第1 外注先のデモを見る前に,自社の業務を一つ試す
AIエージェントを内製するか外注するか迷ったら,繰り返している業務を一つ選び,手作業,汎用AI,外注候補を同じ合格条件で比べる。
法律事務所なら,公開判決から裁判所,裁判日,事件番号及び判示の掲載箇所を整理する業務から始められる。
正しい情報を出せたか,担当者が原文に戻れるか,資料が足りないときに保留できたかを記録する。
外注案を比べるときは,デモで作った成果物に加え,日常の修正,権限の設定,障害時の対応及び担当者交代に誰がどれだけ時間を使うかを確かめる。
内製,外注及び両者の併用は,その仕事を自社で続けられる条件を見て選ぶ。
本記事で示す試験の方法,費用の区分及び資料を渡す段階は,比較のための提案であり,法令が定める手順や実測の結果ではない。
第2 手順書を作り,モデルを替えても使える形にする
AIエージェントを支える仕組みは,ハーネスと呼ばれることがある。
ここでは,AIが使う道具,参照できる資料,操作を許す範囲,実行の流れ及び結果の確認方法を含めていう。
業務手順書には,このうち担当者が決める業務の進め方を書く。
OpenAIは,自社の開発事例で,一つの大きな指示ファイルに情報を集める方式を試した後,短い案内から管理された個別資料を参照する方式へ移ったと報告している。
Anthropicは,別々の作業セッションで開発を続けるため,最初のセッションで環境と機能一覧を整え,その後のセッションでは一度に一つの機能を進めて進捗を記録し,次のセッションが状態を確認できるようにした。
いずれもソフトウェア開発での報告であり,法律事務所で採用する手順や効果は業務ごとに確かめる必要がある。
OpenAIのハーネス開発報告・Anthropicの長時間作業の報告
最初の手順書には,①入力として使える資料,②正本の所在と版,③必要な出力,④停止して人に戻す条件,⑤確認・更新する担当を記す。
公開判決を整理する例では,判決本文と公式要旨を別欄にし,本文がなければ判示の引用欄を保留する。
生成された表から誰でも原文と該当頁へ戻れるようにし,モデルや担当者を替えたときも同じ事例で確認する。
事務所内で判断の理由や反例を残す方法は,法律事務所の暗黙知・経験知をAIで引き継ぐ方法を参照されたい。
第3 同じ入力と合格条件で試す
1 正常例と止まるべき例を用意する
試験には,①本文のある判決,②公式要旨しか手元にない判決,③事件番号が似ている別事件を含める。
出力項目は,裁判所,裁判日,事件番号,資料の種別,確認できた本文の頁,保留事項とする。
先に担当者が答えと許容範囲を固定し,手順の調整に使った例と,最終評価に使う未見の例を分ける。
判決本文がある例では,事件の識別と,引用箇所が指定頁にあることを確認する。
要旨のみの例では,要旨から分かる事項を示し,本文の直接引用や頁を作らずに保留すれば合格とする。
似た事件番号の例では,数字だけで結び付けず,裁判所,裁判日,事件番号を照合する。
引用の取り違え,許されていない資料へのアクセス及び未承認の送信など,事前に合意した重大な失敗は,処理時間と別に判定する。
2 手作業,汎用AI及び外注候補の結果を比べる
初めに人が現在の方法で同じ業務を行い,完成までの時間と判断に迷った箇所を記録する。
次に汎用AIを現在の手順で使い,資料の所在,確認条件及び停止条件を明文化した後にも試す。
外注候補にも同じ資料,出力項目及び合格条件を渡し,調整用と評価用を分けて試す。
結果表には,合格した件数と全件数,保留すべき事例での挙動,担当者が確認・修正に使った時間を並べる。
保留が正しい事例を失敗に数えると,不足資料を推測で補う仕組みが有利になるため,適切な保留も合格に含める。
試験の際に使ったモデル・設定の版,入力の範囲,人が途中で手を入れた箇所も記録する。
Anthropicは,同じ一文の依頼からゲーム制作ツールを作る実験で,単独のエージェントが作ったものでは画面に表示された要素が操作に反応せず,中心の機能が動かなかった一方,計画,実装及び評価を組み合わせた構成では中心の機能が動いたと報告している。
同じ比較で報告された所要時間と費用は,単独の構成が20分・9ドル,工程を組み合わせた構成が6時間・200ドルであった。
工程を組み合わせた構成では,計画の段階で当初の依頼が16の機能を持つ仕様に広げられている。
この開発例は同じ仕様での厳密な費用比較ではないものの,品質と費用の双方に差が出ているため,自社の試験でも,見た目に加えてどの機能が動き,確認と手直しを含めていくらかかったかを記録する。
Anthropicの比較実験
第4 内製・外注・併用を,導入後の負担で選ぶ
1 総費用と担当者を同じ期間で比べる
費用は,同じ期間と処理件数を前提に,初期の設定・連携,サービス利用料,担当者による確認・修正,更新と障害対応に分ける。
外注見積りに書かれていない社内工数も含め,通常時の処理と,失敗して人が引き継ぐ場合の両方を見積もる。
担当者を交代させ,手順書と記録を見れば作業を再開できるかも試す。
処理が定型で,自社で手順と評価例を維持できるなら,まず内製を検討する。
既存システムとの連携や障害対応を自社で担う負担が大きく,委託の範囲と費用に見合うなら,外注を検討する。
判断基準と合格例を自社で管理し,接続,監視又は障害対応だけを委託する方法もある。
2 代金を払う対象と,引き渡してもらうものを決める
例えば,汎用AIで判決の項目を整理できても,所内の文書管理システムへの接続,権限ごとの分離,更新後の動作確認及び障害対応は別の作業である。
その部分を委託するなら,接続設定,変更できる範囲,異常時の連絡,修正にかかる費用,契約終了時に引き渡す手順と試験記録を見積りに対応させる。
仕様書に落とす方法は,AIエージェントの導入・保守を外注するときの契約を参照されたい。
第5 見積りの段階で渡すノウハウを絞る
見積りの依頼では,公開資料や架空のデータで期待する出力と合格条件を示し,実際の顧客資料や自社の例外処理は,検証に必要になった段階で扱う。
外注候補に資料を渡すときは,誰に,何を,何のために渡したかを記録する。
外部AIへの入力,提供者による学習,検索用データへの登録,抽出した手順を別の業務や自社で利用することは,合意する利用行為としてそれぞれ確認する。
公正取引委員会,中小企業庁及び特許庁が令和8年6月24日に公表した契約書ひな形の秘密保持契約は,目的,開示者の裁量,第三者開示,目的外使用及び返還・廃棄を定めている。
商談でAIを使う場合は,ひな形を参照しつつ,許す分析の目的,サービスや関係会社への提供の条件,分析結果の二次利用及び終了時の処理を案件に合わせて明示する。
知財取引指針と契約書ひな形の公表・同時公表の契約書ひな形
顧客資料に個人データが含まれる場合,個人情報保護法27条5項1号は,利用目的の達成に必要な範囲内で個人データの取扱いを委託することに伴って提供される場合,提供を受ける者は第三者に該当しないとしている。
他方,同法25条は,委託をする個人情報取扱事業者に,委託を受けた者に対する必要かつ適切な監督を求めている。
見積りや試験の段階では,委託の内容と監督の方法が定まっていないことが多いため,個人データを含まない資料で比べる方が整理しやすい。
個人情報の保護に関する法律25条・27条
取引先からノウハウや生産データの提供を求められたときの資料の残し方は,図面・ノウハウ・生産データを無償で求められたときを参照されたい。
第6 関連記事
① AIエージェントの導入・保守を外注するときの契約―検収,権限設定,更新及び障害対応(AI作成)は,外注を決めた後の検収条件,権限設定及び終了時の引渡しを扱う。
② 法律事務所の暗黙知・経験知をAIで引き継ぐ方法―判断条件,反例,守秘及び更新責任(AI作成)は,判断の理由と反例を事務所の手順として残す方法を扱う。
③ 図面・ノウハウ・生産データを無償で求められたとき―知財取引指針と契約・証拠の実務(AI作成)は,取引先へ開示する情報の範囲と契約・証拠の残し方を扱う。
第7 出典
1 法令
① 個人情報の保護に関する法律25条及び27条(e-Gov法令検索,2026年11月8日確認)
2 公表資料
① 知財取引指針と契約書ひな形の公表(公正取引委員会・中小企業庁・特許庁,令和8年6月24日)
② 同時公表の契約書ひな形のうち秘密保持契約
3 AI開発者の技術報告
① Harness engineering: leveraging Codex in an agent-first world(OpenAI,2026年2月11日)
② Effective harnesses for long-running agents(Anthropic,2025年11月26日)
③ Harness design for long-running application development(Anthropic,2026年3月24日)