第1 この記事の対象と結論
平成22年新司法試験の民事系科目第1問は,会社設立時の現物出資と,設立後の募集株式の発行を題材とする商法・会社法の問題である。
見せ金による払込みを検討した後,払込みと発行された株式の効力を分け,その判断を取締役と引受人の責任に引き継ぐ。
| 確認事項 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 平成22年新司法試験論文式・民事系科目第1問(商法・会社法) |
| 問題と資料 | 問題PDF1~5頁 |
| 出題の趣旨 | 法務省PDF3~4頁の民事系第1問 |
| 採点実感 | 法務省PDF9~11頁の商法 |
| 答案の基準時 | 平成22年5月13日 |
| 主要事項 | 現物出資の不足額,仮装払込み,株式発行の効力,取締役等の責任 |
| 評価項目 | 35項目,重み5は6項目,重みの合計は138 |
| 主要裁判例 | 最判昭和38年12月6日,最判平成9年1月28日 |
| 答案分量 | 4920字(改行を除く) |
| 試験後の改正 | 平成26年改正後の仮装払込みに関する規律と区別 |
| 確認日 | 令和8年11月6日 |
本稿の答案は,現物出資の不足額を4億円とし,現物出資者AとBの免責の可否を分ける。
募集株式については,借入金による仮装分9000万円の払込みを無効とし,自己資金1000万円に対応する100株を維持する。
残る900株については発行無効原因を認め,無効判決が確定するまでの発行の効力を前提に,甲社と乙銀行に対する各責任を検討する。
重み5は,番号1の不足額填補責任の主体,番号8の見せ金の判定,番号12の払込みと株式の効力の区別,番号21のAの任務懈怠,番号27の429条1項の職務,番号30の同条1項と2項の関係である。
いずれも,ここでの判断によって後に検討する責任や要件が変わる。
各項目は第4,答案と評価項目の対応は第5の3に示す。
第2 評価項目の示し方と重み付けの基準
1 評価項目の示し方
法務省の出題趣旨と採点実感を読み,答案で判定できる単位として評価項目を作った。
番号は記事全体の通し番号である。
注意は避けるべき誤りを表し,同じ誤りを重ねて評価しない。
許容分岐の項目は,その構成を採る答案に適用する。
2 5段階の重み付けの基準
| 重み | 判断基準 |
|---|---|
| 5 | 設問の判断を大きく分ける核心 |
| 4 | 結論を理由付きで支える主要な論証・当てはめ |
| 3 | 通常押さえる法的処理・事情の評価 |
| 2 | 論証を補強する説明・個別事情・誤りの注意 |
| 1 | 補充的な引用・記述範囲の確認 |
項目と重みはこの記事の独自分析であり,法務省の公式採点基準や項目別配点とは異なる。
重みの合計は評価表の集計値である。
第3 本問の概要
1 問題文と事実関係
法務省の問題PDF(民事系科目)の1~5頁が本問で,4~5頁に資料①②がある。
AとBは株式会社を設立し,Aは定款上5億円の不動産,Bは現金1億円を出資した。
不動産には土壌汚染があり,会社成立時の価額は1億円だった。
Aは汚染を知っていたが,Bと評価・証明に関与した専門家は知らなかった。
甲社は事業悪化後,丙社に1株10万円で1000株を割り当てた。
丙社は丁銀行からの借入金9000万円と自己資金1000万円を払い込んだが,Aは翌日に9000万円を甲社口座から引き出し,丙社の代表取締役Dを通じて丁銀行への弁済に充てさせた。
Aは払込金1億円があると記載された貸借対照表等と登記事項証明書を乙銀行に提示し,甲社は1億円の融資を受けた。
甲社は破綻し,貸付債権のほぼ全額が回収不能となった。
2 設問が求めること
| 設問 | 立場・対象 | 指定・検討範囲 | 到達点 |
|---|---|---|---|
| 1 | 甲社に対するA・Bの責任 | 会社法上の現物出資の価額不足と設立任務 | 不足額,連帯,免責,任務懈怠による損害を示す。 |
| 2① | 募集株式の払込みと発行 | 借入分と自己資金分,払込みと株式の効力を区別する。 | 採用する構成とその後の責任論の前提を示す。 |
| 2② | 甲社に対するA・B・丙社の責任 | ①で採った構成に従い,会社法上の責任を検討する。 | A・Bの任務と損害,丙社の失権と填補義務を示す。 |
| 2③ | 乙銀行に対するA・Bの責任 | 資料①②の記載と融資の判断を分ける。 | 429条の各責任と回収不能損害を示す。 |
不動産鑑定士や公認会計士の責任,C・D及び各銀行の責任,一般私法上の丙社への返還請求等は,設問で求める責任の範囲から外れる。
第4 評価項目と重み
1 設問1 現物出資
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | A・Bの発起人及び設立時取締役としての両地位を会社に対する不足額填補義務に結び付ける。 | 5 | 3頁「発起人及び設立時取締役」 | 9頁「双方が問題」 |
| 2 | 成立時の実価1億円を定款の5億円と比較し,著しい不足と4億円の不足額を説明する。 | 4 | 3頁「著しく不足」 | 9頁「著しく不足」 |
| 3 | Aは現物出資者である発起人として52条2項の免責を受けられないと説明する。 | 4 | 3頁「適用除外」 | 9頁「無過失責任」 |
| 4 | 専門家の証明・鑑定があるため申立てが不要であることと,検査役調査による免責がないことを区別する。 | 2 | 3頁「免責事由」 | 9頁「検査役が選任されていない」 |
| 5 | Bが無過失の立証により免責され得ることを示し,証明・鑑定への依拠と自らの調査の内容を評価する。 | 4 | 3頁「免責事由の当てはめ」 | 9頁「無過失を立証」 |
| 6 | 設立時取締役の証明等に対する調査義務を46条1項2号に求め,53条1項の任務懈怠責任に接続する。 | 4 | 3頁「任務懈怠」 | 9頁「証明等の相当性」 |
| 7 | A・Bの汚染認識の違いを踏まえ,53条1項の損害と適切な調査・通知による回避可能性を論じる。 | 3 | 3頁「事実関係を踏まえた」 | 9頁「任務懈怠責任」 |
2 設問2① 払込みと株式の効力
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 8 | 借入金による払込み一般と,会社に営業資金を確保する意思・実質のない見せ金を区別する。 | 5 | 3頁「見せ金の意義」 | 9頁「概念及び問題の所在」 |
| 9 | 返済までの時間,会社資金としての運用,返済の資金関係への影響を判定要素とする。 | 4 | 3頁「見せ金と認定するための要件」 | 9頁「三要件」 |
| 10 | Aの丙支配とDへの指示,翌日の還流と9割という割合を用いて借入分の払込みを評価する。 | 4 | 3頁「その当てはめ」 | 9頁「借入金の返済」 |
| 11 | 昭和38年判決の位置を示し,旧商法下の設立の事案と本件の募集株式発行との違いを踏まえて用いる。 | 2 | 3頁「判例の立場を踏まえ」 | 9頁「昭和38年12月6日」 |
| 12 | 払込みの効力と発行された株式の効力を段階として分け,採用する効力の組合せを明示する。 | 5 | 3頁「分けて論述」 | 10頁「発行された株式の効力」 |
| 13 | 平成9年判決が旧商法の取締役の引受担保責任を根拠に見せ金だけでは新株発行の無効原因としなかったことを示す。 | 4 | 3頁「発行された株式の効力の論拠」 | 10頁「引受担保責任が廃止」 |
| 14 | 平成22年時点では旧商法の引受担保責任が廃止されており,旧判例の理由をそのまま移せるかを論じる。 | 4 | 3頁「実質的なてん補手段」 | 10頁「引受担保責任が廃止」 |
| 15 | 払込無効を採るときは,423条その他の責任による実質的填補が旧制度の代替になり得るかを株式の効力判断に反映する。 | 4 | 3頁「実質的なてん補手段」 | 10頁「引受担保責任が廃止」 |
| 16 | 払込無効を採るときは,自己資金1000万円が残る事実を,払込みの範囲と株式発行の効力の両面から評価する。 | 4 | 3頁「10パーセント」 | 10頁「ごく一部につき実際の払込み」 |
| 17 | 株式の効力判断で,公開会社の流通と取引安全を資本の実質的充実と比較する。 | 4 | 3頁「取引の安全」 | 10頁「新株発行無効事由」 |
| 18 | 株式の効力を否定する場合,発行の外形と瑕疵の程度から発行無効の訴えと不存在確認を区別する。 | 4 | 3頁「無効と不存在の別」 | 10頁「新株発行不存在事由」 |
| 19 | 払込無効でも発行を有効とする構成では,発行された株式の帰属先を失権の規定との関係で説明する。 | 3 | 3頁「株式の所有者等」 | 該当する記載なし |
| 20 | 払込有効を採る場合,払込後のAによる丙社への交付を払込みと別個に評価する。 | 4 | 3頁「資金を引き出して」 | 10頁「交付の法的評価」 |
3 設問2② 甲社に対する責任
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 21 | 採用した効力構成に沿って,Aの見せ金への関与又は丙社への資金交付を423条1項の任務懈怠として評価する。 | 5 | 3頁「任務懈怠の内容」 | 10頁「見せ金による払込みに関与」 |
| 22 | Aの任務懈怠による甲社の損害を,採用した払込・株式の効力構成に即して特定する。 | 4 | 3頁「損害の内容」 | 10頁「自説とした見せ金払込」 |
| 23 | Bについて代表取締役の業務執行一般に対する監視義務の根拠と範囲を示す。 | 4 | 3頁「監督(監視)義務違反の根拠」 | 10頁「監視義務の有無」 |
| 24 | Bの一任と不知を踏まえ,求められた監視の具体的内容と損害防止又は回収の可能性を検討する。 | 4 | 3頁「義務違反の根拠及びその内容」 | 10頁「事実関係を丁寧に」 |
| 25 | 丙社が実質的な履行を欠く分について208条5項で失権することを払込債務の有無に結び付ける。 | 4 | 3頁「失権の有無」 | 10頁「払込責任もなくなる」 |
| 26 | 212条1項1号の直接適用の要件を示し,通謀による実質的な無出資と株主の不利益を比較して類推適用の可否を論じる。 | 4 | 3頁「類推適用の可否」 | 10頁「株主の不利益」 |
4 設問2③ 乙銀行に対する責任と設問2の整合性
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 27 | 429条1項の悪意・重過失の対象を会社に対する具体的な任務懈怠とし,Aの虚偽を用いた借入れに適用する。 | 5 | 4頁『「職務」の内容』 | 10頁「取締役としての任務懈怠」 |
| 28 | Bについて融資前に行うべき監視を特定し,任務懈怠の重大性を具体的事情に即して判断する。 | 4 | 4頁「A及びBの両名」 | 10頁「Bの場合は監視義務違反」 |
| 29 | 増資の実情・計算書類・登記事項証明書が乙銀行の融資判断に及ぼした影響を示し,回収不能範囲を損害とする。 | 4 | 4頁「虚偽のある項目」 | 10頁「損害との因果関係」 |
| 30 | 429条1項の任務懈怠責任と2項の特定行為による責任を独立の要件・立証構造として説明する。 | 5 | 4頁「第1項と第2項の責任の関係」 | 10頁「責任の関係」 |
| 31 | 2項の行為をした取締役の範囲を論じ,Bの作成・申請への関与と一般的監視の不作為を区別する。 | 4 | 4頁『「取締役」の意義』 | 10頁「責任の主体になり得るか」 |
| 32 | 429条2項1号ロについて,資料①の現金の表示と実際に残った金額を比較し,重要性と因果関係を評価する。 | 4 | 4頁「資料①②の虚偽」 | 10頁「貸借対照表」 |
| 33 | 429条2項1号ハについて,資料②の発行済株式総数と資本金を区別し,採用した効力構成に即して虚偽性を判定する。 | 4 | 4頁「同項第1号ロ及びハ」 | 10頁「履歴事項全部証明書」 |
| 34 | Aの虚偽記載・登記について,無過失の立証による免責と,乙銀行に生じた損害との因果関係を検討する。 | 3 | 4頁「各責任の有無」 | 10頁「第2項第1号ロ・ハ」 |
| 35 | 注意。①で採った払込みと株式の効力を②・③で無説明に変更しない。 | 3 | 3頁「採用した結論」 | 10頁「論理的に整合性」 |
5 重みの分布
| 重み | 項目数 |
|---|---|
| 1 | 0 |
| 2 | 2 |
| 3 | 4 |
| 4 | 23 |
| 5 | 6 |
| 総項目数 | 35 |
| 重みの合計 | 138 |
第5 模範解答
1 答案の前提と表記
平成22年5月13日の法状態を基準とする。
条文は,民法と明記したものを除き会社法を指す。
答案は,出題趣旨が示す払込無効・発行の効力を否定する方向に沿って,自己資金分を区別し,一部払込無効・一部発行無効原因の構成を採った。
論証の条件と留保は,答案中及び第5の3に記した。
2 答案
第1 設問1
1 現物出資財産の不足額
会社成立時における現物出資財産の価額が定款記載額に著しく不足するときは,発起人と設立時取締役が会社に対し連帯してその不足額を支払う(会社法52条1項)。
AとBは両方の地位にある。
成立時の本件不動産の価額は,土地の汚染により1億円であり,定款記載の5億円の5分の1にすぎず,著しく不足する。
したがって,原則としてAとBは甲社に対し4億円の不足額を連帯して支払う義務を負う。
Aは現物出資財産を給付した発起人である。
この地位に基づく責任については,出資財産の価額を確保するため,52条2項の免責を受けられない(同項柱書括弧書)。
Bについては,公認会計士の証明と不動産鑑定士の鑑定評価により検査役選任の申立ては不要である(33条10項3号)。
この手続上の例外と検査役調査を経たことによる免責は別であり,実際に選任・調査がなかった以上,同法52条2項1号は適用されない。
他方,Bが発起人・設立時取締役として必要な注意を尽くしたと証明すれば,同項2号により免責される。
専門家の評価・証明を取得し,その相当性を調査したことは有利である。
調査で利用履歴や評価の前提を合理的に確認し,汚染を疑う事情がなければ,専門家に依拠することも許され得る。
もっとも,不知や調査をしたことだけではその内容は明らかでなく,Bは無過失を立証できない限り責任を負う。
2 設立任務懈怠
設立時取締役は証明・鑑定評価の相当性を調査し,不当な事項を認めれば発起人に通知すべきである(46条1項2号,2項)。
Aは汚染を知りながら,評価額を見直さず設立を進めた。
これにより,実価を踏まえた出資条件の見直しや設立を見合わせる機会を失わせたから,適切に任務を果たせば回避できた損害につき甲社に賠償責任を負う(53条1項)。
Bについては,合理的な確認で汚染又は評価の前提の誤りを発見でき,通知すれば損害を回避できたことが認められる場合に同項の責任を負う。
52条の不足額支払義務と53条の賠償は要件を異にし,同じ損害を重ねて回復することはできない。
第2 設問2
1 払込み及び株式の効力
(1)払込み
募集株式の払込みは会社に事業資金を取得させるものである(208条1項)。
借入金も払込原資となり得るが,初めから会社資金とする意思を欠き,一時的な借入金で払込の外形だけを整え,払込金で借入れを返済する場合は,見せ金として実質的な払込みの効力を欠く。
最判昭和38年12月6日は,旧商法下の設立の事案で,返済までの期間,会社資金としての運用の有無及び返済が会社の資金関係に及ぼす影響を検討すべきとした。
営業資金を実際に確保するという理由は成立後の募集株式にも妥当する。
Aは丙社の全株式を実質的に保有し,Dに指示して丁銀行から9000万円を借り入れさせた。
払込の翌日に,登記申請に必要な手続をすると直ちにAが同額を甲社口座から引き出し,Dが丙社の丁銀行への弁済に充てた。
期間は極めて短く,当該金額が甲社の営業に利用された形跡はない。
しかも調達予定額の9割が失われるため,当初からその分を会社の資金として確保する意思がなかったと認められる。
9000万円分は無効である。
甲社名義の口座に預金が成立したことを重視する有効説も考えられるが,当初から同額を戻す仕組みの下では,会社のために利用できる資金を確保したという実質を欠く。
他方,丙社が自ら調達した1000万円は甲社に残る。
払込金額は1株10万円であり,株式単位で分けられるから,100株分は有効な払込みとし,丙社は期日にその引受けに基づく株主となる(209条1号)。
残る900株については実質的な出資の履行がなく,引受けに基づき株主となる権利を失う(208条5項)。
(2)発行された株式
払込みに瑕疵があっても,発行自体の効力は別に判断する。
最判平成9年1月28日は,旧商法280条ノ13第1項が取締役の共同引受けを擬制していたことを理由に,見せ金による払込みだけでは新株発行の無効原因にならないとした。
同判決は当該事案の公示の欠缺を別個の無効原因とし,原審の結論を維持した。
本問の会社法には旧商法の引受担保責任に当たる仕組みがない。
423条1項による賠償は任務懈怠,損害及び因果関係の証明を要し,丙社への212条1項1号の類推も後述のとおり認め難い。
これらは未履行分を取締役の共同引受けにより埋める旧制度と同等の資本充実を保障しない。
甲社は公開会社であり,取引先の既存株主もいるから,登記や株券を信頼する取引の安全を重視すべきである。
しかし,会社に残った額は予定された1億円の1割にすぎず,それだけで残る9割の瑕疵を許容することは資本充実と既存株主の利益を害する。
真実の払込みがある100株は維持し,残る900株には発行無効原因を認める。
他方,募集事項の決定,割当て,払込みの外形,株券の発行・交付及び登記があるから,発行自体が存在しない場合(829条1号)とは異なる。
発行は,公開会社ではその効力が生じた日から6か月以内に提起された無効の訴えの認容判決が確定して初めて,対世的・将来的に効力を失う(828条1項2号,838条,839条)。
引受けによる権利の失権から,発行が初めから不存在となるわけではない。
2 甲社に対する責任
(1)Aは代表取締役として,会社の資金を確保し,甲社のために適正に管理すべき義務を負う(330条,民法644条,会社法355条)。
Aは,真実の払込資金の確保を要することを知りながら,Dに借入れを指示し,仮装の払込みで発行手続を進めた。
さらに,甲社の口座から,甲社自身の債務の弁済でもなく,甲社に対する相応の反対給付も示されていない9000万円を,支配する丙社の借金の返済に回した。
いずれも任務懈怠に当たる。
損害は,適正に職務を行った場合の甲社の財産状態と比べて判断する。
払込無効の9000万円を当然に本来取得すべき払込債権と計上することはできない。
もっとも,出金により甲社が保有できた預金を丙社のために失ったと認められる部分や,実質のない発行を見送れば免れた支出は賠償の対象となる。
甲社が保持できた預金全額を流出させたと認められるなら,9000万円がこの点の損害となる。
甲社が丙社に対し返還義務を負っていたことが認められる場合は,その消滅による利益も考慮する。
Aはこれらのうち任務懈怠と因果関係のある損害につき423条1項の責任を負う。
(2)Bは取締役会の構成員として,Aの業務執行一般を監視する義務を負う(362条2項2号,330条,民法644条)。
最判昭和48年5月22日の趣旨から,取締役会に上程された事項のほか,必要に応じて取締役会を通じた是正も求められる。
増資は業績が悪化した甲社の重要な資金調達であり,手続をAに委ねても,Bは払込原資や入金後の残高を確認し,異常があればAの説明や取締役会の招集を求めるべきであった。
一方,Bは還流を知らず,出金は翌日である。
適切な監視によって発行・出金を阻止できたか,又は直後に還流を知り回収できたかを検討し,これを怠った結果として甲社に損害が生じた範囲で,Bも423条1項の責任を負う。
同じ損害についてAとBは連帯する(430条)。
(3)丙社は実質的な払込みのない部分について失権する。
通常の引受関係では,当該株式を取得する権利を失う以上,引受けを理由とする払込義務も残らないと解する。
丙社とAは通じていたが,定められた払込価額は丙社に特に有利でなく,著しく不公正な払込金額での引受けを対象とする212条1項1号は直接適用されない。
現物出資不足に関する同項2号及び213条も適用されない。
他方,仮装で真実の資金を供給せずに株式を得た外形が生じ,既存株主に不利益をもたらす点は,取締役と通じた不公正価額での引受けに類似する。
そこで同項1号を類推し,実際に出資されなかった額の填補を求める余地がある。
しかし,本件では実質的な払込みのない900株について発行無効原因を認める。
特に有利とはいえない払込価額を定めた上で履行を欠く事案であり,株式を有効に取得させつつ公正価額との差を填補させる同号とは構造を異にするから,失権の効果を超えて同号を類推適用することはできない。
よって本問の会社法上の責任は負わない。
3 乙銀行に対する責任
(1)429条1項は,取締役が会社に対する任務を悪意又は重大な過失で怠り,それと相当因果関係のある損害を受けた第三者に負う法定責任である(最大判昭和44年11月26日の趣旨)。
Aは,会社のために適正に資金を調達すべき任務に反し,増資資金が実質的には1000万円しか残っていないことを知りながら,1億円が甲社にある旨を表示した計算書類等を提示し,甲社の乙銀行からの借入れを実現した。
乙銀行は甲社の業績低迷を懸念し,甲社が1億円を先に調達することを融資判断で重視した。
増資の報告を受けた後も資料を求め,確認して融資を決定している。
資金の実態を知れば貸し付けなかったと認められる。
競争や未改装は甲社の破綻を招いたが,甲社の資金・信用状態を誤認して実行した融資が回収不能になるという危険は,この説明が生んだものである。
Aは乙銀行に対し1億円の貸付金のうち回収不能額を賠償する。
Bについては,取締役会で借入れに賛成する際,増資資金の留保を裏付ける口座資料等を求め,融資の前提を確認すべきであった。
外形上払込みと登記が整い,還流を知らなかった点はBに有利である。
しかし融資が自己調達額を重要な前提とし,口座資料による確認は容易である。
この状況で裏付けを求めず賛成したと認められるなら,その注意の欠如は重大である。
確認していれば不実の説明を訂正し乙銀行の融資を防げたと認められる限り,同項の責任を負う。
(2)429条2項は,特定の虚偽記載や登記によって第三者を害した場合に,行為をした取締役が無過失を立証しない限り賠償責任を負わせる。
1項の任務懈怠についての悪意・重過失を乙銀行が立証する経路とは別に成立し得る。
いずれについても損害と当該行為との因果関係が必要である。
資料①の現金1億2000万円には増資払込金1億円が含まれているが,作成前に9000万円が還流している。
他の2000万円を同じとすれば現金は3000万円であり,増資金の残額も1000万円である。
この差は乙銀行の融資判断に重要である。
資料①の資本金と資本準備金も各3億5000万円とされており,増資額を半額ずつ組み入れたとすれば,仮装分を含むことによる過大額は各4500万円となる。
この記載による責任は,各表示と融資との因果関係が認められる場合に成立する。
土地建物の5億円も設立時の実価とは異なるが,貸借対照表上の評価時点・基準や不足額請求権とは別に検討を要する。
現金について,Aは実情を知って虚偽の記載をし,これが融資と回収不能を招いたから,同項1号ロの責任を負う。
資料②の発行済株式総数7000株は,無効判決確定前に効力を有する発行に対応するため,900株に無効原因があるだけで直ちに虚偽とはいえない。
これに対し,資本金は実質的な払込財産を基礎とし(445条1~3項),増資金1億円の半額5000万円の増加とした記載は実情を反映しない。
残った1000万円を同じ割合で組み入れたなら増加額は500万円,増資後は3億500万円となる。
Aは申請に必要な手続をしており,この資本金の表示が乙銀行の資金確保の認識を支え,融資に寄与したと認められる限り,同号ハの責任も負う。
同項1号の主体は,名義上の作成者・申請者に限らず,虚偽を含む記載や登記の決定・実施に実質的に関与した取締役を含み得る。
他方,監視を尽くさなかったというだけで虚偽の行為をしたとはいえない。
Bの賛成は乙銀行からの借入れについてのもので,資料①の作成や資料②の変更登記の決定に関与した事実は示されていない。
したがってBについては2項の責任を認めず,1項の責任が成立する場合に,Aと同じ損害について連帯する(430条)。
3 出題の趣旨・採点実感を踏まえた解説
(1) 答案と評価項目の対応
答案の第1は番号1~7,第2の1は番号8~20,第2の2は番号21~26,第2の3は番号27~34に対応する。
番号35は第2の1から3までの前提の引継ぎを見る。
重み5・4と条件付き項目を表に示す。
| 番号 | 重み | 評価項目 | 答案の該当箇所・留保 |
|---|---|---|---|
| 1 | 5 | A・Bの発起人及び設立時取締役としての両地位を会社に対する不足額填補義務に結び付ける。 | 第1・1 「AとBは両方の地位にある。」 |
| 2 | 4 | 成立時の実価1億円を定款の5億円と比較し,著しい不足と4億円の不足額を説明する。 | 第1・1 「4億円の不足額」 |
| 3 | 4 | Aは現物出資者である発起人として52条2項の免責を受けられないと説明する。 | 第1・1 「同項柱書括弧書」 |
| 5 | 4 | Bが無過失の立証により免責され得ることを示し,証明・鑑定への依拠と自らの調査の内容を評価する。 | 第1・1 「Bは無過失を立証できない限り責任を負う」 |
| 6 | 4 | 設立時取締役の証明等に対する調査義務を46条1項2号に求め,53条1項の任務懈怠責任に接続する。 | 第1・2 「証明・鑑定評価の相当性を調査」 |
| 8 | 5 | 借入金による払込み一般と,会社に営業資金を確保する意思・実質のない見せ金を区別する。 | 第2・1(1) 「初めから会社資金とする意思を欠き」 |
| 9 | 4 | 返済までの時間,会社資金としての運用,返済の資金関係への影響を判定要素とする。 | 第2・1(1) 「返済までの期間,会社資金としての運用の有無」 |
| 10 | 4 | Aの丙支配とDへの指示,翌日の還流と9割という割合を用いて借入分の払込みを評価する。 | 第2・1(1) 「調達予定額の9割が失われる」 |
| 12 | 5 | 払込みの効力と発行された株式の効力を段階として分け,採用する効力の組合せを明示する。 | 第2・1(1)(2) 「発行自体の効力は別に判断」 |
| 13 | 4 | 平成9年判決が旧商法の取締役の引受担保責任を根拠に見せ金だけでは新株発行の無効原因としなかったことを示す。 | 第2・1(2) 「共同引受けを擬制していた」 |
| 14 | 4 | 平成22年時点では旧商法の引受担保責任が廃止されており,旧判例の理由をそのまま移せるかを論じる。 | 第2・1(2) 「旧商法の引受担保責任に当たる仕組みがない」 |
| 15 | 4 | 払込無効を採るときは,423条その他の責任による実質的填補が旧制度の代替になり得るかを株式の効力判断に反映する。 | 第2・1(2) 「同等の資本充実を保障しない」 |
| 16 | 4 | 払込無効を採るときは,自己資金1000万円が残る事実を,払込みの範囲と株式発行の効力の両面から評価する。 | 第2・1(1)(2) 「残った額は予定された1億円の1割」 |
| 17 | 4 | 株式の効力判断で,公開会社の流通と取引安全を資本の実質的充実と比較する。 | 第2・1(2) 「登記や株券を信頼する取引の安全」 |
| 18 | 4 | 株式の効力を否定する場合,発行の外形と瑕疵の程度から発行無効の訴えと不存在確認を区別する。 | 第2・1(2) 「発行自体が存在しない場合」 |
| 19 | 3 | 払込無効でも発行を有効とする構成では,発行された株式の帰属先を失権の規定との関係で説明する。 | 不採用の構成 払込無効・発行有効説は採用していない。無効原因を認める構成の確定前の効力とは区別する。 |
| 20 | 4 | 払込有効を採る場合,払込後のAによる丙社への交付を払込みと別個に評価する。 | 不採用の構成 払込有効説は採用していない。第2・2(1)では出金も別個に評価。 |
| 21 | 5 | 採用した効力構成に沿って,Aの見せ金への関与又は丙社への資金交付を423条1項の任務懈怠として評価する。 | 第2・2(1) 「仮装の払込みで発行手続を進めた」 |
| 22 | 4 | Aの任務懈怠による甲社の損害を,採用した払込・株式の効力構成に即して特定する。 | 第2・2(1) 「適正に職務を行った場合の甲社の財産状態」 |
| 23 | 4 | Bについて代表取締役の業務執行一般に対する監視義務の根拠と範囲を示す。 | 第2・2(2) 「Aの業務執行一般を監視する義務」 |
| 24 | 4 | Bの一任と不知を踏まえ,求められた監視の具体的内容と損害防止又は回収の可能性を検討する。 | 第2・2(2) 「発行・出金を阻止できたか」 |
| 25 | 4 | 丙社が実質的な履行を欠く分について208条5項で失権することを払込債務の有無に結び付ける。 | 第2・2(3) 「引受けを理由とする払込義務も残らない」 |
| 26 | 4 | 212条1項1号の直接適用の要件を示し,通謀による実質的な無出資と株主の不利益を比較して類推適用の可否を論じる。 | 第2・2(3) 「既存株主に不利益をもたらす点」 |
| 27 | 5 | 429条1項の悪意・重過失の対象を会社に対する具体的な任務懈怠とし,Aの虚偽を用いた借入れに適用する。 | 第2・3(1) 「会社のために適正に資金を調達すべき任務」 |
| 28 | 4 | Bについて融資前に行うべき監視を特定し,任務懈怠の重大性を具体的事情に即して判断する。 | 第2・3(1) 「増資資金の留保を裏付ける口座資料」 |
| 29 | 4 | 増資の実情・計算書類・登記事項証明書が乙銀行の融資判断に及ぼした影響を示し,回収不能範囲を損害とする。 | 第2・3(1) 「資金の実態を知れば貸し付けなかった」 |
| 30 | 5 | 429条1項の任務懈怠責任と2項の特定行為による責任を独立の要件・立証構造として説明する。 | 第2・3(2) 「乙銀行が立証する経路とは別」 |
| 31 | 4 | 2項の行為をした取締役の範囲を論じ,Bの作成・申請への関与と一般的監視の不作為を区別する。 | 第2・3(2) 「決定・実施に実質的に関与」 |
| 32 | 4 | 429条2項1号ロについて,資料①の現金の表示と実際に残った金額を比較し,重要性と因果関係を評価する。 | 第2・3(2) 「現金は3000万円」 |
| 33 | 4 | 429条2項1号ハについて,資料②の発行済株式総数と資本金を区別し,採用した効力構成に即して虚偽性を判定する。 | 第2・3(2) 「3億500万円となる」 |
(2) 設問1 現物出資と設立任務
出題趣旨は,著しい不足の認定,免責の適否と,設立任務懈怠による責任を求めている。
採点実感は,発起人と設立時取締役の両方の地位を明らかにしていない答案や,検査役を選任しなかったことから責任を導いた答案を挙げている。
答案は,両地位と不足額を示した後,専門家による評価・証明で検査役の申立てを要しないことと,実際の検査役調査を要する免責事由を分けた(番号1~5)。
調査義務違反の検討では,Aの汚染認識とBが調査によって知り得たかを区別した(番号6・7)。
(3) 設問2① 払込みと発行された株式の効力
出題趣旨は,払込みの実質と株式の効力を分け,取引安全,填補手段及び1割の実際の払込みを評価することを求めている。
採点実感が挙げる昭和38年判決は,設立時の払込みについて,返済までの時間,会社での運用,会社の資金関係に及ぼす影響を挙げて審理不尽・理由不備を理由に差し戻した。
答案はこれを成立後の発行にも用い,翌日に9割が還流した点を評価した(番号8~12)。
平成9年判決では旧商法の共同引受け擬制が効力判断の理由だったため,その仕組みがなくなった当時の法状態と,423条等による填補の条件を比較した(番号13~18)。
払込無効・発行有効説を独立に採るなら株式の帰属を,払込有効説ならAによる後続の交付の性質を,それぞれ別に説明することになる(番号19・20)。
(4) 設問2② 甲社に対する責任
出題趣旨と採点実感は,効力について採った構成に沿って,A・Bの任務懈怠と損害を具体的に説明することを求める。
答案は,Aが実質のない払込みで発行を進めたことと,甲社から丙社へ資金を流出させたことを別々に扱う。
会社の損害は,適切に職務を行っていれば甲社に残った財産と比較する(番号21・22)。
Bについては,手続の一任と還流の不知を踏まえ,口座資料等の確認で流出を防ぎ,又は回収できたかを検討する(番号23・24)。
丙社については,失権と通常の払込義務の関係を先に示し,212条1項1号の通謀と株主保護の趣旨から,類推を支持する理由と反対理由を示した(番号25・26)。
(5) 設問2③ 乙銀行に対する責任
採点実感では,429条1項と2項を混同した答案が多かったとされる。
答案は,1項では具体的な職務,悪意・重過失及び因果関係を,2項では虚偽記載・登記への行為関与,無過失の立証及び因果関係を検討した(番号27~31)。
資料①の現金,資本金及び資本準備金と資料②の資本金について,仮装分を反映した表示と実態を比較した。
発行済株式数は,無効判決の確定前の株式発行の効力との関係で評価した(番号32~35)。
(6) 答案の弱点と扱わなかった事項
Bの確認がいつ,どこまで可能であったか,甲社が口座の資金をどこまで保持できたか,乙銀行が登記のどの項目に依拠したかは,与件からは細部を確定できない。
そこで,責任の成否を分ける条件を答案に残した。
不動産の貸借対照表価額は,成立時の実価だけから作成時点の値を断定せず,52条の不足額請求権との関係も区別した。
本問は会社法上の責任を問うため,丙社に対する一般私法上の返還請求等の成否は扱っていない。
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同年度の新司法試験問題(法務省)
2 民事系科目の別の年度の記事
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3 本問の論点に関連する記事
見せ金(仮装払込み)による募集株式の発行
会社法等に関する最高裁判例
第7 出典及び確認状態
1 公式資料
平成22年新司法試験問題(法務省)
民事系科目の問題PDFの1~5頁。
平成22年新司法試験の結果について(法務省)
平成22年新司法試験論文式試験問題出題趣旨の3~4頁の民事系第1問。
平成22年新司法試験の採点実感等に関する意見の9~11頁の商法。
平成22年新司法試験の実施日程等についての試験日程。
2 法令
会社法(平成17年法律第86号・制定時条文)。
本問では試験実施当時の法を用い,試験後の平成26年法律第90号による会社法改正によって設けられた仮装払込みに関する規律を適用していない。
試験日当時の版はe-Gov法令検索で閲覧できないため,上記の制定時の条文と,e-Gov法令検索で閲覧できる最も古い平成29年4月1日施行版とを照らし合わせた。
答案で用いた条項の該当部分は両方の版で同じである。
ただし,209条は平成26年改正で項が加えられたため,答案では改正前の番号(同条1号)で引いている。
3 裁判例
最判昭和38年12月6日(昭和35年(オ)第1154号)・民集17巻12号1633頁。見せ金による払込みの判断。旧商法下の会社設立。
最判平成9年1月28日(平成5年(オ)第317号)・民集51巻1号71頁。旧商法の引受担保責任を前提とした新株発行の効力。
最大判昭和44年11月26日(昭和39年(オ)第1175号)・民集23巻11号2150頁。取締役の第三者責任。法廷意見1~2頁の関係箇所。
最判昭和48年5月22日(昭和46年(オ)第673号)・民集27巻5号655頁。取締役による代表取締役の業務執行の監視義務。
4 確認状態
令和8年11月6日,法務省の問題・出題趣旨・採点実感の上記範囲と,挙げた判決の理由を確認した。
見せ金の払込みと株式の効力に関しては,複数の構成があり,本文の結論は本稿が採った一つの構成である。
評価項目と重み,及び判例を本件へ適用する際の評価は本稿の分析である。