第1 免責の言葉だけでは負担範囲が決まらない
業務委託,システム開発,売買等の契約で,「間接損害は賠償しない」「賠償額は委託料を上限とする」という条項を見ることがある。
しかし,間接損害という言葉だけで,休業による利益の減少,代替サービスの費用,顧客への支払等がすべて除外されると判断することはできない。
責任制限条項は,責任の発生条件,対象となる損害,上限額,上限の数え方及び例外を分けて読む必要がある。
本記事は,日本法を準拠法とする企業間契約の審査を中心に,令和8年10月24日を基準として確認事項を整理する。
消費者契約等の特別な規制の検討は,取引の種類に応じて別に必要である。
第2 間接損害・特別損害・逸失利益を区別する
1 民法416条の区分と契約の用語は一致するとは限らない
民法416条1項は,債務不履行によって通常生ずべき損害を賠償の対象とし,同条2項は,特別の事情による損害でも,当事者がその事情を予見すべきであったときは賠償請求できると定める。
これに対し,「間接損害」は同条の区分をそのまま示す言葉ではない。
契約で定義しているか,例示があるか,他の条項とどのようにつながるかを確認する。
間接損害を特別損害と同義と扱ったり,直接損害ならすべて賠償されると断定したりしない。
2 逸失利益は損害の内容を表す
逸失利益は,問題となる出来事がなければ得られたはずの利益が失われたという損害の内容を表す。
これが民法416条の通常損害か,特別の事情による損害かは,具体的な契約と事情によって検討する。
逸失利益という名前だけで,特別損害又は間接損害と決まるわけではない。
したがって,逸失利益を対象外とする合意をしたい場合には,間接損害の一語に託すより,その費目を明示し,どのような損害を含めるかを協議する方が,認識の相違を減らせる。
ただし,文言を明示したことだけで,その条項があらゆる場合に有効となるわけではない。
3 想定する事故から費目を書き出す
例えば,システムが停止した架空の場面では,復旧費用,代替サービスの利用料,作業のやり直し費用,営業利益の減少及び顧客への対応費用を分ける。
その上で,契約上の給付内容,責任の根拠,因果関係,民法416条の範囲,損害額の証明及び責任制限条項を検討する。
これらの費目が当然に請求できるという意味ではない。
自社が現実に負担し得る費用と,相手方に契約上請求できる費用を分けて把握するための作業である。
第3 賠償額の上限は対象と数え方を決める
1 「委託料相当額」の対象を特定する
上限を委託料とするなら,契約全体の総額か,問題となった個別契約の金額か,事故前の一定期間に支払った金額かを明らかにする。
契約開始直後で支払実績がない場合や,無償期間を含む場合も確認する。
また,1事故ごとの上限か,契約期間中の累積上限か,関連する複数事故を1事故と数えるかによって,実際の負担は変わる。
「上限額の数字は合意したが,何に対する上限かが決まっていない」という状態を避ける必要がある。
2 対象となる請求を確認する
損害賠償の上限と,未払報酬,原状回復,代金返還又は契約に別途定めた補償義務の関係を確認する。
条項の文言と契約全体によるため,「返金」と名付ければ常に上限の外になるという判断もできない。
同じ事故について債務不履行責任と不法行為責任が問題になる場合には,責任制限がどの請求を対象とするかも検討する。
債務不履行についてだけ上限を記載したつもりでも,紛争時の解釈が一致するとは限らない。
3 故意・重過失等の例外を上下両方から確認する
故意又は重過失,秘密保持違反,知的財産権侵害等を例外にする場合には,どの制限から除外するかを明記する。
損害費目の除外だけを外すのか,金額上限も外すのかを分ける。
例外が広ければ広いほど,相手方の負担が常に合理的になるわけでもない。
合意した上限は,自社が第三者に負担する責任や,保険で補われる範囲と一致するとは限らない。
顧客との契約,委託先との契約及び保険条件を並べ,負担の空白を確認する。
第三者自身の独立した請求を,当事者間の契約だけで当然に制限できるとは考えない。
第4 ジェイコム事件の東京高裁判決から読む注意点
1 重過失の判断は義務ごとに読む
東京高裁平成25年7月24日判決(平成22年(ネ)第481号,第1267号,第1268号,判例秘書の判例番号 L06820400)は,株式の誤発注をめぐり,取引所のシステム提供に関する義務と,売買停止に関する義務等を検討した。
判決は,システム提供に関する義務については重過失を認めず,免責条項による免責を認めた。
他方,売買停止に関する義務については重過失を認め,損害賠償責任を認めている。
「システムの不具合があっても重過失が否定された」という一部分だけから,取引所の責任がすべて否定されたと説明することはできない。
2 免責条項と不法行為責任の関係も問題となった
同判決は,問題となった免責条項の趣旨・適用範囲を検討し,不法行為責任にもその適用があるとした上で,売買停止に関する重過失を認めている。
不法行為と構成すれば必ず免責条項を回避できるという説明は適切でない。
もっとも,同判決は,取引所の業務と当該条項を前提とした判断である。
一般の業務委託契約で,あらゆる免責条項が同じ範囲で適用されるとか,重過失の有無を同じ結論にできるという判例ではない。
条項の文言と趣旨,義務の内容,予見・回避の可能性等を具体的に検討する必要がある。
第5 修正協議では事故・費目・上限・例外を一組にする
審査結果は,「間接損害を削除してください」だけで終わらせず,想定する事故,現実に必要になる費用,現行案で不明確な点及び代案を示すと協議しやすい。
例えば,復旧に必要な合理的費用を扱いたいのか,営業利益の減少まで含めたいのかを先に共有する。
その上で,①責任の発生条件,②対象費目,③上限の基礎額,④事故ごと・累積の単位,⑤例外,⑥他の請求との関係を一組として確認する。
抽象語を増やすことより,予想される事故を条項に当てはめ,双方の理解が一致するかを確かめることが重要である。
審査結果の伝え方は,契約書審査の修正コメントの書き方を,全体の審査手順は,契約書審査の進め方とチェックポイントを参照されたい。
第6 出典・参考資料
– e-Gov法令検索・民法415条及び416条。責任の発生と賠償範囲を区別するための根拠である。
– 東京高裁平成25年7月24日判決(平成22年(ネ)第481号,第1267号,第1268号,判例秘書の判例番号 L06820400)。判例秘書の判決本文のうち,主文,免責条項,システム提供義務,売買停止義務及び結論の該当部分を参照した。
– 塩野誠・宮下和昌『事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック』(東洋経済新報社,2015年初版)81頁~89頁。責任の配分,曖昧な損害費目及び上限という着眼点を参照した。86頁注113の判例紹介はシステムの不具合に関する判断の紹介であり,上記判決の結論全体とは区別した。事故と費目の例及び審査手順は,本記事で構成したものである。