日本司法支援センター(法テラス)を利用しなかったことに関して単位弁護士会で戒告となり,日弁連で不懲戒となった事例


目次

1 平成31年2月  5日発効の,山梨県弁護士会の懲戒処分(戒告)
2 令和  2年7月17日発効の,日弁連の取消裁決
3 弁護士職務基本規程の関連条文
4 関連記事その他

1 平成31年2月5日発効の,山梨県弁護士会の懲戒処分(戒告)

・ 自由と正義2019年6月号81頁及び82頁に載っている「処分の理由の要旨」は以下のとおりです。
(1) 被懲戒者は、懲戒請求者が株式会社Aから解雇された事件について2016年12月26日に相談を受けた際、懲戒請求者がその事件について日本司法支援センターの代理援助の申込みの趣旨で記載した援助申込書に関して、懲戒請求者の承諾を得ずに相談実施日時柵に2017年2月6日と記載して、同日に懲戒請求者から受けた法律相談についての援助申込書として日本司法支援センターに提出して法律相談料を請求した。
(2) 被懲戒者は、上記(1)の事件の処理について日本司法支援センターを利用することで懲戒請求者と合意しており、遅くとも2017年3月5日時点では日本司法支援センターの代理援助の申請ができる状態であったにもかかわらず、同日、日本司法支援センターを利用せずに懲戒請求者との間で雇用契約上の地位の確認等を求める内容の委任契約を締結し、日本司法支援センターを利用できることを説明しなかった。
(3) 被懲戒者は、上記(1)の事件について懲戒請求者の代理人としてA社と和解するに際して、A社が納付していない懲戒請求者の社会保険料等を支払うことを和解の内容とすることについて懲戒請求者が明確に要望していたにもかかわらず、懲戒請求者との間で十分な協議をせず、2017年3月23日、A社との間で上記要望に反した和解契約を締結した。
(4) 被懲戒者の上記(2)の行為は弁護士職務基本規程第29条第1項に、上記(3)の行為は同規程第22条第1項に違反し、上記各行為はいずれも弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

2 令和2年7月17日発効の,日弁連の取消裁決

・ 自由と正義2020年9月号128頁及び129頁に載っている「裁決の理由の要旨」は以下のとおりです。
(1) 勤務先から解雇された懲戒請求者から相談を受けた審査請求人が、解雇に関して元勤務先と交渉し、和解により解決した本件について、山梨県弁護士会は、①懲戒請求者が事前に要望していた、勤務先が納付していなかった雇用保険料及び社会保険料を支払うこと(以下「遡り加入」という。)につき、懲戒請求者の要望を無視して和解契約を締結した行為は、弁護士職務基本規程第22条第1項及び同規程第36条に違反し、②本件解雇事件の弁護士費用につき、法テラスを利用できる状態であったにもかかわらず、利用しなかった行為は同規程第29条第1項に違反し、③懲戒請求者が2016年12月26日に作成した法テラスの援助申込書につき、懲戒請求者の承諾なく日付を書き換えて法テラスに提出し、法律相談料を請求した行為は、法テラスの細則等に違反する、と認定、判断し、審査請求人を戒告に付した。
(2) 本件では、主として金銭的な解決を図るべく交渉が続けられていたところ、合意書締結の直前に懲戒請求者から遡り加入に関する要望がなされた。懲戒請求者が遡り加入を強く要望していたことはうかがわれるが、それが審査請求人にどの程度正確に伝わっていたのかは定かではない。この点、審査請求人と懲戒請求者との間では認識にずれが生じていたということができ、合意書の条項に遡り加入の条項を挿入しなかったことについて、審査請求人の全面的な落ち度であると非難することは相当とはいえない。審査請求人は、懲戒請求者に対し、遡り加入に関する元勤務先との交渉の結果を伝えはしたが、それ以上の説明を行ったとは認められず、この点で審査請求人は、十分な説明、報告をして依頼者と協議を行わなかったといえるのであり、前記(1)①の行為に関し、山梨県弁護士会が弁護士職務基本規程第22条第1項及び第36条に違反したと判断したことは必ずしも不当とはいえないが、合意書をめく.る行き違いについては、審査請求人が成功報酬を請求しないことで実質的に決着がついたという事情が認められ、この点は酌むべきものである。
(3) 前記(1)の②に関し、法テラスを利用せずに委任契約を締結するにつき、審査請求人が具体的にどのような説明を行ったかについて直接的な証拠は存在しない。懲戒請求者があくまで法テラスの利用を望むのであれば、その点を主張していたはずであるが、この契約書作成の手続について特に問題が生じたことをうかがわせる事実は認められない。また、契約内容も、予定された法的手続を考えれば、金額的にも相応の範囲にとどまっているだけでなく、着手金の支払を月額1万円の分割払とするなど、懲戒請求者の置かれた状況に配慮したものとなっている。審査請求人は、法テラス利用の可否を検討すべき立場にあったことは否定できず、慎重さを欠いていたものの、審査請求人が報酬請求権を放棄し、これを懲戒請求者が受け入れたことから、法テラスを利用しなかったことにつき、懲戒請求者に金銭的な不利益は生じていないか、生じたとしてもわずかなものにとどまっている。
(4) 前記(1)の③に関し、2通の法テラスの援助申込書の作成経緯については、審査請求人の主張と懲戒請求者の主張のどちらが正当かを判断することは困難である。しかし、懲戒請求者が審査請求人に送信したメールの内容からすると、懲戒請求者自身が書類の書換えを行った事実を認識していたものと思われる。2017年2月6日の時点では、審査請求人と懲戒請求者との間には信頼関係が存在していたはずであり、書換えの時点で懲戒請求者がこれに異議を述べた形跡がないことからすると、懲戒請求者は書類の書換えについて承諾を与えていたとみるのが自然である。
(5) 以上のとおり、前記(1)の③については懲戒事由が認められず、前記(1)の①及び②については酌むべき事情に鑑み、審査請求人を懲戒しないものとする。

3 弁護士職務基本規程の関連条文(1) 「懲戒の理由の要旨」で言及されている条文22条(依頼者の意思の尊重)① 弁護士は、委任の趣旨に関する依頼者の意思を尊重して職務を行うも のとする。② 弁護士は、依頼者が疾病その他の事情のためその意思を十分に表明できないときは、適切な方法を講じて依頼者の意思の 確認に努める。29条(受任の際の説明等)① 弁護士は、事件を受任するに当たり、依頼者から得た情報に基づき、事 件の見通し、処理の方法並びに弁護士報酬及び費用について、適切な説明をしなけ ればならない。② 弁護士は、事件について、依頼者に有利な結果となることを請け合い、又は保証してはならない。③ 弁護士は、依頼者の期待する結果が得られる見込みがないにもかかわらず、その見込みがあるように装って事件を受任 してはならない。36条(事件処理の報告及び協議)   弁護士は、必要に応じ、依頼者に対して、事件の経過及び事件の帰趨に影響を及ぼす事項を報告し、依頼者と協議しながら事件の処理を進めなければならない。(2) 「懲戒の理由の要旨」で言及されていない条文33条(法律扶助制度等の説明)   弁護士は、依頼者に対し、事案に応じ、法律扶助制度、訴訟救助制度 その他の資力の乏しい者の権利保護のための制度を説明し、裁判を受ける権利が 保障されるように努める。82条(解釈適用指針)① この規程は、弁護士の職務の多様性と個別性にかんがみ、その自由と独立を不当に侵すことのないよう、 実質的に解釈し適用しなければならない。第五条の解釈適用に当たって、刑事弁護においては、被疑者及び被告人の 防御権並びに弁護人の弁護権を侵害することのないように留意しなければならない。② 第一章並びに第二十条から第二十二条まで、第二十六条、第三十三条、第三十七条第二項、第四十六条から 第四十八条まで、第五十条、第五十五条、第五十九条、第六十一条、第六十八条、第七十条、第七十三条及び 第七十四条の規定は、弁護士の職務の行動指針又は努力目標を定めたものとして解釈し適用しなければならない。

4 関連記事その他

(1) 法テラスHPの「リーフレット・パンフレット」「民事法律扶助のしおり」等が載っています。
(2) 判例時報2433号(2020年4月1日号)に「特集 法テラスの破産手続開始申立弁護士費用立替にもとづく償還請求権の財団債権性─借金苦による悲劇を繰り返さないために─…伊藤 眞」が載っています。
(3)ア 以下の資料を掲載しています。
・ 訴訟救助事件及び迅速処理のための国庫立替における書記官事務処理要領(令和5年2月1日一部改訂の,大阪高裁民事部の文書)
イ 以下の記事も参照してください。
・ 弁護士の懲戒事由
・ 弁護士法56条1項の「品位を失うべき非行」の具体例
・ 弁護士の懲戒請求権が何人にも認められていることの意義
・ 弁護士の職務の行動指針又は努力目標を定めた弁護士職務基本規程の条文
 「弁護士に対する懲戒請求事案集計報告(平成5年以降の分)
→ 令和元年の場合,審査請求の件数は30件であり,原処分取消は3件であり,原処分変更は1件です。
 弁護士会の懲戒手続
 弁護士の懲戒処分の公告,通知,公表及び事前公表


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