第1 被害届を出すか決める前に相談できる
性犯罪の被害について,警察に相談すること,医療機関を受診すること,被害届を出すことは,それぞれ別の判断である。
被害届を出すか迷っている段階でも,早めに相談し,受診や証拠の採取・保管について説明を受けることができる。
本記事は,令和8年11月7日時点で警察庁等が公表している通達・案内を基に,相談から実況見分までの警察の取扱いを整理するものである。
性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターにつながる全国共通番号は#8891,各都道府県警察の性犯罪被害相談電話窓口につながる全国共通番号は#8103である。
ワンストップ支援センターは,被害直後からの医療的支援,法的支援,カウンセリング等の心理的支援を提供している。
警察庁の令和5年7月20日付け通達は,警察が相談や届出を受けたとき,人目に付かずに安心して話せる環境を整えて適切な場所を選び,体調に配意しながら医療機関への早期受診の要否を判断し,証拠の保全等について丁寧に説明するよう求めている。
急な体調悪化があれば,医療機関の受診を優先すべきである。
相談時に届出を迷っていることや,連絡を受けても差し支えない電話番号・時間帯を伝えておくと,その後の対応を相談しやすくなる。
第2 性犯罪の被害届はいつ受理されるか
被害者に届出の意思がある場合,性犯罪捜査の通達は,即時受理(間を置かずに受理すること)を原則としている。
例外は,届出の時点の申告の内容が明らかに犯罪の構成要件に該当しないと判断できる場合と,申告が明白な虚偽であるか著しく合理性を欠く場合である。
明白な虚偽又は著しく合理性を欠くという判断は,届出人から聴取した内容から容易に判断し得る場合をいい,改めて捜査や調査をして検討することを意味しない。
直ちに医療機関を受診する必要がある場合など,被害者のために必要な措置を受理に先行させることもある。
届出をためらう人については,本人の意向を尊重するなど適切に対応するよう通達が求めている。
この通達が引用した平成31年3月25日付けの一般通達は,令和6年3月22日付けの一般通達で廃止された。
令和6年通達も即時受理を原則とし,管轄区域外の事件の届出も即時受理することとしている。
令和7年12月23日の第5次犯罪被害者等基本計画(案)に対する意見の募集結果でも,警察庁は,一般の届出と性犯罪の届出について,それぞれの通達を挙げて即時受理の取扱いを説明している。
第3 届出を迷っている段階での証拠保全
警察庁通達は,被害者が届出をためらっている段階であっても,被害者の心情に配意し,証拠資料の採取等の必要な捜査を行うよう警察に求めている。
また,後日届け出る意思を持つに至った場合に備え,協力の得られた医療機関等に性犯罪証拠採取キットを整備するなど,被害者の希望に応じて証拠を採取・保管できる体制の整備を進めている。
受診先や支援窓口に,どの検体や資料を採取できるか,誰がどのくらい保管するか,後日警察へ渡すときにどのような手続をとるかを確認できる。
睡眠導入剤などが使われた疑いがある場合,警察庁通達は,本人の同意を得た上で速やかに採尿や採血を行い,鑑定に付すよう求めている。
薬物によっては短時間で体外に排出されるものがあるからである。
意識があるように行動していても,薬剤性の健忘症状により被害時の記憶が欠落している場合があり,アルコールとの併用でその症状が強まる場合もある。
急な眠気や記憶の抜けなど,覚えていることをそのまま伝え,早めに相談することが大切である。
内閣府の案内は,飲食物の残りがあれば食器を洗わずに,衣服が残っていればできるだけ洗わずに,警察に相談する際に持参するよう勧めている。
証拠となるものが残っていない場合や,被害から72時間以上経った場合でも,相談できるとしている。
医療費については,警察庁の支援一覧が,緊急避妊等に要する経費(初診料,診断書料,性感染症等の検査費用,人工妊娠中絶費用を含む。)の公費負担を挙げている。
利用できる制度,対象費用や手続は,警察やワンストップ支援センターに確認する必要がある。
第4 事情聴取で希望を伝えられること
警察庁通達は,事情聴取等に当たり,対応する警察官の性別に関する希望をあらかじめ聴取して適切に対応するよう求めている。
繰り返し重複した事情聴取が行われないよう,担当捜査員を指定するなどして必要最小限の回数で聴取するよう努めることも求めている。
同日の捜査第一課長の通達は,被害者が希望する性別の警察職員が対応できるよう,男性及び女性の双方を性犯罪指定捜査員に指定するよう示している。
警察が協力を求めるときは,目的,理由,必要性等を丁寧に説明し,所要時間の見込みを伝え,体調に応じて途中で休憩を入れるなどの配慮が求められる。
プライバシーに関することを聴取する際にも,その理由や必要性等を丁寧に説明することとされているので,質問の理由が分からないときや途中で休憩したいときは,その場で伝えればよい。
事情聴取や,供述に基づく被害届・供述調書の作成では,立証上必要な場合を除き,羞恥心を抱かせるような用語の使用を避けるよう通達が求めている。
被害者に関する情報の取扱いに細心の注意を払うことも求められている。
第5 実況見分で被害状況を再現するとき
警察が実況見分等を行うときは,被害者の精神的負担の軽減や二次的被害の防止に配意して,その範囲,場面,方法等を十分に検討することとされ,原則として被害者を写真撮影しない。
実況見分等が被害者の指示・説明に基づいて行われたことは,その旨を実況見分調書等に記載し,被害者の供述調書に録取するなどして明らかにする。
被害状況が撮影された画像等の客観的な証拠がある場合や,犯行態様が単純で被害者等の供述により被害状況が明らかとなる場合には,被害状況を再現する必要性は一般に低いと考えられている。
再現の要否は個別の事件ごとに判断し,必要に応じて検察官と協議する。
再現する場合は警察官等が被疑者・被害者の代役となり,被害者本人に被害者役を行わせることは厳に慎むよう通達が求めている。
実況見分への協力を求められたときは,確認したい事項,立会いの範囲,代役を使う方法について説明を求めることができる。
第6 出典・関連記事
被害者の心情に配意した性犯罪捜査の更なる推進について(通達)(令和5年7月20日付け警察庁丙捜一発第13号ほか)
被害者の心情に配意した性犯罪捜査指導体制に係る留意事項について(通達)(令和5年7月20日付け警察庁丁捜一発第99号)
迅速・確実な被害の届出の受理等について(通達)(令和6年3月22日付け警察庁丙刑企発第35号)
「第5次犯罪被害者等基本計画(案)」に対する意見の募集結果(令和7年12月23日,第55回基本計画策定・推進専門委員等会議資料3-1)
薬物やアルコールなどを使用した性犯罪・性暴力に関して(内閣府男女共同参画局)
支援一覧(警察庁 犯罪被害者等施策ホームページ)
被害者に関する犯罪捜査規範の主な条文と警察の対応
捜査報告書に書かれた警察官の意見・説明の証拠能力