第1 弁護士法56条1項が定める懲戒事由
弁護士法56条1項は,弁護士及び弁護士法人の懲戒事由を,①弁護士法違反,②所属弁護士会又は日本弁護士連合会の会則違反,③所属弁護士会の秩序又は信用を害する行為,④その他職務の内外を問わない品位を失うべき非行という四つの類型で定めている。
前三者に該当しない行為であっても,具体的事情に照らして④に当たることがあり,複数の類型に同時に該当することもある。
「職務の内外を問わず」と定められているため,受任事件の処理だけが審査対象になるわけではない。
もっとも,弁護士に好ましくない行為があれば直ちに懲戒されるという意味ではなく,懲戒事由該当性,懲戒の要否及び処分の種類は,事案ごとに判断される。
本記事は,令和8年9月7日現在の法令等に基づき,懲戒事由とその判断枠組みを説明するものである。
懲戒請求の手続,処分の種類及び処分歴の公表については,第6に掲げる関連記事で扱っている。
第2 四つの懲戒事由の内容
1 弁護士法に違反したとき
弁護士法には,秘密保持義務,非弁護士との提携の禁止,係争権利の譲受けの禁止等,弁護士の職務及び身分に関する規律が置かれている。
個別行為が弁護士法違反に当たるかは,各条文の要件に即して判断する必要がある。
2 弁護士会又は日本弁護士連合会の会則に違反したとき
弁護士は,所属弁護士会及び日本弁護士連合会の会則を守らなければならない(弁護士法22条)。
日本弁護士連合会会則29条は,弁護士が所属弁護士会及び日本弁護士連合会の会則,会規及び規則を守る義務を定めているため,弁護士職務基本規程を含む各規律の内容を確認することになる。
3 所属弁護士会の秩序又は信用を害したとき
所属弁護士会の組織秩序又は社会的信用を害する行為は,独立の懲戒事由である。
弁護士個人の行為について,所属弁護士会との関係及び信用への影響を具体的に検討する必要がある。
4 その他,品位を失うべき非行があったとき
「品位を失うべき非行」は,個別の禁止規定に形式的に該当する行為だけに限られない。
弁護士の使命,職務の公共性及び社会的信頼との関係から,職務上又は私生活上の行為が実質的に評価される包括的な懲戒事由である。
第3 弁護士職務基本規程と懲戒事由の関係
1 個別規定の役割
弁護士職務基本規程は,依頼者との関係,相手方との関係,共同事務所における規律,非弁護士との関係その他の職務上の行為準則を定めている。
利益相反についても,公職就任中の職務を対象とする同規程81条だけでなく,職務を行い得ない事件を定める同規程27条及び28条等,場面に応じた個別規定を確認する必要がある。
2 形式的違反だけで決めないこと
弁護士職務基本規程82条1項は,弁護士の職務の多様性と個別性に鑑み,弁護士の自由と独立を不当に侵すことのないよう,同規程を実質的に解釈し適用しなければならないとしている。
したがって,弁護士職務基本規程に関する懲戒判断は,個々の条文の文言だけで完結せず,具体的な職務及び行為の実質を検討する必要がある。
3 行動指針又は努力目標とされる規定
同規程82条2項が列挙する規定は,弁護士の職務の行動指針又は努力目標を定めたものとして解釈し適用することになる。
他方,そこに列挙されていない規定についても,同条1項に基づく実質的な判断が必要であり,列挙外であることのみを理由に直ちに懲戒事由になるわけではない。
同条2項の対象規定は,弁護士職務基本規程82条の行動指針・努力目標に整理している。
第4 懲戒事由該当性と処分の判断基準
1 最高裁平成18年9月14日判決
最高裁平成18年9月14日第一小法廷判決(平成15年(行ヒ)第68号,集民221号87頁)は,弁護士懲戒制度が弁護士会の指導監督作用の一環であり,弁護士自治を重んじて設けられたことを指摘した。
その上で,懲戒事由の内容,被害の有無及び程度,社会的評価,被処分者への影響,弁護士の使命の重要性,職務の社会性等を総合考慮して,懲戒事由該当性,懲戒の要否及び処分の選択を判断するとした。
同判決は,これらの判断を弁護士会の合理的な裁量に委ね,懲戒処分が全く事実の基礎を欠く場合又は社会通念上著しく妥当性を欠く場合に,裁量権の範囲を超え,又はこれを濫用したものとして違法になるとの審査枠組みを示した。
したがって,ある規律への形式的な抵触だけでなく,行為の内容,結果,動機,経緯及び事後対応等を含む具体的事情が重要になる。
2 懲戒しないことが明らかな場合
弁護士法58条4項は,綱紀委員会が調査した結果,事案の軽重その他の情状を考慮し,懲戒すべきでないことが明らかであると認めるときは,懲戒委員会に事案の審査を求めないことを相当とする議決をするものとしている。
この規定からも,懲戒事由に関係する事実の有無と,現実に懲戒するかどうかが区別されていることが分かる。
3 具体例を見るときの注意点
実際の懲戒判断は,表面的に似た行為でも,受任関係,利益相反の状況,被害の程度,反復性,故意又は過失,説明及び是正の状況等により結論が異なり得る。
個別例は,弁護士法56条1項の「品位を失うべき非行」-判断枠組みと50の懲戒例(AI作成)に掲載しているが,例示を機械的に当てはめることはできない。
第5 懲戒判断と私法上・刑事上の評価
1 契約等の私法上の効力とは別の問題であること
最高裁平成21年8月12日第一小法廷決定(平成20年(許)第49号,民集63巻6号1406頁)は,弁護士が債権回収のために債権を譲り受けた事案について,仮に弁護士法28条違反があっても,そのことだけから直ちに債権譲渡の私法上の効力が否定されるものではないとした。
弁護士法又は弁護士職務基本規程上の評価と,契約その他の法律行為の効力は,それぞれの制度目的及び要件に従って区別して検討する必要がある。
2 民事責任及び刑事責任とも区別されること
懲戒責任,損害賠償責任及び刑事責任は,根拠,目的及び要件が異なる。
一つの行為が複数の責任を生じさせることはあるものの,いずれか一つの成立又は不成立から,他の責任の結論が当然に決まるものではない。
第6 期間制限と関連記事
1 懲戒手続の除斥期間
弁護士法63条は,懲戒の事由があった時から3年を経過したときは,懲戒手続を開始できないと定めている。
「懲戒の事由があった時」の判断及び手続開始時については,弁護士の懲戒手続の除斥期間で説明している。
2 懲戒手続等の記事
①弁護士会の懲戒手続
②弁護士の戒告,業務停止,退会命令及び除名
③弁護士の懲戒処分に対する審査請求と取消訴訟
④弁護士の懲戒処分の公告,通知,公表等
⑤弁護士の懲戒請求・懲戒処分の統計
第7 出典
1 法令,会則及び会規
①e-Gov法令検索・弁護士法
②日本弁護士連合会会則
③弁護士職務基本規程
2 裁判例
①最高裁平成18年9月14日第一小法廷判決(平成15年(行ヒ)第68号,集民221号87頁)
②最高裁平成21年8月12日第一小法廷決定(平成20年(許)第49号,民集63巻6号1406頁)