第1 この記事の対象と結論
平成24年司法試験の民事系科目第1問(民法)について,法務省の出題の趣旨と採点実感から独自に抽出した28の評価項目と,5段階の重み,5000字以内の答案例を示す。
評価項目と重みは,法務省の公式採点基準又は配点ではない。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象問題 | 法務省・平成24年民事系問題PDFの第1問。 |
| 答案の基準時 | 平成24年の試験時を前提とする。後の債権法改正の内容を当時の答案へ持ち込まない(例えば,混合寄託物の一部が滅失したときに寄託した物の割合に応じた数量の返還請求を認める民法665条の2第3項は,令和2年4月1日施行の規定であり,当時の民法にはない)。 |
| 資料の状態 | 問題は実読済み(PDF1頁~5頁,本文・別紙は2頁~5頁)。出題の趣旨は実読済み(PDF3頁の民事系第1問開始から5頁の第2問直前まで)。採点実感は実読済み(PDF9頁~14頁の民事系第1問全体)。 |
| 中心となる事項 | 遺産共有と権利承継,自己の物の時効取得,主張立証責任,混合寄託の契約解釈,無償寄託と将来利益の賠償。 |
| 評価項目 | 全28項目。重み5は8項目。重み合計は113。条件付きの項目を全答案へ累積要求しない。 |
| 裁判例 | 最高裁昭和42年7月21日判決(昭和40年(オ)第1265号,民集21巻6号1643頁)。自己の物の時効取得を認める最高裁第二小法廷の判決本文を全2頁確認し,書誌は裁判所HPの裁判例検索で確認した。 |
| 答案の分量 | 2872字(答案の番号・空白を含み,改行だけを除外)。上限5000字。 |
| 同年度の案内 | 第6では,同年度の公式資料の所在と別年度の民法の答案例を案内する。 |
| 確認日 | 令和8年11月3日。法令の独立確認の限界は第7の4に示す。 |
本答案は,設問1ではFの全部所有権取得を否定し,持分取得説を前提に取得時効の法理と売買事実の意味を論じる。
設問2では契約の補充的解釈により残存1000箱全部の返還を認め,設問3ではHの債務不履行を認めつつ,与えられた事実だけでは全店舗取引による将来利益の発生を認めない。
設問2・3の結論を唯一の正解とするものではない。
事実と設問の整理,評価項目の一覧,答案本文,設問ごとの解説の順に参照されたい。
第2 評価項目の示し方と重み付けの基準
1 評価項目の示し方
一つの評価項目には,一つの判定対象を置いた。
表の頁はPDFファイルの先頭から数える頁であり,両公式資料の対象範囲から根拠箇所を示す。
「記載なし」は当該範囲を読んだ上で具体的な記載を確認できないこと,「間接」は一般的な記載から本記事が導いたことを意味する。
【注意】は誤りを避けるための項目であり,別枠の追加減点ではない。
【許容分岐】と【適用条件】は重みとは別の分類であり,採用した法律構成に応じて適用を決める。
採点実感だけの発展事項を,全答案に共通する核心へ自動的に引き上げない。
2 5段階の重み付けの基準
重み5:設問の判断を大きく分ける核心。
重み4:結論を理由付きで支える主要な論証・当てはめ。
重み3:通常押さえる法的処理・事情の評価。
重み2:論証を補強する説明・個別事情・誤りへの注意。
重み1:補充的な引用・記述範囲の確認。
重みは設問内での役割から各項目を個別に判断した。
重みの分布は,各項目の重みを個別に判断した後に集計した結果であり,本問に重み1・2の行がないことも,別の問題に同じ分布を適用する理由にはならない。
両公式資料への登場を重み4の必須条件とせず,注意項目も誤りの影響から重みを決めた。
第3 本問の概要
1 問題文と事実関係
問題の全文と寄託契約書は,法務省の民事系問題PDFに掲載されている。
本記事の要約だけでなく,設問と別紙の文言を確認されたい。
甲土地の所有者Cが死亡し,子D・Eが相続したが遺産分割はされていない。
Dの死亡後にその持分を相続したBが,甲土地全部をAへ売却し,その後AをFが単独相続した。
設問1は,売買による全部所有権の取得と,売買合意の取得時効上の意味を問う。
Fは製造した「和風だし」のうち1000箱をGへ売り渡し,F・Gはそれぞれ1000箱をHへ有償で寄託した。
契約は混合保管と数量割合による共有を定める一方,同数の返還を約束する。
2000箱中1000箱が盗まれたため,Gへの1000箱の引渡しとFの権利の関係が問題となる。
Fは,新たに製造を始めた「山菜おこわ」500箱もHへ無償で寄託した。
Q百貨店との本店向け売買が成立し,本店での評判が良ければ全店舗への展開が予定されていたが,Hの施錠忘れによる盗難で全部が失われた。
QはFの商品保管態勢と経営姿勢を問題として,売買契約の解除と将来の交渉打切りを通知した。
2 設問が求めること
| 設問 | 立場・対象 | 指定・仮定・除外 | 到達点 |
|---|---|---|---|
| 1(1) | Fの全部所有権取得の主張 | 売買と相続による承継。遺産分割は未了。 | 権利取得原因と帰属を理由付きで判断する。 |
| 1(2) | AB間の売買合意という指定事実 | 20年取得時効の主張との関係。占有期間の全要件を漫然と論じない。 | 他人の物・所有の意思・主張立証責任上の役割を説明する。 |
| 2 | GからHへの残存だし1000箱の引渡請求 | Hの数量不足とFの権利侵害という二つの理由を扱う。Hは非商人,保管は非商行為。 | 全部又は一部が認められるかを,契約解釈又は物権構成から示す。 |
| 3 | FからHへの債務不履行による損害賠償 | 無償のおこわ寄託。対象損害は全店舗で取り扱われなくなったこと。 | 義務違反と,特定の将来利益の賠償の可否を区別して結論を示す。 |
第4 評価項目と重み
1 設問1―権利承継・取得時効
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 遺産分割未了の甲土地がD・Eの遺産共有に属することを説明する | 5 | PDF4頁・民事系第1問・設問1。遺産共有状態が生じている | PDF10頁・3(1)。遺産分割や遺産共有という基本概念 |
| 2 | BからA,AからFへの承継という主張の構造を示す | 4 | PDF4頁・民事系第1問・設問1。所有権がBからAへと移転したこと | PDF10頁・3(1)。いかなる法的根拠に基づくものであるか |
| 3 | Bが処分できる持分とEの持分を区別し,Fの全部所有権取得を否定する | 4 | PDF4頁・民事系第1問・設問1。Fの主張は,失当である | PDF10頁・3(1)。甲土地の所有権の帰属について結論 |
| 4 | 【許容分岐】全部の所有権だけを取得する契約意思を採るなら,持分も移転しない理由を示す | 3 | PDF4頁・民事系第1問・設問1。甲土地持分権すら取得しないとの考え方もあり得る | 記載なし(第1問の対象範囲を実読) |
| 5 | 【適用条件】持分取得説では,自己の物の時効取得を認める法理と理由を示す | 5 | PDF4頁・民事系第1問・設問1。自己の物についても時効取得が可能である | PDF10頁・3(1)。自己の物の時効取得の可否をその根拠 |
| 6 | 【許容分岐】持分不取得説では,甲土地全部が他人の物に当たることを接続する | 3 | PDF4頁・民事系第1問・設問1。「他人の物」に当たることとなる | 記載なし(第1問の対象範囲を実読) |
| 7 | 所有の意思を占有取得権原の性質等から客観的に判断する | 4 | PDF4頁・民事系第1問・設問1。所有の意思の要件,つまり自主占有の要件 | PDF10頁・3(1)。占有取得権原の実体法上の意味 |
| 8 | 売買契約を自主占有を基礎付ける事実として当てはめる | 4 | PDF4頁・民事系第1問・設問1。自主占有権原 | PDF10頁・3(1)。具体的事実の意義付け |
| 9 | 民法186条1項により,他主占有の主張立証責任がE側にあることを示す | 5 | PDF4頁・民事系第1問・設問1。主張立証責任は民法第186条第1項によりEの側にある | PDF11頁・3(1)。主張立証責任の分配に関する適切な言及 |
| 10 | 売買の事実をEの他主占有の主張に対する否認理由として位置付ける | 4 | PDF4頁・民事系第1問・設問1。当該事実の存在を否認する事実として位置付けられる | PDF10頁・3(1)。否認の理由付けになるにとどまる |
| 11 | 【注意】民法94条2項類推等へ逸れず,遺産共有と処分権限を中心に論じる | 3 | PDF4頁・民事系第1問・設問1。民法第94条第2項の類推適用についての検討を求める問いではない | PDF11頁・3(1)。第177条の適用問題への言及に傾注 |
2 設問2―混合寄託と返還請求
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 12 | 数量不足の場面で約定4の共有と約定6の数量返還が緊張することを発見する | 5 | PDF4頁・民事系第1問・設問2。第4条と第6条 | PDF11頁・3(2)。契約書の第4条や第6条 |
| 13 | 寄託物の共有状態と持分権の内容を正しく把握する | 3 | PDF5頁・民事系第1問・設問2。寄託物の共有状態を正しく把握し | PDF11頁・3(2)。一つ一つの個々の物ごとに共有が成立 |
| 14 | 契約上の数量返還請求と物権に基づく返還請求の根拠を区別する | 4 | PDF5頁・民事系第1問・設問2。債権的な返還請求権 | PDF12頁・3(2)。訴訟物が何になるか |
| 15 | 契約条項の文言・目的・理念から補充的解釈の理由を示す | 4 | PDF5頁・民事系第1問・設問2。目的と理念 | PDF11頁・3(2)。当事者の合理的意思を探求 |
| 16 | 共有状態と契約解釈が相互に影響することを論じる | 4 | PDF5頁・民事系第1問・設問2。両請求権が相互に影響を及ぼす | PDF12頁・3(2)。その合理的な調整を図るべく |
| 17 | Gへの引渡しがFの権利を害するかを検討し,その処理根拠を示す | 5 | PDF5頁・民事系第1問・設問2。他の共有者の権利を害しないか | 間接:PDF11頁・3(2)。十分な理由付けと論理一貫性 |
| 18 | 【適用条件】持分に基づき500箱を取り出す構成では,各箱の共有と分割・同意等の根拠を検討する | 3 | 記載なし(第1問の対象範囲を実読) | PDF11頁・3(2)。集合の全体を共有するという理解 |
3 設問3―注意義務と将来利益
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 19 | おこわの保管合意と交付による当時の寄託契約の成立を示す | 3 | PDF5頁・民事系第1問・設問3。寄託契約が成立したこと | 記載なし(第1問の対象範囲を実読) |
| 20 | だしの有償寄託と区別して,おこわの無償寄託の注意義務を示す | 5 | PDF5頁・民事系第1問・設問3。無償受寄者 | PDF12頁・3(3)。寄託契約が別個に締結 |
| 21 | 施錠忘れを注意義務違反に当てはめ,帰責事由ある債務不履行を認める | 4 | PDF5頁・民事系第1問・設問3。施錠を忘れるという注意義務違反 | PDF13頁・3(3)。保管義務違反があったことを事実に即して指摘 |
| 22 | 【許容分岐】先行する有償寄託から善管注意義務を導くなら,その理由を説明する | 3 | PDF5頁・民事系第1問・設問3。善良な管理者の注意 | PDF12頁・3(3)。それとの関連を丁寧に説明して善良な管理者の注意義務 |
| 23 | 損害発生・因果関係・賠償範囲のうち,選んだ検討視点の意義を説明する | 5 | PDF5頁・民事系第1問・設問3。考察のための視点を提示する | PDF13頁・3(3)。その視点に着目して検討するべき理由 |
| 24 | 【適用条件】損害発生を論じる場合,本店販売・全店舗展開の条件と将来利益の確実性を評価する | 4 | PDF5頁・民事系第1問・設問3。賠償されるべき損害が発生しているといえるか | 間接:PDF12頁・3(3)。具体的な事実を総合的に分析 |
| 25 | 【適用条件】因果関係を論じる場合,Qの経営判断を介する過程と未実現の販売条件を評価する | 4 | PDF5頁・民事系第1問・設問3。因果関係があるといえるか | 間接:PDF12頁・3(3)。具体的な事実を総合的に分析 |
| 26 | 【適用条件】賠償範囲を論じる場合,全店舗取引の利益を特別事情との関係で検討する | 4 | PDF5頁・民事系第1問・設問3。特別損害として賠償の範囲に含まれるか | PDF12頁・3(3)。第2項の問題であるという規範適用 |
| 27 | 【適用条件】予見の主体と基準時を示し,1月22日の説明をその時点と照合する | 4 | 記載なし(第1問の対象範囲を実読) | PDF12頁~13頁・3(3)。特別損害を誰がいつ予見すべきか |
| 28 | 事実6・11・12・14・16を関連付け,選んだ視点から請求の可否を具体的に結論付ける | 5 | PDF5頁・民事系第1問・設問3。6,11,12,14,16 | PDF13頁・3(3)。複数の事実を総合的に考察 |
4 重みの分布
重み5は8件,重み4は13件,重み3は7件,重み2・1はいずれも0件であり,合計28項目,重み合計113である。
この合計を実際の配点又は答案の得点へ換算することはできない。
重み5は,遺産共有の出発点(番号1),自己の物の時効取得(番号5),E側の主張立証責任(番号9),約定4・6の緊張(番号12),Fの共有持分の処理(番号17),契約別の注意義務(番号20),損害賠償の検討視点(番号23),複数事実から請求可否を導くこと(番号28)の8項目とした。
各項目がその後の法的評価を左右する点を重視した。
読みやすい文章,根拠条文の適切な指摘,論述の緻密さと明快さ,配点に応じた分量・時間配分は,一般的な指摘として全体を点検する。
これらから新たな加重行を作り,既存の不足と二重に評価することはしない。
第5 模範解答
1 答案の前提と表記
平成24年の試験時の民法を前提とする。
当時の寄託契約の成立と無償受寄者の注意義務を用い,現行法からそのまま置き換えない。
番号は1→(1)→アの階層とし,規範,事実評価,結論を接続した。
答案は番号・空白込みで改行を除き2872字である。
設問2では1000箱返還説を採用するが,契約の補充的解釈に関する本記事の見解である。
設問3も将来利益の不発生・立証不足を中心にした一例であり,公式資料が同じ結論を指定したという意味ではない。
答案には判例の事件番号・判決日を付さず,「判例同旨」とも表記していない。
2 答案
1 設問1
(1) Fの所有権取得
ア Fの主張は,BからA,AからFへの所有権の承継により甲土地全部の所有権を取得したというものである。
Cの死亡により,その子D・Eが各2分の1の相続分で共同相続した。
遺産分割前の甲土地は両者の共有に属する(民法898条)。
その後Dが死亡し,唯一の相続人BがDの持分を相続したから,Bの持分も2分の1である。
イ 共有者は自己の持分を処分できるが,他の共有者の持分まで処分する権限を当然には有しない。
Bが甲土地全部を売却したことにより,AはBの持分を取得する。
しかし,BがEの持分を処分できる事情はない。
他人の権利を売買の目的とする契約が有効であることと,その契約だけで当該権利が買主に移転することとは別である。
FはAの唯一の相続人としてAの持分を承継するにとどまり,甲土地全部の所有権を取得したとはいえない。
(2) 売買契約の締結の意味
ア 取得時効には所有の意思をもった占有が必要である(162条1項)。
前記のとおりAが持分を取得した部分は「他人の物」ではない。
しかし,長期間継続した占有状態を保護し,過去の権利取得原因の立証困難を救うという取得時効の趣旨は,真の所有者にも妥当する。
自己の物であることを理由に時効取得を否定すべきではなく,Fは甲土地全部について取得時効を主張できる。
イ 所有の意思の有無は,占有者の内心ではなく,占有取得の原因である権原の性質等から客観的に判断する。
全部の所有権を取得するための売買契約は,その性質上,他人のために占有すべき権原ではない。
本件売買は,Aが甲土地全部を自己の物として占有を開始したことを基礎付ける。
もっとも,占有者には所有の意思が推定される(186条1項)。
Fが自主占有の権原として売買を主張立証しなければ時効取得が認められないのではない。
Eが他主占有の権原又は所有の意思のないことを示す事情を主張立証する場合に,Fは,その否認の理由として本件売買の締結を挙げることができる。
2 設問2
(1) 請求の根拠と契約解釈
GはHに対し,寄託契約の約定6に基づき,だし1000箱の返還を請求することが考えられる。
同種・同品質のだしを混合して保管する一方,約定4は寄託者間の共有とし,約定6は寄託数量と同数の返還を定める。
盗難により総数が不足した場合,持分割合に相当する数量の返還に限定するかが明示されていないため,両条項を契約の目的に沿って補充的に解釈する必要がある。
(2) 全部の返還を認める解釈
この契約の目的は,同種・同品質の物を混合して保管する便宜を認めつつ,各寄託者が同じ数量の物の返還を受けられるようにすることにある。
約定6は特定の箱の返還を要求せず,混合物から同数を返還する義務を定める。
約定4の共有は保管中の物権の帰属を定めるものであり,それだけで契約上の数量債権を不足に応じて減少させるとは限らない。
また,約定3は混合保管への同意に加え,Hが他の寄託者の同意を保証すると定める。
この合意を約定6と併せて読めば,各寄託者は,他の寄託者に対する契約に従った数量返還にも同意したと解するのが合理的である。
Hは有償で保管を引き受けており,返還不能の危険を共有という一事だけで寄託者に比例配分すべきではない。
確かに,Gへの全部返還によりFが現物の返還を受けられなくなることから,約定4による比例分担を考える余地はある。
しかし,各寄託者の同意が返還のための各箱の持分処分を含まなければ,約定6は実現できない。
不足時にこの同意や数量返還義務を縮減する定めもない。
本件では,有償保管の危険をHが引き受けたと解し,互いの数量返還への同意は不足時にも及ぶと解する。
したがって,本件では残存する1000箱全部の返還を請求できると解する。
Hの抗弁①は,数量返還義務が当然に半減するものではないから認められない。
抗弁②も,Fの共有持分は前記の数量返還への同意と両立し,Gへの履行を妨げないから認められない。
Fに対するHの返還義務及びその不履行の処理は別に残る。
これに対し,Gの共有持分だけを根拠に当然に任意の500箱を取り出せるという構成は採らない。
各箱にFの持分が及ぶなら,その引渡しにはFの権利を処理する根拠が別途必要となるからである。
3 設問3
(1) Hの債務不履行
FとHとの間には,おこわ500箱を無償で保管する合意とその交付により,寄託契約が成立した(当時の657条)。
だしについての有償寄託とは別の契約であり,当然に同じ注意義務となるわけではない。
Hは少なくとも自己の財産に対するのと同一の注意をもって保管する義務を負う(659条)。
倉庫を施錠し忘れ,そのために盗難に遭ったことは,この注意を欠く。
Hには返還不能について帰責事由があり,415条による損害賠償責任が問題となる。
(2) 全店舗での取引から得られたはずの利益
ア Fが請求するのは,既に売買契約を締結した500箱の対価そのものではなく,将来の全店舗での取引による利益である。
この請求を認めるには,全店舗での取引が実現して利益を得られたと認定できなければならない。
単に取引拡大の期待があるだけで,主張する利益の発生を認めることはできない。
Qの提示は,本店での販売が好調であることを全店舗への展開の条件とする。
Fの料亭が名店であることや,本店向けの売買契約の成立は販売可能性を支える。
しかし,おこわは平成24年1月に製造を始めた新商品で,Qでの販売実績はなく,問題文には,全店舗での具体的な販売数量・期間等を示す事情もない。
FがQでの発売までは自店で販売しないこととした点を考慮しても,本店で好調に売れ,全店舗で継続的な利益を得たと認定するには足りない。
問題文の事実だけでは,請求対象とする将来利益の発生を認めることはできない。
イ なお,QがFの保管・管理体制への不信から将来の交渉も打ち切ったことは第三者の判断を介するが,それだけで因果関係が切れるわけではない。
食品の大量取引では供給・管理の信頼性が重要であり,盗難による納入不能が交渉打切りにつながることはあり得る。
他方,本件では本店販売の成績を経て全店舗への展開に至るという未実現の段階が残っており,納入不能がなければ全店舗取引に至ったと直ちにはいえない。
ウ また,この将来利益を特別の事情による損害として416条2項により検討する場合,予見の主体はHである。
保管義務が続く間に知った事情も,その後の履行に際して考慮できるため,債務不履行時を基準と解する。
Fが1月22日に将来の販売計画を伝え,盗難は同月24日に発生したことは,Hの予見可能性を肯定する方向に働く。
しかし,計画を知ったことと,条件付きの全店舗取引による利益が現実に生ずることとは別問題である。
この説明だけで前記の不確実性を埋めることはできない。
以上より,Hの債務不履行は認められるが,与えられた事実の下で,全店舗での取引による将来利益についてのFの請求は認められない。
以上
3 出題の趣旨・採点実感を踏まえた解説
(1) 答案と評価項目の対応
答案1(1)は第4の番号1〜4・11,答案1(2)は番号5〜10,答案2は番号12〜18,答案3は番号19〜28に対応する。
番号4・6・22の別構成は答案では採らず,本解説で位置付ける。
番号18は物権的持分から当然に500箱を分取する構成を採る場合の確認であり,契約解釈による本答案への累積要求とはしない。
重み5のうち,答案1(1)アが遺産共有(番号1),1(2)アが自己の物の時効取得(番号5),1(2)イがEの負担(番号9),答案2(1)が条項間の緊張(番号12),2(2)がFの権利(番号17),3(1)が契約別の注意義務(番号20),3(2)が視点の提示と複数事情による結論(番号23・28)を担う。
重み3のうち条件付きでない番号11・13・19は,それぞれ答案1の論述範囲,答案2の共有状態,答案3(1)の寄託成立に対応する。
第4の重み5・4の項目及び条件付きの項目について,模範解答との対応を次の表に示す。
| 番号 | 重み | 評価項目 | 答案の該当箇所・留保 |
|---|---|---|---|
| 1 | 5 | 遺産分割未了の甲土地がD・Eの遺産共有に属することを説明する | 答案1(1)ア |
| 2 | 4 | BからA,AからFへの承継という主張の構造を示す | 答案1(1)ア・イ |
| 3 | 4 | Bが処分できる持分とEの持分を区別し,Fの全部所有権取得を否定する | 答案1(1)イ |
| 4 | 3 | 【許容分岐】全部の所有権だけを取得する契約意思を採るなら,持分も移転しない理由を示す | 解説で別解として説明。非採用の別構成であり,解説で扱う。 |
| 5 | 5 | 【適用条件】持分取得説では,自己の物の時効取得を認める法理と理由を示す | 答案1(2)ア |
| 6 | 3 | 【許容分岐】持分不取得説では,甲土地全部が他人の物に当たることを接続する | 解説で別解として説明。非採用の別構成であり,解説で扱う。 |
| 7 | 4 | 所有の意思を占有取得権原の性質等から客観的に判断する | 答案1(2)イ |
| 8 | 4 | 売買契約を自主占有を基礎付ける事実として当てはめる | 答案1(2)イ |
| 9 | 5 | 民法186条1項により,他主占有の主張立証責任がE側にあることを示す | 答案1(2)イ |
| 10 | 4 | 売買の事実をEの他主占有の主張に対する否認理由として位置付ける | 答案1(2)イ |
| 12 | 5 | 数量不足の場面で約定4の共有と約定6の数量返還が緊張することを発見する | 答案2(1) |
| 14 | 4 | 契約上の数量返還請求と物権に基づく返還請求の根拠を区別する | 答案2(1)・(2) |
| 15 | 4 | 契約条項の文言・目的・理念から補充的解釈の理由を示す | 答案2(2) |
| 16 | 4 | 共有状態と契約解釈が相互に影響することを論じる | 答案2(2) |
| 17 | 5 | Gへの引渡しがFの権利を害するかを検討し,その処理根拠を示す | 答案2(2) |
| 18 | 3 | 【適用条件】持分に基づき500箱を取り出す構成では,各箱の共有と分割・同意等の根拠を検討する | 解説の別解;答案2(2)末尾で安易な構成を排除。物権的な当然の分取という構成は採らない。 |
| 20 | 5 | だしの有償寄託と区別して,おこわの無償寄託の注意義務を示す | 答案3(1) |
| 21 | 4 | 施錠忘れを注意義務違反に当てはめ,帰責事由ある債務不履行を認める | 答案3(1) |
| 22 | 3 | 【許容分岐】先行する有償寄託から善管注意義務を導くなら,その理由を説明する | 解説で別解として説明。非採用の別構成であり,解説で扱う。 |
| 23 | 5 | 損害発生・因果関係・賠償範囲のうち,選んだ検討視点の意義を説明する | 答案3(2)ア〜ウ |
| 24 | 4 | 【適用条件】損害発生を論じる場合,本店販売・全店舗展開の条件と将来利益の確実性を評価する | 答案3(2)ア |
| 25 | 4 | 【適用条件】因果関係を論じる場合,Qの経営判断を介する過程と未実現の販売条件を評価する | 答案3(2)イ |
| 26 | 4 | 【適用条件】賠償範囲を論じる場合,全店舗取引の利益を特別事情との関係で検討する | 答案3(2)ウ |
| 27 | 4 | 【適用条件】予見の主体と基準時を示し,1月22日の説明をその時点と照合する | 答案3(2)ウ |
| 28 | 5 | 事実6・11・12・14・16を関連付け,選んだ視点から請求の可否を具体的に結論付ける | 答案3(2)ア〜ウ・末尾 |
(2) 設問1(1)
出題の趣旨は,Bが所有者であることを前提とする売買とFへの相続という主張の構造を示し,遺産共有と分割未了に即した実体法の分析を求める。
採点実感も,遺産共有・遺産分割という基本概念を適切に用い,民法898条のような基本的な規定を掲記することを重視している。
答案は,CからD・E,DからB,BからA,AからFという承継を分け,全部の処分権限を否定する(番号1〜3)。
全部の所有権の取得だけが意図され,持分だけの移転は意図されていないという契約解釈も,出題の趣旨は許容する(番号4)。
本答案は持分取得説を採るため,その別構成を重ねて必須とはしない。
他人物売買の有効性と権利移転の区別は,公式の結論を支えるために本記事が補った説明である。
登記や94条2項類推へ分量を割き,遺産共有の検討に代えることは避ける(番号11)。
(3) 設問1(2)
出題の趣旨は,売買の事実を「他人の物」と「所有の意思」の双方に結び付け,さらにE側の主張立証責任と否認理由としての位置付けを示すことを求める。
採点実感は,自己の物の時効取得を問題にしない答案や,実体法の分析を経ず要件事実を羅列する答案を挙げている。
答案は自己所有部分の問題を先に解消し,自主占有の客観的判断から推定と負担者へ進む(番号5・7〜10)。
自己の物の時効取得を認める理由は,最高裁昭和42年7月21日判決(昭和40年(オ)第1265号,民集21巻6号1643頁)の判決本文でも,長期の占有という事実状態を保護し,所有権取得の立証が困難な場合などに時効取得を主張させる制度趣旨から説明されている。
持分を一切取得しない説では,土地全部が「他人の物」となるため,別の接続になる(番号6)。
本答案はその説を採らない。
(4) 設問2
出題の趣旨・採点実感が重視するのは,契約書を実際に読み,数量不足時に約定4と6をどう調整するかを理由付きで示すことである。
債権的返還請求と物権的返還請求のどちらも構成し得るが,請求根拠を曖昧にしてはならない。
答案は契約上の数量返還請求を採り,混合保管の便宜,同数量返還の約束,他の寄託者の同意の保証をつなげた(番号12〜17)。
1000箱説に対しては,先に請求したGだけが現物の全部を得れば,Fが返還不能の危険を一方的に負うことになるとの反論がある。
答案は,共有持分があるという理由だけでGの契約上の数量を半減させず,各寄託者が互いの数量返還に同意したという補充解釈を採る。
この同意が不足時にも及ぶとの解釈,及びFがHへの契約上の権利を維持することが理由の要点であり,損害賠償が残るという一事だけでFの物権を消すものではない。
この解釈は本記事の理解であり,公式資料が唯一の結論として述べたものではない。
これに対し,約定6を通常時の払出し方法とし,不足時には約定4に従って比例的に損失を分担するとの契約解釈も考えられる。
その場合には500箱という返還数量の理由と,その引渡しについてのFの同意の射程を説明する必要がある。
契約上の調整によらず,共有持分が半分だから当然に任意の500箱を取り出せるとするなら,個々の箱の共有と集合全体の共有を区別し,分割・同意等の法的根拠を示す必要がある(番号18)。
採点実感が少数の周到な答案として挙げる発展事項を,全答案の必須論点に置き換えない。
(5) 設問3
出題の趣旨は,合意と交付による寄託成立,無償受寄者の注意義務,施錠忘れによる違反を示した後,損害発生・因果関係・賠償範囲のうち一つ又は複数の視点から検討することを求める。
採点実感は,だしとおこわの契約が別であることを見落とした答案や,予見の主体と時点を細かく論じない答案を指摘する。
答案は無償寄託の基本構成を採り,Hの注意義務違反を認める(番号19〜21)。
先行する有償寄託との関連を丁寧に説明して善管注意義務を導く構成も許されるが,本答案は採らない(番号22)。
将来利益については,選んだ視点がなぜ本件に適するかを明らかにする(番号23)。
答案は,本店の評判が良いことを条件とする全店舗展開であるため,まず利益の発生を認定できるかを検討し,新商品で販売実績もないことを反対事情として評価した(番号24・28)。
具体的な数量・期間を示す事情が問題文にないことは,本件の認定資料が限られるという評価であり,実際の交渉で一切の数量や期間が決まっていなかったという事実を追加したものではない。
Qの経営判断は当然に因果関係を切断しない一方,交渉打切りがなければ全店舗取引に至ったとするには未実現の条件が残る(番号25)。
416条2項から検討する場合,予見の主体をH,基準時を債務不履行時と置き,1月22日の説明と24日の盗難の順序を用いた(番号26・27)。
不履行時を基準とする理由は,継続する保管義務の履行において,後に知った事情も考慮できる点にある。
本店への納入や全店舗展開の計画を知ったことと,条件付きの利益が実際に発生することは別である。
一つの会話だけで賠償可能な全店舗利益を認めず,事実6・11・12・14・16を相互に関連付ける(番号28)。
(6) 答案の弱点と扱わなかった事項
設問2の1000箱説は,不足時にも各寄託者の同意が及ぶという契約解釈を必要とし,比例配分説からの反論が残る。
設問3も,名店としての実績やQの申出を重く評価して別の結論を導く余地があり,結論だけを照合して優劣を決めることはできない。
答案は主要な構成を一貫させる一例として読むべきものである。
設問1では占有期間の全体計算や対抗要件論を展開せず,売買事実の二つの意義と訴訟上の役割に分量を配した。
設問3の既存500箱売買の代金相当損害など,設問が対象としていない損害を全店舗利益の説明に混ぜていない。
判決の書誌と試験時の法令の確認範囲は,第7に分けて示す。
第6 関連記事
1 同じ年度の司法試験の記事
同年度の公式問題・出題趣旨・採点実感への入口は,法務省HPの司法試験・予備試験の資料の所在で案内している。
2 同じ科目の別の年度の記事
①平成26年民事系第1問(民法)の模範解答と評価項目
②平成25年民事系第1問(民法)の模範解答と評価項目
3 本問の論点に関連する山中弁護士ブログの記事
①司法試験の出題法令の基準日―年度別六法リンク
②司法試験の過去問・参考答案一覧
法令の基準時を確かめる際は①,別年度の答案を探す際は②を参照されたい。
これらの記事を,本問の法理の一次資料に代えるものではない。
第7 出典及び確認状態
1 公式資料
①平成24年司法試験・民事系科目の問題PDF
②出題の趣旨・民事系第1問の掲載PDF
③平成24年司法試験の採点実感等に関する意見(民事系科目第1問)の掲載PDF
問題はPDF1頁~5頁を実読し,下線と別紙を画像でも確認した。
出題の趣旨はPDF3頁の民事系第1問見出しから5頁の第2問直前まで,採点実感はPDF9頁~14頁の民事系第1問全体を読んだ。
他問の本文を本記事の根拠にしていない。
2 法令
民法の一部を改正する法律(平成16年法律第147号)・衆議院掲載本文に含まれる第1編から第3編の条文について,本問に関係する部分を確認した。
特に162条,186条,415条,416条,657条,659条等を,平成24年の公式資料の記載と照合した。
この改正法の本文と,平成24年の試験時における全ての改正を溶け込ませた法令統合版とは同一ではない。
そこで,上記の各条と898条は,e-Gov法令検索で遡ることのできる最も古い平成28年10月13日施行の版とも文言が一致することを確認したが,平成24年当時の民法全体を逐条検証したものではない。
本記事は,当時の公式資料が示す条項と法律関係を中心に答案を組み立てている。
3 裁判例
最高裁昭和42年7月21日判決(昭和40年(オ)第1265号,民集21巻6号1643頁)について,裁判所掲載の自己所有物の時効取得に関する最高裁第二小法廷判決本文を全2頁確認した。
本文は,所有権に基づいて不動産を占有する者にも162条が適用されることと,その制度趣旨を示し,原判決を破棄して差し戻している。
判決本文のPDFには事件番号・裁判年月日が表示されていないため,これらと掲載誌は裁判所HPの裁判例検索の結果詳細で確認した。
答案には判例の書誌や「判例同旨」を付けず,判決本文の法理と理由だけを用いた。
自主占有・将来利益に関する別判決の原文まで,本記事で一括確認したものではない。
4 確認状態
問題・出題の趣旨・採点実感は,前記の範囲で実読済みである。
公式資料の記載と,本記事による評価単位化・重み付け・契約解釈・事実評価は区別した。
後者は独自の分析であり,公式の採点基準又は唯一の正解ではない。
法令の独立確認は第7の2に記した範囲に限られる。
試験時の統合版全体や未読判決まで確認済みとはせず,学習に用いる際は当時の法令集・基本書等とも照合されたい。
試験後の法令改正を本問の答案要求に遡及させるものではない。