第1 代償分割の仕組みと本記事の範囲
代償分割とは,共同相続人の一人又は数人が不動産,非上場株式その他の遺産を現物で取得し,取得額がその相続人の取り分を超える部分について,他の相続人に代償金を支払う分割方法である。自宅を売らずに配偶者が取得する場合,同族会社の株式を後継者へ集約する場合,事業用資産の一体性を保つ場合などに用いられる。
京都家庭裁判所の遺産分割調停案内は,遺産の分け方を現物分割,代償分割,共有分割及び換価分割の四つに整理し,代償分割には代償金を支払う相続人の資力が必要であると説明している。それぞれの特徴は次のとおりである。
| 分割方法 | 内容 | 主な注意点 |
|---|---|---|
| 現物分割 | 遺産そのものを各相続人へ分ける | 財産ごとの価値に差があると公平な配分が難しい |
| 代償分割 | 一部の相続人が現物を取得し,他の相続人へ代償金を支払う | 評価額と支払能力が争点になりやすい |
| 換価分割 | 遺産を売却し,手取金を分ける | 売却時期,費用及び譲渡所得税を検討する必要がある |
| 共有分割 | 遺産を相続人の共有とする | 管理・処分をめぐる将来の対立を残しやすい |
本記事は,現行法,裁判例,裁判所・国税庁の公表資料及び主要実務書をAIで照合し,代償分割を協議・調停・審判で選ぶ条件,代償金の計算,支払能力の立証,分割払,未払時の処理及び税務を整理するものである。個別事件では遺産の範囲,具体的相続分,税務及び資金調達条件によって結論が変わるため,本記事は一般的な情報提供を目的とし,個別の法的助言又は税務助言に代わるものではない。
第2 協議・調停と審判の違い
1 協議・調停では合意内容を柔軟に設計できる
民法907条は,まず共同相続人の協議による遺産分割を予定し,協議が調わないとき又は協議できないときに家庭裁判所へ分割を請求できると定めている。全員が合意する協議又は調停では,誰がどの遺産を取得するか,代償金額,支払期限,分割払,担保,遅延損害金及び固有財産による代物弁済を事情に応じて定めることができる。
もっとも,合意できることと,安全に履行できることは別問題である。多額の代償金を長期分割にすると,支払期間中の収入減少,死亡,倒産又は取得財産の処分によって回収不能となるおそれがあるため,支払条件と履行確保を同時に設計する必要がある。
2 審判の直接の根拠は家事事件手続法195条である
家事事件手続法195条は,家庭裁判所が遺産分割の審判をする場合に,特別の事情があると認めるときは,共同相続人の一人又は数人に他の共同相続人に対する債務を負担させ,現物の分割に代えることができると定めている。
協議・調停が当事者の合意に基づくのに対し,審判では家庭裁判所が分割方法を決める。そのため,現物取得者の希望だけでは足りず,現物をその者へ取得させる合理性,財産評価,代償金の支払能力及び分割全体の公平を資料によって示す必要がある。
第3 審判で代償分割を選ぶための条件
1 「特別の事情」は現在も条文上の要件である
家事事件手続法195条の「特別の事情」の典型は,遺産の現物分割が困難である場合,細分化によって価値又は利用効率が大きく低下する場合,居住又は事業を継続する相続人に特定財産を取得させる合理性がある場合,代償分割の方法について当事者間の対立が小さい場合などである。
近時の実務書は,現物分割を常に先に試み,代償分割を極端な例外とする運用ではなく,事案に適した方法を比較して選ぶと説明している。ただし,条文から「特別の事情」という要件がなくなったわけではない。審判では,民法906条が掲げる遺産の種類・性質,各相続人の年齢,職業,心身の状態,生活の状況その他一切の事情に即して,代償分割を選ぶ理由を具体化する必要がある。
2 代償金の支払能力が必要である
最高裁平成12年9月7日第一小法廷決定(平成12年(許)第13号,家庭裁判月報54巻6号66頁)は,代償金債務を負担させるためには,その相続人に支払能力があることを要するとした。同決定は,合計1億8822万円を約6か月後までに支払わせた原決定について,支払能力を判断していなかったことを理由に破棄し,事件を差し戻した。
したがって,審判で不動産等の取得を求める相続人は,取得希望を述べるだけでなく,支払期限までに代償金を用意できることを立証しなければならない。支払能力を欠く場合,換価分割又は共有分割が選ばれる可能性が高くなる。
3 現物取得者を選ぶ事情を具体化する
複数の相続人が同じ財産の取得を希望するときは,従前の居住・使用状況,事業への関与,財産の維持管理,代替住居又は代替資産の有無,取得後の利用計画,支払能力及び他の遺産との組合せを比較することになる。
非上場株式については,会社経営の継続と議決権の分散回避が重要になる一方,株価評価の方法と資料開示が独立した争点になりやすい。評価方法の詳細は,遺産相続における非上場株式の評価方法で整理している。
第4 代償金額と財産評価
1 基本は具体的相続分と現物取得額との差額である
代償金額は,通常,各相続人の具体的相続分に応じた取得額と,実際に取得する現物財産の価額との差額を基礎に計算する。例えば,遺産が時価6000万円の不動産だけで,相続人甲・乙の具体的相続分が各2分の1であり,甲が不動産全部を取得する場合,甲から乙への代償金は3000万円が出発点となる。
もっとも,法定相続分と具体的相続分は常に同じではない。特別受益,寄与分,遺言による相続分の指定その他の事情があれば,先に各相続人の具体的相続分を確定し,その後に取得額との差額を計算する必要がある。特別受益の調査と期間制限は,特別受益の主張・立証方法で説明している。
2 遺産分割の評価額と相続税評価額を区別する
遺産分割で用いる価額は,原則として分割時の時価である。当事者が評価額に合意できれば,その合意額を用いることができるが,合意できなければ,不動産鑑定その他の評価手続が必要になる。京都家庭裁判所の案内も,不動産の評価額は当事者の合意で決めるのが基本であり,合意できない場合は鑑定になると説明している。
固定資産税評価額,路線価,公示価額及び不動産業者の査定額は,初期の比較又は合意形成には利用できるが,それぞれ目的と基準時が異なる。相続税評価額を当然に民事上の時価とみなすことはできず,逆に,遺産分割時の時価をそのまま相続税の課税価格に用いるわけでもない。
3 高額な鑑定へ進む条件を絞る
まず固定資産評価証明書,路線価,公示地価,近隣取引事例及び複数の不動産業者査定を比較し,当事者の評価差と,その差が代償金へ与える影響を確認するのが低負担である。その段階で評価差が小さく,鑑定費用や審理期間を考慮すると結果への影響が乏しい場合は,合意可能な評価幅を探る方が合理的である。
これに対し,評価差が代償金又は分割方法を実質的に変え,簡易資料では解消できない場合には鑑定を検討する。非上場株式や収益不動産では必要資料と評価方法自体が争点になり得るため,何が判明すれば取得者又は代償金額が変わるのかを明確にしてから専門家評価へ進むべきである。
第5 支払能力の立証と資金計画
1 支払期限に利用できる資金を示す
支払能力を裏付ける基本資料は,預貯金通帳・残高証明書,換金可能な有価証券の残高資料,確実に受領できる退職金等の資料及び金融機関の融資審査結果である。遺産中の預貯金又は換金しやすい資産を現物取得者に配分し,それを代償金の原資に組み込む方法もある。
収入資料は継続的な分割払能力を考える資料にはなるが,多額の一括払能力を直ちに示すものではない。融資も,単なる相談記録又は返済試算ではなく,対象不動産,融資予定額,条件及び実行時期が具体化した資料でなければ,支払可能性の証明力は限られる。
2 将来の売却だけに依存する計画は弱い
「取得後に別の不動産を売って支払う」という説明は,買主,売却価格及び決済時期が未確定であれば,審判における支払能力の立証としては通常弱い。売却を原資とするなら,少なくとも対象資産の査定,担保権・共有関係,売却費用,譲渡所得税,売却活動の進捗及び代替資金を具体化する必要がある。
買主と売買条件が固まり,代償金の期限までに決済できる高度の確実性がある場合は別として,売却成否にかかわらず支払期限に履行できる計画を示す方が安全である。売却に依存せざるを得ず,相手方がそのリスクを受け入れない場合は,換価分割を選ぶことも比較すべきである。
3 資金不足が明らかなら分割方法を再検討する
現物取得者の資金不足が一時的で,相手方が期限猶予,分割払及び担保に同意するなら,協議又は調停で代償分割を成立させる余地がある。他方,一括払の見込みがなく,安定収入も担保もなく,売却計画も具体化していない場合は,代償分割への固執によって手続費用と期間を増やさないことが重要である。
この場合の停止基準は,必要代償金の概算,利用可能な自己資金,具体的な融資可能額及び相手方が受け入れる支払条件を比較しても資金不足を解消できないことである。そのときは,対象財産の売却,取得範囲の縮小,他の遺産との組合せ又は共有分割を検討する。
第6 分割払・期限猶予と条項設計
1 審判での分割払について実務資料は一致していない
近時の裁判実務書には,審判による代償分割は一括払能力を前提とし,分割払は調停で合意すべきであると説明するものがある。他方,令和3年刊行の家庭裁判所実務書は,事情によって期限猶予又は分割払も可能であるとし,長期の年賦を命じた古い家裁審判例を紹介している。
このため,審判での分割払が法理上いかなる場合にも絶対に許されないとまでは断定できない。しかし,現在の対立事件で安全に採るべき方針は,審判では一括払能力を立証し,分割払が必要なら相手方の同意を得て協議又は調停で条件と担保を設計することである。古い審判例の存在だけを根拠に,長期分割を当然に命じてもらえると見込むべきではない。
2 支払原因,金額及び期限を確定する
遺産分割協議書又は調停条項には,単なる金銭債務の承認ではなく,「前項の遺産を取得した代償として」支払うことを明記する。さらに,債権者・債務者,総額,各回の支払額と期限,振込先,振込手数料の負担及び遅延損害金を特定する必要がある。
分割払では,一定回数又は一定額の支払を怠ったときに残額全額の期限が到来する期限の利益喪失条項を検討する。売却代金の一定割合など,将来まで金額が確定しない定めは,課税関係と強制執行の双方を複雑にするため,可能な限り金額と期限を確定させるべきである。
3 担保と債務名義を確保する
長期又は多額の分割払では,現物取得者が取得する不動産への抵当権設定,保証その他の履行確保を検討する。抵当権を用いる場合は,被担保債権,極度額の要否,登記費用,既存担保権の順位及び設定登記の時期を決める必要がある。
調停調書及び確定した審判は強制執行の基礎となる。裁判外の遺産分割協議書だけでは直ちに強制執行できないため,分割払を定める場合は,強制執行認諾文言付き公正証書の作成又は担保設定も選択肢となる。ただし,債務名義があっても差し押さえる財産がなければ回収できないので,現在の資産と将来の回収可能性を分けて確認する必要がある。
第7 代償金が支払われない場合
最高裁平成元年2月9日第一小法廷判決(昭和59年(オ)第717号,民集43巻2号1頁)は,共同相続人間の遺産分割協議で負担した債務が履行されなくても,他の相続人は債務不履行を理由として民法541条により遺産分割協議を解除できないとした。遺産分割は成立と同時に終了し,その後は債権債務関係が残るためである。
したがって,代償金が未払になった場合の基本的な対応は,遺産分割を一方的に白紙へ戻すことではなく,代償金請求権を行使することである。調停調書又は確定審判があれば強制執行を検討し,裁判外の協議書しかなければ給付訴訟等により債務名義を取得する必要がある場合がある。
共同相続人全員の新たな合意による処理は別として,未払を理由に取得財産が当然に遺産へ戻るわけではない。このため,支払能力,担保及び債務名義は,遺産分割成立後ではなく,成立前に検討すべき事項である。
第8 相続税・所得税と固有財産による支払
1 相続税の課税価格には代償財産を加減する
国税庁タックスアンサーNo.4173によれば,代償財産を交付した相続人の相続税の課税価格は,相続又は遺贈により取得した財産の価額から代償財産の価額を控除して計算し,交付を受けた相続人の課税価格は,取得した財産の価額に代償財産の価額を加算して計算する。
ただし,代償金額を遺産分割時の時価に基づいて定めた場合は,相続開始時の相続税評価額との水準差を調整する。例えば,分割時価6000万円,相続税評価額4000万円の不動産について,分割時価を基礎に代償金3000万円を定めた場合,課税価格計算上の代償財産価額は,原則として3000万円×4000万円÷6000万円=2000万円となる。
この2000万円は,相続税の課税価格を相続開始時の評価水準へ引き直すための額であり,民事上の代償金3000万円を減額するものではない。相続税基本通達11の2―9及び11の2―10には,共同相続人等全員の協議に基づく合理的な方法で計算して申告した場合の取扱いもあるため,申告内容は税理士等へ個別に確認する必要がある。
2 代償金は取得した相続財産の取得費に加算されない
所得税基本通達38―7は,代償分割によって負担した債務相当額を,その相続で取得した資産の取得費に算入しないと定めている。したがって,代償金を支払って不動産を取得し,後日その不動産を売却しても,支払った代償金を譲渡所得計算上の取得費へそのまま加えることはできない。
これは,代償分割を選ぶ資金計画に影響する。代償金のための借入返済だけでなく,取得財産を後日売却した場合の譲渡所得税まで試算し,換価分割との手取額を比較する必要がある。
3 相続人の固有財産を移転すると譲渡所得が生じ得る
協議又は調停では,代償金の支払に代えて,現物取得者が従前から所有する不動産等を他の相続人へ移転することがある。この場合,所得税基本通達33―1の5により,移転者は債務履行時の時価で固有財産を譲渡したものとして扱われる。また,所得税基本通達38―7により,受領者は履行時の時価でその資産を取得したものとして扱われる。
最高裁平成20年12月11日第一小法廷判決(平成20年(行ヒ)第29号,裁判集民事229号303頁)は,遺産を取得する代償として相続人固有の建物を移転する調停条項と登記申請が問題となった事案であり,裁判所公表PDFで確認できる。固有不動産を用いる場合は,条項作成前に譲渡所得税,登録免許税,不動産取得税及び登記原因を個別に確認すべきである。
第9 実務上の確認順序
代償分割を検討するときは,最初から鑑定又は融資申込みへ進むのではなく,次の順序で分割方法が成立する見込みを確認するのが効率的である。
① 遺産の範囲,相続人,遺言,特別受益,寄与分及び具体的相続分を確認する。
② 現物取得を希望する財産と,その取得を必要とする事情を整理する。
③ 簡易な価格資料を集め,代償金の概算額と評価差を計算する。
④ 現金,換金資産,遺産中の預貯金,具体的な融資可能額及び確実な収入から,支払可能額と支払時期を算定する。
⑤ 一括払が難しい場合は,相手方が受け入れ得る期限猶予,分割払,担保及び期限の利益喪失条件を確認する。
⑥ 評価差が結論を変える場合に限って鑑定を,資金調達の見込みがある場合に限って本格的な融資審査を検討する。
⑦ 資金不足を解消できない場合は,換価分割,共有分割,取得範囲の縮小又は他の遺産との組合せへ切り替える。
⑧ 合意前に,遺産分割協議書又は調停条項,相続税申告,後日の譲渡所得税,担保及び未払時の執行を一体として確認する。
第10 出典・参考資料
1 法令
2 裁判例
① 最高裁平成12年9月7日第一小法廷決定,平成12年(許)第13号,家庭裁判月報54巻6号66頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認。
② 最高裁平成元年2月9日第一小法廷判決,昭和59年(オ)第717号,民集43巻2号1頁,家庭裁判月報41巻5号31頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認。
③ 最高裁平成20年12月11日第一小法廷判決,平成20年(行ヒ)第29号,裁判集民事229号303頁。
3 裁判所・国税庁の公表資料
③ 国税庁タックスアンサーNo.4173「代償分割が行われた場合の相続税の課税価格の計算」
4 文献
① 片岡武・管野眞一編著『第4版 家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務』日本加除出版,令和3年12月10日,PDF実頁440頁~443頁,452頁~453頁。
② 山城司『Q&A 遺産分割事件の手引き』日本加除出版,令和4年11月,396頁~407頁。
③ 森公任・森元みのり『法律家のための相続判例のポイント』日本加除出版,令和5年7月,205頁~214頁。
④ 加藤新太郎・松本明敏編集代表『裁判官が説く民事裁判実務の重要論点〔家事・人事編〕』第一法規,平成28年12月25日,PDF実頁348頁~349頁。
⑤ 司法協会『すぐに役立つ調停等の条項例集―家事編―』令和4年,PDF実頁135頁~141頁。
⑥ 大阪家庭裁判所家事第3部寺村隼人『家庭裁判所における遺産分割事件の実務上の留意点』第67回弁護士夏期研修,令和6年7月26日,PDF実頁23頁。
⑦ 岡口基一『要件事実マニュアル第6版 第2巻 民法2』ぎょうせい,令和2年12月10日,655頁~692頁。