|---|
| 破産申立て | 裁判所の現在の運用ではオンライン申立ての対象外である。 | オンライン申立てが可能となり,委任を受けた代理人等には原則としてオンライン利用義務が生じる。 |
| 破産債権の届出 | 書面による届出が基本である。 | オンライン届出が可能となり,オンライン利用義務者には届出についても義務が及ぶ。 |
| 一般・特別調査期日 | 裁判所が相当と認めるときはウェブ参加ができる。 | 現行のウェブ参加制度が続く。 |
| 債権者集会 | 裁判所が相当と認めるときはウェブ参加ができる。 | 現行のウェブ参加制度が続く。 |
| 管財人の提出 | 認否書,財産目録,貸借対照表及び配当表等は現行媒体による。 | 管財人の申立て,報告及び各種書類のオンライン提出が原則となる。 |
| 事件記録・債権者表 | 紙の文書等を前提とする。 | 電子事件記録及び電磁的な破産債権者表が手続の基盤となる。 |
| 送達・記録閲覧 | 破産手続全体の電子送達及び電子記録の遠隔閲覧は未実施である。 | 電子送達,電子記録の閲覧・複製及び記録事項証明の制度が導入される。 |
| 官報公告 | 官報公告を行う。 | 官報公告を維持する。 |
令和7年の地方裁判所破産事件は,新受9万2059件,既済8万9314件,未済3万2522件であり,このうち個人事件の新受は8万3255件である。多数の事件を処理するデジタル化には,重複入力と転記を減らす効果が期待できる反面,誤ったデータが後続手続へ広がらない検証も必要となる。
なお,破産法8条の4には,「最高裁判所の定める裁判所」に対する申立て等を電子情報処理組織で行うことができる旨の規定が既にある。しかし,同条は裁判所側で紙に出力する仕組みを含む暫定規定であり,裁判所の現在の案内も倒産手続を対象外としている。抽象的な法文上の可能性と,実際に利用できる全国的なオンライン手続とは区別する必要がある。
3 ウェブ期日に参加できる範囲
破産法121条の2は,裁判所が相当と認めるときに,裁判所,破産者,破産管財人及び届出破産債権者が,映像と音声によって相互に相手の状態を認識しながら通話する方法で一般調査期日の手続を行うことを認める。この方法で参加した者は,期日に出頭したものとみなされる。破産法122条2項が同制度を特別調査期日に準用するため,特別調査期日も対象となる。
破産法136条の2は,債権者集会について,破産者,破産管財人及び届出破産債権者に加えて外国管財人のウェブ参加を認める。破産規則43条の2及び45条の2は,裁判所が通話者とその所在場所を確認し,手続を実施するために適切な場所であることを確認するものとしている。単に通信できれば足りるのではなく,本人性,第三者の介入,秘密保持及び手続の公正を保てる環境が必要である。
第2 全面施行後に変わる手続
1 申立てと債権届出
令和5年法律第53号249条による破産法改正は,申立てその他の申述をオンラインで行う法的基盤を設ける。委任を受けた代理人,破産管財人,保全管理人及び一定の公的主体等は,責めに帰することができないシステム障害等の例外を除き,オンライン利用義務を負う。一方,本人申立て又は本人による債権届出まで一律に義務化する制度ではない。
債権届出のオンライン化では,債権者名,債権額,原因,優先権,別除権及び執行力ある債務名義等の届出事項を,後続の認否,異議,査定及び配当へどのように引き継ぐかが重要となる。オンライン提出が可能になることと,債権の存在又は優先順位が自動的に認められることは別である。破産債権の届出内容は引き続き破産法111条に従い,実体的な認否は証拠と実体法に基づいて行われる。
2 管財人提出書類と電子事件記録
全面施行後は,管財人が提出する認否書,財産目録,貸借対照表,財産状況報告書,配当表及び免責調査報告等もオンライン提出の対象となる。事件記録は電子化され,裁判所内部の事件管理,管財人からの提出,送達,閲覧及び証明の共通基盤となる。破産債権者表も電磁的記録として作成・更正され,配当手続の記録と連携する。
もっとも,電子化によって閲覧権の実体的な範囲が無限定に広がるわけではない。現行の破産法11条及び12条は,利害関係人による閲覧等の時期・範囲を定め,財団の管理又は換価に著しい支障を生ずるおそれのある部分を制限する仕組みを設けている。全面施行後は,この規律を利用者の認証,事件ごとの権限及び文書ごとの表示制御へ正確に置き換える必要がある。
3 電子送達と債権者への情報提供
全面施行後は,電子裁判書及び主文情報のインターネット送達が導入され,オンライン利用義務者には受領に必要な届出義務が生じる。管財人が裁判所へ提出した書類について,債権者への通知と閲覧を同じシステム上で行えば,郵送費用と通知の遅れを減らせる可能性がある。
ただし,成立した法律は,管財人があらゆる進捗,FAQ又は任意資料を債権者向けサイトへ掲載することまで一律の法定義務としたものではない。どの情報を,誰に,いつ,どの範囲で提供するかは,今後の規則,システム仕様及び個別事件の運用によって具体化される。
第3 「5つのe」と実際のシステム設計
1 研究会提言と成立法は同じではない
倒産手続IT化研究会は,破産,再生及び更生を横断する構想を,①申立て等の「e提出」,②裁判所と管財人等による「e事件管理」,③調査期日・集会等の「e集会」,④債権届出から認否・配当までを連携する「e届出」,⑤管財人等から債権者へ情報を届ける「e情報提供」という「5つのe」で整理した。研究会は,これらを相互に連携させ,提出から情報提供までを一貫して処理する構想を示した。
これは制度設計に大きな影響を与えた提言であるが,「5つのe」の全機能がそのまま法律で確定したわけではない。成立法が定める法的可能性,最高裁判所が構築するシステムの実装,裁判所及び管財人の運用を分けて確認する必要がある。システム名,画面,入力項目,ファイル上限,認証方法及び障害時の代替手順は,令和8年8月20日現在,公表資料だけでは確定できない。
2 PDF提出ではなくデータを後続手続へつなぐ方向
規制改革推進会議「規制改革実施計画のフォローアップ結果について」は,令和10年6月までに予定される電子システムについて,債権届出情報をテキストデータで入力できるようにし,債権調査,配当額計算その他の後続手続へ自動的に利用できる方向で環境整備を進めるとしている。また,管財人が裁判所へ提出した書類について,債権者へ電子的通知を発し,債権者が電子閲覧できる機能も掲げる。
この方向が実現すれば,同じ債権者名,債権額又は口座情報を何度も転記する作業を減らせる。しかし,データの再利用は,最初の入力誤りも後続手続へ伝播させる。機械的な突合は不一致の発見に適するが,どちらの資料が正しいか,債権が法的に存在するか,どの順位で扱うかという認否判断は,管財人及び裁判所に残る。
3 大規模事件の実証例
倒産手続IT化研究会の最終取りまとめは,知れている債権者が約4800名の大規模事件において,約4500名が債権届出をし,約4420名がオンライン,約80名が書面を選択した実例を報告する。オンライン届出,管財人の認否,認否一覧,配当表,振込データ及び債権者向け情報提供を連携させ,開発費は約400万円であった。
一方,届出変更,名義変更,疎明資料及び異議通知等をシステム外で処理した部分には不便が残り,電子メールを確認しない債権者には郵送を併用した。この実例は一気通貫のデータ利用の効果を示すが,研究会による匿名化された報告であり,全国の事件に同じ利用率又は費用が当てはまることを示す統計ではない。
第4 全面施行までに残る主要論点
1 専門職のオンライン義務と本人支援
専門職等にオンライン利用を義務付けることには,紙と電子の二重運用を避け,データ再利用の効果を高める利点がある。他方,破産事件には本人申立人及び小口の一般債権者も参加するため,端末,通信環境,障害,言語又は操作知識の差が届出機会の喪失につながらない仕組みが必要である。
成立法は,専門職等には原則としてオンライン利用を義務付ける一方,本人にはオンライン利用の道を開きつつ書面手続を残す。実際のアクセス保障には,裁判所の端末,窓口・電話支援,アクセシビリティ,スマートフォン対応及び支援者による補助をどこまで用意するかが重要となる。
2 本人確認と配当口座の安全性
本人確認を過度に厳格にすれば,一般債権者の届出を阻害する。他方,届出変更,債権名義の変更又は配当口座の変更では,なりすまし及び送金先の乗っ取りに備える必要がある。令和8年6月公表の規制改革フォローアップも,現在の書面届出で一律に厳格な本人確認をしていないことを踏まえ,電子届出だけに不要な負担を課さない方向を示している。
閲覧,初回届出,届出内容の変更,名義変更,異議及び配当口座変更は,危険の程度が同じではない。低危険の操作まで一律に強い認証を求めるのではなく,財産移転へ直結する操作ほど確認を強くし,変更通知と操作履歴を残す段階的な設計が考えられる。
3 システム障害と期限管理
申立て又は債権届出の期間末日に障害が起きると,手続上の不利益が生じ得る。電子的な提出では,裁判所のサーバに記録された時を到達時とする仕組みが基本となるため,受領時刻が分かる通知,障害ログ,再送手順,代替提出方法及び障害の公表が必要である。
大規模消費者事件では,多数の債権者が期限直前に接続することも想定される。利用者側も,送信画面だけで提出済みと判断せず,受領結果を保存し,障害時には公表された代替方法を確認する必要がある。具体的な障害時基準は未公表であるため,現在の破産事件では,オンライン化を待たずに開始決定等で定められた方法と期限に従うべきである。
4 電子閲覧,個人情報及び官報公告
電子記録の遠隔閲覧は,利害関係人の情報アクセスを改善する反面,大量取得,検索,照合及び再公開を容易にする。権限に応じた表示範囲,アクセスログ,個人識別情報の最小化,不審な大量取得への対応及び保存期間経過後の処理が必要であるが,技術的制御によって破産法上の閲覧権を実質的に奪うことも許されない。
個人情報保護委員会の令和4年7月20日の公表は,官報に掲載された破産者等の個人データを地図・一覧として提供した事業者について,個人情報保護法違反を認定し,勧告,命令及び刑事告発等を行った。これは行政上の対応であり,破産法上の官報公告を違法とした裁判例ではない。公開情報であっても,取得後のデータベース化,検索可能化,第三者提供及び利用目的は別に法的評価を受ける。
一方,令和5年改正は,債権者の手続参加及び権利行使の機会を保障する公告機能を重視し,官報公告を維持した。電子化後も官報情報の二次利用問題は残る。官報の電子化,法令公布・公告及び閲覧方法は別記事で整理している。
第5 実務上の準備
1 申立代理人
申立代理人は,紙又はPDFだけを最終成果物とせず,財産目録,債権者一覧及び証拠資料の元データを再利用できる形で管理する必要がある。また,依頼者による入力と代理人の確認を分け,送信直前に通帳,登記,契約書及び債権者資料との照合を行い,提出者,送信時刻,受領結果,訂正履歴及び障害画面を保存する運用が考えられる。
誤ったファイル又は秘匿すべき資料を提出した場合に備え,裁判所への連絡,秘匿の申出,差替え及び関係者への報告の手順も事前に決める必要がある。破産の申立要件,免責及び換価・配当等の一般的な実務は,倒産事件の実務メモで別に扱っている。
2 破産管財人
破産管財人は,債権者名の表記揺れと重複を処理し,債権種別,優先権,別除権,通知先及び配当口座を区別するデータ項目を整える必要がある。自動突合の結果と認否の法的根拠を分け,機械的な一致だけで認否しないことが重要である。
また,裁判所の電子事件記録と,債権者向けに能動的に提供する情報を区別し,閲覧者,公開範囲,更新責任及び保存期間を定める必要がある。大規模事件では,アクセス集中,電子メールの不達,ログイン未了者及び書面による補完通知を含む運用設計が必要となる。
3 企業・金融機関等の債権者
反復して債権届出を行う企業及び金融機関は,法人アカウントの管理者,届出担当者,代理権及び異動・退職時の権限削除を定める必要がある。債権額,原因,疎明資料及び配当口座を基幹システムから安全に出力できれば,転記負担を減らせるが,具体的なデータ仕様が公表されるまでは独自形式を確定すべきではない。
届出期限だけでなく,認否通知,異議,査定及び配当口座の確認も案件管理へ取り込み,電子通知が迷惑メール又は担当者不在によって見落とされない体制を整える必要がある。以上は公表済みの法制度と政策資料から導く準備事項であり,今後公表される最高裁判所規則及びシステム仕様に応じて見直す必要がある。
第6 出典・参考資料
1 法令・規則
①e-Gov法令検索「破産法」(平成16年法律第75号)。8条の4,11条,12条,111条,121条の2,122条2項及び136条の2等を参照した。
②衆議院「民事関係手続等における情報通信技術の活用等の推進を図るための関係法律の整備に関する法律」(令和5年法律第53号)。249条及び附則1条を参照した。
③最高裁判所「破産規則」。43条の2及び45条の2を参照した。
2 裁判所・法務省・政府資料
①裁判所「民事裁判手続のデジタル化」。令和8年5月21日施行部分及び倒産等の非訟手続の予定時期を参照した。
②法務省「民事関係手続等における情報通信技術の活用等の推進を図るための関係法律の整備に関する法律について」及び同頁掲載の概要資料を参照した。
③倒産手続IT化研究会「倒産手続のIT化に向けた最終取りまとめ」,令和4年,53頁~60頁(PDF57頁~64頁)。「5つのe」及び大規模事件の実証例を参照した。
④規制改革推進会議「規制改革実施計画のフォローアップ結果について」,令和8年6月29日,44頁(PDF46頁)。倒産手続の電子システムに関する本人確認,テキスト入力,後続手続へのデータ利用及び電子通知の方針を参照した。
3 統計・個人情報
①最高裁判所『裁判所データブック2026』,48頁(PDF15頁)。令和7年の地方裁判所破産事件の件数を照合した。
②個人情報保護委員会「破産者等の個人情報を違法に取り扱っている事業者に対する個人情報の保護に関する法律に基づく行政上の対応について」,令和4年7月20日。
4 文献
①脇村真治編著『一問一答 新しい民事執行・民事保全・倒産及び家事事件等に関する手続(デジタル化等)』商事法務,令和7年8月20日,PDF163頁~184頁。