代表取締役が,会社にとって必要性の乏しい資産を著しく高い価格で買わせた場合,取締役会の承認や議事録があっても,取締役の責任が当然に否定されるわけではない。
本記事では,会社法423条の会社に対する責任,株主代表訴訟,会社法429条の第三者に対する責任及び損害・因果関係の立証を整理する。
第1 最初に分ける三つの請求
不相当価格の取引では,誰が損害を受け,誰が請求するかを最初に分ける。
- 会社が取締役へ請求する会社法423条1項の責任
- 株主が会社のために追及する会社法847条の株主代表訴訟
- 債権者その他の第三者が取締役へ請求する会社法429条1項の責任
会社の損害と第三者の損害は同じではない。会社が高値で買ったことによる損害額を,そのまま債権者の損害額として請求できるとは限らない。
第2 不相当価格取引と任務懈怠
取引価格が市場価格を上回るだけで直ちに任務懈怠となるわけではない。取締役には経営上の裁量があり,立地,シナジー,希少性,代替取引の有無,取引条件及び取得後の利用計画を含めて判断する必要がある。
他方,次の事情は任務懈怠を基礎付ける方向に働く。
- 複数の査定・鑑定と比べて著しく高額である。
- 取得目的が会社の事業ではなく,代表者個人の生活・感情・紛争解決にある。
- 価格交渉,代替案及び資金繰りへの影響を検討していない。
- 重要な利害関係又は不利な情報を取締役会へ開示していない。
- 取得後に会社が利用せず,収益又は事業上の効果もない。
価格と目的を別々に検討し,「承認を得たから相当」「高額だから直ちに違法」という二者択一を避ける。
第3 会社法423条の会社に対する責任
会社法423条1項は,取締役等が任務を怠ったとき,会社に対してこれによって生じた損害を賠償する責任を負うと定める。検討要素は,任務懈怠,帰責事由,会社損害及び因果関係である。
会社が5000万円で取得した資産の適正価値が1000万円であった場合,差額4000万円は損害算定の出発点になる。ただし,鑑定基準日,取得により会社が得た利益,取得費用,その後の価値変動及び損益相殺を検討して最終額を定める。
会社法423条の責任は会社に対する責任であり,回収金は原則として会社へ帰属する。
第4 株主代表訴訟
会社が取締役の責任を追及しない場合,株主は会社法847条に基づく株主代表訴訟を検討できる。原則として会社に責任追及の訴えを提起するよう請求し,会社が請求日から60日以内に提訴しないときに株主が会社のために提訴する。
公開会社では原則として6か月前から引き続き株式を有することが必要であるが,非公開会社ではこの6か月保有要件は適用されない。もっとも,訴訟提起が株主又は第三者の不正な利益を図り,会社に損害を加える目的による場合は許されない。
代表訴訟は株主個人の損害を回復する訴訟ではない。請求原因,損害及び和解の帰属は会社を中心に組み立てる。
第5 会社法429条の第三者責任
会社法429条1項は,役員等が職務を行うについて悪意又は重大な過失があったとき,第三者に生じた損害を賠償する責任を定める。
最高裁昭和44年11月26日大法廷判決(昭和39年(オ)第1175号・民集23巻11号2150頁)は,旧商法266条ノ3について,会社に対する任務懈怠に悪意又は重大な過失があり,任務懈怠と第三者損害との間に相当因果関係がある限り,第三者の直接損害と間接損害を問わず責任が成立し得るとした。この法理は現行会社法429条の解釈の基礎となっている。
423条と異なり,単なる過失では足りず,職務執行についての悪意又は重大な過失が必要である。取引当時の認識,調査・審議の欠落,個人的利益及び価格の乖離を具体的に主張立証する。
第6 損害と因果関係
1 会社損害
会社損害は,支出額と取得価値の差額を中心に,付随費用,利用利益及び取得後の価値変動を調整する。適正価格は,固定資産評価額だけでなく,取引時点の鑑定,近隣事例,収益性及び具体的条件から立証する。
2 債権者の間接損害
高額購入で会社財産が減少し,その後に支払不能となって債権者が回収できなかった場合,会社財産の減少を介する間接損害が問題となる。
しかし,後の不払額が当然に取締役の賠償額になるわけではない。取引時の資金繰り,会社の純資産,その後の売上低下,他の大型支出,金融機関の対応及び倒産時期を比較し,不相当価格取引がなければ債権が回収できたかを検討する。
3 第三者の直接損害
取締役の行為によって第三者が会社損害を介さず直接被害を受けた場合も,429条の対象となり得る。直接損害か間接損害かにより,損害発生の経路と必要証拠が異なる。
第7 取締役会承認と経営判断原則
取締役会の承認,議事録及び専門家意見は判断過程を示す重要資料であるが,存在するだけで責任を免れるものではない。審議に必要な価格資料が提示されたか,利害関係が開示されたか,反対意見と代替案が検討されたかを確認する。
経営判断として尊重される余地があるかは,意思決定時点で収集・検討された情報と判断内容の著しい不合理性を中心に評価する。後から損失が発生したという結果だけで責任を判断しない一方,代表者の私的目的を会社判断と置き換えない。
第8 確保すべき証拠
- 売買契約書,登記事項証明書,代金送金記録
- 取締役会・株主総会議事録及び会議資料
- 不動産鑑定,査定書,近隣取引事例及び価格交渉記録
- 取得目的,個人的動機又は利益関係を示すメール・メッセージ
- 取引前後の資金繰り表,試算表,金融機関との交渉記録
- 取得後の利用状況,収益及び売却可能性
会社,株主及び債権者では必要な因果関係が異なるため,同じ証拠一式で足りると考えず,請求主体ごとに証拠計画を作る。
第9 出典・関連記事
法令:会社法355条,362条,423条,429条,847条
裁判例:前掲最高裁昭和44年11月26日大法廷判決
会社法429条の消滅時効については,役員等の第三者に対する責任(会社法429条)の消滅時効は10年を参照されたい。