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ウクライナ対ロシアのICJ裁判―軍事作戦停止命令・管轄判決・ロシアの反訴(AI作成)

第1 ICJは何を命じ,今は何を審理しているのか

国際司法裁判所(ICJ)は,2022年3月16日,ロシア連邦に対し,同年2月24日にウクライナ領内で開始した軍事作戦を直ちに停止するよう命じた。
2024年2月2日の判決では,ロシアの武力行使や自称共和国の承認がジェノサイド条約に違反するとの請求は管轄外とし,ウクライナがドネツク・ルハンスク両州でジェノサイドを行ったという疑いに関する確認請求は審理できるとした。
2025年12月5日には,ウクライナによるジェノサイド条約違反を主張するロシアの反訴を受理した。

作戦停止を命じた段階,条約に基づく裁判の範囲を決めた段階,反訴を同じ手続で扱うと決めた段階では,裁判所が判断したことがそれぞれ異なる。
以下では,ICJ一般事件簿第182号について,2026年11月9日(日本時間)までの公開資料を基に,その違いを整理する。
参照:ICJ第182号の事件ページ,ICJの係属事件一覧。

日付手続何が決まったか
2022年2月26日ウクライナの提訴ジェノサイド条約9条を管轄の根拠とし,暫定措置も求めた。
2022年3月16日暫定措置命令ロシアに軍事作戦の即時停止など,両国に紛争を悪化させる行為の回避を求めた。
2023年6月5日第三国の訴訟参加先決的抗弁段階で,32か国の参加宣言を受理可能とした。
2024年2月2日先決的抗弁判決ウクライナの確認請求を審理できるとし,ロシアの武力行使・承認が条約違反だとする請求は管轄外とした。
2025年12月5日反訴に関する命令ロシアの反訴を受理し,両国の請求に関する次の書面期限を定めた。

第2 なぜ侵攻の二日後にジェノサイド条約で提訴できたのか

1 ウクライナが援用した管轄の根拠

ロシアは2022年2月24日にウクライナ領内で軍事作戦を開始した。
同月26日,ウクライナは,ロシアがドネツク・ルハンスク両州でジェノサイドが起きていると虚偽の主張をし,これを軍事行動などの根拠にしたと主張して,ロシアをICJに提訴した。
同日,判決までの間に軍事行動を止める暫定措置も求めた。
ICJの事件ページの申立書欄には2月27日と表示されるが,裁判所の命令・判決が記す提出日は2月26日である。
参照:ウクライナの提訴申立書,2022年命令1~4項。

ICJの争訟管轄は当事国の同意に基づく。
ジェノサイド条約9条は,締約国間で条約の解釈,適用又は履行に関する紛争があるとき,当事国の一方の請求によりICJへ付託できると定める。
両国とも締約国であり,この条項に付していた留保は撤回されていた。
ウクライナはICJ規程36条1項と条約9条を援用したため,まず両国の紛争のうち何がジェノサイド条約の対象に入るかが問題になった。
参照:ジェノサイド条約9条,ICJ規程36条,2022年命令27項。

2 ロシアの説明と暫定措置の審理

ロシアの2月24日付の国連提出書簡は,大統領の演説を添付して,国連憲章51条に従う自衛権行使として措置を通知した。
ロシアは3月7日の裁判所宛ての文書でも,軍事作戦の根拠として同条と慣習国際法を挙げ,演説にジェノサイドへの言及があることとジェノサイド条約を法的根拠として援用したことは別だと主張した。
ウクライナは,そのジェノサイドの主張自体を争っていた。
参照:ロシアの2月24日付国連提出書簡,ロシアの3月7日付書面10~16項・20項。

ロシアは3月7日の暫定措置の口頭審理に出席しなかったが,この書面で裁判所の管轄を争った。
ICJは,ロシアの欠席を理由に申立てをそのまま認めることはせず,この段階で裁判権を一応基礎付ける条項があるかを検討した。
参照:2022年命令11~13項,18~27項,32~35項。

第3 2022年3月16日の暫定措置は何を求めたか

1 命令の主文

項目対象内容採決
第1項ロシア2022年2月24日にウクライナ領内で開始した軍事作戦を直ちに停止する。13対2
第2項ロシア指揮・支援下にあり得る軍部隊・非正規武装部隊,統制・指揮下にあり得る組織や個人が,第1項の作戦を進める行動を取らないよう確保する。13対2
第3項両国ICJに係属する紛争を悪化・拡大させ,又は解決を難しくするおそれのある行動を控える。全員一致

ウクライナは,命令から1週間後の初回報告とその後の定期報告を求めたが,ICJは報告を命じなかった。
第1・第2項に反対したのはGevorgian副所長とXue裁判官である。
Gevorgian副所長は,紛争の実質は武力行使であり,ジェノサイド条約では暫定措置を出すための管轄を基礎付けられないと考えた。
参照:2022年命令14項・81~86項,Gevorgian副所長の宣言。

2 証拠に関する判断と命令の拘束力

ICJは命令59項で,この段階では,ウクライナ領内でジェノサイドが行われたというロシアの主張を裏付ける証拠を有していないと述べた。
同項では,行われたとされるジェノサイドの防止又は処罰を目的として,一方の締約国が他国領内で一方的に武力を行使することを,条約が許すかにも疑義を示した。
その上で,行われたとされるジェノサイドの防止と処罰を目的とするロシアの軍事作戦を受けないというウクライナの主張する権利に,暫定措置の段階で求められるもっともらしさがあると判断した。
この判断は,管轄,受理可能性及び本案について後に裁判所が下す判断を留保している。
参照:2022年命令59~66項,84~85項。

ICJ規程41条に基づく暫定措置命令には法的拘束力があり,命令の相手方に国際法上の義務を生じさせる。
他方,命令への拘束と履行を実現する手段は別問題である。
国連憲章94条2項は,文言上,判決上の義務が履行されない場合に相手方が安保理に付託できるとし,安保理が必要と認めたときに勧告し,又は措置を決める仕組みを置く。
暫定措置が拘束力を持つことだけから,同項による執行措置が当然に取られるとはいえない。
参照:2022年命令84項,LaGrand事件判決102項以下,国連憲章94条。

第4 32か国の参加は何を意味するか

2023年6月5日,ICJは,先決的抗弁の段階で,管轄の判断に関係する条約の解釈について32か国の参加宣言を受理可能とした。
規程63条による参加は,問題となる条約の締約国がその解釈について意見を述べる手続であり,判決が示す条約解釈は参加国にも拘束力を持つ。
参加国がウクライナとともに原告となる手続とは異なる。
米国は,自国が当事国となる紛争を条約9条でICJに付託するには個別の同意を要するとの留保を付しており,ICJは,米国は同条の解釈について参加できず,先決的抗弁段階では他の条項の解釈も同条による管轄判断に関係する限りで問題になるとして,同段階の参加宣言を受理しなかった。
参照:2023年6月5日命令の94~98項・102項,ICJ規程62・63条。

2024年判決後,書記官は先に宣言を提出した国に,本案段階に向けて従前の宣言を維持するか,新規又は調整後の宣言を出すかを照会した。
ポーランドは63条の宣言に加え,法律的性質の利益に基づく62条の参加許可も申請した。
両当事国は本案段階の参加宣言の受理可能性について書面を提出しており,先決的抗弁段階での参加国数から本案段階の参加範囲を決めることはできない。
参照:ICJ年次報告 A/81/4,135~137項。

第5 2024年2月2日判決で残った請求

1 三つの請求と裁判所の答え

ロシアは,本案審理に入る前に,裁判所の管轄やウクライナの請求の受理可能性を争う先決的抗弁を提出した。
判決の主文に照らすと,ウクライナの準備書面178項のうち,(b)と(c)・(d)で結論が分かれた。

請求ウクライナが求めた宣言2024年判決
(b)ドネツク・ルハンスク両州でウクライナが条約に違反してジェノサイドを行ったとする信頼できる証拠がない。管轄を15対1で肯定し,受理可能性を13対3で肯定。
(c)2022年2月24日からのロシアの武力行使は条約1条・4条に違反する。(c)・(d)に関する管轄上の抗弁を12対4で認容。
(d)ロシアによるドネツク・ルハンスクの自称共和国の承認は条約1条・4条に違反する。(c)と同じ。

参照:2024年2月2日判決53~57項,146~151項,同判決フランス語正文。

2 管轄がないという判断の意味

多数意見は,ロシアの武力行使や承認が仮に国際法に反するとしても,それを規律するのは武力行使や国家承認に適用される国際法であり,ここで援用されたジェノサイド条約の規定の違反にはなり得ないとした。
したがって,(c)・(d)をこの事件で審理できるかという結論から,ロシアの武力行使が国連憲章等の下で適法かどうかは決まらない。
Sebutinde・Robinson両裁判官は共同反対意見で,条約上の義務の誠実な履行との関係から,これらの請求についても管轄を肯定すべきだと論じた。
参照:2024年判決146~151項,Sebutinde・Robinson両裁判官の共同反対意見。

3 停止命令の効力と不履行請求はどうなったか

2022年命令は81項で,事件の終局判断まで軍事作戦の停止を求め,84項で暫定措置命令の拘束力を明示した。
2024年判決は武力行使と承認に関する条約違反の請求を管轄外としたが,主文に暫定措置を取り消す判断はない。
ウクライナは2024年2月21日付の国連宛て書簡の附属文書で,停止命令はなお有効で,ロシアによる軍事作戦の継続は命令違反だと主張した。
これはウクライナの見解であり,2024年判決後に各措置がどこまで効力を持つかについては,この事件の公開された裁判文書から確定できない。
参照:2022年命令81・84・86項,2024年判決149~151項,ウクライナの国連宛て書簡 A/78/783–S/2024/183,7~8頁。

ウクライナの請求には,ロシアが作戦を止めず,関係部隊等が作戦を進める行動を取らないよう確保する義務も履行しなかったとして,2022年命令に基づく独立の義務の違反確認と損害賠償を求めるものがある。
2025年命令19項は,この請求を準備書面178項(e)及び179項(g)の引用として掲載した。
同命令の主文は反訴の受理と書面期限を扱い,この違反確認や賠償を判断していない。
2026年11月9日までに確認できる第182号の公開記録では,命令不履行に関する請求の最終的な処理,違反の認定又は賠償の裁定は確認できない。
参照:2025年12月5日命令19~20項,63~68項,第182号の命令一覧。

第6 2025年12月5日命令はロシアの反訴をどう扱ったか

1 反訴の内容と受理の二つの要件

ロシアは2024年11月18日,答弁書に反訴を含めて提出し,ウクライナはその受理可能性を争った。
ロシアが本訴を退けるよう求めた部分とは別に,裁判所は,反訴として八つの宣言請求を整理した。
内容は,ジェノサイドの実行,未遂,共犯,直接かつ公然の扇動,共謀,ジェノサイドその他の条約3条所定の行為を防止する義務の違反,捜査・処罰義務違反,有効な刑罰を設けるための国内立法を行う義務の違反である。
ロシアは違反行為の停止や賠償なども求めた。
参照:2025年命令11~17項,21~22項,29項。

裁判所規則80条1項によれば,反訴を審理するには,裁判所の管轄に入ることと,相手方の本訴の主題と直接関連することが必要である。
多数意見は,反訴が条約9条の対象となる紛争に関し,ドンバスでの事実関係と,ウクライナの条約上の責任を明らかにするという法的目的の点で本訴と直接関係するとした。
ロシアが2022年2月24日より後の出来事も主張していたことについて,ICJは,期間が完全に同じである必要はないとし,この段階で本訴の正確な時間的範囲を決めなかった。
参照:裁判所規則80条,2025年命令25~40項,48~59項。

2 反対意見と残る審理

裁判所は11対4で反訴を受理し,係属中の手続に組み入れた。
反対したAbraham裁判官は,ウクライナが自国に向けられた主張について確認を求めることと,ロシアがウクライナの国家責任を追及することは性質も法的目的も異なると論じた。
多数意見が判断したのは,同じ手続で反訴を審理できるかである。
条約2条の国民的,民族的,人種的又は宗教的な集団それ自体を全部又は一部破壊する意図などの実体要件が満たされたか,個々の反訴が理由を持つかは,本案の問題として残る。
参照:2025年命令57~68項,Abraham裁判官の反対意見14~18項,ジェノサイド条約2条。

第7 次の期限と混同しやすい別の手続

1 次の書面期限

2025年12月5日命令が定めた期限は,ウクライナの反論書(Reply)が2026年12月7日,ロシアの再反論書(Rejoinder)が2027年12月7日である。
いずれの書面も,係属する双方の請求を扱う。
2025~2026年のICJ年次報告も反訴受理とこの期限を記録しており,2026年11月9日に確認した事件ページと係属事件一覧では,第182号は引き続き係属中である。
これらは書面提出の期限であり,基準日の公開記録に判決日や口頭弁論の開催日は示されていない。
参照:2025年命令68項,ICJ年次報告 A/81/4,第Ⅱ章A第6節,係属事件一覧。

2 第166号,国連総会決議,ICC

手続主な内容第182号と区別する点
ICJ第166号2017年提訴のテロ資金供与防止条約・人種差別撤廃条約事件。2024年1月31日判決が認定した暫定措置違反は,この別事件の2017年命令に関するもの。
国連総会決議 ES-11/12022年3月2日にロシアの侵略を非難し,ウクライナ領からの軍隊撤退を要求。国連総会の決議と,裁判所が軍事作戦の即時停止などを求めた暫定措置命令とは,機関と文書が異なる。
国際刑事裁判所(ICC)個人の刑事責任を扱う。ICJ第182号は国家間の条約紛争であり,個人の逮捕状や有罪判決を扱う手続ではない。

第166号では,ICJはテロ資金供与の疑いに対する捜査義務や,クリミアでのウクライナ語による学校教育に関する条約違反も一部認定した。
同判決は,メジュリスへの制限の維持と紛争悪化を避ける義務に関して,2017年命令の違反を認定した。
同じ当事国間でも,その認定が第182号の2022年命令に及ぶわけではない。
参照:第166号の2024年1月31日判決の主文,国連総会決議 ES-11/1,ICJ規程34条,ローマ規程25条。

第8 関連記事と主な一次資料

ICJの管轄の一般論は国際司法裁判所とは―役割・管轄権・国際刑事裁判所との違い,命令の拘束力と履行の仕組みは国際司法裁判所の判決に拘束力はあるかを参照されたい。
第三国参加の一般論は国際司法裁判所の訴訟参加とは―規程62条・63条と2026年のグアテマラ参加判決,国家間の裁判と個人の刑事手続の違いは国際司法裁判所と国際刑事裁判所の違いで説明している。

① ICJ第182号の事件記録
② 2022年3月16日暫定措置命令
③ 2023年6月5日参加宣言受理可能性命令
④ 2024年2月2日先決的抗弁判決(フランス語正文)
⑤ 2025年12月5日反訴受理命令
⑥ 2025~2026年ICJ年次報告(A/81/4)