弁護士の懲戒事由


目次

1 総論
2 弁護士及び弁護士会には,懲戒請求者の予断や偏見を解きほぐすように努めることが求められていること
3 弁護士に対する懲戒請求が不法行為となる場合
4 名誉毀損の違法性が阻却される場合等
5 名誉毀損の成立が否定される場合であっても,弁護士会の懲戒対象となる場合があること(最高裁平成23年7月15日判決)
6の1 弁護士に対する名誉毀損又は侮辱に関する懲戒事例
6の2 弁護士職務基本規程70条及び71条
7 単位弁護士会と日弁連の判断が分かれた,懲戒原因としての誹謗中傷の具体例
8 準備書面の表現で相手方を激しく攻撃しすぎた行為に基づく懲戒事例
9 令和3年3月1日発効の「タヒね」懲戒,及び対象弁護士の日弁連総会における発言内容等
10 「品位を失うべき非行」という概念は不明確であるとする,弁護士法人ベリーベスト法律事務所等の意見
11 参考になる外部HP等の記事
12 関連記事その他

1 総論

(1)ア 弁護士の懲戒事由は以下のとおりです(弁護士法56条1項)。
① 弁護士法に違反したとき
② 所属弁護士会又は日弁連の会則に違反したとき
③ 所属弁護士会の秩序又は信用を害したとき
④ その他職務の内外を問わずその品位を失うべき非行があったとき
イ 弁護士は,所属弁護士会及び日弁連の会則,会規及び規則を守らなければなりません(日弁連会則29条1項)。
(2) 「この規程〔注:弁護士職務基本規程のこと。〕は,弁護士の職務の多様性と個別性にかんがみ,その自由と独立を不当に侵すことのないよう,実質的に解釈し適用しなければならない。」(弁護士職務基本規程82条1項前段)とされています。
    そのため,弁護士職務基本規程の条項に形式的に違反する行為のすべてが直ちに懲戒の事由と判断されるのではなく,「品位を失うべき非行」(弁護士法56条1項)と同等の評価を受けるなどの視点から,事案に即した実質的な判断がなされることとなります。
(3) 「自由と独立」には,①権力からの自由と独立,②依頼者からの自由と独立,及び③他の弁護士との関係における自由と独立の三つの要素を含みます(弁護士職務基本規程2条参照)。
(4)ア 弁護士職務基本規程には,倫理規定・努力義務の規定と,行為規範・義務規定とが混在しており,その区別が必ずしも判然としません。
    そのため,弁護士職務基本規程82条2項で,倫理規定・努力義務の規定に当たる条文が個別に列挙されています(「弁護士の職務の行動指針又は努力目標を定めた弁護士職務基本規程の条文」参照)。
イ 弁護士は、常に、深い教養の保持と高い品性の陶やに努め、法令及び法律事務に精通しなければなりません(弁護士法2条)し,弁護士は,教養を深め,法令及び法律事務に精通するため,研鑽に努めます(弁護士職務基本規程7条)。
    そして,「弁護士は、事件の処理に当たり、必要な法令の調査を怠ってはならない。」と定める弁護士法37条1項は義務規定です(弁護士職務基本規程82条2項参照)から,必要な法令の調査を怠った場合,直ちに懲戒事由となります。
(5) 日弁連HPの「弁護士に対する懲戒」には,懲戒事由の例として以下のものが書いてあります。
① 依頼者からの預り金を横領するなどの犯罪行為がなされた場合
② 自分の事務所で資格のない者に法律事務を取り扱わせた場合
③ 依頼者の利益となるように内容が虚偽の書類を裁判所に提出した場合
④ 弁護士会の会費を正当な理由なく長期にわたって滞納した場合
(6)ア 弁護士は,法令により官公署から委嘱された事項について,職務の公正を保ち得ない事由があるときは,その委嘱を受けてはなりません(弁護士職務基本規程81条)。
イ   破産管財人の場合,個別の破産債権者との間で何らかの利害関係がある場合は就任を辞退することがありますし,成年後見人の場合,推定相続人との間で何らかの利害関係がある場合は就任を辞退することがあります。
   例えば,特定の破産債権者が自分の顧問先であるような場合,破産管財人には就任しませんし,推定相続人間で深刻な対立が発生している事案で特定の推定相続人と親しい関係にある場合,成年後見人には就任しません。

2 弁護士及び弁護士会には,懲戒請求者の予断や偏見を解きほぐすように努めることが求められていること

   橋下徹弁護士が第1審被告となった最高裁平成23年7月15日判決の裁判官須藤正彦の補足意見には以下の記載があります(改行を追加しました。)。
    弁護士は裁判手続に関わって司法作用についての業務を行うなど,その職務の多くが公共性を帯有し,また,弁護士会も社会公共的役割を担うことが求められている公的団体であるところ,主権者たる国民が,弁護士,弁護士会を信認して弁護士自治を負託し,その業務の独占を認め(弁護士法72条),自律的懲戒権限を付与しているものである以上,弁護士,弁護士会は,その活動について不断に批判を受け,それに対し説明をし続けなければならない立場にあるともいえよう。
    懲戒制度の運用に関連していえば,前記のとおり,弁護士会による懲戒権限の適正な行使のために広く何人にも懲戒請求が認められ,そのことでそれは国民の監視を受けるのだから,弁護士,弁護士会は,時に感情的,あるいは,無理解と思われる弁護活動批判ないしはその延長としての懲戒請求ないしはその勧奨行為があった場合でも,それに対して,一つ一つ丹念に説得し,予断や偏見を解きほぐすように努めることが求められているといえよう。
   あるいは,著名事件であるほどにその説明負担が大きくなることはやむを得ないところもあろう。

3 弁護士に対する懲戒請求が不法行為となる場合

(1)   弁護士法58条1項に基づく懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において,請求者が,そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに,あえて懲戒を請求するなど,懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには,違法な懲戒請求として不法行為を構成します(最高裁平成19年4月24日判決)。

(2) 最高裁平成19年4月24日判決の裁判官田原睦夫の補足意見には以下の記載があります(ナンバリング及び改行を追加しています。)。
① 弁護士に対する懲戒は,その弁護士が弁護士法や弁護士会規則に違反するという弁護士としてあるまじき行為を行ったことを意味するのであって,弁護士としての社会的信用を根底から覆しかねないものであるだけに,懲戒事由に該当しない事由に基づくものであっても,懲戒請求がなされたという事実が第三者に知れるだけでも,その請求を受けた弁護士の業務上の信用や社会的信用に大きな影響を与えるおそれがあるのである。
    このように懲戒請求がなされることによる影響が非常に大きいところから,虚偽の事由に基いて懲戒請求をなした場合には,虚偽告訴罪(刑法172条)に該当すると解されている。
② 弁護士に対して懲戒請求がなされると,その請求を受けた弁護士会では,綱紀委員会において調査が開始されるが,被請求者たる弁護士は,その請求が全く根拠のないものであっても,それに対する反論や反証活動のために相当なエネルギーを割かれるとともに,たとえ根拠のない懲戒請求であっても,請求がなされた事実が外部に知られた場合には,それにより生じ得る誤解を解くためにも,相当のエネルギーを投じざるを得なくなり,それだけでも相当の負担となる。
    それに加えて,弁護士会に対して懲戒請求がなされて綱紀委員会の調査に付されると,その日以降,被請求者たる当該弁護士は,その手続が終了するまで,他の弁護士会への登録換え又は登録取消しの請求をすることができないと解されており(平成15年法律第128号による改正前の弁護士法63条1項。現行法では,同62条1項),その結果,その手続が係属している限りは,公務員への転職を希望する弁護士は,他の要件を満たしていても弁護士登録を取り消すことができないことから転職することができず,また,弁護士業務の新たな展開を図るべく,地方にて勤務しあるいは開業している弁護士は,東京や大阪等での勤務や開業を目指し,あるいは大都市から故郷に戻って業務を開始するべく,登録換えを請求することもできないのであって,弁護士の身分に対して重大な制約が課されることとなるのである。
③ 弁護士に対して懲戒請求がなされることにより,上記のとおり被請求者たる弁護士の身分に非常に大きな制約が課され,また被請求者は,その反論のために相当な時間を割くことを強いられるとともに精神的にも大きな負担を生じることになることからして,法廷意見が指摘するとおり,懲戒請求をなす者は,その請求に際して,被請求者に懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について,調査,検討すべき義務を負うことは当然のことと言わなければならない。
④ 殊に弁護士が自ら懲戒請求者となり,あるいは請求者の代理人等として関与する場合にあっては,根拠のない懲戒請求は,被請求者たる弁護士に多大な負担を課することになることにつき十分な思いを馳せるとともに,弁護士会に認められた懲戒制度は,弁護士自治の根幹を形成するものであって,懲戒請求の濫用は,現在の司法制度の重要な基盤をなす弁護士自治という,個々の弁護士自らの拠って立つ基盤そのものを傷つけることとなりかねないものであることにつき自覚すべきであって,慎重な対応が求められるものというべきである。

4 名誉毀損の違法性が阻却される場合等

(1)ア   薬害エイズ関係の報道による名誉毀損事件に関する最高裁平成17年6月16日判決によれば,以下のとおりです。
① 事実を摘示しての名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには,上記行為には違法性がなく,仮に上記証明がないときにも,行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があれば,その故意又は過失は否定される(最高裁昭和41年6月23日判決最高裁昭和58年10月20日判決参照)。
② ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,上記意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り,上記行為は違法性を欠くものというべきであり,仮に上記証明がないときにも,行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があれば,その故意又は過失は否定される(最高裁平成元年12月21日判決最高裁平成9年9月9日判決参照)。
イ 同じ日付で出された上告棄却決定としての最高裁平成17年6月16日決定(原判決は別です。)には,名誉毀損の成立を否定すべきとする裁判官島田仁郎の詳細な反対意見が付されています。
(2) 客観的事実の摘示よりも,意見ないし論評の表明の方が,人格を否定する侮辱的表現であるとか,誹謗中傷であるなどとして懲戒原因になっている気がします。
(3) 立命館大学HPに「謝罪広告請求の内容とその実現」が載っています。

5 名誉毀損の成立が否定される場合であっても,弁護士会の懲戒対象となる場合があること(最高裁平成23年7月15日判決)

(1)ア 大阪弁護士会に所属し,タレント活動もしていた橋下徹弁護士が,平成19年5月27日に放送された読売テレビ放送株式会社制作に係る「たかじんのそこまで言って委員会」(平成27年4月以降は「そこまで言って委員会NP」)と題する娯楽性の高いテレビのトーク番組において,光市母子殺害事件の弁護団を構成する弁護人に対する懲戒請求を呼びかけた行為について,
    大阪弁護士会は,平成22年9月17日,意見論評の域を逸脱すること,刑事事件及び弁護士会の懲戒請求について誤った認識を与えたこと等を理由に,2ヶ月間の業務停止処分としました。
    しかし,最高裁平成23年7月15日判決は,原審である広島高裁平成21年7月2日判決(最高裁平成18年6月20日判決により差戻しされた後の第2次控訴審判決)を破棄した上で,橋下徹弁護士の発言は不法行為法上違法とはいえないと判断しました(第1審被告である橋下徹弁護士が最高裁で逆転勝訴しました。)。
    このように弁護士会の判断と最高裁判所の判断が一致しない事例は存在します。
イ 平成11年4月14日に山口県光市で発生した光市母子殺害事件については,最高裁平成24年2月20日決定が,死刑判決を下した広島高裁平成20年4月22日判決を支持しました。
ウ 最高裁平成23年7月15日判決は,一般論として以下のとおり判示しています。
     刑事事件における弁護人の弁護活動は,被告人の言い分を無視して行うことができないことをその本質とするものであって,被告人の言い分や弁護人との接見内容等を知ることができない場合には,憶測等により当該弁護活動を論難することには十分に慎重でなければならない。
(2)ア 判例タイムズ1257号(2008年2月15日付)に「不当提訴並びに提訴に関する新聞記事の掲載及び弁護士による記者会見と名誉毀損,プライバシー侵害の成否が問題となった事例」(筆者は48期の鈴木和典 山形地裁判事。東京高裁平成18年8月31日判決を取り上げたもの)が載っています。
イ 対象弁護士は東京高裁平成18年8月31日判決で勝訴したものの,同年1月10日付の日弁連懲戒委員会議決(反対意見2名)では,原決定取消・戒告となりました(弁護士懲戒事件議決例集(第9集・平成18年度)10頁ないし22頁)。

6の1 弁護士に対する名誉毀損又は侮辱に関する懲戒事例(1) 平成20年9月17日発効の京都弁護士会の戒告

・ 「2006年6月17日、日弁連の委員会のメーリングリストに、懲戒請求者の氏名や懲戒請求者に直接結びつく事実関係の記載をせずに、懲戒請求者について、「被害者の代理人であるかのように装い、被害者のための情報を引き出そうとするなど弁護士はおろか人間としての風上にもおけません」等の内容の記事を投稿した」行為について,弁護士職務基本規程70条に違反し,弁護士としての品位を失うべき非行に当たるとされました(自由と正義2009年1月号151頁)。
(2) 平成20年10月6日発効の大阪弁護士会の戒告
・ 破産管財人Eが提起した,弁護士報酬に関する否認請求事件において提出した反論書11通等において,
    Eに対し,「「破産者の操り人形に成り下がり」「逃げ回る管財人」等20カ所以上の、Bに対し、「非弁整理屋が噛んでいるのであろう。明らかに犯罪行為である」等数カ所の、Dに対し、「申立代理人としてはほとんど何も仕事をしていない」等数カ所の、それぞれ防御権行使としての相当性を超えた表現で、多数の誹誇中傷を重ねた」行為について,弁護士職務基本規程70条に違反し,弁護士としての品位を失うべき非行に当たるとされました(自由と正義2009年2月号136頁)。
(3) 平成26年9月13日発効の日弁連の戒告
・ 争点とは何らの関係がないにもかかわらず弁護士たる懲戒請求者の名誉を段損する部分を残したまま、これを含む書面を殊更提出した行為について,関係者の強い要望に基づく行為であり,かつ,判決に従って懲戒請求者に対し損害賠償金の支払をしたという事情がありましたが,弁護士職務基本規程70条に違反し,弁護士としての品位を失うべき非行に当たるとされました(自由と正義2014年11月号100頁)。
(4) 平成27年9月9日発効の千葉県弁護士会の戒告
・ 「2006年8月及び同年12月に懲戒請求者株式会社Aを被告として提起された不当利得返還請求事件の上告審において、他の弁護士と共に被上告人代理人として、上告人懲戒請求者A社の代理人である懲戒請求者B弁護士の名誉、信用及び名誉感情を段損する内容が記載されたC作成の報告書を証拠として最高裁判所及び上告人代理人の事務所へ送付した」行為について,弁護士職務基本規程70条に違反し,弁護士としての品位を失うべき非行に当たるとされました(自由と正義2015年12月号95頁)。
(5) 平成28年2月10日発効の第二東京弁護士会の戒告
・ 例えば,以下の行為について,弁護士職務基本規程70条及び71条に違反し,弁護士としての品位を失うべき非行に当たるとされました(自由と正義2016年6月号133頁)。
① 「控訴理由書において、争点とは直接関係がなく、要証事実との関連性が薄いにもかかわらず、懲戒請求者A弁護士が「フィクサーとして関与した」「良心の呵責なく「不正行為の助長をしている」」「何とか金銭を巻き上げようとする魂胆」等の事実を、裏付ける根拠もなく摘示した上、懲戒請求者A弁護士の個人の人格を攻撃するような表現を複数回にわたり執拗に繰り返し、同年10月18日の控訴審口頭弁論期日において上記控訴理由書を陳述した」行為
② 「訴状等において、不必要に懲戒請求者A弁護士の個人の人格を攻撃するような表現を複数回にわたり執拗に繰り返し、口頭弁論期日において上記訴状等を陳述した」行為
(6) 平成28年8月23日発効の新潟県弁護士会の戒告
・ 以下の行為について,弁護士職務基本規程70条及び71条に違反し,弁護士としての品位を失うべき非行に当たるとされました(自由と正義2017年1月号105頁)。
① 「2015年3月31日、多数の者が閲覧することが可能なインターネット上のソーシャルネットワーキングサービスにおいて、懲戒請求者A弁護士に対し、「お前は馬鹿だ」、「あなたが弁護士をやめろ」、「あなたと顔を合わせた際、第一にやるべきことはあなたを殴ることです」等の攻撃的かつ威圧的で懲戒請求者A弁護士を侮辱する書き込みをした」行為
② 「2015年4月13日、上記ソーシャルネットワーキングサービスにおいて、懲戒請求者A弁護士について懲戒事由があることを事実上法律上裏付ける相当な根拠について調査、検討をした形跡もないまま、懲戒請求者A弁護士に対する懲戒請求書案として7項目にわたる非行事実の骨子を示した上、相当程度の業務停止処分を科するのが相当である旨の書き込みをした」行為
(7) 平成29年1月14日発効の新潟県弁護士会の戒告
・ 以下の行為について,弁護士職務基本規程70条に違反し,弁護士としての品位を失うべき非行に当たるとされました(自由と正義2017年5月号83頁)。
    管理組合法人Aから2014年5月7日に損害賠償請求事件及び競売請求事件を提起された各被告の訴訟代理人であったところ、上記両事件の係属中に、懲戒請求者Bを含むA法人の組合員である区分所有者約60名に対し、上記両事件の原告訴訟代理人である懲戒請求者C弁護士について、「弁護士の発言とは思えない」、「管理組合法人の代理人を務めることは弁護士倫理に反し、懲戒の対象となる可能性がある」と記載した手紙、「なんの勝算もなく、競売事件の裁判を始めたとしか考えられません」、「人権感覚がないのではないかと疑いたくなる」、「証拠上、間違いが明らかになった後も、組合員の皆様に嘘を言い続けているのは、信じられません」、「『嘘も百篇つけばホントになる」とでも思っているのでしょうか」と記載した手紙、「『自分がやることは全て正しいが反対派のやることは同じ行為でも間違いである』と言っているに等しく、正気とは思えません」と記載した手紙を順次送付し、上記区分所有者に対する客観的な経緯の説明や情報、さらには批判の域を逸脱し、上記区分所有者との関係において懲戒請求者C弁護士を誹誇中傷した。
(8) 平成29年9月16日発効の第二東京弁護士会の戒告
・ 以下の行為について,弁護士職務基本規程70条及び71条に違反し,弁護士としての品位を失うべき非行に当たるとされました(自由と正義2018年1月号92頁)。
    被懲戒者が代表を務める法律事務所の勤務弁護士であった懲戒請求者A弁護士に対し、懲戒請求者A弁護士が上記法律事務所を退所する前に被懲戒者を補助した4件の事件に関し、歩合制に基づき支払った着手金の一部の返還を請求するに当たり、上記事件のうち1件については要返還額が客観的に明らかであったものの、他の3件については要返還額が不明であったにもかかわらず、金額が客観的に確定しているかのどとき前提の下に、2014年12月6日、被懲戒者の請求に応じないときは、「破産宣告の申立をする」、「就職先の事務所に請求する」、「弁護士生命が断たれるに等しい」旨の懲戒請求者A弁護士に恐怖心を抱かせる可能性が高い言葉を用いたメールを送信した。
(9) 平成30年3月30日発効の新潟県弁護士会の戒告
・ 「懲戒請求者A弁護士との間で、ツイッター上のアカウントを使用し、ヘイトスピーチをめぐり互いに批判し非難する書き込みを応酬していたところ、2015年11月9日午後2時49分から同日午後10時23分までの間、懲戒請求者A弁護士について、所属弁護士会の綱紀委員会の識を経て懲戒委員会における審理が開始した旨の懲戒手続に関する具体的情報をツイッター上に書き込んで事実上公表した」行為について,弁護士職務基本規程70条及び71条に違反し,弁護士としての品位を失うべき非行に当たるとされました(自由と正義2017年1月号105頁)。
(10) 平成31年3月25日発効の第一東京弁護士会の業務停止2月
・ 「A弁護士らを代理人として被懲戒者の妻Bに対し離婚訴訟を提起していたところ、上記訴訟に先立って行われた離婚調停の期日においてBないしBの代理人であった懲戒請求者C弁護士が調停委員に対してなしたとする、被懲戒者がBを一方的に攻撃し自分は悪くないという自己弁護を記載したメールを長女に対し送付したなどの発言が虚偽の発言であり、被懲戒者に対する名誉毀損に当たるなどとして、上記発言の基本的な部分が事実に基づくものであることを知りながら、A弁護士らを代理人として、懲戒制度を濫用する意図をもって、上記訴訟係属中の2014年4月14日、懲戒請求者C弁護士を対象として懲戒請求を行った。」行為について,弁護士職務基本規程70条及び71条に違反し,弁護士としての品位を失うべき非行に当たるとされました(自由と正義2019年7月号123頁及び124頁)。
→ 2020年弁護士懲戒事件議決例集(第23集)21頁によれば,第一東京弁護士会の懲戒委員会議決書には,「対象弁護士Yは,離婚の解決を急いでいたが思うように話が進んでいなかったことより,懲戒請求者に対して懲戒請求する旨を伝えて懲戒請求者に圧力をかけるように指示するメール(乙ロ26及び27)を対象弁護士Aに送信していたことから,対象弁護士Yについては,懲戒請求制度を濫用する意図が明瞭であると断ぜざるを得ない。」と書いてあります。
(11) 平成31年3月25日発効の第一東京弁護士会の戒告((10)の事例の代理人弁護士です。)
・ 「A弁護士からその妻Bに対する離婚調停事件、離婚訴訟事件等を受任していたところ、A弁護士の代理人として、上記調停事件の期日においてBないしBの代理人であった懲戒請求者C弁護士が調停委員に対してなしたとする、A弁護士がBを一方的に攻撃し自分は悪くないという自己弁護を記載したメールを長女に対し送付したなどの発言が虚偽の発言であり、A弁護士に対する名誉毀損に当たるなどとして、A弁護士が上記発言の基本的な部分が事実に基づくものであることを知っていたにもかかわらず、A弁護士の弁解を軽信してしかるべき調査を尽くさず、上記訴訟係属中の2014年4月14日、懲戒請求者C弁護士を対象として懲戒請求を行った。」行為について,弁護士職務基本規程70条に違反し,弁護士としての品位を失うべき非行に当たるとされました(自由と正義2019年7月号124頁及び125頁)。
→ 2020年弁護士懲戒事件議決例集(第23集)21頁によれば,「対象弁護士Aについては,当委員会における陳述態度を見ても反省の情が顕著であり,懲戒請求者が希望するとおりの◯◯万円という高額な示談金を支払い,懲戒請求者との間で示談を成立させ,懲戒請求者から「本件非行事実を許し,懲戒請求を取り下げる」旨の供述を得,「できるだけ寛大な処分を望む」との上申書も提出されている。こうした事情を考慮し,今回に限り,対象弁護士Aについては戒告処分とするのを相当と考える」と書いてあります。
(12) 令和2年9月15日発効の富山県弁護士会の戒告
・ 「懲戒請求者Aを本訴原告とする訴訟において本訴被告の訴訟代理人であったところ、訴訟の争点と関連性がなく、提出の必要性及び相当性を欠くにもかかわらず、2018年3月12日、懲戒請求者Aの訴訟代理人であった懲戒請求者B弁護士に関する所属弁護士会綱紀委員会の議決書の一部を抜粋して、その写しを害証として裁判所等へ提出し、翌日撤回した」行為について,弁護士職務基本規程70条及び71条に違反し,弁護士としての品位を失うべき非行に当たるとされました(自由と正義2021年2月号62頁)。
(13) 令和3年3月31日発効の新潟県弁護士会の戒告
・ 「死亡したA弁護士について、2015年12月3日、ツイッター上に、「好訴妄想の弁護士さんを知っている。」、「好訴妄想(こうそもうそう、英:querulous delusion,独:Querulantenwahn)は、妄想反応の一種で、独善的な価値判断により自己の権益が侵されたと確信し、あらゆる手段を駆使して一方的かつ執拗な自己主張を繰り返すものをいう」と記載し、これを閲覧した一般人に「好訴妄想」があたかも国際的に認められた医学的疾病であるかのような印象を与え、A弁護士が精神的疾患を抱えていたのはないかとの印象を与える投稿をし、もって、A弁護士を不当に中傷した」行為について、弁護士職務基本規程70条に違反し、弁護士としての品位を失うべき非行に当たるとされました(自由と正義2021年8月号63頁)。
→ 刑法230条2項は「死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。」と定めていますし,明治40年4月に制定された当時の刑法230条2項は「死者ノ名誉ヲ毀損シタル者ハ誣罔ニ出ツルニ非サレハ之ヲ罰セス」と定めていました。
(14) 令和3年4月27日発効の神奈川県弁護士会の戒告
・ 「懲戒請求者及びその他の弁護士個人の業務活動に関し,2018年6月から2019年10月の間,ツイッター上で、「誘拐」、「連れ去り」又は「児童虐待」という言葉を用いて誹謗中傷し、また、弁護士が自ら貧困を作り出しているという趣旨の表現をして、他の弁護士の人格を攻撃する投稿をした」行為について,弁護士職務基本規程70条及び71条に違反し,弁護士としての品位を失うべき非行に当たるとされました(自由と正義2021年11月号59頁)。

6の2 弁護士職務基本規程70条及び71条(1) 弁護士職務基本規程70条

ア 70条(名誉の尊重)の条文は,「弁護士は他の弁護士、弁護士法人及び外国法事務弁護士(以下弁護士等という)との関係において、相互に名誉と信義を重んじる。」です。
イ 解説弁護士職務基本規程第3版200頁には,70条の趣旨に関して以下の記載があります。
    弁護士は「法の支配」の担い手として法律事務の独占(法72条)が認められているが、法律事務は国民の信頼に支えられて初めて適正に取り扱うことができ、また、依頼者の納得を得ることができる。このような依頼者や市民の信頼を得るためには、弁護士等は名誉と信義を重んじ品格ある職業集団でなければならないということである。
(2) 弁護士職務基本規程71条
ア 71条(弁護士に対する不利益行為)の条文は,「弁護士は、信義に反して他の弁護士等を不利益に陥れてはならない。」です。
イ 解説弁護士職務基本規程第3版202頁には,71条の「信義」に関して以下の記載があります。
    ここでいう「信義」は、不利益を受けた弁護士等が抱く主観的な信義ではなく、自由、独立、品位を重んじ誠実かつ公正に職務を行うべき弁護士職として要求される客観的な信義である。
ウ 令和2年3月16日発効の大分県懲戒委員会議決書(自由と正義2020年8月号56頁)には以下の記載があります(2020年弁護士懲戒事件議決例集(第23集)70頁及び71頁)。
    71条は積極的に不利益を与える意思を有していたことまで要するものではなく,客観的に不利益を与える行為を行うこと自体が禁止されるというべきであるから,解任通知書を作成して交付する行為が客観的に相手方代理人に対して不利益を与える行為である以上,対象弁護士は同条に反する行為を行ったというべきである。
    また,相手方本人に対する働きかけを行っていないと主張しているが,本件で問題となっているのは,相手方本人に対する働きかけではなく,相手方代理人の同意なく相手方本人に会い,解任通知書を作成して交付したことであり,働きかけの有無は本件に関する結論を左右しない。

7 単位弁護士会と日弁連の判断が分かれた,懲戒原因としての誹謗中傷の具体例

(1) 「弁護士である懲戒請求者が所属する弁護士会に、同弁護士の懲戒請求をするにあたり、懲戒請求書に懲戒請求者の人格を誹誇中傷する表現を記載した」行為に関して戒告となった後(自由と正義2012年1月号114頁),日弁連懲戒委員会に取り消された事例があります(自由と正義2012年12月号111頁)。
(2)ア 問題となった懲戒請求書の記載内容は以下のとおりです。
① 悪代官が難癖をつけて農民から過酷な年貢を取り立てるのにも似た愚行
② 虚偽と知りながら、あるいは、虚偽であることを容易に知り得たにもかかわらず、破産管財人弁護士として必要な注意はおろか法律家としての最低限の注意すら怠り、不当に裁判を申し立て、かつその裁判において個人の名誉毀損にわたる事実を主張した
③ 破産管財人弁護士たる使命に背き、誠実に弁護士の職責を果たさなかった
④ 社会正義に名を借りて根拠なく個人を誹誇中傷する
⑤ 破産法解釈学の未熟にもかかわらずその研鑽を怠った表現
イ 日弁連懲戒委員会の判断は以下のとおりです。
(一般論)
     弁護士が懲戒請求書を作成した場合に、その記載内容がいかなる場合であっても、弁護士としての品位を失うべき非行にあたらないとは解されないのであって、弁護士職務基本規程第70条において、他の弁護士等との関係において、相互に名誉と信義を重んじることとされていることに鑑みれば、対象弁護士を侮辱する表現やその人格に対する誹誇中傷等については、弁護士としての品位を失うべき非行にあたる場合があるものと解すべきである。
(記載内容に対する評価)
     本件記載①は、例えとして適切なものでなく、また、懲戒請求書にこのような卑俗な例えを用いる必要がなく軽率の誇りを免れないが、懲戒請求者の行った査定申立ての問題を指摘するために記載したのであり、懲戒請求者の人格を攻撃するためではないから、懲戒請求者に対する侮辱的表現であるとか、その人格に対する誹誇中傷であるとまではいえない。また、本件記載②ないし⑤についても、懲戒請求者に対する侮辱的表現であるとか、その人格に対する誹誇中傷であるとはいえない。

8 準備書面の表現で相手方を激しく攻撃しすぎた行為に基づく懲戒事例

(1) 令和元年12月10日発効の大阪弁護士会の戒告では,以下の行為について弁護士としての品位を失うべき非行に当たるとされました(自由と正義2020年4月号59頁)。
   「過去に被懲戒者の法律事務所に勤務していた懲戒請求者に対し、法律事務所の金員を横領したとして訴訟を提起したところ、懲戒請求者につき「臆面もなく平然と嘘をつく性癖を有することが明らかであり、その度しがたい精神構造に鋭いメスが入れられるべきである。」、「嘘で固めた人生に速やかに終止符を打ち、潔<正直に真実を述べられたい。」と記載した準備書面を作成し、2014年4月8日の弁論準備期日において、これを陳述した。」行為
(2) 令和元年12月10日発効の大阪弁護士会の戒告の全文が掲載されている月刊大阪弁護士会2019年12月号77頁には以下の記載があります(訴訟自体は被懲戒者の敗訴として確定しました。)
    本件記載については、一般的に、通常人をして、当該人物の人格を否定する表現であって、侮蔑的な表現であると言わざるを得ず、懲戒請求者が精神的苦痛を受けたとする点も容易に認められる。
 本来、弁護士が作成する民事訴訟における準備書面は、当該訴訟における攻撃防御方法に関する事実及び主張を記載するものであって、感情的な表現が含まれることはあったとしても謙抑的でなければならず、相手方の人格をも否定し、侮蔑するような表現を用いるべきではない。
    このような観点からは、本件記載は、その表現が相手方を厳しく攻撃するものであって、その限度を超えたものと認められ、看過することができるものではない。
(3)ア 令和4年8月8日発効の第一東京弁護士会の戒告が掲載されている自由と正義2022年12月号73頁には以下の記載があります((1)及び(2)を①及び②に変えています。)。
① 被懲戒者は、懲戒請求者から提起された損害賠償請求訴訟の被告である株式会社Aの訴訟代理人であったところ、氏名や生年月日を偽った旨及び逮捕歴がある旨などの懲戒請求者の社会的評価を低下させ、又は名誉感情を侵害するなどの名誉等を毀損すると評価される記述を準備書面に記載し、口頭弁論期日において陳述した。
② 被懲戒者は、上記①の訴訟において、外国人であることを理由とした差別的な記述がある新聞記事を証拠として提出し取調べを求めた。
イ 上記の事例について監督責任があるとした,令和4年8月8日発効の第一東京弁護士会の戒告が掲載されている自由と正義2022年12月号69頁には以下の記載があります。
    被懲戒者は、2017年5月12日に懲戒請求者が株式会社Aを被告として提起した損害賠償請求訴訟について、被懲戒者が代表社員であった弁護士法人において受任し、事務所に所属するB弁護士(山中注:54期の弁護士です。)らと共に被告訴訟代理人として名前を連ね、担当のB弁護士による名義使用を包括的に許諾していたところ、B弁護士が、上記訴訟において、懲戒請求者の社会的評価を低下させ、かつ、争点との関連性がなく、訴訟行為追行のための必要性、相当性からしても正当な訴訟活動とは認められない記述を含んだ準備書面を提出し、被懲戒者は、B弁護士の訴訟追行等に関して監督上の努力義務を怠った。

9 令和3年3月1日発効の「タヒね」懲戒,及び対象弁護士の日弁連総会における発言内容等
(1) 令和3年3月1日発効の「タヒね」懲戒

ア 令和3年3月1日発効の大阪弁護士会の戒告では,以下の行為について,弁護士法56条1項に定める品位を失うべき非行に該当すると判断されました(月刊大阪弁護士会2021年3月号60頁)。
     対象会員は,懲戒請求者から国家賠償請求訴訟について委任を受け,訴訟代理人として活動していたが,その後懲戒請求者から辞任を求められ,これを受託して裁判所に辞任届を提出した。その後対象会員と懲戒請求者の間で,着手金の返還を巡るやりとりが行われたが,対象会員は,このやりとりのころ,弁護士の肩書きとともに登録氏名及び法律事務所名を表示したツイッターにおいて「金払わん奴はタヒね」「金払うつもりないなら法律事務所来るな」「弁護士費用を踏み倒すやつはタヒね」「正規の金が払えない言うなら法テラスに行きなさい」「金払わない依頼者に殺された弁護士の数は知れず」などとツイートを行った。
イ 令和3年3月1日発効の大阪弁護士会の戒告は,被懲戒者の審査請求に基づき,令和4年5月17日付で日弁連で取り消されました(弁護士ドットコムニュースの「ツイッターで「タヒね」、弁護士の懲戒取り消す逆転判断 日弁連」(2022年5月26日付)参照)。

(2) 侮辱行為に関する法的責任
ア 民事上の責任

・ 自己の正当な利益を擁護するため,やむをえず他人の名誉を損なう言動を行った場合は,それが当該他人による攻撃的な言動との対比で,方法及び内容において適当と認められる限度を超えない限り,違法性が阻却されます(最高裁昭和38年4月16日判決参照)。
・ インターネットの個人利用者による表現行為の場合においても,他の場合と同様に,行為者が摘示した事実を真実であると誤信したことについて,確実な資料,根拠に照らして相当の理由があると認められるときに限り,名誉毀損罪は成立しません(刑事事件の判例としての最高裁平成22年3月15日決定。なお,先例として,最高裁大法廷昭和44年6月25日判決)。
・ 民事の侮辱の保護法益は名誉感情であり,名誉感情の侵害が社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認められた場合,人格的利益の侵害があったということで損害賠償責任が発生します(最高裁平成22年4月13日判決参照)。
・ 福岡地裁令和元年9月26日判決(判例秘書に掲載)は以下の判示をしています。
① 名誉感情,すなわち人が自分自身の人格的価値について有する主観的評価(主観的名誉)も法的保護に値する利益であり,表現態様が著しく下品ないし侮辱的,誹謗中傷的である等,社会通念上許容される限度を超える侮辱行為は,人格権を侵害するものとして,名誉毀損とは別個に不法行為を構成する。
② 名誉毀損は,表現行為によってその対象者の社会的評価が低下することを本質とするところ,社会的評価低下の前提として,一般の読者の普通の注意と読み方を基準として,不特定多数の者が対象者を同定することが可能であることを要すると解されるのに対し,名誉感情侵害はその性質上,対象者が当該表現をどのように受け止めるのかが決定的に重要であることからすれば,対象者が自己に関する表現であると認識することができれば成立し得ると解するのが相当である。
③ 一般の読者が普通の注意と読み方で表現に接した場合に対象者を同定できるかどうかは,表現が社会通念上許容される限度を超える侮辱行為か否かの考慮要素となるにすぎない。
イ 刑事上の責任
・ 事実を摘示しないで,公然と人を侮辱した場合,侮辱罪が成立します(刑法231条)。
・ 侮辱罪の保護法益は名誉毀損罪と同じく社会的評価です。
・ 侮辱罪の法定刑は拘留又は科料であって,刑法典で規定されている犯罪において法定刑が最も軽かったものの,令和4年7月7日,法定刑が1年以下の懲役若しくは禁錮,又は30万円以下の罰金若しくは科料となりました(法務省HPの「侮辱罪の法定刑の引上げ Q&A」(令和4年6月)参照)。

(3) 東京弁護士会の意見書の記載

・ 「裁判官の市民的自由を萎縮させない対応を求める意見書」(令和元年9月9日付の東京弁護士会の意見書)には以下の記載があります。
    いかなる表現行為が「許容される限度を逸脱」するのかが示されないでなされる制約は、許容される表現行為の予測可能性を奪い、裁判官の表現行為に萎縮的効果を与えるものである。そのことは、一般市民との合理的な差異の不明確性とも相まって、一般市民の表現活動にも予測可能性を奪うおそれがあり、一般市民の表現活動についても萎縮効果を与えることにつながりかねない懸念がある。

(4) 対象弁護士の日弁連総会における発言内容

・ 対象弁護士は,令和2年9月4日の日弁連定期総会において,第6号議案(宣言・決議の件「新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う法的課題や人権問題に積極的に取り組む宣言(案)」)に関して以下の発言をしました。
     66期である。先ほど、私は言葉を失った。コロナ特措法に関して政党に出したペーパー、これを全て公開してください、そのような質問、要望に対して、執行部はこう言った。検討はすると。日本の霞が関にいる役人のような答弁を人権の擁護者である弁護士会の執行部が平気で言っている。執行部が実現の手続も経ずに勝手に行ったロビー活動の根拠とされた、資料とされたペーパーについて、事後的にも出そうとしない。出すと約束しない。これは一体何であるのか。
     結局、日弁連執行部というのは、自分のやりたいことを下々の会員に事後的にも事前にも指摘されずにやりたいだけと。権力は腐敗すると聞いていたが、ここまで腐りきった権力者は初めて見た。
     内容の点について申し上げる。今回の6号議案について、執行部は、弁護士の窮状は理解しているが、弁護士の使命・役割として、人権擁護しなければいけない。サービスしなければいけない。だから提案するんだ。そうおっしゃった。ノブレス・オブリージュであったか、高貴な役職には高貴な責任が伴うと。しかし、今や弁護士というのは、執行部の皆様のように潤沢な資金、潤沢な経営力を持っているわけではない。私は66期である。谷間世代である。貸与金を借りた。弁護士になった時点で優に数百万の借金がある。弁護士になった後も、消費者金融からお金を借りて、何とか事務所を維持している。そういうことを全く理解されていない。自分たちはいい。それは日弁連の会長選挙に出て、各地を飛び回って、飲食を供用して、そして選挙に勝ち上がってくるようなそういうふうなお金があるわけであるから。そうでない弁護士が今増えている。
     我々が手弁当で、あるいは低廉な金額で市民に法的サービスを提供できる前提として、その基礎として弁護士の経営がある。そこをカバーせずに、弁護士も苦しいけれども市民も苦しいから、市民のために身を粉にしてサービスしましょうと言っても、実現できるわけがない。その点のことに全く思いをはせずに、机上の空論だけで、弁護士だから、弁護士の使命だからサービスをしましょう、苦しいけれどもと言っても、誰もついては来ない。そうではないか。荒会長、違うか。
     最後に、ここ数年の間、各野党から、それこそ立憲民主党や共産党からも、安倍政治を許さないという言葉が入った。私からは荒政治を許さないとだけ申し上げておく。以上である。

(5) 市民的及び政治的権利に関する国際規約19条は以下のとおりです。
① すべての者は、干渉されることなく意見を持つ権利を有する。
② すべての者は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、手書き若しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。
③ 2の権利の行使には、特別の義務及び責任を伴う。したがって、この権利の行使については、一定の制限を課すことができる。ただし、その制限は、法律によって定められ、かつ、次の目的のために必要とされるものに限る。
(a) 他の者の権利又は信用の尊重
(b) 国の安全、公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護

10 「品位を失うべき非行」という概念は不明確であるとする,弁護士法人ベリーベスト法律事務所等の意見

(1) 審査請求書(令和2年6月11日公表)9頁及び10頁には以下の記載があります(書証番号及びURLは省略しました。)。
① 曖昧な文言(山中注:文脈からすれば,「品位」、「非行」及び「非弁提携」という文言)の下に広い裁量をそのまま弁護士の懲戒処分という重大な不利益処分の要件(さらには刑事処分)として適用すると、その場その場の恣意的判断に陥り、重大な過ちがおきやすい。そして、行政手続法12条は不利益処分の基準(「処分基準」)を設定することを求めている(努力義務として構成されているが、処分逃れの恐れなどがなければ設定すべきである。実際、国民の予測可能性を確保し恣意的な判断を抑制するため多くの行政庁が具体的な処分基準を定めている)のであるから、弁護士の懲戒処分にも、不利益処分である以上はこの考え方を適用すべきである。特に模範となるものは、丁寧な点数制をおいている交通違反者に対する反則金制度(道交法施行令別表第二、第三)、一級建築士の処分基準である。
     弁護士法(43条の15、49条の2)は行政手続法の定めのうち行政指導以外を適用除外としているが、それは普通の行政処分よりも手続保障がなくてもよいという趣旨ではなく、法律家の団体であるからにははるかに充実した権利防御手続を自主的に用意することが期待されているからである(そうでないというなら、弁護士会は「自由と正義」とか「法の支配」という看板を下ろすべきであろう。)。
② 弁護士会では、まっとうな権利防御手続を作ることはないどころか、取り調べに糾問手続を置き、行政手続き(予定される処分の通知、弁明・聴聞の機会の付与という権利防御手続)に著しく劣る手続しか用意していないうえに,処分基準を設定することなく、「品位」とは何か、「非弁提携」とは何かをきちんと検討していないので、場当たり的に判断しているというしかない。そうすると、恣意的になりやすいので、その具体的な適用についても、誤りであるとの異論が時々出されている。
(2) 弁護士法人ベリーベスト法律事務所,弁護士酒井将及び弁護士浅野健太郎に対する懲戒処分(業務停止6月)の審査請求事件に関して開設された,「非弁提携を理由とする懲戒請求について」と題するHPには例えば,以下の文書が載っています。
① 東京弁護士会懲戒委員会の議決書(令和2年2月28日付)
→ 令和2年3月12日に公表されたものですが,PDF55頁に文書の日付が載っています。
② 審査請求書(令和2年6月11日公表)
③ 日本弁護士連合会への審査請求について(令和2年6月11日付)

11 参考になる外部HP等の記事

(1) 刑裁サイ太のゴ3ネタブログ「平成26年中に公表された弁護士懲戒事例の分析」が載っています。
(2)   外部HPの「交通事故の悪徳弁護士事務所リスト一覧【2017最新ランキング】」に,交通事故事件に関する弁護士の懲戒事例が載っています。
(3) 弁護士懲戒処分検索センターHPの「弁護士懲戒情報」には以下の記載があります。
   弁護士に懲戒処分がある場合でも必ずしもすべてが悪徳とは限りません、懲戒内容にもよります。
   懲戒請求者の方が無茶をいった場合や弁護士会のお気入りでない弁護士に対する意図的な懲戒もあります。また、依頼者のために懸命に仕事をした結果、懲戒になってしまった場合、争いの相手方にとっては悪徳弁護士かも知れませんが、味方として考えれば心強い弁護士と考えることができるかもしれません。内容をよく確かめてからご自身で判断してください。
(4) ビジネスジャーナルの「「目立ちすぎた」大渕愛子、不当報酬受領で「重すぎる処分」の怪…弁護士会を逆なでか」には以下の記載があります
    実は、懲戒委員会が懲戒処分を判断する前には、とある方から「こうしたほうがいいよ」というアドバイスがなされることがあります。通称、「天の声」というようですが、弁護士会としては、身内の恥を公表することになる懲戒処分はなるべく下したがらない傾向にありますので、「天の声」によってすでに改悛したということになれば、「業務停止→戒告」や「戒告→懲戒しない」という軽減もあり得るわけです。
(5) 浦部孝法の法廷日記ブログ「弁護士が教える避けた方がいい法律事務所4選」には,①委任契約書を作らない法律事務所,②還暦オーバーの一人事務所,③やたらと広告を打っている事務所及び④懲戒歴がある弁護士は避けた方がいいと書いてあります。
(6) 日経ビジネスHPに「「懲戒請求→返り討ち」が発生した事情」が載っています。
(7) 司法書士の場合,業務外の違反行為については,刑事罰の対象となる行為だけが懲戒処分の対象になるみたいです(司法書士及び司法書士法人に対する懲戒処分の考え方(処分基準等)別表23項参照)。

12 関連記事その他

(1)ア クロスレファレンス民事実務講義(第3版)5頁には,「原則:(山中注:相手方に対する文書は)丁寧,平易な文面にする。相手方を怒らせたり,驚かせたり,無用なプレッシャーを与えることが,依頼者のメリットとなるケースは殆どなく,デメリットは計り知れません。」とか,「内容証明郵便は「例外中の例外」と心得ましょう。例外は,(i)意思表示の証拠(時効完成猶予,遺留分侵害額請求,催告・解除通知など),(ii)接触禁止通告等をする文書,(iii)あえて圧迫感を与える必要あるとき,(ⅳ)証拠化のためなどです。」などと書いてあります。
イ 明らかに事実的,法律的根拠を欠いていて,通常の弁護士であれば容易にそのことを知り得たといえるのに,必要かつ可能な事実関係の調査及び必要な法令の調査を行うべき義務を怠ったまま損害賠償請求を行ったことが戒告となった事例として,平成28年12月28日発効の東京弁護士会の戒告事例があります(自由と正義2017年5月号81頁)。

(2)ア 行為当時の最高裁判所の判例の示す法解釈に従えば無罪となるべき行為であっても,これを処罰することは憲法39条に違反しません(最高裁平成8年11月18日判決。なお,先例として,最高裁大法廷昭和25年4月26日判決最高裁大法廷昭和33年5月28日判決最高裁大法廷昭和49年5月29日判決参照)。
イ 弁護士法23条の2に基づく弁護士会照会に問題があったとしても,その責任は,その行為を行った弁護士会にあり,その申出をした弁護士には,故意に虚偽の事実を記載するなど弁護士会の判断を誤らせたというような事実が認められない限り,その照会申出行為は懲戒の対象とはならないと解されています(平成23年2月1日付の日弁連裁決の公告(ただし,日弁連懲戒委員会委員15名中7名の反対意見あり)参照)。
ウ 表現の自由を規制する法律の規定について限定解釈をすることが許されるのは,その解釈により,規制の対象となるものとそうでないものとが明確に区別され,かつ,合憲的に規制しうるもののみが規制の対象となることが明らかにされる場合でなければならず、また,一般国民の理解において,具体的場合に当該表現物が規制の対象となるかどうかの判断を可能ならしめるような基準をその規定から読みとることができるものでなければなりません(最高裁大法廷昭和59年12月12日判決。なお,先例として,最高裁大法廷昭和50年9月10日判決参照)。
エ 弁護士に対する懲戒請求については不法行為が成立しないものの,弁護士に対する損害賠償請求訴訟の一部については不法行為が成立したと判断された事例として,大阪地裁平成29年1月20日判決(判例秘書に掲載)があります。
(3)ア 監査役が会社又は子会社の取締役又は支配人その他の使用人を兼ねることを得ないとする旧商法276条(現在の会社法335条2項)の規定は,弁護士の資格を有する監査役が特定の訴訟事件につき会社から委任を受けてその訴訟代理人となることまでを禁止するものではありません(最高裁昭和61年2月18日判決)。
イ 最高裁令和4年6月27日決定は, 会社法423条1項に基づく損害賠償請求訴訟において原告の設置した取締役責任調査委員会の委員であった弁護士が原告の訴訟代理人として行う訴訟行為を弁護士法25条2号及び4号の類推適用により排除することはできないとされた事例です。
(4) 解説弁護士職務基本規程第3版155頁には「依頼者が相手方本人と直接交渉をしようとしているのを知って、弁護士がこれを止めなかったからといって、直接本条に違反するものではないが、弁護士は、原則として、自らの依頼者に対してそのような直接交渉を慫慂すべきではない。むしろ、依頼者に対して、そのような直接交渉を思いとどまるよう、すすんで説得すべきであろう。」と書いてあります。
(5) クロスレファレンス民事実務講義(第3版)19頁には,「【実務の着眼】-親しい人の依頼は受けるな-」には以下の記載があります。
    依頼者が親戚や親しい友人であるような場合には,受任を差し控えて他の弁護士を紹介するのがよい。事件を遂行するためには,依頼者が通常の人には知られたくない秘密にわたる事項も知らなければならないし,処理結果が依頼者にとり満足できなければ人間関係が悪化する。仕事ではない人間関係が将来も続く場合には,仕事上の関係を持たない方がよいのである。逆に,依頼者と親密な友人関係を築くこと自体は悪いことではないが,友人関係を持つことは,仕事上の顧客を失うという側面もあることに留意したい(転ばぬ先の杖8)。
(6) 以下の記事も参照してください。
・ 弁護士法56条1項の「品位を失うべき非行」の具体例
・ 弁護士の懲戒請求権が何人にも認められていることの意義
 弁護士の職務の行動指針又は努力目標を定めた弁護士職務基本規程の条文
・ 「弁護士に対する懲戒請求事案集計報告(平成5年以降の分)
→ 令和元年の場合,審査請求の件数は30件であり,原処分取消は3件であり,原処分変更は1件です。
・ 弁護士会の懲戒手続
・ 弁護士の戒告,業務停止,退会命令及び除名,並びに第二東京弁護士会の名簿登録拒否事由
・ 弁護士の業務停止処分に関する取扱い
・ 弁護士に対する懲戒請求事案集計報告(平成5年以降の分)
・ 弁護士の懲戒処分の公告,通知,公表及び事前公表


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