第1 この記事の対象と結論
平成18年新司法試験の刑事系科目第1問(刑法)では,会社の独身寮の前と近くの公園で同僚の丙・丁とけんかになった甲と,仲裁に来た上司の乙について,捜査の経過と各供述要旨を基に甲乙の罪責が問われた。
出題の趣旨によれば,問題点を的確に抽出した上で具体的な事実を示して論じること,及び問題点相互の論理的な関係を把握して整合性のある論述をすることが求められており,前者の例として甲が丁をバットで殴打した行為の正当防衛・過剰防衛の成否が,後者の例として甲乙間に共謀を認めた場合の丙の死亡の帰責が挙げられている。
この記事は,法務省の出題の趣旨と,考査委員が採点実感等を述べた刑事系科目のヒアリングの概要を基に9の評価項目を設け,そのうち2項目を重み5とした。
評価項目と重みは本記事独自の整理であり,法務省の採点基準や配点を示すものではない。
| 事項 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 平成18年新司法試験論文式試験・刑事系科目第1問(刑法) |
| 問題文 | 論文式試験問題集[刑事系科目](PDF2~5頁の第1問) |
| 試験日・答案の基準 | 平成18年5月23日(刑事系科目の論文式試験)。答案は試験当時の法令による。 |
| 出題の趣旨 | 平成18年新司法試験論文式試験問題出題趣旨(PDF4~5頁の刑事系科目〔第1問〕) |
| 採点実感 | 新司法試験考査委員(刑事系科目)に対するヒアリングの概要(PDF1~3頁及び6~7頁の刑法に関する発言) |
| 主な事項 | 侵害の予期と積極的加害意思による急迫性の否定,過剰防衛,黙示の共謀とその範囲,切付けの実行者が特定できない場合の死亡の帰責,同時傷害の特例(刑法207条),殺意の認定,罪数 |
| 評価項目 | 9項目。重み5は2項目,重みの合計は35。 |
| 主な裁判例 | 侵害の急迫性と防衛の意思について,最高裁昭和52年7月21日第一小法廷決定及び最高裁昭和46年11月16日第三小法廷判決。傷害致死罪と刑法207条について,最高裁昭和26年9月20日第一小法廷判決。共同正犯者ごとの過剰防衛の判断について,最高裁平成4年6月5日第二小法廷決定。 |
| 答案の分量 | 4335字(空白及び改行を除き,見出しを含む。) |
| 法令の基準 | 試験当時の刑法による。 |
| 資料の確認日 | 令和8年11月7日 |
本稿の答案は,寮前で丁をバットで殴った甲について,丙らの攻撃の機会を利用して積極的に加害する意思で臨んだものとして侵害の急迫性を否定し,正当防衛も過剰防衛も認めない。
公園で追い付いた丙を甲が最初に切り付けた行為は,新たな急迫不正の侵害に対する防衛行為ではあるが,防衛に相当な程度を超えたとして過剰防衛と評価する。
その後の乙の切付けは甲乙の黙示の共謀の範囲内にあるとし,甲は自己の切付けか共謀による乙の切付けのいずれかによって丙を死亡させたとして刑法207条を経ずに傷害致死の責任を負い,乙は同条により傷害致死の責任を負うと論じる。
重み5の2項目は,寮前での甲の積極的加害意思と侵害の急迫性(番号5)と,切付けの実行者が特定できない場合の甲への死亡結果の帰責(番号8)である。
第3に事実関係と設問の要求,第4に評価項目と重み,第5に答案と解説,第7に出典を置く。
第2 評価項目の示し方と重み付けの基準
1 評価項目の示し方
評価項目は,出題の趣旨と採点実感の指摘を,答案の記載から判定できる単位に言い換えた本記事独自の基準である。
表の番号は記事全体で通している。
出題の趣旨・採点実感の欄は,法務省が公表したPDFの頁と,関連する記載の要旨である。
平成18年の刑事系科目では,採点実感等は司法試験委員会第29回(平成18年9月20日)の考査委員に対するヒアリングの概要として公表されているので,採点実感欄はその刑法に関する発言の頁と要旨を示す。
一方の資料に対応する記載がない場合は「記載なし」,一般的な指摘から導く場合は「間接」と表示する。
採用する構成によって評価する項目が異なる場合は,【適用条件】を付けた。
2 5段階の重み付けの基準
| 重み | 判断基準 |
|---|---|
| 5 | その設問の判断を大きく分ける核心 |
| 4 | 結論を理由付きで支える主要な論証・当てはめ |
| 3 | 通常押さえる法的処理・事情の評価 |
| 2 | 論証を補強する説明・個別事情・誤りの注意 |
| 1 | 補充的な引用・記述範囲の確認 |
重みとその合計は本記事独自の整理であり,法務省の配点,採点基準又は得点の目安を示すものではない。
条件付きの項目も重みの分布と合計に含める。
第3 本問の概要
1 問題文と事実関係
甲は,同じ会社の独身寮に住む同僚の丙と日頃から仲が悪く,丙の親友である丁ともほとんど口をきかない間柄であった。
平成18年2月6日の配送課の懇親会で,甲は丙に顔面を殴られて畳の上に押さえ付けられ,配送課長の乙の仲裁で先に帰宅した。
午後9時前ごろ,寮の前の路上で丙と丁が談笑する声を聞いた甲は,自室のベランダから謝罪を求めて怒鳴り,丙らから下に降りて来いと言い返された。
甲は,降りて行けばけんかになると思いながら,丙らが凶器を持っている様子はないものの体力的に勝り複数いることから,木製バットとカッターナイフを持って路上に出た。
丙と胸ぐらをつかみ合い,丙に羽交い締めにされて丁に顔面を殴られた甲は,丙の腕を振り払い,丁の肩付近を目掛けてバットを振り,丁の左腕に加療約2週間を要する打撲を負わせた。
乙の仲裁で甲と丙はいったん手を離したが,寮に向かう途中,丙が甲の置いたバットで甲に殴り掛かり,逃げた甲を約50メートル追い掛けて,中央公園東側の路上で背後から甲の肩をつかんだ。
甲は振り向いて丙の肩付近を目掛けてカッターナイフで1回切り付け,丙の動きが止まった。
その後,乙が丙の胸ぐらを両手でつかみ,甲が丙の顔面を殴り,丙の罵声に頭に血が上った乙が,甲の持っていたカッターナイフを手に取って丙の肩付近を目掛けて1回切り付けた。
丙には左頸部と左上腕部の切創があり,死因は頸動脈損傷による失血死であったが,各切創が甲乙いずれの切付けによって生じたかは特定できず,二つの切創は1回の切付けでは生じ得ないものであった。
2 設問が求めること
| 設問 | 立場・対象 | 指定・除外 | 到達点 |
|---|---|---|---|
| 第1問 | 甲及び乙の罪責 | 具体的な事実を示して論じる。各供述要旨の内容は信用できるものとし,特別法違反の点を除く。 | 実行行為,故意,違法性,共謀及び丙の死亡の帰属を検討し,各人の罪責と罪数を示す。 |
第4 評価項目と重み
1 寮前の殴打と防衛
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 丁の左腕の打撲を甲のバット殴打の結果として傷害の構成要件に当てはめる。 | 3 | 間接(PDF5頁。甲が丁の左腕をバットで殴打した行為についての正当防衛ないし過剰防衛の成否) | 記載なし |
| 2 | 甲が室内にとどまれば侵害がなく,降りればけんかになるとの認識を,あえて対面した意思の評価に使う。 | 4 | PDF5頁。自分が降りて行かない限り丙及び丁が押し掛けて来ることはなく,降りて行けばけんかになると思いながら,あえて降りて行ったこと | 間接(PDF1頁。事実に触れた程度にとどまり,事実の持つ意味を吟味して論じていない答案が相当数あったこと) |
| 3 | 丙と丁が武器を持つ様子がなかったことと,甲が体格・人数の不利を踏まえバットと刃物を携えたことを対比して,甲の意思を評価する。 | 4 | PDF5頁。丙及び丁が凶器になるような物を持っている様子はないと認識しながら,素手では負けると考えてバット及びカッターナイフを持ち出したこと | 間接(PDF1頁。事実に触れた程度にとどまり,事実の持つ意味を吟味して論じていない答案が相当数あったこと) |
| 4 | 従前の甲と丙の不仲及び丁との関係に,当日の懇親会での顔面殴打を重ね,甲が抱いた憤りを具体的に評価する。 | 4 | PDF5頁。丙と不仲で,丁ともほとんど口をきかない間柄であった上,事件直前にも丙に顔面を殴られるなどして強い憤りを覚えていたこと | 間接(PDF1頁。事実に触れた程度にとどまり,事実の持つ意味を吟味して論じていない答案が相当数あったこと) |
| 5 | 甲の積極的加害意思の有無を認定し,急迫性の評価と正当防衛・過剰防衛の成否につなげる。 | 5 | PDF5頁。具体的事実を示した上で,甲が丙及び丁に対してどのような意思をもって対応したかを論じること | 間接(PDF1頁。要件の形式的・抽象的な当てはめにとどまり,規範が適用されるべき事実の意味付けが十分でない答案が多かったこと) |
2 公園の共謀と死亡結果
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 6 | 公園の後行暴行について甲乙の意思連絡を検討し,共謀を認めるときは乙の切付けを含む共同実行の範囲を示す。 | 4 | PDF5頁。甲乙間に丙に対する暴行についての共謀の成立を認める場合(問題点相互の論理的な関係の例) | 間接(PDF1~2頁。問題相互間の論理的な関係を把握せず,問題点ごとに結論を述べるにとどまる答案) |
| 7 | 二つの切創と失血死の経過から,甲・乙のいずれかの切付けが死亡原因であり,個別の実行者は不明であると整理する。 | 3 | PDF5頁。丙の死亡が甲乙いずれのカッターナイフによる切り付け行為によって生じたか不明である場合 | 記載なし |
| 8 | 切付けの実行者を特定しなくても,甲が自己の切付けか共謀による乙の切付けのいずれかによって丙を死亡させたとして,刑法207条を経由せずに甲に死亡結果を帰責する。【適用条件】甲の先行切付けが違法であり,乙の後行切付けも共謀の範囲内として甲に帰属するとき | 5 | PDF5頁。共謀を認めた場合,甲は自己の行為か乙の行為のいずれかによって丙を死亡させたといえるから,刑法207条の適用を検討するまでもなく丙の死亡について責任を負うことを明確に論じる必要があること | 間接(PDF1~2頁。問題相互間の論理的な関係を把握せず,問題点ごとに結論を述べるにとどまる答案) |
3 公園の切付けの故意
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 9 | 肩付近を狙った切付けについて,刃物の危険性と各人の狙い・回数・経過を踏まえ,死亡結果に対する故意を個別に判断する。 | 3 | 間接(PDF5頁。罪責の検討に必要な問題点を的確に抽出し,具体的な事実を示して論じること) | PDF2頁。殺意の認定についての論述などに一定の成果が答案上もうかがわれたこと |
4 重みの分布
9項目の内訳は,重み5が2項目,重み4が4項目,重み3が3項目,重み2が0項目,重み1が0項目であり,重みの合計は35点である。
表の区分ごとには,寮前の殴打と防衛が5項目・20点,公園の共謀と死亡結果が3項目・12点,公園の切付けの故意が1項目・3点である。
問題文の配点は第1問全体で100点であり,区分ごとの配点は示されていない。
重み5の2項目は,次のとおりである。
①番号5は,寮前での甲の積極的加害意思の有無を認定し,侵害の急迫性と正当防衛・過剰防衛の成否を分けるものである。
②番号8は,切付けの実行者が特定できなくても,共謀を介して甲に丙の死亡を帰責できるかを決め,甲について刑法207条の検討が必要かを分けるものである。
出題の趣旨が具体的事実として挙げた甲の認識・武器の携行・従前の関係の評価は重み4に,構成要件への当てはめ,死因の整理及び殺意の認定は重み3に整理した。
第5 模範解答
1 答案の前提と表記
答案は,平成18年5月23日の試験当時の刑法を前提とし,条文は刑法を指す。
設問の指示に従い,各供述要旨の内容は信用できるものとする。
甲の公園での最初の切付けについては過剰防衛を,乙の後行の切付けについては甲乙の共同暴行の範囲内との評価を採る。
結論を変える別の構成は,答案の第4の2で条件を付けて示す。
2 答案
第1 寮前での甲の行為
1 甲は,丁の肩付近を目掛けて木製バットを思い切り振り,丁の左腕に当てて加療約2週間を要する打撲を負わせた。
甲には少なくとも暴行の故意があり,傷害罪(刑法204条)の構成要件に該当する。
2 正当防衛・過剰防衛
(1) 甲は丙に背後から羽交い締めにされ,丁に顔面を殴られた。
丙の腕を振り払った直後にも丁は至近におり,両名が攻撃を終えたと分かる事情はなかったから,現実の身体侵害はなお切迫していた。
しかし,侵害を予期していたことだけでは急迫性を失わない一方,その機会を利用して積極的に相手を害する意思で臨んだときは,刑法36条1項にいう急迫性を欠く。
甲は,丙らが自室まで来ないと考えており,降りなければ身体の安全を保てた。
丙らが甲より強く複数であることからバット等を携えたという事情は,防御のための用意とも解し得る。
他方,甲は日頃から丙と不仲で,かつて丙に組み伏せられたことがあり,丙の親友である丁ともほとんど口をきかなかった。
当日も懇親会で丙に顔面を殴られ,身体を押さえ付けられている。
懇親会での争いは乙の仲裁と甲の帰宅で終わったが,丙らの談笑を聞いてその憤りが再燃し,甲は自ら謝罪を求めて怒鳴った。
丙らの態度に憤激し,降りれば確実にけんかになると思いながら,武器を持たない様子の両名に対し,バットとカッターナイフを携えて自ら対面した。
現に丁の加勢に腹を立て,丙の腕を振り払うと直ちに丁の肩を狙ってバットを全力で振った。
これらを合わせると,甲は丙らの攻撃に乗じて反撃する積極的加害意思で臨んだと評価できる。
したがって急迫性を欠き,正当防衛も過剰防衛(同条2項)も成立しない。
(2) 仮に急迫性を認める場合は,二人からの攻撃が続く危険から反撃する意思があれば,怒りが併存しても防衛の意思は認め得る。
ただし,羽交い締めを脱した直後,長さ約85センチメートル,重さ約800グラムの木製バットを,素手の丁の肩付近へ全力で振ったことには重大な傷害の危険があり,必要な限度を超えたと評価できる。
3 甲が丙の胸ぐらをつかみ返した各行為も,同じ寮前の攻防の中で丙に有形力を行使したものである。
上記の積極的加害意思の下での一連の暴行と認められ,丙の傷害は生じていないので,まとめて暴行罪(208条)が成立する。
丁への傷害とは被害者と実行行為が異なる。
第2 仲裁後の甲の切付け
1 乙の仲裁で甲は丙から手を離し,バットを置いた。
丙も手を離し,丁は先に寮へ帰った。
甲は丙も話合いに応じたと考え,乙を先頭に寮へ向かった。
したがって寮前の攻防はいったん終了した。
丙が新たにバットを拾って甲の頭部付近を狙い,とっさに避けた甲の左腕にバットが当たって軽い打撲を負わせた行為は,従前の攻防の単なる継続ではない。
甲は逃げ,丙はバットを捨てても約50メートル追跡し,背後から甲の肩をつかんだ。
この時点でも身体への急迫不正の侵害が認められる。
甲が当初ナイフを携行した事情も,これを途中で思い出したことや,武器を使うより先に逃走を続けたことから,新たな侵害の機会を求めたことを示さない。
2 甲は,丙にこのままやられると考えて振り向きざまに切り付けた。
執拗な追撃への腹立たしさもあったが,身体への攻撃を止める意思もあり,防衛の意思を認める。
防衛手段の相当性は,結果の重大さだけでなく,行為時の侵害の危険と,採られた手段の必要性・危険性から判断する。
丙は大柄で柔道経験があり,現に甲に追い付き背後から肩をつかんだ。
甲は肩付近を狙って一回だけ切り付け,丙が止まると切付けを続けなかった。
警察官が路上で発見した時の刃の突出は約3センチメートルであり,切付け時の突出長は明らかでない。
このことから相当な反撃と評価する余地はある。
他方,切付け時には丙はバットを手放しており,その時点での攻撃は素手による肩の把持だった。
刃を出して至近距離から肩付近へ切り付ければ,動く相手の頸部にも及び得る。
身体を解放するため直ちに抵抗する必要はあったが,武器を失った丙にこのような危険のある切付けをすることは,防衛に相当な程度を超える。
本答案では過剰防衛と解する。
その行為について犯罪が成立する場合,情状による刑の減軽又は免除が問題となる。
3 甲の切付けと乙の後行切付けには,いずれも少なくとも暴行の故意がある。
鋭利な刃を至近距離で用いることは危険である。
甲については追撃を止めようとし,振り向きざまに肩付近を狙って一度切り付け,丙の動きが止まると更に切り付けなかった。
乙については丙の罵声に激高して刃物を取ったが,狙ったのは肩付近で,切付けは一度である。
両者が実際の着刃部位を知らなかったことも踏まえると,いずれにも死亡結果の認容までは認め難い。
頸部と上腕部の二つの切創は一回の切付けでは生じ得ず,他に切付けは示されていない。
したがって,各人が一つずつ傷害を生じさせたと認められる。
頸部切創に伴う頸動脈損傷から失血死に至ったことは明らかだが,どちらが頸部切創を生じさせたかは不明である。
第3 公園での後行の加害
1 甲の切付けにより丙の動きはいったん止まった。
その後,乙は上司としての自分の言葉を丙が聞かなかったことに立腹し,言い返されて丙の胸ぐらをつかんだ。
甲も乙が加勢したと受け止めて丙の顔面を殴り,丙の罵声に憤激した乙は,甲が持つ同じカッターナイフを手に取り,丙の肩付近を切り付けた。
丙のにらみ返しや罵声から直ちに新たな身体攻撃が切迫したとはいえず,後のもみ合いもそれ以前の攻撃を正当化しない。
甲の先行切付けの際の防衛意思も,乙の当初の仲裁目的も,この段階には及ばない。
正当防衛も過剰防衛も成立しない。
2 共同正犯(60条)の意思連絡は黙示にも成立し,互いの行為を利用して自己の犯罪を実行したと評価できることを要する。
乙は甲が丙に立腹することをもっともと考え,丙の胸ぐらを両手でつかんだ。
乙が丙の胸ぐらを両手でつかんでいる間に,加勢と受け止めた甲が丙を殴り,乙は甲の加害を見た上で更に攻撃を続けた。
少なくとも殴打の時点までに,両名が協力して丙に暴行する黙示の意思連絡が成立した。
乙が刃物を自ら取った事実は,一方的な手段の拡張を疑わせる。
しかし,乙は直前に甲が同じ刃物で丙を切り付けるのを目撃しており,甲もその刃物を出したまま丙に向き合っていた。
乙は甲に声を掛けてその場で刃物を取り,同じ丙に対する攻撃を間を置かず続けた。
甲も切付けの後なお乙と共に丙ともみ合っている。
こうした相互利用の経過から,共同加害の目的と手段に照らして,乙の切付けも共同遂行の範囲に含まれる。
つかみ,殴打,切付けを一連の共同暴行とし,乙の切付けによる傷害を両名に帰責する。
他方,乙は当初仲裁者として行動し,丙の追跡後も甲の最初の切付けより前に協力した事情はない。
事後の共謀は,既に終わった甲の先行切付けや,それによって既に生じた切創の原因にはならない。
後に死亡したというだけで,先行切創を乙の共同実行に取り込むことはできない。
第4 死亡結果の帰属と最終罪責
1 甲の死亡結果についての責任
甲の切付けが頸部切創を生じさせた場合,甲は自らの違法な傷害行為によって丙を死亡させたことになる。
乙の切付けが頸部切創を生じさせた場合にも,その切付けは前記の共謀の範囲内にあり,甲は共同正犯としてその行為と結果につき責任を負う。
いずれの切付けが致命傷を生じさせたとしても,甲の責任範囲にある違法な傷害行為により丙が死亡したといえる。
したがって,甲は207条を経由せず,205条により傷害致死の責任を負う。
甲の先行切付けには36条2項による任意の減免の余地があるが,後行の報復的な共同暴行は過剰防衛には当たらない。
先行行為についての減免事情を後行行為に及ぼすことも,死亡原因が後行切付けだと甲に不利に決め付けることもできない。
2 乙の死亡結果についての責任
乙の切付けが致命傷を生じさせたと証明できれば,乙は自らの行為について205条の責任を負う。
しかし,甲の先行切付けが致命傷であれば,乙は通常の共同正犯としてはその責任を負わない。
そこで,死亡原因である傷害を乙に帰属させるために207条が適用されるかが問題となる。
同条の例外的な効果は,別々の暴行者の行為が外形上の共同実行に等しい同一の機会に行われ,各暴行に当該傷害を生じさせる危険があるのに,どの暴行による傷害か識別できない場合に認められると解する。
傷害致死についても,致命傷について同条に基づいて法的責任を負わせ,その傷害から死亡に至る因果関係を別に認定できる。
実際の加害者が分かれば通常の因果関係により判断する。
甲乙の切付けは,同じ路上で同じ丙に対し,同じカッターナイフで,短い応酬を挟んで続けられた。
最初の侵害が止まり,甲の防衛と後の報復とで目的が異なる点は,機会を分ける方向の事情である。
しかし,その間に場所の移動や当事者の離脱はなく,甲が刃物を持ったまま丙に向き合う場で乙が介入して,同じ被害者への加害が続いた。
そこで本件では同一の機会と評価する。
両者とも肩付近を狙い,身体が動く至近距離ではいずれの切付けでも頸部の切創を生じさせ得る。
先行切付けは過剰防衛にとどまり違法であるから,同条によって致命傷を乙に帰属させる。
その傷害により丙が失血死したため,乙に傷害致死罪が成立する。
甲の防衛に由来する減免事情は乙に及ばない。
仮に侵害の停止と報復の開始を重視して両切付けを別の機会と評価すれば,乙について207条を適用できない。
乙の切付けがいずれかの切創を生じさせたことは明らかであり,この場合も後行の傷害罪は成立する。
甲の先行切付けを正当防衛とする別構成では,先行行為を甲の違法な加害行為として死亡原因に数えることはできない。
また,乙について,違法な共同加害に準じる例外である207条の適用には,甲の適法な防衛行為を加害行為として数えないと解する限り,死亡結果を帰属させられない。
この構成でも後行の共同傷害が残る。
3 罪数
甲について,丁への傷害と寮前での丙への暴行は別の被害者に対する別の実行行為であり,いったん終わった寮前の攻防と公園の加害も別個である。
本件の主位の構成では,甲には丁に対する傷害罪,寮前での丙に対する暴行罪及び公園での丙に対する傷害致死罪が成立し,併合罪(45条前段)となる。
公園でのつかみ,殴打及び切付けは,同じ場所で短時間のうちに同じ丙に対して続けられた加害として,罪数上は上記の傷害・死亡の評価に含める。
違法性を時点ごとに判断することと,この罪数上の評価とは両立する。
乙には丙に対する傷害致死罪が成立する。
以上
3 出題の趣旨・採点実感を踏まえた解説
(1) 答案と評価項目の対応
答案の第1は寮前の殴打と暴行,第2は公園での甲の最初の切付けと各人の故意及び切創,第3は公園での後行の加害と甲乙の共謀,第4は死亡結果の帰属と罪数を扱う。
重み3の項目のうち,番号1は第1の1,番号7と番号9は第2の3に対応する。
| 番号 | 重み | 評価項目 | 答案の該当箇所・留保 |
|---|---|---|---|
| 2 | 4 | 甲が室内にとどまれば侵害がなく,降りればけんかになるとの認識を,あえて対面した意思の評価に使う。 | 第1の2(1)第2段落 |
| 3 | 4 | 丙と丁が武器を持つ様子がなかったことと,甲が体格・人数の不利を踏まえバットと刃物を携えたことを対比して,甲の意思を評価する。 | 第1の2(1)第2段落 |
| 4 | 4 | 従前の甲と丙の不仲及び丁との関係に,当日の懇親会での顔面殴打を重ね,甲が抱いた憤りを具体的に評価する。 | 第1の2(1)第2段落 |
| 5 | 5 | 甲の積極的加害意思の有無を認定し,急迫性の評価と正当防衛・過剰防衛の成否につなげる。 | 第1の2(1)。急迫性を認める場合の過剰防衛は第1の2(2) |
| 6 | 4 | 公園の後行暴行について甲乙の意思連絡を検討し,共謀を認めるときは乙の切付けを含む共同実行の範囲を示す。 | 第3の2 |
| 8 | 5 | 切付けの実行者を特定しなくても,甲が自己の切付けか共謀による乙の切付けのいずれかによって丙を死亡させたとして,刑法207条を経由せずに甲に死亡結果を帰責する。【適用条件】甲の先行切付けが違法であり,乙の後行切付けも共謀の範囲内として甲に帰属するとき | 第4の1。甲の先行切付けを過剰防衛とし,乙の切付けを共謀の範囲内とする構成による |
(2) 寮前の殴打と防衛
出題の趣旨は,甲が丁の左腕をバットで殴打した行為について正当防衛ないし過剰防衛の成否を論じる際には,甲が降りて行かなければ丙らが押し掛けて来ることはなく,降りて行けばけんかになると思いながらあえて降りて行ったこと,丙らが凶器を持つ様子がないと認識しながらバット及びカッターナイフを持ち出したこと,丙・丁との従前の関係と事件直前の殴打による憤りといった具体的事実を示した上で,甲がどのような意思をもって対応したかを論じる必要があるとしている(PDF5頁)。
答案の第1は,丁が現に甲を殴ったことによる侵害の切迫と,甲がその機会を利用して積極的に加害する意思で臨んだことを分けて評価した(番号1~5)。
第7の3①の最高裁昭和52年決定は,侵害が予期されただけでは急迫性は失われないが,その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは急迫性が失われるとしており,答案はこの枠組みによった。
採点実感は,具体的な事実に一応言及してはいるものの,事実に触れたという程度にとどまり,事実の持つ意味を吟味して論じるまでに至っていない答案が相当数あったとしている(PDF1頁)。
刑法担当の考査委員は,問題文に「具体的事実を示して」とあえて書き込んだのは,前期修習がなくなり合格者が直ちに実務修習に入ることを踏まえ,具体的な事実に対する法適用能力を合格に必要な水準として求めたためであると説明している(PDF6頁)。
答案は,体格・人数の差を理由とする武器の携行を防御の備えとも読める事情として挙げた上で,積極的加害意思を認定する方向の事情と比較した。
(3) 公園の共謀と死亡結果
出題の趣旨は,問題点相互の論理的な関係を意識した整合性のある論述の例として,甲乙間に丙に対する暴行についての共謀の成立を認めた場合には,丙の死亡が甲乙いずれの切付けによって生じたか不明であっても,甲については,自己の行為か乙との共謀による乙の行為のいずれかによって丙を死亡させたといえるから,刑法207条の適用について検討するまでもなく丙の死亡について責任を負うことを明確に論じる必要があるとしている(PDF5頁)。
採点実感も,問題相互間の論理的な関係が十分に把握されておらず,問題点ごとに結論が述べられているにすぎない答案が目に付いたとしている(PDF1~2頁)。
答案の第2~第4は,甲の最初の切付けと,その後の甲乙の共同暴行とを区別し,いずれも甲に帰属する理由を示した上で,甲には207条を経ずに傷害致死罪が成立するとした(番号6~8)。
乙は甲の最初の切付けに関与していないため,通常の共同正犯として死亡を帰責できるかと,207条を適用できるかを分けて検討した。
第7の3③の最高裁昭和26年判決は,共謀のない複数の者の暴行による傷害致死の事案で,傷害を生じさせた者を知ることができないとして207条を適用した原判決を是認しており,答案はこれを踏まえて乙への死亡結果の帰責を論じた。
甲の最初の切付けを過剰防衛とする前提で乙に207条を適用する当てはめと,最初の切付けを正当防衛とする構成の整理は,条文と問題文の事実に基づく本記事の検討である。
第7の3④の最高裁平成4年決定は,共同正犯が成立する場合における過剰防衛の成否を共同正犯者の各人について判断するとしており,答案はこの考え方を参考に,甲の防衛に由来する減免事情を乙に及ぼさなかった。
(4) 公園の切付けの故意
採点実感は,法科大学院における実務の基礎に関する教育の成果として,殺意の認定についての論述などに一定の成果が答案上もうかがわれたとの見方を示している(PDF2頁)。
答案は,肩付近を狙った各1回の切付けという共通の事情を押さえた上で,甲の追撃を止める目的と,丙の罵声への乙の激高とを区別して,死亡結果の認容を検討した(番号9)。
(5) 答案の弱点と扱わなかった事項
公園での最初の切付けについては,約50メートル逃げても丙が追い付き,背後から肩をつかんだことから,肩付近に向けた1回の反撃を相当と評価する余地もある。
その構成では,甲の最初の切付けを違法な加害行為として丙の死亡原因に数えることができず,答案の第4の2の末尾のとおり,甲・乙への死亡結果の帰責を組み直す必要がある。
甲の防衛と乙の報復を別の機会とする場合や,乙の刃物の使用が共謀の範囲を超える場合も,死亡結果の帰責を各人について組み直す必要がある。
特別法違反は設問の指示により扱わず,逮捕・差押えの適法性等の刑事手続上の問題も第1問の対象外として扱わない。
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④平成18年司法試験民事系科目第2問(民法・民事訴訟法)の模範解答と評価項目
⑤平成18年司法試験刑事系科目第2問(刑事訴訟法)の模範解答と評価項目
⑥平成18年度旧司法試験論文式試験の模範答案―憲法・民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法の全12問と出題趣旨を踏まえた解説(AI作成)
同年度の他の問題は,平成18年新司法試験試験問題で,出題の趣旨は,平成18年新司法試験論文式試験結果で確認できる。
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第7 出典
1 公式資料
①法務省「論文式試験問題集[刑事系科目]」(平成18年新司法試験)(PDF2~5頁の第1問)
②法務省「平成18年新司法試験論文式試験問題出題趣旨」(PDF4~5頁の刑事系科目〔第1問〕)
③法務省「新司法試験考査委員(刑事系科目)に対するヒアリングの概要」(PDF1~3頁及び6~7頁の刑法に関する発言。司法試験委員会第29回(平成18年9月20日)の配布資料として掲載)
④法務省「平成18年新司法試験の実施日程の変更について」(平成17年11月8日司法試験委員会決定。PDF1頁の試験日程)
2 法令
答案で用いた刑法36条,38条,45条,60条,199条,204条,205条,207条及び208条は,試験当時の条文によった。
①刑法の一部を改正する法律(平成7年法律第91号)(衆議院)(表記を平易化した改正後の刑法の条文)
②刑法等の一部を改正する法律(平成16年法律第156号)(衆議院)(試験前に施行された199条,204条及び205条の法定刑の改正)
e-Gov法令検索で取得できる最も古い時点(平成29年4月1日)の版(平成28年6月23日施行)でも,上記の各条の文言は同じである。
3 裁判例
①最高裁昭和52年7月21日第一小法廷決定(昭和51年(あ)第671号,刑集31巻4号747頁):刑法36条における侵害の急迫性は,当然又はほとんど確実に侵害が予期されただけで失われるものではないが,その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは失われるとした。
②最高裁昭和46年11月16日第三小法廷判決(昭和45年(あ)第2563号,刑集25巻8号996頁):刑法36条にいう急迫とは,法益の侵害が現に存在しているか,又は間近に押し迫っていることを意味し,侵害があらかじめ予期されていたとしても直ちに急迫性を失うものではないとした上,相手の加害行為に対し憤激又は逆上して反撃を加えたからといって,直ちに防衛の意思を欠くものではないとした。
③最高裁昭和26年9月20日第一小法廷判決(昭和26年(れ)第797号,刑集5巻10号1937頁):傷害致死罪の成立には傷害と死亡との因果関係があれば足り,致死の結果の予見を要しないとし,共同正犯を認定せず,二人以上の者が暴行を加えて人を傷害し,その傷害を生じさせた者を知ることができないとして刑法207条を適用した原判決を是認した。
④最高裁平成4年6月5日第二小法廷決定(平成2年(あ)第788号,刑集46巻4号245頁):共同正犯が成立する場合における過剰防衛の成否は,共同正犯者の各人につきそれぞれの要件を満たすかどうかによって判断すべきであるとした。
⑤最高裁昭和34年2月19日第一小法廷判決(昭和33年(あ)第742号,刑集13巻2号161頁):傷害罪の成立には傷害の原因である暴行についての意思があれば足り,傷害致死罪の成立には致死の結果の予見を要しないとした判例を引いた上,傷害致死の後に死体を遺棄したときは,傷害致死罪のほかに死体遺棄罪が成立するとした。
4 留意事項
出題の趣旨はPDF4~5頁の刑事系科目〔第1問〕の部分を,採点実感はヒアリングの概要の刑法に関する発言を,評価項目の根拠とした。
平成18年の刑事系科目の採点実感等は,司法試験委員会第29回の配布資料として掲載された考査委員に対するヒアリングの概要として公表されている。
刑法担当の考査委員は,採点の実感は考査委員の間の意見交換を踏まえたものであるが,細部は個人的な印象又は意見であると断っている(PDF1頁)。
答案と解説は試験当時の法令と判例によっており,試験後の判例を根拠にしていない。
評価項目,重み,答案の結論及び出題の趣旨の具体化は本記事独自の分析であり,法務省が一つの結論を指定したものではない。