第1 事業の概要と期間
1 公募の対象と実施予定先
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下「NEDO」という。)は,令和8年3月24日,「AIロボット・フィジカルAIを見据えたマルチモーダル基盤モデル開発事業」の実施者の公募を開始した。
応募期限は令和8年4月22日正午であり,提出は電子申請システム「Jグランツ」によるとされた。 NEDOの公募のページ
公募要領によれば,本事業は,国産AI基盤モデルそのものを開発して提供する「開発枠」と,その高度化に資する先進的なAI技術の開発やグローバルな調査等を国内外の学術研究機関を含めて行う「探究枠」を設け,両者を連携させて進めるものである。
開発項目や枠ごとの部分提案はできず,開発項目①~③と両方の枠を含む一つのテーマと実施体制で提案することとされた。 NEDOの公募要領3頁
NEDOは,令和8年6月30日,15件の申請を審査し,Noetra株式会社と国立研究開発法人産業技術総合研究所を実施予定先に決定したと公表した。
実施先の提案概要では,開発枠をNoetra株式会社が,探究枠を産業技術総合研究所が担うとされている。 NEDOの実施体制の決定のページ/実施先提案概要
本記事は,令和8年11月8日時点でNEDOのウェブサイトに掲載されている公募要領,事業の基本計画及び特別約款に基づき,受託者や共同実施先の法務の観点から,成果の知的財産権と契約条件を整理するものである。
締結された個別の委託契約の内容は公表資料からは分からないため,実際の契約では締結した契約書と約款の最新版を確認する必要がある。
2 事業期間と当初の契約期間
事業の基本計画は,研究開発の実施期間を2026年度から2030年度までの5年間とし,中間評価を2028年度,終了時評価を2030年度に予定している。
また,外部有識者によるステージゲート委員会を置き,毎年度ステージゲート評価を実施して,目標の修正や拡充のほか継続の是非を判断するとしている。 NEDOの事業の基本計画5頁
公募は,最終達成目標を含めた5年分の計画の提案を求めた一方,採択後に契約を締結するのは2026年度・2027年度分のみであり,2027年度以降の見直し・継続可否は毎年度のステージゲート審査で判断するとした。
実施体制の決定でも,同じ内容が示されている。 NEDOの公募のページ/NEDOの実施体制の決定のページ
そのため,受託者が共同実施先や再委託先と費用や人員の負担を約束する際は,5年間の計画を前提にするのではなく,ステージゲート審査の結果によって後年度の内容が見直され,又は継続されない場合の負担の扱いと,終了時の成果物・資料の引渡しを決めておくことが考えられる。
第2 開発枠の成果知財
1 日本版バイ・ドール規定を適用しない
産業技術力強化法17条1項は,国が委託した技術に関する研究及び開発の成果に係る特許権等について,受託者が成果の報告,公共の利益のために特に必要がある場合の国への無償の利用許諾等を約するときは,国がその特許権等を受託者から譲り受けないことができると定めている。
同条2項は,国が資金を提供した法人が研究開発を委託する場合に同条1項を準用している。 産業技術力強化法17条
これに対し,本事業の公募要領は,成果として見込まれるマルチモーダル基盤モデルについて,特定事業者の独占的事業化ではなく,社会インフラとして国内の幅広い事業者に利用されることが成果の最大活用になるとした。
そして,開発枠では産業技術力強化法17条(日本版バイ・ドール規定)を適用せず,NEDOが知的財産を保有する形式を想定した特別約款を策定するとしている。 NEDOの公募要領17頁
2 NEDOに帰属する権利
開発枠用の特別約款(2026年5月15日制定)は,業務委託契約約款(以下「原約款」という。)の知的財産権の取扱いに関する31条,31条の2から31条の6まで,32条,32条の2,33条,35条及び44条7項から14項までを適用しないとし(3条),知財マネジメント基本方針の遵守に関する原約款28条の3も適用しないとしている(2条)。
その上で,受託者が委託業務の実施により発明等を行ったときは,その知的財産権のうち,著作権を除く知的財産権と,所定の「対象著作権」がNEDOに帰属するとしている(4条1項)。 開発枠用の特別約款1頁
対象著作権は,委託業務により生じた著作権のうち,著作権法27条及び28条の権利を含む次のものである(4条2項)。
①プログラムの著作物及びデータベースの著作物の著作権(プログラム等の著作権)
②プログラム等の手引書,仕様書その他これらに類する著作物の著作権
③第三者に利用を許諾することを予定する著作物の著作権
受託者は,これらの権利をNEDOに無償で移転し(4条3項),対象著作権に係る著作者人格権を行使しない(同条5項)。
成果報告書その他これに類するものの著作権もNEDOに帰属する(同条7項)。
開発した成果物のうちどれが対象著作権に当たるかで扱いが変わるため,委託業務の開始時から成果物の一覧を作り,持ち込んだ既存のプログラムやデータと区別して管理しておくことが考えられる。 開発枠用の特別約款1頁~2頁
3 権利が移転する時期と手続
権利が移転する時期と手続は,権利の種類ごとに異なる。
①産業財産権を受ける権利及び産業財産権は,受託者の名義で出願し(5条),権利の設定登録の後,受託者が出願後の状況通知書(8条2項)を提出し,NEDOが受領した時に移転する。ただし,NEDOが特に必要があると認めるときは,設定登録の前に移転を指示できる(4条4項)。
②対象著作権は,受託者が出願後の状況通知書(8条3項)を提出し,NEDOが受領した時に移転する(4条5項)。
③ノウハウは,原約款29条1項に基づき,NEDOが受託者と協議の上で技術情報を指定し,その旨を通知することによって移転する(4条6項)。 開発枠用の特別約款1頁~4頁
受託者は,出願をしたときは,出願の日から60日以内(外国への出願等は90日以内)に産業財産権出願通知書を提出し(6条),権利を移転したときは,移転の日から60日以内(外国の場合は90日以内)に知的財産権移転通知書を提出する(8条6項)。
特許出願の非公開制度(経済安全保障推進法第5章)に関する通知の受領や書類の提出も,NEDOへの報告の対象とされている(7条)。
出願から設定登録までの経費,登録料及び発明等を行った者(プログラム等の創作者を除く。)への補償金はNEDOが負担し(補償金はNEDOの基準と受託者の内部規則による額のいずれか低い額),受託者が一括して支払った上で,権利の移転後にNEDOへ請求する(11条)。 開発枠用の特別約款2頁~7頁
第3 実施許諾と優先実施権
1 実施許諾
成果の権利がNEDOに帰属しても,受託者は,NEDOの許諾を得て成果を実施することができる。
特別約款9条によれば,受託者が知的財産権の実施を希望するときは,NEDOに知的財産権実施許諾申請書を提出し,実施料の軽減を希望するときはその旨を記載する。
NEDOは,①実施の計画が国民経済の健全な発展と国民生活の安定に寄与すると認められること,②申請者が実施する技術的,経済的能力を有していること,③ノウハウの使用の申請では申請者が秘密を厳守すると認められることに適合する場合に,実施を許諾する。 開発枠用の特別約款4頁
2 優先実施権
特別約款10条は,独占的な実施権である優先実施権を定めている。
申請できるのは,発明等を行った発明者等又はその発明者が属する法人(受託者である法人とその構成員等との間に取決めがある場合は,その取決めで定める者)である「優先実施権の原所有者」と,原所有者が指定する者である(10条1項)。
原所有者が複数いる場合に,原所有者が他の者を指定して申請させるときは,あらかじめ他の原所有者の同意を得る必要がある(同条2項)。 開発枠用の特別約款4頁~5頁
申請の期限は,権利の種類によって次のとおりである(10条3項)。
①産業財産権に係る優先実施権は,日本国の産業財産権の登録が行われた日又は日本国の拒絶査定若しくは却下が確定する日まで
②著作権又はノウハウに係る優先実施権は,成果報告書の提出まで
付与期間は,原則として,優先実施権を付与される者がNEDOと実施契約を締結した日から5年であり,投資回収等のためにNEDOが適当と認めれば5年を超える期間とすることができ,NEDOが理由を示して短縮することもある(10条4項)。
付与されている間,NEDOは,既に実施を許諾した者を除き,付与を受けた者以外の者に実施を許諾しない(同条5項)。
他方で,付与を受けた者は,出願,審査請求,登録その他の維持経費をすべて負担し(同条6項),侵害への対応を行い(同条8項),早急な実施に努める(同条9項)。
前記の許諾の要件に適合しなくなったときは,付与が取り消される(同条1項ただし書)。 開発枠用の特別約款5頁~6頁
著作権やノウハウの優先実施権の申請期限が成果報告書の提出とされているため,成果を事業に使う予定の受託者や共同実施先は,成果報告書を出す前に申請を済ませる段取りを工程表に入れておく必要がある。
共同実施先が原所有者になり得る場合には,誰が申請し,誰を指定するか,指定に同意するかを,共同実施の契約であらかじめ決めておくことが考えられる。
第4 探究枠と再委託・共同実施
1 探究枠に適用される条件
探究枠用の特別約款(題名は「探求枠用」と表記されている。2026年5月15日制定)は,経費の積算基準(1条),再委託先等との契約(2条),存続条項(3条)を定め,特別約款に定めのない事項には原約款を適用するとしている(4条)。
開発枠用の特別約款と異なり,知的財産権の帰属に関する規定は置かれていない。 探究枠用の特別約款1頁
公募要領は,探究枠について,多様な研究実施者による創意工夫と成果活用に向けた迅速な対応が特に重要であることから,当該部分に限り「NEDOプロジェクトにおける知財マネジメント基本方針」を適用するとともに,産業技術力強化法17条を適用するとしている。
したがって,同じテーマの中でも,開発枠の委託業務から生じた成果はNEDOに帰属し,探究枠の委託業務から生じた成果は日本版バイ・ドール規定の下で扱われることになる。
両方の枠にまたがる共同研究をする場合は,成果がどちらの枠の委託業務から生じたかを記録しておくことが考えられる。 NEDOの公募要領17頁~18頁
2 再委託先・共同実施先との契約
開発枠用の特別約款12条と探究枠用の特別約款2条は,いずれも,委託業務の一部を再委託又は共同実施するときは,受託者が特別約款を遵守するために必要な事項とNEDOが指示する事項を,再委託先又は共同実施先と約定しなければならないとしている。
開発枠用の特別約款13条は,委託期間が終了し,又は契約が解除された場合でも,1条及び4条から12条までが対象事由の消滅まで効力を有するとしている。 開発枠用の特別約款7頁/探究枠用の特別約款1頁
開発枠では成果の権利がNEDOに移転するため,再委託先や共同実施先との契約では,少なくとも,持ち込む既存の技術・データと事業で生じる成果を分けること,出願の通知と権利の移転への協力,著作者人格権の不行使,優先実施権の申請と指定の手順,秘密情報の提供経路,委託期間の終了後も続く義務を明記しておくことが考えられる。
第5 学習済みの重みの公開と利用
事業の基本計画は,日本のモデル開発・利活用事業者に対して広く学習済みの重みを提供することを掲げ,ステージゲート評価でも,そのようなモデルの性能を評価するとしている。
実施先の提案概要も,開発したモデルの学習済みの重みを事業期間内から国内に公開し,利用の普及を促進するとしている。 NEDOの事業の基本計画5頁・7頁/実施先提案概要
公開の具体的な方法や利用条件は,これらの資料には書かれていない。
公開されたモデルを事業で使う際は,公開時に示される利用条件を読み,商用利用,再配布,追加学習の可否をそれぞれ確認する必要がある。
また,公募要領は,本事業に「NEDOプロジェクトにおけるデータマネジメント基本方針」を適用するとしている。
工場の映像などを学習用に提供する場合は,モデルの利用条件とは別に,映像の収集・提供・再利用を誰が許諾できるかを確認しておくことが考えられる。 NEDOの公募要領18頁
第6 出典・関連記事
1 出典
NEDO「『AIロボット・フィジカルAIを見据えたマルチモーダル基盤モデル開発事業』の公募について」(令和8年3月24日,令和8年8月12日更新)
NEDO「『AIロボット・フィジカルAIを見据えたマルチモーダル基盤モデル開発事業』の公募要領」
NEDO「『AIロボット・フィジカルAIを見据えたマルチモーダル基盤モデル開発事業』基本計画」(2026年3月制定)
NEDO「AIロボット・フィジカルAIを見据えたマルチモーダル基盤モデル開発事業に関する特別約款(開発枠用)」(2026年5月15日制定)
NEDO「AIロボット・フィジカルAIを見据えたマルチモーダル基盤モデル開発事業に関する特別約款(探求枠用)」(2026年5月15日制定)
NEDO「『AIロボット・フィジカルAIを見据えたマルチモーダル基盤モデル開発事業』の実施体制の決定について」(令和8年6月30日)
NEDO「実施予定先一覧」
NEDO「実施先提案概要」
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2 関連記事
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