病理解剖は「剖検」とも呼ばれ、病気の性質、死因、合併症及び治療効果等を明らかにするために行われます。犯罪捜査のための司法解剖や警察の調査法解剖とは目的・根拠が異なります。本記事では、同意、費用、結果及び医療事故調査制度との関係を整理します。
第1 病理解剖の目的
病理解剖では、臨床経過、検査及び画像だけでは確定できなかった死因、病気の広がり、予期しなかった合併症、治療の効果等を、臓器の肉眼所見と組織学的検査によって調べます。結果は、遺族への説明だけでなく、診療の検証、医療の質の向上及び医学教育にも用いられます。
日本病理学会は、臨床的に死因を説明できない場合、予期されない死亡、妊産婦・周産期・小児の死亡、治験・臨床研究の参加者の死亡等を、病理解剖を検討する例として挙げています。ただし、個別事案で実施すべきかは、医学的必要性、遺族の意向及び他の法的手続を踏まえて判断されます。
第2 司法解剖・調査法解剖との違い
病理解剖は医療上の死因・病態解明を目的とし、原則として遺族の承諾を得て行います。これに対し、司法解剖は犯罪捜査上の鑑定、調査法解剖は警察取扱死体の死因・身元調査を目的とし、遺族の承諾を法的要件としません。
医療機関で死亡した場合でも、異状が認められて警察へ届け出られ、司法解剖又は調査法解剖の対象となることがあります。「院内死亡だから病理解剖」「解剖に同意したから病理解剖」とは限らず、実施根拠、嘱託元及び担当機関を確認する必要があります。
各解剖の比較は、司法解剖・行政解剖・調査法解剖の違いで説明しています。
第3 遺族の承諾
死体解剖保存法7条は、同法上の一定の例外を除き、死体を解剖しようとする者が遺族の承諾を受けなければならないとしています。病理解剖では、目的、方法、切開範囲、臓器・組織の採取と保存、遺体の修復、結果説明及び研究・教育利用の有無等について説明を受け、承諾書を確認します。
誰が承諾者となるか、複数の遺族の意向が対立した場合にどうするかは、家族関係、遺体の引取・祭祀の状況及び医療機関の手続を踏まえた個別判断になります。緊急性を理由に説明を省略してよいという一般的な制度ではありません。
第4 実施手順と遺体の取扱い
日本病理学会の一般向け説明によれば、病理解剖は病理医が行い、通常は2時間から3時間程度を要します。肉眼的観察に加え、採取した組織を固定・標本化して顕微鏡で検討するため、最終診断には時間がかかります。
解剖後は、遺体の外観に配慮して縫合・修復し、遺族へ返還します。臓器又は組織の一部は、診断のため保存されることがあります。死体解剖保存法は標本の保存を認める一方、取扱い、研究利用及び廃棄については、承諾内容、院内規程及び倫理指針も確認する必要があります。
第5 費用と結果説明
病理解剖の費用は、通常、実施する病院が負担し、遺族に請求されない運用です。ただし、搬送その他の付随費用を含めた個別の取扱いは、実施医療機関に確認します。
解剖所見は、生前の症状、検査及び画像と照合され、「病理解剖診断」等としてまとめられます。日本病理学会は、結果が主治医へ報告されるまで1か月から数か月を要し、遺族は主治医を通じて説明を受けられると案内しています。
遺族は、速報所見と最終診断を区別し、最終報告の予定時期、説明担当者、書面の交付又は診療記録としての開示方法を確認するとよいでしょう。
第6 医療事故調査制度との関係
医療法上の医療事故調査制度では、医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡・死産で、管理者が予期しなかったものに該当するかが出発点になります。制度対象であることと、警察への異状死届出又は刑事責任の有無は同じ問題ではありません。
厚生労働省のQ&Aは、制度対象となるすべての死亡について解剖又は死亡時画像診断を義務付けていません。管理者が、院内調査の目的に照らし、遺族の同意、地域の解剖・Ai体制及び得られる情報を考慮して実施の必要性を判断します。
解剖を行わない場合でも、診療記録、画像、検査、医療従事者の聴取等による調査は必要です。反対に、解剖結果だけで医療行為の法的過失や因果関係が自動的に決まるわけでもありません。
第7 医療紛争での証拠保全
医療紛争の可能性がある場合は、解剖実施の有無だけでなく、次の資料を時間を置かずに確認します。
- 承諾書及び遺族への説明記録
- 解剖依頼書、肉眼所見、病理解剖診断及び組織標本の目録
- 生前の診療録、看護記録、検査・画像及び投薬記録
- 医療事故調査制度の判断記録及び院内調査報告書
- 警察への届出、検視又は別の解剖手続の有無
- 標本の保存期間、研究利用及び廃棄の取扱い
病理解剖所見は重要な医学資料ですが、臨床経過や他の証拠と総合して評価します。