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平成20年度旧司法試験論文式試験の模範答案―憲法・民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法の全12問と出題趣旨を踏まえた解説(AI作成)

第1 この記事の対象と読み方

1 対象とした試験と資料

本記事は,平成20年度旧司法試験第二次試験論文式試験の全12問について,問題文,法務省の出題趣旨,模範答案及び解説を示すものである。
憲法・民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法を,各2問ずつ掲載する。

問題文と出題趣旨の出典は,法務省の論文式試験問題・出題趣旨に掲載された平成20年度の問題PDF及び問題と出題趣旨のPDFである。
本文中の頁は各PDFの先頭を1頁とした頁番号であり,出題趣旨PDFには問題文も再掲されている。
引用部分は原文の句読点・数字等を保ち,空白及び改行などの表示上の体裁を調整している。

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2 模範答案の前提と表記

模範答案は,平成20年の出題当時の法令及びそれまでの裁判例を基準とし,各問の「現行法とその後の裁判例」は令和8年11月4日を調査の基準日とする。
例えば,民法の錯誤,債権譲渡における債務者の抗弁及び民事訴訟の手続は,出題当時の条文によって答案を書き,現在の条文による説明は各問の「現行法とその後の裁判例」に分けて示す。

本記事の答案と解説は,公式出題趣旨を参照して生成AIにより作成した学習用の参考答案であり,一つの見解を採用したものにすぎず,法務省が作成した答案や公式の採点基準ではない。
公式出題趣旨が求める検討,判例原文が述べる判断及び本問の事情について答案が補う解釈・評価を区別して読む必要がある。
各問の解説では,どの検討が答案のどの部分に対応するかも説明する。

3 全12問の主な論点

科目問題主な論点
憲法第1問自治会の性格,寄付目的,集金目的及び会員の負担
憲法第2問憲法89条後段,財政民主主義,独立行政委員会
民法第1問解除前の第三者,動産賃借権の対抗力,譲渡債権への抗弁
民法第2問指図給付,原因関係の欠缺,返還請求の相手方
刑法第1問殺意と不作為,保護責任,介在行為と因果関係
刑法第2問所有者と占有者の親族関係,錯誤,詐欺と違法な委託
商法第1問取締役会決議と総会決議,営業活動の承継,債権者保護
商法第2問競業者の名簿閲覧,支配目的の発行,有利発行と基準日
民事訴訟法第1問口頭弁論との比較,審理の集中,終結と失権の区別
民事訴訟法第2問被参加人の期間,独立した控訴の可否,重要証拠の不提出
刑事訴訟法第1問呈示前の必要な処分,令状の対象場所と第三者の所持品
刑事訴訟法第2問別人の供述による弾劾の限界,署名のない録取書,録音の正確性

第2 憲法

1 第1問 自治会の寄付金徴収と思想・良心の自由

(1) 問題文(問題PDF1頁)

A自治会は,「地縁による団体」(地方自治法第260条の2)の認可を受けて地域住
民への利便を提供している団体であるが,長年,地域環境の向上と緑化の促進を目的と
する団体から寄付の要請を受けて,班長らが集金に当たっていたものの,集金に応じる
会員は必ずしも多くなかった。
そこで,A自治会は,班長らの負担を解消するため,定期総会において,自治会費を
年5000円から6000円に増額し,その増額分を前記寄付に充てる決議を行った。
この決議に含まれる憲法上の問題点について論ぜよ。

出典:法務省・平成20年度問題PDF。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF1頁)

自治会のような団体が寄付に協力するために会員から負担金等を徴収することを総会
決議で決めることは会員の思想信条の自由を侵害しないかについて,関連判例を踏まえ
つつ,自治会の性格,寄付の目的,負担金等の徴収目的,会員の負担の程度等を考慮に
入れて,事案に即して論ずることができるかどうかを問うものである。

出典:法務省・平成20年度問題と出題趣旨PDF。

(3) 模範答案

一 A自治会は,地域住民の共同生活上の利益を実現する団体である。
地方自治法上の認可を受けた地縁団体であっても,そのことから直ちに行政機関になるわけではない。
したがって,本件決議に憲法19条を直接適用して無効とすることは適切でない。
もっとも,私人間の団体関係にも個人の思想・良心を尊重すべき要請は及び,団体の目的・性質,決議の内容及び個人の不利益を踏まえ,民法90条等の解釈に憲法の趣旨を反映させる必要がある。

二 19条は,人がどのような思想・信条を抱くかについて,外部から強制されない自由を保障する。
特定団体への寄付には,その活動を評価し,自己の財産を用いて支援するかという本人の判断が含まれる。
寄付をするか,誰に,いくら寄付するかという選択は尊重されなければならない。
ただし,金銭負担に本人の価値判断が関係することだけで,通常の会費や団体の事業費まで,すべて19条により拒否できるわけではない。

他方,団体にも,その目的を達成するため共同の意思を形成し,必要な費用を構成員に負担させる自主性がある。
構成員は団体の活動に伴う一定の協力義務を負うから,決議に反対したという理由だけであらゆる負担を免れるものではない。
そこで,当該負担が団体の共同事務のための費用なのか,構成員各自の意思を尊重すべき対外的な寄付なのかを,名称ではなく実質によって判断すべきである。

三 本件寄付は,地域環境の向上と緑化の促進を目的とする団体へのものである。
政治団体への献金や特定宗教への奉納とは異なり,Aの地域生活上の目的と関連があり,会員全体にも利益が及び得る。
そのため,Aが寄付の取次ぎや任意の協力要請をすること自体は,団体の活動として認めやすい。
寄付先の公益性と自治会の活動との関連は,決議を支持する重要な事情となる。

しかし,公益的な目的であることと,その目的への寄付を全会員に強制できることとは別問題である。
環境改善の手段,寄付先の運営,他の公益活動への配分等については,多様な評価があり得る。
地域の利益に役立つとの評価だけで,各人が支援先を選ぶ余地を消すことはできない。
寄付先への賛同を会員全員が既に表明しているという事実もない。

四 Aは従来,班長らを通じて寄付を集金していたが,応じる会員は必ずしも多くなかった。
これは,個別の任意協力によっては寄付への協力が広がらなかったことをうかがわせる。
本件では会費を5000円から6000円へ増額し,増額分1000円を寄付に充てるから,寄付に応じない会員からも通常会費と一体で徴収する仕組みになる。
会費という形式を採っても,特定の外部団体への寄付を本人の選択から切り離す実質は変わらない。

班長らの負担軽減は合理的な運営上の利益である。
しかし,そのために任意の寄付を義務的負担へ転換する必要があるとはいえない。
任意協力者のみを対象とする振込みや,寄付分を会費と区別して希望者から募る方法など,会員の選択を残す方法を検討できる。
徴収事務の便宜は,個人の意思を排除する十分な理由にならない。

五 負担額は年1000円であり,金額だけを見れば著しく過大とはいいにくい。
他方,従前会費の2割に当たり,単なる端数ともいえない。
さらに,問題は生活への経済的打撃だけでなく,支援するかどうかの判断を一律に奪う点にある。
少額であれば寄付の強制がすべて許されるとの考え方は採れない。

Aが法律上当然に全住民を加入させる団体とは示されていないので,強制加入団体の法理をそのまま当てはめるべきでもない。
しかし,地域生活上の利便を提供する自治会から離れることは,一般の趣味の団体を退会する場合と同程度に容易とは限らない。
負担を拒むために退会すればよいというだけでは,個人の選択を十分に確保できない。

六 以上を総合すると,Aの活動目的との関連,負担額及び多数決による団体運営を考慮しても,本件は共同事務の必要経費ではなく,外部団体への寄付を事務負担の軽減のため一律に徴収するものである。
会員の寄付意思を尊重する代替方法も残るから,このような強制を正当化するには足りない。
したがって,寄付に充てる増額分を全会員に義務付ける決議は,思想・良心の自由を尊重すべき要請に照らし,公序良俗に反するものとして無効と解する。
従来の通常会費5000円の負担まで当然に失われるものではない。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,寄付金の徴収を直ちに違憲と断定することではなく,団体と構成員の利益を具体的に比較することを求めている。
答案の冒頭は,認可地縁団体であることから行政機関性を導かず,私人間の関係に憲法の趣旨をどのように反映させるかを示す部分である。

続く寄付の選択と団体の自主性の検討では,通常の共同事務の費用と,外部の団体への寄付を区別する。
寄付先が環境改善や緑化に関係することは決議を支える事情であるが,公益性だけで会員全員の賛同を擬制することはできない。
答案が,寄付先の目的を評価した後になお徴収方法を検討しているのは,この二つの判断を分けるためである。

出題趣旨のいう関連判例としては,団体が寄付に充てるため構成員から金員を徴収する総会決議の効力を判断した次の二つの最高裁判決がある。
最高裁平成8年3月19日第三小法廷判決(平成4年(オ)第1796号,民集50巻3号615頁。南九州税理士会事件)は,強制加入団体である税理士会が政治資金規正法上の政治団体に寄付するため特別会費を徴収する旨の総会決議を無効とし,政治団体に寄付をするかどうかは会員各人が個人的な政治的思想,見解,判断等に基づいて自主的に決定すべき事柄であるとした。
最高裁平成14年4月25日第一小法廷判決(平成11年(受)第743号,集民206号233頁。群馬司法書士会事件)は,被災した他の司法書士会に寄付するため負担金を徴収する旨の総会決議について,強制加入団体であることを考慮しても会員の政治的又は宗教的立場や思想信条の自由を害するものではなく,社会通念上過大な負担でもないとして,その効力が会員に及ぶとした。
本問のA自治会は法律上の強制加入団体ではなく,寄付先も政治団体ではないから,両判決の結論をそのまま当てはめることはできない。
答案は,両判決が考慮した団体の性格,寄付の目的及び会員の負担の程度を,本問の事情に即して評価したものである。

会費の増額分を寄付に充てる仕組み,従前の協力状況,班長らの負担及び金額は,問題文から拾う当てはめの事情である。
任意の集金を続けるより事務が容易になるという利益と,寄付を選択する余地を失わせる不利益を比較した結論は,本問の事情について答案が補った評価であり,出題趣旨がその結論まで指定しているわけではない。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行憲法19条は思想及び良心の自由を,21条は結社の自由を保障している。
自治会の認可の有無,加入・退会の仕組み,通常会費と寄付の区分,拒否した会員への取扱いを分けて検討する必要がある。
本問の結論から,自治会の全ての会費徴収が無効になるという一般論を導くことはできない。

関連記事:日弁連の会費及び特別会費(AIリライト)。

2 第2問 公益事業への助成と「公の支配」・独立行政委員会

(1) 問題文(問題PDF1頁)

民間の個人又は団体による教育事業,慈善事業,博愛事業その他の公益事業(以下「教
育等公益事業」という。)の自律的で適正な運営を確保し,その発展を支援するため,特
定の教育等公益事業につき,国が助成金を交付する制度を次の要領でつくることになっ
たと仮定する。
1助成金の交付の対象となる教育等公益事業は,特定の宗教又は思想信条の信奉,
普及又は実践を目的とせず,客観的にもこれと遮断された態様で営まれること。
2助成金の交付を行うか否かの決定は,教育等公益事業の事業主体(以下「事業者」
という。)の申請を受けて,内閣の所轄の下に置かれる委員会が行う。委員会の委
員は,両議院の同意を得て,内閣総理大臣が任命する。委員は,独立してその職権
を行う。
3助成金の交付を受けた事業者は,教育等公益事業の実施内容及び収支(助成金の
使途を含む。)について委員会に報告し,審査を受けなければならない。審査の結
果,上記1の要件を満たしていないと認められたときは,委員会は,事業者に対し
て,助成金の返還等を命ずることができる。
4委員会は,事業者に対し,いつでもその遂行に係る教育等公益事業に関して報告
を求め,助言又は勧告をすることができる。
この制度の憲法上の問題点を論ぜよ。

出典:法務省・平成20年度問題PDF。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF1頁)

私人による公益事業に対する国の財政的支援に関する憲法上の論点を,財政民主主義
の観点から公金支出を制限する憲法第89条後段の趣旨を踏まえ,同条の「公の支配」
の意義,独立行政委員会の憲法上の位置づけ及び独立行政委員会によって「公の支配」
を行うことの可否等に関連させつつ問うものである。

出典:法務省・平成20年度問題と出題趣旨PDF。

(3) 模範答案

一 本制度の中心的問題は,民間の教育・慈善・博愛事業への公金支出について,憲法89条後段の「公の支配」が確保されるか,その支配を内閣から職権行使の独立した委員会に担当させてよいかである。
事業の公益性が高いというだけで公金支出が許されるものではなく,支出対象と支出を統制する機関の双方を検討する必要がある。

89条後段は,83条の財政民主主義を具体化し,公金が私人の独自の判断だけで用いられ,国民に対する説明と統制が失われることを防ぐ趣旨を有する。
したがって,ここで要求されるのは,名称上公的な機関が関与することではなく,公金支出の目的に即した実効的な統制である。
なお,条文は慈善・教育・博愛の事業を対象とするから,「その他の公益事業」が当然にすべて同条後段に含まれるとすることも適切でない。
事業の実質によって該当性を判断すべきである。

二 「公の支配」について,事業の組織・人事・予算等を国が全面的に統制することまで必要とするなら,民間事業の自主性との衝突が大きい。
とりわけ教育では,内容を国家の意思に従属させることによって,私人による多様な教育の意義を失わせるおそれがある。
公金の適正な使用を確保する趣旨からは,事業全体を国家機関と同様に編成することまでは要求されず,支出目的に対応した報告,審査,是正及び返還等の仕組みによって実質的に統制できればよいと解する。

もっとも,この理解は単なる公益性の審査や任意の行政指導だけで足りるという意味ではない。
援助先に関する客観的な基準,公金の使途を把握する権限,目的に反する使用を是正する手段等が制度として確保されなければ,財政民主主義の要求を満たさない。
自律性を尊重する必要と,統制を不要にすることとは区別すべきである。

三 本委員会は,申請を受けて交付の可否を決め,事業の実施内容・収支の報告と審査を行い,一定の場合には返還等を命じられる。
これらは,受給後にも継続する統制の仕組みであり,公の支配を基礎付ける事情となる。
また,随時の報告要求は,定期報告だけでは把握できない状況を調べる機能を有する。

しかし,明示された返還命令の発動事由は,要領1の宗教・思想信条からの遮断という要件を満たさないことである。
実施内容と収支を審査できることから,使途違反や事業停止その他あらゆる不適正状態について,当然に強制的是正や返還を命じられると読み込むことはできない。
要領4の助言・勧告も,これに従う法的義務が示されていない以上,命令と同一に扱えない。

したがって,本制度を具体化する際には,助成の目的,交付基準,使途,報告事項及び違反時の措置を法的に明確にし,適正使用の統制が働くようにする必要がある。
提示された要領は公の支配の基礎を備えるが,それだけで支出の適正を十分に確保できると断定することはできない。

四 次に,65条は行政権を内閣に属させ,66条3項はその行使について国会への連帯責任を定める。
そこで,委員が独立して交付・審査等を行うことが,内閣の行政統一と民主的責任を損なわないかが問題となる。

行政権が内閣に属するとの規定を,個々の行政判断が常に内閣の具体的指揮に服さなければならない趣旨と解するのは妥当でない。
行政の公正・中立を確保する必要のある領域では,法律によって権限を限定し,民主的な統制との接続を保った上で,一定の職権行使の独立を認めることは許されると解する。
ただし,専門性や中立性が望ましいというだけで,内閣と国会から全く切り離された行政機関を設けてよいわけではない。

本制度では,多様な教育・慈善事業を政治的な好悪によらず評価し,助成を通じた思想統制を防ぐ必要がある。
職権行使を独立させる理由は認められる。
また,内閣の所轄の下に置かれ,両議院の同意によって内閣総理大臣が委員を任命することは,国会・内閣との制度的接続を与える。
もっとも,所轄という名称や任命への関与だけで統制が尽くされるものではなく,予算,報告,権限の法定等を通じて説明責任が保たれる必要がある。

五 以上より,独立行政委員会であることを理由に,公の支配を行う資格を当然に否定すべきではない。
個別交付への政治的介入を防ぐ独立性と,委員会自身を国民に責任ある仕組みに位置付ける統制を両立させれば,委員会を通じた公の支配は可能である。
ただし,宗教的な活動等との遮断だけで公金の適正使用が保障されるとはいえず,その点の制度整備を要する。
なお,89条前段の宗教的組織等への支出禁止は別の規律であり,後段の公の支配があれば当然に解除されるものではない。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨が中心に置くのは憲法89条後段である。
問題文は,宗教・思想信条の信奉等を目的とせず,客観的にもこれと遮断された事業を助成対象とする。
したがって,宗教団体に公金を交付する通常の政教分離の問題へ置き換えると,本問の制度設計に答えたことにならない。

答案の「公の支配」の検討は,公金の使途に民主的な統制を及ぼす必要性と,私人による公益事業の自律性を確保する必要性を調整する部分である。
報告・審査があるという形式だけで足りるかを決めず,何を審査し,どの違反に対し,どの是正手段を用いることができるかを読む。
特に,返還等の命令が第1項目の要件違反に結び付けられている点と,一般的な業務に対する助言・勧告とは区別しなければならない。

独立行政委員会の検討は,行政権の帰属と国会に対する内閣の連帯責任に関する問題である。
両議院の同意を得た任命,内閣の所轄及び職権行使の独立を併せて評価する。
委員会による支配が可能かという組織上の問題と,本件の監督権限が十分かという作用上の問題を分けることが,出題趣旨と答案の対応になる。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行憲法83条,89条後段及び65・66条を併せて確認する必要がある。
公益性の存在だけで公金支出が許されるのではなく,支出の根拠,対象事業及び公的な監督の内容を具体化する。
独立した委員会に審査を委ねたことだけで「公の支配」を満たすとしたり,逆に職権行使が独立していることだけで当然に違憲としたりする処理は採らない。

関連記事:自治体の補助金や公有財産の無償使用は憲法89条後段に違反するか―「公の支配」の判断基準と住民訴訟の裁判例(AI作成)。

第3 民法

1 第1問 売買解除と動産賃借人・賃料債権の譲受人

(1) 問題文(問題PDF2頁)

Aは,工作機械(以下「本件機械」という。)をBに代金3000万円で売却して,引
き渡した。この契約において,代金は後日支払われることとされていた。本件機械の引
渡しを受けたBは,Cに対して,本件機械を期間1年,賃料月額100万円で賃貸し,
引き渡した。この事案について,以下の問いに答えよ。
1その後,Bが代金を支払わないので,Aは,債務不履行を理由にBとの契約を解
除した。この場合における,AC間の法律関係について論ぜよ。
2AがBとの契約を解除する前に,Bは,Cに対する契約当初から1年分の賃料債
権をDに譲渡し,BはCに対し,確定日付ある証書によってその旨を通知していた。
この場合において,AがBとの契約を解除したときの,AC間,CD間の各法律関
係について論ぜよ。

出典:法務省・平成20年度問題PDF。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF2頁)

小問1は,解除の効果と「第三者」(民法第545条第1項ただし書)の意義・要件,
動産賃借権の対抗力の有無とその根拠,対抗力の有無から導かれる解除者と第三者との
関係及び解除者が権利を主張するための要件などを論じさせ,基本的知識とその応用力
を試すものである。小問2は,債権譲渡の有効性と対抗要件に関する基礎的理解を前提
としつつ,債権譲渡が小問1の帰結に影響を及ぼすか否かについて,前記「第三者」や
民法第468条第2項の「事由」等との関係を検討させ,基本的知識に加え,論理的思
考力及び判断能力を問うものである。

出典:法務省・平成20年度問題と出題趣旨PDF。

(3) 模範答案

一 小問1について,Aは,売買解除によって自己に復帰した機械の所有権に基づき,現に占有するCに返還を請求することが考えられる。
これに対してCは,解除前にBから機械を借り受け,引渡しも受けている。
そこで,Cが旧民法545条1項ただし書の第三者として保護され,Aに賃借権を主張できるかが問題となる。

解除は契約に基づく権利変動を遡及的に解消するが,第三者の取引上の地位を無制限に害すべきでない。
ここでの第三者は,解除された契約から生じた法律関係を基礎として,解除前に独立の権利を取得した者である。
ただし,当該権利に対抗要件が要求されるときは,その具備も必要であり,解除前の取得であることだけで,当初から有していなかった対抗力まで与えられるわけではない。

CはBが所有者であった間に有効な賃借権を取得している。
しかし,通常の動産賃貸借について,引渡しを受けたことだけで所有権取得者に賃借権を対抗できるとの一般的な規定はない。
178条は動産物権の譲渡に関する規定であって,債権である賃借権に当然に適用されるものではない。
本件機械に特別の公示制度が適用される事情も示されていない。

動産賃借権にも引渡しによる対抗力を認める考え方は,利用取引の安定に資する。
しかし,不動産賃借権について対抗制度を置く法の構造との区別が不明確になり,所有権の負担を公示なしに拡張する。
したがって,本問ではCの引渡しだけによる対抗力を否定し,CはAに対抗できる権利を有する第三者としては保護されないと解する。

二 また,Aが所有権を主張するために,改めて機械の引渡しを受ける必要があるかが問題となる。
しかし,Cが有するのはBに対する債権的利用権であり,これをAに対抗できない以上,その権利だけを根拠に,Aの所有権の対抗要件の欠缺を主張できる地位を与えるべきではない。
解除当事者への復帰をすべて新たな二重譲渡と同様に処理すべきでもない。
Aは機械をいったん取り戻さなければ返還を求められないということにはならず,解除による自己の所有権を基礎としてCに返還を請求できる。

もっとも,AB間の解除によってBC間の賃貸借契約まで当然に無効となるわけではない。
他人物を目的とする賃貸借も契約として成立し得るから,Aに対する占有権原の有無と,BC間の契約の効力は区別しなければならない。
Aが賃貸人の地位を当然に承継して,Cに契約上の賃料月100万円を請求できるわけでもない。

Aは,所有権復帰後の使用利益について不当利得返還を求める余地がある。
ただし,CがBから適法に借りていると信じたまま占有・使用していた部分については,善意占有者の果実収取等の規律との関係を検討する必要があり,解除時から一律に賃料相当額の返還義務が生ずるとはいえない。
Aの返還請求等によりCが自己の権原をAに対抗できないと認識した後の使用とは区別すべきである。

三 小問2では,賃料債権は発生原因となる賃貸借と期間・金額によって特定できる。
将来発生する部分を含めて1年分を譲渡すること自体は可能であり,BからCへの確定日付ある証書による通知によって,Dは債権譲渡をC及び第三者に対抗するための要件を備える。

しかし,Dが取得したのはCに対する賃料債権であり,機械自体の所有権や賃借権ではない。
賃料債権の譲渡はAの所有権に新たな負担を設定するものでもないから,Dの取得を理由にCの賃借権がAに対抗できるようになるものではない。
AC間の返還関係についての結論は,小問1と同じである。

四 CD間については,賃料債権が有効に譲渡されたことと,その後も全期間の賃料を無条件に請求できることとは別である。
Cは通知に異議をとどめず承諾したのではなく,単に通知を受けたのであるから,旧468条2項による抗弁の承継が問題となる。

同項の「通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由」は,通知時に抗弁の効果が完成した場合に限らず,通知前の契約関係に内在する事由に基づいて,その後に抗弁が具体化する場合を含むと解すべきである。
継続して機械を使用収益させる給付と賃料は対価関係にあり,譲受人はこの契約関係に伴う制約を受けて債権を取得するからである。

したがって,Aが解除したとの一事だけで既発生の賃料まで消えるわけではないが,Aによる権利行使によってCが機械の返還を余儀なくされ,Bから使用収益を受けられなくなった部分については,Cの責めに帰すべき事情がない限り,Cは対応する賃料の支払を拒める。
この抗弁は,譲渡前から存在する賃貸借の対価関係を基礎とするからDにも対抗できる。
Dは,Cが現実に使用収益した既発生部分を請求できる一方,1年分1200万円の譲渡を受けたというだけで,使用不能となった将来部分まで当然に取り立てることはできない。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

小問1の検討対象はAC間である。
Bから賃借権を得たCが,解除の遡及効との関係でどのような第三者に当たるかを検討した上で,Aに対抗できる権利を備えているかを別に判断する。
引渡しを受けた動産の賃借人であることから,所有権の即時取得や不動産賃貸借の対抗制度をそのまま適用してはならない。

小問2で増えるのは,解除前に賃料債権がDへ譲渡され,確定日付ある証書でCへ通知されたという事情である。
答案は,譲渡そのものの有効性・対抗要件と,譲渡によってCの賃借権の対抗力まで強まるかを分けている。
Dの権利取得を理由に,小問1で認めたAの権利行使を説明なく否定すると,二つの小問の結論がつながらない。

CD間では,どの期間の賃料が発生し,Cがどの抗弁をDへ対抗できるかを検討する。
通知後に解除されたという時系列だけで抗弁の成否を決めず,通知時に既に存在した基礎的な法律関係及び使用収益との関係を考えるところが,旧468条2項の「事由」を検討する意味である。
AC間とCD間は当事者も請求の根拠も異なるため,それぞれ結論を示す。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行民法467条は,現に発生していない債権の譲渡を含め,通知又は承諾による対抗要件を定める。
債務者の抗弁は現行468条1項で検討し,出題当時の468条2項という項番号を現行法の説明へ移してはならない。
また,現行545条は第三者保護を維持し,金銭以外の物の返還について受領後の果実を返還する旨を3項で定めている。
動産の賃借権と不動産の賃借権の対抗制度は区別して読む。

関連記事:賃貸不動産が譲渡された場合,既に譲渡された将来賃料債権は誰に帰属するか―民法605条の2・債権譲渡・対抗要件(AI作成)。

2 第2問 指図による三者間の給付と不当利得

(1) 問題文(問題PDF2頁)

Aは,Bに対して,100万円の売買代金債権(以下「甲債権」という。)を有してい
る。Bは,Cに対して,自己所有の絵画を80万円で売却する契約を締結した。その際,
Bは,Cに対して,売買代金を甲債権の弁済のためAに支払うよう求め,Cもこれに同
意した。これに基づき,CはAに対して80万円を支払い,Aはこれを受領した。この
事案について,以下の問いに答えよ。なお,各問いは,独立した問いである。
1甲債権を発生させたAB間の売買契約がBの錯誤により無効であったとき,Cは,
Aに対して80万円の支払を求めることができるか。Bに対してはどうか。
2甲債権を発生させたAB間の売買契約は有効であったが,BC間の絵画の売買契
約がBの詐欺を理由としてCによって取り消されたとき,Cは,Aに対して80万
円の支払を求めることができるか。Bに対してはどうか。

出典:法務省・平成20年度問題PDF。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF2頁)

AB間とBC間に独立した契約関係が存在する場合において,この2個の契約のうち
の1個に瑕疵があったときに,CがAやBに対して不当利得の返還を請求できるか否か
を,その理由とともに問う問題である。BC間の契約に基づく出捐の返還先が誰である
か(給付利得の相手方),Cの出捐がBのAに対する債務の弁済としてされたことにどの
ような意味があるのかに関する思考力を問うとともに,Aに対する返還請求の可否とB
に対する返還請求の可否の理由づけにおいて矛盾をしない論理的展開力を問うものであ
る。

出典:法務省・平成20年度問題と出題趣旨PDF。

(3) 模範答案

一 本件では,CからAへ80万円が直接移動しているが,返還関係を金銭の移動経路だけで決めることはできない。
CはBとの絵画売買に基づく代金の支払先をBの指図によってAとし,同時にBのAに対する甲債権を弁済している。
すなわち,CのBに対する代金給付と,BのAに対する弁済を,支払経路を短縮して実現したものと評価すべきである。

不当利得の成立には,受益,損失及び両者の関連だけでなく,法律上の原因がないことを要する。
複数の契約が連結する場合,どの当事者間の給付について原因が欠けるのかを特定しなければ,相手方固有の抗弁や返還不能の危険配分を失わせる。
以下,小問1と2は独立した仮定として検討する。

二 小問1のAB間の売買は,Bの錯誤によって無効である。
出題当時の95条の効果は取消しではなく無効であり,設問はその無効を前提としている。
したがって,甲債権は初めから存在せず,AがBの債務の弁済として80万円を取得する原因はない。

しかし,そこから直ちにCがAへ返還請求できるとはいえない。
Cの出捐は,有効なBC間の売買に基づく自己の80万円の代金債務を履行するためになされたものである。
Bが指定したAへ支払ったことによって,CはBに対する自己の債務を免れる。
その給付原因は失われていない。

AB間で原因のない給付をした者は,短縮された経路の下ではBであると評価される。
BはCに対する代金債権を用いてAへ給付をしたのと同じ地位にあるから,BからAへの不当利得返還関係によって処理すべきである。
Cが甲債権の不存在を知らなかったとしても,C自身がBC間の代金債務を負っていたことは変わらない。

よって,CはAに対し,甲債権が存在しなかったという理由だけで80万円の返還を請求できない。
また,Bに対しても,有効な絵画売買に基づいて代金を給付したのであるから,返還を請求できない。
BがAに対する返還請求権を得ることは,Cとの間に新たな不当利得を生じさせるものではない。
AB間の契約の瑕疵を,瑕疵のないBC間の代金関係へ波及させるべきではない。

三 小問2では,AB間の売買及び甲債権は有効である一方,BC間の売買がBの詐欺を理由として取り消されている。
96条1項により取消し得る意思表示が取り消された以上,旧121条によりBC間の売買は初めから無効とみなされる。
したがって,CのBに対する代金給付の法律上の原因が失われる。

Bは現金を手にしていないが,Cの支払によって,Aに対する100万円の甲債権のうち80万円について債務を免れた。
この債務消滅も財産上の利益であり,Cの80万円の出捐と対応する。
BC間の原因が遡及的に失われる以上,Bがこの利益を保持する根拠はない。

よって,CはBに対して703条に基づき80万円の返還を請求できる。
Bは自ら詐欺をして給付を受けたのであり,返還関係について悪意の受益者として704条による利息等が問題となる。
Bが80万円を現実に受領していないことを理由に返還を拒むことはできない。
絵画が既にCへ引き渡されていれば,その返還との調整も必要となるが,80万円の出捐の相手方がBであるとの結論を変えるものではない。

四 CからAへの返還請求については,Aが有効な甲債権の弁済を受領した点を重視すべきである。
Aにとって受領の原因となるAB間の債権関係は存続している。
BC間の取消しの効果をそのままAの弁済受領へ及ぼすと,Aは自ら関与しなかった契約の瑕疵によって,一度受けた弁済を失うことになる。

また,AはBC間の売買から権利を譲り受けた者ではなく,Bに対してもともと有していた債権の弁済を受けた者である。
したがって,問題を96条3項の詐欺取消しにおける第三者保護だけで処理するのは適切でない。
まず,Cの給付の相手方とAの受益原因を分けて判断する必要がある。

もっとも,AがBの詐欺に加担した場合まで,甲債権が有効であるという形式だけで保護すべきではない。
騙取された金銭が弁済に用いられた場面で,受領者の悪意又は重大な過失を重視して直接の不当利得返還を認める考え方との関係も問題となる。
ただし,そのような例外を検討する場合にも,Aの認識,Cの出捐とAの受益の連結及び二重の回収を避ける調整を具体的に確認すべきである。

本問には,AがBの詐欺を知り,又は重大な過失によって知らなかったとの事実は示されていない。
したがって,その認識を補充してAに返還義務を負わせることはできない。
示された事情の下では,CのAに対する直接の80万円返還請求は認めず,CB間の返還関係によって処理するのが相当である。

五 以上のように,小問1はAB間,小問2はBC間という,原因を欠く給付関係ごとに返還を処理する。
CがAへ直接送金したという外形だけを理由に,両小問を同一の返還関係にするべきではない。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

CからAへ金銭が移動したという外形だけでは,誰が誰に何を給付したかは決まらない。
AB間の売買代金債務と,BC間の絵画の代金債務があり,Bの指図によるCの支払が二つの関係でどのような履行として扱われるかを先に整理する必要がある。

第1の問いはAB間が錯誤で無効であり,第2の問いはAB間を有効としてBC間の詐欺取消しを考える。
二つの問いは前提が異なる。
答案が,それぞれで欠けた原因関係と残る原因関係を特定し,利得返還の相手方を検討しているのは,この区別による。

Aが受け取った金銭を常に直接Cへ返せばよいとすると,Bを当事者とする関係での抗弁,利得の範囲及び無資力の危険を飛び越えることになる。
他方,三者関係であるという理由だけで直接請求を一律に否定しても,給付の帰属や当事者の認識の検討にならない。
出題趣旨は,給付利得の相手方と,Cの出捐がBのAに対する債務の弁済としてされたことの意味を検討するよう求めているが,返還請求の可否の結論までは示していない。
答案の給付の整理と返還関係の結論は,その検討を一つの見解に基づいて具体化したものである。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行民法95条は,所定の重要な錯誤による意思表示について取消しを定め,4項で善意無過失の第三者の保護を定めている。
詐欺による取消しの第三者保護も,出題当時の96条3項は「善意の第三者」としていたが,現行96条3項は「善意でかつ過失がない第三者」と定めている。
したがって,出題当時の錯誤無効という一般論を,現在の取引へそのまま当てはめることはできない。
一方,問題自体がAB間を無効と仮定したときの返還関係と,現在の錯誤取消しの要件を論ずる場面とは区別する。
また,現行民法121条の2第1項は,無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者に原状回復の義務を負わせており,取り消された行為も121条により初めから無効であったものとみなされる。
現在の法では,錯誤や詐欺によって取り消された契約に基づく給付の返還は,703条・704条の利得の現存や悪意の区別だけでなく,同項の原状回復義務との関係で論じられる。

関連記事:使い込まれたお金で借金を返してもらった債権者から取り戻せるか―騙取金・横領金による弁済と不当利得,最高裁昭和49年9月26日判決及び詐害行為取消し(AI作成)。

第4 刑法

1 第1問 先行傷害・搬送放置・救助妨害と死亡結果

(1) 問題文(問題PDF5頁)

甲は,甲の母X,妻乙及び甲の友人の子である大学生丙と共に暮らしていた。日ごろ
から高齢であるXの介護のため精神的・肉体的に疲れきっていた乙は,今の状況から逃
れるにはXを殺害するほかないと考え,ある日の夜,殺意をもって,就寝中のXの頭部
をゴルフクラブで数回殴打した。Xの悲鳴を聞いて駆けつけた甲は,ゴルフクラブを振
り上げてXを更に殴打しようとしている乙に対し,「何をやってんだ。やめないか。」と
言いながら,そこに駆けつけた丙と共に乙の行為をやめさせた。
Xは頭部から血を流して意識を失っていたものの息があったので,甲は,Xを直ちに
病院に連れて行き,医師の治療を受けさせれば死ぬことはないだろうと考えた。そこで,
甲は,丙に対し,「Xを病院に連れて行くので手伝ってほしい。」と頼み,これを承諾し
た丙と共にXを甲の車に乗せて病院に向かった。ところが,日ごろから乙に同情してい
た丙は,Xがこの際死ねばいいと考え,車中で甲に対し,「病院に連れて行って医者から
事情を聞かれれば,乙だけではなく,僕たちもやったと疑われますよ。それより,Xを
病院の前に降ろして寝かせておきませんか。そうすればだれかがXを見付けて助けてく
れますよ。」と提案したところ,甲は,病院の前であればだれかが見付けてくれるだろう
からXは死ぬことはないだろうと思い,丙の提案を受け入れた。そこで,甲と丙は,ぐ
ったりしているXを車から降ろして病院の前の路上に寝かせて立ち去り,自宅に一緒に
戻った。
しかし,丙は,Xが救命されないようにするため,甲に黙って再度病院の前に戻り,
Xを人目に付かない植え込みの陰に運び,その場に放置して立ち去った。その後,Xは
死亡した。後日判明したところによれば,Xの死因は,治療がなされなかったことによ
る失血死であった。
甲,乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし,特別法違反の点は除く。)。

出典:法務省・平成20年度問題PDF。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF5頁)

本問は,被害者と同居している2名が,他の者の暴行により自宅内で負傷した被害者
を病院前に搬送して放置したところ,さらに,うち1名が被害者を人目のつかない場所
に移動させ,後刻,同人が死亡したという事例を素材として,事案を的確に把握してこ
れを分析する能力を問うとともに,実行行為及び第三者の行為が介在した場合の因果関
係の存否等に関する理解とその事例への当てはめの適切さを問うものである。

出典:法務省・平成20年度問題と出題趣旨PDF。

(3) 模範答案

一 乙は,就寝中のXの頭部を,殺意をもってゴルフクラブで数回殴打している。
頭部への反復した殴打は,人を死亡させる危険の高い行為であり,殺人罪の実行行為に当たる。
Xはその後失血死しているが,治療がなされなかったこと及び丙の後行行為が介在するため,殴打と死亡との因果関係を検討する必要がある。

刑法上の因果関係は,単なる条件関係だけでなく,行為によって生じた危険が結果へ現実化したと評価できるかによって判断すべきである。
第三者の故意行為が介在した場合にも,その行為の異常性だけで機械的に因果関係を否定せず,当初の傷害が結果へ与えた作用と,介在行為が新たに生じさせた危険を具体的に比較する。

本件死亡は,別の致命的な暴行等によるものではなく,乙が生じさせた出血について治療が行われなかったための失血死である。
丙が人目のない所へ移動させたことは救命の可能性を減らしたが,乙の殴打に由来する身体的危険を別の死因に置き換えたものではない。
仮に適切な治療により救命できたとしても,そのことだけで乙の殴打が生じさせた出血の死亡への作用が消えるわけではない。
したがって,乙の行為の危険が死亡に現実化したとして因果関係を認め,乙に殺人既遂罪が成立すると解する。

乙は甲らに制止されて殴打をやめたのであり,自発的に結果防止に転じたとはいえない。
介護による疲労は犯行の背景となるが,それだけで責任能力や適法行為の可能性が失われたとの事実はない。

二 甲は,Xの子として同居し,負傷したXの救助を現に引き受けて病院へ搬送している。
Xは高齢で,頭部から出血し意識を失っており,自力で生命を保全できない病者である。
甲には扶養関係及び具体的な救助の引受けに基づく保護責任があり,安全に医療へ引き継ぐ義務が認められる。

甲が丙の提案を受けて,ぐったりしたXを病院前の路上に寝かせて立ち去った行為は,医師や病院職員へ事情を告げて引き継ぐものではない。
病院に近いことと,医療的保護が現実に確保されたことは別である。
救助されるかどうかを不確実な通行人等の発見に委ねた以上,生命に危険を生じさせる遺棄に当たり,218条の保護責任者遺棄罪が成立する。

甲は誰かが発見してXは死なないだろうと思っているので,Xの死亡を認識・認容したと認定することはできず,殺人罪の故意は否定される。
他方,医療への引継ぎをしないまま路上へ放置する事実は認識しているから,死亡の故意がないことをもって遺棄の故意まで否定すべきではない。

三 甲の遺棄と死亡の関係については,丙による植え込みへの移動が,甲の作り出した危険とは異なる独立の死因を生じさせたかを検討する。
丙の行為は,甲に黙って行われた意図的な救命妨害であり,甲の共謀の範囲には入らない。
しかし,共謀の範囲外であることから,結果への因果関係が当然に否定されるものではない。

甲はXを病院の管理下へ移さず,自力で救助を求められない状態で路上に置いた。
丙の再移動は,そこに残されていた第三者による発見の可能性を一層低下させるものであり,Xが必要な治療を受けられないという甲の遺棄の危険と連続している。
病院前に置けば必ず発見され救命されたとの事実も示されていない。
したがって,本問の事実の下では,丙の介在によって因果関係は遮断されず,甲には保護責任者遺棄致死罪が成立すると解する。
丙の殺意を甲へ帰属させて殺人の共同正犯とすることはできない。

四 丙は当初,甲の依頼を受けてXの救助・搬送に加わり,その身体の安全に直接関わる役割を引き受けている。
単に同居しているというだけで保護義務を認めるのではないが,この引受けと現実の搬送への関与は,具体的な保護責任を基礎付ける事情となる。

丙はXが死ねばよいと考え,甲に医療への引継ぎをやめさせる提案をしている。
甲と異なり,救命されない可能性を受け入れており,少なくとも未必の殺意がある。
さらに,単独で病院前へ戻り,人目に付かない植え込みの陰へXを移して放置した行為は,医療を受けなければ死亡するXの発見・救命を妨げる積極的な働きかけである。

この段階では,救助義務違反の不作為という構成に限らず,Xを救助の可能な場所から隠す作為自体を殺人の実行行為と評価できる。
丙は救命されないようにするため移動させているから,殺意は一層明確である。
その後,Xは治療を受けないまま失血死したのであり,発見・治療を妨げる行為の危険が現実化している。

五 丙の路上放置への関与と植え込みへの移動は,同一被害者について同じ死亡結果へ向けられた一連の生命侵害として評価し,丙に一個の殺人既遂罪が成立する。
重なる遺棄行為を別個に加算して二重評価しない。
甲丙に遺棄についての共同実行は認められるが,甲には殺意がなく,丙の単独の再移動への共謀もないため,各人の責任は区別する。
結局,乙と丙にはそれぞれ殺人既遂罪,甲には保護責任者遺棄致死罪が成立する。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨に応えるには,乙の殴打,甲丙の搬送・放置及び丙の再度の移動を,行為者と時点ごとに分ける必要がある。
後の丙に殺意があるからといって,それ以前の甲との全ての行為を,殺人の共謀によるものとして扱うことはできない。

甲が,病院の前であればだれかが見付けてくれるだろうからXは死ぬことはないだろうと思ったことは,甲の主観の事情である。
現実に救命できたか,その場に放置した危険がどの程度かという客観的な問題とは分ける。
答案の「仮に適切な治療により救命できたとしても」という条件を付した議論は,問題文に書かれていない救命可能性を確定事実にする趣旨ではない。

丙が単独で戻り,発見されにくい植込みへ移した事情は,丙の殺意,保護を引き受けた者としての地位及び死亡結果との関係を考える事情になる。
乙の先行行為についても,丙の行為が介在したというだけで因果関係を切らず,頭部の傷害と治療を受けないままの失血死という具体的な経過を検討する。
各行為について認定する故意・義務・因果関係の組合せを示すことが,結論だけを列挙する答案との違いになる。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行刑法199条の殺人罪,218条の保護責任者遺棄等及び219条の遺棄等致死傷は,行為者の故意と保護責任を区別して適用する必要がある。
現行法定刑の表記には拘禁刑が用いられている。
出題当時の行為を論ずる答案へ現在の刑名を混入させない。
本問のように当事者が救助を期待した事案では,救助の見込みの認識と,医学的・客観的な救命可能性の認定を別に扱う。

関連記事:保護責任者遺棄等罪の「遺棄」と「不保護」―置き去り,要保護状況及び死傷結果(AI作成)。

2 第2問 親族相盗例・盗品売却・売却代金の費消

(1) 問題文(問題PDF5頁)

甲はXとその配偶者Yとの間の子であり,乙はXとその内縁の妻との間の子であって
Xから認知されている。甲と乙は,Xと同居している。
甲は,Xが別居中のYから盗んだY所有の指輪を保管していることを知った。そこで,
甲は,乙に相談し,二人でその指輪を盗み出したが,その際,乙は,その指輪はXが所
有する物であると思っていた。乙は,盗んだ指輪を換金し,その全額を自分のものにし
ようと考え,盗品であることを秘して指輪を売却し代金全額を自己に引き渡すように甲
に命じた。これを了承した甲は,古物商丙に盗品であることを秘して,指輪を売却した
いと告げた。丙は,その指輪が盗品であり,時価100万円の価値があることに気付い
たが,甲に対して,その指輪には傷があるので買取価格は10万円にしかならないと告
げた。甲は,丙のその言葉を信じて,その指輪を10万円で丙に売却した。甲は,丙か
ら交付を受けた売却代金10万円を乙に渡すのが惜しくなり,その全額を遊興費として
使ってしまった。
甲,乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし,特別法違反の点は除く。)。

出典:法務省・平成20年度問題PDF。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF6頁)

本問は,親から財物を窃取した子2名が盗品であることを秘してこれを古物商に売却
し,うち1名がその代金を自己のために費消し,他方,その古物商も盗品であることに
気付き,そのことを秘して不当に安く買い受けていたという事例を素材として,事案を
的確に把握してこれを分析する能力を問うとともに,親族間の犯罪に関する特例,横領
罪における委託信任関係及び詐欺罪の構成要件等に関する理解とその事例への当てはめ
の適切さを問うものである。

出典:法務省・平成20年度問題と出題趣旨PDF。

(3) 模範答案

一 甲乙が指輪を盗み出した行為は,Xが現に保管するY所有の財物について,Xの意思に反して占有を取得したものである。
窃盗罪は違法な占有からの奪取であっても成立し得るから,X自身が指輪を盗んだ者であることは,甲乙の窃盗を否定する理由にならない。
両名は相談の上で共同して盗み出しており,窃盗罪の共同正犯が成立する。

乙は指輪がXの所有であると思っているが,他人が占有し,他人に所有権がある財物を盗むとの認識においては一致している。
所有者をYではなくXと誤信したことだけで,窃盗の構成要件的故意は阻却されない。

二 244条の親族相盗例について,同条の趣旨は,一定の親族間の財産関係への刑罰の介入を控える点にある。
所有者と占有者が異なる場合には,占有者との親族関係だけで,別に被害を受ける所有者の利益まで保護の外に置くべきでない。
したがって,刑の免除のためには,両者との間に同条1項所定の親族関係があることを要すると解する。

甲は占有者Xの子であり,所有者Yの子でもあるから,双方との間に直系血族関係がある。
同居の有無にかかわらず1項が適用され,窃盗罪の刑が免除される。
免除は犯罪の不成立を意味するものではない。

乙は認知によってXとの法律上の親子関係を有する。
他方,Yは父Xの配偶者であって,乙とYとの関係は直系血族ではなく姻族である。
また,Yは別居しているから,同居の親族として1項を適用することもできない。
したがって,現実の親族関係によれば,乙の窃盗について1項の免除を認めることはできず,2項の告訴に関する特例が問題となる。

乙は所有者もXであると思っており,自己に免除をもたらす事情を誤信している。
これを責任の減少に結び付け,38条2項の趣旨を及ぼして免除すべきだとの考え方はあり得る。
しかし,244条1項を犯罪成立後の個人的な刑罰阻却事由と解する以上,その基礎となる親族関係の錯誤は構成要件の錯誤とは異なる。
親族以外の被害者に及ぶ不利益を本人の誤信だけで排除すべきでもない。
そこで,本答案では現実の親族関係に従い,乙に1項の免除を認めない。

三 次に,甲乙は,盗品であることを秘して売却し,その代金を取得しようとしている。
権限のある売却であるとの外観によって買主に代金を交付させる行為は,詐欺の欺罔行為となり得る。
乙は売却と代金全額の取得を指示し,甲がこれを了承して丙に売却を申し出ているから,この取引について両名の共謀と実行への関与が認められる。

しかし,丙は指輪が盗品であると見抜いているため,その点について錯誤に陥っていない。
丙が10万円を交付したのは盗品でないと誤信したためではなく,盗品であることを承知で安く取得するためである。
したがって,甲乙の欺罔と丙の代金交付との因果関係を欠き,詐欺既遂罪は成立しない。

他方,甲の売却申出は,予定した取引相手に代金交付を求める段階に至っており,単なる準備ではない。
買主が看破したために失敗したものとして,本答案では詐欺未遂罪の共同正犯を認める。
この罪の被害者は親族でない丙であるから,窃盗についての親族特例を流用できない。
甲乙自身は当該窃盗の本犯であり,自らの盗品処分をさらに盗品等有償譲渡の独立罪として加算することもできない。

四 丙は,実際には時価100万円の指輪について,傷のため10万円にしかならないと虚偽を告げている。
これは単なる低い買値の提示ではなく,値引きの基礎となる具体的な品質・価値について誤信させる行為である。
甲はこれを信じて売却し,指輪の占有を交付しているから,丙に詐欺罪が成立する。
盗品を占有する甲であっても,他人の欺罔によってその占有を侵害されてよいことにはならない。

また,丙は窃盗によって得られた指輪と知りながら10万円を対価として取得しており,256条2項の盗品等有償譲受け罪にも当たる。
詐欺は甲の財産処分を,盗品等の罪は本犯被害者の回復利益等を侵害するものであり,一方の要件充足だけで他方の独立成立が当然に排除されるものではない。
丙の一つの欺罔取引による指輪の取得が双方の実行を重ねて実現するものとして,本答案では両罪を観念的競合と解する。

五 最後に,甲は売却代金全額を乙へ引き渡すことを了承して,乙のために丙から10万円を受領している。
その後の費消は,乙から委託された金員を,委託目的に反して自己の遊興に処分するものであり,不法領得の意思が認められる。

売却の対象が盗品であるというだけで,換価後の代金について具体的に成立した委託信任関係をすべて保護の外に置くべきではない。
したがって,本答案では甲に横領罪の成立を認める。
ただし,甲乙は父Xを共通にする兄弟であり,同居しているから,255条によって準用される244条1項により,この横領罪の刑は免除される。

結局,甲には刑を免除される窃盗罪・横領罪と,免除されない詐欺未遂罪が,乙には上記の告訴に関する特例を伴う窃盗罪と詐欺未遂罪が成立し,各人について成立する各罪は,別個の行為によるものとして併合罪となる。
丙には詐欺罪及び盗品等有償譲受け罪が成立する。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

最初に,指輪の所有者Y,占有者X及び行為者甲乙の関係を区別する。
乙の認知によるXとの親子関係と,Yとの姻族関係も別である。
最高裁平成6年7月19日第二小法廷決定(平成6年(あ)第234号,刑集48巻5号190頁)は,窃盗犯人が所有者以外の者の占有する財物を窃取した場合において,刑法244条1項が適用されるためには,同項所定の親族関係が,窃盗犯人と財物の占有者との間のみならず,所有者との間にも存することを要するとした。
本問では,甲は占有者X及び所有者Yの双方と直系血族の関係にあるのに対し,乙は認知によりXと直系血族の関係にあるものの,所有者Yとは別居している姻族の関係にとどまるから,甲と乙のそれぞれについて244条1項と2項のいずれに当たるかを分けて検討することになる。

乙がX所有と誤信した点は,窃盗の故意の問題と,刑の免除を基礎付ける事情の錯誤の問題を分ける必要がある。
答案は前者を肯定した上で,後者について採る立場と理由を示す。
後者の結論まで上記最高裁決定が直接判断したわけではなく,答案独自の解釈として読む部分である。

売却の段階では,丙が盗品と知っているため,甲乙の欺罔による既遂の成否と,丙自身の価格に関する欺罔を別々に検討する。
また,指輪の窃取と売却代金の費消は,対象物,委託関係及び被害者が異なる。
窃盗についての親族相盗例を,親族でない丙に対する詐欺未遂へ移してはならない。
丙の二つの犯罪の成立と罪数,及び違法な経緯を含む委託を横領罪が保護する範囲は,条文を挙げるだけで終わらせず,答案が補う理由付けを要する。
売却代金の着服については,最高裁昭和36年10月10日第三小法廷判決(昭和33年(あ)第319号,刑集15巻9号1580頁)が,窃盗犯人から盗品の売却のあっせん(当時の用語では賍物の牙保)を依頼されてその交付を受けた者が売却代金をほしいままに着服した場合に横領罪が成立するとし,横領罪の目的物は犯人の占有する他人の物であれば足り,給付者が民法上犯人に対しその返還を請求し得ることを要しないと述べている。
本問の甲は自らも窃盗の共同正犯である点でこの判決の事案と異なるが,答案が甲に横領罪を認める理由付けは,この判決の考え方に沿うものである。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行刑法244条も,配偶者・直系血族・同居の親族についての刑の免除と,それ以外の親族についての告訴に関する特例を区別する。
横領罪については255条による準用を,盗品等関与罪については257条の別の親族特例を確認する必要がある。
現行256条2項は,有償譲受けのほか,運搬,保管及び有償処分のあっせんを規定する。
どの当事者にどの特例を適用するかは,犯罪ごとに判断する。

その後の裁判例として,最高裁令和4年4月18日第二小法廷判決(令和2年(あ)第131号,刑集76巻4号191頁)は,農地の売買契約の譲受人の委託に基づき第三者の名義で農地法所定の許可が取得され,当該第三者に所有権移転登記が経由された場合に,委託者が物の所有者でなくとも横領罪が成立し得るとし,委託関係の成立過程に農地法違反があるということのみから横領罪の成立を否定すべきものとは解されないとした。
農地法違反の事案についての判断であり,盗品の売却代金の扱いに直接及ぶものではないが,違法な経緯を含む委託と横領罪の成否を考える際の参考になる。

関連記事:違法な目的で預かったお金を使い込むと横領罪になるか―不法原因給付(民法708条)と横領罪・詐欺罪の判例(AI作成)。

第5 商法

1 第1問 重要財産の処分・事業譲渡・屋号の続用

(1) 問題文(問題PDF3頁)

X株式会社は,公開会社でない取締役会設置会社であり,その保有する建物及び用地
(以下「本件不動産」という。)において「リストランテL」の名称でレストランを営ん
でいる。X社の貸借対照表の資産の部に計上されている金額は,そのほとんどすべてが
本件不動産の帳簿価格で占められている。なお,X社の代表取締役はAであり,また,
X社においては特別取締役制度は採用されていない。
これらを前提として,次のそれぞれの場合について,問いに答えよ。
1Aは,Y株式会社に対し,本件不動産を5000万円で譲渡し,その所有権移転
登記手続を了した。Y社は,取得した本件不動産の建物を改装して,電化製品の販
売店を営むことを予定している。Aは,この取引に先立ち,X社の取締役会の承認
も株主総会の承認も得ていない。その後,Aに替わってX社の代表取締役に就任し
たBは,Y社に対して本件不動産の所有権移転登記の抹消を求めることができるか。
2Aは,Y社に対し,本件不動産を厨房設備とともに7000万円で譲渡した。A
は,この取引に先立ち,X社の株主総会の承認を得ている。Y社は,「リストラン
テL」の名称を引き続き利用し,X社が行っていた従来のレストラン事業を営んで
いる。この取引の結果,X社は事実上すべての活動を停止したが,Aが売却代金7
000万円を持ち逃げして行方不明となってしまったため,X社にはみるべき資
産がなくなった。X社に対してレストランの運転資金を融資していたCは,Y社に
対してその返済を求めることができるか。

出典:法務省・平成20年度問題PDF。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF3頁)

本問は,株式会社が事業活動の承継を伴わずに実質的にすべての資産を譲渡する場合
に求められる手続,事業の譲受会社が譲渡会社の営業標を引き続き使用する場合におけ
る会社法第22条第1項の類推適用の可否等について問う問題である。会社法第1編に
おける事業譲渡の概念と同法第2編第7章における事業譲渡の概念との関係,各事例に
おける株主総会又は取締役会の決議の要否,必要とされる決議を欠く場合における株式
会社の行為の効力等について,整合的な論述をすることが求められる。

出典:法務省・平成20年度問題と出題趣旨PDF。

(3) 模範答案

一 小問1について,X社は,本件不動産の譲渡が必要な機関決議を欠いて無効であるとして,Y社に所有権移転登記の抹消を求めることが考えられる。
まず株主総会の承認を要する事業譲渡か,次に取締役会の承認を要する重要財産の処分かを区別して検討する。

会社法467条1項の事業譲渡は,会社の事業の全部又は重要な一部を,組織された事業として移転する行為である。
その判断では,有機的に組織され一体として機能する財産の移転だけでなく,これを用いて行っていた事業活動の承継を伴うかを検討すべきである。
467条の事業譲渡は,第1編の21条以下(譲渡会社の競業の禁止,譲受会社の商号続用責任等)にいう事業譲渡と同一の意義に解するのが,法律関係の明確性と取引の安全に適い,両規定を整合的に理解できる。
帳簿上の資産のほとんどを占める財産を売ることと,事業を譲り渡すことは同義ではない。

本件でY社は,取得した建物を改装して電化製品販売店を営む予定であり,X社のレストラン事業を引き継ぐものではない。
レストランの営業活動や顧客関係等を組織として承継させるとの事情もない。
したがって,事業活動の承継を要する立場によれば,資産の大部分が失われるとしても,467条の事業譲渡には当たらず,その承認のための株主総会決議は不要である。

事業の基礎の喪失から株主を保護するため,事業用財産の一括処分にも同条を広く及ぼす考え方はあり得る。
しかし,事業の譲渡と重要財産の処分を区分する法の構造及び取引の予測可能性からは,承継のない資産処分を直ちに事業譲渡と扱うべきではない。
本件では後者として統制するのが相当である。

二 本件不動産は,X社の資産のほとんどを占め,現にレストランを営む基盤である。
金額5000万円だけでなく,会社の規模,財産全体に占める割合及び営業上の機能を考慮すれば,362条4項1号の重要な財産の処分に当たる。
X社は取締役会設置会社であるから,その決定を代表取締役に委任することはできない。
特別取締役制度も採用されておらず,通常の取締役会の決議を要するところ,Aはこれを得ていない。

もっとも,代表取締役が内部の意思決定手続を欠いたことから,対外的取引を一律に無効とすると取引の安全を害する。
他方,相手方が取締役会決議の欠缺を知り,又は知ることができた場合まで取引を維持する必要は乏しい。
そこで,取締役会決議を欠く重要財産処分は,相手方がその欠缺につき悪意又は過失を有する場合に,会社が無効を主張できると解する。

本件では,Y社の認識や調査可能性が明示されていない。
取得財産が重要であると知っていたことと,決議がなかったと知り又は知り得たことも同一ではない。
したがって,Aが無決議であったとの一事だけで,抹消請求を認容することはできない。
X社は,Y社が決議の欠缺を知り又は知り得た事情を主張立証できるときに,所有権が移転していないとして登記抹消を求めることができる。
代表者がAからBに交替したこと自体は,取引の効力を変えない。

三 小問2では,不動産に厨房設備を併せて譲り渡し,Y社が同じ名称の下で従来のレストラン事業を営んでいる。
事業を構成する財産と事業活動が一体として承継されているから,小問1と異なり事業譲渡に当たる。
X社の活動が事実上すべて停止していることも,営業の基盤がY社へ移ったことを裏付ける。

もっとも,事業譲渡は通常の合併のような包括承継ではなく,X社の債務がすべて当然にY社へ移るものではない。
株主総会の承認を得ていても,Cの融資債権が当然にY社に対する債権になるわけではない。
Aが代金を持ち逃げしてX社が無資産となったことも,それだけでY社に返済義務を発生させるものではない。

そこで,譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合の責任を定める22条1項が問題となる。
同項は,営業主体の交替や債務の帰属について債権者に生じ得る外観・信頼を保護するものである。
本件で続用された「リストランテL」は,X株式会社という会社の商号そのものではなく,レストランの名称という営業標であるから,直接適用には文言上の問題がある。

しかし,外部の債権者が事業主体や債務の承継を認識する上では,会社の商号だけでなく,その事業を示す営業標が重要な役割を果たす場合がある。
本件のように,店舗・設備・レストラン事業を引き継ぎ,その名称もそのまま利用する場合には,事業の連続性と債務承継への外観が生じる。
商号だけが異なることを理由に保護を排除するのは同項の趣旨に反するから,営業標の続用について同項を類推適用すべきである。

四 Cの融資はレストランの運転資金であり,譲渡会社の事業によって生じた債務と評価できる。
したがって,Y社はX社とともにその弁済責任を負い,CはY社に返済を求めることができる。
ただし,22条2項に相当する免責の登記又は遅滞のない個別通知等があれば責任は別に検討される。
本問にはその事情が示されていないから,それを補ってCの請求を否定することはできない。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

小問1と小問2では,買主が不動産を何のために取得するかが異なる。
小問1では電化製品販売店への改装が予定され,小問2では厨房設備と屋号を含めて同じレストラン事業が続けられる。
唯一に近い資産を処分したという事情と,事業活動を承継させたという事情を同じものとして扱わないことが重要である。

最高裁昭和40年9月22日大法廷判決(昭和36年(オ)第1378号,民集19巻6号1600頁)は,平成17年改正前の商法245条1項1号の営業の譲渡を,商法総則の営業の譲渡と同一の意義に解し,有機的一体として機能する財産の譲渡に加えて,営業的活動の承継と競業避止義務を伴うものとした。
製材工場の土地建物等を別の用途に使うために買い受けた事案で,営業の譲渡に当たらないとした原審の判断を是認している。
同じ事件について,最高裁昭和40年9月22日第三小法廷判決(昭和36年(オ)第1378号,民集19巻6号1656頁)は,代表取締役が取締役会の決議を経ないでした対外的な個々的取引行為は原則として有効であり,相手方が決議を経ていないことを知り又は知り得べかりしときに限って無効であるとした。
答案では,必要な機関決定の種類と,その欠缺が契約の効力に与える影響を順に検討する。

小問2では株主総会の承認を得たことが明示されている。
その事実を前提に,事業譲渡だけでは債務が当然に移るわけではないことを示し,Cの請求につき,屋号の続用による対外責任を検討する。
屋号は会社の商号そのものとは限らないため,会社法22条の直接適用と,その趣旨を及ぼす解釈を区別する。
最高裁平成16年2月20日第二小法廷判決(平成14年(受)第399号,民集58巻2号367頁)は,預託金会員制のゴルフクラブの名称が営業主体を表示するものとして用いられている場合に,営業の譲受人がその名称を継続して使用しているときは,譲受後遅滞なく会員による施設の優先的利用を拒否したなどの特段の事情がない限り,平成17年改正前の商法26条1項の類推適用により,譲受人が預託金の返還義務を負うとした。
屋号の続用についても,その名称が営業主体を表示する機能を果たしているかを,問題文の事実に即して検討する。
Aが代金を持ち逃げしたという事情だけでCの債権が消滅するのではなく,Cが誰にどの根拠で請求できるかを示す部分である。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行会社法362条4項1号は,重要な財産の処分等の決定を取締役へ委任できない事項として定める。
事業の譲渡等の承認は467条,譲受会社が商号を続用する場合の責任は22条で検討する。
いずれも要件が異なるため,資産額が大きいという事情だけで事業譲渡と決めたり,屋号の続用を商号の続用と同一視したりしない。
現在の案件で22条の期間に関する規定や免責の手段を検討するときは,同条の各項を区別する必要がある。
出題当時の会社法には無かった23条の2は,譲渡会社が残存債権者を害することを知って事業を譲渡した場合に,残存債権者が譲受会社に対し,承継した財産の価額を限度として債務の履行を請求できるとする(譲受会社が事業の譲渡の効力が生じた時に残存債権者を害することを知らなかったときを除く。)。
小問2のように譲渡会社に資産が残らない場面では,現行法の下では,22条1項の類推適用とは別に,23条の2による請求の可否も検討することになる。

関連記事:事業譲渡で屋号・ブランドを続用すると旧債務を負うか―商号続用責任と判例(AI作成)。

2 第2問 株主名簿の閲覧と第三者割当ての差止め

(1) 問題文(問題PDF3・4頁)

甲株式会社は,その発行する株式を金融商品取引所に上場している監査役会設置会社
である。甲社の発行済株式総数の約20パーセントを保有する株主名簿上の株主である
乙株式会社は,平成20年4月25日,同年6月27日開催予定の甲社の定時株主総会
における取締役選任に関する議案及び増配に関する議案についての株主提案権を行使し
た。この場合において,次の2つの問いに答えよ。なお,甲社の定款には,種類株式に
係る定めはないものとする。
1乙社は,株主提案権の行使とともに,甲社に対し,その提案の内容を他の株主に
よく伝えたいとして,甲社の株主名簿の閲覧請求を行った。これに対し,甲社は,
乙社が甲社と事業上の競争関係にある丙株式会社の総株主の議決権の70パーセン
トを有していることから,乙社からの閲覧請求を拒否することとした。この閲覧請
求の拒否は許されるか。
2甲社の取締役らは,乙社からの株主提案を受けて,直ちに臨時取締役会を開催し,
丁株式会社との業務提携関係を強化することが目的であるとして,既に業務提携契
約を締結していた丁社のみを引受人とする募集株式の第三者割当発行を決議した。
なお,払込金額については甲社株式の直近3か月の市場価格の平均の90パーセン
トに相当する額とし,払込期日については定時株主総会の開催日の1週間前の日と
することとされた。また,当該決議に合わせて,定時株主総会に係る議決権行使の

基準日について,この発行に係る株式に限りその効力発生日の翌日とする旨の決議
がされ,これに係る所要の公告も行われた。この募集株式の発行が実施されると,
乙社が保有する甲社株式の甲社発行済株式総数に対する割合は約15パーセントに
低下する一方で,丁社のそれは約45パーセントに上昇することとなる。乙社は,
この募集株式の発行を差し止めることができるか。

出典:法務省・平成20年度問題PDF。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF4頁)

小問1は,会社法第125条において株主名簿の閲覧請求権及びその拒否事由が規定
されている趣旨についての理解を問うものであり,解答に際しては,親子会社関係が絡
む場合にはどのような解釈を行うかについても論述する必要がある。小問2は,公開会
社の募集株式の発行に係る規律の内容の理解を問うとともに,会社法第210条の適用
関係における法令・定款違反の有無及び著しい不公正の有無について,それぞれの解釈
に係る基礎的な知識及びそれを事例に適用する能力を問うものである。

出典:法務省・平成20年度問題と出題趣旨PDF。

(3) 模範答案

一 小問1について,乙社は甲社の株主名簿上の株主であり,会社法125条2項に基づき,理由を明らかにして名簿の閲覧を請求できる。
他の株主に株主提案の内容を伝え,議決権行使への支持を求めることは,株主としての権利の確保・行使に関する目的である。
したがって,この目的をそのまま権利行使と無関係であるとして,同条3項1号により拒否することはできない。

しかし,出題当時の同項3号には,請求者が甲社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み,又はこれに従事する場合という拒否事由が置かれている。
この規定は,名簿に記載された情報が競争上の利益のために利用され,会社や株主の共同利益を害する危険に配慮したものと解される。
権利行使に関連する目的であることだけで,別号の拒否事由まで当然に消えるものではない。

直接甲社と競争するのは丙社であり,乙社とは法人格が異なる。
そのため,丙社が競争会社であるとの一事だけで,乙社を拒否対象に含めることはできない。
他方,条文が実質的競争関係を問題とする以上,別法人を介して事業を支配する形を採れば拒否事由を免れるという解釈も適切でない。
親子会社としての支配関係と事業の実態から,乙社自身が競争事業を営むのと実質的に同視できるかを判断すべきである。

乙社は丙社の総株主の議決権の70%を保有し,その経営を支配し得る立場にある。
少数の投資持分を有するだけの場合と異なり,競争事業の利益を自己の支配の下で実現し得る関係である。
そこで,本件の親子会社関係を競争事業の実質的な営みと評価する立場によれば,甲社は3号により拒否できる。
ただし,議決権の保有だけで事業実態を問わず常に競業者となるという一般化は避けるべきであり,単なる資産運用にとどまる等の反対事情があるときは,実質的競争関係の認定を別に要する。

二 小問2では,乙社は株主として,210条に基づき甲社に募集株式発行の差止めを求めることが考えられる。
そのためには,法令・定款違反又は著しく不公正な方法による発行と,乙社に不利益を生ずるおそれを要する。
両号は別の根拠であり,発行手続が形式上適法でも,不公正発行の検討は残る。

甲社は上場する公開会社であり,募集事項は原則として取締役会で決定できる。
ただし,特に有利な払込金額による場合には,株主総会での理由の説明と特別決議による決定が必要となる。
したがって,払込金額が適正であるかをまず確認すべきである。

払込金額は直近3か月の市場価格の平均の90%とされている。
市場価格を基礎とし,一定の期間で平準化することには価格変動への対応という理由があり,1割の値引きがあるというだけで直ちに特に有利な金額とは断定できない。
しかし,決議時の株価,期間中の変動,算定方法等によっては実際の価値から大きく乖離し得る。
合理的な評価を欠き特に有利な金額と認められる場合には,必要な株主総会決議を欠く発行として1号の差止事由になる。

三 次に,議決権行使の基準日を新株だけ別に定めた点が問題となる。
124条1項の基準日は権利行使者を画一的に確定する制度であり,同じ権利の株式について恣意的に行使者を選別すれば,109条1項の株主平等原則との関係で問題を生ずる。
他方,124条4項は,基準日後に株式を取得した者の全部又は一部にも議決権を行使させることを認めている。

ここで同項ただし書が保護するのは,当該株式の基準日株主の権利である。
新たに発行された株式には従前の基準日株主がいないから,既存株主の議決権割合が低下することだけをもって,このただし書への違反とすることはできない。
したがって,丁社の新株に議決権を認める実質を同項により許容できるなら,別基準日の形式を採ったとの理由だけで発行自体を違法と断ずるべきではない。
ただし,この選別と発行とを一体として,不公正な支配権操作に当たらないかを検討する必要がある。

四 資金調達等の正当な事業目的が中心であれば,発行によって既存株主の割合が低下するだけで不公正とはいえない。
しかし,現経営陣の支配権を維持し,対立する株主の議決権の影響を弱めることが主要な目的である場合には,株主による役員選任の判断を経営陣が新株発行で歪めるもので,著しく不公正な方法となる。

本件では,乙社が取締役選任及び増配を提案した直後に発行が決議され,払込みは総会の1週間前とされている。
丁社との業務提携は既に存在しており,追加の資金需要や,この時点で大規模な発行を要する具体的事情は示されていない。
さらに,丁社に総会で議決権を行使させるための特別の措置が併せて採られている。
甲社の発行済株式総数に対する保有割合は,乙社が約20%から約15%へ低下する一方,丁社が約45%に達する。

これらを総合すると,業務提携の強化という名目だけでは合理化できず,乙社の株主提案の影響を弱め,現経営陣を支持する議決権を確保することが主要な目的と評価できる。
乙社には議決権の影響が薄められる不利益のおそれもある。
よって,乙社は,210条2号に基づいて募集株式発行の差止めを求めることができる。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

小問1は,甲社と競業する丙社を乙社が支配しているという企業関係を,出題当時の株主名簿閲覧の拒絶事由に結び付ける問題である。
乙社自身の営業内容だけを見て形式的に決めず,丙社の総議決権70パーセントを保有するという事実と,閲覧目的との関係を論ずる必要がある。

小問2では,発行の目的,払込金額及び基準日後に取得する新株の議決権という複数の問題を分ける。
株主提案から総会までの時期,丁社だけへの割当て,乙社の持株割合の低下及び丁社の持株割合は,不公正発行を判断する事情である。
問題文の約20パーセント・約15パーセント・約45パーセントは甲社の発行済株式総数に対する割合であり,そのまま全ての議決権割合を示す数値とはしていない。

直近3か月平均株価の90パーセントという事実も,それだけで有利発行の有無が確定するわけではない。
市場価格との比較方法と,この時期・対象者への発行を分けて論じる。
本問の決議は,今回の発行に係る株式に限り,その効力発生日の翌日を議決権行使の基準日とするものである。
効力発生日と基準日を混同せず,この措置と基準日株主の議決権との関係を検討する。
実施後の無効訴訟に話を移すだけでは,発行を阻止したい乙社の問いに答えたことにならない。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行会社法125条3項には,競業関係そのものを掲げた拒絶事由は置かれていない。
他方,会計帳簿等についての433条2項3号は,実質的な競争関係にある事業を営み又は従事する請求者を掲げている。
株主名簿と会計帳簿の規律を取り違えてはならない。
発行前の差止めは現行210条の法令・定款違反又は著しく不公正な方法と,株主に不利益が生ずるおそれを分けて検討し,基準日後の株式取得者の取扱いは124条4項で確認する。

関連記事:少数株主が会社の業務と財産を調べる方法―会計帳簿の閲覧,業務検査役,2項調査者,総会検査役と改正案(AI作成)/安すぎる第三者割当増資への株主の対応―有利発行の特別決議,差止め,発行無効及び引受人・取締役の責任(AI作成)。

第6 民事訴訟法

1 第1問 弁論準備手続の特徴と終結後の効果

(1) 問題文(問題PDF6頁)

弁論準備手続について,口頭弁論に適用される諸原則を踏まえつつ,手続の特徴及び
その終結の効果を論ぜよ。

出典:法務省・平成20年度問題PDF。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF7頁)

弁論準備手続が争点及び証拠の整理手続の一つであり,口頭弁論とは別個の手続であ
ること,口頭弁論に適用される公開主義との関係で手続の開始や終了,傍聴の場面で当
事者の意向が重視されていること,公開主義及び直接主義との関係で口頭弁論において
手続の結果を陳述しなければならないこと,適時提出主義を具体化し,訴訟の促進を図
る趣旨から,手続終結の効果として時機に後れた攻撃防御方法の提出について説明義務
が生ずること等を中心に,弁論準備手続の意義及び機能を論ずべきである。

出典:法務省・平成20年度問題と出題趣旨PDF。

(3) 模範答案

一 弁論準備手続は,口頭弁論の充実と迅速化のため,裁判所と当事者が争点及び証拠を整理する手続である。
争点を明確にしないまま証人尋問等を重ねることを避け,何を主張・立証すべきかを整理して,必要な証拠調べを集中して行う基礎を作る。
準備的口頭弁論と同じく整理の機能を担うが,口頭弁論そのものではなく,公開等の原則の適用に違いがある。

裁判所は,整理の必要があると認めるとき,当事者の意見を聴いて事件を弁論準備手続に付することができる(168条)。
当事者の合意は開始の要件ではないが,手続選択が当事者の審理の機会に関わるため,その意向を聴くことが求められている。

二 口頭弁論には公開主義が適用され,裁判の公正を国民の監視によって保障する。
他方,弁論準備手続は公開の法廷で行う口頭弁論とは異なり,争点整理のため柔軟な協議を行うことができる。
ただし,非公開であることを,裁判所と一方当事者だけが自由に協議できるという意味に解してはならない。
169条1項は,当事者双方が立ち会うことのできる期日において行うと定め,対審的な整理を確保している。

また,裁判所は相当と認める者の傍聴を許すことができる。
特に当事者が申し出た者については,手続に支障を生ずるおそれがある場合を除き,傍聴を許さなければならない(同条2項)。
一般公衆に一律に開放する公開とは異なるものの,傍聴を全面的に裁判所の自由な判断に委ねず,当事者の意向を重視している。

さらに,裁判所は相当と認めるとき,申立て又は職権によって弁論準備手続に付する裁判を取り消せるが,双方の申立てがあれば取り消さなければならない(172条)。
開始時には意見聴取,傍聴には申出の尊重,取消しには双方の申立てへの拘束というように,当事者の意思の関わり方は場面により異なる。

三 口頭弁論は,当事者が口頭で主張を提出し,裁判所がその審理に基づいて判断することを基本とする。
弁論準備手続では,準備書面の提出を命じるほか,釈明,主張の確認,証拠の申出に関する判断等を通じて争点を整理する。
弁論主義や適時提出の要請が消えるわけではなく,裁判所の主導的な整理も当事者に主張・反論の機会を与えて行われなければならない。

書証の取調べは,この手続の期日において行うことができる(170条2項)。
文書の内容を踏まえて主張を整理することが効率的であるためである。
これに対し,証人尋問等の人証調べを一般的にこの手続へ移すことはできない。
公開の口頭弁論において,必要な争点に絞って人証を取り調べることとの役割分担を維持する必要がある。

また,受命裁判官に手続を行わせることができる(171条)。
出題当時の電話会議についても,遠隔地居住その他相当な事情及び当事者の意見聴取等の条件の下,双方が同時に通話できる方法を利用できるが,一方当事者が期日に出頭することを要する仕組みである。
これらは,裁判官全員と双方当事者が法廷で対面して行う口頭弁論との違いである。

四 もっとも,弁論準備手続で主張・証拠を整理しただけでは,公開の口頭弁論における審理に代えることはできない。
173条は,当事者が口頭弁論において弁論準備手続の結果を陳述しなければならないと定める。
この陳述によって整理の結果を口頭弁論へ接続し,公開主義及び直接主義との整合を確保する。
担当裁判官が記録を読んで知っているというだけで,この手続を不要とすることはできない。

直接主義との関係では,受命裁判官等による準備の内容を,判決に関与する裁判官の面前での口頭弁論に取り込み,その審理判断の基礎を明らかにする意味がある。
結果陳述は,すべてのやり取りを逐語的に繰り返すことではないが,実質的な主張・争点等を不明のまま包括的な陳述の形式だけで済ませるべきでもない。

五 終結に当たっては,その後の証拠調べによって証明すべき事実を確認し,当事者が整理後の審理を準備できるようにする。
終結後に新たな攻撃防御方法を提出した当事者は,相手方から求められたとき,終結前に提出できなかった理由を説明しなければならない(174条,167条)。
これは適時提出主義を具体化し,整理の成果を維持して訴訟の遅延を防ぐための義務である。

しかし,終結だけによって新たな主張・証拠が一律に失権するわけではない。
提出が許されないかは,故意又は重大な過失による時機に後れた提出で,訴訟の完結を遅延させるか等,157条の要件に従って別に判断する。
説明義務と却下の要件を混同せず,充実した争点整理と当事者の実質的な審理の機会を両立させるべきである。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨が求めるのは,条文上できる行為を列挙するだけの説明ではない。
出題趣旨は,弁論準備手続が争点及び証拠の整理手続の一つであり,口頭弁論とは別個の手続であることを出発点とし,公開主義・直接主義・適時提出主義との関係からその意義及び機能を論じることを求めている。
答案は,実施主体,期日の双方立会い,傍聴,書証の取調べ及び手続結果の口頭弁論への顕出を,民事訴訟の諸原則と結び付けている。

とりわけ,口頭弁論の公開という原則と,弁論準備手続における傍聴の規律は区別する。
非公開の手続であるという一語から,誰も傍聴できないという結論にはならない。
また,争点整理を受命裁判官が行うことと,本案判断を受訴裁判所が行うことの関係も説明対象になる。

終結後については,整理結果の確認・陳述,新たな攻撃防御方法を提出した場合の説明義務及び時機に後れた提出の却下を区別する。
弁論準備手続を終結したという事情だけで,その後の主張・立証が当然に排除されるわけではない。
故意又は重大な過失,遅延などの要件を検討するところが,集中審理と当事者の手続保障を両立させる部分である。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行民事訴訟法170条3項は,令和4年法律第48号による改正(令和5年3月1日施行)により,当事者が遠隔の地に居住しているときという例示と,当事者の一方が期日に出頭した場合に限るとするただし書が削られ,相当と認めるときに当事者の意見を聴き,裁判所と当事者双方が音声を同時送受信できる方法で弁論準備手続を行うことを認める。
出題当時の遠隔参加の説明を,現在の双方の遠隔参加へそのまま移すことはできない。
同条2項も,同じ改正法の令和8年5月21日施行分により,文書の証拠調べに加え,電磁的記録に記録された情報の内容に係る証拠調べ(231条の2第1項)等を弁論準備手続の期日にすることができると定めている。
一方,結果の陳述を定める173条,終結後の説明義務に関する174条・167条及び157条の要件は,それぞれ区別して検討する。

関連記事:民事裁判で公開されない手続と公開停止―弁論準備手続の傍聴,裁判所外の尋問,当事者尋問等の公開停止及び記録の閲覧制限(AI作成)。

2 第2問 補助参加人の控訴期間と参加的効力の例外

(1) 問題文(問題PDF6頁)

債権者Xの保証人Yに対する保証債務履行請求訴訟に,主債務者Zは,Yを補助する
ため参加した。
1第一審でY敗訴の判決が言い渡され,その判決書の正本が平成20年7月3日に
Yに,同月5日にZに,それぞれ送達された。Yはこの判決に対して何もしなかっ
たが,Zは同月18日に控訴状を第一審裁判所に提出した。この控訴は適法か。
2Y敗訴の判決が確定した後,Yは,Zに対し,求償金請求の訴えを提起した。
仮に,Yが,主債務の存在を疑わしめる重要な証拠であってZの知らないものを
所持していたにもかかわらず,XY間の訴訟において,その証拠の提出を怠ってい
た事実が判明した場合,Zは,YZ間の訴訟において,主債務の存在を争うことが
できるか。

出典:法務省・平成20年度問題PDF。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF7頁)

補助参加に関する基礎的な理解を問う問題である。1では,補助参加人の地位の独立
性と従属性のバランスをどこでとるかという観点から,被参加人自らは控訴を提起しな
いために,それとの関係では控訴期間が経過した後に補助参加人がした控訴の効力を論
ずべきである。2では,補助参加人に対する判決の効力の性質,その効力が及ぶ主観的
・客観的範囲を明らかにした上で,民事訴訟法第46条第4号該当性を論ずべきである。

出典:法務省・平成20年度問題と出題趣旨PDF。

(3) 模範答案

一 小問1では,補助参加人Zは,被参加人Yを補助するため,攻撃防御方法の提出だけでなく上訴をすることもできる(民事訴訟法45条1項)。
補助参加人自身が訴訟の当事者となるわけではないが,自己の法律上の利益を守るため,Yが積極的に行動しなくても訴訟行為をできる点に独立性がある。

したがって,Yが控訴をしなかったことだけを,Zの控訴と抵触する意思表示とみて無効とすべきではない。
Yによる不作為と,控訴の取下げ等の積極的な訴訟行為は区別される。
しかし,補助参加人は参加時の訴訟状態に拘束され,被参加人のために既にできなくなった訴訟行為を回復させることはできない。
その上訴権には従属性もある。

ここで,補助参加人に対する判決送達から独自の控訴期間が進行するとすれば,被参加人について控訴期間が満了した後にも,補助参加人が独立に判決の確定を阻止できることになる。
他方,補助参加は被参加人の請求又は防御を補助する制度であり,上訴によって変更を求める対象もXY間の判決である。
補助参加人へ別途判決を送達することは訴訟活動の機会を与えるため必要であるが,そのことから被参加人の手続状態を超える独自の控訴期間まで与えられるとはいえない。

そこで,Zの控訴期間は,被参加人Yの控訴期間に従うと解すべきである。
補助参加人の独立性は,Yが控訴しない間にもその有効な期間内で上訴できる点に認め,期間満了後の上訴まで許さないことによって従属性との調整を図る。

二 控訴は,判決書正本の送達を受けた日から2週間の不変期間内に提起しなければならない(285条)。
Yへの送達は平成20年7月3日であり,初日を算入しない期間計算によれば,7月4日を起算日とし,7月17日の終了によって2週間が満了する。
同日は木曜日であり,本問の日付について末日が休日となることによる繰下げはない。

Zが控訴状を提出した7月18日は,この期間の満了後である。
Z自身への送達が7月5日であったからといって,XY間の判決について別個に期間を延ばすことはできない。
また,責めに帰することのできない事由による訴訟行為の追完を基礎付ける事情も示されていない。
控訴状を第一審裁判所に提出した場所は適切であるが,それによって期間徒過は治癒されない。
したがって,Zの控訴は不適法であり,却下される。

三 小問2では,前訴の確定判決がYZ間に及ぼす効力を検討する。
前訴の当事者はXとYであり,ZはYの補助参加人にとどまるから,当事者間に生ずる通常の既判力をそのままZへ拡張することはできない。
他方,46条は,一定の例外を除いて,補助参加に係る訴訟の裁判が補助参加人にも効力を有すると定めている。

この効力は,共同して訴訟を追行し得た被参加人と補助参加人との間で,敗訴の責任を公平に分担させる参加的効力と解すべきである。
補助参加人が敗訴後に被参加人へ,前の訴訟の判断が誤っていたとして責任を転嫁することを制限する。
そのため,YのZに対する求償訴訟という両者間の関係で問題になるのであって,前訴判決から当然にXZ間の全法律関係を確定させる効力を導くものではない。

また,この趣旨から,効力は判決主文の結論だけでなく,それを導くために必要な理由中の判断にも及ぶ。
ただし,判決理由に書かれたすべての傍論や,結論に不要な判断まで拘束力を認めるべきではない。
本件では,保証債務の成立の基礎となった主債務の存在は,Y敗訴の結論に必要な判断であり,通常は参加的効力の範囲に含まれる。

四 しかし,参加的効力は,補助参加人が現実に防御を尽くすことができたとの基礎を欠く場合には制限される。
46条4号は,被参加人が故意又は過失によって,補助参加人のすることのできない訴訟行為をしなかった場合を例外としている。
補助参加人に利用できない防御方法を被参加人が怠った場合まで,その不利益を補助参加人へ負担させるのは公平でないからである。

本件の重要証拠はYが所持し,Zはその存在を知らなかった。
Zが既に知る証拠を自ら提出しなかったという場合とは異なり,Yの協力がなければその証拠を用いることができない。
しかも,証拠は主債務の存在を疑わせるもので,前訴の判断に影響し得る重要性を有する。
Yがこれを提出しなかったことに故意又は過失が認められる限り,同号の例外に当たる。

よって,この事情の下では,Zは参加的効力により主債務の存在を争うことを封じられず,YZ間の後訴で争うことができる。
ただし,効力の制限によって主債務不存在が直ちに確定するわけではなく,後訴裁判所が証拠を踏まえてその存否を判断することになる。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

小問1では,Zが上訴できることと,Z固有の控訴期間が進行することは別問題である。
最高裁昭和25年9月8日第二小法廷判決(昭和24年(オ)第321号,民集4巻9号359頁)は,旧民事訴訟法69条の下で,補助参加人は被参加人のために定められた上告申立期間内に限って上告の申立てをすることができるとした。
これは上告の事案であるが,答案では通常の補助参加の従属性を本問の控訴へ具体化している。
Yが控訴しなかったことを,直ちにZの控訴と抵触する積極的な訴訟行為と扱う必要もない。

期間計算は,Yへの7月3日の送達を基準に行い,Z自身への7月5日の送達を起算点にして結論を変えない。
提出先が第一審裁判所であることと,期間内の提出であることも別の要件である。

小問2では,敗訴判決の既判力と,補助参加人に対する参加的効力を区別する。
重要な証拠をYが持ち,その存在をZが知らなかったという事実は,前訴でZが実効的に訴訟追行できたかを考える事情になる。
答案の例外の検討は,単に敗訴したのだから主債務を争えないとする処理を避けるためのものである。
なお,問題文はYが弁済した事実を示していないから,小問2では参加的効力により主債務の存在を争えるかだけを論じ,求償請求のその他の成立要件の充足までは扱わない。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行民事訴訟法45条は補助参加人の訴訟行為と被参加人の行為との抵触を,46条は参加的効力と例外を定める。
現在も両条の要件を分けて検討する必要がある。
現行285条は,令和4年法律第48号による改正(令和8年5月21日施行)により,電子判決書又は254条2項の規定により所定の事項が記録された電子調書の送達を受けた日から2週間の不変期間内に控訴を提起すると定めるため,出題当時の判決書正本の送達という表現は,現在の手続の説明としてはそのまま使えない。
被参加人の控訴期間を基準とする判例の考え方を前提とすれば,現在の手続でも,期間の起算点は被参加人への電子判決書等の送達日となる。

関連記事:民事控訴における必要的共同訴訟と共同訴訟的補助参加―当事者の地位,控訴期間及び取下げ(AI作成)。

第7 刑事訴訟法

1 第1問 無告知入室・令状呈示・同席者の携帯品の捜索

(1) 問題文(問題PDF7頁)

警察官は,甲に対する覚せい剤所持被疑事件に関し,「甲が宿泊中のホテルの客室」を
捜索場所,「覚せい剤」等を差し押さえるべき物とする捜索差押許可状の発付を受け,同
客室に赴いた。証拠が隠滅されることをおそれた警察官は,ホテルの支配人に協力を求
めてマスターキーを借り受け,来意を告げることなく,マスターキーでドアを開錠し,
同客室内に立ち入った。すると,在室していた甲が,ビニール袋に入った覚せい剤を持
ってトイレに駆け込もうとしたので,警察官は,甲を制止して持っていた覚せい剤を取
り上げ,その後,甲に捜索差押許可状を示した上,同覚せい剤を差し押さえ,引き続き
同客室内の捜索を実施した。
同客室内には甲の知人らしき乙が居合わせており,同人がボストンバッグを携帯して
いたことから,警察官は乙に同バッグの任意提出を求めた。しかし,乙がこれを拒否し
同バッグを抱え込むような態度をとったため,警察官は,乙の抵抗を排除して同バッグ
を取り上げ,その中を捜索したところ,ビニール袋に入った覚せい剤を発見したので,
これを差し押さえた。
以上の警察官の行為は適法か。

出典:法務省・平成20年度問題PDF。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF8頁)

本問は,場所に対する捜索差押令状を執行する場面を題材として,令状執行の実効性
を確保するためにどのような措置が許されるか,捜索場所に居合わせた者の携帯品に対
する捜索差押えは許されるかなどを問うことにより,捜索差押令状の執行方法,令状に
よる捜索・差押えの効力が及ぶ範囲とその根拠について,基本的知識の有無と具体的事
案に対する応用力を試すものである。

出典:法務省・平成20年度問題と出題趣旨PDF。

(3) 模範答案

一 警察官の行為は,客室への開錠・立入り,甲の制止と覚せい剤の取上げ,令状提示後の差押え・捜索,乙のバッグの取得・捜索・差押えに分けて検討する。
令状は「甲が宿泊中のホテルの客室」を捜索場所とし,覚せい剤等を差押対象として発付されているから,まずその効力に基づく捜索差押えであることを前提とする。

二 刑事訴訟法222条1項により準用される110条は,捜索差押許可状を処分を受ける者に示すことを要求する。
これは,令状に基づく処分であること,その対象及び範囲を知らせ,令状によらない侵入や範囲外の処分を防ぐための保障であり,原則として執行に先立って行わなければならない。

もっとも,事前に来意を告げて提示の機会を求めることにより,対象物が直ちに隠滅され,令状執行が無意味となる具体的危険がある場合まで,必ず先行提示を要求するのは制度の趣旨に沿わない。
令状自体は既に発付されており,事後に速やかに提示することを条件として,必要な限度で先に立ち入る余地を認めるべきである。

本件対象は覚せい剤であり,短時間で隠匿・投棄できる物である。
来意を告げて開扉を待つことで隠滅される危険を考慮すれば,支配人から借りたマスターキーで開錠し,直ちに立ち入る方法には必要性が認められる。
鍵を借りる協力要請自体も,任意の協力を得る限り許される。
ただし,ホテル支配人の承諾が甲の客室の捜索を一般的に正当化するのではなく,捜索権限の根拠はあくまで令状である。

開錠は,222条1項・111条1項の令状執行のための必要な処分として,その目的との関連,必要性及び手段の相当性を満たす限度で許される。
破壊的な開扉よりも侵害が小さく,令状で特定された客室へ入るための方法であるから,本件では相当である。
もっとも,隠滅のおそれという警察官の抽象的な主観だけで,どの捜索でも無告知立入りを許すべきではない。

三 入室直後,甲は覚せい剤入りの袋を持ってトイレへ駆け込もうとしている。
この時点では,差押対象物の破棄に直結する急迫した具体的危険がある。
警察官が令状を広げて示している間に投棄されるおそれがあるから,まず甲を制止して袋を取り上げることは,令状執行を確保するための必要な処分として許される。

この制止は,甲を独立に逮捕する目的の身体拘束ではなく,特定の差押対象物の破棄を防ぐための付随的な措置である。
その限度を超えて長時間拘束すること等が当然に許されるわけではないが,本件にそのような事情はない。
取上げ後に甲へ令状を示し,覚せい剤を正式に差し押さえて客室捜索を続けたことは,急迫した隠滅の危険が解消した後に提示義務を履行したものと評価でき,適法である。

四 乙のバッグについては,覚せい剤が入っていそうだという事情だけで,令状の効力の欠缺を補うことはできない。
まず,客室という場所に対する令状が,その場にいる第三者の携帯品にも及ぶかを判断する必要がある。

場所の捜索令状は,特定された場所の中で,対象証拠が存在し得る範囲を捜索する権限を与える。
その効力を被疑者の所有物だけに限ると,同じ場所にある容器について所有者が異なるというだけで執行できなくなる。
したがって,対象物を収容でき,場所の捜索の一環として取り調べるべき物については,第三者の所有・携帯という理由だけで効力が排除されるものではないと解する。

最高裁平成6年9月8日決定は,被疑者と共に居住する者が室内で携帯するボストンバッグの捜索を,当該居室の令状により許している。
ただし,本問の乙は甲の知人らしい者であって,同居者とは記載されていない。
この事実差を無視して,判例が第三者の携帯品すべての捜索を無条件に認めたとすることはできない。

本件では,乙とバッグは客室内の捜索時に既に所在し,バッグは令状の差押対象である覚せい剤を収め得る容器である。
身体自体や着衣の内部の捜索とも異なり,携帯品を客室内にある容器として捜索する場面である。
そこで,本答案では,場所捜索の効力はこのバッグにも及ぶと解する。
乙が抱え込んだという後の行動だけで,もともと及んでいた効力が失われるものではない。

五 効力が及ぶ以上,乙の任意提出が得られなかったことを理由に捜索を断念する必要はない。
ただし,拒絶自体を犯罪や隠匿の確定事実と扱うべきでもない。
バッグを取り上げるための有形力は,111条1項の必要な処分として,抵抗を排除するため必要かつ相当な限度にとどめなければならない。

示された行為は,乙の抵抗を排除してバッグを取得し,その内部を捜索したものであり,身体への別個の侵襲や過剰な実力行使は記載されていない。
したがって,この有形力の行使は,令状執行のための必要な処分の範囲内にあると解する。
また,令状は,捜索場所である客室の管理者である甲に既に示されており,引き続き行われた同じ捜索の過程でバッグを捜索したものであるから,乙に改めて令状を示さなかったことだけで違法となるものではない。
もっとも,乙に対しても,令状に基づく捜索であることを告げることが望ましい。

以上,甲に対する制止及び客室内の捜索・差押え,並びに乙のバッグの取上げ・捜索及び覚せい剤の差押えは,いずれも上記の必要性と相当性の限度で適法と解する。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

警察官の行為は,マスターキーによる入室,甲が持った袋の取上げ,令状の呈示,甲の物の差押え及び乙のバッグの捜索・差押えという順序で検討する。
最後に薬物が見付かったという結果から,それ以前の全ての行為が適法になるわけではない。

令状の呈示は,処分を受ける者が権限と対象を確認するための手続である。
他方,証拠の散逸を防ぐために呈示前の措置が必要となる場合もあり得る。
答案では,入室の方法や袋の取上げについて,必要性と相当性を具体的な事実から評価し,その後の呈示と差押えまでまとめて一つの問題にしない。

最高裁平成14年10月4日第一小法廷決定(平成14年(あ)第413号,刑集56巻8号507頁)は,被疑者が宿泊しているホテル客室に対する捜索差押許可状の執行に当たり,覚せい剤を短時間のうちに破棄隠匿されるおそれがあったため,警察官らが来意を告げずにマスターキーでドアを開けて入室した措置を,捜索差押えの実効性を確保するために必要であり,社会通念上相当な態様で行われているとして,刑訴法222条1項,111条1項に基づく処分として許容した。
同決定は,令状の呈示は執行に着手する前に行うのが原則であるとしつつ,その事情の下では,入室した上その直後に呈示することも適法としている。
本問の第1段落は同決定の事案とよく似ているが,同決定の事案では入室の直後に呈示がされたのに対し,本問では甲の制止と覚せい剤の取上げの後に呈示がされている点に違いがある。

乙は,ホテルの居住者や同居者と認定された者ではなく,甲の知人らしい同席者である。
最高裁平成6年9月8日第一小法廷決定(平成5年(あ)第852号,刑集48巻6号263頁)は,被疑者である内妻と同居する被告人が,捜索場所である居室内で携帯していたボストンバッグについて,居室に対する捜索差押許可状に基づく捜索を認めたものであり,この事案を,同居者ではない本問の乙へ当然に拡張できるわけではない。
場所の令状がどこまで物の捜索を許すか,第三者の身体の捜索とはどう異なるか,バッグと対象場所との結び付きがあるかを考える。
令状の呈示については,問題文によれば,捜索場所である客室の管理者である甲に令状が示された後,引き続き行われた捜索の過程で乙のバッグが捜索されている。
答案では,場所令状の効力が乙のバッグに及ぶかという論点と,乙の抵抗を排除した有形力の行使が必要な処分の範囲内かという論点を分けて結論を示した。

先行入室に関する危険は,入室時までに知られていた事情から判断する。
甲がトイレへ駆け込もうとした入室後の事実は,その時点の制止を基礎付けるものであって,先行入室の適法性をさかのぼって正当化するものではない。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行刑事訴訟法110条は,差押状又は捜索状を処分を受ける者へ示すことを定め,222条1項は捜査機関による押収・捜索へ同条を準用する。
令状の執行に必要な処分を定める111条1項前段も,222条1項により捜査機関の押収・捜索に準用されている。
押収品目録に関する120条,押収物の保管等に関する121条は,令状呈示の根拠条文とは異なる。
現行法には電磁的記録提供命令等の電磁的記録に関する規定も置かれているが,本問のような物の捜索・差押えには関係しない。

関連記事:家宅捜索で同居家族のバッグや来訪者のポケットまで調べられるか―場所に対する捜索差押許可状の効力と最高裁平成6年9月8日決定(AI作成)。

2 第2問 弾劾証拠と自己矛盾供述の証明方法

(1) 問題文(問題PDF7頁)

被告人甲は,Aと路上で口論の末,その場を立ち去ろうとしたAを背後から手で突き
飛ばし,その場に転倒させ負傷させたとして,傷害罪で起訴された。これに対して,甲
は,「Aと口論をしたが,Aに対して暴行は加えておらず,その場から立ち去ろうとした
Aがつまずいて転んだにすぎない。」旨弁解している。
公判廷で,証人Bが,「甲とAが口論しており,その場を立ち去ろうとしたAが,自分
で勝手につまずいて転倒したのを私は見た。」旨,目撃状況を証言した。これに対して,
検察官が,その証明力を争うために,捜査段階で得られた次のような証拠の取調べを請
求した場合,裁判所は,証拠として採用することができるか。
1Bと同様に現場を目撃したCが行った,「甲がAを背後から手で突き飛ばし,A
が転倒したのを私は見た。」旨の供述を録取した警察官作成の書面で,Cの署名押
印のあるもの
2Bが行った,「甲がAを背後から手で突き飛ばし,Aが転倒したのを私は見た。」
との供述を聞き取った旨の記載のある警察官作成の捜査報告書で,警察官の署名押
印はあるが,Bの署名押印はないもの
32と同内容のBの供述を警察官が録音した録音テープ

出典:法務省・平成20年度問題PDF。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF8頁)

本問は,公判廷における証人の犯行目撃状況に関する証言について,捜査段階で得ら
れた3つの矛盾供述を題材として,法328条で許容される弾劾証拠の範囲を問うこと
で,伝聞法則の基本的な理解及び同条についての基本的知識の有無と具体的事案に対す
る応用力を試すものである。

出典:法務省・平成20年度問題と出題趣旨PDF。

(3) 模範答案

一 本問で検察官は,Bの目撃証言の証明力を争うために各証拠を請求している。
したがって,甲がAを突き飛ばした事実を各証拠で直接立証する場合と,Bの公判供述の信用性を争う場合を区別し,後者の目的について刑事訴訟法328条による採用の可否を検討すべきである。

伝聞法則は,公判廷外の供述をその内容の真実性の証明に用いる場合に,反対尋問等による吟味を欠く危険があることから,その証拠能力を原則として制限する。
328条は,321条等によって証拠とすることのできない書面や供述であっても,公判供述の証明力を争うための利用を認める。
しかし,「証明力を争う」との目的を表示しさえすれば,内容が公判供述と異なる資料をすべて採用できるとすると,伝聞法則が実質的に潜脱される。

そこで,本答案では,同条で許される矛盾供述による弾劾を,信用性を争われる供述者自身の,公判供述と矛盾する従前の供述,すなわち自己矛盾供述に限定する。
この場合,以前に異なる説明をしていたこと自体から現在の説明の一貫性を疑うのであり,以前の説明が真実であると認定する必要はない。

二 証拠1の供述者はCである。
Cは甲がAを突き飛ばしたと述べており,内容はBの公判供述に反する。
しかし,B本人が以前に異なる説明をしたことを示す資料ではない。
Cの説明を理由にBの証言を否定するためには,Cの目撃供述の方が真実であると評価し,それを事故又は暴行の事実認定に用いることになる。

これは自己矛盾を利用してBの一貫性を争うのとは異なり,他者Cの公判外供述を内容の真実性のために利用するものである。
供述録取書にCの署名押印があっても,この証拠目的の違いは解消されない。
したがって,証拠1を328条の弾劾証拠として採用することはできない。
Cの公判証言や伝聞例外による実質証拠としての採用の問題に,設問で指定された利用目的を置き換えるべきではない。

三 証拠2は,B本人が,甲がAを突き飛ばしたと述べたことを記載するものであり,内容面では自己矛盾供述に当たる。
しかし,Bの署名押印がなく,記載されたとおりの供述をBがしたことを,B自身が確認した形にはなっていない。

自己矛盾供述による弾劾は,Bが実際に以前の供述をしたことを前提とする。
328条は,以前に矛盾する供述をした事実を厳格に証明して公判供述の信用性を争うことを許す規定であり,供述録取の正確性等に関する法定の証拠要件まで無条件に不要とするものではない。
供述録取書を用いるなら,原供述者による署名又は押印等,法が定める要件を満たす必要があると解すべきである。

本書面にある警察官の署名押印は,警察官が報告書を作成したことを示すのであって,Bが録取内容を確認したことの代わりにはならない。
単に名称が捜査報告書であるために不可となるのではなく,実質がBの供述を記載した書面でありながら,その供述を正確に録取したことを担保する要件を欠くためである。
したがって,証拠2は,そのままでは328条によって採用できない。

四 証拠3は,同じ内容のBの供述を警察官が録音したテープである。
公判供述と相反する以前のB自身の供述を示す点では,自己矛盾供述の要件を満たす。
また,録音の内容をBの説明の変遷を示すために用いるのであって,録音された「甲が突き飛ばした」という内容をそのまま真実と認定するために用いるのではない。

録音は,警察官がBの言葉を選択・要約して文章にした供述録取書とは異なり,Bの発言自体を音声として再現する。
したがって,紙の書面と同じ署名押印がないという理由だけで排除すべきではなく,本人の自己矛盾供述を直接記録した,書面や公判供述と同視し得る証拠として扱うことができる。

もっとも,録音であれば正確性が無条件に保障されるものではない。
B本人の発言を録音したものであること,録音の同一性及び編集・改変等によって意味が変わっていないことを確認する必要がある。
これらが認められる限り,証拠3は328条の弾劾証拠として採用できる。
供述内容を単に警察官が読み上げて録音したものを,B本人の音声と同様に扱うことはできない。

五 採用後の利用範囲にも注意を要する。
裁判所は,Bが以前は異なる説明をしていたことを踏まえ,公判供述を信用できるかを判断できる。
しかし,そのことだけで,以前の説明が正しく甲がAを突き飛ばしたと認定してよいわけではない。
弾劾証拠を犯罪事実の認定のための実質証拠へ転用すれば,伝聞法則を制限した意味を失わせる。

以上により,指定された弾劾目的について,1は他者の矛盾供述であるため,2は供述録取書の要件を欠くため,それぞれ採用できず,3は録音の同一性等を確認した上で採用することができる。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

最初に,何を証明するために証拠を提出するのかを特定する。
Cの供述でBの公判供述と異なる事故状況を立証することと,B自身が以前に矛盾する説明をした事実を示すことは異なる。
328条という名称だけで,本来は実質証拠として用いる別人の供述を取り込むことはできない。

最高裁平成18年11月7日第三小法廷判決(平成17年(あ)第378号,刑集60巻9号561頁)は,328条は,別の機会に矛盾する供述をしたこと自体の立証を許すことにより公判供述の信用性の減殺を図ることを許容する趣旨のものであり,その事実の立証には厳格な証明を要するとした。
その上で,同条により許容される証拠は,信用性を争う供述をした者のそれと矛盾する内容の供述が,同人の供述書,供述を録取した書面(刑訴法が定める要件を満たすものに限る。),同人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述又はこれらと同視し得る証拠の中に現れている部分に限られるとし,消防司令補が証人から聞き取った内容を記載した「聞込み状況書」で,証人の署名押印のないものは,同条が許容する証拠に当たらないとした。
この判決は本問の出題より前に言い渡されており,本問の小問1・2は,この判決が示した限定に照らして検討することになる。

録音テープは,書面に供述者の署名がないという問題をそのまま置き換えただけのものではない。
Bの発言であること,録音が正確であること及び提出目的に即した取調べが可能であることを検討する必要がある。
上記判決は書面について判断したものであり,録音テープの扱いを直接判示したものではない。
答案の録音に関する結論は,同判決のいう「これらと同視し得る証拠」の解釈として,自己矛盾供述を用いる趣旨と記録方法の相違を踏まえて示したものである。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行刑事訴訟法328条も,公判供述の証明力を争うための証拠使用を定めている。
現行321条1項の供述録取書に関する署名又は押印の要件と,328条によって外される伝聞制限の範囲を分けて読む必要がある。
平成18年11月7日判決の規範を紹介する場合も,供述内容が真実であることの立証と,矛盾した供述を以前にした事実の立証を区別する。
録音・録画や電磁的記録については,媒体名だけで証拠能力を肯定せず,成立・真正及び具体的な立証趣旨を確認する。

関連記事:刑訴法328条の弾劾証拠と公判前整理手続終了後の証拠請求(AI作成)。

第8 出典・参考資料

1 法令

日本国憲法(令和8年11月4日時点の現行版)
民法(明治29年法律第89号。令和8年11月4日時点の現行版)
会社法(平成17年法律第86号。令和8年11月4日時点の現行版)
刑法(明治40年法律第45号。令和8年11月4日時点の現行版)
民事訴訟法(平成8年法律第109号。令和8年11月4日時点の現行版)
刑事訴訟法(昭和23年法律第131号。令和8年11月4日時点の現行版)
地方自治法(昭和22年法律第67号。令和8年11月4日時点の現行版)

民法の一部を改正する法律(平成16年法律第147号。民法の現代語化)の公布時の原文(衆議院)
会社法(平成17年法律第86号)の制定時の原文(衆議院)
刑法の一部を改正する法律(平成7年法律第91号)の公布時の原文(衆議院)
民事訴訟法(平成8年法律第109号)の制定時の原文(衆議院)

現行法は令和8年11月4日時点の版であり,平成20年当時の条文とは条番号や文言が異なる場合がある。
衆議院の制定法律情報に掲載された法律は公布時の原文であり,その後の改正は反映されていない。

2 裁判例(裁判所ウェブサイト掲載)

最高裁平成6年7月19日第二小法廷決定(平成6年(あ)第234号,刑集48巻5号190頁)
最高裁昭和40年9月22日大法廷判決(昭和36年(オ)第1378号,民集19巻6号1600頁)
最高裁昭和40年9月22日第三小法廷判決(昭和36年(オ)第1378号,民集19巻6号1656頁)
最高裁昭和25年9月8日第二小法廷判決(昭和24年(オ)第321号,民集4巻9号359頁)
最高裁平成14年10月4日第一小法廷決定(平成14年(あ)第413号,刑集56巻8号507頁)
最高裁平成6年9月8日第一小法廷決定(平成5年(あ)第852号,刑集48巻6号263頁)
最高裁平成18年11月7日第三小法廷判決(平成17年(あ)第378号,刑集60巻9号561頁)
最高裁平成8年3月19日第三小法廷判決(平成4年(オ)第1796号,民集50巻3号615頁)
最高裁平成14年4月25日第一小法廷判決(平成11年(受)第743号,集民206号233頁)
最高裁昭和36年10月10日第三小法廷判決(昭和33年(あ)第319号,刑集15巻9号1580頁)
最高裁令和4年4月18日第二小法廷判決(令和2年(あ)第131号,刑集76巻4号191頁)
最高裁平成16年2月20日第二小法廷判決(平成14年(受)第399号,民集58巻2号367頁)

各裁判例を参照する問題と判示の射程は,各問の解説に記載した。
事案の異なる判決は,答案の結論を直接判示したものとして扱わない。

3 裁判例(裁判所ウェブサイト未掲載)

本記事で言及した裁判例は,いずれも裁判所ウェブサイトに掲載されたものであり,この区分に掲げる裁判例はない。

4 公文書

法務省「論文式試験問題・出題趣旨」(旧司法試験第二次試験の平成14年度~平成22年度)
平成20年度旧司法試験第二次試験論文式試験問題
平成20年度旧司法試験第二次試験論文式試験問題と出題趣旨