弁護士会の懲戒手続


目次

1 弁護士会の綱紀委員会
2 弁護士会の懲戒委員会
3 大阪弁護士会の綱紀委員会及び懲戒委員会の委員
4 懲戒手続に関する大阪弁護士会の規程等
5 弁護士会に損害賠償責任が発生する場合等
6 自由と正義の懲戒公告等に関する裁判例
7の1 懲戒請求が取り下げられたとしても,弁護士会は対象弁護士を懲戒できること
7の2 いわゆる情状等の取扱い
8 弁護士法31条1項の「指導」,「監督」の意味に関する裁判例
9 懲戒委員会において懲戒の事由とされる範囲
10 関連記事その他

1 弁護士会の綱紀委員会
(1) 懲戒の請求をした場合,弁護士会は対象弁護士を懲戒の手続に付し,綱紀委員会において事案の調査を行います(弁護士法58条2項)。
(2)ア 弁護士会は自ら,所属弁護士について懲戒手続の開始を求めることができます(弁護士法58条2項)ところ,実務上,「会請求」とか「会立件」といわれています。
イ   「条解弁護士法」(第3版)457頁には以下の記載があります。
   弁護士会が所属弁護士(弁護士法人)について,懲戒事由があるか否かを判断する機関としては,会の執行機関としての会長,会の議決機関としての総会又は常議員会(これに準ずる機関を含む),法70条2項により「所属の弁護士及び弁護士法人の綱紀保持に関する事項をつかさどる」とされる綱紀委員会が考えられるが,懲戒手続の開始を求めるか否かの意思決定であるから,原則として意思決定機関たる総会又は常議員会が上記の判断をする機関と考えるのが相当である。会長は,重要な会務について総会又は常議員会の意思決定に基づいて執行するほか,日常の会務の範囲では自ら意思決定する権限を有しているが,懲戒手続の開始を求めるか否かの判断は,所属弁護士(弁護士法人)の権利身分に重大な影響を与える事項であるとともに,懲戒権の行使が弁護士会の根本的な権能である以上,日常の会務とみなすことはできないであろう。更に,綱紀委員会については,本条2項において,弁護士会を綱紀委員会と別個な存在として対置させていることから見て,綱紀委員会に調査を命ずるか否かの実質的判断を綱紀委員会自らにさせるとするのは妥当ではない。
(3)ア   弁護士会の綱紀委員会は,調査対象の弁護士(「被調査人」といいます。),懲戒請求をした人(「懲戒請求者」といいます。)から資料の提出を求めたり,調査期日に事情を聴取したりして,非行が認められるかどうかを調査します。
   綱紀委員会は,調査の結果に基づき,以下のいずれかの議決をします(弁護士法58条4項参照)。
① 懲戒相当(弁護士法58条3項)
   懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当とする旨の議決です。
② 懲戒不相当(弁護士法58条4項)
   以下の場合に行われる,懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当としない旨の議決です。
(a) 除斥期間の経過等により懲戒請求(弁護士法58条1項)が不適法である場合
(b) 除斥期間の経過等により会請求(弁護士58条2項)が不適法である場合
(c) 被調査人に懲戒の事由がない場合
(d) 事案の軽重その他情状を考慮して被調査人を懲戒すべきでないことが明らかであると認める場
③ 調査終了
   調査開始後に被調査人が死亡したり,除名,破産手続開始等の事由により会員資格を喪失した場合に行われる議決です。
イ 綱紀委員会が「懲戒相当」の議決をした場合,弁護士会は懲戒委員会に事案の審査を求めます。
   ただし,平成15年7月25日法律第128号による改正前の弁護士法58条3項は「弁護士会は、綱紀委員会が前項の調査により弁護士又は弁護士法人を懲戒することを相当と認めたときは、懲戒委員会にその審査を求めなければならない。」と定めていたのに対し,改正後の弁護士法58条3項は「綱紀委員会は、前項の調査により対象弁護士等(懲戒の手続に付された弁護士又は弁護士法人をいう。以下同じ。)につき懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当と認めるときは、その旨の議決をする。この場合において、弁護士会は、当該議決に基づき、懲戒委員会に事案の審査を求めなければならない。」と定めていますから,「懲戒相当」という表現はやや不正確ではあります。
(4) 綱紀委員会は,数多の懲戒事案の中から懲戒委員会の判断を仰がなければならない事案を選別して,濫請求事案については早急に被調査人を懲戒手続から解放するとともに,懲戒委員会の判断が必要となる事案では,事実関係の調査を遂げて証拠の散逸を防ぎ,かつ,懲戒委員会の事実調査に要する負担を極力軽減させるという機能を有しています(東弁リブラ2010年7月号「綱紀・懲戒-綱紀委員会から7つのメッセージ- 総論:綱紀・懲戒制度の概要」参照)。
(5)ア 懲戒請求者は,弁護士会の綱紀委員会が相当の期間内に懲戒の手続を終えない場合,日弁連綱紀委員会に対して異議の申出をできます(弁護士法64条1項前段)。
   日弁連白書2016年の「懲戒事案の調査・審査期間」によれば,懲戒請求から綱紀委員会による議決までの期間は,過去5年間,約70%から約90%の案件について1年以内となっています。
イ 日弁連HPの「懲戒請求事案に関する異議申出の方法について(相当期間異議の場合)」が参考になります。
   異議申出をする場合,正本1通及び副本2通の合計3通の異義申出書を日弁連に提出します。
エ 半年以内に懲戒請求を棄却する旨の議決が出ることは通常ありません(弁護士自治を考える会HPの「『弁護士懲戒請求の研究』 懲戒請求が棄却されるまでに要する期間」参照)。
(6) 弁護士会の懲戒手続については,①途中経過について知らせてもらうことはできませんし,②どのような調査をしたかを知らせてもらうこともできませんし,③いつ終わるかを知らせてもらうこともできないみたいです(ガジェット通信HPの「弁護士は弁護士を裏切らない!?役立たずの懲戒請求制度」参照)。
(7)ア 弁護士の法曹倫理について考えるブログに載っている,「居眠りした原田直子日弁連副会長(当時)に関する福岡県弁護士会の議決書」(令和2年5月21日付)を見れば,綱紀委員会の議決書がどのようなものであるかが分かります。
イ 同ブログの「福岡県弁護士会・上地和久副会長が語った「ローカルルール」」によれば,福岡県弁護士会の場合,対象弁護士が書いた答弁書(懲戒請求への反論)を懲戒請求者に送付しませんし,答弁書が出されたかどうかを懲戒請求者に教えませんし,答弁書のコピーは福岡県弁護士会が許可した場合に限られるそうです。

2 弁護士会の懲戒委員会

(1) 弁護士会の懲戒委員会は,事案の審査を求められた場合,対象弁護士等を懲戒するかどうかを決定します(弁護士法58条5項及び6項)。
(2)ア 懲戒委員会は,事案の審査の結果,対象弁護士等につき懲戒することを相当と認めるときは、懲戒の処分の内容を明示して、その旨の議決をします。
   この場合,弁護士会は,当該議決に基づき,対象弁護士等を懲戒しなければなりません(弁護士法58条5項)。
イ 懲戒委員会は,事案の審査の結果,対象弁護士等につき懲戒しないことを相当と認めるときは,その旨の議決をします。
   この場合,弁護士会は,当該議決に基づき,対象弁護士等を懲戒しない旨の決定をしなければなりません(弁護士法58条6項)。
(3)ア 懲戒委員会は,議決をしたときは,速やかに理由を付した議決書を作成しなければなりません(弁護士法67条の2)。
イ 対象弁護士等を懲戒する場合,議決書の主文は以下のようなものになります。
① 「対象弁護士等を除名することを相当とする」
② 「対象弁護士等に対し,退会を命ずることを相当とする」
③ 「対象弁護士等に対し,業務を○年○月停止することを相当とする」
④ 「対象弁護士等を戒告することを相当とする」
ウ 対象弁護士等を懲戒しない場合,議決書の主文は以下のとおりとなります。
⑤   「対象弁護士等を懲戒しないことを相当とする」
エ 対象弁護士等が死亡したり,資格を喪失したりした場合,議決書の主文は以下のようなものになります。
⑥   「本件懲戒請求手続は対象弁護士等の死亡(資格喪失)により終了した」
オ 弁護士法は,弁護士及び弁護士法人の懲戒について特に適正・公正を期するため,懲戒委員会を設置したわけですから,懲戒委員会の議決は,弁護士会を拘束し,議決と異なる処分をすることはできません。
(4) 懲戒請求者は,弁護士会の懲戒委員会が相当の期間内に懲戒の手続を終えない場合,日弁連懲戒委員会に対して異議の申出をできます(弁護士法64条1項前段)。
(5)   日弁連白書2016年の「懲戒事案の調査・審査期間」によれば,懲戒委員会への付議から議決までの期間別件数は,過去5年間,約80%の案件で1年以内となっていますものの,2年を超える案件が約2%あります。

3 大阪弁護士会の綱紀委員会及び懲戒委員会の委員

(1) 大阪弁護士会の綱紀委員会の委員は,弁護士,裁判官,検察官及び学識経験のある者の中から,それぞれ大阪弁護士会会長が委嘱します(弁護士法70条の3第1項前段)。
   この場合,①裁判官又は検察官である委員はその地の高等裁判所若しくは地方裁判所又は高等検察庁検事長若しくは地方検察庁検事正の推薦に基づき,②その他の委員は大阪弁護士会の総会の決議に基づき,委嘱する必要があります(弁護士法70条の3第1項後段・弁護士法66条の2第1項後段)。
   ただし,任期が2年であること(弁護士法70条の3第3項)とあいまって,予備委員の選任(弁護士法70条の5)も含めて,毎年5月の定時総会決議(大阪弁護士会会則34条4号)において,選任に関する事項は常議員会に白紙委任されています(大阪弁護士会会則57条2号参照)。
(2) 大阪弁護士会の懲戒委員会の委員は,弁護士,裁判官,検察官及び学識経験のある者の中から,それぞれ大阪弁護士会会長が委嘱します(弁護士法66条の2第1項前段)。
   この場合,①裁判官又は検察官である委員はその地の高等裁判所若しくは地方裁判所又は高等検察庁検事長若しくは地方検察庁検事正の推薦に基づき,②その他の委員は大阪弁護士会の総会の決議に基づき,委嘱する必要があります(弁護士法66条の2第1項後段)。
   ただし,任期が2年であること(弁護士法66条の2第3項)とあいまって,予備委員の選任(弁護士法66条の4)も含めて,毎年5月の定時総会決議(大阪弁護士会会則34条4号)において,選任に関する事項は常議員会に白紙委任されています(大阪弁護士会会則57条2号参照)。
(3) 大阪弁護士会HPの「弁護士自治のための活動(6委員会)」には以下の記載があります。
懲戒委員会
綱紀委員会の調査の結果、懲戒委員会に事案の審査を求めることが相当と議決された案件の審査を行っています。また、審査の結果、懲戒相当と認められれば、処分の内容を明示して、その旨の議決をし、弁護士会がその弁護士等を懲戒します。
綱紀委員会
当会会員弁護士に対してなされた懲戒請求につき、弁護士法の規定等に基づき、その事案調査などを行っています。委員会の構成員には、裁判官、検察官、学識経験者などの外部の方も含まれています。

4 懲戒手続に関する大阪弁護士会の規程等

(1) 大阪弁護士会の場合,以下の規程があります。
① 大阪弁護士会会則(平成14年3月6日全部改正)(平成14年4月1日施行)116条ないし124条
② 大阪弁護士会綱紀調査手続規程(平成16年2月2日会規第44号)(平成16年4月1日施行)
③ 大阪弁護士会懲戒手続規程(平成16年2月2日会規第45号)(平成16年4月1日施行)
(2) 大阪弁護士会所属の弁護士に対して懲戒処分があった場合,以下のとおり,懲戒処分を受けた弁護士の氏名等が以下のとおり公告されます(大阪弁護士会懲戒手続規程58条)。
   ただし,以下の「公告」は,マスコミ発表を伴う「公表」とは異なります(大阪弁護士会会則121条1項参照)。
① 月刊大阪弁護士会の「告示」欄への掲載
→ 月刊大阪弁護士会というのは大阪弁護士会の機関誌であり,毎月末日ぐらいに発行されています(大阪弁護士会HPの「広報誌」参照)。
② 大阪弁護士会館13階の会員ロビー掲示板への掲載
→ (a)除名又は退会命令の場合は1年間,(b)業務停止の場合はその期間,(c)戒告の場合は2週間,掲載されます。

5 弁護士会に損害賠償責任が発生する場合等

(1) 弁護士会が行った懲戒が弁護士会の裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用してされたと認められる違法なものである場合において,当該弁護士会において当該懲戒が違法なものではないと信じたことにつき相当の理由もない場合,損害賠償責任が発生すると思います(東京地裁平成23年9月29日判決参照)。
(2) 弁護士会の会長及び弁護士会の資格審査会の会長として弁護士名簿登録請求の進達拒絶に関与する行為は,国家賠償法1条1項にいう「公共団体の公権力の行使にあたる公務員」としての行為に該当すると解されています(大阪高裁平成22年5月12日判決)。
   そのため,弁護士会の懲戒委員会が弁護士又は弁護士法人の懲戒をする行為は,国家賠償法1条1項にいう「公共団体の公権力の行使にあたる公務員」としての行為に該当すると思います。
   よって,弁護士会の懲戒委員会の委員は個人として不法行為責任を負うことはないと思います(公務員個人が不法行為責任を負わないことに関する最高裁昭和30年4月19日判決最高裁昭和53年10月20日判決参照)。

6 自由と正義の懲戒公告等に関する裁判例

(1) 最高裁平成15年3月11日決定は以下のとおり判示しました(ナンバリングをしています。)から,弁護士に対する戒告処分が日本弁護士連合会会則97条の3第1項に基づく公告を介して第三者の知るところとなり弁護士としての社会的信用が低下するなどの事態は,行政事件訴訟法25条2項にいう「処分により生ずる回復の困難な損害」に当たりません。
① 弁護士に対する戒告処分は,それが当該弁護士に告知された時にその効力が生じ,告知によって完結する。その後会則97条の3第1項に基づいて行われる公告は,処分があった事実を一般に周知させるための手続であって,処分の効力として行われるものでも,処分の続行手続として行われるものでもないというべきである。
② そうすると,本件処分の効力又はその手続の続行を停止することによって本件公告が行われることを法的に阻止することはできないし,本件処分が本件公告を介して第三者の知るところとなり,相手方の弁護士としての社会的信用等が低下するなどの事態を生ずるとしても,それは本件処分によるものではないから,これをもって本件処分により生ずる回復困難な損害に当たるものということはできない。
(2)   東京地裁平成23年9月29日判決は,自由と正義の懲戒公告等について,以下のとおり判示しています(ナンバリング及び改行は私が行ったものです。)。
① 弁護士会は,弁護士法の規定に基づいて委託を受けた公権力の行使として弁護士に対する懲戒を行うものであり,弁護士会が被告日本弁護士連合会に対し弁護士に対する懲戒をした旨の報告をする行為は,弁護士に対する懲戒の一環を成すものとして弁護士会の所掌事務の範囲に含まれるということができるところ,この報告行為は,それによって直接国民の権利を制限し又は国民に義務を課すなどするものではないから,特別な法令上の根拠なくして適法にすることができるというべきである。
   そして,弁論の全趣旨によれば,被告日本弁護士連合会が弁護士会から弁護士に対する懲戒をした旨の報告を受けたことを同被告の機関雑誌「自由と正義」に掲載して公告をする行為は,依頼者その他の者が弁護士の身分を失った者又は弁護士の業務を行うことができない者に対して法律事務を委任することがないようにし,併せて他の弁護士が同種の非行に及ぶことを予防することを目的とするものであると認めることができるのであって,弁護士の使命の重要性,職務の社会性等に鑑みると,その公表目的の正当性及び公表の必要性が認められ,それにつながるものである弁護士会が被告日本弁護士連合会に対し弁護士に対する懲戒をした旨の報告をする行為についても,その報告目的の正当性及び報告の必要性を肯定することができる。
    また,被告日本弁護士連合会の上記公告行為は,法曹関係者等をその主要な閲読者とする同被告の機関雑誌「自由と正義」を媒体として,懲戒を受けた弁護士の氏名,登録番号,事務所,住所,懲戒の種別,処分の理由の要旨,処分の効力の生じた日を公表するものであって,公表手段及びその態様の相当性を肯定することができるというべきである。
② もっとも,上記弁護士会の報告行為が弁護士に対する懲戒をした事実を不特定多数の者に摘示するものにほかならないことは上記のとおりであって,一たび懲戒を受けた事実が不特定多数の者に摘示されれば当該弁護士の社会的評価が著しく低下することとなることを考慮すると,
当該懲戒が弁護士会の裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用してされたと認められる違法なものである場合において,当該報告行為をした弁護士会において当該懲戒が違法なものではないと信じたことにつき相当の理由もないようなときには,弁護士会は,弁護士の名誉を毀損する違法な報告行為をしたものとして,それにより当該弁護士に生じた損害を賠償し又は当該弁護士の名誉を回復するのに適当な措置を執る義務を負うと解するのが相当である。

7の1 懲戒請求が取り下げられたとしても,弁護士会は対象弁護士を懲戒できること

(1)   懲戒請求の取り下げがあっても,懲戒処分される例は認められ,懲戒請求の取り下げがあったにもかかわらず懲戒処分をしたことが異例であるとか違法であるとかいうことはできません。
(2) 別の事例が被懲戒者の事案より非行の程度が重いとしても,それだけでは,他事例との比較において,懲戒処分が不当であるとまでいうことはできません。
(3) 弁護士の懲戒は,単に懲戒請求者のためにするのではなく,弁護士会は,懲戒制度の趣旨に従って,懲戒事由がある場合に当該弁護士を懲戒することになります。
    そして,懲戒を相当とする事由がある場合には,懲戒請求者の取り下げにかかわらず,懲戒するのが弁護士の懲戒制度の趣旨に合致しています。
(4)   以上の記載は,東京高裁平成24年10月31日判決(最高裁平成23年10月11日決定の本案事件です。)に基づくものです。

7の2 いわゆる情状等の取扱い
(1) 情状一般の取扱い
・ 弁護士懲戒手続の研究と概要(第3版)134頁には以下の記載があります。
綱紀委員会が懲戒委員会に事案の審査を求めることが相当か否かを判断するためには、行為の態様、結果の大小等、実質的価値判断の資料となる事項を調査する必要がある。そこで平成一五年改正法は「事案の軽重その他情状を考慮して懲戒すべきでないことが明らかであると認めるとき」(五八条四項)と定め、綱紀委員会が情状を掛酌しうることを明らかにした。例えば、対象弁謹士等の預り金の横領ないしは返還義務の履行遅滞が問題となっている事案であって、対象弁護士等が、預っていた金品を一部返還していた場合には、預り金の額や預った経緯等に加えて、返還時期や返還額等の返還の経緯に関する事情や残額を返還しない理由等をも調査したうえで、それらの事情も併せて懲戒請求事実が品位を失うべき非行に該当するかどうかが実質的に判断されることになるであろう。
(2) 事後的情状も調査対象となること
・ 弁護士懲戒手続の研究と概要(第3版)135頁には以下の記載があります。
「あらごなし」の機関だからといって論理必然的に事後的情状が調査対象ではないとすることはできない。前述のとおり、懲戒事由は実質的な判断で決せられるべきものであり、懲戒事由の有無の判断において懲戒請求時に存した事実とその後に生じた事実を明確に区別できないというべきである。とすれば、綱紀委員会の審議終結時までにあらわれた全ての事情を考慮して懲戒事由の有無(懲戒委員会に事案の審査を求めることが相当か否か)を判断するのであって、いわば事後的情状も調査の対象に含まれるというべきである。ただし、綱紀委員会において、対象弁護士等に対し、示談すれば懲戒委員会に事案の審査を求めないことを相当とする議決をするなどの指導をするといった誤った運用をすることは許されない。

8 弁護士法31条1項の「指導」,「監督」の意味に関する裁判例

・ 大阪高裁平成21年7月30日判決(弁護士懲戒手続の研究と実務(第3版)113頁及び114頁)は以下の判示をしています。
    弁護士法三一条一項にいう「指導」、「監督」の意味については、①弁護士の基本的人権を擁護し、社会正義を実現するための活動の適正な遂行を保障するためには、弁護士の活動について高度の独立性を認める必要があること、②弁護士には、職務上知り得た事実についての守秘義務が認められていること(弁護士法二三条、刑法一三四条一項)、③弁護士法は、弁護士会に対し、所属弁護士会に対する監督を全うさせるための特別な権能として、懲戒権を与えているが、懲戒権の行使は、弁護士会内の独立委員会である綱紀委員会及び懲戒委員会の判断に基づいて、弁護士会の恣意に流されることなく、適正かつ公正に行われることが厳格に規定されていることを総合して考慮すると、弁護士会は、所属弁護士の受任事件の処理に関して、違法又は不当な点が存在する疑いがあり、その点が懲戒事由に該当すると思料するときは、原則として、懲戒手続によって指導監督を行うべきであって、それ以外には、専ら、所属弁護士の具体的な業務執行や事件処理にわたらない範囲での研修や研究等の一般的な指導監督をすることができるにとどまるというべきであり、所属弁護士の受任事件の処理に関して懲戒手続以外に個別具体的に指導監督権を行使することは、例えば、明らかに違法な弁護活動、実質的に弁護権を放棄したと認められる行為、あるいは職業的専門家である弁護士としての良識を著しく逸脱した行為などが存在し、懲戒手続を待っていたのでは回復し難い損害の発生が見込まれるとか、あるいは、懲戒手続によるのみでは回復し難い損害の発生を防止することができないなど、特段の事情が存在する場合に限って、しかも当該違法又は不当な行為を阻止し、又はこれを是正するために必要な限度でしか許されないと解するのが相当である。 

9 懲戒委員会において懲戒の事由とされる範囲

(1) 弁護士懲戒手続の研究と実務(第3版)158頁で引用されている東京高裁平成17年10月13日判決は以下の判示をしています。
    弁護士に対する懲戒は、法五六条一項が規定する懲戒事由に該当する具体的事実により構成される懲戒事由を基礎としてされるものであるところ、懲戒譜求人が弁護士会に懲戒の請求をしたときに、綱紀委員会が調査の対象とするのは、懲戒請求人が主張する具体的事実により構成される『懲戒の事由』である。もっとも、弁護士の懲戒請求をすることができるのは『何人も』(法五八条一項)であるから、弁護士法を含む法令や手続について充分な知識を持たない一般人が懲戒請求をすることが予想されるのであるから、綱紀委員会は調査の過程で懲戒請求の趣旨や関連する事情を懲戒請求人から聴取し、懲戒請求人の意思を釈明し、その結果に基づいて、懲戒申立書に懲戒請求事由として挙げられた記載の不備を補い、補正、追加したものを、懲戒請求人の申し立てた懲戒諭求事由として把握した上で、当該懲戒請求事由について懲戒相当か否かを判断すべきことは当然である。懲戒委員会の審査は、綱紀委員会が調査により弁護士を懲戒することが相当と認めた場合に限り、弁護士会の求めによりされるところ、懲戒委員会の審査は綱紀委員会で懲戒相当とされた具体的事実により構成される懲戒事由を対象とするものと解され、結局懲戒委員会による懲戒の事由とされるのは、懲戒請求人が懲戒申立書において懲戒請求事由としたところ及び綱紀委員会が懲戒請求人の主張する懲戒請求事由として把握したところと実質的に同一の範囲の事由に限られるものというべきである。このことは、懲戒委員会の議決に基づく弁護士会の懲戒に対する審査請求について審査を行う被告(引用者注:日弁連のこと)の懲戒委員会が懲戒事由を認定する場合にも同様である。そして、懲戒委員会の認定する懲戒事由と懲戒請求人が懲戒申立書において懲戒請求事由としたこと及び綱紀委員会が懲戒請求人の主張する懲戒請求事由と把握したことが実質的に同一のものであるか別個のものであるかの判断は、当該事案において、懲戒事由となるべき社会的事実として同一の範囲に含まれるかどうかにより判断すべきである。
(2) 弁護士懲戒手続の研究と概要(第3版)132頁には以下の記載があります。
    懲戒事由に該当する事実が存在するか、また、その事実が懲戒事由たる非行に該当するか否か、調査の主力はこれに注がれる。調査をすべき事実の範囲は懲戒請求者の請求に基づき弁護士会から調査を求められた懲戒請求事実の範囲に限られる。懲戒請求事実以外の非行事実を探知しても、これを更に調査し、議決することは職権立件を認めることとなり許されない。このような場合は請求事実以外の非行事実を探知したことを弁謹士会に報告し、弁護士会の判断を侍つべきである。
    その一方で、弁護士会によって調査に付された懲戒請求事実については、すべて懲戒を相当とするか否かについて議決しなければならない(同旨、昭和六三年二月八日付け日弁連事務総長回答)。
    懲戒事由に該当する事実の説明が不十分で趣旨不明の場合であって、補正しうるものは、懲戒請求者に対し補正を命じるべきである。ただし、当初の懲戒請求事実とは全く別の非行事実に補正させることは補正の限度を超えるものとして許されないと解する。補正の限界を一般的に論ずることは困難であるが、少なくとも当初の懲戒請求事実と比較して基本的な事実が同一である必要があると解される。 

10 関連記事その他

(1) 稲田寛 日弁連事務総長は,平成6年11月29日の衆議院法務委員会において,参考人として以下の発言をしています。
    日弁連は、一九九〇年三月総会におきまして三十五年ぶりに弁護士倫理全文を改定し、これを会員に周知徹底するため、事例設問式の研修教材である「事例集・弁護士倫理」を発行したり、あるいは「弁護士倫理研修マニュアル」を編集し、さらには、現在では「注釈弁護士倫理」を編さん中であり、近々発刊の予定になっております。
    こうした倫理研修の一層の強化徹底策の一つといたしまして、日弁連は、このたび各弁護士会に対し、新人研修の義務化とともに全会員に対する弁護士倫理研修の義務化を呼びかけたわけでございます。
    また、今後の課題といたしましては、倫理規定にとどまらず、業務規準の明瞭化や執務体制の正常化についても関連委員会等で検討の上、会員の業務処理に当たってのきめ細かい指導要領を策定し、会員の非行予防に役立てていく方針であります。
    他方、残念ながら生じてしまった非行事例につきましては、その事案の内容を公表することによって他の会員の戒めとし、同種事例を防止するために、一九九一年十月より、懲戒処分があったときはそのすべてを日弁連の機関誌である「自由と正義」に理由を付して掲載し、事案によってはこれを記者会見等で発表いたしております。
(2) 法曹制度検討会(第4回)議事録(平成14年5月14日実施分)には,井元義久 日弁連副会長による弁護士会の懲戒手続の説明が載っています。
(3) 以下の記事も参照してください。
・ 弁護士の懲戒事由
・ 弁護士の懲戒処分の公告,通知,公表及び事前公表
・ 弁護士法56条1項の「品位を失うべき非行」の具体例
・ 弁護士の懲戒請求権が何人にも認められていることの意義
・ 弁護士の懲戒処分と取消訴訟
・ 弁護士の職務の行動指針又は努力目標を定めた弁護士職務基本規程の条文
・ 「弁護士に対する懲戒請求事案集計報告(平成5年以降の分)
→ 令和元年の場合,審査請求の件数は30件であり,原処分取消は3件であり,原処分変更は1件です。


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