第1 結論
外国で裁判を受けた人について,日本の法令は次のように定めている。
①外国で確定裁判を受けた者であっても,同一の行為について日本で更に処罰することは妨げられない(刑法5条本文)。
②犯人が外国で言い渡された刑の全部又は一部の執行を既に受けたときは,日本での刑の執行を減軽し,又は免除する(同条ただし書)。
③引渡しを求められた犯罪に係る事件が日本の裁判所に係属し,又は日本の裁判所で確定判決を経たときは,その人を外国に引き渡してはならない(逃亡犯罪人引渡法2条7号)。
④逃亡犯罪人が日本国民であるときも,引き渡してはならない(同条9号。ただし,引渡条約に別段の定めがあるときを除く。)。
国際法の面では,自由権規約14条7項が定める一事不再理は,二以上の国の裁判権の間には及ばないというのが,自由権規約委員会の立場である。
第2 刑法5条
1 条文
刑法5条は,「外国において確定裁判を受けた者であっても、同一の行為について更に処罰することを妨げない。ただし、犯人が既に外国において言い渡された刑の全部又は一部の執行を受けたときは、刑の執行を減軽し、又は免除する。」と定める。
本文は,外国の確定裁判の内容が有罪か無罪かを区別していない。
ただし書が減軽又は免除の対象とするのは,日本での「刑の執行」である。
後で述べる東京地裁平成19年10月25日判決は,ただし書は刑の執行についての必要的減免を定めたものであるとしている。
2 日本の刑法が国外の行為に適用される場合
刑法5条が問題になるのは,日本の刑法が適用される行為について,外国でも裁判が行われた場合である。
刑法は,日本国内で罪を犯したすべての者に適用され,日本国外にある日本船舶又は日本航空機内で罪を犯した者も同様である(刑法1条)。
日本国外で犯した罪については,内乱,通貨偽造,公文書偽造・偽造公文書行使等の罪を犯したすべての者(同法2条),放火,殺人,傷害,窃盗,強盗,詐欺等の罪を犯した日本国民(同法3条),日本国民に対して殺人,傷害,強盗等の罪を犯した日本国民以外の者(同法3条の2),一定の罪を犯した日本国の公務員(同法4条)及び条約により国外で犯したときであっても罰すべきものとされている罪を犯したすべての者(同法4条の2)に適用される。
第3 「同一の行為」の範囲―東京地裁平成19年10月25日判決
1 事案
東京地方裁判所は,平成19年10月25日,被告人が昭和63年に米国で,警ら中の州警察官に対し,東京都公安委員会作成名義の偽造の国際運転免許証を提示して行使したとして,被告人を懲役2年(執行猶予4年)に処した(東京地裁平成19年10月25日判決(平成19年(合わ)第199号,判例秘書の判例番号 L06234875))。
裁判長は角田正紀裁判官である。
判決は,被告人の行為が平成7年改正前の刑法158条1項・155条1項(偽造有印公文書行使)に当たるとした。
現行の刑法2条5号は,偽造公文書行使等の罪(刑法158条)を,日本国外で犯したすべての者に刑法が適用される罪に掲げている。
2 弁護人の主張
弁護人は,刑法5条にいう「同一の行為」には訴因だけでなく量刑事実も含まれると解すべきであり,本件の公訴事実は米国での裁判の量刑事実となっていたから「同一の行為」に当たると主張した。
その上で,被告人は米国で21年10か月の拘禁刑の執行を受けたから,同条ただし書により刑の執行を免除又は減軽すべきだと主張した。
3 判断
判決は,刑法5条は,外国で確定判決を受けた者であっても同一の行為について更に処罰できることを前提として,外国で刑の執行を受けたことを考慮して日本での刑の執行を免除又は減軽する旨を定めたものであるとした。
そして,同条ただし書が刑の執行についての必要的減免を定めていることなどから,対象となる「同一の行為」の範囲は明確でなければならず,法制度の異なる外国判決における量刑事情を取り込む契機もないとして,「同一の行為」に量刑事実を含ませて解釈することはできないとした。
その上で,被告人に対する米国での確定裁判の訴因には本件の公訴事実が含まれていないから,刑法5条の適用の可否を論じる余地はないとして,弁護人の主張を採用しなかった。
4 量刑での扱い
判決は,量刑の理由の中で,被告人が本件の背景ないし目的とした別の訴因により約19年間にわたって外国で拘禁生活を送ったことを,被告人に有利に斟酌すべき事情の一つに挙げた(判決が認めた期間であり,弁護人の主張する期間とは異なる。)。
他方で,本件の公訴事実が米国での裁判で実質上処罰されているという弁護人の主張については,これに沿う証拠はなく,仮に米国での量刑決定に当たり一事情として考慮されていたとしても,本件の裁判で取り上げるべき有意的な事情とはいえないとした。
なお,判決は,国際捜査共助の要請に基づいて米国で作成された警察官の宣誓供述書を,刑事訴訟法321条1項3号により証拠として採用している。
第4 逃亡犯罪人引渡法2条7号と引渡条約
1 日本の裁判所に係属し,又は確定判決を経た事件
逃亡犯罪人引渡法2条は,引渡しをしてはならない場合を列挙する。
同条7号は,「引渡犯罪に係る事件が日本国の裁判所に係属するとき、又はその事件について日本国の裁判所において確定判決を経たとき。」を掲げる。
同条9号は,「逃亡犯罪人が日本国民であるとき。」を掲げる。
同条ただし書は,「第三号、第四号、第八号又は第九号に該当する場合において、引渡条約に別段の定めがあるときは、この限りでない。」と定めており,7号はこれに含まれていない。
同条7号が対象とするのは,日本の裁判所に係属し,又は日本の裁判所で確定判決を経た事件である。
第三国の裁判所で確定判決を受けた事件は,同号の文言には含まれていない。
2 日米犯罪人引渡条約
日本国とアメリカ合衆国との間の犯罪人引渡しに関する条約は,1978年3月3日に東京で署名され,1980年3月26日に効力を生じた(国連条約集1203巻)。
同条約4条1(2)は,引渡しを求められた者が,引渡しを求められた犯罪について,被請求国によって訴追され,又は審判を受けて有罪若しくは無罪とされたときは,引渡しを行わないと定める(英語正文による)。
同条2項は,引渡しを求められた者が,その犯罪について第三国で審判を受けて無罪とされ,又は第三国で刑の執行を受けたときは,被請求国は引渡しを拒否することができると定める。
また,同条約5条は,被請求国は自国民を引き渡す義務を負わないが,その裁量により引き渡す権限を有すると定める。
犯罪人引渡しの国際法の全体像は犯罪人引渡しの国際法|条約がある場合・ない場合と政治犯罪の例外(AI作成)で,日本で引渡しを求められた場合の手続は外国から犯罪人引渡しを求められた場合の弁護実務(AI作成)で説明している。
第5 自由権規約14条7項の射程
1 規約の規定と一般的意見32号
市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)14条7項は,それぞれの国の法律及び刑事手続に従って既に確定的に有罪又は無罪の判決を受けた犯罪について,再び裁判され又は処罰されないと定める(一般的意見32号54段落の引用による)。
自由権規約委員会の一般的意見32号(2007年)は,同項は一事不再理の原則を具体化したものであるとする(54段落)。
その上で,同項の保障は,二以上の国の国内裁判権の間の一事不再理を保障するものではないとし,ただし,この理解は,各国が国際条約によって同一の犯罪についての再度の裁判を防ごうとする努力を損なうものであってはならないとしている(57段落)。
2 A.P.対イタリア事件
自由権規約委員会は,1987年11月2日,スイスで有罪判決を受けて刑に服した後にイタリアでも有罪とされた者が,同一の犯罪について再び処罰されたとして14条7項違反を主張した通報について,規約に適合しないとして受理しない決定をした(A.P. v. Italy,通報第204/1986号)。
通報者は,1979年にスイスのルガーノの刑事裁判所で,イタリアでの誘拐事件の身代金である紙幣の両替の共謀に加担した罪により2年の拘禁刑を言い渡されて服役し,その後,イタリアでも有罪とされたと述べていた(同決定2.1項,2.2項)。
委員会は,14条7項は,ある国で裁かれた犯罪についてだけ二重の危険を禁止するものであるとした(同決定7.3項)。
第6 関連記事
国際公法の論点は,司法試験の国際公法―令和元年~令和8年の過去問・答案と論点別ガイド(AI作成)にまとめている。
第7 出典
刑法(e-Gov法令検索)
逃亡犯罪人引渡法(e-Gov法令検索)
東京地裁平成19年10月25日判決(平成19年(合わ)第199号,判例秘書の判例番号 L06234875)
Treaty on Extradition between the United States of America and Japan(国連条約集1203巻)
Human Rights Committee, General Comment No. 32, CCPR/C/GC/32(2007年)
A.P. v. Italy, Communication No. 204/1986(自由権規約委員会年次報告書A/43/40,附属書Ⅷ A)