第1 制度の目的とこの記事の範囲
本記事は,令和8年9月7日現在の弁護士法に基づき,弁護士に対する懲戒制度の目的,懲戒事由,処分の種類,手続,不服申立て及び公表の概要を説明するものである。
個別の弁護士会が定める提出書式その他の運用は異なり得るため,実際に懲戒請求をするときは,提出先となる弁護士会の最新案内も確認する必要がある。
最高裁昭和49年11月8日判決は,弁護士の懲戒制度について,弁護士会又は日本弁護士連合会の自主的な判断に基づき,弁護士の綱紀,信用及び品位等を保持することを目的とする制度であると述べている。
懲戒請求権と異議申出権は,この目的を適正に達成するという公益的見地から認められたものであり,懲戒請求者個人の損害賠償,返金その他の私的救済を実現するための制度ではない。
第2 懲戒事由と処分の種類
1 懲戒事由
弁護士法56条1項は,①弁護士法又は所属弁護士会若しくは日弁連の会則に違反したとき,②所属弁護士会の秩序又は信用を害したとき,③職務の内外を問わず品位を失うべき非行があったときに,弁護士及び弁護士法人が懲戒を受けると定めている。
懲戒は,原則として対象となる弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会が行う。
2 弁護士に対する4種類の処分
弁護士法57条1項が定める弁護士に対する懲戒処分は,次の4種類である。
①戒告は,規律違反を戒める処分である。
②業務停止は,2年以内の期間,弁護士業務を行うことを禁止する処分である。
③退会命令は,弁護士の身分を失わせるが,弁護士となる資格までは失わせない処分である。
④除名は,弁護士の身分を失わせ,弁護士法7条3号により,処分の日から3年を経過しない間は弁護士となる資格も失わせる処分である。
3 弁護士法人に対する処分
弁護士法人に対しても,戒告,2年以内の業務停止又は法律事務所の業務停止,退会命令及び除名が定められているが,従たる法律事務所だけを有する地域か,主たる法律事務所を有する地域かによって処分の範囲が異なる。
各処分の効果は,弁護士の戒告,業務停止,退会命令及び除名の記事で詳しく説明している。
第3 懲戒請求から処分までの流れ
1 誰がどこへ請求するか
弁護士法58条1項により,何人も,懲戒事由があると思料するときは,その事由の説明を添えて,対象となる弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会に懲戒を求めることができる。
事件の依頼者又は相手方であることは要件ではないが,個人が最初から日弁連へ懲戒請求をすることはできない。
提出方法,書式及び本人確認資料は,提出先の弁護士会の案内を確認することになる。
例えば,大阪弁護士会の案内は,書面による懲戒請求書と本人確認書類の提出を求めている。
2 綱紀委員会の調査と懲戒委員会の審査
所属弁護士会は,懲戒請求を受けたとき,対象となる弁護士等を懲戒の手続に付し,綱紀委員会に事案を調査させなければならない。
綱紀委員会が懲戒委員会に審査を求めないことを相当と議決したときは,弁護士会が懲戒しない旨を決定する。
綱紀委員会が懲戒委員会に審査を求めることを相当と議決したときは,弁護士会が懲戒委員会に審査を求める。
懲戒委員会は,懲戒するかどうか及び懲戒する場合の処分内容を審査して議決し,弁護士会はその議決に基づいて懲戒又は懲戒しない旨の決定をする。
3 日弁連が自ら手続を開始する場合
弁護士法60条は,日弁連が自ら懲戒することを適当と認める事案について,日弁連の綱紀委員会及び懲戒委員会を経て懲戒する手続を定めている。
これは日弁連が自ら開始する手続であり,個人が所属弁護士会を経ずに日弁連へ懲戒請求できるという意味ではない。
第4 懲戒請求者による異議申出
1 異議申出の対象と期間
懲戒請求者は,所属弁護士会が①懲戒しない旨を決定したとき,②相当の期間内に手続を終えないとき,又は③懲戒処分が不当に軽いと思料するときに,弁護士法64条により日弁連へ異議を申し出ることができる。
懲戒しない旨の決定又は不当に軽い処分に対する異議申出は,所定の通知を受けた日の翌日から3か月以内にしなければならないが,相当の期間内に手続を終えないことを理由とする異議申出にはこの3か月の規定は適用されない。
2 日弁連綱紀委員会と日弁連懲戒委員会の役割
所属弁護士会の懲戒委員会の審査に付されていない事案については,弁護士法64条の2により,日弁連綱紀委員会が異議を審査する。
日弁連綱紀委員会が,所属弁護士会の懲戒委員会による審査を相当と議決したときは,日弁連が不懲戒決定を取り消し,事案を所属弁護士会へ送付する。
所属弁護士会の懲戒委員会の審査に付された事案については,弁護士法64条の5により,日弁連懲戒委員会が異議を審査する。
同委員会が異議に理由があると議決した場合,日弁連は,自ら懲戒し,処分を変更し,又は所属弁護士会に速やかな手続を命じることがある。
3 綱紀審査会
所属弁護士会の懲戒委員会に付されていない不懲戒事案について,日弁連が日弁連綱紀委員会の議決に基づき異議を却下又は棄却した場合,懲戒請求者は,弁護士法64条の3により綱紀審査を申し出ることができる。
申出期間は,日弁連の通知を受けた日の翌日から30日以内である。
綱紀審査は,所属弁護士会の懲戒委員会の審査に付された事案や,相当の期間内に手続を終えないことを理由とする異議申出について認められる手続ではない。
日弁連懲戒委員会の議決に基づく異議の却下又は棄却に対して,懲戒請求者が更に申し立てる手続は弁護士法上定められていない。
第5 懲戒を受けた弁護士側の不服申立て
所属弁護士会から懲戒を受けた弁護士又は弁護士法人は,弁護士法59条に基づき,日弁連へ審査請求をすることができる。
日弁連は,日弁連懲戒委員会の議決に基づいて裁決する。
日弁連が審査請求を却下若しくは棄却した場合,又は日弁連が直接懲戒した場合,懲戒を受けた者は,弁護士法61条により東京高等裁判所へ取消しの訴えを提起することができる。
所属弁護士会の懲戒処分については,日弁連の裁決に対してのみ取消しの訴えを提起できるため,詳しい期間及び訴訟手続は,弁護士の懲戒処分に対する審査請求と取消訴訟の記事で説明している。
第6 3年の除斥期間
弁護士法63条は,懲戒事由があった時から3年を経過したときは,懲戒の手続を開始できないと定めている。
これは,直近3年間に生じた事実だけを懲戒事由として主張できるという意味ではなく,手続を開始できる期間を定めたものである。
「懲戒の事由があった時」の判断は,単発の行為,継続する行為又は不作為など事案の性質によって問題となり得る。
起算点及び手続開始時の詳細は,弁護士の懲戒手続の除斥期間の記事で説明している。
第7 懲戒処分の判断
1 懲戒権者の裁量
最高裁平成18年9月14日判決は,懲戒の可否及び程度について,懲戒事由の内容,被害の有無及び程度,社会的評価,被処分者に与える影響,弁護士の使命の重要性,職務の社会性等を総合的に考慮する必要があるとした。
同判決は,懲戒事由への該当性,懲戒するかどうか及び処分の選択は弁護士会の合理的な裁量に委ねられ,懲戒処分が違法となるのは,事実の基礎を全く欠くか,社会通念上著しく妥当性を欠いて裁量権の範囲を超え,又は濫用したと認められる場合であるとした。
2 行政手続法12条との関係
行政手続法12条は,行政庁が処分基準を定め,公にしておくよう努めることなどを定めている。
しかし,弁護士法43条の15及び49条の2により,弁護士会及び日弁連が弁護士法に基づいて行う処分には,行政手続法第3章にある同条は適用されない。
したがって,全国一律の処分基準の有無を行政手続法12条だけから論ずることはできない。
令和8年9月7日に確認した日弁連の一般向け懲戒制度ページには,違反類型ごとの全国一律の量定表は掲載されておらず,個別事案では前記最高裁判決が示した諸事情が問題となる。
第8 懲戒請求の限界
最高裁平成19年4月24日判決は,懲戒請求者が,対象弁護士に懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について調査し,検討すべき義務を負うとした。
その上で,懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠き,請求者がそのことを知りながら,又は通常人であれば普通の注意により知り得たのに,あえて請求するなど,制度の趣旨目的に照らして相当性を欠くと認められるときは,違法な懲戒請求として不法行為を構成するとした。
もっとも,懲戒請求が認められなかったことだけで,直ちに請求者の不法行為が成立するわけではない。
最高裁平成23年7月15日判決は,多数の懲戒請求を呼び掛けた行為について,その態様,発言の趣旨,対象となった弁護士の社会的立場及び負担の程度等を総合し,不法行為法上違法とはいえないと判断している。
懲戒請求が何人にも認められた趣旨及び不当な請求の法的責任は,弁護士の懲戒請求権が何人にも認められていることの意義の記事で詳しく説明している。
懲戒事由そのものは,弁護士の懲戒事由の記事で整理している。
第9 通知,公告及び処分歴情報
弁護士法64条の6により,懲戒処分の内容及び理由は,対象となる弁護士等及び懲戒請求者等へ書面で通知され,処分内容は日弁連により官報で公告される。
また,日弁連は,懲戒処分を機関雑誌『自由と正義』に掲載し,現に法律事務を依頼し,又は依頼しようとする者が一定の条件の下で懲戒処分歴の開示を求められる制度を案内している。
公告,弁護士会による公表及び処分歴の情報提供は,対象,内容及び期間が同じ制度ではない。
各制度の違いは,弁護士の懲戒処分の公告,通知,公表及び懲戒処分歴の開示の記事で説明している。
第10 関連記事
①弁護士会の懲戒手続
②弁護士の懲戒事由
③弁護士の戒告,業務停止,退会命令及び除名
④弁護士の懲戒請求権が何人にも認められていることの意義
⑤弁護士の懲戒処分に対する審査請求と取消訴訟
⑥弁護士の懲戒処分の公告,通知,公表及び懲戒処分歴の開示
⑦弁護士の懲戒手続の除斥期間
⑧弁護士に対する懲戒請求事案集計報告
第11 出典・参考資料
1 法令
①e-Gov法令検索「弁護士法」(昭和24年法律第205号)
②e-Gov法令検索「行政手続法」(平成5年法律第88号)
2 裁判例
①最高裁昭和49年11月8日第二小法廷判決・昭和49年(行ツ)第52号・裁判集民事113号151頁
②最高裁平成18年9月14日第一小法廷判決・平成15年(行ヒ)第68号・裁判集民事221号87頁
③最高裁平成19年4月24日第三小法廷判決・平成17年(受)第2126号・民集61巻3号1102頁
④最高裁平成23年7月15日第二小法廷判決・平成21年(受)第1905号,同第1906号・民集65巻5号2362頁