第1 この記事の対象と結論
平成18年司法試験の論文式試験・民事系科目第1問(商法)は,ホテル事業とスポーツ施設の運営事業を営む公開会社P社が,スポーツ事業部門を議決権の40%を有する大株主Q社に譲渡する事案である。
出題の趣旨によれば,本問は,当該譲渡が株主総会の特別決議を要する事業譲渡に当たるか,事業譲渡となる場合に対価が不相当に少額であると見られるときに会社法上どのような問題が生じるかを問うものである。
この記事は,法務省の出題の趣旨と,考査委員が採点後の所見を述べた民事系科目のヒアリングの概要を基に18の評価項目を設け,そのうち6項目を重み5とした。
評価項目と重みは本記事独自の整理であり,法務省の採点基準や配点を示すものではない。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 平成18年新司法試験論文式試験・民事系科目第1問(商法) |
| 問題文 | 論文式試験問題集[民事系科目第1問](2~4頁の第1問・別紙) |
| 試験日・答案の基準 | 平成18年5月22日(民事系科目第1問の論文式試験)。答案は試験当時の会社法(平成17年法律第86号)による。 |
| 出題の趣旨 | 平成18年新司法試験論文式試験問題出題趣旨(3頁の民事系科目〔第1問〕) |
| 採点実感 | 新司法試験考査委員(民事系科目)に対するヒアリング概要(7~10頁の商法の部分) |
| 評価項目 | 18項目。重み5は6項目,重みの合計は75。 |
| 主な裁判例 | 事業譲渡(旧商法の営業譲渡)の意義について,最高裁昭和40年9月22日大法廷判決及び最高裁昭和46年4月9日第二小法廷判決 |
| 答案の分量 | 3862字(答案部分の見出しを含み,空白及び改行を除く。) |
| 資料確認日 | 令和8年11月7日 |
本稿の答案は,組織化された財産とともに事業活動を引き継がせる取引は,競業避止義務を特約で排除しても事業譲渡に当たると考え,運営事業を承継させる案では株主総会の特別決議を要し,施設を転用させる案では重要な財産の処分として取締役会の決定で足りるとする。
設問2では,Q社が特別利害関係人として議決権を行使したことにより著しく不当な決議がされたとして決議の取消原因を認め,決議が取り消されれば,本件のP社とQ社の間では適法な承認を欠く事業譲渡契約の効力は認められないとする。
その上で,撤退の判断と譲渡条件の判断を分けてP社取締役の任務懈怠を検討し,Q社側の利益相反取引の承認には瑕疵がないとする。
重み5の6項目は,有機的一体として機能する財産の移転(番号1),競業避止義務の位置付け(番号3),二つの取引案への当てはめ(番号4),譲渡条件の著しい不当性(番号11),特別利害関係人の議決権行使による決議の取消原因(番号12),承認を欠く事業譲渡契約の効力(番号14)である。
第3に事実関係と設問の要求,第4に評価項目と重み,第5に答案と解説,第7に出典を置く。
第2 評価項目の示し方と重み付けの基準
1 評価項目の示し方
評価項目は,出題の趣旨と採点実感の指摘を,答案の記載から判定できる単位に言い換えた本記事独自の基準である。
表の番号は記事全体で通している。
出題の趣旨欄・採点実感欄は,法務省が公表したPDFの頁と,関連する記載の要旨である。
平成18年の論文式試験については,法務省の論文式試験結果の公表ページに出題の趣旨が掲載されているが,採点実感等に関する意見は掲載されていない。
民事系科目の考査委員が採点後に述べた所見は,司法試験委員会第30回会議(平成18年10月5日)の議事要旨とともに「新司法試験考査委員(民事系科目)に対するヒアリング概要」として公表されているので,採点実感欄はその商法の部分の頁と要旨を示す。
一方の資料に対応する記載がない場合は「記載なし」,一般的な指摘や関連する記述から導く場合は「間接」と表示する。
「〔条件〕」は特定の構成を採る場合に限り適用する項目を示し,その構成を採らない答案に重ねて求めるものではない。
事業活動の承継が必要かなど見解が分かれる論点では,結論ではなく,採用した見解の理由とそれに対応する当てはめを評価する。
2 5段階の重み付けの基準
| 重み | 判断基準 |
|---|---|
| 5 | その設問の判断を大きく分ける核心 |
| 4 | 結論を理由付きで支える主要な論証・当てはめ |
| 3 | 通常押さえる法的処理・事情の評価 |
| 2 | 論証を補強する説明・個別事情・誤りの注意 |
| 1 | 補充的な引用・記述範囲の確認 |
重みとその合計は本記事独自の整理であり,法務省の配点,採点基準又は得点の目安を示すものではない。
条件付きの項目も重みの分布と合計に含める。
第3 本問の概要
1 問題文と事実関係
P社は,ホテル事業とスポーツ施設の運営事業を主たる事業目的とする会社法上の公開会社であり,スポーツ事業部門に係る資産の帳簿価額はP社の総資産額の約40%を占めている。
Q社は,ショッピングセンターの運営事業とスポーツ施設の運営事業を主たる事業目的とする公開会社で,P社の議決権総数の40%に当たるP社株式を保有し,Q社の代表権のない取締役AがP社の代表取締役を兼任している。
Q社の取締役会では,譲り受けたスポーツ施設を自社のスポーツ事業部門に用いる意見と,ショッピングセンター用の大型店舗に転用する意見とに分かれていたが,譲受けを進めることでは一致しており,Q社は株式買取請求権の行使を懸念して,これが問題となる手続は利用しないこととした。
P社の取締役会ではスポーツ事業部門をQ社に譲渡することに賛成が多数を占めたが,将来業績が回復すればスポーツ施設の運営事業を再開できるよう,Q社と約定をしておくことで意見がまとまった。
その後,P社代表取締役Aが複数の専門家に鑑定をさせたところ,スポーツ施設の運営事業の事業価値は20億円を下らず,スポーツ施設の資産価値も30億円を下らないとの回答を得たが,Q社代表取締役Bは帳簿価額により算定した10億円以下にするよう強く求めた。
P社は,事業の今後の動向,事業再開の可能性,Q社との関係の継続等も考慮して契約内容を再検討し,譲渡価額を10億円とし,譲渡後のスポーツ施設の運営事業を禁止する条項等を含む別紙の事業譲渡契約が締結され,履行された。
契約の締結は,P社の取締役会と株主総会の特別決議で承認され,Q社の取締役会でも,締結に先立ち重要事実が開示され,Aを議決から排除した上で承認された。
2 設問が求めること
| 設問 | 立場・対象 | 指定・除外 | 到達点 |
|---|---|---|---|
| 1 | P社法務部の担当者から相談を受けた弁護士 | Q社がスポーツ施設の運営事業を承継する場合と,施設をショッピングセンターに転用する場合とに分ける。設問2の事実は考慮しない。 | 会社法上の手続の進め方について回答すべき内容を示す。 |
| 2 | 事実関係全体 | 別紙の契約が締結・履行された段階を前提とする。Q社の議決権の行使の有無や票数は示されていない。 | 会社法上の問題点を検討する。 |
第4 評価項目と重み
1 設問1
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 一定の事業目的のために組織化され有機的一体として機能する財産の移転を,事業譲渡の共通の出発点とする。 | 5 | 3頁。有機的一体として機能する財産の移転が不可欠であることにほぼ争いはない | 8頁。判例の挙げる3要件を正確に挙げていない答案 |
| 2 | 事業活動の承継を独立の要件とするかを,株主総会決議が要求される趣旨と反対の見解の理由から論じる。 | 4 | 3頁。譲受人による事業活動の承継を不可欠の要素と解すべきかの争い | 8頁。3要件のそれぞれの法的意義の理解が不十分な答案が多い |
| 3 | 競業避止義務が成立要素か効果かを論じ,排除特約が総会承認の要否に及ぼす影響を示す。 | 5 | 3頁。譲渡会社による競業避止義務の負担を不可欠の要素と解すべきかの争い | 7~8頁。要件が備わらない場合にも特別決議を要するかを掘り下げて考えさせる趣旨 |
| 4 | 運営承継案と転用案について,採用する判断枠組みの下で移転対象と手続の違いを示す。 | 5 | 3頁。承継の有無と競業避止義務の排除が未定の段階での手続の進め方 | 8~10頁。3要件に当てはまらないから総会決議は要らないとする流れの答案が多い |
| 5 | スポーツ事業が事業の重要な一部であることを,主たる事業という質と帳簿価額約4割の双方から示す。 | 4 | 3頁。事業の「重要な一部」の譲渡に当たるか | 記載なし |
| 6 | 〔条件〕総会承認を要するとする場合に,P社の株主総会の特別決議を効力発生日の前日までに経ることを示す。 | 4 | 3頁。株主総会の特別決議を要する事業譲渡 | 記載なし |
| 7 | 吸収分割を代替手段として挙げ,株式買取請求権の行使を懸念するQ社の意向との関係を示す。 | 3 | 3頁。吸収分割はQ社の意向に沿わない | 記載なし |
2 設問2
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 8 | 別紙の資産・負債,管理,雇用,移転及び取引先の条項から,実行された取引を事業の重要な一部の譲渡と位置付ける。 | 4 | 3頁。総会決議を要する事業譲渡が既に行われた段階(別紙契約書) | 記載なし |
| 9 | 譲受人であるQ社に一般株主とは別の契約条件上の利害があることから,特別の利害関係を示す。 | 4 | 3頁。譲渡の相手方で議決権の40%を有する大株主(特別利害関係人) | 8頁。最も重視した特別利害関係者による議決権行使の問題に気付かない答案が極めて多い |
| 10 | Q社が賛成の議決権を行使したと推認できる事情と,その行使が決議に及ぼした影響を区別する。 | 4 | 3頁。P社の株主総会において議決権を行使したと考えられる | 間接(8頁。特別利害関係者による議決権の行使) |
| 11 | 事業価値と施設の資産価値の各評価と10億円の差を,負債や関係の継続等も踏まえて評価し,決議の著しい不当性を判断する。 | 5 | 3頁。Q社との関係の継続等を考え合わせてもなお著しくP社に不利か | 7~8頁。非常に安く譲渡したことで生じる法律問題,内容が不当な決議 |
| 12 | Q社が特別利害関係人として議決権を行使したことによって著しく不当な決議がされたことを,株主総会決議の取消原因(会社法831条1項3号)として示す。 | 5 | 3頁。決議の取消原因(会社法831条1項3号) | 8頁。出題に際して最も重視していた問題点 |
| 13 | 総会決議の取消しを認容する判決が確定した場合に,会社法839条の将来効の対象外であることから決議の遡及的な失効を説明する。 | 4 | 3頁。決議は遡って無効となる(会社法839条・834条17号) | 記載なし |
| 14 | 取消しにより適法な総会承認を欠く事業譲渡契約につき,株主保護と取引の安全を踏まえ,本件の当事者間の効力を論じる。 | 5 | 3頁。株主総会決議を欠く事業譲渡契約の効力 | 8頁。決議が取り消されると譲渡契約が私法上無効になることを問う趣旨 |
| 15 | P社取締役の善管注意義務・忠実義務に照らし,撤退の判断と取引条件の選択を分けて任務懈怠を論じる。 | 4 | 3頁。P社取締役の損害賠償責任(会社法423条1項) | 8頁。取締役の責任の問題を問う趣旨 |
| 16 | 任務懈怠とP社の損害との因果関係を示し,異なる鑑定額を単純に加算しない。 | 4 | 3頁。P社取締役の損害賠償責任 | 記載なし |
| 17 | Q社取締役AがP社を代表して契約したことを根拠に,Q社側の直接取引の利益相反取引と位置付ける。 | 3 | 3頁。Q社取締役Aの利益相反取引(会社法356条1項2号・365条) | 間接(8頁。利益相反関係等の規定の当てはめの誤り) |
| 18 | Q社の取締役会が重要な事実の開示とAの議決からの排除を経て事前に承認したため,その承認に瑕疵がないことを示す。 | 3 | 3頁。Q社取締役会の承認があり問題はない | 記載なし |
3 重みの分布
18項目の内訳は,重み5が6項目,重み4が9項目,重み3が3項目,重み2が0項目,重み1が0項目であり,重みの合計は75点である。
設問別には,設問1が7項目・30点,設問2が11項目・45点である。
問題文の配点は第1問全体で100点であり,設問ごとの配点は示されていない。
重み5の6項目は,次のとおりである。
①番号1は,二つの取引案を判定する共通の出発点となる事業財産の有機的一体性である。
②番号3は,競業避止義務を外したときに事業譲渡の分類が変わるかを問う項目であり,採点実感は,判例の3要件の法的意義の理解が十分でない答案が多かったとしている(8頁)。
③番号4は,選んだ判断枠組みを運営承継案と転用案に当てはめ,必要な手続を分ける項目である。
④番号11は,Q社との関係の継続等を考慮しても譲渡条件が著しく不当かを判断する項目である。
⑤番号12は,特別利害関係人の議決権行使によって著しく不当な決議がされたことを取消原因とする項目であり,採点実感は,出題に際して最も重視していたこの問題点にそもそも気付かない答案が極めて多かったとしている(8頁)。
⑥番号14は,決議が取り消された場合に,適法な承認を欠く事業譲渡契約の効力を論じる項目である。
主要な理由付けと当てはめは重み4に,吸収分割との比較(番号7)とQ社側の利益相反取引の位置付け・承認(番号17・18)は重み3に整理した。
第5 模範解答
1 答案の前提と表記
答案は,平成18年5月22日の試験当時を基準とし,条文は試験当時の会社法(平成17年法律第86号)により,民法の条文は「民法」と明示する。
設問1は,事業活動の承継を事業譲渡の要件とし,競業避止義務の負担は事業譲渡の効果とする立場を採る。
設問2では,Q社の賛成の議決権行使を与件から推認し,取消原因の成否は,決議の成立への影響と著しい不当性に分けて判断する。
2 答案
第1 設問1
1 事業譲渡の判断枠組み
P社の法務部には,まず,Q社へ渡す対象を確定するよう助言する。
会社法467条1項2号が重要な一部の事業譲渡に株主総会の承認を求めるのは,株主が投資の前提とした事業構成を大きく変える行為について,その判断を保障するためである。
事業譲渡には,一定の事業目的のために組織され,有機的一体として機能する財産が移転することを要する。
旧商法についての最高裁判例は,この財産の移転によって譲受人が営業活動を受け継ぎ,譲渡会社が法律上の競業避止義務を負う結果を伴うという定式を示す(最大判昭和40年9月22日,最判昭和46年4月9日)。
この定式を踏まえ,本件では事業活動の承継と競業避止義務を別々に検討する。
事業活動の承継について,機能的な財産を失う点で譲渡会社の株主への影響は同じであり,承継を不可欠とすると,譲受人の使途によって保護が左右されるとの考えがある。
もっとも,財産の処分一般は取締役会の権限に属し,総会承認を要求する特別な規律は事業自体の移転に適用すべきである。
そこで,施設の価値や譲受人の将来の主観的意図にとどまらず,従業員,顧客・取引先,運営組織等の取扱いを見て,事業活動を継がせる取引であるかを判断する。
競業避止義務は事業を移す場合の典型的な効果である。
これを不可欠の要素と解すると,再開を可能にする特約を入れるだけで,事業構成の変化が同じであるにもかかわらず株主の承認が不要になる。
21条1項も別段の意思表示を認める。
したがって,競業避止義務の特約による排除は,組織化された事業を移し事業活動を引き継がせる取引の性質を変えない。
2 Q社が運営事業を承継する場合
P社の施設に加えて運営組織や取引関係を引き継がせ,Q社が事業として運営を続けるなら,事業譲渡に当たる。
P社にはホテル事業が残るが,失う部門は二つの主たる事業の一つであり,譲渡は事業構成を大きく変えるから,重要な一部である。
さらに,移転資産の帳簿価額はP社の総資産額の約4割であり,467条1項2号の5分の1以下の除外に当たらない。
公開会社であるP社では取締役会が重要な財産の処分を決定し(327条1項1号,362条4項1号),効力発生日の前日までに譲渡契約を株主総会の特別決議で承認する(467条1項2号,309条2項11号)。
Q社の議決権保有は4割であり,特別支配会社に対する468条1項による省略はできない。
P社は効力発生日の20日前までに株主に通知し,又は公告する。
議決権のある株主は総会前の反対通知と総会での反対により,議決権を行使できない株主も,所定期間内にP社に公正な価格での株式買取りを請求できる(469条)。
Q社では重要な財産の譲受けとして取締役会決定を要するが,P社の全事業の取得ではないので,467条1項3号による総会承認及びそれに対応するQ社株主の買取請求は生じない。
吸収分割ではQ社の反対株主の買取請求が問題となり得るので,その懸念を避けるなら本件一部事業譲渡の方式によるべきである(797条)。
P社の再開可能性を確保するため,譲渡後20年間,同一及び隣接市町村内で生じる法定の競業避止義務を排除するか,必要最小限の期間・地域・事業に限定する約定を置く(21条1項)。
それでも,不正の競争の目的をもつ同一事業の遂行は同条3項により禁止される。
3 Q社が施設をショッピングセンターに転用する場合
施設と転用に必要な個別資産だけを売却し,従業員や顧客関係等を一体として移さず,Q社がスポーツ施設運営を引き継がない設計なら,前記の考え方では重要な財産の処分である。
帳簿価額が約4割でも,467条1項2号による総会の特別決議や同章の買取請求は生じず,P社は取締役会決定を得ればよい。
Q社でも重要な財産の譲受けに当たるなら取締役会が決定する。
事業譲渡を前提とする21条1項の競業避止義務も生じない。
反対に,Q社が譲渡時に事業として一体を承継してから転用するなら,転用予定だけで事業譲渡の手続を省けない。
また,事業活動の承継を独立の要件としない見解では,転用案でも組織化された一体の事業財産を移してP社の事業を失わせるなら,総会承認を要する余地がある。
契約では移す対象を明確にすべきである。
第2 設問2
1 取引の性質と契約条件
別紙1条は事業部門とこれに関わる資産・負債を譲渡対象とする。
6条は引渡しまでの事業の継続管理を,8~10条は従業員の取扱い,資産移転の手続及び顧客・仕入取引先の承継を定める。
これらを合わせると,運営活動を組織としてQ社へ引き継がせる契約である。
前述の規模・質に照らし,P社による事業の重要な一部の譲渡に当たる。
4条は競業を期間の限定なく禁止し,P社の事業再開を可能にするという交渉当初の意向と異なる。
特約が同一事業を禁止する効力は譲渡日から30年以内に限られ(21条2項),当該期間内の再開制約もP社にとって取引条件上の不利益となる。
2 P社株主総会決議の取消原因
Q社は4割の議決権を有するP社株主であると同時に譲受人であり,譲渡条件が自社に有利になるという他の株主と異なる利害を有する。
したがって,P社の承認決議につき特別の利害関係を有する。
議決権の行使はできるが,その行使によって著しく不当な決議がされたときは,831条1項3号の取消原因となる。
自社が要求した価格で取引が成立する利益と議決権の大きさから,Q社は賛成の議決権を行使したと推認できる。
ただし,投票の明示はないので,その行使の有無と,出席・賛成数等から同社の投票が決議の成立に影響したかを確認する。
4割の保有のみで決議への影響が確定するわけではない。
取引価格は10億円であり,事業価値20億円以上及び施設価値30億円以上という複数の専門家の評価に大幅に及ばない。
帳簿価額は取得原価等に基づく数値であり,これだけで譲渡時の対価の相当性を説明できない。
さらに,4条によりP社は再開を制約される。
他方,不振部門からの撤退,Q社との関係維持や引受負債も評価すべきである。
事業価値と資産価値を加算せず,譲渡対象と各評価の前提をそろえ,負債引受け等の具体的利益が評価との差を説明できるかを検討する。
与件上は価格差を埋めるだけの利益が具体的に示されておらず,決議内容は著しく不当と評価し得る。
Q社の議決権行使が決議成立に影響したと認められれば,P社の株主等は決議日から3か月以内に,P社を被告として取消しを求められる(831条1項3号,834条17号)。
3 決議取消しと事業譲渡契約の効力
認容判決が確定すれば,その効力は第三者にも及ぶ(838条)。
株主総会決議取消しの訴えは839条が効力を将来に限る対象に含まれないので,決議は遡って効力を失う。
そこで,467条1項2号の承認を欠いたことが,履行済みの譲渡契約に及ぼす効果を別に考える。
取引安全から,有効に見えた決議を信頼した相手方を保護する余地があるとの反論が考えられる。
しかし,この承認は会社の基礎的な事業の変更につき株主の意思を保障するものであり,適法な承認のないまま契約の効力を認めると保護が失われる。
本件のQ社は承認を信頼した外部の第三者とは立場が異なり,著しく不利な条件の形成と決議に関与したと認められる場合に,その信頼をP社株主に優先させる理由はない。
別紙13条も必要な法令上の手続の終了を効力発生に結び付けている。
したがって,決議が取り消されれば,本件のP・Q間では適法な承認を欠き,譲渡契約は効力を認められず,既にされた給付は返還・清算の対象となる。
4 P社取締役の損害賠償責任
P社の取締役は,委任に基づく善管注意義務及び忠実義務を負い(会社法330条,民法644条,会社法355条),任務懈怠によってP社に損害を生じさせたときは,同社に賠償すべきである(423条1項)。
不振部門から撤退してホテル事業に注力するという方針や,Aが複数の専門家に鑑定を求めたことは,経営判断の合理性を支える。
P社は事業の今後の動向,再開の可能性及びQ社との関係継続を考慮して契約を再検討した。
もっとも,撤退方針と10億円でQ社に譲る判断は別である。
A及び譲渡を決めたP社取締役が,鑑定を離れる具体的理由,別の買主への売却可能性,引受負債や関係継続の利益及び再開制約の不利益を十分比較せず,主としてQ社の帳簿価額の要求を受け入れたなら,意思決定の過程と内容は合理性を欠き,任務懈怠が認められる。
株主総会の特別決議を得たことは,それだけで任務懈怠を否定し,あるいは責任を免除する事情にはならない(424条参照)。
合理的な調査・交渉を経ればより有利な条件が得られたと認められる範囲で,P社の財産状態の差を損害とする。
7条による控除がP社のQ社に対する債務の消滅を伴うならその利益も考慮し,手取額の減少をそのまま損害に加えない。
契約無効に基づく給付の返還が得られる場合は,回復済みの損害を重ねて賠償させない。
5 Q社における利益相反取引
Q社の取締役Aは,P社の代表者として第三者であるP社のためにQ社と契約したので,Q社について356条1項2号に当たる。
Q社では締結前に重要な事実が開示され,Aを議決から除いた取締役会で承認されている(365条1項,369条2項)。
よって,Q社側の利益相反取引の事前承認には瑕疵がない。
取引後の重要事実の報告は別途必要であり(365条2項),与件では履行の有無は分からない。
以上
3 出題の趣旨・採点実感を踏まえた解説
(1) 答案と評価項目の対応
答案の第1は番号1~7に,第2は番号8~18に対応する。
次の表のほか,第2の5が,Aがどちらの会社を代表したかに着目した利益相反取引の位置付けと,Q社の取締役会による事前の承認(番号17・18)に対応する。
| 番号 | 重み | 評価項目 | 答案の該当箇所・留保 |
|---|---|---|---|
| 1 | 5 | 一定の事業目的のために組織化され有機的一体として機能する財産の移転を,事業譲渡の共通の出発点とする。 | 第1の1・3 |
| 2 | 4 | 事業活動の承継を独立の要件とするかを,株主総会決議が要求される趣旨と反対の見解の理由から論じる。 | 第1の1。事業活動の承継を要するとの見解を採る。 |
| 3 | 5 | 競業避止義務が成立要素か効果かを論じ,排除特約が総会承認の要否に及ぼす影響を示す。 | 第1の1・2。競業避止義務の負担は事業譲渡の典型的な効果と位置付ける。 |
| 4 | 5 | 運営承継案と転用案について,採用する判断枠組みの下で移転対象と手続の違いを示す。 | 第1の2・3 |
| 5 | 4 | スポーツ事業が事業の重要な一部であることを,主たる事業という質と帳簿価額約4割の双方から示す。 | 第1の2 |
| 6 | 4 | 〔条件〕総会承認を要するとする場合に,P社の株主総会の特別決議を効力発生日の前日までに経ることを示す。 | 第1の2 |
| 7 | 3 | 吸収分割を代替手段として挙げ,株式買取請求権の行使を懸念するQ社の意向との関係を示す。 | 第1の2 |
| 8 | 4 | 別紙の資産・負債,管理,雇用,移転及び取引先の条項から,実行された取引を事業の重要な一部の譲渡と位置付ける。 | 第2の1 |
| 9 | 4 | 譲受人であるQ社に一般株主とは別の契約条件上の利害があることから,特別の利害関係を示す。 | 第2の2 |
| 10 | 4 | Q社が賛成の議決権を行使したと推認できる事情と,その行使が決議に及ぼした影響を区別する。 | 第2の2。投票の有無と決議への影響は与件では確定しないとして留保する。 |
| 11 | 5 | 事業価値と施設の資産価値の各評価と10億円の差を,負債や関係の継続等も踏まえて評価し,決議の著しい不当性を判断する。 | 第2の2 |
| 12 | 5 | Q社が特別利害関係人として議決権を行使したことによって著しく不当な決議がされたことを,株主総会決議の取消原因(会社法831条1項3号)として示す。 | 第2の2 |
| 13 | 4 | 総会決議の取消しを認容する判決が確定した場合に,会社法839条の将来効の対象外であることから決議の遡及的な失効を説明する。 | 第2の3 |
| 14 | 5 | 取消しにより適法な総会承認を欠く事業譲渡契約につき,株主保護と取引の安全を踏まえ,本件の当事者間の効力を論じる。 | 第2の3 |
| 15 | 4 | P社取締役の善管注意義務・忠実義務に照らし,撤退の判断と取引条件の選択を分けて任務懈怠を論じる。 | 第2の4 |
| 16 | 4 | 任務懈怠とP社の損害との因果関係を示し,異なる鑑定額を単純に加算しない。 | 第2の4 |
(2) 設問1
出題の趣旨は,株主総会の特別決議を要する事業譲渡(会社法467条1項2号)の要素として,一定の事業目的のために組織化され有機的一体として機能する財産の移転が不可欠であることにほぼ争いはないが,譲受人による事業活動の承継と譲渡会社による競業避止義務の負担を不可欠の要素と解すべきかについては判例・学説上争いがあり,事業譲渡に株主総会決議が要求される趣旨に照らして丁寧に検討することを期待している(3頁)。
採点実感では,商法の考査委員が,判例の3要件を正確に挙げていない答案や,3要件を挙げていてもそれぞれの法的意義の理解が十分でない答案が多く,判例では3要件を要求しているという書き方に始まって本件ではこの要件がないから決議は要らないという流れの答案が圧倒的に多かったと述べている(8頁・9~10頁)。
答案の第1の1・3は,株主保護と取締役会の権限を対比して判断枠組みを示し,転用案も移転対象の実質に応じて処理した(番号1~4)。
第1の2は,主たる事業の一部が失われることと帳簿価額の基準を分け,特別決議の手続と吸収分割との違いを説明した(番号5~7)。
出題の趣旨は,事業譲渡の意義について特定の見解や結論を唯一の答えとして指定していない。
P社の株主への通知・公告や,Q社が譲り受ける対象がP社の一部の事業であることに基づく手続の説明は,会社法の条文による補足である。
(3) 設問2
出題の趣旨は,譲渡の相手方であるQ社がP社の議決権総数の40%を有する大株主(特別利害関係人)としてP社の株主総会で議決権を行使したと考えられること,譲渡価額が事業価値・資産価値に照らして著しくP社に不利であり決議に取消原因(会社法831条1項3号)があるか,決議が取り消されると決議は遡って無効となるが株主総会決議を欠く事業譲渡契約の効力をどう解すべきか,P社取締役が損害賠償責任(同法423条1項)を負うかを中心に検討することを求めている(3頁)。
採点実感では,出題に際して最も重視していた特別利害関係者による議決権行使が株主総会決議の瑕疵となるかという問題点に,そもそも気付かない答案が極めて多かったとされている(8頁)。
また,出題の意図として,決議が取り消されると,効力のない決議に基づいて行われた譲渡契約が私法上無効になることを問う趣旨であったことが説明されている(8頁)。
答案の第2の1は契約条項を事業の承継に結び付け,第2の2は価格差と条件全体を検討して取消原因を認めた(番号8~12)。
第2の3は決議自体の効力を先に確定し,決議を欠く契約についてQ社の立場と株主保護から結論を示した(番号13・14)。
第2の4は,不振部門からの撤退の判断と譲渡条件の判断を分け,P社の損害との因果関係を検討した(番号15・16)。
出題の趣旨は,Q社取締役Aの利益相反取引について,Q社取締役会の承認があり問題はないとしており,答案の第2の5もこれに沿う(番号17・18)。
(4) 答案の弱点と扱わなかった事項
Q社の賛成の議決権行使は推認であり,投票や決議への影響が与件で確定しているわけではない。
鑑定の詳細や,引受負債,関係の維持の経済的利益も数値化できないため,損害額は確定していない。
判例の定式を本件に用いる際は,昭和46年の判決の事案自体が,売却時に営業財産が有機的一体性を失っていた場合であることに留意を要する。
決議の取消しが転得者その他の第三者の権利に及ぼす問題,P社側の別個の利益相反規制の適用及び会社分割の詳細な手続は,答案の中心から外した。
第6 関連記事
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④平成18年司法試験刑事系科目第1問(刑法)の模範解答と評価項目
⑤平成18年司法試験刑事系科目第2問(刑事訴訟法)の模範解答と評価項目
⑥平成18年度旧司法試験論文式試験の模範答案
同年度の他の問題は,平成18年新司法試験試験問題で,出題の趣旨は,平成18年新司法試験論文式試験結果で確認できる。
2 同じ科目の別の年度の記事
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⑥平成27年司法試験民事系第2問(商法)の模範解答と評価項目
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平成27年の民事系科目第2問も,事業譲渡と競業を扱っている。
3 本問の論点に関連する山中弁護士ブログの記事
①事業譲渡で必要となる社内手続―株主総会・取締役会の承認,省略の条件及び株主通知(AI作成)
②会社法等に関する最高裁判例―裁判所HP掲載判例の論点別索引(AI作成)
③司法試験の出題法令の基準日―平成18年以降の年度別六法リンク(AI作成)
第7 出典
1 公式資料
①法務省「論文式試験問題集[民事系科目第1問]」(平成18年新司法試験)(2~4頁の第1問・別紙)
②法務省「平成18年新司法試験論文式試験問題出題趣旨」(3頁の民事系科目〔第1問〕)
③法務省「新司法試験考査委員(民事系科目)に対するヒアリング概要」(7~10頁の商法の部分。司法試験委員会第30回会議(平成18年10月5日)の議事要旨とともに掲載)
④法務省「平成18年新司法試験実施予定表」(平成17年11月8日司法試験委員会決定の試験日程。論文式試験の民事系科目第1問の実施日)
2 法令
①会社法(平成17年法律第86号)の制定時の条文(衆議院)
②民法の一部を改正する法律(平成16年法律第147号)(衆議院)(民法644条)
答案で用いた会社法21条,309条2項11号,327条1項1号,330条,355条,356条1項2号,362条4項1号,365条,369条2項,423条1項,424条,467条1項2号・3号,468条1項,469条,797条,831条1項3号,834条17号,838条及び839条は,上記の制定時の条文によった。
3 裁判例
①最高裁昭和40年9月22日大法廷判決(昭和36年(オ)第1378号,民集19巻6号1600頁):旧商法245条1項1号にいう営業の全部又は重要な一部の譲渡とは,一定の営業の目的のため組織化され,有機的一体として機能する財産の全部又は重要な一部を譲渡し,これによって,譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部又は重要な一部を譲受人に受け継がせ,譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に競業避止義務を負う結果を伴うものをいうとした。
②最高裁昭和46年4月9日第二小法廷判決(昭和44年(オ)第787号,集民102号439頁):上記①の大法廷判決を引用し,物件の売却を営業の全部又は重要な一部の譲渡に当たらないとした原審の認定判断を是認するとともに,売却の当時,当該物件は営業目的のために組織化され有機的一体として機能する財産たることを失っていたとの原審の認定判断も首肯できるとした。
4 留意事項
出題の趣旨は3頁の民事系科目〔第1問〕の部分を,採点実感は考査委員に対するヒアリング概要の7~10頁の商法の部分を,評価項目の根拠とした。
平成18年の論文式試験については,法務省の論文式試験結果の公表ページに採点実感等に関する意見が掲載されておらず,採点実感欄に示した答案の傾向は,司法試験委員会のヒアリングにおける考査委員の所感である。
答案と解説は試験当時の会社法によっており,平成26年の会社法改正後の規定は用いていない。
評価項目,重み,答案の結論及び出題の趣旨の具体化は本記事独自の分析であり,法務省が一つの結論を指定したものではない。