第1 この記事の対象と結論
平成20年新司法試験の民事系科目第1問(民法)について,模範解答と24の評価項目を示す。
中心となるのは,売買解除後の建物賃借人・転借人の地位と,相続開始後に生じた賃料の帰属である。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 平成20年新司法試験・民事系科目第1問(民法) |
| 問題文 | 法務省の論文式試験問題 PDF1~4頁 |
| 答案の基準時 | 平成20年5月17日。試験当時の民法・借地借家法を用いる。 |
| 公式資料 | 出題の趣旨 PDF3~4頁の第1問部分と,採点実感等に関する意見 PDF7~10頁の民法部分。 |
| 評価項目 | 24項目。重み5は8項目。 |
| 重みの合計 | 95(本記事の集計) |
| 答案の字数 | 3880字(見出しを含み,空白と改行を除く。) |
| 主要判例 | 最一小判平成17年9月8日・平成16年(受)第1222号・民集59巻7号1931頁(問題文所掲)。 |
| 試験後の改正 | 債権法改正による賃貸人の地位の移転等の明文化は,試験当時の答案に適用しない。 |
| 資料確認日 | 令和8年11月7日 |
本答案は,設問1⑴で賃借人Y1の反論を認め,⑵でXに賃貸人の地位が移ったとして二つの反論を退ける。
⑶では転借人Y2が主張立証すべき事実を示す。
設問2では,分割前の賃料債権は相続分に応じて個別に帰属すると解し,Bの分について弁済が有効との評価を前提に,BのCに対する請求を45万円の限度で認める。
設問ごとの到達点は第3,評価項目は第4,答案とその解説は第5に置いた。
公式資料と独自の分析の区別は第7の4に示した。
第2 評価項目の示し方と重み付けの基準
1 評価項目の示し方
評価項目は,出題の趣旨と採点実感の関連箇所を読み,答案で何を説明していれば充足するかという形に整理した。
注意は,題意や法的構成の取り違えを防ぐ項目である。
同じ誤りを別枠で重ねて評価しない。
条件付きの項目は,その構成を採る場合や発展的な論証を行う場合に適用する。
2 5段階の重み付けの基準
| 重み | 判断基準 |
|---|---|
| 5 | その設問の判断を大きく分ける核心 |
| 4 | 結論を理由付きで支える主要な論証・当てはめ |
| 3 | 通常押さえる法的処理・事情の評価 |
| 2 | 論証を補強する説明・個別事情・誤りの注意 |
| 1 | 補充的な引用・記述範囲の確認 |
重みは本記事独自の分析であり,法務省の公式採点基準や項目別配点ではない。
両資料に同じ記述があるかだけで重みを決めず,答案の判断に果たす役割に応じて付けた。
第3 本問の概要
1 問題文と事実関係
Xからマンションの住戸を買ったAは,残代金400万円の期限が来る前に,Y1に住戸を賃貸して引き渡した。
Y1は転貸を禁止されていたが,同条件で叔父Y2に全部を貸し,Y2一家が入居した。
Aの残代金不払いでXは売買を解除し,A名義の登記を抹消した。
その後の設問2では,Xが転貸を了解し,賃料を月10万円に改定した。
Xの死亡後,Y2は死亡を知らずにY1名義でCへ支払った。
配偶者Bは9か月後の遺産分割で住戸を単独取得し,Cの受領した90万円を請求した。
2 設問が求めること
| 設問 | 立場・対象 | 指定・除外 | 到達点 |
|---|---|---|---|
| 1⑴ | XのY1に対する所有権に基づく返還請求 | Y1に対する賃貸借の解除は検討外。 | 解除前の賃借権と対抗要件による反論①の成否。 |
| 1⑵ | XのY1に対する契約終了に基づく返還請求 | 反論②と③を別々に扱う。 | Xが解除できる根拠と,Y1の返還義務。 |
| 1⑶ | XのY2に対する所有権に基づく返還請求 | Y2の主張立証のうち特段の事情に限定。 | 評価を支える具体的事実とその理由。 |
| 2 | BのCに対する90万円の請求 | 問題文所掲の最高裁判決を評価。 | 遺産の範囲・遡及効・精算の根拠と金額。 |
第4 評価項目と重み
1 設問1⑴ 解除前の建物賃借人
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 545条1項ただし書の第三者保護の趣旨を,解除による権利消滅の原則との関係で説明する。 | 4 | PDF3頁 民事系科目第1問参照 | PDF7頁 1 出題の趣旨,ねらい等参照 |
| 2 | Aの売買取得を基礎に解除前に賃借権を取得したY1を,545条1項ただし書の第三者に当てはめる。 | 5 | PDF3頁 民事系科目第1問参照 | PDF7頁 1 出題の趣旨,ねらい等参照 |
| 3 | 残代金未払の認識を賃借時の弁済期と照合し,Y1の善意・悪意が保護に及ぼす影響を論じる。 | 4 | PDF3頁 民事系科目第1問参照 | PDF7頁 1 出題の趣旨,ねらい等参照 |
| 4 | 解除前の第三者に対抗要件を求める理由を,外部に公示された権利を保護する観点から説明する。 | 4 | PDF3頁 民事系科目第1問参照 | PDF7頁 1 出題の趣旨,ねらい等参照 |
| 5 | 建物引渡しによってY1が借地借家法31条1項の対抗要件を具備したと判断する。 | 5 | PDF3頁 民事系科目第1問参照 | PDF7頁 1 出題の趣旨,ねらい等参照 |
2 設問1⑵・反論② 賃貸人の地位と解除
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 6 | 対抗力ある賃貸借について,売買解除による所有権復帰に伴いAの賃貸人たる地位がXに移る理由を示す。 | 5 | PDF3頁 民事系科目第1問参照 | PDF7頁 1 出題の趣旨,ねらい等参照 |
| 7 | A名義の移転登記の抹消によるXの登記回復を,Y1に賃貸人の地位を主張する要件に位置付ける。 | 4 | PDF3頁 民事系科目第1問参照 | PDF7頁 1 出題の趣旨,ねらい等参照 |
| 8 | Aが賃貸人の間に生じた無断転貸を,地位取得後のXが解除原因として援用できる理由を説明する。(適用条件 Xへの賃貸人地位移転を前提に従前の無断転貸を援用するときの発展事項。) | 3 | PDF3頁 民事系科目第1問参照 | PDF7頁 1 出題の趣旨,ねらい等参照 |
| 9 | Y2が現に使用を始めた無断転貸を612条2項に結び付け,特段の事情による解除制限を示す。 | 3 | PDF3頁 民事系科目第1問参照 | PDF7頁 1 出題の趣旨,ねらい等参照 |
| 10 | X自身の地位・解除権の問題を債権者代位で置き換えない。(注意) | 2 | 記載なし | PDF8頁 3⑵ 設問1について参照 |
| 11 | ⑴でY1の賃借権が対抗できるとの判断を,⑵のXの地位承継と解除の前提に引き継ぐ。(注意) | 3 | 記載なし | PDF8頁 3⑵ 設問1について参照 |
3 設問1⑵・反論③ 賃借人の返還義務
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 12 | 契約終了に基づく返還義務の存否はY1の現実占有の有無で決まらないと,請求の根拠を示して反論③を処理する。 | 5 | PDF3頁 民事系科目第1問参照 | PDF8頁 3⑵ 設問1について参照 |
| 13 | 間接占有に触れる場合,Y1がY2の占有を媒介に支配する関係を,契約上の返還義務の要件から区別する。(適用条件 間接占有の論証を選択した答案だけ。契約債務に触れれば別途要求しない。) | 2 | PDF3頁 民事系科目第1問参照 | PDF7頁 1 出題の趣旨,ねらい等参照 |
4 設問1⑶ 無断転貸と特段の事情
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 14 | Y2一家の居住態様とAが了解したY1家族との同居を具体的に比較し,用途・規模の同質性が信頼関係の維持を支える理由を示す。 | 5 | PDF4頁 民事系科目第1問参照 | PDF7頁 1 出題の趣旨,ねらい等参照 |
| 15 | 賃料・権利金・敷金等の同一条件から差額利得の目的が乏しいことを示す。 | 4 | PDF4頁 民事系科目第1問参照 | PDF7頁 1 出題の趣旨,ねらい等参照 |
| 16 | Y1の当初の自己居住目的と当初拒絶後に叔父の要請に応じた経緯から,転貸人の主観的悪性が低いことを説明する。 | 4 | PDF4頁 民事系科目第1問参照 | PDF7頁 1 出題の趣旨,ねらい等参照 |
| 17 | 無断転貸による信頼関係の問題を,解約申入れ・更新拒絶の正当事由判断で処理しない。(注意) | 2 | 記載なし | PDF9頁 3⑵ 設問1について参照 |
5 設問2 分割前の賃料と精算
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 18 | 896条の相続財産の範囲を死亡時で捉え,後発賃料がこれに含まれるかを根拠とともに論じる。 | 5 | PDF4頁 民事系科目第1問参照 | PDF7頁 1 出題の趣旨,ねらい等参照 |
| 19 | 909条の遡及効の対象を明示し,採用した賃料債権の帰属と整合する理由を示す。 | 5 | PDF4頁 民事系科目第1問参照 | PDF7頁 1 出題の趣旨,ねらい等参照 |
| 20 | 賃料を法定果実と位置付け,元物への従属性と相続開始後の果実収取の根拠を対照する。 | 4 | PDF4頁 民事系科目第1問参照 | PDF9頁 3⑶ 設問2について参照 |
| 21 | 金銭債権の可分性を,各共同相続人の相続分に応じた確定的な単独取得の説明に用いる。(適用条件 分割単独取得を支持する枝。対立説では別の帰属根拠を示す。) | 4 | PDF4頁 民事系科目第1問参照 | PDF7頁 1 出題の趣旨,ねらい等参照 |
| 22 | 判例に対する自らの評価を,賃料を元物と一体で処理する理由との比較を通じて一貫して示す。 | 5 | PDF4頁 民事系科目第1問参照 | PDF9頁 3⑶ 設問2について参照 |
| 23 | Cが現に受領した金銭について,採用した帰属説を前提にBがCへ請求できる法律構成を示す。 | 4 | PDF4頁 民事系科目第1問参照 | PDF9頁 3⑶ 設問2について参照 |
| 24 | 自説に従ってBのCへの請求可能額を計算し,月額・期間・相続分または分割合意との関係を示す。 | 4 | PDF4頁 民事系科目第1問参照 | PDF9頁 3⑶ 設問2について参照 |
6 重みの分布
| 重み | 項目数 |
|---|---|
| 1 | 0 |
| 2 | 3 |
| 3 | 3 |
| 4 | 10 |
| 5 | 8 |
| 計 | 24 |
| 重みの合計 | 95 |
24項目の内訳は,重み5が8項目,重み4が10項目,重み3が3項目,重み2が3項目,重み1が0項目であり,重みの合計は95点である。
設問1は17項目・64点,設問2は7項目・31点であり,問題文が示す配点の割合(5.8:4.2)とは一致しない。
重みは本記事の分析であり,配点の推定ではない。
重み5の8項目は,番号2・5・6・12・14・18・19・22である。
番号2は,Y1が保護の入口を満たすかを決め,所有権による返還請求に直結する。
番号5は,建物賃借権に必要な公示を選び,反論①の成否を分ける。
番号6は,契約当事者でないという反論への核心。単なる所有権復帰と区別する。
番号12は,請求類型で結論が分かれる。間接占有を前提とせず契約債務で閉じることが核心。
番号14は,利用者交替により賃貸人が受ける不利益の程度を判断する核心。
番号18は,帰属判断の起点。元物と賃料を一体として扱うかで結果が変わる。
番号19は,元物取得から全額請求が導かれるかを決める。
番号22は,判例賛否ではなく理由と帰結が設問の核心。
第5 模範解答
1 答案の前提と表記
試験当時の法令を基準とし,条文番号は特記がない限り民法を指す。
旧478条・旧597条1項・旧616条の「旧」は,平成29年法律第44号による改正前の規定であることを示す(他の条文も試験当時の文言による)。
設問2では,問題文の最高裁判決の見解を支持する。
2 答案
第1 設問1
1 ⑴ 反論①
Xは,残代金400万円を期限に支払わないAに対し,代理人Lを通じてその支払を催告し,支払がないため売買を解除した。
催告後に相当期間が経過していたものとして,解除は民法541条により有効である。
売買の効果は遡及的に失われ,甲不動産の所有権はXに復帰し,A名義の登記も抹消されている。
もっとも,解除前に有効な取引を基礎として形成された第三者の法律関係まで覆すと,第三者は当事者間の後の債務不履行の危険を負う。
そこで,545条1項ただし書は,解除の遡及効を制限して第三者の権利を保護する。
ここでいう第三者とは,解除前に,解除される契約の効果を基礎として,その目的物について新たに独立の法律上の利益を取得した者である。
Y1は,XA間の売買によって所有権を得たAから,その解除前に甲不動産を賃借している。
同ただし書は善意を明文の要件とせず,解除前に有効な法律関係から権利を取得する以上,残債務の存在を知っていたことだけで保護を失わせるべきではない。
仮に解除原因について善意を要すると解しても,Y1が賃借したのは売買の2週間後で,残代金の期限は売買の2か月後である。
期限未到来の残代金の存在を知っていたことは,解除原因を知り,又はXを害する目的で権利を取得したことを意味しない。
Y1には交通の便や賃料から甲不動産を借りる独自の理由もあり,第三者としての保護を否定すべき事情はない。
他方,解除の効力を制限してまで第三者を保護するには,取得した権利が外部から認識できる状態にあることを要する。
そこで,解除前の第三者には,その権利についての対抗要件を権利保護の資格として求める。
建物賃借権は登記(605条)のほか,建物の引渡しによっても対抗力を生ずる(借地借家法31条1項)。
Y1は解除前にAから引渡しを受けて対抗要件を備えた。
転貸後もY2を通じて間接占有するため,Y1が現に居住していないことはこの公示を失わせない。
したがって,Y1は賃借権をXに対抗でき,反論①は認められる。
2 ⑵ 反論②,③
⑴ 反論②
対抗力ある不動産賃貸借の目的物の所有権が移転する場合,賃貸人たる地位は,特段の事情がなければ,賃借人の承諾を要せず新所有者に移る。
賃借人が新所有者に賃借権を主張でき,目的物の使用収益をさせる義務を新所有者が履行できる以上,賃料請求権等とともに賃貸人の地位を帰属させるのが関係の実態に即するからである。
売買解除による所有権の復帰でも,賃借権が存続しXに対抗できる点で同様である。
XはA名義の移転登記を抹消して登記を回復しており,賃貸人たる地位をY1に主張できる。
Y1はAの承諾なしにY2に全部を転貸し,現に使用収益させた(612条1項・2項)。
無断使用が始まったのはAが賃貸人であった時期だが,違反はXへの地位移転時にも継続し,解除はその同じ賃貸借を対象とする。
Xは継続する契約関係を引き継ぐのであり,前の賃貸人の下で生じた当該違反も解除原因として援用できる。
したがって,Aと契約したことを理由とする反論②は認められない。
もっとも,背信行為と認めるに足りない特段の事情があれば解除は制限される。
⑶に挙げる事情はこの方向に働くが,Aが了解した同居とは異なり,Y1は居住せず別世帯に住戸全部を引き渡したこと,転貸の明示の禁止を承知しながら承諾を求めなかったことを重く見ると,本件では特段の事情を認め難い。
Xの地位を前提とするLの解除の意思表示により,XY1間の賃貸借は終了する。
⑵ 反論③
賃貸借が終了すると,賃借人は契約に基づいて賃貸人に目的物を返還する義務を負う(旧616条による旧597条1項の準用)。
Y1自身が物件に居住しないとしても,転貸借に基づくY2の占有を通じて間接占有しており,転貸借終了時にY2から返還を受ける関係にある。
そもそも,契約上の返還債務は,現実に目的物を占有している者だけを対象とするものではない。
Y1は自ら転貸した以上,Y2の占有を解消し,甲不動産を返還すべき地位にある。
Y2が明渡しを拒んでいることは,Xに対する契約上の返還債務を消滅させない。
反論③は認められない。
3 ⑶ Y2が主張立証すべき事実
Y2は,原賃貸借が特段の事情により解除されず,Y1の賃借権に依拠する自己の占有を理由に明渡しを拒めると主張する。
そのためには,転貸によって原賃貸人の利益が実質的に害されず,信頼関係を破壊しなかったと評価できる具体的事実を主張立証する必要がある。
第1に,Y2はY1の叔父で,従前の住居の賃料が家計を圧迫したため,配偶者と小学生の子2人の住居を求めてY1に繰り返し頼み,Y1が当初の拒絶を翻して応じたことである。
Y1は交通の便や賃料を考えて自分で住むために借りたのであり,初めから禁止を潜脱しようとした事案とは異なる。
叔父との関係やその住居事情は,Y1が転貸に踏み切った動機を説明する。
第2に,月8万円,期間2年,権利金16万円,敷金20万円という条件が原賃貸借と同じことである。
Y1が賃料差額や一時金の差額を取得する取引ではなかったことを示す。
第3に,Y2も家族の住居として使い,営業等に転用していないことである。
Aは当初からY1が配偶者と小学生の子を呼び寄せ,3人で住む可能性を了解していた。
Y2一家は4人で同じ世帯ではないが,夫婦と小学生の子が家族の住居として使う点で,予定された利用と性質・規模が大きく異ならないと主張できる。
これらは親族関係だけで転貸の承諾を擬制するための事情ではない。
Aの了解が及んだのはY1との同居であり,Y2の一家だけが使ったことやY2が明示の禁止を知っていたこととの比較で意味を持つ。
第2 設問2
1 相続開始後の賃料債権の帰属
Xの死亡時に相続が開始し(882条),Xの配偶者Bと唯一の子Cが相続人となる(887条1項,890条)。
Cが前の配偶者との子であることはXの子としての相続資格を左右しない。
法定相続分は各2分の1である(900条1号)。
相続財産とは,原則として相続開始時に被相続人に帰属し,相続人が承継する財産上の権利義務である(896条)。
甲不動産及び賃貸人の地位はXの死亡時に存在し,共同相続によりBとCに帰属する(898条)。
これに対し,死亡後から分割までの賃料は,B・Cの共有に属する甲不動産をその期間に使用収益させたことから新たに生ずる。
元物と賃料が経済的に関連していても,Xが生前有していた財産を承継することと,相続人が開始後に生じる法定果実を取得することは異なる。
最判平成17年9月8日は,この賃料債権を遺産と別個の財産として,各共同相続人が相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するとの見解を採る。
分割の遡及効(909条本文)は分割対象となった遺産につき生じるため,甲不動産をBが単独取得しても,既に別個の財産として帰属した賃料債権は移転しない。
2 判例の評価
これに対し,賃料は元物の法定果実(88条2項)であり,その収益を遺産分割の際に元物とまとめて清算する方が,相続人間の公平及び一回的解決に資するという考え方がある。
賃料の帰属を元物の分割の結果に従わせる構成によれば,Bに90万円全額を帰属させる余地があり,既にされた第三者の弁済については909条ただし書等による保護を別途考えることになる。
しかし,法定果実の収取は収取権の存続期間に応じる(89条2項)。
甲不動産の事実上の管理を担ったのはCであるが,分割までの収取権は共同相続によりB・Cに帰属する。
賃料債権は性質上可分な金銭債権であり,共同収益の割合に応じて各人が個別に取得できる。
法定果実であることは元物との発生上のつながりを示すが,元物についての909条本文の遡及効を,別個に発生し帰属した賃料債権へ及ぼす根拠にはならない。
賃料の支払先や受領後の処理を分割の結果によって動かさず,安定させる利益もある。
全員で賃料を含めて一括清算する合意をする余地はあり,その方法なら相続人間の公平にも配慮できる。
本件の分割合意は甲不動産の単独取得を定めるにとどまるので,判例の見解に従うのが相当である。
3 BのCに対する請求
Y2はY1名義で月10万円をXに直接支払う合意の下でCに支払っており,Cが受け取ったのは,Y2の転借料とは区別される,Y1の賃料債務の弁済としての金銭である。
CにXからの受領委任があったとしても,それはXの死亡により終了する(653条1号)。
Bが別に受領を委任した事実も与えられていない。
他方,Cは従前から事実上甲不動産の管理を担い,Xの死亡後も賃料を受領していた。
Y2はY1のために支払ったもので,両名ともXの死亡を知る機会がなかった。
従前の管理状況が賃料の受領権限まで示し,その外観を信じたことに過失がないと評価できる限り,Bの分も旧478条の債権の準占有者への弁済として有効である。
Cへの支払が従前の管理の延長と映ったと考え,本件ではこの外観と無過失を肯定する。
この場合,Bは賃料債権を失い,Cは自己の賃料債権を超える分を受領している。
CがBの分を保持する法律上の原因はなく,BはCに703条に基づく返還を求められる。
仮にBの分について弁済が無効なら,BにはY1に対する賃料債権が残り,その消滅を損失とするCへの請求は成り立たない。
よって,Bの分についても弁済が有効であるとの上記の判断の下で,Bは月10万円の9か月分である90万円のうち,自己の相続分2分の1に相当する45万円の支払をCに求めることができる。
3 出題の趣旨・採点実感を踏まえた解説
(1) 答案と評価項目の対応
設問2は番号18~24が答案第2に対応する。
設問1⑴は番号1~5が答案第1の1に対応する。
設問1⑵・反論②は番号6~11が答案第1の2⑴に対応する。
設問1⑵・反論③は番号12~13が答案第1の2⑵に対応する。
設問1⑶は番号14~17が答案第1の3に対応する。
| 番号 | 重み | 評価項目 | 答案の該当箇所・留保 |
|---|---|---|---|
| 1 | 4 | 545条1項ただし書の第三者保護の趣旨を,解除による権利消滅の原則との関係で説明する。 | 答案第1の1。 |
| 2 | 5 | Aの売買取得を基礎に解除前に賃借権を取得したY1を,545条1項ただし書の第三者に当てはめる。 | 答案第1の1。 |
| 3 | 4 | 残代金未払の認識を賃借時の弁済期と照合し,Y1の善意・悪意が保護に及ぼす影響を論じる。 | 答案第1の1。 |
| 4 | 4 | 解除前の第三者に対抗要件を求める理由を,外部に公示された権利を保護する観点から説明する。 | 答案第1の1。 |
| 5 | 5 | 建物引渡しによってY1が借地借家法31条1項の対抗要件を具備したと判断する。 | 答案第1の1。 |
| 6 | 5 | 対抗力ある賃貸借について,売買解除による所有権復帰に伴いAの賃貸人たる地位がXに移る理由を示す。 | 答案第1の2⑴。 |
| 7 | 4 | A名義の移転登記の抹消によるXの登記回復を,Y1に賃貸人の地位を主張する要件に位置付ける。 | 答案第1の2⑴。 |
| 8 | 3 | Aが賃貸人の間に生じた無断転貸を,地位取得後のXが解除原因として援用できる理由を説明する。(適用条件 Xへの賃貸人地位移転を前提に従前の無断転貸を援用するときの発展事項。) | 答案第1の2⑴。無断使用の開始と継続を区別。 |
| 12 | 5 | 契約終了に基づく返還義務の存否はY1の現実占有の有無で決まらないと,請求の根拠を示して反論③を処理する。 | 答案第1の2⑵。 |
| 13 | 2 | 間接占有に触れる場合,Y1がY2の占有を媒介に支配する関係を,契約上の返還義務の要件から区別する。(適用条件 間接占有の論証を選択した答案だけ。契約債務に触れれば別途要求しない。) | 答案第1の2⑵。契約上の返還義務を説明した後の補強。 |
| 14 | 5 | Y2一家の居住態様とAが了解したY1家族との同居を具体的に比較し,用途・規模の同質性が信頼関係の維持を支える理由を示す。 | 答案第1の3。 |
| 15 | 4 | 賃料・権利金・敷金等の同一条件から差額利得の目的が乏しいことを示す。 | 答案第1の3。 |
| 16 | 4 | Y1の当初の自己居住目的と当初拒絶後に叔父の要請に応じた経緯から,転貸人の主観的悪性が低いことを説明する。 | 答案第1の3。 |
| 18 | 5 | 896条の相続財産の範囲を死亡時で捉え,後発賃料がこれに含まれるかを根拠とともに論じる。 | 答案第2。 |
| 19 | 5 | 909条の遡及効の対象を明示し,採用した賃料債権の帰属と整合する理由を示す。 | 答案第2。 |
| 20 | 4 | 賃料を法定果実と位置付け,元物への従属性と相続開始後の果実収取の根拠を対照する。 | 答案第2。 |
| 21 | 4 | 金銭債権の可分性を,各共同相続人の相続分に応じた確定的な単独取得の説明に用いる。(適用条件 分割単独取得を支持する枝。対立説では別の帰属根拠を示す。) | 答案第2。判例支持の枝で可分性を説明。 |
| 22 | 5 | 判例に対する自らの評価を,賃料を元物と一体で処理する理由との比較を通じて一貫して示す。 | 答案第2。 |
| 23 | 4 | Cが現に受領した金銭について,採用した帰属説を前提にBがCへ請求できる法律構成を示す。 | 答案第2。弁済が有効であるための条件と無効の場合を併記。 |
| 24 | 4 | 自説に従ってBのCへの請求可能額を計算し,月額・期間・相続分または分割合意との関係を示す。 | 答案第2。 |
(2) 設問1⑴ 解除前の賃借人
法務省の出題の趣旨は,第三者の意義だけでなく,対抗要件を要求する意味と建物賃借人がそれを備える方法を問う。
答案第1の1は,解除前に賃借したこと,未払を知った時点では残代金の期限が来ていなかったこと,建物の引渡しを受けたことを順に対応させた(番号1~5)。
(3) 設問1⑵ 地位の移転と返還義務
賃借権がXに対抗できるという⑴の前提を保ったまま,Xが賃貸人となる理由と登記の意味を説明する。
無断使用がAのもとで始まりXのもとでも継続したという説明は,解除原因の発生と権利行使の時点をつなぐ発展事項である。
反論③は契約上の返還義務で処理でき,間接占有を詳しく論証することは必須ではない。
対応は第4の2・3の表に示した。
(4) 設問1⑶ 背信性を否定する具体的事実
転貸後の利用と当初了解された家族居住との比較,条件が同じことと差額利得の有無,Y1が自分で住むつもりだったことと転貸に至る経緯が評価の軸になる。
Y2の住宅事情はY1が申出を受けた動機を説明するために使う。
解約申入れ等の正当事由の判断とは区別する。
対応は第4の4の表に示した。
(5) 設問2 元物の分割と賃料の精算
採点実感は,果実が元物から生ずることと遺産分割の遡及効から一見すると賃料全額がBに帰属しそうに見える点を取り上げる。
答案は,死亡時に存在する遺産と後発賃料を分け,法定果実の収取期間及び金銭債権の可分性から判例の理由を説明した。
Cの受領済みの金銭を不当利得で精算する処理は,本記事の構成である。
分割前の各月の帰属と,Cへの弁済の効力とは別に評価した。
対応は第4の5の表に示した。
(6) 答案の弱点と扱わなかった事項
設問1⑵の結論は,信頼関係を破壊しない特段の事情の評価によって変わり得る。
Y2一家がY1を伴わず住戸全部を使ったことと,居住態様・経済条件が大きく変わらないことの双方を考慮する必要がある。
設問2では,Cの管理が賃料受領権限の外観まで作っていたか,弁済者の過失をどこまで認定できるかに与件上の限界がある。
本答案は与件から外観を肯定できると評価した場合の結論を示し,評価が異なる場合の帰結も示した。
問題文が除外する敷地利用権の分離処分や,承諾書を巡るY1・Y2間の損害賠償は扱わない。
試験後に明文化された賃貸人の地位移転の規定は,当時の答案の根拠に含めない。
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第7 出典
1 公式資料
平成20年新司法試験論文式試験問題集[民事系科目第1問]:法務省。PDF1~4頁(第1問)。
平成20年新司法試験論文式試験出題の趣旨:法務省。PDF3~4頁の民事系科目第1問。
平成20年新司法試験の採点実感等に関する意見:法務省。PDF7~10頁の民法。
平成20年新司法試験の実施日程等について:司法試験委員会。論文式試験の民事系科目第1問は平成20年5月17日。
2 法令
民法541条・545条,605条・612条,旧616条・旧597条1項,旧478条,653条,703条,88条・89条,882条・887条・890条・896条・898条・900条・909条及び借地借家法31条1項は,試験当時の文言による。
民法は,e-Gov法令検索の平成28年10月13日施行の版(平成29年法律第44号による改正前)の日本語の条文と,法務省の日本法令外国語訳データベースの平成18年法律第78号反映版の英訳を用いた。
借地借家法は,同データベースの平成19年法律第132号反映版を用いた。
民法第1~3編・法務省日本法令外国語訳データベース(平成18年法律第78号反映版の英訳)
民法第4・5編・同データベース(平成18年法律第78号反映版の英訳)
借地借家法・同データベース(平成19年法律第132号反映版)
3 裁判例
最一小判平成17年9月8日・平成16年(受)第1222号・民集59巻7号1931頁:相続開始から遺産分割までの間に共同相続に係る不動産から生ずる賃料債権の帰属と,後にされた遺産分割の効力(問題文4頁が判示を引用する)。
最二小判昭和39年8月28日・昭和35年(オ)第596号・民集18巻7号1354頁:賃貸中の家屋の所有権の移転と賃貸人の地位の承継。
最二小判昭和46年4月23日・昭和45年(オ)第46号・民集25巻3号388頁:賃貸土地の所有権とともにする賃貸人たる地位の譲渡と賃借人の承諾の要否。
4 留意事項
出題の趣旨・採点実感は,民事系科目第1問(民法)の上記範囲だけを根拠とし,別の問題又は科目の記載は用いていない。
採点実感PDF9頁は「設問2の小問(3)」と記すが,記述の内容は設問1の小問(3)に関するものなので,本記事では設問1⑶の根拠として扱った。
評価項目の切り分け,重み,BとCとの間の具体的な精算方法は本記事の分析による。
昭和39年・昭和46年の最高裁判決は所有権の譲渡に伴う賃貸人の地位の移転の事案であり,売買の解除による所有権の復帰に同じ扱いを及ぼすのは答案の判断である。