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平成22年司法試験刑事系第1問(刑法)の模範解答と評価項目―出題の趣旨・採点実感から抽出した35項目と5段階の重み付け(AI作成)

第1 この記事の対象と結論

平成22年司法試験の刑事系科目第1問(刑法)について,法務省の出題の趣旨と採点実感から独自に抽出した35の評価項目と模範解答を掲載する。
誤投薬で生命の危険が生じた後,誰がどの時点で何をすれば救命できたかが,本問を解く手掛かりとなる。

確認項目内容
問題法務省・刑事系科目の問題・第1問(2~4頁)
出題の趣旨法務省資料・刑事系第1問(6~7頁)
採点実感法務省資料・刑法部分(20~22頁)
答案の基準時平成22年5月15日
項目と答案の分量全35項目,重み5は8項目,重みの合計は133。答案4,825字(末尾の「以上」と改行を除く)
判例・法改正個別の判決文は答案中に引用せず,試験時の刑法の条項で論じる。211条の項番号については第7参照
確認日令和8年11月6日

本答案は,甲には不作為による殺人罪,乙と丙にはそれぞれ業務上過失致死罪が成立すると考える。
第4に評価表,第5に答案と対応表を置く。

第2 評価項目の示し方と重み付けの基準

1 評価項目の示し方

各項目は,公式資料の指摘を答案で確認できる形に整理したものである。
根拠欄にはPDFの頁と節を記し,両資料の記載範囲を区別する。
「注意」は誤りの回避を表し,同じ理解に対して別の加点や減点を重ねない。
「許容分岐」は,当該構成を採り,又は検討した場合に適用する。

2 5段階の重み付けの基準

重み5は判断を大きく分ける核心,4は主要な論証・当てはめ,3は通常押さえる法的処理・事情の評価,2は補強や個別の注意,1は補充的な引用・記述範囲の確認を示す。
重みは記事独自の分析であり,法務省の公式配点や予測得点とは異なる。

第3 本問の概要

1 問題文と事実関係

寝たきりで入院中のVには,D薬に対する強いアレルギーがある。
医師BはE薬を処方したが,薬剤師丙はD薬を交付し,看護師乙は照合せずに投与した。
妻甲は午後1時50分ころに異変に気付き,2時ころに来た乙を虚偽の説明で立ち去らせた。
その後,症状がさらに悪化したのを見ても通報せず,2時30分ころにも虚偽を告げた。
医療従事者が遅くとも2時20分までに異変に気付けば救命できたが,それより後に気付いた場合は救命されたかどうかが明らかでなく,2時50分を過ぎると救命の可能性はほとんどなかった。
VはD薬による急性アレルギー反応で死亡した。

2 設問が求めること

設問は,事例に即して甲・乙・丙の罪責をそれぞれ論じるよう求める。
Bの処方・指示と事後の救命処置が適切であったという与件を維持し,特別法違反を除いて,成立する犯罪とその数まで示す。

第4 評価項目と重み

1 甲の罪責

番号評価項目重み出題の趣旨採点実感
1作為と不作為の両構成を比較し,午後2時の妨害,検温表の記入・提示,通報の懈怠の機能を分けて主たる実行行為を特定する。56頁・刑事系第1問20頁・刑法2・3
2具体的な作為義務・作為可能性等を踏まえ,作為による殺人と同視できる不作為の成立要件を示す。46頁・刑事系第1問20頁・刑法2・3
3不作為による殺人と保護責任者遺棄致死を区別する基準を示し,採用した基準を本件に適用する。46頁・刑事系第1問20頁・刑法2・3
4作為義務の根拠を,事実上の引受け,先行する妨害,救命経路の掌握などに分け,自説の位置を示す。46頁・刑事系第1問21頁・刑法3(2)ア・イ
5第一次的な看護義務が病院にあることを踏まえ,甲の通報義務が併存する理由を説明する。46頁・刑事系第1問20頁・刑法2・3
6甲が午後2時の虚偽で乙を退去させ,通常の救命経路を遮った事実を,甲自身の作為義務・支配の根拠として評価する。56頁・刑事系第1問21頁・刑法3(2)ア・イ
7甲が異状時の通報を了承し,入院前後も現に介護・付添いをしていたことを,引受けの具体的事情として評価する。36頁・刑事系第1問20頁・刑法2・3
8甲に要求される行為を,看護師等に異変を速やかに伝えて救命処置につなぐことと具体化する。46頁・刑事系第1問20頁・刑法2・3
9乙の来訪や看護師詰所への接触を踏まえ,甲が異変を告げることの可能性・容易性を示す。36頁・刑事系第1問記載なし
10期待された通報を仮定し,午後2時20分までの異変発見,院内での即時処置,救命を経て死亡回避に至ることを論じる。56頁・刑事系第1問21頁・刑法3(2)ア・イ
11殺意につき,死亡の危険の認識と結果の認容を区別する判断枠組みを示す。46頁・刑事系第1問21頁・刑法3(2)ア・イ
12介護からの解放,Vへの思い,Vを失いたくない気持ちや年金への懸念を,殺意の有無を示す事情として対比する。36頁・刑事系第1問21頁・刑法3(2)ア・イ
13午後2時の時間稼ぎと,その後に容体の悪化を見て生死を運命に委ねた段階を分け,故意の成立時期を判断する。56頁・刑事系第1問21頁・刑法3(2)ア・イ
14作為義務,故意及び結果回避可能性が同時に存在する時間帯を示し,午後2時30分の作為だけで殺人既遂を認定しない。56頁・刑事系第1問21頁・刑法3(2)ア・イ
15【許容分岐】保護責任者遺棄致死を検討するときは,Vの要保護性,保護責任,生存に必要な保護の懈怠,故意及び死亡との因果関係を示す。36頁・刑事系第1問20頁・刑法2・3
16【許容分岐】先行する不保護と後の殺人を検討した場合,行為の連続性と一個の死亡結果を踏まえて罪数を説明する。37頁・刑事系第1問21頁・刑法3(2)ア・イ

2 乙と丙の業務・注意義務

番号評価項目重み出題の趣旨採点実感
17業務の反復継続性と人の生命・身体に対する危険性を示し,看護と薬剤の準備・交付のそれぞれに当てはめる。37頁・刑事系第1問21頁・刑法3(2)ア・イ
18死亡を予見できた事情と,死亡を避けられた具体的な措置を区別する過失の判断枠組みを示す。47頁・刑事系第1問21頁・刑法3(2)ア・イ
19投薬前にアンプルの薬名を処方せんの写しと対照し,アレルギー情報を確認する乙の義務を具体化する。47頁・刑事系第1問21頁・刑法3(2)ア・イ
20乙がVのD薬アレルギーを把握し看護記録に記入していたことから,D薬を誤投与した場合の死亡の危険を予見できたと評価する。47頁・刑事系第1問21頁・刑法3(2)ア・イ
21Bの指示,Vの高齢と原因不明の発熱から,乙が約30分ごとに容体を直接確認する必要を説明する。57頁・刑事系第1問21頁・刑法3(2)ア・イ
22家族への信頼,検温表,患者を起こすことへの配慮及び多忙を踏まえ,午後2時・2時30分の直接観察の要否を具体的に評価する。47頁・刑事系第1問21頁・刑法3(2)ア・イ
23午後2時の直接観察なら発見・救命できたが,午後2時30分だけでは回避を証明できないと区別する。47頁・刑事系第1問20頁・刑法2・3
24丙が患者の体質・病状との関係で処方の適否を確認し,疑問時に医師へ照会する義務と,当該義務違反から死亡への因果関係を分ける。37頁・刑事系第1問21頁・刑法3(2)ア・イ
25薬の外観,引出しへの混入,ラベルの表示から,丙が取り出した薬剤を処方と照合すれば誤交付を回避できたと示す。47頁・刑事系第1問21頁・刑法3(2)ア・イ
26D薬アレルギーの患者にE薬を処方する例が多いという丙の知識を,誤交付による死亡の予見可能性に結び付ける。47頁・刑事系第1問21頁・刑法3(2)ア・イ

3 因果関係,複数人の関与,罪数と周辺の罪名

番号評価項目重み出題の趣旨採点実感
27投薬と交付の二段階にそれぞれ独立した確認義務があることを理由に,相手の確認に依存できるかを判断する。47頁・刑事系第1問21頁・刑法3(2)ア・イ
28因果関係に関する立場と判断方法を,事実的因果関係と介在事情を踏まえた結果帰属に分けて示す。47頁・刑事系第1問21頁・刑法3(2)ア・イ
29甲の故意ある不作為が救命の機会を失わせたことと,D薬の危険が進行し死因となったことを区別し,乙の誤投薬に死亡を帰属できるかを論じる。57頁・刑事系第1問21頁・刑法3(2)ア・イ
30丙の誤交付後の乙の誤投薬と甲の不救助をそれぞれ評価し,丙自身の行為から死亡までの因果の連鎖を示す。57頁・刑事系第1問21頁・刑法3(2)ア・イ
31【許容分岐】過失犯の共同正犯を検討する場合,注意義務の共通性と,単独犯として因果関係が認められる場合の実益を説明する。37頁・刑事系第1問21頁・刑法3(2)ア・イ
32乙の複数の過失を一連の看護として評価し,乙及び丙についてそれぞれ成立する罪と数を明示する。37頁・刑事系第1問記載なし
33【注意】検温表の内容が虚偽であることだけを理由に私文書偽造罪を成立させない。2記載なし22頁・刑法3(2)ウ
34【注意】異状の認識がない乙について,観察を怠ったことだけで故意の不保護を認めない。2記載なし22頁・刑法3(2)ウ
35【注意】業務上過失致死と重過失致死を混成した罪名を用いない。2記載なし21頁・刑法3(2)ア・イ

4 重みの分布

重み1は0項目,重み2は3項目,重み3は9項目,重み4は15項目,重み5は8項目である。
総項目数は35,重みの合計は133である。

番号1。
比較で実行行為と因果・故意の時点が決まる。
番号6。
単なる親族の見守りから,甲が救命経路を握った場面への転換。
番号10。
不作為から死亡へ結び付ける中心となる推論。
番号13。
故意ある不作為とそれ以前の行為が分かれる。
番号14。
結果と故意を異なる行為から持ち寄る誤りを防ぐ核心。
番号21。
誤投薬とは別個の結果回避機会に対応する核心。
番号29。
第三者の故意が介在しても結果を帰属させる根幹。
番号30。
二つの介在事情と丙の危険の関係が結論を分ける。

第5 模範解答

1 答案の前提と表記

答案は平成22年5月15日時点の刑法による。
甲,乙,丙の順に論じ,甲の主たる構成と不保護による代替構成を分ける。
本文は4,825字である(末尾の「以上」と改行を除く)。

2 答案

第1 甲の罪責

1 殺人罪
 甲は,夫Vの異変を知りながら看護師等に通報せず,午後2時ころと2時30分ころには乙に虚偽を告げた。
積極的な言動が救命を妨げた以上,これを一連の作為とみる余地がある。
他方,Vの生命を奪った仕組みが,既に生じていた危険を除去できる者による通報の懈怠にあるなら,不作為を中心に評価すべきである。
そこで,各行為が果たした役割と行為時の故意を確かめ,殺人罪(刑法199条)の成否を検討する。

(1)積極的な救命妨害
 午後2時ころ,甲は,体を拭いている,容体に変化がないと虚偽を告げ,現に巡回に来た乙を立ち去らせた。
そのまま乙がVの様子を確認すれば,外見にも現れていた呼吸困難や発しんに気付き,直ちに救命処置を開始してVを救命できた。
したがって,この言動は乙による救命の機会を奪う積極的行為であり,死亡の一因となった。
しかし,甲は当時,Vの生死を決めかね,少し考えてからでも救命は間に合うと思って時間を稼いだ。
Vを失いたくない気持ちや年金減少への懸念もあった。
生命への危険を知っていても,この時点で死を受け入れたとまではいえず,この言動を故意による殺人の実行行為とは評価できない。
 2時15分ころの検温表への虚偽記入は,その時点で乙に示されておらず,記入自体では乙の判断を変えていない。
2時30分ころ,甲は,虚偽の検温結果を示し,Vが眠り,熱も下がり始めたと告げて乙に巡回を見送らせた。
しかし,2時20分より後の発見で救命できたかは明らかでない。
したがって,2時30分の言動だけで死亡の結果を生じさせたとは認定できない。
積極的言動を一連とみても,2時の妨害が有した死亡への因果的寄与と,その後に生じた殺意をそのまま結合することはできない。
死亡につながった中心的な行為は,危険を察知した甲が,救命の間に合う間に通報しなかったことである。
検温表の記入と提示は,その不通報を継続するために乙の観察を妨げた事情として評価する。

(2)不作為による殺人
 不作為を「人を殺した」と評価するためには,結果防止の作為をすべき具体的な義務があり,その作為が可能かつ容易であって,結果発生に対する不作為の関与が作為による殺人と同視できることを要する。
作為義務は形式的な身分に限らず,保護の事実上の引受け,先行行為及び救命経路に対する現実の支配を総合して判断する。
 甲は,自力で食事や排せつができないVを入院前から一人で介護し,入院後も病室で検温や食事等の世話をしていた。
乙から異状を知らせるよう依頼されて承諾し,当日も点滴開始を知らされ,同様の依頼を了解して病室に入った。
Vが自ら救助を求められない状態で,甲は,過去に同様の症状から救命された経過を直接見ていたことから,呼吸困難等を見て直ちに異変の意味を理解した。
しかも,乙をいったん退去させ,次の巡回は2時30分であると知ったため,その間,間に合うよう医療従事者に異変を知らせ得る者は現実には甲であった。
入院中で医療上の責任は医療従事者にもあるが,ここで甲に求められるのは自ら処置をすることではなく,自分が把握した異変を直ちに伝えて救命措置につなぐことである。
甲は異変を認識した時点で引き受けた通報をする義務を負い,2時の妨害によって他の救命経路を遮ったことが,その義務と支配を更に強めた。
看護師に声を掛けるだけで足り,実際に乙が病室前まで来たことや甲が詰所へ出向いていることからも,通報は可能かつ容易であった。
したがって,甲には具体的な通報義務があり,救命の機会が甲の通報に委ねられたこの状況で,あえて通報せずVを死に至らせることは,作為による殺人と同視できる。
 未必の殺意は,死亡の危険を認識し,その結果を認容したときに認められる。
乙の退去後,甲はVにチアノーゼが現れて呼吸も更に苦しそうであることを認めた。
甲は,以前の経験から今すぐ処置を受ければVは助かると考えたが,介護生活からの解放やVの生活への思いから,医療従事者を呼ばず,結果がどうなっても受け入れることに決めた。
Vの死を望む気持ちに迷いが残っていても,この決意によって,不通報を続ければVが死亡する危険を認識し,これを認容したといえる。
ここに未必の殺意が認められる。
Vが以前生活を嘆いたことは,殺害について具体的に嘱託又は承諾したことを示さない(202条)。
 この決意は2時15分ころの検温表記入より前である。
その時すぐに甲が看護師に症状を伝えていれば,遅くとも2時20分までに医師等が異変に気付き,当時の院内態勢により直ちに救命処置を開始できた。
そうすればVは救命されたと認められる。
甲はこの機会に通報しないまま経過させ,VはD薬による急性アレルギー反応で死亡したから,殺意を生じた後の不作為と死亡との間に因果関係があり,殺人既遂罪が成立する。

2 保護責任者遺棄等と罪数
 殺意の有無に着目する見方でも,上記のとおり殺意が生じた後は殺人となる。
作為義務の程度に着目する見方でも,親族としての一般的な扶助を超えて,甲の通報が救命を決する場面であったから,作為と同視できる。
Vは寝たきりで自ら救助を求められない老年の病者であり,甲は上記の引受けと具体的な保護関係に照らし保護責任者である。
甲が症状を理解し,乙が訪れたのにこれを知らせず意図して帰した時点では,直ちに通報するという生存に必要な保護を,その必要性を認識しながらしなかった。
殺意が認められる前でも218条の不保護に当たる。
殺人の成立を否定する構成でも,その時点の通報で救命できた以上,保護責任者遺棄致死罪(219条)が成立する。
もっとも,殺人を認める本件では,同一人に対する同じ通報義務の不履行が中断なく続き,その過程で殺意を生じて一個の死亡に至った。
したがって,先行する不保護(218条)は,一連の経過として後段の殺人罪に吸収され,甲には殺人罪一罪が成立する。

第2 乙の罪責

1 誤投薬
 業務とは,社会生活上の地位に基づいて反復継続して行う,人の生命・身体に危害を及ぼすおそれのある行為をいう。
看護師の投薬・その後の観察はこれに当たる。
過失は,具体的事情の下で死亡結果を予見でき,これを回避できたことを前提に,必要な回避措置を怠ったときに認められる。
誤った薬の投与は重大な結果を生じ得るため,乙は,アンプルのラベルを処方せんの写しと照合し,患者のアレルギー情報にも注意した上で点滴を開始すべきであった。
乙は院内の照合手続を熟知し,自らVのD薬に対するアレルギーを確認して看護記録に記載していたから,記録を確かめていれば,D薬を投与するとVの生命を危険にさらすことを具体的に予見できた。
外観が似ていてもラベルには薬名が明記され,現に処方せんの写しも交付されていたから,照合によりD薬であることを発見して投与を避けられた。
乙が丙の従来の仕事ぶりを信頼していたことは理解できるが,薬剤師の誤交付を投与前に防止すること自体が看護師の照合義務の目的である。
丙に従前誤りがなかったことを理由に,自己の確認を省略することは許されない。
照合等をせずD薬を投与したことは業務上の注意義務違反である。
 死亡が当該行為なしには生じなかったことを確かめた上で,介在事情の性質・寄与を考慮し,当初の危険が結果に現実化したかで帰属を判断する。
この投与がなければD薬によるショック死はなく,処方どおりE薬を投与してもVは死亡しなかった。
甲が救命を妨げたことは死亡に寄与したが,D薬によるアレルギー反応が現に進行し続け,それによるショックが死因となった。
甲の言動や不通報は反応を治療する機会を失わせたのであり,投与により生じた生命の危険を別の危険に置き換えたものではない。
適切な救命処置をしても発見時には間に合わなかったことを含め,死亡は誤投与の危険が現実化したものとして乙の投与に帰属する。

2 経過観察
 高齢のVには原因不明の高熱があり,Bから半日程度は約30分ごとに容体を確認するよう指示されていた。
これは急変を早期に発見するためであり,乙には,定時に病室へ入り,呼吸や外見等を自ら観察して異常時にはBらに連絡する業務上の注意義務があった。
Bの指示からは,いったん異状が見られなくても,急変の発見が遅れれば生命を失うおそれを予見できた。
 2時ころ,乙は病室の前まで来たが,甲の説明だけを信じて立ち去った。
甲は従来から献身的に介護し,異変の通知を引き受けていた。
しかし,急変を見落とさないための今回の直接観察は,家族の報告によって代替できない。
甲が体を拭いていると言ったとしても,緊急の確認が必要な理由を伝えて短時間で観察することはできた。
2時30分の時点で甲が示した体温の下降も,呼吸等を確認しなくてよいことを意味しない。
多忙であったことやVが眠っているとの話だけで,指示された巡回をさらに30分見送ることは許されない。
 2時に直接観察していれば,発しん,呼吸困難等を認識し,Bらによる救命処置につなげることができた。
この時点は2時20分より前であるから,この観察義務違反も死亡の原因となった。
他方,2時30分の巡回省略だけを取り出すと,その時点からの処置により死亡を回避できたことは証明できない。
以上より,乙は,同じ患者への投薬とその後の観察という一連の看護において複数の注意義務に違反し,一個の死亡結果を生じさせたから,一個の業務上過失致死罪(試験時の211条1項前段)を負う。

第3 丙の罪責

1 業務上の注意義務違反
 患者への投与に用いる薬を選択・準備して交付する薬剤師の職務は,社会生活上の地位に基づき反復継続して行い,誤れば患者の生命・身体に危険を及ぼす業務である。
丙には,患者の病状・体質との関係で処方薬が適切かを確認し,疑問があれば医師に照会する義務と,取り出した薬剤が処方せんの指定と一致するかを照合する義務があった。
医師の処方が通常正確であるとしても,処方の適否を別の専門家が確認する院内の仕組みからすれば,丙は医師への信頼だけを理由に前者を省けない。
 丙は,D薬にアレルギーのある患者にE薬が処方されることが多いと知っていた。
両薬の外観は似ており,薬の置き場所だけに頼れば,取り違えによって,D薬にアレルギーがある患者にD薬が投与され,生命を失う危険を予見できた。
D薬が混入した経緯や本数を具体的に予見する必要はない。
丙はE薬用の引出しから取ったことだけでE薬と思い込み,薬名の明記されたラベルを見ずにD薬を渡した。
薬名と処方を対照すれば誤交付を容易に回避できたから,この点に注意義務違反がある。
後で乙が照合する仕組みは重ねて誤投与を防ぐためのものであり,丙自身の照合に代わるものではない。

2 因果関係と結論
 BのE薬の処方自体は適切であったから,処方の適否を確認しなかったことだけで直ちに死亡との因果関係を認めることはできない。
他方,ラベルを照合してD薬の交付を避けていれば,乙がこれをVに投与することはなく,Vは死亡しなかった。
アンプルの混入は丙の行為に先立つ事情で,その取り違えを防ぐことは薬名照合の目的に含まれる。
乙が誤った薬を照合せずに用いたことも,丙が患者用に誤交付した薬が予定どおり投与の段階に送られた結果である。
甲の救命妨害を考慮しても,誤交付したD薬が投与されて発生した危険が死亡まで作用したことは変わらない。
よって,丙に業務上過失致死罪(試験時の211条1項前段)が成立する。
乙と丙は安全な投薬という目的を共有するものの,丙の誤交付防止と乙の投薬前照合・観察は,異なる段階で各人が独立して担う注意義務である。
過失犯の共同正犯を認める考え方でも,共同の注意義務の根拠は乏しく,各人の過失から死亡までの因果関係を立証できる本件で,共同正犯を認める実益も乏しい。
各人の単独犯とする。

以上

3 出題の趣旨・採点実感を踏まえた解説

(1) 答案と評価項目の対応

答案の第1は番号1~16,第2及び第3は番号17~32に対応する。
番号33・34は,第1の1が検温表を救命妨害の事情として扱い,第2の2が乙の巡回省略を過失として扱うことで,それぞれの取違えを避けている。
番号35は,第2の2及び第3の2の罪名表記に対応する。
第4の重み5・4の項目及び条件付きの項目について,模範解答との対応を次の表に示す。

番号重み評価項目答案の該当箇所・留保
15作為と不作為の両構成を比較し,午後2時の妨害,検温表の記入・提示,通報の懈怠の機能を分けて主たる実行行為を特定する。第1の1(1)・(2)冒頭
24具体的な作為義務・作為可能性等を踏まえ,作為による殺人と同視できる不作為の成立要件を示す。第1の1(2)冒頭
34不作為による殺人と保護責任者遺棄致死を区別する基準を示し,採用した基準を本件に適用する。第1の2冒頭
44作為義務の根拠を,事実上の引受け,先行する妨害,救命経路の掌握などに分け,自説の位置を示す。第1の1(2)第1~2段落
54第一次的な看護義務が病院にあることを踏まえ,甲の通報義務が併存する理由を説明する。第1の1(2)第2段落
65甲が午後2時の虚偽で乙を退去させ,通常の救命経路を遮った事実を,甲自身の作為義務・支配の根拠として評価する。第1の1(2)第2段落
84甲に要求される行為を,看護師等に異変を速やかに伝えて救命処置につなぐことと具体化する。第1の1(2)第2段落
105期待された通報を仮定し,午後2時20分までの異変発見,院内での即時処置,救命を経て死亡回避に至ることを論じる。第1の1(2)末段
114殺意につき,死亡の危険の認識と結果の認容を区別する判断枠組みを示す。第1の1(2)第3段落
135午後2時の時間稼ぎと,その後に容体の悪化を見て生死を運命に委ねた段階を分け,故意の成立時期を判断する。第1の1(1)・(2)
145作為義務,故意及び結果回避可能性が同時に存在する時間帯を示し,午後2時30分の作為だけで殺人既遂を認定しない。第1の1(1)末段及び(2)末段
153【許容分岐】保護責任者遺棄致死を検討するときは,Vの要保護性,保護責任,生存に必要な保護の懈怠,故意及び死亡との因果関係を示す。第1の2。予備的な不保護の構成
163【許容分岐】先行する不保護と後の殺人を検討した場合,行為の連続性と一個の死亡結果を踏まえて罪数を説明する。第1の2。先行不保護も論じた場合
184死亡を予見できた事情と,死亡を避けられた具体的な措置を区別する過失の判断枠組みを示す。第2の1冒頭
194投薬前にアンプルの薬名を処方せんの写しと対照し,アレルギー情報を確認する乙の義務を具体化する。第2の1
204乙がVのD薬アレルギーを把握し看護記録に記入していたことから,D薬を誤投与した場合の死亡の危険を予見できたと評価する。第2の1
215Bの指示,Vの高齢と原因不明の発熱から,乙が約30分ごとに容体を直接確認する必要を説明する。第2の2冒頭
224家族への信頼,検温表,患者を起こすことへの配慮及び多忙を踏まえ,午後2時・2時30分の直接観察の要否を具体的に評価する。第2の2第2段落
234午後2時の直接観察なら発見・救命できたが,午後2時30分だけでは回避を証明できないと区別する。第2の2末段
254薬の外観,引出しへの混入,ラベルの表示から,丙が取り出した薬剤を処方と照合すれば誤交付を回避できたと示す。第3の1
264D薬アレルギーの患者にE薬を処方する例が多いという丙の知識を,誤交付による死亡の予見可能性に結び付ける。第3の1
274投薬と交付の二段階にそれぞれ独立した確認義務があることを理由に,相手の確認に依存できるかを判断する。第2の1,第3の1
284因果関係に関する立場と判断方法を,事実的因果関係と介在事情を踏まえた結果帰属に分けて示す。第2の1第2段落
295甲の故意ある不作為が救命の機会を失わせたことと,D薬の危険が進行し死因となったことを区別し,乙の誤投薬に死亡を帰属できるかを論じる。第2の1第2段落
305丙の誤交付後の乙の誤投薬と甲の不救助をそれぞれ評価し,丙自身の行為から死亡までの因果の連鎖を示す。第3の2
313【許容分岐】過失犯の共同正犯を検討する場合,注意義務の共通性と,単独犯として因果関係が認められる場合の実益を説明する。第3の2末尾。共同正犯は採らないが,共通義務と実益を検討

(2) 甲の罪責

出題の趣旨は,積極的な巡回妨害の位置付け,甲の作為義務,義務・殺意・救命可能性の時間的な重なりを検討するよう求める。
採点実感は,病院に第一次的な看護義務があることに留意し,具体的事情を検討した答案を高く評価した。
答案は,午後2時の虚偽と2時30分の提示を同じ理由で評価せず,救命経路を握った甲の不通報に焦点を置いた(番号1,4~10,13,14)。
不保護の構成を採る場合は,生存に必要な保護の懈怠と死亡への因果関係を示す必要がある(番号3,15,16)。

(3) 乙の罪責

出題の趣旨は,投薬前の確認と投薬後の巡回のそれぞれについて,具体的な注意義務を論じるよう求める。
採点実感は,各職務に即した注意義務の特定,予見・回避に関する具体的事情の評価を重視した。
答案は,投薬前の照合と看護記録の確認を区別し,直接観察による救命可能性を午後2時と2時30分とで分けた(番号17~23)。
甲が救命の機会を失わせても,D薬が生んだ危険が死亡まで作用したことを理由に,投与と死亡の因果関係を認めた(番号28,29)。

(4) 丙の罪責と乙との関係

出題の趣旨は,薬剤師の業務に即した注意義務と,乙の誤投薬及び甲の故意行為が介在した場合の因果関係を論じるよう求める。
採点実感は,共通の注意義務や共同正犯を認める実益を検討せずに共同正犯を認める記述を問題点として挙げた。
答案は,適切なE薬処方の確認とアンプルの同一性確認を分け,D薬の誤交付がなければ誤投薬も死亡も避けられたと考えた(番号24~30)。
丙と乙の双方について各自の義務と個別の因果関係を示し,それぞれ単独犯として扱った(番号31,32)。

(5) 答案の弱点と扱わなかった事項

2時20分は,それまでに異変に気付けば救命できたと認定できる境界である。
その直後から救命が不可能だったという結論は問題文から導けない。
2時30分の虚偽で乙に巡回を見送らせた行為を独立に殺人未遂(203条)と評価する構成を採る場合は,2時20分より後の救命の可否が明らかでないという与件の下で,その時点に残っていた救命の可能性と,先行する不作為との関係を別途説明する必要がある。
答案は,検温表の虚偽を認識や救命妨害の事情として扱い,文書犯罪の検討を主題にしていない(番号33)。
Vの発言と嘱託・承諾の区別は,本記事が加えた補足である。

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平成22年司法試験論文式試験の主要7科目の模範解答と評価項目
平成22年司法試験公法系第1問(憲法)の模範解答と24の評価項目
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2 同じ科目の別の年度の記事

平成23年司法試験刑事系第1問の模範解答と評価項目
平成24年司法試験刑事系第1問の模範解答と評価項目

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第7 出典

1 公式資料

平成22年新司法試験問題・刑事系科目2~4頁(第1問)。
平成22年新司法試験論文式試験問題出題趣旨6~7頁(刑事系第1問)。
平成22年新司法試験の採点実感等に関する意見20~22頁(刑法)。
平成22年新司法試験の実施日程等について(司法試験委員会決定)及び平成23年新司法試験の実施日程等に関する意見募集の資料(平成22年の論文式試験の時間割を参考として掲載。刑事系科目は第2日目)。

2 法令

刑法38条,199条,202条,218条,219条及び試験時の211条1項前段。
平成19年法律第54号と平成25年法律第86号附則2条を参照した。
後者は211条の旧2項を削除したため,本問の答案では試験時の項番号を明記した。

3 裁判例

最高裁平成17年7月4日決定(平成15年(あ)第1468号,刑集59巻6号403頁)は,患者を病院から運び出させ,手当てを全面的に委ねられた者が,必要な医療措置を受けさせず死亡させた事案である(決定2頁)。
本問では,Vは入院したままであり,甲に委ねられたのは異変の通報であったため,通報と巡回妨害の具体的な事情から甲の義務を判断した。

最高裁平成2年11月20日決定(昭和63年(あ)第1124号,刑集44巻8号837頁)は,最初の暴行で死因となる傷害が形成され,第三者の後の暴行が死期を早めた事案で,最初の暴行と死亡の因果関係を認めた(決定1頁)。
本問への参照点は最初の行為で生じた危険が死因として作用した点である。
同決定が因果関係との関係で扱った介在事情は第三者の暴行であり,本問の救命懈怠とは異なる。
甲の不通報や乙・丙の誤薬への適用は本記事の分析である。
本記事の法律構成・結論と評価項目の重みは,問題文と当時の法令を踏まえた独自の分析である。