第1 解雇が無効でも,まず賃金請求の前提を確認する
解雇が無効でも,再就職先で賃金を得たからといって,元の会社に対する賃金請求が直ちになくなるわけではない。
ただし,解雇によって元の会社で働かなくて済んだために得られた収入は,対応する期間の賃金から一定の範囲で控除されることがある。
毎月の賃金と賞与は,支払われる根拠と控除の範囲を分けて確かめる。
労働契約法16条は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当と認められない解雇を,解雇権の濫用として無効とする。
解雇が無効で労働契約が続き,労働者が働く意思と能力を有するのに,会社が解雇を理由に就労を受け入れず,そのことが会社の責めに帰すべきときは,民法536条2項により,会社は働いていないことを理由に賃金の支払を拒めない。
別途の退職・合意や契約期間の満了,復職の申出とその後の対応などによっては,労働契約が続く期間や賃金請求の前提を個別に確認する必要がある。
ここで扱うのは,解雇後に支払われるべき契約上の賃金(バックペイ)の計算である。
解雇予告手当,解雇を不法行為とする損害賠償,退職と引き換えに合意する解決金とは,根拠も計算も異なる。
第2 再就職収入のうち,控除の対象になるもの
民法536条2項は,労務の提供を免れたことによって労働者が利益を得たとき,その利益を会社に償還するものとしている。
最高裁昭和37年7月20日判決は,使用者の責めに帰すべき事由で解雇された労働者がその間に他の職で得た利益について,解雇がなくても当然に得られたなどの特段の事情がない限り,賃金から控除できるとした。
例えば,従前から休日に続けており,解雇されなくても同じように得られた副業収入は,通常の再就職収入と同じ扱いにはできない。
反対に,解雇で空いた時間を使って副業を拡大した場合は,従前からの収入と,解雇後の稼働によって新たに得た収入を分けて検討する。
収入の名目だけで判断せず,働いた日時,従前の稼働状況及び各支払の対象期間を確かめる。
最高裁昭和62年4月2日判決(民事事件)と最高裁平成18年3月28日判決は,賃金の支給対象期間と,中間利益を得た期間との時期的な対応を求めている。
例えば,解雇後の最初の月に中間利益がなく,次の月に再就職した場合は,次の月の利益を最初の月の賃金からまとめて引く扱いにはならない。
振込日だけで対応させず,それぞれの賃金や賞与が何月分の勤務に対するものかを確認する。
第3 平均賃金の6割と賞与の扱い
労働基準法26条は,使用者の責めに帰すべき休業について,平均賃金の6割以上の休業手当を定めている。
最高裁はこの生活保障の趣旨から,解雇期間中の賃金のうち,対応する期間の平均賃金額の6割に達するまでの部分を,中間利益の控除の対象にできないとしている。
ここでいう平均賃金は,労働基準法12条に基づき,原則として算定事由発生前3か月間の賃金総額を総日数で割るなどして求める日額であり,額面月給のことではない。
実際の算定では,賃金締切日,算入しない賃金・期間や最低保障なども確認する。
賞与は,先に元の会社に対する請求権の有無と額を確認する。
労働契約,賞与規程,支給決定,算定方法,評価や支給日の在籍要件を確認し,固定額の合意がある場合と,会社の支給決定や評価を経なければ額が定まらない場合を分ける。
解雇が無効になっただけで,過去と同額の賞与が直ちに確定するわけではない。
次に,支払義務が認められた賞与について,控除の可否を確認する。
最高裁平成18年3月28日判決は,中間利益の額が平均賃金額の4割を超える場合,労働基準法12条4項により平均賃金の算定基礎に入らない賃金についても,時期が対応する範囲で,その全額を控除の対象にし得るとした。
同項に該当するかは「賞与」という名称だけで決まらず,例えば3か月を超える期間ごとに支払われる賃金かを確かめる。
「全額を控除の対象にし得る」とは,残った中間利益を上限にその賞与に充当できるという意味で,賞与が常に全額なくなるという意味ではない。
第4 期間を分けた計算例
解雇後の第1期間には中間利益がなく,第2期間には再就職により控除対象となる中間利益20万円を得たと仮定する。
各期間の元の会社の通常賃金は30万円とし,第2期間に対応する平均賃金の合計額も説明のため同じ30万円と置く。
第2期間に対応する元の会社の賞与10万円は既に支払義務があり,労働基準法12条4項所定の賃金に当たるものとする。
| 支払の対象 | 控除前 | 中間利益の控除 | 控除後 |
|---|---|---|---|
| 第1期間の通常賃金 | 30万円 | 0円 | 30万円 |
| 第2期間の通常賃金 | 30万円 | 12万円 | 18万円 |
| 第2期間に対応する賞与 | 10万円 | 8万円 | 2万円 |
| 合計 | 70万円 | 20万円 | 50万円 |
第2期間の通常賃金では,平均賃金の合計30万円の6割に当たる18万円を控除の対象にできない。
控除できる通常賃金の12万円に中間利益を充て,残る8万円を条件を満たす同期間の賞与10万円から差し引く。
第1期間の賃金30万円には,第2期間の収入を充てない。
この例は平均賃金の合計と通常賃金を同額とした仮定であり,実際には両者を別に計算する。
第5 労働者と使用者がそろえる資料
労働者側は,解雇通知,就労や復職の意思を伝えた記録,元の会社の雇用契約書・賃金規程・賞与規程,再就職先の契約書・給与明細を日付順に整理する。
副業があれば,解雇前から続けていた部分と,解雇後に稼働が変わった部分を区別できる資料を残す。
使用者側が控除を求める場合は,どの収入をどの支給対象期間に対応させるのか,その金額と根拠資料を早めに整理する。
再就職の有無だけで一括控除を前提にせず,平均賃金の計算根拠,賞与の支給条件及び控除の対象になる収入の範囲を区別する。
労働審判と民事訴訟の選び方は,労働審判か民事訴訟か―復職希望・金銭解決・証拠量から選ぶ実務(AI作成)を参照されたい。
第6 参照した法令・裁判例
① 労働契約法16条(e-Gov)
② 民法536条2項(e-Gov)
③ 労働基準法12条・26条(e-Gov)
④ 最高裁昭和37年7月20日第二小法廷判決(昭和36年(オ)第190号,民集16巻8号1656頁)
⑤ 最高裁昭和62年4月2日第一小法廷判決(昭和59年(オ)第84号,裁判集民事150号527頁)
⑥ 最高裁平成18年3月28日第三小法廷判決(平成15年(受)第1099号)