遺言執行者が特定の相続人の代理人をしたことに関する,弁護士会の懲戒例


目次
第1 総論

1 遺言執行者が特定の相続人の代理人をすることが許される場合
2 遺言執行者代理人をした後に特定の相続人の代理人をすることが許される場合の取扱い
3 遺言執行者が特定の相続人の代理人をしたことに関する懲戒理由
4 東弁リブラの連載記載
5 令和元年7月1日施行の改正相続法においても日弁連の取扱いは変わらないと思われること(令和3年2月25日追加)
第2 遺言執行者が特定の相続人の代理人をしたことに関する単位弁護士会の懲戒処分例(22例)
第3 遺言執行者が特定の相続人の代理人をしたことに関する単位弁護士会の懲戒しない旨の決定を取り消した,日弁連の裁決例(1例)
第4 遺言執行者が特定の相続人の代理人をしたことに関する単位弁護士会の懲戒を取り消した,日弁連の裁決例(2例)
第5 日弁連懲戒委員会の運用上,破産管財人が免責許可決定が確定した後に元破産者の訴訟代理人に就任することは懲戒事由に該当しないこと
1 遺言執行者と破産管財人の比較
2 日弁連懲戒委員会の運用上,破産管財人が免責許可決定が確定した後に元破産者の訴訟代理人に就任することは懲戒事由に該当しないと思われること
3 解説「弁護士職務基本規程」の記載
第6 遺言執行者の職務執行が違法となる場合に関する高裁判例
第7 関連記事その他

第1 総論
1 遺言執行者が特定の相続人の代理人をすることが許される場合

(1) 解説「弁護士職務基本規程」(平成17年4月発行)54頁では,遺言執行者の職務内容に裁量の余地があるかどうかで分け,裁量の余地がない場合,執行終了後は遺留分減殺請求における受遺者の代理人になれるとされていました。
(2) 単位弁護士会の懲戒しない旨の決定を取り消した,平成18年1月18日付の日弁連裁決(自由と正義2006年4月号85頁及び86頁)により,相続人間に深刻な争いがあり話し合いによっては解決することが困難な状況がある場合,遺言執行者が特定の相続人の代理人になることは許されなくなりました。
(3)ア 現在の懲戒実務からすれば,遺言執行行為が終了した後に遺言執行者が特定の相続人の代理人をすることが許されるのは,具体的事案に即して実質的に判断したときに,遺言の内容からして遺言執行者に裁量の余地がなく,遺言執行者と懲戒請求者を含む各相続人との間に実質的にみて利益相反の関係が認められないような特段の事情がある場合に限られると思います(平成27年10月20日付の日弁連裁決(自由と正義2015年12月号99頁及び100頁)。なお,先例として,平成22年5月11日付の日弁連裁決(自由と正義2010年7月号140頁及び141頁))。
イ 解説「弁護士職務基本規程」(第3版)99頁にも同趣旨の記載があります。
2 遺言執行者代理人をした後に特定の相続人の代理人をすることが許される場合の取扱い
(1) 遺言執行者代理人をした後に特定の相続人の代理人をしたことに基づく懲戒処分の実例は確認できていません。
(2) 東弁リブラ2008年3月号の「弁護士倫理・ここが問題 第3回 弁護士が遺言執行者となる場合の問題点(その1)」には「現実に,自分では遺言執行者にならず,遺言執行者の代理人になるようにしているという考えの弁護士もかなりいて,遺言執行実務の現場は困惑しているようです。」と書いてあります。
3 遺言執行者が特定の相続人の代理人をしたことに関する懲戒理由
(1) 第2記載の懲戒処分例のうち,利益相反(弁護士職務基本規程27条及び28条参照)だけを理由とするものは以下のとおりです。
3例:1番,10番,14番
(2) 第2記載の懲戒処分例のうち,職務の中立性・誠実さ・公正さ等(つまり,利益相反以外)(弁護士職務基本規程5条及び6条参照)だけを理由とするものは以下のとおりです。
12例:2番,3番,4番,5番,6番,9番,11番,13番,17番,18番,19番,22番
(3) 第2記載の懲戒処分例のうち,利益相反及び職務の中立性・誠実さ・公正さ等の両方を理由とするものは以下のとおりです。
4例:7番,8番,12番,21番
(4) 第2記載の懲戒処分例のうち,具体的理由の記載がないものは以下のとおりです。
3例:15番,16番,20番
4 東弁リブラの連載記載
    東弁リブラ2008年4月号の「弁護士倫理・ここが問題 第3回 弁護士が遺言執行者となる場合の問題点(その2)」には以下の記載があります。
① そもそも受遺者でもなれる遺言執行者に,相続人への中立義務を課すのは疑問であるという有力な意見があります。
② 日弁連自身が,弁護士職務基本規程の解説で,執行終了後は,遺言執行者の職務内容が裁量の余地がない場合には,受遺者の代理人になれる,との見解を発表しているのに,その点を全く検討せずに,単位会の決定を覆して,懲戒までしているのは,行き過ぎではないかという意見もあります。
5 令和元年7月1日施行の改正相続法においても日弁連の取扱いは変わらないと思われること
(1) 改正前の相続法では,遺留分減殺請求権が行使された場合,当然に物権的効果が生じ,遺贈又は贈与の一部が無効となるとされていました(受贈者につき最高裁平成11年6月24日判決)から,遺言を執行する遺言執行者と受遺者等との利害が相反することになりました。
    これに対して令和元年7月1日施行の改正相続法では,遺留分侵害額請求権が行使された場合,通常の金銭債権が発生するとされています(民法1046条1項)から,遺言を執行する遺言執行者と受遺者等との利害が相反しなくなりました。
(2)ア 「実務家も迷う 遺言相続の難事件 事例式 解決への戦略的道しるべ」321頁ないし330頁には以下の趣旨の記載があります。
① 改正相続法施行後の事案につき,遺言執行が完了した後であれば,守秘義務違反の問題が生じない限り,将来の遺留分侵害額請求訴訟において被告となった特定の相続人の代理人となること自体は懲戒事由に該当しないと考えます。
② 現段階において民法改正を前提とした議決例は見当たりませんし,日弁連においては,「弁護士は、遺言執行者に就いたときは、当該財産に関する他の事件につき、職務を行ってはならない。その地位を離れた以後も同様とする」という規定を新設する(より厳格化する)という動きすらあります。
    よって,相続法改正後の日弁連のスタンスが明確になるまでは,従前同様,遺言執行者が一部の相続人の代理人となることは,遺言執行が完了しているか否かにかかわらず差し控えた方が安全であることは間違いありません。
イ(ア) 平成27年10月20日付の日弁連裁決は,以下のような事情を考慮して,遺言執行者が一部の相続人の代理人となることが例外的に懲戒事由に該当しないと判断しただけですから,改正相続法施行後の事案であっても,日弁連の取扱いは変わらないと個人的に思います
① 被相続人の遺言の趣旨は全財産を特定の相続人に相続させるというものであった。
② 相続財産の範囲につき相続人間に争いがあったことはうかがわれなかった。
③ 遺言執行者への就任を受諾した時点で,遺言に基づく相続はすべて完了したと理解しており,現に何らの執行行為も行わなかった。
④ 遺産相続における懲戒請求者の代理人であったA弁護士から,民法1008条に基づき,遺言書で遺言執行者と指定されている弁護士は遺言執行者になるべきだとの見解を表明しつつ就任を受諾するか否かの確答を求められ,これを受け入れないと不必要な混乱を起こすこととなるのでないかという危惧を持っていたために遺言執行者に就任したところ,後日,A弁護士から懲戒請求された。
(イ) 例えば,被相続人Xから全財産を相続させると遺言されたYに使途不明金がある場合,Yに対する不当利得返還請求権がXの相続財産に含まれるかどうかの争いが発生しますから,平成27年10月20日付の日弁連裁決の②の事情はないことになります。
    また,遺言執行者は,遅滞なく,相続財産目録を作成して,相続人に交付する必要があります(民法1011条1項)ところ,マイナスの財産となる使途不明金がある場合,相続財産目録における使途不明金の記載方法について,遺留分侵害額請求をした相続人との間で紛争が発生すると思います。

第2 遺言執行者が特定の相続人の代理人をしたことに関する単位弁護士会の懲戒処分例(21例)
1 平成19年10月30日発効の,大阪弁護士会の「戒告」における「処分の理由の要旨」(自由と正義2008年2月号155頁)
   被懲戒者は、2002年2月14日、懲戒請求者から、同人の父Aを被相続人とする兄弟4名(内1名は代襲者)の相続事件について相談を受けた。Aは特定財産についての相続人の指定の他、長男Bの相続廃除を内容とする過言書を残していたため、懲戒請求者は被懲戒者に対し、遺産の調査と、Bに対しては相続放棄を求める内容での遺産分割協議を依頼し、同月28日に着手金50万円を、同日から同年5月21日までの間に出張旅費・日当として合計金22万5280円を支払った。
   被懲戒者は、同月22日、懲戒請求者に被懲戒者を候補者とする遺言執行者選任申立をさせ、同年7月5日に遺言執行者に選任され、一方、同年6月27日に開かれたAの遺言書の検認期日には懲戒請求者の代理人として出頭し、同年9月4日には、遺言執行者としてBの推定相続人廃除の申立(後日却下)を行った。
   その後、懲戒請求者から、2003年1月18日付手紙により、遺言執行者の辞任及び着手金の返還を求められ、被懲戒者は、同年3月27日、遺言執行者の辞任の許可の申立を行ったが、同年10月30日却下された。また、被懲戒者は、2005年6月6日、遺言執行者として、遺産分割調停を申し立てた。
   特定の相続人から依頼を受けた代理人弁護士は、当該相続人の利益をはかるべく行動する職務上の義務があり、一方、遺言執行者は特定の相続人の立場に偏することなく中立的立場で職務を遂行することが期待されており、両者の立場を同時に兼併することは利益相反であり、廃止前の弁護士倫理第26条第2号に反する。
   また、懲戒請求者に対し、上記の両者の立場の兼併について説明義務を尽くさず、その不利益を理解させないまま受任したことは不適切である。
   被懲戒者の上記行為は、弁護士法第56条第1項の弁護士として品位を失うべき非行に該当する。

2 平成20年4月7日発効の,東京弁護士会の「戒告」における「処分の理由の要旨」(自由と正義2008年7月号150頁)
    被懲戒者は、亡Aの相続に関し、Aの妻Bの代理人として2003年2月4日遺言の検認手続に出頭し、同月6日Bの依頼を受け、自らを候補者とする遺言執行者選任の申立てを行った。他方、いずれもAの他の相続人であって、Aの二女である懲戒請求者C及びその子でAの養子である懲戒請求者Dを申立人とし、Bを含む他の相続人を相手方とする遺留分減殺調停が同年3月27日に申し立てられていたが、被懲戒者は、同年5月14日に遺言執行者に選任された上で、B及び他の相続人Eの代理人として、同月27日の遺留分減殺調停期日に出頭し、2004年11月10日に当該調停が不成立に終わるまで、Bらの代理人として出頭し続けた。さらに被懲戒者は、上記調停係属中の同年5月31日、Bの委任を受けて他の相続人を相手方とする遺産分割の調停を申し立てるなどした。
    被懲戒者が遺言執行者に選任された遺言書には、Aの相続人の一人を相続から廃除する旨の記載があり、被懲戒者には、遺言執行者として、推定相続人の廃除の請求手続をする義務があったが、その手続はなされておらず、遺言執行者としての職務が終了していない事項に直接関係する紛争が相続人間で生じた場合に、特定の相続人から当該紛争に関し事件を受任することは、遺言執行者の解任事由ともなり得るのであるから、遺言執行者にはこれを回避すべき職務上の義務があり、その一環として、いずれの相続人に対する関係においても信頼関係上の距離感をもった中立的立場を保持すべき義務がある。
    それにもかかわらず、被懲戒者がBらから遺留分減殺調停等の事件を受任したのは、遺言執行者としての職務の中立性を害するものであり、被懲戒者の上記行為は、弁護士法第56条第1項の品位を失うべき非行に該当する。

3 平成21年5月7日発効の,東京弁護士会の「戒告」における「処分の理由の要旨」(自由と正義2009年8月号205頁)→平成22年5月11日付の日弁連の裁決により取り消されたもの
(1) 被懲戒者は、1998年11月27日、Aの公正証書遺言の作成に関わり、遺言執行者に指定されていたが、2001年11月26日、Aは死亡した。被懲戒者は、相続人の1人であるBに対し共同事務所に所属する弁護士Cを紹介し、C弁護士は、懲戒請求者が申し立てた遺留分減殺請求調停において、Bを含む相手方当事者とされた相続人全員の代理人として訴訟活動を行った。
(2) 上記調停は不調となったが、相続人間の紛争が解決しないうちに、被懲戒者は、2004年12月16日、遺言執行者に就任する意思を示し、遺言執行を行った。
(3) 上記被懲戒者の行為のうち(1)のC弁護士を紹介した行為は、遺言執行者に就任する以前であったとしても、遺言執行者に指定された弁護士としての職務の公正中立さを害するものであり、(2)の行為は、遺言執行者としての職務の遂行につき、中立性ないし誠実・公正さを疑われるものであるから、弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

 平成22年2月2日発効の,東京弁護士会の「戒告」における「処分の理由の要旨」(自由と正義2010年5月号129頁)→自由と正義2010年5月号131頁掲載の事案も同じ。
(1) 被懲戒者は、妻である同じ事務所の弁護士Aと共に、2004年8月ころ、Bの成年後見開始申立てについて、Bの子である懲戒請求者Cから依頼され、これを受任したが、報酬等の説明をせず、委任契約書も作成しなかった。
(2) 被懲戒者は、2001年5月ころ、B、C及びCの子Dらから、賃貸していた土地の更新料等についての契約締結交渉の委任を受け、交渉は概ね合意に達したが、Dらは合意書等に必要な署名押印をしなかった。被懲戒者は、Cらに対し、実際の作業期間が比較的短かったこと、被懲戒者らの事務所の報酬基準のみなし成功報酬規定の適用が疑問視されること等を併せて考えると、不当に高額と評価される着手金及びみなし成功報酬を請求した。
   また、被懲戒者は、2005年8月6日、Bが死亡したため、公正証書遺言の指定に従い、Bの遺言執行者に就任し、通言執行を行ったが、その途中でBの新たな自筆証書遺言の存在が明らかになり、後にこれを基にDからCらに対して提起された所有権移転登記手続請求訴訟の第一審判決でCらは敗訴判決を受けた。被懲戒者は、これらの事情やCらが被懲戒者の計算した金額を了解したとは認められないこと等から考えると不当に高額と評価される金額の遺言執行手数料を請求した。
(3) 被懲戒者は、Bの遺言執行者であったにもかかわらず、Bの相続人間の遺産をめぐる前記所有権移転登記手続請求訴訟について、Cらの訴訟代理人であるAと共にCらとの打合せに参加し、報酬についてCと交渉する等、代理人と同様の立場で関与した。
(4) 被懲戒者の上記(1)の行為は、弁護士職務基本規程第29条及び第30条に違反し、上記(2)の各行為は、同規程第24条に違反し、上記(3)の行為は、遺言執行の公正さを疑わしめる行為であり、いずれも弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当し、懲戒請求が取り下げられている事情を考慮しても懲戒に処するのが相当である。

5 平成22年11月4日発効の,東京弁護士会の「業務停止2月」における「処分の理由の要旨」(自由と正義2011年2月号121頁)
   被懲戒者は、2007年4月17日、遺言執行者に選任されたが、相続財産の目録の作成及び相続人に対する交付をせず、さらに、2009年7月10日、法定相続人Aの代理人として、法定相続人Bに対し、相続財産である土地に関し訴訟を提起した。
   被懲戒者の上記行為は、通言執行者としての義務に著しく反するとともに、弁護士職務基本規程第5条及び第6条に違反し、弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

6 平成23年3月23日発効の,茨城県弁護士会の「戒告」における「処分の理由の要旨」(自由と正義2011年7月号136頁)
   被懲戒者は、2005年1月14日、Aの遺言執行者に選任された。Aの相続人である懲戒請求者は、2007年10月29日、Aの相続人Bを相手方とする遺留分減殺請求調停を申し立てた。被懲戒者は、Bの代理人となり、同調停に出席し、代理人としての活動を行った。
   被懲戒者の上記行為は、遺言執行者の職務の中立、公正性に対する信頼を害するおそれがある行為であり、弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

7 平成24年5月10日発効の,大阪弁護士会の「戒告」における「処分の理由の要旨」(自由と正義2012年8月号115頁)
   被懲戒者は、2008年4月21日に遺言執行者に選任され、同年8月11日に相続財産である不動産について遺言執行を終えたが、その間、相続財産である建物について、相続人Aらの代理人として、他の相続人である懲戒請求者に対し、同年6月19日に占有移転禁止の仮処分の申立てを、同年7月8日に同仮処分決定に基づく保全執行を行い、さらに遺言執行を終えた後である2009年1月15日に明渡し等を求める本案訴訟を提起した。
   被懲戒者の上記行為は、弁護士職務基本規程第28条第3号、第5条及び第6条に違反し、弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

8 平成24年7月3日発効の,大阪弁護士会の「戒告」における「処分の理由の要旨」(自由と正義2012年10月号113頁)
   被懲戒者は、2010年5月頃、A及び懲戒請求者を相続人とする相続に関し、Aの代理人として、相続財産の調査を行い、懲戒請求者の代理人との間で懲戒請求者によるAに対する遺留分減殺請求についての協議を行った。
   しかし、被懲戒者は、2011年5月26日、家庭裁判所に対し、被相続人の自筆遺言証書について自己を遺言執行者に自薦する内容の遺言執行者の選任を申し立て、同年6月3日、遺言執行者に選任された。また、被懲戒者は、家庭裁判所から遺言執行者の辞任を求められたことから同年9月21日に遺言執行者の辞任許可の審判を申し立てたものの、辞任許可がなされる以前である同月22日に、Aの代理人として相続財産の調査等を行った。
   被懲戒者の上記行為は、弁護士職務基本規程第5条、第6条及び第28条第3号に違反し、弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

9 平成25年2月8日発効の,長野県弁護士会の「戒告」における「処分の理由の要旨」(自由と正義2013年5月号112頁)
   被懲戒者は、2007年8月24日、Aに全財産を相続させる旨のBの遺言の遺言執行者に就任したところ、その後、懲戒請求者から遺留分減殺請求を受けた。そこで、被懲戒者は、A及び懲戒請求者に対し、相続及び遺留分減殺請求によりA及び懲戒請求者が共有することとなった土地並びに建物を売却して代金を分配することを提案したが、最終的に懲戒請求者の同意が得られなかった。その後、被懲戒者は、Aから依頼を受け、2008年10月17日、上記土地について懲戒請求者を被告とする共有物分割請求訴訟を提起した。被懲戒者は、懲戒請求者の訴訟代理人から遺言執行者がAの代理人となることについての疑義を指摘され、同年12月1日にAの訴訟代理人を辞任したが、その後も上記訴訟は被懲戒者の主宰する法律事務所の勤務弁護士により追行された。被懲戒者は、2009年8月20日、上記訴訟の判決に基づき、Aの代理人として競売の申立てを行った。
   被懲戒者の上記行為は、弁護士職務基本規程第5条及び第6条に違反し、弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

10 平成25年3月5日発効の,大阪弁護士会の「戒告」における「処分の理由の要旨」(自由と正義2013年6月号128頁及び129頁)
(1) 被懲戒者は、2004年1月中頃、被相続人Aの遺言執行者に就任した。その後、相続人B及びCは、2005年3月9日、相続人Dに対し、遺留分減殺請求を行ったが、Dは、同月18日に死亡し、懲戒請求者らがDの相続人としての地位を相続した。B及びCは、同年5月9日、懲戒請求者らを相手方として遺産分割調停を申し立てた。被懲戒者は、懲戒請求者らから相談を受け、同じ法律事務所の他の所属弁護士に当該調停事件を受任させ、当該弁護士と共に相談を受けて事件処理に関与した。
(2) 被懲戒者は、上記調停事件が不成立となったためBが2007年4月6日に提起した懲戒請求者らを被告とする遺留分減殺請求訴訟について、遺産の評価額という具体的な利害対立が生じていたにもかかわらず、懲戒請求者らの訴訟代理人に就任し、当該訴訟を遂行した。
(3) 被懲戒者は、上記調停事件及び上記訴訟事件の弁護士費用をAの遺産から直接支出し、受領した。
(4) 被懲戒者の上記(1)及び(3)の行為は弁護士職務基本規程第5条及び第6条に、上記(2)の行為は弁護士職務基本規程第28条に違反し、いずれも弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

11 平成25年3月11日発効の,岡山弁護士会の「戒告」における「処分の理由の要旨」(自由と正義2013年6月号129頁)
   被懲戒者は、懲戒請求者の父Aの通言執行者であったところ、Aの遺産をめぐる懲戒請求者と懲戒請求者の母Bらの間の争いについて、Bら側の代理人として訴訟活動を行っていた。被懲戒者は、Bの死亡により、2008年,4月21日、Bの通言執行者に就任し、A及びBの遺言執行者として職務を行うとともに、A及びBの遺産をめく.る懲戒請求者と他の相続人との争いにおいて他の相続人の代理人として訴訟を追行する等、相続人の一方の代理人となってその職務を行った。
   被懲戒者の上記行為は、弁護士職務基本規程第5条及び第6条に違反し、弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

12 平成25年7月12日発効の,東京弁護士会の「戒告」における「処分の理由の要旨」(自由と正義2013年10月号132頁)
(1) 被懲戒者は、2004年9月5日に死亡したAの遺言執行者であったところ、Aの遺産である土地を相続したBと上記土地上に建物を所有するAの相続人である懲戒請求者との間の建物収去土地明渡請求訴訟事件につき、2006年10月6日、Bの代理人に就任し、2007年9月25日に訴えを取り下げるまで訴訟を追行した。
(2) 被懲戒者は、Aの遺言執行者であったところ、Aが亡き妻から相続していた遺産に関する共有物分割等の審判事件につき、Bの代理人として、2006年10月3日の期日に出頭し、2007年9月14日に審判の申立てを取り下げるまで活動した。
(3) 被懲戒者の上記各行為は、いずれも弁護士職務基本規程第28条第3号に違反し、遺言執行者の中立性、公正性を損なうものであり、弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

13 平成26年1月22日発効の,福岡県弁護士会の「戒告」における「処分の理由の要旨」(自由と正義2014年4月号106頁)
(1) 被懲戒者は、2010年11月2日に死亡したAの遺言執行者に就任したが、Aの相続人であるB及びBの代理人である懲戒請求者弁護士cらから、相続財産目録の交付を再三求められたにもかかわらず、相続財産目録を交付せず、遺言執行の状況の報告を行わなかった。
(2) 被懲戒者は、Aの遺言執行者であるにもかかわらず、BがAの相続人であるDを被告として2011年9月28日付けで提起した遺言書真否確認等請求訴訟において、Dの代理人として答弁書を提出した。
(3) 被懲戒者は、Aの遺言執行者であるにもかかわらず、BがAの相続人であるEを被告として2011年9月28日付けで提起した養子縁組無効確認請求訴訟において、Eの代理人として答弁書を提出した。
(4) 被懲戒者の上記(1)の行為は民法第1011条等に違反し、上記(2)及び(3)の行為は弁護士職務基本規程第5条及び第6条に違反し、上記各行為はいずれも弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

14 平成26年5月8日発効の,愛知県弁護士会の「戒告」における「処分の理由の要旨」(自由と正義2014年8月号99頁)→平成27年10月20日付の日弁連の裁決により取り消されたもの
(1) 被懲戒者は、Aの公正証書遺言により遺言執行者に指定されていたところ、相続開始後にAの子である受遺者Bの代理人として、Aの子である懲戒請求者の代理人に対し、2011年12月7日付けの書面で、懲戒請求者のBに対する遺留分減殺請求に関し提案を行った。その後、被懲戒者は、懲戒請求者の代理人から遺言執行者に就任するか否かを尋ねられたのに対し、2012年2月10日付けの書面により遺言執行者に就任することを受諾する旨通知した。
(2) 被懲戒者は、遺言執行者就任後、懲戒請求者に対し財産目録を交付しなかった。
(3) 被懲戒者の上記(1)の行為は弁護士職務基本規程第28条第3号に、上記(2)の行為は民法第1011条に違反し、いずれも弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。
* 愛知県弁護士会懲戒委員会の議決書には「本件遺言は, 「遺言者はその有する財産全部をCに相続させる」という内容であり,遺言の対象である「その有する財産全部」の確定において裁量の余地があり,本件遺言の内容が裁量の余地のない場合とはいえない。」と書いてあります(平成27年弁護士懲戒事件議決例集(第18集)66頁)。

15 平成26年6月17日発効の,沖縄弁護士会の「業務停止1月」における「処分の理由の要旨」(自由と正義2014年9月号102頁及び103頁)
(1) 被懲戒者は、Aの成年後見人であったが、Aの死亡後、2011年5月17日に行われたA名義の遺言書の検認期日において、遺言書を預かった時期及び遺言書授受の相手方につき、その認識する事実とは異なる内容虚偽の事実を裁判所に申告した。
(2) 被懲戒者は、Aの死亡後、Aの法定相続人である懲戒請求者から、Aの成年後見人であった期間中のAの財産変動状況及び売却した不動産の売却価格につき報告を求められたにもかかわらず、これに何ら回答を行わなかった。
(3) 被懲戒者は、上記遺言の遺言執行者であったところ、上記遮言の効力を裁判で争う意向を示していたAの法定相続人である懲戒請求者らに対し、2011年9月7日付けの書面を送付し、懲戒請求者らが上記遺言の効力を訴訟で争った場合、懲戒請求者らが敗訴することがほとんど確実である旨を合理的な根拠もなく断定的に伝え、また、訴訟における弁護士費用を過大に伝えるなどし、懲戒請求者らが訴訟提起することを断念させようとした。
(4) 被懲戒者は、上記過言によってAの遺産全部の遺贈を受ける受遺者Bと懲戒請求者らとの間で、上記遺言の法的有効性をめぐって深刻な利害衝突のおそれがあったにもかかわらず、Bと相談の上、Aの遺産の一部を懲戒請求者らにも分配する案の立案に関与し、上記2011年9月7日付け書面にてこれを懲戒請求者らに提案し、もってBの利益に偏して遺言執行者としての職務を行った。
(5) 被懲戒者の上記各行為は、いずれも弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

16 平成26年10月18日発効の,福島県弁護士会の「戒告」における「処分の理由の要旨」(自由と正義2015年1月号116頁)
   被懲戒者は、Aの夫である亡Bの遺産に関し、懲戒請求音を被告の一人として、相続人Cが提起した過産の返還及び確認を求める訴訟並びに相続人Aが提起した遺留分減殺請求訴訟において、A及びCの訴訟代理人としてそれぞれ職務を行った。被懲戒者は、Aの死亡後、Aの遺言執行者に就任したが、相続人間の紛争が話合いによって解決することが困難な状況にあることを認識しながら、亡Aの相続人の一人である懲戒請求者の代理人に対し、2012年2月17日及び同年3月3日、それぞれ相続人Cの代理人と明記した書面を送付した。また、被懲戒者は、懲戒請求者が原告の一人となりCに対して提起した遺言無効確認等請求訴訟において、Cの代理人として、同年8月23日、移送申立てを行い、2013年1月10日に裁判所に辞任届を提出するまで職務を行った。
   被懲戒者の上記行為は、弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

17 平成28年3月21日発効の,長崎県弁護士会の「戒告」における「処分の理由の要旨」(自由と正義2016年7月号90頁)
   被懲戒者は、亡Aの遺言執行者として、2013年8月1日までに遺言執行の任務を終了したが、紛争の危険性に関する被懲戒者の認識の程度、遺産の額の多寡、Aの子である懲戒請求者のそれまでの対応等からみて、懲戒請求者とAの妻であるBとの間にAの遺産分割に関して深刻な争いがあり、話合いによる解決が困難な状況であることを認識しながら、同年9月13日、Bの代理人として、懲戒請求者らを相手方とする遺産分割調停を申し立て、同年12月10日から2014年11月4日までの間、合計7回の調停期日において、調停手続を続けた。
   被懲戒者の上記行為は、弁護士職務基本規程第5条及び第6条に違反し、弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

18 平成28年3月29日発効の,岡山弁護士会の「戒告」における「処分の理由の要旨」(自由と正義2016年7月号91頁)
   被懲戒者は、2012年3月3日に死亡したAの遺言執行者に就任したが、預貯金債権に関する遺言執行が完了していなかったにもかかわらず、相続人であるBの代理人として、取引履歴、領収書等を収集し、整理して、相続人である懲戒請求者に説明したり、2013年2月18日付け書面にて、懲戒請求者に対し、相続財産である不動産を処分して売却代金を分配することを提案し、また、Bらの訴訟代理人として、懲戒請求者に対し、2014年12月9日、上記不動産に関する共有物分割訴訟を提起した。
   被懲戒者の上記行為は、弁護士職務基本規程第5条及び第6条に照らし、弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

19 平成28年9月2日発効の,第二東京弁護士会の「戒告」における「処分の理由の要旨」(自由と正義2017年1月号106頁及び107頁)
   被懲戒者は、2012年7月には亡Aの遺言執行者に就任したが、亡Aの遺言は内容自体に相続人間の紛争、利益対立を十分に予想させるものであり、当事者間に深刻な争いがあり話合いによって解決することが困難な状況があったにもかかわらず、遺産分割調停申立事件において亡Aの相続人Bの代理人に就任し、懲戒請求者C及び懲戒請求者Dを含む他の相続人らを相手方として行動した。被懲戒者は、亡Aの遺言執行者でありながら、同年9月6日、亡Aから株式会社Eの全株式の遺贈を受けたFの代理人として、懲戒請求者C及び懲戒請求者Dが取締役を務めるE社取締役会宛てに株主総会招集の請求の通知書を発送し、FがE社の代表取締役に就任した後である2013年5月7日に、E社の代表取締役Fの代理人として、懲戒請求者Cの代理人弁護士に対し部屋の明渡し等に関する通知書を発送し、法律的な主張を含む交渉を行った。また、被懲戒者は、亡Aの遺言執行者でありながら、Bの代理人として、亡Aが所有していた不動産の地代等の精算に係る懲戒請求者Dを被告とする2件の訴訟事件において、訴訟活動を行った。
   被懲戒者の上記行為は、弁護士職務基本規程第5条及び第6条に違反し、弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

20 平成29年2月10日発効の,東京弁護士会の「戒告」における「処分の理由の要旨」(自由と正義2017年6月号124頁)
   被懲戒者は、2014年6月6日、亡Aの遺言執行者に選任されたが、同年8月以降、亡Aの相続人である懲戒請求者が求めた適留分減殺請求に関する価額弁償の額をめぐる紛争において、亡Aの相続人である妻B,娘C及び受遺者である亡Aの孫Dの代理人として、また、亡A名義の貸金庫の開披後に発見されたB及びC名義の預金債権についての遺留分に関する紛争において、B,C及びDの代理人兼遺言執行者として、懲戒請求者の代理人弁護士と交渉した。
   被懲戒者の上記行為は、弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

21 平成30年9月18日発効の,富山県弁護士会の「戒告」における「処分の理由の要旨」(自由と正義2019年1月号78頁)
    被懲戒者は、Aが全財産を次男Bに相続させる旨の自筆証書遺言書を作成した際、上記遺言において遺言執行者に指名され、Aが2010年8月27日に死亡した後、過言執行者に就任したところ、Aの長男である懲戒請求者Cから遺留分減殺請求の通知を受け、また、懲戒請求者CとBとの間で懲戒請求者C名義の金融資産がAの通産であるか否かが紛争となっているにもかかわらず、2016年5月11日、Bを被懲戒者の事務所の勤務弁護士Dと共に代理して、懲戒請求者Cに対する上記金融資産がAの遺産であるかを主要な争点とする損害賠償請求訴訟を提起し、被懲戒者が辞任した後もD弁護士に上記訴訟を担当させた。
    被懲戒者の上記行為は、弁護士職務基本規程第5条、第6条及び第28条第3号に違反し、弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

22 令和2年7月8日発効の,第二東京弁護士会の「戒告」における「処分の理由の要旨」(自由と正義2020年12月号49頁)
    被懲戒者は、懲戒請求者の母Aの死亡後、公正証書遺言に基づき遺言執行者に就任し、2015年9月13日付けでその旨の通知を発したが、遺言執行業務が終了していないにもかかわらず、相続人の一人であるBの代理人として、同じく相続人である懲戒請求者を直接の相手方として、Aの相続財産の範囲を拡張すること及びB固有の利益の実現を図るために訴訟等の手続を行った。
    被懲戒者の上記行為は、弁護士職務基本規程第5条及び第6条に違反し、弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。


第3 遺言執行者が特定の相続人の代理人をしたことに関する単位弁護士会の懲戒しない旨の決定を取り消した,日弁連の裁決例(1例)
1 平成18年1月18日付の日弁連裁決(戒告)における「処分の理由の要旨」(自由と正義2006年4月号85頁及び86頁)→平成16年9月30日発効の,東京弁護士会の不処分決定を取り消したものです。
   被懲戒者は、5人の相続人のうちの1人であるAからの紹介で被相続人甲の公正証書遺言の作成業務を行い、自らが通言執行者となった。
甲の死亡後、遺言の成立、遺産の内容と範囲、遺留分の侵害等について、相続人間で深刻な争いが生じ、相続人のうちの3人である異議申出人らが、Aを含む他の2人の相続人を被告として通言無効確認請求訴訟を提起した。
   遺言執行者は、特定の相続人の立場に偏することなく、中立的立場でその任務を遂行することが期待されているのであり、相続人間に深刻な争いがあり話し合いによっては解決することが困難な状況がある場合は、遺言執行業務が終了していると否とにかかわらず、特定の相続人の代理人となって訴訟活動をすることは慎まなければならないというべきであるが、被懲戒者は、Aら2人の被告訴訟代理人となり、甲から前聞いていた事実を挙げて異議申出人に反対尋問をするなどの訴訟活動を行った。
   このような被懲戒者の行為は、旧弁護士倫理第26条第2号の「受任している事件と利害相反する事件」とはいえないとしても、遺言執行者としての職務の公正さを疑わしめ、遺言執行者に対する信頼を害するおそれがあり、ひいては弁護士の職務の公正さを疑わしめるおそれがあるというべきであり、旧弁護士倫理第4条及び第5条に反し、弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

第4 遺言執行者が特定の相続人の代理人をしたことに関する単位弁護士会の懲戒を取り消した,日弁連の裁決例(2例)
1 平成22年5月11日付の裁決における「裁決の理由の要旨」(自由と正義2010年7月号140頁及び141頁)→平成21年5月7日発効の,東京弁護士会の戒告を取り消したものです。
(1) 1998年11月27日、遺言者は、公正証書遺言を作成した。本件公正証書遺言は、遺言執行に際し、遺言執行者に裁量の余地のないものであった。また、同通言では審査請求人が遺言執行者に指定されていた。さらに、遺言者は、2000年2月8日、自筆証書遺言を作成した。
(2) 2001年11月21日、遺言者は死亡した。
審査請求人は、そのころ、審査請求人の事務所を訪れた相続人Aに、同事務所のB弁護士を紹介した。
(3) 2002年1月21日、B弁護士がAの代理人となり本件自筆証書遺言の検認申立がなされ、同年3月1日、検認手続が行われた。
(4) 同年7月31日、相続人Cから遺留分減殺請求調停の申立てがなされ、B弁護士がAの代理人となった。同事件は、2003年5月21日、取下げにより終了した。
(5) 同年2月6日、懲戒請求者から、相続人D、Aらを相手方として遺留分減殺請求調停の申立てがなされ、B弁護士が、D、Aらの代理人となった。同事件は、同年lO月29日、不成立により終了した。
(6) 審査請求人は、懲戒請求者から、2004年12月9日に到達した書面にて、過言執行者への就職承諾の催告を受け、催告期間の経過により同月19日に就職を承諾したとみなされるに至った(民法第1008条)。
   審査請求人は、遺言執行者に就職した当時、前記2件の遺留分減殺請求調停事件が取下げ又は不成立により終了してから相当期間経過しており、遺留分に関する紛争は既に終了したものと考えていた。
(7) 原弁護士会は、審査請求人がAの依頼に応じてB弁護士を紹介し、B弁護士が、Aらの代理人となって事件を担当したことは、弁護士としての職務の公正中立さを害するものであって、弁護士法第56条に規定する懲戒事由に該当するというべきであるとする。
   しかしながら、①遺言書の検認手続は、遺言執行手続とは利益相反の関係にはならないと解せられること、②遺言者が死亡したころに審査請求人がAにB弁護士を紹介したことは認められるが、審査請求人がB弁護士にAらの代理人となるよう自ら依頼したことを認定するに足りる証拠はないこと、③遺言執行者として指定された者は、就職承諾前は、遺言執行者としての権利義務を有しておらず、その行為に遺言執行者に求められるほどの公正さが要求されるわけではないと解せられること、からして審査請求人に、懲戒に付すべきほどの職務の公正さを害する非行が存したとまではいえないというべきである。
(8) また、原弁護士会は、B弁護士がAらの代理人として調停事件を担当した後、審査請求人が遺言執行者に就職することは、職務執行の中立性ないし誠実・公正さを疑われることになるとする。
   しかしながら、審査請求人が、遺言執行者に就職したのは2004年12月19日のことであり、その時点では、前記遺留分減殺請求調停事件が不成立により終了してから相当の期間が経過していることなどからして、審査請求人が遺言執行者に就職したことについて懲戒に付すべきほどの非行性を認めることはできないというべきである。
   さらに、原弁護士会は、遺言執行者である弁護士の事務所に所属する弁護士について弁護士職務基本規程第57条を類推適用するのが相当であるとする。
   しかしながら、遺言執行者と遺留分減殺請求調停事件の申立人である相続人との間に同規程第57条にいう利益相反の関係が存するかについては、具体的事案に即して実質的に判断すべきところ、本件公正証書遺言の内容からして遺言執行者に裁量の余地はなく、本件では審査請求人である遺言執行者と懲戒請求者を含む各相続人との間に実質的にみて利益相反の関係は認められないと解せられる。
(9) 以上のとおりであり、懲戒請求者に、職務の中立性、公平性につき不信感を抱かせた点で、審査請求人に懲戒請求者に対する配慮に欠けるところがあったとはいえ、懲戒処分に付するほどの、職務の公正さに反する行為を認めることはできない。
(10) よって、原弁護士会のなした懲戒処分(戒告)を取り消し、審査請求人を懲戒しない。

2 平成27年10月20日付の裁決における「裁決の理由の要旨」(自由と正義2015年12月号99頁及び100頁)→平成26年5月8日発効の,愛知県弁護士会の戒告を取り消したものです。なお,平成27年弁護士懲戒事件議決例集(第18集)72頁ないし79頁に議決書の全文が載っています。
(1) 審査請求人に係る本件懲戒請求事件につき、愛知県弁護士会(以下「原弁護士会」という。)は、審査請求人が、被相続人Aの相続人であるBの代理人でありながら、遺言執行者に就任したことは弁護士職務基本規程第28条第3号に違反し、遺言執行者就任後において財産目録の作成・提供をしなかったことは民法第1011条に規定する相続財産の目録の作成・交付義務に違反するものであって、弁護士法第56条第1項に定める弁護士の品位を失うべき非行があるといわざるを得ないとして、戒告の処分とした。
(2) 相続人間の相続を巡る紛争において、遺言執行者たる弁護士が一部の相続人の代理人となることは許されず、たとえ遺言執行行為が終了した後であっても、遺言執行者としての職務の公正さを疑わしめ、遺言執行者に対する信頼を害するおそれがあり、ひいては弁護士の職務の公正さを疑わしめるおそれがあるため、懲戒処分を免れない場合もある。しかしながら、具体的事案に即して実質的に判断したときに、遺言の内容からして遺言執行者に裁量の余地がなく、遺言執行者と懲戒請求者を含む各相続人との間に実質的にみて利益相反の関係が認められないような特段の事情がある場合には、非行に当たらないと解すべきである。
   本件についてみるに、被相続人Aの遺言の趣旨は、全財産をBに相続させるというものであるところ、相続財産の範囲につき相続人間に争いがあったことはうかがわれない本件にあっては、遺言執行者たる審査請求人には裁量の余地はないというべきである。また、審査請求人が遺言執行者への就任を受諾した時点で、審査請求人は、遺言に基づく相続は全て完了していたと理解しており、現に何らの執行行為も行っていないのであるから、遺言執行者として行った職務の公正さが疑われる余地はない。さらに、審査請求人がc弁護士から遺言執行者に就任するよう迫られていると理解したのも無理からぬところがある。
   以上の点を考慮すると、本件で審査請求人が相続人Bの代理人でありながら遺言執行者に就任した点は、実質的にみて利益相反の関係は生じさせておらず、また行った職務の公正さを疑わしめる点もないというべきである。
(3) 民法第1011条は、過言執行者に対して相続財産目録を作成して相続人に交付する義務を定めているが、遺言執行の対象とならない相続財産についても目録を作成すべきであるかは定かでなく、これを肯定する裁判例も見当たらない。むしろ、遺言執行者には、遺言執行する余地のない相続財産についても目録を作成して相続人に交付すべき義務はないと解する余地があるというべきである。
   本件において、審査請求人が遺言執行者への就任を受諾した当時、審査請求人は、遺言内容は審査請求人による遺言執行行為を経ずに既に全て実現されており、審査請求人が遺言執行者として執行すべき未実現の相続財産はないと理解しており、その理解に誤りがあったことをうかがわせる証拠はない。そうであれば、相続財産目録を作成してこれを相続人に交付する必要がないとした審査請求人の判断には相応の根拠があり、少なくとも財産目録を作成して交付しなかったとの一事をもって、弁護士の品位を失うべき非行に当たると評価することはできない。
(4) 以上のとおり、審査請求人には弁護士の品位を失うべき非行があったと認めることはできず、審査請求は理由があるので、審査請求人を戒告に付した原弁護士会の処分は取り消すことが相当である。


第5 破産管財人が元破産者の訴訟代理人に就任した場合の取扱い
1 遺言執行者と破産管財人の比較
(1) 遺言執行者は,①必ずしも相続人の利益のためにのみ行為すべき責務を負うわけではありません(最高裁昭和30年5月10日判決)し,②受遺者としての相続人であっても就任できます。
(2) 破産管財人は,①裁判所の監督の下(破産法75条1項),総債権者の利益のために職務を行いますし,②職務の公正を保ち得ない事由がある弁護士が破産管財人に就任することはできません(弁護士職務基本規程81条参照)。
2 日弁連懲戒委員会の運用上,破産管財人が免責許可決定が確定した後に元破産者の訴訟代理人に就任することは懲戒事由に該当しないと思われること
(1) 私が懲戒請求者Xの代理人として関与した,兵庫県弁護士会副会長経験のある20期台の弁護士についていえば,Xが破産債権者として提出した免責意見(個別の免責不許可事由の主張があるもの)について免責不許可事由の調査結果を全く報告しませんでしたし,大阪高裁の即時抗告棄却決定により免責許可決定が確定した後にXが提起した,非免責債権に関する損害賠償請求訴訟において元破産者の訴訟代理人に就任し,そのこと自体が元破産者との共同不法行為であるということで損害賠償請求が追加された後も元破産者の訴訟代理人であり続けました。
   しかし,兵庫県弁護士会懲戒委員会では,破産者が経済的余裕を有しなかった状態を前にして,他の弁護士を紹介するのでなく自ら受任する途を選択したという動機に特に悪意は見受けられないと評価できること等からすれば,弁護士の品位を失うべき非行に該当するとまでは言えないとされましたし,日弁連懲戒委員会では,全員一致で定型文により異議申出が棄却されました。
   そのため,日弁連懲戒委員会の運用上,破産管財人が免責許可決定が確定した後に破産者の訴訟代理人に就任することは懲戒事由に該当しないと思います(「弁護士会副会長経験者に対する懲戒請求事件について,日弁連懲戒委員会に定型文で棄却された体験談(私が情報公開請求を開始した経緯も記載しています。)」参照)。

3 解説「弁護士職務基本規程」の記載
   解説「弁護士職務基本規程」(第3版)103頁には以下の記載があります。
    いずれの考え(山中注:利益相反の問題と考えるか,職務の公正さを保ちうるか否かの問題と考えるか)によるかについては,これまで十分な議論がなされているとはいえないが,破産管財人だけではなく,広く官公署から委嘱される職務について適用されるという点では,利益相反の問題とせずに,職務基本規程5条,6条あるいは81条の問題とする考えが相当ではないかと考える。

第6 遺言執行者の職務執行が違法となる場合に関する高裁判例
・ 広島高裁平成31年3月14日判決(判例時報2474号(2021年5月11日号)106頁ないし122頁)は,以下の判示をしています(改行を追加しています。)。
    遺言の執行が完了する前に、遺留分減殺請求権が行使された場合には、遺言執行者としては、遺言の公正な実現を図るとの職務を基本に据えつつも、遺留分権利者と受遺者の利害についても配慮した遺言の執行が期待されるところであるが、遺留分権利者と受遺者の利害に反して遺言を執行したからといって、直ちに違法な職務執行になるとは解されない。
    しかし、遺留分権利者や受遺者の意向、執行の方法等の事情に照らし、遺留分権利者や受遺者の利益を不当に侵害し、社会的相当性を逸脱するような執行を行ったときは、上記注意義務(山中注:民法1012条2項・644条に基づく善管注意義務)に違反した違法な職務行為として、遺留分権利者や受遺者に対する不法行為を構成するというべきである。

第7 関連記事その他

1 弁護士法25条1号に違反する訴訟行為及び同号に違反して訴訟代理人となった弁護士から委任を受けた訴訟復代理人の訴訟行為について,相手方である当事者は,裁判所に対し,同号に違反することを理由として,上記各訴訟行為を排除する旨の裁判を求める申立権を有します(最高裁平成29年10月5日決定)。
2(1)  弁護士職務基本規程57条に違反する訴訟行為について,相手方である当事者は,同条違反を理由として,これに異議を述べ,裁判所に対しその行為の排除を求めることはできません(最高裁令和3年4月14日決定)。
(2) 最高裁令和3年4月14日決定に関する判例評釈がジュリスト2022年2月号に載っています。
3 以下の記事も参照してください。
・ 弁護士の懲戒事由
 弁護士法56条1項の「品位を失うべき非行」の具体例
 弁護士の懲戒請求権が何人にも認められていることの意義
・ 弁護士の職務の行動指針又は努力目標を定めた弁護士職務基本規程の条文
 「弁護士に対する懲戒請求事案集計報告(平成5年以降の分)
→ 令和元年の場合,審査請求の件数は30件であり,原処分取消は3件であり,原処分変更は1件です。
 弁護士会の懲戒手続
・ 弁護士の戒告,業務停止,退会命令及び除名,並びに第二東京弁護士会の名簿登録拒否事由
・ 弁護士の業務停止処分に関する取扱い
 弁護士に対する懲戒請求事案集計報告(平成5年以降の分)
 弁護士の懲戒処分の公告,通知,公表及び事前公表
・ 弁護士会副会長経験者に対する懲戒請求事件について,日弁連懲戒委員会に定型文で棄却された体験談(私が情報公開請求を開始した経緯も記載しています。)


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